まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹28話 箱庭の宣戦(後半)

箱庭の宣戦(後半)

 

 

「もう……お姉さまもリンマさんも、どうして私を置いて行っちゃうのかなーっ?」

「当然……の、判断、かも。私が、呼ばれた、のは、驚いた……けど、ね」

「ミーネちゃんも大変だね。メーラさんの事もあるのに、私のお守りだなんて」

「ううん、理子ちゃん、と、会える……のは、嬉しい、から。最近は、ヒルダ、さんも……優しい、し」

「うわはぁ~……嬉しいっ!ミーネちゃん大好きだよぉー!久しぶりに再会したときは身長もこーんなに高くなってて緊張したけど、優しくて頼れるところは変わってないね!」

「……理子ちゃんも、変わって、なくて、良かった。見た目も、あんまり……」

「あーっ!ひっどーいっ!私の方が年上だよ?これでも少しは身長も伸びたんだから!それに、む……」

「む……何?何を、言い、掛けたの……かな?」

「ふ、ふっふーん!怖くないもんねー!今のミーネちゃんだったら私の本気でチョチョイのパーだもん!」

「あはは、そう……かもね。でも、そうじゃ、ない、かも」

「う?どういう意味?」

「宿金、の、力、って……すごい、と思う、よ?これも、最近……実感、したんだ」

「え?!う、うっう~?ちょ~っと私には分かんないかも?うん!話を変えようじゃあないですか!ミーネさん!」

「姉さん、には、及ばない、けど、それは、私が、未熟、だから」

「話が変わってなーいッ!」

 

 

 

「……その話が本当なら、ミーネも人間をやめたのか。メーラといいオリヴァといい怪盗団には私しか人間が残ってないんだな」

「あなた、は、人間、だと、言い張る、の?」

「当然だ」

「私、は……宿金、と、色金、の、同時、使用、の方が……よっぽど、反則、だと、思う、けど」

「今はヒルダお姉さまにチャージしてもらう必要もないからな。言っとくが、一発一発の疲労はでかいし、並列起動には狂いそうなくらい集中が必要になるし、まだまだ実戦では使えない」

「マルチ、タスク、脳。考え、た……だけで、頭が、痛いね」

「でも、クロは使いこなしたんだそうだ。私から奪った"宿金"の『闇召ロティエ』と"色金"の念動力テレキネッソを併用して自分の髪を力場の牢獄に作り変え、その中に『雷球ディアラ』を暴発気味に増幅させながら一気に放出する。私を牢獄に閉じ込めたヒルダお姉さまへの当てつけだろうな、『今度はお前を牢獄に閉じ込めるぞ』と」

「なに……それ…………」

「簡単に言えば『歩く閃光爆雷雲』だ。それと比べれば、まだ私達は人間の分類からは外れないだろうな」

「クロさん、て……ステルシー、だった?」

「疑いようがない。間違いなく魔女、それも超々能力ハイパーステルスを持つ上に、恐らく何かしらの身体的な特殊能力――乗能力も持ち合わせている。ミーネ、あなたみたいにな」

「……学校、での、姿、は……全部、仮の、姿……か」

「日本には吸血鬼の代わりに鬼がいるらしい。人かどうかの方が疑わしいぞ」

 

 

「怖いのはアグニの耳にクロの話が入ってしまう事だ。リンマはボケた所があるし、竜人の配下共は本人同様神出鬼没」

「姉さん、以外、は……顔も、知ら、ない」

「恩人が毒牙にかかるのは気分が悪い、奪われるのも癪だしな。幸い、話によればまとまって箱庭には参加しないようだが……」

「散った、内の、誰か、が……」

「そうだ、いる可能性も否定できない」

「興味、持たれ、たら……どう、しよう」

「敵に回るのだけは論外、一緒に死ぬだけだ。これまではリンマとの繋がりで気にしてなかったが、先手を打っておかないと詰むぞ」

 

 

 

コツン……コツン……

 

 

 

「――ッ!」

「……足、音?」

「ロザリオに反応はない、ミーネの方はどうだ?」

「……ない、よ」

「あなたは客人だ、そこで待っていろ」

「信念、に、基づ、いて……依頼、主の、指示は、絶対」

「……そこも変わってないんだな、お人好し姉妹は」

 

 

 


 

 

 

雲の切れ間から覗いた明かり。

総勢14人の人型の者たちが輪になり、あるいはその一員のように聳えた大木の上に位置取って、その中央に主を迎え入れた。

 

葉の1枚も残さず枯れ切ったにもかかわらず力強く地に立つ老獪な大木の枝には、変わらず人魚座りで地上の一点を見下ろした少女が萱で編まれた法被姿で飾り物のように鎮座している。

更にもう1人、ゴールデンオーカーのツインテールを体格に合わない大きな中折れ帽の下から飛び出させたブレザーの少女が、自分の真横に落下してきた花柄の女性を流し目で認識した後、額に汗を浮かべながらもその目を逸らさずに同じ場所を睨み付けていた。

 

2つだけではない。

この場で意思を持つ14の視線が自分たちを死へと追いやろうとした深淵の髪を持つ名も無き魔女へと殺到する。

 

 

箱庭の主――自らが名乗ったその名は、この小さな戦争の発起人であることの何よりの証拠であるが、風貌は肥え太った主権者でもなく、大柄で屈強な将校でもない。

名工のガラス細工のように細緻な飾りを施された、幾分かの明るさを含んだ鮮やかな青シュプリームのドレスが胸元から足元までを隠し、長く長く終止符の見えない黒すら飲み込む無色の髪が空気を侵して、大地の色までもが奔流に広く混ざり込んで消えて行く。

 

外見だけで判断するならその女性は20代前半にしか見えないが、その超然とした風格を漂わせる本質は……測れないだろう。人間に見える程浅い所には存在していないのだ。

 

 

「お初にお目に掛かる方が多数でしょう。各々方の自己紹介をお聞きしたい所ではありますが、まず初めに……」

 

 

彼女の発言が間延びして話が途切れると自分が瞬きをしていなかったことを思い出し、彼女の視線が宙を闊歩する度に周囲の誰かが息を呑む。

意識しなければ呼吸が止まり、その息苦しささえも今だけは生の実感を与えてくれる安らぎだと感じられた。

 

 

「御覧の通り、残念ながらの敗戦国が決まってしまいました。"ハンガリー"の代表戦士レフェレンテ――」

 

 

たった今、自身の力で打ちのめした代表者の紹介を始める。

国の代表が斃れたというのに、学校の担任が出席を取る際に欠席の生徒を公言する場面を彷彿とさせるその光景がどうしようもなく滑稽で、顔が、無意識に歪む。

 

(あいつは……何なんだ、招待状を送ってまで参加を促して、あんまりな仕打ちじゃないか!)

 

混乱が理性を支配する中、沸々とした苛立ちの感情、じくじくと心の傷口が開くような憐情だけが、萎縮する防衛本能を振り切って行動を起こさせようと訴えかける。

このままではあの女性を見殺しに、ここにいる全ての人間が人殺しになるのだ。

 

 

「止まりなさい、クロ。動けば撃つわ」

「……っ!」

 

 

しかし、初動を起こす前に牽制される。精神を落ち着けて前方を再度見直すと、主がこっちを見ている……気がした。顔はこちらに向いていないのに……

カナは振り返りもせず、崩れかけた平静をギリギリのラインで保ったまま、絞め殺されそうな僅かな喉の隙間から残り少ない胸の空気を震わせた。腰回りには一早く私の心情を読んだチュラが死地に向かう私に付き添うのではなく、頑として行かせまいと押さえ込んでいる。私の意思に逆らってまで止めるのは、彼女にとってどんなに不愉快な事だろうか。それでも止めたのだ。

 

(そうだ、私が動けばチュラも動くしカナも見捨てない。勝手な行動で2人まで危険に晒す所だったんだ……)

 

それにカナが止めた、という事は、あの女性はすぐに死んでしまうようなことはないのだろう。私の症状を間近で看ていた彼女はこの能力の性質をよく知っているのだし。

 

 

「大人しくするのよ、その状態のあなた自身の能力は低いのでしょう?」

「……間違いではありませんが、2人同時に動かす感覚って容易に掴めるものではないんですよ?姉様」

 

 

簡潔にまとめれば"思金の共鳴を用いた意思疎通方法"がの能力の1つ。

チュラの未熟な射撃なんかもこの能力を用いれば、同時に狙った場所を撃つ事だってできるのだ。……有益な使い方は模索中だけど。

また、チュラからの報告も逐一送られてくるので、挟み撃ちなんかを仕掛けられても彼女の模倣観察による報告から敵の動きすらも予測して返り討ちに出来る。

 

能力は便利だが、処理に用いる脳への負担が大きすぎて、体は通常時とは異なり思うように動いてはくれない。

必然、私は後衛の司令塔に従事している。頭と体を同時に、それを2人分で計4つ……目下修行中なのだ。

 

 

私が冷静さを取り戻したことを察したのか、腰の重りからは解放された。

なんとなくだが、場を支配していた重圧も緩んで来ている気がする。

 

 

「……今回の戦いも、面白いものになりそうで大変喜ばしい限り。ワタクシも待ちきれませんし、気を急くようですが開催のとさせていただきます。よろしいですね?」

 

 

問い掛けるような物言いも、返答はない。

そもそも参加国の代表として来た者たちの間からは特に異論の出ようもないだろう。

 

沈黙を肯定と受け取ったか、ただの確認であったのかは知りようもないが、主の中では次のステップへ物語が進んだらしい。

自身を囲む代表戦士達に無防備な背を向けて優雅な歩みを2歩、3歩、4歩……裾が幾層にも重ねられた青いドレスが合わせて小さく波立ち、長い髪は名のある貴族が式典で用意するトレーンのように後方へと伸びていく。そして武器の一つも持った事が無いようなその美しい手を大木にかざした。

 

 

「人は生まれながらにして名を与えられる。それは特別な事で、極めて異な物。強く興味を惹かれたワタクシは遥か昔、人類へとコンタクトを取ることにしたのです。しかし、共存するには人間という生き物は脆弱過ぎました。多くの者は死に絶えましたが、その経緯からワタクシにもいつしか名が与えられたのです、他でもない人間によって。………失礼、関係のない話でしたね。この地に銘を刻みましょう、貴殿達の名――今日まで生きてきた名を、今日から残されて行く名を、読み上げます」

 

 

主は、敬意を込めた一礼を世界へと。

それは生きとし生ける者への敬礼なのか、それとも……まるで墓標のように立ち尽くすあの枯れ木への敬弔なのか。

 

すると、パラティーノの丘全体に蔓延していたのではないかと思うほどに拡散されていた息苦しさが、数段和らいだ。

原因は彼女が別の事に集中し始めたからだろう。

 

 

「思金の生誕地――ジャポンからの賓客もいらっしゃいますので、今宵は招待状の通り極東の言語にて執り行いましょう。敬称は省略、また過去の参加者は既に銘を刻まれていますから、口上のみにて……"ルーマニア"の代表戦士『ヒルダ・ドラキュリア』、前々回の戦いはお見事でした。貴殿達姉妹の無差別破壊によって、一月足らずで3国が戦力を失い、攻め込んだ者は残らずブラド・ドラキュラの手で制圧されました。惜しむらくはアーちゃ……いえ、アグニ・ズメイツァの参戦が大きな障害だったのでしょう」

「ええ、覚えているわ。無所属の一国が全ての同盟国を敗戦に追い込むなんて、あなたも予想外だったのではないかしら?」

「とても素晴らしい誤算。あの頃は黒と白が手を組んで猛威を振るっていましたから、それをどちらも止められたのは彼女の活躍あってこそです」

 

 

名を呼ばれ、経歴というか戦歴を紹介されたヒルダは普段と変わらない態度を装って会話をしている。

だが、その表情は固い。貴族生まれのプライドの塊みたいな彼女も言いようのない緊張感を振り切ることは出来ていないのだ。

 

 

「"ブルガリア"の代表戦士『リンマ・ズメイツァスカヤ』、貴殿は前回、4回の間隔が開いての参加でしたが調子は戻りましたか?」

「じゅー、前回よりはマシかなー……有とも無とも言えない感じ」

 

 

こちらも同じだ。

口調こそ平然としたものではあるが、槍を抱く腕に力が入り抹茶色の頭部にツノ状のトサカが逆立つように張って、彼女の張り詰めた気持ちを露呈している。

 

 

「ここからは銘を刻む者たち。"イギリス"の代表戦士『アルバ・アルバトロス』、"エジプト"の代表戦士『ハトホル』、"オーストリア"の代表戦士『マリアネリー・シュミット』……」

「……」

「じゃぁ……」

「ZZ……ん?くぁ、ふぅうう~ん……!ふはぁー、なんだっけ?誰か、ネールの事を呼んだ気がするんだって」

 

 

木の上の少女は沈黙を守り、地に座す少女は声にならない呻きを返し、立ち寝の女性は欠伸からの半覚醒状態で独り言を溢した。

木の表面には次々と銘とやらが刻まれていくが、その文面は読み取れない。一体いつ時代のどこの文字なのだろうか。

 

 

「"ドイツ"の代表戦士……あら?」

 

 

名前を読み上げようとした主が人間と同じように首を傾げて振り返った気がする。

実際には木に触れたまま微動だにしてはいないのだが、視線を感じた時みたいに何となくそんな気がした。

 

 

「お初にお目に掛かる。オレはフランク。代表戦士はオレの主人だ。人体実験中にくしゃみをして吸入麻酔エーテルを引火させた主人に代わって参加する」

「あの子……いないと思ったらそういう事だったのね。実力は認めるけれど、自称する"科学の魔女"は遠いのではないかしら?」

「みはーはははっ!ホント面白い子だって!天然入ってるよ、なんで麻酔にエーテル吸ってんだろっきゃ……みはぁッ!舌噛んだァッ!み、みひひひひ……」

 

 

継ぎ接ぎの怪人という見た目からは想像できない知性的な男性、その口から告げられる同盟国の醜態を耳にしたヒルダがため息とともに傘を一回転させ、霧色の髪をした露出の多いオーストリアの代表戦士マリアネリーが寝起きから目に涙を浮かべて知性を感じさせない独特な爆笑を炸裂させた。

 

(笑う箇所がおかしくないですか?)

 

笑いのツボは人それぞれだが、天然どうこうはあの人が言えたことじゃなさそうだ。あのポンコツっぽさはリンマ2号と名付けよう。

 

 

「……貴殿の出で立ち。このファミリーネームはあの家系の崩れなのですね、狂気に囚われた曾祖父に似たのでしょう。あまり特例は作りたくないのですが……よろしい。フランク、貴殿の銘を刻むことを望みますか?」

「折角の名誉だ。しかしオレの生きる時代は過去にある。この戦いは主人の物。主よ、刻む銘は我が主人であることを望む」

 

 

緑がかった肌の怪人は右手を胸に左手を腰の後ろに、その巨躯を折り曲げて頭を下げる。

その人間より人間らしい紳士を心得た仕草の終始に心を打たれ、第一印象のみで判断した自分を恥じてしまう。

 

 

「初代への忠誠は永劫変わることはない――貴殿のような戦士は稀有なモノ。その望みを受け入れましょう。ですが、今宵の代表は貴殿。その役目を全うし、敬愛する今代の主人を勝利へと導く助けとなる事を誓えますか?」

「オレが誓うのは逆卍徽章とオレを造った神だけだ」

「不足ありません。その誓い、主人の銘と共に刻みましょう」

「……ありが……が……。ダメだ、言えない、まだ。……感謝する」

 

 

知性を持った怪人は、紛れもない戦士。

彼もまた、誓いを果たすために箱庭を戦い抜くのだろう。その剛腕に鋼の意志と鉄の拳をのせて。

 

 

「さて、"スペイン"の代表戦士『チュラ・ハポン・ロボ』、この名で間違いありませんね?」

「チュラの名前はチュラだよ。"ウケツギシココロ"はチュラの名前じゃない」

 

 

私が不可視の存在を使う時に着用する黒いロングコート、それとお揃いのロングコートをチュラは着込んで来ていた。普段から愛用している黒いグローブとレギンスも標準装備だ。

加えて頭にも黒い帽子をかぶって黒のロングブーツを履き黒いネックウォーマーも首に巻いて、露出した顔を除き頭の先から真っ黒な衣に覆われている。

 

 

「それは失礼なことを。『黒匚』――完全記憶に綻びが生じてしまったのかと、心配してしまいました」

「気にしてない。こっち……見ないで」

「チュラちゃん、怖がらなくても私と姉様がついていますよ」

 

 

チュラは委縮していながら、後衛の私を守るその一心で一歩も引くことなく踏ん張っている。

初対面だろうにその怯えようは尋常ではなく、カナと2人で呼びかけるが反応を返してはくれない。いっぱいいっぱいでその余裕もないのか。

 

 

「"イタリア"の代表戦士は『マルティーナ・グランディ』『パトリツィア・フォンターナ』、2名。これも特例ですが、思金を持つ者が2人いる場合の措置として、過去にも実施されています。名称は――」

「私共は"バチカン"と名称を改め、神の導きの下に全ての信仰者を安らかな眠りを妨げる悪から守ります」

「私達フォンターナ家は既に天使を戴いているからね。彼女の求めるままに"ローマ"として芸術を広めていく所存だよ」

 

 

天使という単語に眉根をひん曲げた粘土器色の髪のシスターからはドス黒いオーラが放たれている。

この場が正式なものでなければとっくに殴りかかっていただろう。怒りで全身を震わせて悪魔も逃げ出す程の鋭利な眼光がパトリツィア側、その同盟国となるであろう全てに向けられた。

 

(やはりそういう事ですか)

 

パトリツィアとあのシスター様は敵対関係。

恐らくはパトリツィア側が教会側に反発して、追い出される形で分離してしまったのだと思われる。

もしくは過去から反りが合わないまま手を組んでいたのが、教会側がどこからか思金を手に入れ、その関係を断ち切ることに踏み切ったのかも。

 

それにしても、超戦士の全員に喧嘩を吹っ掛けるとは、いくら短慮な人間でも出来やしない。

仮に時間を掛けて状況を鑑みた所で彼女の行動に違いは出ないのだろうな。戦況うんぬんではない。

 

 

「内部分裂……武偵高はどうなるのかしら?」

「姉様、どうせ私達は休学ですよ。バチカンの地下組織とフォンターナ家のもつコネクションが対立していては、おちおち学校内で昼寝も出来ません」

 

 

武偵中は荒れるだろう。

これまで小競り合いで済んでいた2派の争いが表面化し、激化する可能性も否定できない。そうなれば――

 

(クラスの皆が……クラーラとガイアが……ベレッタが……フィオナが巻き込まれる!)

 

それを阻止するには取り急ぎどちらかを味方に付け、学校から撤退させるしかない。

全ての争いを止める方法など考え付かないのだから、その種が発芽しない内に別の庭に移植させるのだ。

 

 

「承認しましょう。存分に争い、覇を競い、自身の正義と我執に目を眩ませるのですよ」

 

 

最悪のケースを考えて苦悩する私とは正反対、無色の髪を持つ魔女にとっては招くべき事態なのか、火に油を注いでけしかけた後に戦いの助長をするように扇動していく。

主義主張を違えた2者も、同じような不敵な笑みで内心を表した。

 

もう話し合いなんかでは止まりようがない。

取り入るのは容易ではなくなったようだ。

 

満足したのだろうか、主は次へと意識を向ける。

示されたのは……

 

 

「"フランス"の代表戦士『フラヴィア』、貴殿は初参加でしたね。思主は参加の意思を見せているのでしょうか?」

「それってたぶん、なんですけどね」

 

 

(フラヴィア……!)

 

相変わらず気配がないのは厄介だ。そしてその日本語も直っていないのも可愛い声もとても厄介だ。笑えないのに笑いが込み上げて苦しいんだぞ、カナも。

 

大木の真横、そこには最初からいたのか甚だ疑問なフランス人形が、トパッツィヨに染め上げた髪とエメラルドの瞳を夜闇に光らせていた。

 

(疲れてる……?確かヒルダとの戦闘を終えた直後もあんな感じになってましたね)

 

日本語での会話の様子もそうだ。

話し方が変な事は重々承知しているから、いつもならもっと恥ずかしそうにしているのに、その反応も緩慢。

悩み事やら考え事で頭がうまく働いていないみたいに、何もかにもが鈍感になっている。寝不足かな?そんな状態で戦場に来るなんてどうかしてるよ。

 

 

その上方、木の上では風が大木の枝を揺らし代表戦士の羽織り物を攫おうと翻させるが、当の狙撃手は必死な風の猛攻に構わず、呼ばれる名に立ち上がって異存なしの意思表示とした。

 

「"ロシア"の一部、代表戦士は『ズニャ』。ウルスの民はどの時代も傍観ばかりでしたが、貴殿はどうなのでしょう」

「……ウルスは箱庭においては観測者。ですが、巫女様より告げられた風の意思は違いました」

 

初めてその小さな口が開かれて紡がれる声を聞いた。

良く通る声ではないのだが、雑音を一切含まない風のような澄んだ声は風そのものに成り切って私の下にまで届いている。

暴れていた風は中和されるように穏やかに、彼女の無造作な髪を静かに撫で上げて、称えているようだ。

 

「私達は草原を駆ける駿馬を繰り、射かける一矢に身を写す。全ては風の意のままに。委譲された観測者の役割も、我ら姉妹が代役となりましょう」

 

その狙撃手がチラリとこっちに視線を飛ばす。

力強く疾駆するしなやかな鹿毛の馬が映り込んだ艶のある紫檀色の瞳が、スコープを介さずにじっくりと私を観測している。

 

(フィオナもそうだけど、狙撃手って事が分かってると構えてもいないのに視線が怖いなぁ)

 

いつもは傍観しているけど今回は違うみたいな話だった。それと例の風。

風の意思は巫女の神託。なんか昔の、平安時代の日本のように、霊的な物と交信できる人物が大きな立場を持つ集団のようだね。

 

やがて馬上の狩人は新たな獲物を求め、風を纏って走り去った。

次にあれが私を捕らえたら、急襲される。拳銃しか持たない私は反撃も敵わず、高原の中を逃げ惑うウサギと同様の運命を辿るぞ……

 

 

「"ジパング"……"ジャポン"の代表戦士『イチナミウラ』、貴殿はなぜ参加するのですか?泉の妖精がワタクシに会いに来た時は驚いたものでした」

「説明せねば分からんかの?我は我らに仇成す脅威に身をもて成すのみ。そもそも思金とは色金封じを主眼として妖の祖たる者に生み出された金属を、人間が至宝として奪いあるいは盗み、武具の素材として用いようとしたのが根源じゃ。ついにはそのことごとくが姿を消し、異国の地にてようやく完成した様じゃがの。……人を狂わせ、人を従わせる道具として」

 

 

一菜の口調は元々の時代を逆行した喋り方で、未来に先駆けた危機感を募らせていた。

殺生石伝説に所縁のある彼女も陰陽師と関わりのある時代の戦士という共通点があったね。

名を語らない魔女をそのキツネのように吊り上がった両目で睨み付け、緩い雰囲気など今はどこかにしまい込んでいる。

 

 

「大元の目的はどうあれ、思金狙いと考えても良いのでしょう?」

「違いない。我は要らぬ破壊活動などを楽しむのは好みではない」

 

 

そこな吸血鬼共とは違うての。なんて副音声が聞こえたのは私だけではないはずだ。

ボルテージが上がっていく。あっちでもこっちでもバチバチと敵対感情が弾けてスパークし、畏怖で抑圧された闘争心が再び表面化し始めた。そのうちの何個かは、ときたま名前紹介すらされていない私に理不尽にぶつかって痺れさせていく。ひどい。

 

 

「参加国は以上。続けて個人への招待状なのですが……」

 

 

聞かれるよりも早く、ヘビ目をしたリンマ1号ことリンマが先回りをして答えた。

……カンペをカサカサと開いている。

 

 

「アグニ・ズメイツァ及び彼女の配下7名は不参加。私、リンマ・ズメイツァスカヤは一時的な独立を表明。直属の配下である3名と共に、この戦いに挑むものである」

 

 

(短っ!)

 

要らないだろ、その紙きれ。

地球資源無駄にすんな。

 

カンニングペーパーからたったの一度も目を逸らさず、しかしスラスラと読めた事が嬉しいのか、どや顔で紙面を畳んで仕舞った。

その様子がまたしてもリンマ2号のツボに入ったらしく、陰でこっそりと爆笑している。この状況下でぶっ飛んでるな、2号。

 

 

「そうですか。口惜しいものですが、それも仕様がない事なのでしょう」

 

 

(明らかに落胆しましたね。誰なんでしょう、そのアグニって……?アグニ?……アグニちゃん?)

 

どっかで聞いた、いや、見た。

リンマとの繋がりが有るとするとブルガリア……ッ!

 

(あのミステリアスな幼い女の子?)

 

名前の横にバツが付けられていて、てっきり戦いの中で死んでしまったのかと思っていた、ブルガリア国籍の元代表戦士。それが不参加を表明――生きているって事だ。

なら、丸印がチェックせよって意味だとしたら、バツにはどんな意味があるんだろう?

 

分からないままうんうん唸っていると、カナの4本の指が同時に別々のテンポを取って肩を叩いた。

4倍速のモールス信号を受け、人差し指から単語を順に並べる。

 

 

"メヲ ハナスナ アルジ ミテル"

 

 

次は私達の番か。

あんな大木に名前を書かれたって良い事なんてないんでしょ?

観光記念としてはポイント高そうだけど、器物損壊罪の3倍刑で気絶するほどの額を請求されるのは勘弁ですからね!

 

ずっと手をかざしたままの主がミテルのかどうかは不明。

それでも意識は明確に、少し分かり辛かったのはカナに向けられていたからだ。

 

 

「『カナ・トオヤマ』、『クロ・トオヤマ』。急な招待にも関わらず、尚且つこの場に到る実力を見せて頂けて……心が躍ります。強さを知る者よ、大いに歓迎致しましょう」

 

 

銘が刻まれる。でも、別段実感することも無い。

ただ出席簿にチェックを付けられたのと大差ないんじゃなかろうか。カナだって礼をするわけでもなく警戒を強めてその行動を眺めるだけだし。

 

 

「個人の参加者は2名だけ。これより、三色の同盟締結を始めますが、箱庭には大原則がございます」

 

 

銘を刻み終えた手を放し、体ごと視線を全体に向けた。

 

(大原則……ルールみたいなものですか)

 

 

「貴殿らが生きている人間社会にも規則やルールがあるのでしょう?人類保護のために、戦いは小規模でなくてはなりません。また、文明の退化を引き起こしてはいけない、箱庭は魔術の歴史――人類史の影であり、闘争による優劣を決定付け、間引き、繁栄させていくものでなくてはならないのです」

 

 

人類保護、ね。認識は間違っていなかったようだ。

そりゃ、ここに集った化け物が好き勝手に暴れ出したら小国はおろか、手を組んだ者が大国をも潰しかねない。管理者としてそこは定義を徹底周知させる必要があるだろう。

 

 

「『戦闘の目的は必ず代表戦士もしくはそれに準ずる存在か思主でなくてはならない、ただし戦場の選択は自由とする』――いかなる破壊活動も認めるものとはしていますが、主目的は強者同士の優劣、思金の奪い合いであることを忘れてはなりません。不要な大量殺戮や著しい国力の削弱行為は『文明の退化を引き起こす』ものとし、即座に箱庭からの追放を命じます。

 

 『戦闘の参戦は代表戦士と思主を除き自由意志とする』『力無き者や他戦力の参戦は推奨しない、また悪質な戦用を禁止とする』――代表戦士以外の参加表明は必要としていませんが、弱者は参加資格を持っていない事を重々承知した上で運用致しましょう。自爆行為や人壁等の死を前提とした戦用は『人類保護』に、武具や薬物等を用いた総力戦への発展は『戦いの小規模』に抵触し、前述と同様の処分を命じます。

 

 『同盟内における裏切り行為は禁じないが、同盟外との協力や不可侵等の秘密同盟は一切許容されぬ行為である』――同盟相手は良く選ぶことです。慣例通りと流されてしまえば、そのまま滝壺へと落とされてしまうでしょう。秘密同盟は『優劣の決定付け』『間引き』という面を曖昧なものにしてしまいますので、前述同様追放を命じます。

 

 『敗戦国は勝戦国との協定を結び声明を発することで、同国の一員として再び参戦することが定められ、勝戦国はみだりに略奪行為を行う事を禁ずる。ただし、一度敗北した国は勝戦国として名乗りを上げることは認められない』――これは当然の事ですね?各位誇りを持って臨んでいただきます」

 

 

ルールは全部で5つ。

まとめると、国の強者同士が戦うのだから無関係な者を巻き込まず、勝敗をはっきりさせようぜ!ってこと。

 

(追放が文字通りなのか、それとも……)

 

目線は自然と木にぶら下げられた女性の方へと持ち上げられてしまう。

ピクリとも動かず、とっくに生を手放していたとしても不思議ではない。

 

(……そういう事なのでしょうか?)

 

鳥肌が立つのは寒いからではない。

彼女が掲げた大原則には明らかな欠陥があることに、気付いてしまったから。

 

 

(大原則には曖昧で主観的な要素が多すぎる。それこそずっと何者かが見張り続けなければならないような……!)

 

 

そして違反者に与えられる罰は箱庭の主による追放。

大勢の部下がいるのだろうか?1人でヨーロッパ一帯を監視なんて出来ようもない。

 

 

……イヤな……予感がする。

 

 

「ご理解いただけましたか?良くお考えの上で、自らが生き残る道をお探しくださいませ」

「おい、箱庭の魔女。頭三国トップは決まってるか?」

 

 

ゴミをポイ捨てするかのように上から投げつけられた雑な言葉遣いは、ここまで進行してきて初めて聞いた鼻にかかった低めの少女の声。

消去法で考えると、アルバと銘の刻まれたイギリスの代表戦士だ。

 

紳士淑女のイメージ例から見事に漏れた我の強そうで不愛想な印象をキャッチしたが、あの顔、どこかで見た様な気がしなくもない。

 

 

「焦らずとも決まっています。橙・緑・金の三色を頭三国とし、同盟の起点としましょう。具体的には……」

「わちらだろ?」

 

 

――――は?

 

 

「んふっ!」

「わち?」(チュラ)

「わっちじゃろ?」(一菜)

「わし、じゃぁ……」(ハトホル)

「みひ、みひひひ……も、限か……ひひひ……」(マリアネリー)

ヒルダー、あの人間アホっぽーい」(リンマ)

「……とことん興を削いでいくのね、今回の参加者は」(ヒルダ)

「珍しい日本語だ」(パトリツィア)

 

噛んだのかな?

 

「な、なんさ、わちにもんかっかー!」(わちらさん)

 

 

――――へ?

 

 

だ、だめだ。喋らせちゃ。

犬歯を立てて威嚇しているあの子は無自覚だ。箱庭の為に独学で日本語を覚えたんだろう。イントネーションがヘンだから「文句あっかー」の"く"と"あ"がくっついて、「かっかー」が汽笛のポッポーみたいな……解説してる側が恥ずかしいんですけど。

 

でも言っている事は間違っていない。彼女の瞳は赤みが強く茶色に近いオレンジだ。

挙げられた三色の1つに入っているぞ。

 

 

「あらあら、文句なんかないですよ。うふふ……緑は私達で良いんでしょうか?」

「……あの子、なんだか嬉しそうね」

「同類と出会えて嬉しいんでしょう」

 

 

同類の存在に気分の盛り上がったお人形さんは肘を曲げた両腕を前に出して小さくVサイン。

緑の目であることをついでで言ったんじゃないのかと疑惑を抱いてしまう。

 

さて、これで2枠埋まった訳だが、もう1色は金だったよね?

黄色みが強い程度ならまだしも金の瞳なんて数えるほどしかいないだろう。知っている人ではトロヤくらいしかいないんじゃ……

 

 

……いた。

 

 

「ハトホル。金の瞳はオマエしかいない。同盟の起点はオマエになる」

「……わしが、頭三国じゃあ。主よ」

 

 

3枠目はエジプトの代表戦士か。

寒い寒いとミモザカラーのサイドテールをぶるぶる震わせ、黄金の扇をパチィっと鳴らし、辛うじて自分だと証明している。

 

 

 

そんな3者の様相を一通り視界に収め、主は最後の忠告を、と――

 

 

 

「頭三国の変更は認められていません。同盟は3色を中心として3つ、もしくは無所属であることを宣誓しなくてはなりません。またパワーバランスの考慮はなされていませんし、無所属である内は同盟を結ぶことは出来ません。以上です。どうぞ、自らの繁栄を求め、生き延びることをすべてに優先されますように――」

 

 

 

――――無色の髪は無色のままに、世界のいずこへと消えて行く。

 

 

箱庭に残されたのは高くそびえる老木と。

 

 

芽生え始めた幼木わたしたちだけだ。

 

 

 

「ねえ、クロ。お前は一体どうするつもりなの?そろそろ教えてくれるかしら」

 

鮮血を想起させる深い紅寶玉色ピジョンブラッドの瞳が……

 

「クロは私達の仲間だもんね、ほらほら、こっちにおいでよ」

 

メラメラと燃える炎のような遊炎石色ファイアーオパールの瞳が……

 

「クロさんとは仲間でいたいんだけどね」

 

彼方から地上を見下ろす天空色ブルーの瞳が……

 

 

「私は……」

 

 

カナを見て……

 

「あなたの思うように。私があなたの背中を守るわ」

 

チュラを見て……

 

戦妹お姉ちゃんの隣にはチュラが付いてるよ」

 

を見て……

 

(可能か不可能かなんて、私らしくないですよ。任せて下さい!)

 

 

 

 

 

……決めた。

初めから気に入らなかったんだ。

皆を守る方法も思い浮かばないままモヤモヤしてて。

 

 

 

「私はここに宣言します」

 

 

 

だから良い考えなんてない、また行き当たりばったりになっちゃうけど。

私は、この箱庭を――――

 

 

 

「第4色目の同盟――『クロ同盟』を設立し、全ての代表戦士を倒します。そして、箱庭を統一させましょう」

 

 

 

――――主の手から奪うことにする。

 

 

 

超人だろうが、魔女だろうが、吸血鬼だろうが。

かかってくるなら、その全てに受けて立ってやりますよ!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「こんばんは……おや?今夜は3人いると予想していたんですど、理子さんとカルミーネさんだけでしたね」

「あなたは誰だ?随分と流麗な日本語を話せるみたいだが、外で私達の話を盗み聞きでもしていたのか?」

「えと、名前、知って、る……なら、もう、1人、の、予想、は……誰?」

「だめだめ、挨拶には挨拶で返さないと、トロヤお姉さまに怒られちゃいますよ」

「あ、そだ、ごめん、なさい。こんば……んは」

「はい、こんばんは。あなたは変わりましたね、敵と思っていてもちゃんと礼儀を持って接することが出来るようになった。素晴らしい成長と言えるでしょう」

 

「こっちの事情を詳しく知っているみたいだが、薄い紫色アメティスタの髪に見覚えはないぞ。怪盗団にはメーラしか紫色の髪はいなかった。それも、もっとアイリスの花のように鮮やかで明るい、赤味の強い紫だ」

「あなたは変わりませんね理子さん、私は挨拶をしましょうと言っているんです。普段から礼儀正しく、淑女然と振る舞わなければ、ご先祖様に申し訳が立ちませんよ」

「知るか。アポも取らずに訪問してくる奴に言われる筋合いはない」

「これはこれは……痛い所を突かれてしまいました。取らなかったのではなく、取れなかったのですよ」

「質問、にも、答えて……!」

「いいですよ」

 

 

「ただの予想ですし軽く聞き流して欲しいのですが、てっきりジャパニーズファイター、ニンジャの1人でも潜んでいるんじゃないかと危惧していまして。例えばの手回しとか」

「金星だと!?」

「……誰、なの?理子、ちゃん、の…知り合い?」

「過去に怪盗団に参加していた化け物仲間です。あなたよりは新人で――」

「もう死んだッ!これ以上金星の名を出すようなら彼女への侮辱と捉えるぞ!」

「――なら、どうします?私を……追い払いますか?あの吸血鬼のように」

「ミーネ、出口を固めろ。この箱庭のタイミングも知っていたんだろ。お前は知り過ぎている」

「そうでしょうか?私は私が知っている事しか知りません。あなたの事も、金星さんの事も」

「ふざけるなッ!」

「理子、ちゃん、落ち、着いて。あれは、ただの、挑発」

 

「邪魔者は荒れた箱庭で高笑いでもしている事でしょう。傲慢な彼女の事です、自分が宝物を失うなんて思ってもみないんでしょうから」

「あの……あなたの、目的、は…なに?」

「大事な計画の一端ですよ。ヒルダ・ドラキュリア、あの吸血鬼を捕らえ損ねたのは大きな痛手でした。ブラド公と戦うのは出来るだけ避けなくてはなりませんし、彼の部下である狼達は各地に潜んでいますから、こちらの動きも一定程度は把握されていると考えなくてはなりません。そして、その部下は箱庭に向かった。ご主人様の娘を連れ戻すために、彼を呼ぶ、でしょうね」

「――っ!ブラド……」

ヒルダ、さん……の、お父、さん?」

「理子さん、あなたならその強さと危険性を理解できますよね?牢屋に監禁されたまま1年間育ったあなたなら」

「……8ヶ月だ。トロヤお姉さまが無理を言って外に連れ出してから、私は彼女専用のペットとして部屋に放し飼いにされていた。錠も首輪も掛けずに、だ」

「ぺっと……!?」

 

「吸血鬼にとって人間はただの愛玩動物。しかも嗜虐嗜好が強い彼らは過去に数えきれない人数を捕らえ、嬲っていたぶり、悲鳴をひとしきり楽しんでは吸い殻のように捨ててきました。トロヤさんは特別、変人なのでしょう」

「初めは屈辱だったが、あの人は嘘か本当か人間が好きらしいからな。口では否定しているくせに変な服は押し付けて来たし、鬱陶しいくらいに話し掛けても来た。けど、今思えば最初に私を牢屋から連れ出してくれたのは彼女だ」

「その彼女は、もうあなた達の傍にいない。彼もそれは知っていて、だから動くんです、あなたを逃がさない為に。その理由は……不明ですが、私もあなたを助け出せるこの最後のタイミングを逃がしません」

 

「なぜ、私を助けようとする?」

「『助け合うんだよ、友達だからな』」

「――ッ!?金星の声!?」

「微小な……ノイズ。電子、音、だった。小さな、子供、の……」

 

 

「言語とは、文字とは、記号とは、寄り集まって意味を持つ。そして、その集まり方によって姿も形も、その存在意義すらも変わる、液体よりも気体よりも不定形な情報体。文明の数だけその種類は増殖し、衰退、混同、変化を繰り返して進化を遂げてきました」

「……」

「文明の始まりこそ火と畑と川がもたらしましたが、その高度な進化を支えたのは宗教でも、建築技術でも、冶金技術でもない。文字こそが、言語こそが民族を1つにまとめ上げ、力を与えたのです」

「文字だけで何が出来るって言うんだ。文字に力なんて宿ってない、それともルーン文字で魔法や儀式でも使うつもりなのか?」

「そんな力は必要ありません。人間社会に最も大きな地位を持ちながら、誰にでも等しく意思を発する力を与えるのが言語。そして、人間は言語によって文字を支配しているつもりのようですが、現代社会において直接他人と話す機会は徐々に減り、メールやネット上の遣り取りが増えている。近い将来、電話の代わりとなるリアルタイムな文面での会話方法が開発され、販売店に行かなくても電子情報で取り寄せができる体制が恒常化、いずれ人間は言語よりも文字を頼るようになるでしょう。さらに情報化が進んだ未来は記号の羅列で操作され、人間社会の基盤や生活の内側にまで浸食します。情報は不完全な感情を撤廃し、正当で平等な文字が人類を支配する日は近いのですよ」

「文字が……世界、を……支配」

「一気に飛躍したな。現代の識字率の低さを知っているのか?4分の1はその力の恩恵を受けられていない。文字と共に進化したのは民衆を支配する人間のトップだけ、植民地を我が物とした強国の文化だけだ。文字は言葉を記録するために発展したんだ、だからこそ全ての文字に読み方が紐付けられている。それともお前が世界征服を目論む魔王にでもなるってなら笑ってやるよ」

「世界征服ではありません、人類の支配です。ですからあなたの考え方は間違っていません。私はそのトップに立って世界に根を張り、世界を見下ろせるほどの幹を育て、世界中に届くように枝葉を伸ばし、世界の全てに同じ花を咲かせ、実を――進化を全ての人間に与える支配者となる」

「支配……具体、的に、何を、する?」

「種の統一。実を得た者は生まれ変わり、新たな実を得る為に他者と助け合う。実を奪おうとする者は花によって排除され、根を通って幹に、枝を伝って実に戻ります。そして進化した実はやがて異物を排除するのです。宇宙にはまだまだ危険な存在が蔓延っていますから」

「なるほど、言いたい事は理想主義者の妄言と変わらないってことか」

「理想では終わりません。私には進化を達成させる義務がある。その為なら……」

 

 

 

私は……あの日のように…………

 

 

私が……金星さんを殺した時のように…………

 

 

の中の何かが擦り切れるまで…………

 

 

 

「……手段を、選びません。例え、大切な仲間を犠牲にしようとも。終わりません、終わらせません。それが人に作られ、人と共にあった思金のあるべき姿」

「髪の……色が……っ!」

「ロッソの髪……お前、あなたは……」

「ずっと……ずっとずっと、ずぅーっと探してた。を」

「オリヴァちゃん……」

「オリヴァ……さん」

ヴィオラ計画を開始してから5年……ようやく彼女が目覚めました。そして、私はまた彼女を利用する。あの日、約束したように」

「彼女って、それって、まさか!」

「私にとって、盟友とは仲間であって友ではない。怪盗団の皆も、1つの文字でしかない。そう……そう、割り切らなくては……ならない、から」

 

 

 

「私の友達はずっと、あなただけです、理子さん」

 

「その瞳は……?あなたに……何があったの?」

 

「大切な家族を失って覚悟が決まった、それだけ、です。私は……何も変わっていない。オリヴァテータの名を変えたとしても、それはただの文字の羅列でしかなかったことが分かっただけでした」

 

「名前を……」

 

「『O.l.i.v.a.t.e.a.t.o.r.オリヴァテータ』の名は『V.i.o.l.a.』の『A.t.t.o.r.e.演者』。私は演じているんです。紫の果実が熟すまで、害成す者を絡め取る為に」

 

 

 

「紫の果実って何なの、オリヴァちゃん」

 

「緋い、逆十字、と……青い、十字架……」

 

「……お見事。正解です、カルミーネさん。宇宙に対抗するには、思金だけでは足りなかった。色金を止めるには宿金が、色金を封じるには思金が、色金を殺すには色金が必要だったんです」

 

「色金を……金属を殺すの!?」

 

「宇宙、の……脅威!」

 

紫電の魔女はあなたを今まで守ってくれました。私の代わりに。でも、それも今夜が最後」

 

 

 

 

 

「ねえ、迎えに来たよ、理子ちゃん。こっちにおいで?一緒に……文明を盗む相棒ドロボーになろう。私があなたをその呪いロザリオから救ってあげる」

 

 

 

(…………クキキキ……)

黒金の戦姉妹27話 箱庭の宣戦(前半)

箱庭の宣戦リトル・バンディーレ(前半)

 

 

また、夜ですよ。それも曇り空。

何かが起こるのはいつも夜だが、悪目立ちしたくない立場上こちらにとっても都合が良いので文句は言うまい。

それに暗くなればなるほど私の戦略は有利に働く……少なくとも吸血鬼に襲われるまではそう思っていた。

 

右も左も、前も後ろも神殿や遺跡に囲まれた道を歩いていると、ローマに来たばかりの頃に姉さんと観光した思い出のアルバムから、この場所を回った記憶だけが写真付きの切り抜き記事のように殺到する。

フォロ・ロマーノとか、観光名所の1つとして名前を聞いたことがあった程度。『本命はこの先のコロッセオでしょ!』なんて考えていた私は、長い歴史がこの場所に凝縮されているのではないかと感じて、クルクルと首を回して見回しながら、グルグルと目も一緒に回していた。

結局、神殿の違いはサッパリ、名前もバッチリ分からないままではありつつも、この地に息づいているローマの軌跡が垣間見えた様な気がしていたのだ。

 

続けてフォロ・ロマーノを抜けると、急斜面ではない坂がのぺーっと、丘の上まで続いている。

そこから一望する景色はさっきまで1つ1つの建物に感じていた迫力と違って、一時代の集積。全部乗せ丼みたいなお得感で写真映えが凄い。

この丘はパラティーノの丘。聞く所によるとどうやら富裕層の宮殿跡地的な観光場所との話だったが、とにかく広い。暑い時期であったことも相まって、標識の少なく脇道の多い進路を巡り終わる頃にはへとへと、コロッセオに出来た長蛇の列にげんなりした。

姉さんに休憩を申し出たら、『昼食にしよっか、明日までもう1回だけならチケットが有効だから』との流れになり、アイスを買って帰ったっけ。

 

ローマの歴史に比べれば私の人生の歴史などほんの一瞬だが、私はその一瞬の歴史の中の一瞬の間に、ローマの永い歴史の一端を知ることが出来た。

よくよく考えれば不思議な話だ。実際に流れる時間と認識する時間の差異は、状況によって容易に変わるものだということか。まるで私達の能力みたいだね。

金一兄さんのカナモードは睡眠でバランスを取っているが、スイッチによって得た加速は……一体そのバランスはどこで取られているんだろう?

 

 

……そんなこと、今は置いておこう。

私は文句を言いたい。言わせてください。ありがとうございます。

 

 

「この招待状は不備があると思います……」

 

 

集合場所が漠然としすぎてて困るのだ、迷子になってしまったのは私に責はないと強く断言させて頂く。広いんだよ、目印の旗でも煌かせてくれればいいのにさ。

文句を言っても詮無いこと。愚痴をこぼしながら、ただひたすらに坂を登り、だだっ広い丘を夜散歩。

 

宮殿への道は整備中だった事もあり、正直な感想を話すと、丘の上は散歩中にウミネコ爆弾(フン)を華麗に回避した記憶が強いだけで、地形はうっすらとしか覚えていなかった。

どっかに会議場みたいな場所があったっけか?とキョロキョロしても、薄暗い散歩道には爆撃機ウミネコの一羽も飛んでやしない、夜だし。……あ、カラス。夜烏とは縁起が悪い。

 

 

「姉さんには電話がつながらないし、一菜さんとチュラさんは電源を切っているみたいだし、フラヴィアの電話番号は分からないし、ヒルダ一派に至っては持ってるのかどうかも怪しいし」

 

 

この招待状を読んで迷子になっているのは私だけなのだろうか。もしそうだとしたら、慣例として集合場所は決められているものだと思う。

だって分かんないじゃんか。集合場所を満員の東京ドームですって言われてるようなもんだし、しかもその集合地点が2階席の真ん中辺りのようなもの。総当たりの合流にどれだけ掛かると思っているんだ!

 

迷い始めに芽生えていた心細さは、感情が荒れる事で薄れて残っていない、そこは助かった。

でも、辿り着かないと私は不参加になってしまうのだろうか。

 

困った困ったと頭を悩ませつつ、尚も夜散歩。

コロッセオが見えて来たじゃないか。抜けちゃうよ、この丘。

 

 

Ummm...あのー…… Excuse meすみません

「――ッ!」

 

 

油断はしていたが、少女が声を掛ける直前まで気付かなかった。

つけられていたのは知っていたが、こんな近くに居なかったはずだ。

 

 

「わた……私に何か御用ですか?」

 

 

振り返るとあからさまに怪しい人物がいた。だって低い身長に不釣り合いなつばの大きい中折れ帽を被って顔を隠していて挙動不審なんだもの。思わず私もキョドってしまった。

自信無さげに押し殺している子猫の鳴き声のような高い声は、会話したくないんだという本心が重みを持ち、声を引きずり落として行くものだから、あんたは地面に話し掛けてんのかと聞きたくなる。

 

「S,Sorry. Japanese?」

 

(英語で良かった。ドイツ語とかブルガリア語だったら無理だもん)

 

日本人だから英語で話しかけてきたのかも。

怪しい勧誘かもしれないし、一旦イタリア語でお茶を濁そう。

 

 

「Sì, non sono cinese私は中国人ではありません

「Um, Umm...Chinese?」

「No」

「Ummmm...」

 

 

……すごく困っているみたい。

イタリア語の挨拶すら出来ないんだもんな、ちょっとひねった回答をしただけで降参らしいよ。

 

少女はうまく切り返す方法が見つからず、その場で考え込んでしまった。怪しいとはいえ、ちょっと可哀想だったかな。

当初の目的を果たすなら放置して急がなければならないのだが、もしかしてこの子、こんな時間にこんな場所(夜間立ち入り禁止)にいるって事は箱庭関係者?集合場所を知っている?

 

それなら話を聞くべきだ。

しかし向こうから尋ねて来たのにこっちが先に質問しては申し訳ないので待ってみる。

 

 

「"あむむ、日本語ジャパニーズを……話せませか?"」

 

 

(日本語か……)

 

またしてもだ。ヨーロッパでの日本語の使用率高くないかな?しかも厄介な奴に限って。

フラヴィア然り、ヒルダ然り。

 

言わずもがなスイッチをONへと変え、相手の観察も同時に開始する。

一手目で何もしてこなかったのだ、不意打ちの心配はないと思うが念には念を込めておく。

 

 

「"……話せますが、日本語での会話をご所望でしょうか?"」

「"イエス英語イングリッシュか日本語が欲しいす"」

「"ほしいす……"」

 

 

日本語はカタコトで会話は可能。少女は対話が出来た事に胸をなでおろしていて、その影響か落下せずに私の耳へと辿り着く単語がちょっと増えた。

黒い帽子には缶バッチのようなものが飾られているが、暗いために表面に掘られた文字や記号は識別不可。

気になるからちょっと貸して欲しいす。

 

それと、英会話はカンペキではないので日本語でお願いしますね。

 

 

「"私に何か御用ですか?"」

「"お願いしす、地理が分からなくて迷子なんす"」

 

 

ほほう、あなたも迷子でしたか。これは奇遇ですね――

 

 

――って、そんなわけあるかいっ!

つまりこの少女も箱庭の参加者確定だ。

 

うんうん、言われてみれば強そうに……は、見えないけど、服も……まんま一般人だな。

そう、帽子!帽子がヘン!靴も変な形だし、何と言ってもマント!これは裏の人間ですね、間違いない。

 

 

「"どこに行くつもりだったらこんな場所に来てしまうんでしょうね?"」

 

 

皮肉を込めて、お前の正体には気付いているぞアピール。

え?気付かない奴はいないって?

 

……さあ答えろ、悪いが私も迷子だ。今だけは仲間になってやろう!迷子仲間だ。

 

 

「"ホテルに帰ろうとしてたす。今日1日泊まって明日みんなで帰る予定す"」

「"あれ?あれれ?帰る途中ですか?"」

 

 

(どゆこと?箱庭、終わっちゃった?それともこの子は冗談抜きで道を見失ったがためにここへとたどり着いたのかい?)

 

とうとう交わされた黒とフューシャピンクの視線は僅かな幕間で逸らされて、再び真っ黒なつばに遮られた。

風に揺られた赤いひなげし色の帯が2本はためき、ほんのりと光を発するように宙をたゆたっている。

 

 

「"ホテルはどっちす?"」

「"ホテルなら至る方向にありますよ。建物の名前を教えて下さい"」

 

 

Witch's hermitage魔女達の隠れ家』――?

 

 

「"ウィッチズ、はみ……はーみてーじ?"」

 

 

はーみてーじってなんだっけ。

 

名前も聞いた事の無い建物だったが、意外と近くにあるらしい。

というのも、迷子になっておきながら地図を持っていたのだ、目印付きの。しかも地図上の見た目が一軒家。ホテルじゃなくて民宿だし、どうりで聞いた事が無いと思ったよ。

 

必要なのか微妙な距離だが、一応道順を教えている間、つばが体にまあ刺さる事刺さる事。

直接的に『邪魔』とも言えずそのまま説明を終えると、一礼をして最後の一発。わざとじゃないよね、帽子それ邪魔。

 

 

「"ありがとうございす"」

「"最悪はコロッセオ前でお友達に電話した方が良いですよ。ヘタに動き回ると場所も伝えられないでしょうから"」

「"あむ、迷うとそうしす。また会えたらお礼がしたいす"」

 

 

え~……あまり会いたくないな。

その時は普通の服装で来てね?昼間にその出で立ちはアウトだと思うんだ。

 

歩き去っていく後ろ姿をずっと眺めている訳にもいかない。私も行かなければならない場所が近くにある……はず。

 

 

「"はぁ……目印の付いた地図が欲しいす……"」

 

 

その呟きは地面ではなく、空に向かって投げ放たれた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

シャンデリアに照らされた広大な室内に、複数の人影が存在する。

その姿形は様々で、ある者は長身で古めかしいスーツに身を包み、ある者は極端に少ない布地に権威を見せ付けるような豪華な装飾品で飾り立て、ある者はどこから見ても確認できるほどにイメージ通りな魔女の格好に眼帯をして、軍服を着込んだ女性の傍らで控えている。他にも数名の存在が、未来の強者達となるべくこの場に集っていた。

 

 

「――そう言えなくもない、でもそう断言するには短慮というものだ。君の言い分も間違ってはいないだろうし、核心をついているとも言える。でも、それはある一点についての狭い視野で成りつもの、鬼の目にも見残しだよ。完璧ではない推理は本人のみならず、多くの眼を曇らせてしまうものだからね」

「……むぅ」

 

男性の諭すような言葉に反論は出来ずとも納得も出来ず、黄金をジャラジャラと鳴らした少女は口を思いっきりへの字に曲げながら不機嫌を隠すことなく唸る。

『教授』と呼ばれ、この異様な集団のリーダーを務めている男性に表立っては反抗の意思を向けることはない。しかし、内心ではその地位を我が物にせんと謀っていることは、男性を含めた全ての者が知っていた。

 

「ケケケッ、お前も諦めがわりーなァ、パトラ」

「だから予ねてから話しているでしょう?箱庭の主が活発な行動を見せている限りヨーロッパ内で戦争なんて起こせないのよ。世界征服を果たしたいのなら、世界中に争いの種を蒔いて紛争を起こしておけば勝手に疲弊してくれるわ」

「それではつまらんのぢゃ!贄がのうては真に世を得ることは敵わんであろう!」

 

茶々を入れる黒ローブの少女とこれまたガイダンスのように初歩的な教え方をする女性に駄々っ子のように当たり付けるが、この流れも常習化したもののようで特に角が立つこともなく『あら、そう』と打ち切られる。

続けて声を上げたのは金髪白人の美少女なのだが……

 

「あの、パトラ様、紛争で得た生贄ではいけないのでしょうか……?」

「チマチマとやっていては時間が掛かる。妾は待つのは好きではない!」

「ご、ごめんなさい……」

 

世界征服を電撃戦で終わらせたいなどという無茶ぶり、その不条理な八つ当たりに晒されてシュンとしているあたり、場にそぐわない気弱な性格だと言えるだろう。

 

「パトラ君、君には力があるけれどそれは主には及ぶべくもない。僕に指一本触れられないようでは、砂粒の一粒ですら触れられないよ。リンマ君の話では竜落児である彼女のお母様も勝てなかったそうだからね」

「そのくらい分かっておる。故にあの催しに参加しておるのぢゃ、思金を得る為にの」

 

箱庭の主が開催する宣戦、議題はそこだ。

思金同士の性能試験から始まったこの小さな戦争は、箱庭の主によって乗っ取られた。

 

主の絶対的な力を恐れて世界規模の戦争は抑制された。彼女の存在は『核兵器』そのものなのだ。

今では思金を求めて争う他国も登場し、戦争の代わりとして覇権を奪い合っている。それこそ、主が望む宣戦。

 

「おいパトラ、お前は1つ持ってるだろ、こっちに寄越せよ。イタリアの思い主は自分からここに来たけど、おかげであたし達はよりによって気味の悪いフランス人形共を相手取ることになるんだぞ!」

「こら、カツェ。彼女は同盟者よ?粗暴な態度を取るものではないわ。それに、狙うならスペインかイタリアの方が遥かに楽、失敗作の思い主なんて簡単に見捨ててしまうでしょうから」

 

部下の口の悪さを諫めている様子は母親か姉かといった風だが、カツェと呼ばれた少女は崩れた姿勢を慌てて修正しながら深く詫びる。

既に戦利品の取り合いをする事に異議はないようで、目的としては後ほどフランスの思金も手にするのは変わらない。しかし、目下の狙いは以前に見つけたはぐれ者の思金なのである。

 

「うまく手に入ればオメーは連隊長かぃ?」

 

しょんぼりしたカツェにそんな話題を振ったのは腰の両端に槌、背中に大型の筒を背負った女性。汚い言葉遣いは似通っているが、偉そうな態度はこちらに軍配が上がるだろう。

 

「あー……そのことには触れんな、まだ分かんねーんだよ。アイツもアイツで頑張ってるみたいだしな」

「しばらく音沙汰ねーだろ?」

 

2人の会話はここにはいない級友についてだ。

潜入任務に入って以来、もう数年戻っていない。

 

「ポウルが中継して、色んな情報が入って来てる。特にバチカンの動きは事細かにな」

「そりゃ、大活躍なこって。つうかよ、ポウルって呼んだら怒んじゃねーかぃ?」

「ケッ!慣れねェーもんだぜ」

 

 

遣り取りを終えると、横から口を挟むようにみたび男の声が集団の中に響く。今までで一番良く通る声で、全員に注意喚起をするかのように……

 

「おや?イヴィリタ君、君にしては少し情報が古いのではないかね」

「……シャーロック卿よ、発言の意図を測りかねますが?」

「スペインの思い主に軽々しく手を出すのは止めておいた方が良い、と言えば後は分かるかな?」

 

女性は渋面を浮かべて数秒間、考え至るたびに目を開き、そんなはずないと首を振って目を閉じるを繰り返した。

最後には悔し気な表情のまま、唯一導き出された苦し紛れの答えを口に出す。

 

「……まさか、2人の人間を恐れろなどと言われているのでしょうか」

「ご明察、そのまさかだよ。恐れるべきは組織の大きさや歴史の古さだけではない、僕達の存在がそれを証明しているだろう?同時に数は力であると共に絶対的な個には敵わない事も証明されている」

 

そこまで言って話を切った。

すると、一言も話さずに話を聞いていた少年が会議の内容に初めて興味を示して立ち上がり、連動するように背中合わせで座っていた少女もむっくと起立する。

 

黄金の残滓レジデュオ・ドロにカナ武偵か」

「カナ武偵……ひと月前にジャンが話してたヤツ?」

「ああ」

 

イヴィリタとシャーロックの話を肯定するように2人の人間の名前を挙げた。

 

「会ったことあんのか?」

 

同じ服を着て同じ声のトーンで話す少年少女を見て、カツェが問い掛ける。途端に少女の方は黙りこくってしまい、少年だけが顔を向けて返答を口にした。

 

「オレの仕事を邪魔された。直接会ったことはない」

「そりゃぁ災難だったな、ご愁傷さまだぜ」

 

いくらやられた?という質問の答えを聞いてゲラゲラと笑う魔女にジャンは恨み言をぶつけない。

ひとしきり笑い終わり、腹を抱えた手を退かしたのを見計らってもう1度口を開いた。

 

「同じ目に遭わないように忠告しておく。夜間に黄金の残滓とタッグを組んでいる時は手を出さない事だな。ドイツの魔女結社とは反目してるが、勇名がドイツにまで広がれば余計に部下共が委縮しちまう」

「あ?何言ってんだか分かんねーぞ。その黄金の残滓ってのはなんだよ、使い魔か?」

「通り名だ。カナ武偵は超能力者ではない。黄金の残滓とはその妹のクロ武偵を指すイタリア、フランス間の裏業界で使われている渾名だ」

「姉妹揃ってつえーなら、遺伝性の能力者かもな」

 

あーヤダヤダと竦めた肩に1羽の烏が飛んできて止まり、耳打ちをしているように見える。

知性を持つその生き物は魔女と契約を結んだ使い魔と呼称され、ただのマスコットに留まらず情報収集や戦闘の補助に奔走する。

とりわけ烏や梟、蝶や蜻蛉などの翼を持って飛翔できる使い魔は様々な役目を果たし、狼や蛇、山羊や猫といった鋭利なツノ・ツメ・キバを持つ使い魔は戦闘で大いに役立つ。

 

「おっ!エドガー、箱庭の様子はどうだった?」

「ホホ、英雄のご帰還ね」

 

エドガーの名を与えられた烏は主人となった魔女へと忠実に仕え、自身が見た情報を伝えるべくテーブルの上に用意されたボロボロの布の上に降り立った。

布には多様な記号がずらりと並べられその1つ1つに複数の意味があるのだが、これは契約した者同士でしか伝わらないように使う記号と使わない記号を取り決めている。結果、記号の持つ意味が変わり、世界でエドガーの言葉が分かるのはカツェだけとなるわけだ。

 

黒い羽を砂埃で汚した烏はテーブルの中央に置かれ逆卍徽章ハーケンクロイツが描かれたコインを1枚咥えて、ひょこひょこと布を爪で傷付けないよう一層の注意を払いながら記号を嘴でタッチしていく。

当人たちは慣れていないのだろうか、その一挙手一投足に緊張の色が見られるが、前に横にぴょんぴょん跳ねる烏もそれを一心に眺める少女もどこか微笑ましい光景に感じられる。

 

「変わらないな。伝統は大事だが、カメラを付けてやった方が早いんじゃないのか?」

 

退屈そうにソファへ寝転がるパトラを差し置いて、魔術の世界に明るくないジャンがまどろっこしそうにその様子を眺めていた。

 

「主は記録に残ることを激しく嫌うわ。特に写真やカメラなんかの類には過敏に反応するの」

「だから今夜は衛星軌道もあの場所を通過しない、撃ち落されでもすれば大きな損害になるから誰もそうしようとしないんだ。僕には使い魔の使役は真似できないからね、彼女達が来てくれて助かったよ。いや、正式には出来ない訳じゃない、ただその方法を実行するには確実性が不十分だし時間が掛かり過ぎる、やはり餅は餅屋だという事だ」

「……巫女戯た話だ。規模が違うな」

 

裏でそんな雑談が続けられている間も、コインの叩き付けられる音がコツコツと広い室内の一角に響き、すぐに消えて行く。

ついにはコツコツ、コンコンとリズミカルに奏でられた音が途切れ、逆十字徽章は再びテーブルの上に添えられた。

 

足取りはフラフラと安定しない。それも当然だ。

この場所から箱庭の宣戦が開催されるパラティーノの丘は近くはない、さらにローマ市内とあってはいつ教会の手の者に襲われるとも限らないのだ。

 

「シャーロック卿、そこの籠をお借りしても?」

「構わないよ。元々こうなることは分かっていた事だからね」

 

疲弊した体で主人の元に舞い戻った黒烏は、不安そうな表情の少女にカァーと一鳴きして心配ないと言い残すと、籠の中で休み始めた。それでもカツェは籠から離れようとせず、イヴィリタも微笑んでそのままで良いと話を促した。

 

「どう?箱庭の様子は。あの子の状態から、慣例通りに事が進んだように思えたのだけど」

「ご報告申し上げます。私の使い魔――エドガーから伝達された内容は3つ」

 

辺りはシンと静まり返り、その報告が如何に注目され重要視されているのかが窺える。

たった1羽の使い魔がもたらした情報に、世界の強者が目を、耳を、心を奪われているのだ。

 

そして似たような報告が、様々な手段で別の場所に集った世界中の超人たちに伝わっている事だろう。

 

「1つ。箱庭の宣戦は無事に開催されました。今回は日本というイレギュラーな存在の参加も加味され、参加国はおおむね予想通り12ヶ国の参戦となっています」

「あら?13ヶ国になると予想していたのだけど」

 

カツェはそのことについては後ほど、と付け加えると水晶を片手にもったパトラの方に向きながら続ける。

 

「2つ。同盟は最大数の3つ出来上がりました。まずは私達、ドイツを含むオーストリア、エジプト、ルーマニアブルガリア、そして……」

「……増えたのかぃ。ビビって結んできた腰抜けって事はねーか?」

「イタリアが2つに分かれました。以下、ローマとバチカンの呼称にて区別します。ローマは同盟を申し出て、それを5ヶ国が承認する形です」

「なんぢゃと!?パトリツィアには内側から崩すように伝えろと言っておったではないか!ハトホルの奴はなにしておるのぢゃ!」

 

議題が変わってもギャンギャン騒ぐ少女は無視し、さらに報告は次項へとめくられた。

同盟が3つ出来たという事は後2つ、彼女達にとって敵対する同盟があるという事。残された国々の内、一体どことどこが手を結ぶのかはスタートラインに立つ第ゼロ歩なのだ。

 

「分裂したバチカンはフランスと手を組み、フランスはロシアを引き入れました。イレギュラーな日本はイギリスと同盟を締結。スペインはフランスと日本の同盟を拒否し、無所属となった模様です」

「……ハンガリーとトルコはどうしたのかしら?」

「トルコは元より不参加、ハンガリーは参加資格を失い代表者は最初の犠牲者となりました」

 

犠牲者という単語に、誰も感慨を抱いていないのは明白、参加資格を失ったのであれば当然の事だと認知されているのだろう。1人だけ白い顔を真っ青にして俯いた少女がいて、悲愴な結末を想像して瞼を閉じた。

そんな中、少年が笑いもせず同情なんて感情も無く、その不幸な代表者の安否を興味本位で尋ねる。

 

「死んだか?」

「意識不明だけど、あの場には医師免許を持つ奴が数名いたらしーぞ」

「運がいい。大抵は捨てっぱなしだからな、墓守の仕事が減る」

 

さも適当な会話に、顔をキラキラと輝かせたのもまた1人だけ。

どうでもいい報告はすぐさま過去の話と割り切られた。

 

「さて、ここまでは僕のだ、問題はここからだよ。彼女達は本当に参加しないのかい?そして、あの姉妹はどう動いたのかな?」

「シャーロック卿、その言い方だとあなたの条理予知コグニスが不完全であるように聞こえるんですが?」

 

普段は敬語を用いることなど無いが、上司の手前、その男性には敬称まで付け加えて丁寧に接している。

しかし、攻撃的な性格までは隠し通せず挑発的に、最後の方は少し乱暴な話し方に戻ってしまった。

 

「なぜだろうね、恐ろしい事に彼女達の行動は読めないんだよ。オリヴァ君が初めて僕の下に訪れた時もそうだったけど、枝分かれした未来予想の全てが元の道に繋がってしまうんだ。まるで未来が僕を押し返すみたいに、答えが導き出せそうになるとそこまで進んだ推理ごと身包みを剥がされて、スタート地点に立たされてしまう。だから敢えてハズレの未来予想を延々と続けていったんだけど、ある程度のアタリの輪郭が見えてきた。それこそがの存在と過去に飛来した、そして日本に生きるが深く関わっている所までは分かったんだよ。この情報を得る為だけに莫大な時間を必要としたけど、恐らくは僕の研究にも大きな影響を与えるだろうからね。可能な限りその答えに近付きたい思っているよ」

「なげぇよ……」

「貴重な情報ですわね」

「ジャン、何言ってるか分かった?」

「長いな、分かっても利益がないなら無用の長物だ」

 

シャーロックの一際長い発言は9割方不評ではあるものの、彼は確かに言ったのだ。

 

――『条理予知』。すなわち未来予知の領域まで踏み込んだ推理が完結しない、と。

 

しかし、恐ろしいとの話とは裏腹に彼の瞳は夢を追いかける少年のように、より一層世界の彩を取り入れるかのように開かれた。

この煌く瞳が盲目だと、一体誰が信じるものか。

 

「だからワクワクするんだよ。彼女達の行動は僕を驚かせ、不安にさせ、楽しませてくれる。そして未来の脅威に対抗するための一石となるんだ。僕とは違う視点から、思金は人類を守ろうとしている」

「答えて差し上げなさい、私も彼女の行動はずっと気になっていたの」

「はい、それでは――」

 

カツェは促されるまま、最後に残された1つの報告に手を掛けた。

 

「オレもソコには興味がある。事と次第によっては……」

「ジャン、荒れるのか?」

「だろうな、損失は免れない。だが、同時にビジネスチャンスでもある」

「あやつは認めた者以外とは話すら出来んからのぅ……十の災いの如く面倒な奴ぢゃ」

 

ざわざわと止まない声を咎める者はいなかった。

自分に聞こえるのは真実のみ、その他大勢の声など元より耳に入っていないのだ。

 

「うぅ……参加しないのにドキドキします。胸が張り裂けそうです」

「はっ!フランス出身の私は肩身が狭いってもんじゃねーの、そんくらい我慢しとけや!」

 

当然、同盟者だけがここに集っている訳ではなく、宣戦に直接関係のない者がいるのも仕方がない。

それでもこの会議には参加する意味がある。

 

3つ目のカウントが刻まれて、誰からともなく静寂が支配した。

音さえも、光さえも、時間さえも、その言葉を静止したまま待っている。

 

 

「3つ。『瑠槍の竜人』アグニ・ズメイツァ及びその配下は、娘のリンマ・ズメイツァスカヤの表明により不参加が確定の運びとなっています」

 

 

安堵の声、緊張を解かれた者たちは各々に忘れていた瞬きを再開し、止まった血流を動かした。立っていた者は座り込み、座っていた者は更に体勢を崩して、精神を蝕む溜まり込んだ深憂を吐き出している。

 

「ふむ、それは残念だ」

 

気丈に振る舞ってはいるが、彼の声には失意が表れていた。

しかし同時にもう1つの可能性が動いている事に対する喜色も少なからず含まれているのだ。

 

「して、カツェよ、無所属の者はスペインの思い主だけではあるまい?」

「どういう意味だ、パトラ」

「箱庭にはクロがおったはずぢゃ。同盟の件は終始渋い反応をしてばかりでの……よもや、どこぞの国とも結んでおらんぢゃろうな?」

「……あー、そうだったな、言い忘れてた」

 

 

その後に続けられた魔女の軽はずみな一報に、全員が肝を冷やすことになる……

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ようやく到着した。散々文句を言ってすみませんでした。

でも、やっぱり不親切ですよね、この招待状。

 

"スタディオン"って書いとけばいいじゃん。

観光ルートで来た私が馬鹿みたいじゃないか!

 

 

眼下に広がる縦長の土地……いや、横長?どっちでもいっか。

そんな広大な面積を持つ壁に囲まれた競技場には、現代の競技トラックのような楕円型の岩に囲まれたスペースがあり、その中心には以前には存在しなかった大木が植えらえていた。

 

子供のいたずらにしては大規模すぎるし、あまりにも悪質。

目印のつもりだろうし、犯人は多分現場にいるのだ。

 

 

「イヤな予感が止まらない……」

 

 

本能があの場所に行く事を全力で否定してくるが、ここまで来て帰れない。

大切な仲間があそこにいるのだ、怖がることなんて何もないじゃないか。

 

そもそも行きたくないで行かなくて済むのなら、私は日本のカブチューになんて通ってなかった。

この学校生活を守る為なら、多少の無茶でもなんでもやってやるよ。

 

覚悟を決めて歩を進め……られないね。

 

悲しい事に覚悟の第一歩は、ワイヤーを伝って降りた先の着地。

なんか締まらない。すごく進んだ一歩に見えるけど、なんか締まらないよ!

 

 

 

近付けば近付く程、この場所の異常性に苛まれる。

10人前後の人型の者たちが互いを牽制し合うために、殺気やら覇気やら威圧やらを思う存分撒き散らすもんだから、身が縮こまって勝手に背中が曲がってしまう。

 

あんな奴らの視線を一斉に浴びたら体がバラバラにされそうだ。

そんな恐怖の感覚が私に1つの妙案を授けてくれた。

 

(そうだ!こっそりと近付こう!)

 

 

戦姉おねーちゃんだー!』

 

 

(はい、終わりーっ!)

 

ちょっと待ってください、チュラ。ここは端から端まで約150mあるんです。

確かにワイヤーで降りましたが、この夜闇の中で私と識別できた方法とは何なんですか?

改善したいので分かりやすく教えてください。

 

実際に100m先にいるチュラの声が聞こえたわけではないが、なんでだろう分かってしまう。

あの子は叫んだぞ、あの恐ろしい場所で、私の存在を高々と。

 

(ゔっ……気持ち悪くなってきた)

 

今度は気がしたのではなく本当に気分が悪くなった。

原因は他でもない、あの化け物共の意識が私に向けられたからだ。

 

視線で人を殺せるか?という問いに私は迷うことなくYESと答えるだろう。

感情が暴れて、内側から体を壊されるんじゃないかと真剣に考えてしまった。

 

(チュラ……私はここから先、この視線に串刺されながら歩いていくんですよ?勘弁してください)

 

それでも歩いて行けるのは、トロヤとの戦いを経験したからか。

遊びといえども彼女の殺気は今感じている恐怖と同等か、それ以上だったのだから。

 

 

もうちょっと、その少しの距離が思っていたよりも遠いのだ。

楕円状に並べられた岩を越えた瞬間から、薄い膜を越えたように中の様子がハッキリと見えるようになった。

どうやら箱庭の参加者の内、数名はあの大木の上に登っているらしい。

 

その証拠に、憎らしいほど無邪気な笑顔でこちらを見降ろしている可愛い我が戦妹チュラは、木の枝に寝そべってごゆるりとお過ごしのようだ。

更にちょうど反対側にはいつぞやの狙撃手が人魚座りで空を見上げていて、少し離れた場所には気位の高さを表す黄褐色の金髪ゴールデンオーカーの帯を2本、風に揺られるままに流した少女が両手を脚の間に挟んで睨みを利かせている。彼女のつば広帽子には既視感があった。

 

(小柄な子が多いな……どの子も油断大敵なんだろうけど)

 

不安に塗れた感情を表に出さないように、前を見て歩く。

大木の大きさは遠くで見ていたよりもはるかに大きいようだった。

 

その陰に立っている人物たちも段々とその姿を見せ始める。

 

「カナ」

「こんばんは、クロちゃん。あなたが来ることは何となく予想は付いていたけど……」

 

(格が……違うな)

 

どいつもこいつも出来る奴らばかりいるが、やはりカナの超人的なオーラはその中でさえ頭一つ飛び抜けている。

次の瞬間にバトルロワイヤルが始まってしまったとしたら、私がまずカナから距離を取ることは確実だ。

 

でもって……

 

「クロちゃん、ヤッホー!」

 

いたか、裏切者。なぜ置いて行ったし。

おかげさまで2度と行かないと決めていた丘で2度目の観光をしてしまった。

 

寂しかったんだよ!?

独りで夜のお散歩は悪くないなんて思ったのは最初だけだったんだから!

 

「何で一緒に行こうって誘ってくれなかったんですか?」

「だって時間ギリだったしー。ワンチャン、辿り着けなくならないかなーって」

 

わざとらしく、『ちぇっ』と呟くコイツは確信犯か。となると私の立場は予想済みなのね。

最近陽菜が周りをウロチョロしてると思ってたし、理子に会いに行ってたところを見られたかも。

 

「酷い相棒もいたものです」

「それー、クロちゃんが言うかぁ~?」

 

責めるようにも聞こえるが、ただの軽口である。

同盟の件は数日前に正式にお断りしたのだ、参加の有無はぼかしたまま。そしてその日から毎日会う度に、確かに一菜の気配はまた一段と別の存在へと変化を重ねている。

今日の宝導師演習の彼女は、フィオナも言っていた通り前衛により特化し、デコイ的な動きを意識していた。

日本代表の戦法は一菜前衛、陽菜中衛、槌野子後衛、おそらくもう1人の子供も中・後衛なのだろう。

 

「1人ですか?」

「ここには代表者1人しか入っちゃいけないんだよ。一応兎狗狸ちゃんが外で控えてくれてるけどね」

 

そういう事か。

だったらこの場で即戦闘!って事態にはならなさそうだね。よかったよかった。

 

安心したところで周囲の観察を再開する。

ヒルダやリンマの所も来てるだろうし、挨拶くらいしておかないと焦げ臭くされたりしちゃうかも。

 

 

(――?……ッ!?)

 

 

見間違いじゃないよね?何でここにいるのさ。

 

 

ヒルダがいた。いや、彼女は別にいても不思議じゃない。

相変わらず全身真っ黒のドレスに身を包んで黒い傘を差している。

真っ白な肌と鮮やかな金髪が、闇の中でさらに美しさを増していた。

 

しかし、いつも優雅な姿勢を崩さない彼女は、くすんだ黄赤色テラコッタの髪をその服と同じ純白のヴェールで包んだシスター様と睨み合い、青筋立てて少々ケンカ腰の様子。

おーい、本性出ちゃってますよー?

 

 

ヒルダー、お腹すいたー」

 

隣はリンマ。ここも予想通り。

服装は武偵中の制服ではなく、オシャレな儀礼装束風のスカートで戦闘用の衣装ってわけではなさそう。

 

気にかかるのはその腕に抱いた槍。

過去に牢屋内で襲われた時に放っていた謎の液体の色と同じ、つまりアレも彼女の能力で作り出した物なのだと思う。

 

「あぐあぐ……味がしなーい」

 

(槍食うな、キャンディーじゃないんだから)

 

 

そう、この並びなら次は占い師のパトラだよね?

……あなたはだぁれ?

 

「"さむい……んじゃぁ"」

 

目を引くのは黄金の扇子だが、それを取り除いても十分目立つその人物は日本の巫女服のような紅白袴で地面に倒れるように座り込んでいた。

頭の右側から黄髪が弾けているって言っても通じないだろうがホントそれ。強いて例えるとするなら髪自体がミルククラウンみたいに跳ねて、その中心から一筋のサイドテールが飛び出してる感じ。

 

「"くらい……んじゃぁ"」

 

ガチガチと歯を鳴らし、白い肌を青白く変色させて泣き言を言い続けている。

あの人を代表者に選んだ人はしっかりと謝った方が良いと思う。気の毒に……

 

 

スルー推奨の表示が脳内に浮かび上がったので更に隣、ここが問題だ。

そう来たかって感想が強い。

 

「やあ、クロさん。こうなることは予想出来ていたかい?」

「ええ、まあ。ありえなくはないと思っていましたよ。パトリツィア」

 

網膜に灼き付くようなデンテ・ディ・レオーネの髪にブルーの瞳、良く仕上がったスタイルに自信に満ちた表情。

紛れもない私の天敵と相成ったフォンターナ家の長女だ。

ここのメンツとつるんでいる事は知っていても、箱庭とも繋がっていたとはね。

 

 

――あれ?じゃあ、イタリアってどっちが代表?

 

 

もう一度シスターの方を向いてみるが、あの服はバチカンのものだろう。

どうしてだ?考え付くのは私闘争と内部分裂の単語。まあ、どちらにせよ、その2者間に仲間意識はないからこそそうなった訳で、対立する理由も明らかか。

 

「私の言葉を覚えているかな」

「黙秘させて頂きます」

 

思い当たる節はある。

入学した月にお邪魔したティーパーティーで、『末永く仲良くしたいものだ』と遠回しな勧誘をされていたのだ。

 

その頃から目を付けられていた事には驚きだが、素気無く断っておく。

パトリツィアは私の返事に満足とも不満とも取れない態度で笑顔のままそっぽを向いた。

 

「ふん、知らないよ。あなたが何を考えてその立場を選ぶのかは分からないしね。ただ、アリーシャがとても心配していたんだ、少し妬いてしまうな」

「相変わらず仲良しそうで私は安心しましたよ。仕事以外であなた達姉妹が話しているのをここ十数日見掛けませんでしたからね」

「お互い余計な詮索は無用か……うん、嫌な記憶を思い出したよ」

「その割には嬉しそうにも見えますが」

「ああ、その通り。祝福すべき記憶でもあるからね」

 

出た出た、パトリツィア節。

読解難易度は不思議ちゃん代表のチュラよりも下。(専門の研究者が必要なレベル)

 

←ここらへん

 

理解している常識を彼方に投げ飛ばした一菜よりも上だ。(翻訳機が必要なレベル)

 

そんなもんに付き合ってらんないよ、まだ観察が終わってないんだから。

 

「はいはい、妹さんには宜しく伝えておいてくださいね」

 

 

適当な締め括りで更に隣、ここも知らない人物が実に整った物腰で、強者の風格を漂わせている。

あちこちから肌を露出させており、足元も踵のあるサンダル、ハナから戦う気が無い私と同じタイプかな?

動きやすい服装と金属製の手甲をはめている点から、接近戦の使い手である可能性が高い。

 

「……」

 

いや、物足りないとか思ってない。

寧ろ今まで誰もが何かしらのアクションを起こしていたのがおかしいのだ。

黙って待っている彼女こそ、真に正し……

 

「……くかーzz」

 

(…………)

 

 

……さて次で地上にいる人はラストかな?

ってか、これは人かな?

 

「フガー……」

 

頭に避雷針みたいなのが立ってるんですけど?

ずっと白目なんですけど?

 

「ウガー……」

 

身長が2m50cm位ありそうだよね?

肌の色が限りなく緑に近いよね?

 

「プシューッ!ガオンガオン……」

 

人体って背中から排ガスが排出されるものなの?

体から駆動音ってするものなの?

 

 

(せめて人を代表者に選ばんかい!)

 

 

地上=ヒルダとの同盟者だとすれば、突っ込み待ちの芸人集団でしかなかった気がする。

大丈夫かな、この集団。

 

 

観察して後悔した。

忘れよう、顔以外。

 

パトリツィアに視線を戻して目配せした後、カナの隣に並び立つ。

この中で確実な仲間であるのは彼女しかいない。チュラでさえ、国の代表として立場を変えるのかもしれないのだから。

 

「クロちゃん、今夜は大人しくしていなさい。スイッチを切って私の隣から離れないように」

「?それってどういう――――」

 

 

 

 

――突如、全員の首に鎌が掛けられた――

 

 

 

 

脂汗が吹き出して止まらない。

辺りを見回す為に首を動かそうとすると、後頭部に銃口が、心臓の位置に包丁が突き合わされている。

 

(動けば……殺される!)

 

いつの間にか両脚は有刺鉄線でグルグル巻きにされ、その上を小さな蟲が這い回って太腿に無数の切り傷を貼り付けて行く光景に吐き気を催した。

目を閉じても景色が変わらない。左肩に違和感を感じて意識を集中させると……凍ったように体温が下がっている……!

 

(――これは現実じゃない。濃密な殺気が自分の死をリアルに幻視させるほどに強烈なんだ!)

 

だが、分かっていてもこの殺気から逃れる術を見つけ出せない。

こうしている内にも私の左肩は……!

 

体が切り離されていく感覚。

これはどこかで?

 

(この能力は、トロヤと同じ。なら――)

 

左肩の感覚が消えたそのタイミングで、私の意識は世界を渡る。

最後に感じたのはバターと蜂蜜の甘々な匂いだ。

 

 

 

内側の世界、30枚もの窓枠がズラリと並んだその空間は真っ黒なドロドロとした液体で溢れていた。冷凍室の中に閉じ込められたらこんな気分になるのだろう、温度はマイナス20度に届こうかという所で冷気に晒された肌がヒリヒリする。

 

(チュラも容赦なくくっついて来ましたね)

 

もはや足の踏み場もない。

踏み出すごとに足が氷水の沼に沈み込んで行き、冷却された足が痛むほどだ。

 

動きを止めることなく歩き続け、漆黒の窓枠の前に到達する頃には足の感覚も無くなってしまい、その様は雪山の遭難者と間違われても言い返すことは出来そうにない。

そして唯一正常な右手を、嫌々ながら窓枠の中に突っ込む。

 

ねっとりとした感触、手首から千切れるほどに体が過冷却される。

 

 

「さあ、起きてください。私たちの可愛いチュラが待っていますよ」

 

 

このセリフも何度目だろうか。

握手を返してくれた向こうの私も起きているんだから必要性を感じないんだけど、なんでか毎回忘れずに言ってしまう。

 

「助けを待っているのは私の方のようですが?」

「うまく抜けられそうですか?」

「無視かー……でも抜けることは容易ですよ。チュラちゃんと私の力を合わせるんです!」

「あなたの得意分野ですよ」

「馬鹿にしてますか?」

「いえいえ、頼りにしてます!」

 

今回もまた、私の力だけではどうしようもない。

素直に仲間の力を借りる、それが私の強さの秘訣なのだ。

 

  

 

「チュラちゃん、反射をお願いします」

 

 

私はいつも損な役回りを押し付けられているのではないだろうか?

初めては激痛と共に体に穴を空けられてたし、ある時は現出と同時にカナの鉄拳、またある時は暴走車の屋根の上で木の枝に全身をボコボコにされながらのカースタント、それで今回は死に囲まれての最悪な目覚め。

 

ピンチだからお呼ばれしている事は承知しているけど、たまにはチュラとゆったりのんびり過ごしてみたいものです。

 

 

額に当てられた温かな感触によってもたらされる心の平安がそんなゆるーい思考を手助けしてくれる。

チュラの手がおでこの熱を測るみたいに添えられて、左肩に浮かぶ描きかけの紋章を跡形もなく消し去ってしまったのだ。

 

鎌は錆付いて朽ち果ててしまい、銃は銃弾を詰まらせて暴発と共に消滅してしまったようだ。

包丁は使い手を失って落下して足元の有刺鉄線を裁断し、小蟲は力尽きて風に流され破裂するように発火して焼失した。

 

悪夢は醒めたのだ。

しかし、いかにリアルに再現された恐怖であろうと、トロヤの非現実的で理不尽な暴力の悪夢に比べれば我慢のしようもある。

私は死の恐怖よりも死後の世界、天国でのご先祖様の鉄拳制裁か地獄責め苦の方がよっぽど恐怖を抱いてしまうものだし。

 

 

殺意から解放された視界に最初に映ったのは言うまでもない。

 

 

「おかし1つー!」

 

元気いっぱいな笑顔を振りまく愛しきチュラ。

私は彼女を支える為に現出しているというのに、またしても助けられてしまった。格好がつかないけど、彼女の求めるモノこそこの現状であると言えるのだから、複雑な気分である。

 

「一体誰がこんな子に……」

 

"おかし1つ"というのは前にクラスの男子が「貸し1つな」と話していたのを聞いて覚えて来たらしい。

何故か頭に"お"がついて現品支給を求める物乞いになってしまっているが、別にお菓子が欲しい訳でもなく、お祭りのワッショイと同様のノリみたいだ。

 

この癖がなかなか抜けない。

早く直してあげたいのに、かなりのお気に入り単語として定着した。

おのれ犯人め、見付けたらただじゃおかんぞ!

 

「クロ、無事?痛むところとか、痺れは残ってない?」

 

戦妹チュラの人付き合いを心配し、よろしくない癖を直す方法を模索していると、同じく戦妹わたしの身体を心配してくれたカナが優しく首の後ろを撫でてくれた。

古傷――古紋章?が疼くことは今までなかったが、もしかしたらと気が気でない様子だ。

 

「問題ありません、カナ姉様。それと、申し訳ありません、スイッチはおろかが出てしまいました」

「不可抗力よ、あなたが気に病むことはないわ。でも、ふるいにかけられた脱落者は1人だけのようね」

「脱落者……?」

 

カナの見つめた先木の枝の1本に、白地に花柄刺繍が施されたブラウスを色とりどりのリボンで飾り付けた女性がぐったりしたままぶら下げられていた。

人間が無造作に、タオルを掛けるみたいに適当な扱いで干されていたのだ。

 

息をしていない。

あの民族衣装をまとった存在は、意識を埋められてしまったのだろう。深く深く、全身ココロを引き裂かれて……

 

 

「……カナ」

「主が来た、もう手遅れだったのね。そのままの状態で構わないから、一瞬も気を抜いてはダメよ。彼女は――」

 

 

カナの額に汗が滲む。

その顔に余裕など微塵も感じられない。

 

(なんで……あなた程の強者が、一体何を恐れているんですか?)

 

この中で誰よりも強い存在感を放ち、私が永遠の目標として掲げた最強の戦士が……

声を震えさせているのだ。まるで獅子に挑む矮小な子犬のように、修羅に挑む病弱な少女のように。

 

本能ヤドリ理性オモイ感情イロも。

その場所に現れた深淵に釘付けとなって捻じれ、儚く散ってしまいそうで。

 

 

 

 

 

 

その第一声に、この世界は支配された。

 

 

 

 

ようこそ、箱庭の宣戦へ。まずはご挨拶と致しましょう

 

 

 

 

一言一言が心を打ち、その絶対的なを認めてしまうのだ。

 

 

 

 

今宵は海よりも深く、空よりも広く、樹々よりも多く、川よりも長く、山よりも高い

永遠の歴史を紡ぐ貴殿らの参加を心より奉迎致します

 

 

 

世界が求めるあらゆるものも、夢も希望も絶望も

その歴史すらも彼女の前では子供のラクガキに過ぎないのだろう。

 

 

 

 

ワタクシに名は御座いません

 

 

 

 

そう、彼女こそが……

 

 

 

 

 

どうか、ワタクシの事は『箱庭の主』とお呼びくださいませ

 

 

 

 

 

 

主だ。

 

 

 

 

 

黒金の戦姉妹26話 本当の仲間

本当の仲間リユニオン・パートナーズ

 

 

「どうしますか、一菜さん」

「もちろん、受けるよねクロちゃん!」

「フィオナさんも構いませんか?」

「当然です!こんな機会、ふいにするなんてありえません!」

 

 

放課後に行われた宝導師マグドである姉さんとの演習後、私達に通達されたのはとある任務への参加を推奨する教務科からの指名書。

その内容を一目見た時、自分の目を疑った。そんなバカなと。

 

しかし、隣にいた一菜も吊り上がった目を丸くして驚いていたし、後ろから顔を出したフィオナからは唾を飲む音が聞こえた。

3人同時に見間違えるとは思えないのだから、この紙に書かれている文面は見間違えではないと確信する。

 

 

 

宝導師班での合同任務。

それも2つの班が選抜されての大きな任務となるらしい。

 

つまり、私達3人とカナ、加えて同じ学年の生徒で構成されたチームとその宝導師である武偵高の生徒が、力を合わせて1つの任務に当たるという事。

それって、すっごいわくわくする。

 

 

この手の任務の受諾は宝導師の意向に委ねられており、少しでも下級生チームにとって荷が重いと感じれば、それを理由に拒否することが可能である。

相談は可能で、基本的に下級生に拒否は出来ないシステムとなっているのだが、姉さんは私に判断を仰ぐことにしたらしい。

その意図は想像する限り、"私達にとって確実にこなすことが出来ると言い切れないギリギリのライン"と考えたからだと思われる。

 

 

「Bランクの任務。フィオナさんも実際に受注したことはありませんよね」

「はい、中学の内は特例を除いてCランクが最高です。過去にBランク以上の失敗率が高過ぎるとの理由で、高校側からの指名以外の方法で任務が回って来なくなったんです」

「正しい判断だと思うけどね。あたしとクロちゃんもそうだけど、CからBへの壁は高いよねー」

 

 

嘘吐け。

筆記の試験も好成績で、実戦形式の試験だってBランクを越えてるだろ。

人の話を聞かないから、アホ減点でそんな判定を喰らってるんでしょうが。

 

私も人のことを言えた立場ではないが、転入して暫くはスイッチの制御が出来ていなかったのだから仕方が無いだろう。

 

 

「お2人がCランクというのは到底理解出来るものではありませんが、これまでの任務のようにはいかないでしょう」

「どんな任務なんだろー?カナ先輩、チラッとでも言ってなかったの?」

「姉さんがそんなことする訳ないですよ。ですが、今日の演習中、少し不安そうな顔つきだったので、相応のレベルではあるのかと」

 

 

いくら指名任務といえどあくまで指名先は姉さんであり、軍隊での一兵卒に過ぎない私達にその情報は渡されない。

姉さんが任務を正式に受注した段階で、初めて任務の詳細を知ることが認可される。

 

 

「相手のチームも気になるよね!」

「それは確かに!誰だろう、強襲科のCランクならマルタさんとか、Bランクならルーチェさんとかのチームですかね?」

「うんうん!ルーチェぁん良いよね!ワルサーP99を構える姿、痺れちゃうなー」

 

2人は強襲科の中でも優良株。

マルタは徒手格闘で一菜を投げ飛ばした剛の者だし、ルーチェは銃撃あり鬼ごっこの最中でも冷静さを失わない肝の据わったガンナーだ。

 

どちらも仮チームに所属していたから可能性はある。

……まあ、ルーチェのチームは探偵科、鑑識科、救護科、情報科だけどね。宝導師は情報科

 

「知り合いの狙撃手がいたら良いのですが……」

「狙撃手は2人も要らないんじゃなーい?」

「無くは無いでしょうが、相当レアなケースだと考えられますよ」

 

 

監視、狙撃対象が相当数に達すれば狙撃手2人という選抜もありえない話では無さそうだが、このランク帯で複数人が必要となると、中学生には無理ゲーな難易度になるだろうな。

L D SLevel of difficulty scoreだと300以上に匹敵する、高校生が受けるような難易度に当たる。それでも姉さんがいれば万が一は起きそうもないけど。

 

もし本当に300を……うーん、やっぱり400を超える高難易度の任務であれば、このチームでは引き受けない。

400を越えれば学生の領分ではなくなり、社会に出た新人の武偵が受けるレベルという事。私達ではどう足掻いても力不足なのだ。

 

 

「チーム単位で動くだろうけど、同じ場所に居れば組んで行動するタイミングもあるかもね」

「そこが不安ですよ。このチームって意外とバランスは取れていますから、メンバーの増減で波長が乱されるかもとか」

 

 

こと戦闘に限った話で言えば一菜の戦闘力は頼りになる。だが元来協調性の低い彼女は、私以外の人間と組んだ場合に先走って全員を危機に晒す可能性が高く、近くで適切な指示を行える司令塔、あるいは迅速な判断を下せる通信士を必要とする。

 

フィオナの狙撃は正確であり、どんな任務の達成にも貢献してくれそうだ。しかし反面、武器の性能上前線寄りな立ち位置を確保する上に近接格闘戦のスキルが皆無なので、一菜のような暴れ馬みたいなのが前線に居なければ自己防衛に窮するだろう。

 

私の能力は強力無比なものである自覚はあるが、残念ながら未だスイッチは不安定だ。だからここぞという場面で不調を起こした際、即座にカバーに走ってくれる身軽な前衛と後衛の存在が欲しい。正に2人が理想のチームメイト。

 

……姉さんや裏返したチュラのみと組むのであれば、その心配は必要なくなるのだが。

 

 

「後衛1人ではカバーの限界があります」

「姉さんともう1人の宝導師を頭として、その指示を受けて全体をまとめる司令塔が務まる人材がいれば」

「フィオナちゃんも無駄なく動けるね!」

「1人では厳しいと思いますが……」

 

 

相変わらず自信の無い彼女は微苦笑でささやかな抗議を口にするが、何も全体の援護を任されるわけも無し、あの実力なら問題はないはずだ。

宝導師の存在を思えば気負い過ぎる事は寧ろマイナスで、私達が直面する並大抵の困難には対処法を示してくれるだろう。

 

あくまで私達はサポート役、一つ一つの行動に全力を尽くしてやっとこさ付いて行けると考えておかなければ、その大きすぎる壁に前が見えなくなってしまう。

 

 

「少なくともこのチーム内で不条理な指示は出ませんよ」

「……そうですね、カナさんならそんな心配は杞憂でした」

「じゃ、受けちゃおうよ!クロちゃん、カナ先輩によろしくね!」

 

 

顔を曇らせていたフィオナは心強い宝導師の姿を思い浮かべ、幾分か気分が上向きに戻った。

こうなってしまえば受注を妨げる障害は残っていない。一菜も彼女の状態を確認すると間を置かずに、聞いてもいない回答でもう一押しする。

 

 

決定だ。

この任務、どうにも嫌な予感がする。それには姉さんも勘付いているはずだし、だからこそ私の覚悟を確認した。

きっと、姉さんだけでは手が打てない、強さだけじゃない、大きな敵。

 

 

(何があっても、2人は守り切りますよ。……何があっても。覚悟は、決めましたから)

 

 

「分かりました。私達のチームは任務を受けると、そう姉さんに申請します。情報についてはいつかのタイミングにまたミーティング形式を取りますので、くれぐれも周囲へ漏らす事の無いように気を付けてください」

「りょーかいっ!」

「よろしくお願いします。……あ!クロさん、今日の演習中、気になる事がありました」

「……?どうしましたか?」

 

 

反省会から引き継いでいたコーヒーカップはとっくに全て空になっていて、相談が終わる頃には良い時間になった。

解散の流れが出来上がり、早く帰って夕飯の支度をしなきゃと考えながら、私、一菜、フィオナの順で席を立ちあがると、返事から自然な形でお呼ばれされる。

 

心配事の次は伝え忘れた指摘事項だろうか。

常に何かを考え続けていて、脳の疲労が狙撃に影響を与えたりはしないのかな?

 

一菜も混ざりたそうにこちらを見ているが、フィオナがプニプニした謎素材のバスクベレーを右手で押さえて深々と礼をすると、諦めきれない表情ながらも渋々引き下がった。

2人きりでの話?どう切り出されるか予想出来ないぞ?

 

顔を合わせた彼女は、確証はないけどと前置きをしてから、ここにはいないチームメイトの話題を持ち出す。

 

 

「ここ数日、彼女の動き方に差異が見られませんか?」

「……へっ?」

 

 

(動き方?どゆこと?)

 

 

「遠目から見ていて、ふと気になったんです。クロさんをカバーする回数が減っている代わりに、カナさんとの接近回数、標的回数が共に増え、驚くべき事に防御精度が格段に上がっているんですよ。逆にクロさんは距離の関係上、銃撃での援護が増えたので弾の消費が増えていますよね?」

「確かに……微妙に遠いなと思ってカバーしていましたが、姉さんと一菜の格闘戦が激化している事が多かったような」

 

 

狙撃手様は良く見てるなぁ。

つまり、一菜は更なる特攻隊員に昇華しつつあると。

 

(違うか……戻り始めてるんだ。最初の頃に)

 

彼女はアホの子で科学全般は苦手だが頭は悪くない。

カナという強者相手には、2人掛かりで連携を取った所で優位に立つことが出来なかった。銃弾は銃弾射ちで弾かれ、打撃は片割れが受け流されて体勢を崩し、もう片割れは防がれて反撃を受ける。

 

以前、一菜がダメ元で後方から低姿勢のまま襲い掛かってみたが、足元を撃たれて進路を変えた一瞬で、身を躱した方向から回し蹴りを喰らった。ついでにその時の私は、ほぼ同時に放たれた不可視の銃弾によって、初期型の防弾脛当て越しに弁慶の泣き所を撃たれて転倒、すごく痛くて蹲りながら、「足癖を直しなさい」と注意喚起されている。

 

 

だから前々から、前衛のみでの戦法は無意味として作戦立案を行ってきたのだ。3on3はその環境で作り上げられた作戦である。

現在は各々が試行錯誤を繰り返している段階、そこで一菜はターゲットを自分に向ける事で援護射撃――このチームであればフィオナの攻撃を確実にヒットさせる状況を作り出すことを優先しているのかもしれない。

フィオナがわざわざ別途時間を取ってまで話す内容とは思えないが……

 

 

「それって彼女なりの作戦だと思うのですが、どうして反省会の場で取り上げなかったんですか?」

イチナさん様子がおかしいと思いました。私達のチームはフロントが2人いるんですから、あそこまで突出して最前線を張り続ける必要はありません」

「姉さんの目を引くことで仲間に攻撃のチャンスを――」

「自分の身を犠牲にしてもですか!?」

「それは……」

 

 

 

 


 

 

 

それは……

 

 

姉さんが宝導師の実戦演習で一番最初に一菜を本気で怒った理由だった。

今と変わらずツートップで仕掛けて、手も足も出ずにあしらわれた私達は実力の差を深く記憶に刻み込まれたのだ。

 

姉さんには銃弾が効かないことに、私以外は完全に混乱へと陥れられる。

後衛のフィオナは実戦中の狙撃を許可された時にもかなり驚いた様子だったが、実際に遠くから数発の射撃を行い、目の前の不可解な現象を目前にした時には顔面蒼白で、その後は1発も放つことが出来ず仕舞い。

前衛の一菜も連携など考えず、ただ単に私がカバーするお粗末なフォーメーションの為、私は最後には弾切れとなり不安定な波で受けも満足に行えないまま、一方的に叩きのめされた。

 

しかし残り1人で食いつき続けようとした一菜は、あろうことか持ち技の中でも最も危険な自爆技で相打ちを狙おうとして、これが姉さんの怒りに触れてしまった。

 

 

 

――――『殺生球陣キリングスフィア

 

 

 

殺生石の能力の一端。

普段は触れることで対象の生命力を奪い取るが、一気に自身の力を注ぎこむ事で急激に活性化させ、広範囲に存在する全ての生き物から生命力を奪う荒業となっている。

範囲は身長の4倍、直上直下も含む全方位球体形状半径6m程度が安全係数を考慮した限界だそうで、壁も天井も関係ないらしい。

 

接触れるよりも効力は低いが、その範囲内に数秒いるだけで一時的に意識を失い、覚醒後暫くの虚脱感と思考能力の低下を引き起こす。

基本的に接近戦ばかりしている彼女からしてみれば、常に相手を攻撃圏内に捕らえているのだ。

 

範囲を広げると加速度的に必要な生命力が増えて彼女の命に係わるし、対象の生命力が大き過ぎれば、余剰に消費している一菜が先にバテてしまう。

また、仲間を巻き添えにする危険性も無くはない等、利点に比べて欠点が多い。

 

 

「あたしが……何とかしなきゃ……!」

 

大量のエネルギーを注ぎこまれた御守りの殺生石は熱を持って茜色に染まり、その光が球状に広がって、手始めに苦し気な表情の一菜が赤い光に包まれる。

その光景に初めて余裕を失った姉さんは、一菜の正拳突きを払った右手が一瞬光に触れながらも完全な圏外にいる私の隣までまで逃げ延びた。

弾の切れたベレッタにゴム弾を1発装填し、左側頭部を跳ねるように弾丸を撃ち込んで失神させたのだが……

 

一菜が目覚めると、その身を気遣うより先に責めるように問い詰めた。

 

「三浦一菜、最後のあれはなんだったの?」

 

普段の演習中でも優しく指導してくれていた、普段のほんわかした姉さんからは想像も出来ない刺すような威圧に、名指しで尋ねられた彼女はあらゆる仕草にビクつきながらも正直に答えて、

 

「あれは、あた……わたしの技の1つで……」

「違う、どういうつもりであんな危険な技を使ったのかを聞いているの」

「それは、その……一矢報いたくて、1人になったから、もういっかなー……って」

 

あくまで姉さんをどうにかしてしまおうなんて魂胆は無かったと言い張る一菜に、さらに表情が鋭さを増して恐怖心へと突き立てられていく。

近くで同席していた私も、思わずここから逃げ出したくなるくらい、怒ってる。でも、一菜にそこを責めてるんじゃないぞ、と伝えることも出来ない。

 

「聞き方を変えよっか。もし、戦場だったとしても、あなたは同じことをする?」

「……します。逃げられると、思えないから。せめて……」

「せめて?」

「チームとして、2人が生き残って……相手を斃せさえすれば、戦術的勝利かなー?……って」

 

あらま、模範的なハズレ回答、ありがとうございます。

では、私はこの辺で……

 

「姉さん。私――」

「座りなさい」

「――はい……」

 

コワイ!

逆らおうなんてコンマコンマ1ミリも頭に浮かばない。

 

とっても従順にお行儀よく、音も立てず椅子に座り直して全身に走る緊張感に苛まれる。

姉さんは絶対の存在。早く隣に並び立ちたいと夢を掲げたのに、既に諦めモードへと移行し始めていた。

 

どんな命令でも従う。

そう、自分でも思っていた。のに……

 

 

 

 

 

「遠山クロ、三浦一菜。あなた達は早々にこのチームを解消しなさい」

 

 

 

 

 

「!!」

「ッ!」

 

あまりに予想を飛び越え、遥か先にある最後の一線を命令されて。

 

 

思考が。

 

 

 

止まった。

 

 

 

緊張感も置き去りに、命令通りに一線を越えかけた私は……

 

 

 

「絶対に、ヤダ!!」

 

 

 

全身全霊、心を込めたワガママで、引き留められる。

 

 

 

踏み出そうとした右足が宙ぶらりんで、後にも先にも着地地点を見出せない。

 

 

もう前には進みたくないし、でも後ろを振り返ればその先にいるであろう姉さんには、失望されるかもしれない。

 

どうしよう、どうすれば、どうしたい?

 

思考が動き出したのに全く答えを探し出せず、フラフラとその場でバランスを取る事だけに躍起になって、このまま棒倒しみたいに倒れた方向に進んじゃえば、なんて情けない考えが霧となって前後の方角を有耶無耶にさせていく。

 

そうすると、楽だった。

だって見えもしないなら、いくらでもいい訳が出来るから。

こっちが前だと思ったなんて、そんな戯言を口から出まかせに……

 

 

「あたしは、クロちゃんの相棒になって、一緒に強くなるんだ!いくらクロちゃんのお姉さんだからって、そんな横暴な……」

「相棒?あなたは自分を犠牲に、なんて考えを持つ相棒をどう思う?いつ自分から死を選ぶともしれない相手を、どうして信頼出来るの?」

「あ……!」

「自分の力と仲間の力を勝手に足し合わせて計算して、勝てないと決め込んで勝利を諦める仲間なんてチームに必要?」

「ちが……そんな事言ってな……」

「あなたの言う相棒やチームは、そんなに、簡単に捨てられるものでしか無いのよ」

「違うんだよ……クロちゃん。あたしは……」

 

 

あー……はいはい、声が聞こえてきます。

そっちが後ろなのね、よーっく分かりました。

 

 

でもって、ごめんなさい、私は――

 

 

「違うのなら、答えを示しなさい!」

「あたし……は、守りたい、だけ……」

 

声が震え、目を合わせることも出来ないまでに追い詰められた、紛れもない本心。

だからこそ、姉さんは許さないのだ。その思いを尊重するからこそ、一菜の考えを否定するのだ。

 

「それだけの答えしか用意できないから、あなたは自分を一番先に捨ててしまうの!」

「そんなこと考えてない!あたし――」

「一菜、あなたの気持ちは理解しました」

 

これ以上、彼女の悲痛な声を聞いたら、喉が詰まる妄念が押し寄せて来る。

 

「クロちゃん……」

「丁度良い機会だと思います。まだ未熟で、一緒に任務を行うなんて功を焦っていたんですよね」

「えっ……?」

 

気のせいだろうが、輝度を失ったポニーテールも重力に負けて力なく垂れさがり、セリフの意味を先読みして呼吸さえも忘れた少女から顔を外す。

頭のあちこちが痛い、こんなのこれっきりにしたいよ。

 

カフェラテの潤んだ視線から外した私の瞳は、空間を彷徨うことなく、目標へと最短ルートで到達した。

夢の中でだって、こんな高尚な芸術品も霞む美しさを放つ美女には出会えない。

長く伸びた睫毛を持つ両眼は、怒りを表していてさえも人を拒絶せずに惹き付けてしまうのだ。

 

目が合うだけで心が掴まれる。

彼女の下にいるだけで万能感を得られる程に、その超人的なオーラは私を優しく包んでくれた。

離れるなんて、離れられるなんて、考えたことも無かったな。

 

 

……でも、後悔なんてしない。

私の意思は、間違いなくこう言うんだ!

 

 

「1度、距離を置きましょう。――――カナ」

 

 

 

 

――少しだけ、寄り道して行きカナに逆らいます。

 

 

 

 

「時間をください。私達に、まだ可能性が残されているのなら、そのチャンスを捨てるなんて、私には……いえ、私達には出来ないんです!」

 

 

 

私は宙ぶらりんのまま、迷いを捨て切れないまま一歩踏み出すなんて器用な事、出来ません、姉さん。

 

止まって、なんて図々しい事は言いませんから。

 

立ち止まって、振り返って、寄り道して、やっと歩みを再開する私を。

絶対に辿り着く、そう決意した、いつかは隣に立つ相棒を思って。

 

 

ちょっとくらい、足跡を残して行ってくれても、いいんですよ?

 

 

返事は無い。

でも、その両目は閉ざされた。

 

私が縋り、頼り続けてきた絶対的な存在は、後ろで立ち止まった小さな存在に振り返らない。

ただ見守り続けるだけの事を止めて、前を見据えて、1人歩き出す。

 

 

私は1人だ。

なら、当然、必要になるものがあるだろう?

無人島だろうがどこだろうが、代わりが効かないこれだけは、手放さないぞ!

 

 

今一度、後方へと振り返って、そこにいる仲間へ手を伸ばす。

腕2本分の距離は腕1本分の距離となり、歯を見せないように、軽く頬を上げて真剣な眼差しで……って、面接前みたいな確認だな。

 

 

「一菜、私にはあなたが必要なんです。嫌だ、って言っても、何回でもお願いしますから」

 

 

途中で止めて反応を見ようかとも思ったけど、恥ずかしくなるし、一息で、最後まで言い切ることにした。

 

 

「私にも、守らせてください。仲間だからこそ、守られるだけなんて御免です!」

「仲間……」

 

 

最後に、腕を伸ばし始めてくれた彼女に一言。

 

 

「信じてください。あなたが思っている以上に、私はなんだって突破していきますから。頼りにしてくれてもいいんですよ?」

「……知ってるよ。クロちゃんは、あたしが出会った中で一番……」

 

「……大きい力を秘めてる気がする、すごくあったかくて、あっかるくて、水みたいに透き通ってる」

「ん?一番何ですか?恥ずかしがってボソッと言わないでくださいよ、気になりますから!」

「変わった人だって言ったのー!あたしに話し掛けるなんてパオラちゃんとクロちゃんくらいのモンだよ!」

 

(んまっ!しっつれいな!)

 

下を向いてぼそぼそ喋っていたから聞き返してみたら、そんな事かい!

聞かなきゃよかったよ。変わり者だなんて一菜にだけは言われたくないってのに。

 

 

「本当、変わった子ばかりが集まったのね」

「ちょっと、姉さん。私の決意にはノーコメントで、ここで一言目がそれですか!?」

「ふふ……だって、ね?」

 

 

私と一菜を信じ、怒りを鎮めた姉さんは、再度口を開くと同時にサイドチェアから立ち上がった。

そのまま保険室の扉に無音で近寄り、素早く扉を開け……廊下に手を出して何かを掴んだ?

 

 

「うわわわ!カ、カナさん!いつから気付いてたんですか!?」

「最初っから聞いていたでしょ?入ってくれば良かったのに」

「入れるわけ……ないじゃないですか。お2人には合わせる顔も無かったんですから」

 

 

腕を引かれ、強制的に入室したのはフィオナ。

演習後、調子が優れないと先に帰ったのだが、ずっと廊下で話を盗み聞きしていたらしい。

自身の不甲斐無さを病んで、顔向けできないとこそこそしてたのか。

 

 

「廊下で聞いてたのかー?あたしが注意されてるところー……」

「うっ……すみませんでした、安否確認だけしたら帰ろうと思っていたんです」

「話は全部聞いていたんですね?」

「……はい」

 

 

本人は申し訳なさそうに、両手でベレー帽を鷲掴みに顔の前まで降ろして隠してしまう。

それが原因で彼女の頭のてっぺんに存在するピンと立った触覚のような、俗にいうアホ毛が彼女の一挙手一投足に反応してピコピコと揺れている。

 

 

「一菜ちゃん、あなたは仲間に恵まれている。大切に守りなさい、そして、その倍だけ守られなさい。皆の前に立って戦うとしても、あなたを守る為に皆も力を尽くしてくれている事を覚えておきなさい」

「カナ……先輩……!はいっ!」

 

怯えによって震えていた声は、感動によって打ち振るわされる。

光り輝く薄茶色の瞳は、ああ、また姉さんの虜が1人出来上がっちゃったね。

 

 

これでチームが揃った。

 

このチームが、今の私の居場所なのだ。

 

 

「後で話そうと思っていましたが、フィオナさん。あなたも協力してくれますか?」

「当然の事です!それに付随いたしまして、定期的な作戦会議を開催する、というのはいかがでしょうか?早朝ミーティングや宝導師演習後の簡易的な反省会を開き、より連携を取れる私達だけのフォーメーションも開発する必要があります」

「え、あ、はい」

 

 

よくもまあ、そんな長文がスラスラと話せるね。

まだ無理だよ、イタリア語で長文なんて、どうしても単語の継ぎ接ぎになっちゃう。伝わればいいけどさ。

 

 

「特に、一菜さんには連携をとる事の重要性を理解して頂く為に、その効果のほどを実戦で実際に実感してみるのが手っ取り早いのではないかと思いますので、誠に勝手ながらカナさんにも協力をして頂き、ここ数週間の間は宝導師演習の時間を多めに確保して頂けると幸いです」

「え、ええ。構わないけど」

「よー喋るね、フィオナちゃん」

 

 

止まらん。

まだ、止まらない。やばいな、そろそろ何言ってるのか分からなくなってきた。

 

スイッチ入れちゃえ。

 

 

「本番となる任務は毎回同じ状況とは限りませんし、各々が経験した任務での所見も参考にすべきですので、単独もしくはチーム外の生徒と組んで当たった任務の内容も意見交換できる懇親会のようなものも出来れば良いなと――」

「お、おーけー、おーらい。その辺りは徐々に充実させていきましょう」

「"急いては事を仕損じる"、日本にはそんな諺があるの。意味は急ぎ過ぎると失敗するのよ、って事ね」

「す、すみません。少し調子付いていました」

 

 

少しかー。あれでかー。

今後ともお手柔らかにお願いしたいものだ。

 

 

「私達は全員未熟者です。いいですか、自分の長所と欠点を見直してみましょう!まずは、私から――」

 

 

 


 

 

 

 

それは……

 

 

「彼女の欠点、でしたね」

 

 

人間とは、そう簡単に本質を変えられない。

彼女は変わろうとして変わろうとして、見た目も、性格も、話し方も、戦い方も、全てを作り変えて来た。

 

 

でも。

 

 

記憶を封じた彼女の心の最奥部では、彼女は彼女自身を愛せなかったのだ。

仲間の命と自分の命を勝手に天秤に載せて。

 

 

 

いらないほうを、捨てた。

 

 

 

偶然かもしれないが、フィオナがそれを見付けて拾ってきてくれたのなら――

 

 

――もう1回載せてやる!

 

 

「一菜の……バカ」

「クロさん?」

 

 

なぜ、天秤に自分の思いだけを載せるんだ?

私達の気持ちはあなたの2倍、重みがあるというのに。

 

 

彼女は、あの子は、あいつは、一菜は。

 

 

自分勝手が過ぎるんだ!

 

 

 

「フィオナ、私、急がないといけません。嫌な予感が……胸騒ぎが、納まらないんです」

「どちらに?」

「分かりません。きっと、恐ろしい場所。そこに、一菜がいる」

「それなら私も――」

 

 

私の視線から予想した進行方向にフィオナが立ち塞がる。

ありがとう。私達は、いつもハチャメチャな事ばっかりしてて、あなたには心配を掛けっぱなしだったもんね。

 

だけど、ダメだ。

あの場所には、あなたを連れて行く事が出来ない。

 

格闘戦なんか習ってないのに、それでもなんとか止めようとして両腕を広げる真面目で健気な彼女に……

 

 

 

「私を信じて」

 

 

 

別れの一言と共に、彼女の右手へ一菜の御守りを預けた。

 

 

 

「あなた、なんですか……?」

 

 

 

私達は、いつの間にか足並みを揃えて歩いてたんだね。

フィオナの声は隣からよく聞こえる。

 

折角待ってあげたのに、先走った奴がいるらしい。

ホント、勘弁してくださいよ、一菜。

 

 

 

 

行先はパラティーノの丘。

私の覚悟は決まっている。

 

学校を飛び出し、ポケットから取り出したのは一通の招待状。

差出人の分からないこの紙は、一文字一文字が作品として飾られていそうなほど整った、力強い筆遣いの日本語でしたためられていた。

 

 

 

『"遠山クロ、貴殿の参加を心より楽しみにしている。望むものはいくらでも手に入ろう、宿金の事も、思金の事も、知りたければその源流まで。箱庭は今宵開かれる。パラティヌス、ローマが始まったこの場所で、コロッセオとテベレ川の良く見えるこの場所で、魔女は全てを待っている"』

 

 

 

始まる、『箱庭』が。

 

大きな世界の片隅で、世界の未来を変えてしまう程の影響を持つ小さな宣戦が。

 

そこには一菜と――

 

 

 

――世界を支配せんとする強者たちが集い、その時を待ち侘びているのだ。

 

 

 

 

 

 







クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございました!


やっと、やっとこさ箱庭に辿り着けそうです。

キンジと違い、予備知識をもって立ち向かうクロは、気が楽なんやら、逆に重いのやら。
知り合いの参加者も複数名いるでしょうし、原作程も狼狽えないかと。

黒金の戦姉妹 不可視4発目 時石の擦過

不可視4発目 時石の擦過リメインズ・コープス

 

 

――親愛なる姉上様。

  あれからお体の調子は戻りましたか?

  プルミャがいじわるして

  詳しく教えてくれません。

 

  ローマ武偵中は今日もほどほどに平和です。

  ミラとルーカはいなくなっちゃったけど

  クラスメイトが優しくしてくれるから

  生き残ってます。

  

  前に利用したと書いたレストランに

  新しい看板メニューが増えた

  と聞いて食べに行ったよ。

 

  お姉ちゃん覚えてるかな?

  昔行ったルクセンブルクのオーバーワイス

  あそこで修行していたシェフが

  非常勤講師で来てるみたい。

  ビックリするよね!

  

 

――――中略――――

 

 

  それで探偵科の授業で探してた犯行凶器を

  目を離した隙に鑑識科の先輩が拾ってて

  丸々探し物の時間になったんだよ。

  先生も気付いてなかった。

  やっぱり先輩はすごいなぁ。

 

  先輩といえば、最近

  宝導師マグドに立候補した先輩が

  後輩グループを取り合って決闘沙汰だって!

  隣のクラスから伝え聞いただけだけど

  武偵高の方ではお祭り騒ぎだったみたい。

  私も見てみたかった。

 

 

――――中略――――

 

 

  あなたのお返事をお待ちしております。  

  果実が実る箱庭の季節より、心を込めて――

 

 

 

「……我があるじ、ひとつ聞いていいかい?」

「うん?どうしたの、プルミャ。手紙に変なこと書いてたっけ」

「別に労いが欲しくて頑張った訳じゃないが、ボクは少しくらい賞賛されても良いんじゃないかと思う」

 

「プルミャはいつも頑張ってくれてるよ?」

「ありがとう、ボクも報われるよ。けど、言わせてくれ。あいつのお腹の調子なんてボクにはどうでもいいんだ。何時間寝たかも知る必要がない。主が望む情報を得る重要な仕事だと理解しているさ。でも、あいつに怪訝な顔をされながら、昨晩のチーズを尋ねるのはとても屈辱だった。これ以上何を知りたいんだい?」

「お姉ちゃん、面倒くさがりだったから、ちゃんとシャワー浴びてるか不安、かな」

「アリエタが……主は彼女には会った事がないか。しっかりした家政婦がついている。その配下のワーカホリック集団も。あいつは独りぼっちだけど孤独じゃない。主が気に掛けてあげる事なんて無いんだ」

 

「…………」

「主……?ボクには君が涙を流す理由が分からない。ボクに出来る事はあるかい?」

「お手紙、お願いね?」

「……ああ、分かった。もう寝る時間だよ。おやすみ、主」

「おやすみ、プルミャ」

 

 

 

「……大丈夫だよ、主。君は独りだけど、孤独じゃないボクがいる

 

 

 

 


 

 

 

「おはよー」

「あ、おはよー。見た見た?あたしのアップした写真」

「見たよー。直後に同じ写真も上がったけど、アングルでは勝ってた!」

「ありがとー。いやー、朝から良いもん撮れちゃったよ」

 

 

教室の入り口で2名の女子生徒が話をしている。

片方は水兵さんの服装にオシャレな赤いスカーフタイを付け、もう片方はシルエットにこだわらない緩めのスーツの内側にブラウスを着込んでおり、その共通点は上着が真っ白であるという点だけ。

 

クラスを見渡せば分かるが、ローマ武偵中は流行に合わせたデザインが、毎年制服に複数採用され、生徒はその中から好きに選ぶことが出来る。

その為学校の中でも、デザイン性に富んだ物を選ぶ生徒、機能美を重視する生徒、伝統を重んじる生徒、紛れ込んで好き放題に改造する生徒と様々入り乱れ、自らの個性を発揮しているようだ。

 

 

この学校に来てすっかり癖になってしまった『服装分析』で周囲を確認する。

同年代のクラスメイト達がどんな服装で生活をしているのかを知る為であり、絵日記に起こせる位、出来るだけ細かく情報を得る。

 

色合いの情報C.M.Y.K.をメモしておくと、後々、絵手紙を送る際に困らずに済む。

あの人の髪は今日も鮮やかだな、とか一口メモを残しておくと尚良しだ。

 

 

「おいおい、入り口を開けてくれよ」

 

 

はっ!となって声の方向に振り返るが、私ではなく先程の2名に向けられたものであった。

 

声の主である、今登校して来たらしい、そのー……少しだけ太めの男子生徒は、特注品になりそうな白いスーツのボタンを全て外している。お洒落なのだろうか?

試しに、一目見た観測結果から正常な着こなしをシミュレートしてみると、射出された第二ボタンが私に襲い掛かるシーンが再生され、あのスーツは武装なのだろうという結果に落ち着く。そういうモノなのだ。きっと。

 

 

――メモメモ。

 

 

「ごめんごめん、そうだあたしの写真見たー?」

「もちろん!キミは本当にいいアングルで撮るな!」

「んでんで?どうすんのー?」

チェルトとうぜん!」

「ベネ!お得意割と友割しとくよ」

「ベッラ!今日、ランチを奢るよ!」

「それって私もいいの?」

「2人一緒かい?うーん……じゃあ、オネストも呼ぼうか」

「やったねー!」

 

 

話しの大半は省略されていたけれど、普段の会話と聞き取れた単語から例の掲示板の話だと推測できる。

彼女達はクラスメイトであり敵ではないので、輪に入って話をするべきだろう。

 

でも、今日はそんな気分になれなかった。

双子の姉の体調が悪く、今日も寝たきりだという報告を受けていたのだから、授業にだって集中出来ないと思う。

 

(――もう、1週間も経つんですね……)

 

とりあえず一命は取り留めたが、元から体に異状はない。

主治医が診ているのは脳の異常で、意識が正常に戻るか、記憶の混濁は無いか、特定の話題においてどれくらいの頻度で嘘を吐くかを確認しなくてはならないのだ。

 

私も心配で、何度か会わせてもらおうと施設を訪れたものの、返ってくるのは「会えない」、その言葉だけ。

別に検査の為に面会謝絶、って訳ではない。元々彼女と私は声を交わす事さえ許されていないから、逆にこのタイミングでなら会えるんじゃないかと思っての行動だった。

 

(前に会ったのは2年前、か……)

 

会ったと言っても見掛けただけに過ぎないし、たぶん彼女は私に気付きもしなかった。

それ以前に、7才の頃の記憶を頼りに、周囲の成長を参考資料として今の姉の姿を想像しただけなので、人違いでもおかしくない。直感で判るほど双子の絆は深くない、その程度の関係性。

 

どんな髪形で、どんな表情をして、どこまで身長が伸びて、痩せてるのか太ってるのか、それすらも知ることは出来ず、鏡を見ても膨らむのは想像ばかりで、確かな根拠が手元にない。

 

今はただ――

 

 

「だいじょ…ぶ?」

「えっ?」

 

 

声が近かった。今度こそ、私に誰かが話し掛けて来たらしい。

急に来たように感じたが、相手は少し前まで服装分析していたアマリリスのような紅い髪色の少女であり、距離は離れていたのだから接近に気付くべきだった。

考え込み過ぎてそれすらも怠っていた事に気が付く。

姉の心配をしていた私の表情は、余程深刻なものだったのだろう、目の前の彼女もまた、心配そうにこちらの顔色を確認している。

 

この特徴的な髪色。名はカルミーネ・コロンネッティ。

武偵中に在籍する注意人物で、丸はお姉ちゃんの付けた赤色ひとつだけ。

 

個人的なメモによれば物静かで世話焼き、下手に気丈に振る舞えば余計に気遣うとある。

ならば代わりの悩みを相談してお茶を濁そうとした。

 

 

「最近、体調が上手く整えられなくて。この前も潜入任務の演習中にフラ付いちゃってて……」

 

 

この話は作り話でも嘘でもない。

実際に演習中に体調を……精神を乱していた。今の悩みと同じ一件で。

 

内容は簡単なもので助かったが、しばらくの間、任務に当たるのは避けた方が良いかもしれない。

こういうケースでは仮チームに属さないフリーな身が便利だ。

 

 

「えと、その…探偵、科、だった…よね。パトリツィア、さん、の所…行く時に、見た」

「そうです、良く分かりましたね。といっても、しがないEランクですが」

 

 

プツプツと途切れて自信がなさそうな問い掛けに対し、苦笑いを含めながら返答する。

クラスの人数は全員で10名前後であるのに、分からなくなることはまずない。

 

つまり彼女は他クラスから用事で来ているだけの初顔合わせ。

私も有名人だからマークしていただけで、互いにプライベートも任務の様子も知らないのだ。

 

 

「……ランク分け、は、大体、当て、に…ならない。中学の、内は、特に。仮の、ランク、だから」

「Eランクより下はないです」

「確かに、評価は、低く、見るべき。…でも、例外も、いる。最たる、例が――」

 

 

話の途中で結末が少し分かってしまった。

彼女と同じく超が付く程の(ネタ的な意味で)有名人でありながら、未だに転入時の評価Cランクから不動を貫いている、あの人だろう。

 

日本の武偵中ではBランクだったらしいが、編入試験で1つ落としている。

編入してくる生徒のレベルは大体高い事が多く、ランクを落とす人間はまずいない。まして珍しい東洋人で性別問わず惹き付ける魅力もあって、注目度は異常に高い。

それは私も例外ではなかった。

 

 

「――トオヤマさんですか。話したことはないですが、周りを囲む生徒が軒並み実力者なのが気になります」

「…!キミも、見る目が…ある」

「彼女自身の実力は私程度では推し量れませんが、普段校内ですれ違っても存在感がまるで透明な水の様に希薄です。パトリツィアさんは言うまでもなく、チームメンバーのフィオナさんも狙撃科のBランクですし、ミウラさんもランク以上の実力かと。そして戦妹のチュラさんには得体のしれない異常さを感じました。ひいては……っ!」

 

 

そこまで言ってから、はっ!となるが、いつの間にか報告口調で感じたことを全て話してしまっていた。

私を見つめる海底から空を見た様な色ネイヴィー・ブルーの瞳が驚きで見開かれていて、少なからず彼女の関心を引き寄せてしまった事を物語っている。

 

 

「キミ、の、ランクも…相応、じゃ、なさそう」

「そんな事…」

「パトリツィア、さん、も…同じ、事、言ってた、から。私達、以上の、チームに、成り、得る…って」

「!?」

 

 

(人喰花以上のチームに!?)

 

今度はこっちが驚かされた。逸らしていた視線が持ち上げられ、前髪を跳ね上げさせて彼女の目を見る。

そこに冗談や悪ふざけの意思は読み取れない。事実なのだ、この話は。

 

 

すっかり関心を引き寄せられてしまった。この情報は大きい。

会話の途中で多少怪しまれようと、聞くべき価値がある。

 

しかし、そんな話は普通に考えてあり得ない。

現在、件のチームは3名だけだが、残り2枠にフリーのBランクを迎え入れられたとしても実戦経験はおろか、実力だけで見ても両チームの力量に差が開き過ぎているだろう。

フリーのAランクは2名しか残っていない上、片方は装備科の生徒だ。

 

人喰花は個々がAランクとタイマンを張れる強襲科が3名、そこに狙撃手と超能力者が加わるとなると、Sランクの武偵でも単身で相手取りたくはないだろう。

そんなスペックをどこから持ってくるつもりなのか。

 

 

「……突飛もない冗談ですね?だってカルミーネさんだけでもあの3名を……」

「勝て、ない。これは、パトリツィア、さんと、同意見。私は、クロ、さん…彼女1人、と、渡り、合える、か…」

「――ッ!ありえないです!だってあなたの能力は……!」

 

 

立ち上がり掛けて踏み止まり教室内を確認するが、こちらに注意を向けたのは2名だけ。

自分の良く通らない声の小ささに救われた。

 

(危ない。また夢中になってました)

 

あまり大事にならずに済みそうだったので顔を下に向けて冷や汗を拭う。

だが、用心すべきは第三者だけではなかった。

 

 

――そう、アマリリスの少女の反応にも気を回すべきだったのだ。

 

 

「ごめんなさい、会話に夢中になると、つい――」

「……キミ、私の事、どこまで……知ってるのかな?」

 

 

唐突にゾクッと来る妖美な声が耳に響き、頭が上げられなくなる。話し方が多少流暢になっているのは聞き間違いではないだろう。

別に、力によって押さえつけられている訳ではなく、ただ、何となく正面を見てはいけない気がした。

 

 

「教えてくれる?私、知りたいな、キミの名前」

「あの……」

「教えてくれるよね?キミの名前。私、知りたいの」

「……ポコーダ、です」

「うん、可愛い名前!ポコーダちゃん、今の私は正確にBランク。この程度まで上げられるけど……ポコーダちゃんに説明は要らない?この能力のこと」

 

 

明らかに話し方が変わったし、声質が変声とはまた違う自然な感じで、ちょっとだけ高音で誘うような、女性的な魅力が増している。

心なしか、私の目の前に置かれた両手も、思わず見入ってしまうような透明感が……

 

 

脳裏に浮かぶのは1つの単語。

魔術的な超能力者の多いヨーロッパ人は、戦い慣れない乗能力者を危険視しろ、という話とともに教わった。

 

 

――トリガータイプ。

 

 

これが、そうなんだ。

彼女がそうだと聞いてはいたが、実際に目にすると、比喩でなく別人になるものなのだと思う。

 

指標として、仮に付けられたBランクではなく"正確にBランク"だと言った。

脅しのつもりかもしれないけれど、こちらにはこれ以上の情報はない。その条件も、能力の上昇限界も、継続時間も。

知らないことは話せないのだから、素直に伝えるしかない。

 

 

「詳しくは、知らなくて……」

「そ。早とちりだったね」

「あっ…!」

 

 

引かれた手を目で追ってしまい、そのまま彼女の顔まで誘導される。

左手人差し指がその端正な顔、にっこり微笑んだ小さく可愛らしいピンクの唇に宛がわれた。

 

導かれるまま向かい合うと、親近感を感じる素朴さはすでに消え去り、艶やかな表情も相まって、これまで蕾だった少女が秘めていた花やかさを前面に出して咲き誇るように、アマリリスの髪も一層絢爛さを主張している。

 

 

「じゃあ、ポコーダちゃん?誰から聞いたのか、、、教えてくれる?」

「う。分か……り――」

 

 

(言わされる……!頭が働かなくなってきて、朦朧と……?)

 

今更気付いてしまった。

 

普段の彼女の話し方――断片的な言葉のリズムは、間を置くことで独特な拍子を作り出し、聞く者の心をリラックスさせる効果を持っている。

そして緩やかな催眠に掛けられた対象は暗示のように、開花した彼女の花のような美しさに魅せられていくのだ。

 

彼女が私の名前を繰り返し、見つめて来るだけで、弾避けにだってなっていいという気分にさせられる。

ただし、彼女自体の能力が上昇したような感覚は感じ取れない。

 

 

――紙面に記載されていた能力と、全く違った。

 

 

「ねーねー何話してるのー?」

「カルミーとコディちゃんなんて、珍しい組み合わせだ!」

 

 

教室の入り口でたむろしていた2名の女子生徒が何の警戒もなく近付いてくる。

私はどんな顔をして、正面の紅い花を見つめているのだろう。

きっと異様な状態なハズで、よくも平然と話し掛けられるものだ。

 

だが、これは感謝しなければならない。

あと一歩で洗いざらい話してしまう所だったから。

 

 

「えと、ちょっと、だけ…楽しい、お話し、だよ」

 

 

(楽しい、とは。随分と認識に差異があるようです)

 

緊張から解放され、催眠術も解けたのだろう。今は体も重くなく、自由に動かせるようになった。

冷や汗はべっとりと背中を濡らしているが、それよりもどう思われているかの方が問題だ。

 

 

おそる、おそる……反応を窺う。

 

 

「やっぱりー!2人ともすっごい笑顔だったから」

「ちょっとだけ楽しいお話なら、ちょっとだけ教えてよ!」

 

 

(えが……お……?)

 

そんな訳がないと自身の顔に触れてみるが、

 

(私……ずっと、笑ってたの?)

 

表情が豊かではないのは自覚している。愛想笑いも下手くそだ。

だから今回も半々で怪しまれてないと考えていたのに、その変化の乏しい顔にそぐわない、彼女と同じにっこりとした微笑み。

 

両頬が上がっていた。

緊張していたのに、つられて笑っていた。

 

そして2名の反応が訝しんでいないと判断した途端、なんだか楽しくなってきた。気分の高揚が心を軽くし、ワクワクが心を前向きに動かしてくれる。

 

 

「2人、とも、その…ごめん、ね?秘密、の、お話し、だから」

「えー、いいじゃーん!」

「気になる!秘密は体に良くないぞ、カルミー!」

「じゃあ、お昼…私、も、ご一緒、しよう、かな?」

「えっ!ホント!」

「ベネ!コディちゃんも一緒にどう」

「わ、私は……。……っ!私もいい、かな?」

「もっちろーん!」

「秘密のお話、邪魔してごめんねー!」

 

 

2名は手を振って教室の前の方に歩いて行った。

私はその間もずっと笑顔だった。

 

だって気持ちが盛り上がっているから。

朝の気分だったら、あのお誘いは受けなかっただろう。この短時間で、なぜこんなにも心が上向きに……?

 

まるで、催眠術のよう――

 

 

「あ、その、えとえと…ごめん、ね。脅す、つもりで、、訳じゃ…なく、て……」

「……」

 

 

声が徐々に尻すぼみになっていき、最後の方はほとんど聞き取れる声量ではなかった。

でもなんとなく、彼女の、カルミーネさんの伝えたいことは、理解できる。

 

 

「で、だから…元気が、無くて、心配、に、なって」

「カルミーネさん」

「っ!」

 

 

怒られるとでも思ったのだろうか、ビクッとして下を向いてしまった。

しかも、両手は脚の付け根に添えられていて、防御態勢を取る気は無く、はたこうと思えば簡単に遂行できそうな無防備さ。

まるで、いや言葉通り別人なのだろう、トリガーの前後では。

 

確かに彼女の変化には驚かされたが、何をされたわけでもない。

それどころか、この心情の変化は彼女の変化によってもたらされた可能性がある。

 

俯く彼女を起き上がらせ、今度は私が、出来る限りの笑顔を彼女に見せ付ける。

 

 

「この気分は、あなたの能力ですか?」

「…そう、だよ。すごく…恥ずか、しい…けど、相手、を……こ、興奮、状態、に、させる。でも、ただの、副産、物…で、誰に、でも、有効、じゃ、ない」

 

 

……らしい。

人の心を弄ぶような能力だが、本人に悪気はないようだ。彼女も望んで得た力ではないのだろう。

 

折角笑顔を用意したというのに、またしても言葉の途中から顔を伏せ始めたので、机から身を乗り出し、むしろ下からその顔を覗き込む。

 

 

「――ッ!ッ!――!」

 

 

 

予想外の所から私の顔が現れたからか、目が合った瞬間に「?」キョトンとし、次第に紅くなっていって、ダラダラと汗をかき始めたと思ったら、目を回してフラフラし出した。

 

(顔、上げればいいのに……)

 

様子を観察していると、小動物っぽくてカワイイ。

この少女が少し前まであんなに艶やかな表情をしていたのだ。

 

変身前後。このギャップはかなりの破壊力。

私が男子だったらイチコロだろう。

 

 

このまま教室の装飾の一部になって貰っても困るので、姿勢を正し、聞こえてるんだか分からない相手にお礼をしておく。

起き上がってこないが、目を合わせてお礼を言うのも恥ずかしいし、このままでいい。

 

 

「ありがとうございました。沈んでた心が幾分か楽になりました」

「……うん、私、も…うれ、しい。でも、ね…」

 

 

まだ何かあるのだろうか。

もしや誰から能力の事を聞いたのか、お礼に教えてとか言われる?

 

少し警戒を上げて次の言葉に備え、また変身されては敵わないので、どうせ逃げられはしないだろうが少し腰も浮かせておく。

一呼吸置いたアマリリスの少女は、私に言い聞かせるように目を合わせて強めの語気で言葉を紡ぐ。

 

 

「悩み、の、解決…それは、キミ、次第…。いつ、でも…相談、には、乗る…から」

「――っ!…はい!」

 

 

これが、あの人喰花の看板を独りで背負う人間か……

 

(正直、実力とかじゃなくて、人柄が不安です……)

 

カルメーラ、カルミーネ姉妹とパトリツィア。それはそれは強かったのだろう。

でも、それを追い越すと、そのチームの2名の人間が言っているのだ。

 

 

――トオヤマクロ。

 

 

プルミャの報告通り、黒思金を操って白思金と引き分けたという、ふざけた情報もあながち嘘ではないと、肝に命じておく必要がありそうだ。

 

 

(彼女達が箱庭でどうなるのか、見ものですね)

 

 

 

箱庭の宣戦リトル・バンディーレ』――

 

 

 

このは、箱庭の主によって開催される、五色の思金の性能試験と…奪い合いも兼ねた、国家間の代理戦争。

思金を保有する国は強制的に、他国の参加条件は一定の基準を満たした強者を有している事、それだけ。

その基準を満たさない参加者は主によってその場で始末される。彼女は強者を好み、その中から何かを探し出そうとしているという噂だ。

 

 

過去を紐解いていけば、この戦いは遠い島国で始まったものだという。

国を取り合っていた合戦の裏で、思金の奪い合いも行われていた。

 

それが徐々に大陸に伝来し、ヨーロッパを中心とした国々に広まったと思われる。

 

何故なら彼らは作ることが出来ても、使いこなすことが出来なかった。

かの国には『宇宙の脅威』が強く影響していたから、未熟な使い手は排除されたのだと考えられている。

 

 

そして、主がその力に目を付ける、それが『箱庭』の始まりだった。

 

 

思金を体内に含む人工超々能力者――思主のほとんどはこの戦いを

その理由は戦死、暗殺、寿命、故障と様々だが、結局は誰も彼らを助けようとしないのが原因だろう。力ある者は疎まれ、裏切られる。彼らは失意の元に、安寧も得ることなく、散るのだ。

 

だから思金を司る組織は複数人の実験体を用意し、その中から数人を選出して残りを保管する。

そこまでして、人類は宇宙人から身を守ろうとしている事に他ならない。

 

(お姉ちゃん……)

 

願わくば、誰も犠牲が出ない。

 

そんな奇跡を、願わずにはいられないのだ。

 

 

 

 


 

 

 

朝が早かったわけではない。

幼少の頃より、私は6時には起きる癖がついてしまったのだ。

 

フランスではその時間に多くの放送局でアニメが放映され、9時就業を賭けた家政婦がエンジンを急発進・急停車させて、市街レースを走る間の無遅刻無欠席な子守りを担っていた。

登場するのは人間並みの知性を持つ、猫やら虫やら魚やらのキャラクターだけ。言語を伴わない幼児向けのアニメーションに双子の妹は釘付けになって静かにしていたけど、同じベッドに眠る妹に布団を剥がされ、朝の寒さを武器に起床を余儀なくされた私はつまらなくて大人しくしていた。

父親が拳銃を整備する傍らで聞き流していた、難しい未知の言語ばかりでチンプンカンプンなラジオニュースの方がよっぽど興味深い。

 

前方のバンパー、後方のナンバープレートがボコボコな通勤用の車が路上のタイヤ痕を乱暴になぞるまで、多くの家庭と同じように共働きの母親はせっせと電子部品の選別をし、電話やパソコンで離れた仕事仲間と連絡を取り合っている。

両親は何の仕事をしているのか教えてくれなかったが、危ない仕事だったんだろう。

引き継いだ私が言うのだ。仮に2人に聞くことが出来たのなら、顔を向き合わせて苦い表情を作るのだろうな。

 

 

そう、朝は早くなかったのに、私は前後不覚に陥っていた。

体内の水分が抜かれたように虚脱感が全身を支配して、電池が劣化し鈍く蠢くオモチャになった気分になった。

 

原因は分かっている。筋肉も脳も使わなくなった私は疲労とは無縁だ。

自ら運動をしたり、脳の領域を行使しているのであれば別だが、あくまで非常用。体に異常があることが異常なのだ。

 

万が一、私自身が消耗するとすれば、

 

 

「パソコンの内部データも破損しているかもしれませんね。後でアリエタにバックアップを持ってきて貰いましょう」

 

 

真っ暗なブラウン管モニターに映る自分の顔は、予想より前髪が伸びていた。

まず始めに、面倒臭いなと考えてしまうあたり、私はやはり父親似なのだろう。

行事には必ず休みを取ってくれる子煩悩ではあったが、スーツ以外の着替えは母親に任せっきりにする、自分の事には無頓着な人だった。

 

 

「コンコンしたよ、入って良いよね?」

 

 

催促されてようやく頭が冴えて来た。

荒くれてもなく、控えめでもない、程良い力加減で啄むような扉をノックする音で目が覚めていたことを思い出す。

耐えがたい疲労を押し殺し、机へ載せていた額にべったりと張り付いた前髪を整えた。

 

 

「入って来ていいですよ」

 

 

視界いっぱい広がる資料の山と、壊れて点かなくなったパソコンの画面に背を向けて、入室を許可する。

こぶし大から人が丸々入りそうな大きさまで、多数の地球儀と惑星儀が並ぶこの部屋に時計はないが、意識を失っていたのはものの数分といった所のようだ。

 

 

であれば、問題ない。

もし私があの状態まま部屋の外に出ていれば、『ハナホシ』が余計な事をして外に敵を作りかねなかった。

アリーシャの件だってそうだ。クロさんの元にトロヤさんが出現する未来は確定していて、そんな危険な場所にけしかけるつもりはなかったのに。

 

私が選ぼうとした道は、いつも彼女に修正される。

文句を言おうにも失敗した記憶はない。粗暴で短慮な話し方は権謀術数の策。実際の彼女は無口で狡猾、要所を決して見逃さない明敏さも持ち合わせている。

黙って私の行動を、私の中から見張っているのだ。彼女は失敗に寛容ではないから、判断を臆すればこうして表層に現れてしまう。

 

成功したければ彼女に委ねるのが一番の近道だと、致命的な失敗が教えてくれた。

私の感情が進むべき道を外れ、失った何かを手に入れようとすれば、また代わりの何かを失ってしまう。

もう失敗はしない。彼女が私を利用するように、私もまた彼女を利用するのだ。

 

 

今回は私の方が一枚上手を取ってやった。

治療よりも予防が大切。フランスにはそういうコトワザがあるのだと得意げに呟き、保険として人差し指に巻いておいた鉄線を解く。

 

今、ハナホシの意思は私から追い出されている。

計画を打ち合わせるチャンスだ。早急にフラヴィアを呼び出したいところ、来訪者には申し訳ないが、話が長くなりそうなら後回しにさせてもらおう。

 

 

「コンバンワ!ピアだよ!……って、やや!お忙しいとこお邪魔しちゃったね主人」

「そうですよピアレーダ。あー、忙しい忙しい。その様子だと上手くいったようですね。報告は手短にお願いします」

 

 

部屋に入るなり山の資料を見て目を丸くしているのは、見知った顔のピアレーダ。

紅玉髄カーネリアンの髪を丁寧に飾り繕い、左肩におやつの袋が飛び出した肩掛けカバンを提げて、室内を占領する星々の一個一個を逐一手で回しながら歩いて来る。

 

 

「チチッ!ほら見て!フラヴィアみたいだよね!」

 

 

彼女は私の腹心ともいえる存在で、多数の使い魔を使役する上に戦闘面でも最も頼りになる。

そしてフラヴィアの他に、ハナホシを知る数少ない盟友で――

 

 

――私のペットであり、使い魔

 

 

「それで?ミラとルーカは回収出来たのですね」

「人形の方は、ね」

「よしよし、いい子です、ピア。本物はプルミャの方で動いていたでしょう」

 

 

不機嫌に鼻を鳴らすターコイズブルーの髪の少女を思い浮かべる。ダンスや演技は得意だったが、歌の方はあまり……そう、下手だった。

ミラとルーカは正式には私の配下ではなく、彼女の協力者。

彼らの上司であるプルミャの性格を考えれば放っておいても大丈夫だろうと考えたが、水飲み鳥みたいに頷くピアの反応から間違いではなかったらしい。

 

回収したのはフラヴィアの部下だ。

戦闘面では彼女に比ぶべくもないが、平時には私の情報処理のサブ領域や監視役の中継器の1つとして貢献してくれている。

一時はミラに成り代わって監視役をこなしたものの、囚われてしまい、一夜明けてこうしてピアに回収させていた。

 

(ここまでは順調に進んでいますが……)

 

吸血鬼に私の存在を示唆し、役割を終えたミラとルーカは武偵学校から雲隠れした。

ヒルダから三浦一菜を逃がす事は出来たし、私の存在にせっつかれたトロヤさんの乱入はクロさんの覚醒を促進するだろう。

が目覚めれば、5年間守り続けた最強の駒がやっと動かせるようになる。

 

 

「遠目から見ていて、金星かなせさんは目覚めていましたか?」

 

 

かなせ。

彼女が敵に回らなかっただけで、こうも一瀉千里に物事が進むとは。

ウルスの民の行動目的は謎も多いが、彼女が目覚める前に、その本体たる遠山キンジさんをマーク出来たのは、彼女達の情報によるものだ。その信仰対象である風に感謝を示しておこう。

 

 

「まだ。だけど、また1つ出たよ。魔力がわっさぁーって、木の葉みたいに飛んで行ってた!」

「さすがは異常点ってワケですね。意気地なしのお嬢様に続き、一番厄介な獣人が目覚めましたか。こっちも順調満帆のようで、気が急きます……念話の様子は?」

「トロヤと遊んでたから、それどころじゃなかったと思うよね」

 

 

やはり私の未来予想ともたらされる結果は必ずしもイコールでは結び付かない。

フラヴィアに身辺を警護させていた事が裏目に出た。私は彼女にクロさんの手助けをしろと命令したが、その車にチュラ・ハポン・ロボが乗り込んでいた。

数か月前には人の顔すら覚えようとしない無機物のようだった人物が、自主的に動き、遠山カナに接触を図るなどと、誰が想像出来ただろうか?

 

結果としてフラヴィアの手の内を明かさずに済んだ。

しかし、私の拠点に指定したサンタンジェロ城の範囲からチュラが離れた事で、ピアをヒルダの回収に割けなくなった。

チュラの代役は1人しかいない。彼女を失えば来たる大戦の大将駒、緋緋色金への対応に響く。どうしてもピアの跳躍を使って拠点を運ばせざるを得なかった。

 

つまり、吸血鬼の確保が先延ばしになった訳で、

 

 

「はぁー……」

「主人、頭痛いの?ピア、うるさい?」

「まさか、あなたは癒しですよ。部下のアフターケアは、なかなかにカオスだったなって」

 

 

リュパン家のご息女を救い出すのも同様だ。

私も塞ぎ込みそうになったが、帰還して早々に憂悶とした表情で平伏してくるアリエタと、平常運転で部下達と遊ぶスカッタを見ていたら、このままではいけないと思わされた。

 

とりあえず、アリエタが立ち直ってくれないと、彼女が手塩にかけて育成したスカッタ以外の優秀な部下が統率立たない。

彼女自身のパフォーマンスは変わらないのだけど、彼女を慕っている者たちは円滑に動けなくなっていた。

 

 

「一緒に遊んだんだね!チチッ!」

「一通り、手は尽くしましたよ」

 

 

あの頃とは違う。

トロヤさんが相手では仕方ない、なんて言い訳が通用するイージーモードは破壊し尽くされた。

その彼女すらが敗れたのだから、世界がどれだけ高難易度に出来上がっているのかを思い知った。

 

私の失敗のせいで、唯一の友達が壊れ始めた。そして取り戻そうとして、次々と失った。

やらねばならない。私が動かさなければならないのだ。

 

 

この決意だけが、星核の意思の現身、ハナホシの欲求と合致した。

 

 

「お疲れさまでした、ピア。あなたの部下に計器類の修理をお願いしたから、後で確認に行ってあげて下さい」 

 

 

遊んで欲しそうなピアには悪いが、優先すべきは今後、外部がどう動くかを先導する事。

特にフラヴィアへのコンタクトを、当面の間は避けねばならない。具体的には、箱庭が混迷を極め、クロさんが真実の一端に触れるまで。

 

その時が来ることを心苦しく思いつつ、連絡を取ろうとした。

なのに、ピアが部屋を出ようとせず、ぐいぐいと体を捻り、

 

 

「はい!」

 

 

丸々太ったお菓子詰め合わせのバッグが、あんぐりと開口して、テーブルに陣取る。中を覗くまでもなく、入り口まで満杯だ。

期待の籠った眼差しに声など不要、しかしもう入る余地がないのではないか?

 

「ピア――」

「お駄賃!」

「もう入らな――」

入るひゃひひゅ!」

 

突然に活舌が悪くなったのは、彼女が口いっぱいにお菓子を詰め込んだからである。

使用容量の減ったカバンには指3本ぐらいなら差し込めそうだ。そこまでされてしまっては、お預けに出来ない。

 

「やれやれ、妹に似たんですかね。食堂に行きましょう、希望はありますか?」

 

首を傾げると、溌溂としたオレンジの髪がぴよっと跳ねる。

ついでに、もごもごしている口元を開きそうになったので、慌てて押さえつけた。

 

ここに食べ物はない。

別の誰かであれば自力で取りに行かせただろう。

ピアは特別だ。多少のロスには目を瞑る。

 

 

「……ピアは――」

 

 

懐かしい夢を見ていたからかもしれない。

ふと、考えてしまう。ピアも、変わってしまうんじゃないかと。

 

もう、ただの人間でなくなった、あの子のように。

もう、ただの人形に変わってしまった、彼女のように。

 

 

妹と離れ離れにされた日から、私には新しい姉が割り当てられた。

私よりずっと背が高く、微笑みの良く似合う女性は優しくて、舞台でこなす全ての演目が飛び抜けていた。

 

風のような主旋律のリコーダーは淀みなく、弾かれるチェンバロは正確無比なリズムで、揺らがない音の粒を立てる。

緩やかに飛び跳ね、くるりと回るバロックダンスは決して派手ではないし、見栄えの良いものでもないのだろう。

 

非日常的な音を奏でる楽器によって空想的な世界は作り出され、現実から隔絶され、満たされた空間そのものを楽しんでいた。

色彩に富んだ薄い紫色アメティスタの髪をキラキラと煌かせ、観客席の私と目が合うと嬉しそうに頬を上げて。

 

 

彼女はもっと人らしかったはずだった。

まるで心が残っていたみたいに、温かかった。

 

 

「なんでもありません。ご飯もちゃんと食べて下さいよ」

「??オリヴァ、寂しそうな顔してる」

「切ないです。お腹が空いたのかもしれません」

「そっか!チチッ!ピアと一緒だ!」

 

 

 

――ずっと家族でいてくださいね。

 

 

黒金の戦姉妹 不可視3発目 少女の名前

少女の名前フー・アム・アイ

 

「こんばんはー……」

 

「……」

 

「む?リンマよりも先に目覚めおったか。タフな奴よのう」

 

「2人して別々に、一体何してるんです?」

 

占星術じゃ、魔術は科学とは違うて、日々を漫然と過ごしていれば勝手に進化するものではなくての、個人の鍛錬によってのみ進歩を望めるものなのぢゃ」

 

「い、意外と真面目な事を言うんですね、傲岸不遜な態度の割に」

 

覇王ファラオである妾の堂々たる振舞いにケチを付けるつもりか?」

 

「いえいえ、滅相も無い。是非とも私めをその鍛錬とやらにご協力させて頂けませんかね」

 

「……調子の良い事を。よかろう、一度だけ好きなことを占ってやっても良いぞ」

 

「名誉の大役を与り、至極光栄に存じます!」

 

 

 

「占いと言えば恋占いですが――」

 

「ほう?」

 

「――全く興味が無いので、金運――」

 

「みみっちいのう」

 

「――は、たぶん知らない方が良いと思うので、健康運――」

 

「……」

 

「――も、地味ですよねぇ……」

 

「お前、占星術を星座占いか何かと勘違いしておらんか」

 

「え、違うんですか?」

 

「……もうよい、この日の丸国家めが。水晶を見つめ、何か欲しいものでも思い浮かべてみよ。探し物でもなんでも良いぞ」

 

「探しもの、ですか……」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「トオヤマクロ、本来聞くべきでは無い事ではあるがの……何を望んだ?」

 

「聞かなければ分からないものなんですか?」

 

「占いを行う身として、視えてしまうものを視えなくすることは初歩の初歩。当然、覗こうと思えばいくらでも覗ける領域ぢゃがな」

 

「先に結果を聞いても良いですよね」

 

「がっかりするでないぞ……『』と出た。妾もこんなにハッキリと結果が出たのは初めてぢゃ。恋に興味がないとは言いつつも、しっかり相手は探しておるのか」

 

「相手?いえ、私は恋愛に興味はありません。ですが……黙秘させて頂きます」

 

「そうぢゃろうな、話さんでも良い。どれ、少し助言をやろうかの。齢16を迎えたら、もう一度妾に会いに来るとよい。それまでは己の身を守ることに徹し、決して不貞を働くでないぞ」

 

「御心配には及びません。自分の事は自分で……。いえ、助けを、求める、かも、しれません、ね」

 

「……恐れておるのか。心配せずともお前の星は眩しいくらいに輝いておった。そのまま好きなように生きるが良い、を、のう」

 

、自身……」

 

 

「あら?クロ、いつからそこにいたのかしら」

 

「……えっ、あっ、と……少し前からですよヒルダ。全然気づいてくれないし、何を見て――」

 

「――待って、私に近付く前に、その見るに堪えない根暗な表情を何とかなさい。闇は暗く激しい負の感情を好むけれど、ジメジメと陰気くさい者は歓迎しないのよ」

 

「はははー……あなたは鋭いですね。すみません、もう少し休んできます……」

 

「そうするといいわ。キッチンにローズヒップティーもコーヒーもある、ワインは地下牢の階段をさらに降りたところよ」

 

「えへへ……心配してくれてありがとうございます。でも、お酒なんて飲みませんよ…………あれ?なんでだろ、ヒルダが歪んで良く見えないや、あはは……」

 

「う……わ、分かったわよ。あなたはさっさと部屋に戻っていなさい」

 

「え?……あ!うんっ!お部屋で待ってますね、ブラックコーヒー」

 

「ぐっ……随分と、変わり身が早いのね」

 

「気分が変わったんです。ヒルダのおかげで。自分の分も持ってきてくださいね?ゆっくりとお話しをしたいですから」

 

「前にも同じことを言っていたし、仕方がないから付き合ってあげる」

 

「客人は置いてけぼりかの?」

 

「あなた達の結界には感謝しているわ。バラの浴槽でも用意しておくわね」

 

「ほほほ、それは悪くない話ぢゃ。どれ、金を運ばせるとしよう、席を外すぞ」

 

 

 

「好奇心には勝てないのう、つい覗いてしもうた」

 

 

 

「探しものが自分自身……それが本来存在しないとは、難儀なものよ。あやつの行く末に、興味が湧いてきたぞ」

 

 

 

「ところでヒルダよ」

 

「なにかしら?私、急ぐのだけど」

 

「ずっと同じ本を開いておるな?何を読んでおるのぢゃ、妾にも見せい」

 

「!!……いやよ」

 

「ええい!ケチケチするでないぞ。見た所結構な厚みがありそうではないか」

 

「……そうね。これは確かに、濃厚な蜜のようで短い時間だったわ」

 

「なんぢゃ、自叙伝か?」

 

「馬鹿おっしゃい」

 

「まあ何でもよいわ。奴の辛気臭い占いで興が削がれた。ひまぢゃ、よこせ」

 

「駄々をこねる時間があるのなら、チェスの棋譜でも読んでなさいな。じゃあね」

 

 

 

「……ちぃっとは妾も誘ってみればよいではないか……フンッ!ちっとも寂しくなんかないわ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

左手で扇状に広げた紙の束を見て、私は勝利を確信するとともにニヤリとした。

内心ガッツポーズを決めているが、そんな分かりやすい反応はこの真剣勝負の場にはそぐわない。

私が有利だと知られてしまえば、全員の標的にされてしまう事は分かりきっているからだ。

 

 

地上階と呼ばれる0階よりも下層、地下の一室に集った面々は互いの腹の探り合いに神経をすり減らしていた。

丸テーブルに十字で腰掛けた4人の目はテーブルの一点を見つめ、睨み合いの中、皆一様に己の最善手を導き出そうと努めている。

 

しかしだ。

最善手は自身の強さが反映される。

いくら全力を尽くそうと、それが必ずしも実を結ぶとは限らないので――

 

 

「へくちっ!……むぅ、少し冷えて来ておらんか?ヒルダよ」

「その格好で言わないでくれるかしら?」

 

 

――まあ、うん。

なんだっけ、とにかく真剣勝負をしているんですよ。

 

 

私の対面に座るパトラから始まり、時の巡り行く先(時計回り)で理子が続くと、2枚のカードが戦いの場に赴いた。

弱い。弱すぎる。それがあなた方の実力。

 

 

シュパッ!

 

 

扇から引き抜かれた1枚が、風を孕んで降臨し、低レベルな争いを繰り広げていた戦場を圧倒する。

これが私の最高戦力。

 

さあ、ヒルダ。

勝てるものなら勝ってみせ……

 

 

ぺしっ。

 

 

「あ!ちょっとヒルダ、まだクローバーは一巡目です!ホントにクローバースートを持ってないんですか?!」

「見苦しいわよ、クロ。ほーら、あなたの絵札を寄越しなさい」

 

 

絶対的な力を持つはずの台札最強カードが、吸血鬼の手元から放たれた切り札スートによって無残にも斬り捨てられる。

三日天下ならぬ三秒天下、しかも最弱数字の4で斬られた。

 

私が勿体ぶっていた分、苦笑いしている理子が出した数字の7の方がまだ長く天下を取っていたよ。

 

 

「あああ!私のエースがぁッ!」

「クロさん手札見えちゃってるよー」

 

 

連行されていく我が軍の将は、ズゥウン……と沈む私を見てサディスティックな笑みを露わにする、歪んだ性癖の貴族の旗本に収まった。

横に座る理子から、今日何度目かの注意を受けて、心なしか隊列の崩れた扇を持ち上げる。

 

その際、すっごく同情的な声色を感じ取ったんだけど、気のせいだと思いたい。

だって私の手札には、もう絵札も切り札スートも、ジョーカーもいないんだもの。

 

残りは搾取される側ですわよ。

搾取される物もないけどね!

 

 

最善手ってなに?

無理ゲーなんですけど。

 

 

その後、上機嫌で絵札をコレクトしていくヒルダを見守りつつ、開き直って手札をポイポイ捨てていたら、

 

 

「こーんばーんはー!しゃぴー、理子ちゃん起きてるー?」

 

 

部屋の外から騒々しい物音がした。

どうやら私の可愛い理子を愛でにリンマが来たっぽい。

 

 

「はーっい!起きてますよー」

 

 

トランプで遊んでいた少女が、手札を自分の席に伏せ、お迎えに駆けて行き、

 

「時間ぢゃな、妾は帰るぞ」

 

防寒用にマシコットカラーのショールで肩を覆ったパトラが、勝負を放棄して帰り支度を始めた。

ワンポイントにあしらわれた猫の刺繍は、彼女の趣味ではなさそうだけど、貰い物かもしれないね。

 

 

「次はいつ顔を出すんですか?」

 

 

今でこそ、同じ卓でカードゲームを嗜んでいられるが、理子とヒルダの関係が回復したとは口が裂けても言えない。現在進行形でリハビリ中だ。

ヒルダは未だ眩しい光を見るようで、遠慮がちなコミュニケーションしか取りに行かないし、理子は積極的に近付こうとするものの、ビクビクと腫物を触るようなヒルダが、険のある怖い眼をするから逃げ出してしまう。

 

どっちかがキッカケを作ればいいのに、意固地なとこが似てるんだもん。

意外と面倒見の良いパトラや、空気の悪さを払拭出来るリンマが2人のクッションになってくれて助かっていた。

 

だから、また来てほしいな~、と考えてみたんだけど。

 

 

「暢気な奴よのう……」

 

 

しらけた表情で、半眼のまま質問自体を人格ごと否定された。

同じトランプで遊んでた人に暢気って言われる筋合いはないのでは?

 

 

「パトラは一時の間、国に戻るのよ」

「3日後には海の中ぢゃがの」

 

 

不満がありありと顔に出ていたらしく、大雑把な説明はしてくれた。

もちろん納得しないので、更なる説明を求めたところ、箱庭関係だと判明する。

 

自国の優秀な戦士メジャイが参戦するそうで、お前もどうかと誘われたからお断りしましたよ。

 

 

「パトラさんって国に帰れば、ちゃんとお友達いたんですね、意外です」

「そういうお前は、帰ってもいなさそうぢゃ」

 

 

"も"って言うな!い、いるもん!

イタリアにも友達が出来たし、日本にだって……小学生の時にもいた。幼馴染もいる。

 

 

「いる、ますですよ……」

「嘘を吐けい、異端者に居場所なぞ与えぬのが人間よのう」

 

 

自己暗示によって辛うじて動揺を隠し通し、勝ち誇る様が良く似合うプライドの高そうな顔にベーっと舌先を出してやる。

そのまま、扉が閉まる音がするまで待ってから、椅子に座り直した。

 

 

「いるもん……」

 

 

不意にこぼれそうになるため息を飲み込む。

 

すると2人しかいない部屋で熱い視線を感じ、何度見ても変わらない最弱の手札から視線の主へと意識を向けた。

もちろん、紅寶玉色ピジョンブラッドの瞳を目が合ってしまうのだが、

 

 

「な、なにかしら?」

 

 

つい―っと目を逸らされた。こっちの台詞だよ。

 

ヒルダはなにをソワソワしているんでしょうか?)

 

考える事、約2秒。

ははーん、友達が少ないから話題が時間の巡り行く先(時計回り)に自分の所へ来ないかって不安なんですね。

吸血鬼にとっては力が全て。群れるのは弱者のすることだと、弱い人間を釣り合わないから見下してきたんだろうな。

 

それが彼女の考え方なら闇雲に否定しないよ。

理子と仲良くしたいなら直してもらうけど、不安がらなくてもいいのに。

 

 

ヒルダには大切な人がいるじゃないですか、こ・こ・に!」

 

理子が。

 

「……!!わ、分かっているのならいいのよ。誰にも渡さない、あなたも胸に刻んでおきなさい」

 

 

だらしなくキバチラしていた口元を引き締め、胸を張って強気な態度をとり始める。

赤いマニキュアが塗された爪先で私を指差し、珍しく控えめに笑う彼女の左手には、駝鳥の羽根の代わりにトランプで出来たお揃いの扇が広げられている。

 

私が理子を誰かに渡すとお思いのようで?

ありえんでしょ。やれやれ、独占欲は強いし、理子がいないと素直なんだから。

 

 

「ですが、このままの関係ではいけません。もっとヒルダの方から攻めても良いと思いますよ?それを望んでいますから」

 

理子が。

 

「……これでも攻めているつもりよ。けれど、全然気付いてくれないじゃない……」

 

 

上機嫌に前後していた蝙蝠の翼がパタタ……と拗ねるヒルダの両腕に巻付く。

え、あれで攻めてるの?トランプしてる時も一切、理子が座る正面を見てなかったでしょ。

 

仲直りの実現には、もっと背中を押す必要がありそうだ。

 

 

「まったく足りません。昔みたいに、手を繋いで夜の散歩に出てはどうですか?後は……そうです!お買い物なんかに誘えればエクセレントですよ!メイクの練習に化粧品とか、冬時期に近付けば着膨れも気になっちゃいますから、ファー付きのアウターとか、スカートもハイウエストな物を探しましょう!オシャレしたい盛りですし」

 

理子が。

 

「す、すぐには無理ね。……参考にさせてもらうわ」

「はい、是非に」

 

つい、白熱してグイグイ迫ってしまった。

熱弁で揮われるアイデアは、まるでデートプランのようだったけど、ヒルダは感心しているみたい。

星が良く見える日が良いのよね、とか呟いている。真面目に取り組んでくれるようでなによりだ。

 

 

「日々、親交を深めていきましょう。だって好きなんですよね?」

 

理子が。

 

「す、すす……すっ――――」

「好きなら好きと、口に出すだけで自覚は変わりますよ。私は大好きです!」

 

理子が。

 

「――あなたの積極さには敵わないわ……。私もちょっとは……好き、かもしれないわ」

「はいはい」

 

 

顔を隠し脱力するヒルダの手を取ってエールを送る。

理子にも聞かせてあげたいけど、直接本人に言わないと、ね。

 

 

「応援してますから!それと、私も友人は量より質だと思います」

「……は?」

 

 

決して、私の友達が少ないからではなく!

君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずという秀逸な諺がありましてですね――

 

 

「引け目を感じる必要はないということです!なんなら私がともだ――いだだだだぁッ?!」

 

 

繋いだ手と手に弾ける友情!

照れ隠しにしては刺激が強すぎませんか?!

 

なにするんですかと非難の目を送れば、光の消えた虚ろな瞳がお出迎え。

神経が麻痺し、硬直した私の手はヒルダの手を掴んだまま離せない。

 

 

「ねえ、クロ?」

「は、はい。なんでございましょうか……?」

「あなたは当然、私の事は好きよね?」

「へ――ッ?!」

 

 

直感で理解した。

これは死ぬ選択肢が混じっている。

 

 

「本来なら聞く必要も無いのだけど……ほら、あなたって、すこぉーし素直じゃないから」

 

 

握り潰されそうな手、爪が食い込む痛みを忘れるほどの恐怖。

足元の影が鎌首をもたげ、ドス黒い闇の渦が巻き起こる。

 

この人、照れてない……怒ってるぞ!

っていうか、理子の話だったのに、どこから私がヒルダを好きかどうかの話に派生したんですか!

 

 

後ろ盾の無い正論は暴力の前には無力。

体温が激しく上下する中、痙攣する首を小刻みに振り、血走った目でとっても素直な返事をする。

 

表情筋がやられてるから顔の貌が変更できない。

心よ伝われッ!

 

 

「声に出さないと、ダ・メ。じゃない……?」

 

 

仰る通りです。

声に出せって教えたの私でしたよね。心が伝わっていたようで何よりです。

 

 

「はひ……好きで――」

「お待たせしましたー。リンマちゃんご到着でーす!」

 

 

あわや暴力に屈しようとした私の耳に、愛らしい甘い声。太陽と見紛わんばかりの喜色満面な理子が、緑髪ヘビ目の少女を伴って、スキップしながら舞い戻った。

お土産らしき、ヌテラ――ココアとヘーゼルナッツの風味が相性バッチリな甘いペースト状の定番ソース――をたっぷり練り込んだマーブルケーキが山盛りな籠を大事そうに抱えている。

 

 

「いらっしゃい。入れ違いだったようね」

「学校に戻るみたーい。あむっ、帰り際にバトンタッチされたんだけど、パトラの席はどっち?」

 

 

声が聞こえるが速いか、手を退いたヒルダも平然とリンマに挨拶してるよ。

『なんか焦げ臭い?ケーキ?』と鼻を鳴らす理子の籠から、差し入れた本人が一番最初に手を付けつつ、空席を見回してる。

焦げ臭いのは私です。

 

 

「あなたは私の対面、理子が両役持ちダブル確定なので仲間ですよ」

「わかったよ!強い人間、教えてくれてありがと。ん?あれ?2人合わせて1点?!うじゅ~……ひっどい手札だ、絵詰まりしてる」

「私はクロですってば」

 

 

聞いちゃいない。

名前を覚えられないんだか、覚える気がないんだか。ここで強い人間呼ばわりされても皮肉にしか聞こえない。

 

得点が1点しかないパトラの手札も、私に負けず劣らずだったようだ。

でもそれは思ってても言っちゃいけないヤツでしょ。

 

なお、人様のエースをパクったヒルダは8点、3点の理子は最初からヒルダのサポートをしてたから両役持ち濃厚、まだジョーカーが控えてる。

ちなみに私はクローバーのエースが取られたので0点である。

 

 

マーブルケーキを失敬して一口。

茶色のヌテラ部分を多めに頂くとしっとりしていて、直接塗って焼くより甘みが爽やかになって食べやすいかも。

ただ、みちっとしていて一個が重い。リンマみたいに何個も平らげられはしないね。

 

 

「さ、あと3巡。消化試合と行きますか」

「人間、弱い……」

「ドングリの背比べでしょうが」

得点ドングリあるないかの差は大きいよ」

 

 

正論を言って負けた直後に正論を言われて負けた。

ぐーの音も出ないってこんな状況で使うのか。

 

 

その後、私達が蹂躙されたのは想像に難くないものではあったが、

 

 

「わーい!また私達の勝ちだよ!お姉さま」

「ええ、良い援護だったわ」

 

 

パチンッ!

 

 

「!!」

「まーけたー」

 

 

(想・定・外。ですね)

 

パーフェクトゲーム手前にまで迫っていた理子が勢いで伸ばした手に、ヒルダが手を伸ばし返したのだ。

そして、大きく開くようになった眩く活気ある瞳をパチクリさせる理子に、闇が囁く。

 

 

「無邪気で素敵な笑顔、まるで忌々しい太陽の下で生き生きとするヒマワリのようだけど

――あなたの笑顔は好きよ、理子」

 

 

姉妹の絆が少しだけ回復……ううん、一歩前進したことを喜ばしく思った。

私だって好きだよ、向かい合う2人の笑顔。ハイタッチまでしちゃって、妬けちゃうくらいにお似合いじゃないか。

 

 

光に侵される事のない闇は、光を侵す事もなく並び立つ。闇と並び立つ光は、輝きを増していく。

陰陽には常に境界線に隔てられ、隣り合う。

 

 

日が昇る。

夜明けが来るぞ。

 

 

闇よ――――

 

 

「はい!私も大好きです、ヒルダお姉さま!」

 

 

――世に満ち広がる光を見届け、迷わぬようにその境界線を引いて行け。

 

 

やがて陽が沈み、緋色の闇が訪れるまで。

 

 

 

黒金の戦姉妹25話 自覚の開示

自覚の開示ディス・クローズド

校内に点在する食堂の1つ、『BASE拠点』の一角で、チームメイトの1人である三浦一菜は不敵な笑みを浮かべた。

笑っているのに睨まれているように感じるのは、元々キツイ彼女の目元が原因であろう。

 

 

「……やるじゃん、クロんも。ヒルダが敵国の代表戦士ってところまでは調べてたんだね。ヒルダとの戦闘はクロんに持ってかれちゃったんだよなー」

「……」

「フラヴィアの方はヒナナんに調査してもらってるんだけど、正直分かんないんだよー。情報が無いし、追跡しても消えちゃうんだってさ、跡形もなく。イタリアかバチカンの隠し玉なのかなーとか勝手に予想してるんだけど、何か知ってる?」

「いえ、良くは……」

 

 

色素の薄い茶色カフェ・ラテの目は鋭く細められ、小さく開いた口元を隠すように添えられた手は、傍目にも分かり易くナイショ話である事を表現している。

彼女の発言と態度に、小さな違和感を感じながらも仕草に大きな変化はない。

 

フィオナの訝しむ視線も気にはなるが、それ以上に――

 

(呼び捨て、してる)

 

それは敵であると表すことに他ならない。好敵手ではなく、自分とは係わりのない倒すべき敵対者と認識しているのだ。

フラヴィアもヒルダも、彼女が関係を持ちたいがために名前を聞く程であったのに……

 

 

「日本も旗色が悪いなぁ~。ねえ、フィオナちゃん、誕生日迎えたら日本人にならなーい?」

「??」

 

 

ちーちゃんさんとは違って積極的にリクルートしていくスタイルの一菜も、無関係のフィオナを巻き込むのはさすがに冗談だったらしく、怪しむフィオナの反応を見るために、わざと意味不明な部分を切り取って質問形式の話を振ったみたいだ。

 

フィオナは不意の移籍勧誘を受けて考え込んだかと思うと、私の方に何事の話であるかを確認するつもりで視線を飛ばしてきた。

本人に聞いてよ、一菜用の翻訳機が欲しいのはみんな一緒ですって。

 

 

「なーんちゃって、規約違反で捕まったら困っちゃうや」

「??」

 

 

ポニーテールごと首を傾げ、頬を掻きながらの発言には私も疑問を持ってしまう。規約とやらに違反したらまずいのかとか、無かったら本気で誘うんかいとか。

 

もちろん言われた本人が一番疑問だらけなのだろうことは、大好きなオペラを食べる手が止まっていることからも良く分かる。

言った本人は平然と、カラメルがたっぷりかかったプリンをパクついているが、甘いチョコラータ・カルダを飲みながらプリンとは、正真正銘のスイーツモンスター系女子ですなあ。食べた分だけ下山しなきゃとか考えないんだろうか?

 

 

「あーあー、誰かさんが手伝ってくれたらなー」

「そんな好き者、いないでしょうね」

「クロちゃんつれない態度なんだー。酷いよね、あたしという相棒がいながら、快諾じゃないなんてさー」

 

 

 

謙虚さが足りない。

 

 

 

それもそうだが一菜さんやい、箱庭の話ってこんな公共の場で堂々として良いものなの?武偵は耳敏いし、一般の生徒にも聞こえちゃってるよ。

この話は私もあまりしたくない上、私達だけが共有する話題だとフィオナが蚊帳の外で機嫌を損ねてしまう。いや、オペラ食べてるから問題ないとは思うんだけども、ともかく流れを戻そうか。

 

 

――――気掛かりだったことは、確認できてしまったのだ。

彼女はフラヴィアやヒルダとの出会い、その記憶の中から戦闘以外のものを著しく喪失している。……もしかしたら他にも誰か、もし私が敵対すると分かれば、私の記憶も御守りの中に消してしまうつもりなのだろうか?

 

 

嫌な想像から声が暗くならないように努め、一声かけてから横のプリンを手持ちのスプーンで掬い盗る。

 

 

「隙を見せましたね?いただきです!」

「"ああーっ!!なにしてんだー!"」

Waaas!?ちょ!?Du Kuro!クロさん!Du solltest damit aufhören?!何してるんですか!?

 

 

刹那、テーブルには伊、日、独の三か国語が入り乱れる。

 

(あ、やっばい、忘れてた)

 

箱庭の話題にノリノリな人を釣る目的で、なめらかなスイーツを奪おうとしたが、すっかり失念していた。

糖分の過剰摂取中の彼女にちょっかいを出すなんて、勇敢を通り越してただの愚物でしかないんだったね。

 

 

「"返さんか!このうつけもんがーッ!"」

「"飛んで来たーッ!"」

 

 

比喩ではなく、ダークブラウンの尾を引いた普通じゃ無い女子中学生が、獣の如き動きで飛び掛かってくる。

目論み通り、プリンをエサに一菜が釣れたのだが。釣るって漁業的な意味じゃないんだけど!

 

その目はキャトルミューティレーションされたプリンのひと欠片のみを捉えていて、向こう側の私など見えていないかのように速度が止まることを考慮していない。

このままではサンドバックを爆発四散させた実績を持つ殺人的な突進を、無防備な腹部へとモロに喰らってしまうぞ!

 

 

(――スイッチが入ったままで助かった)

 

 

銃を持った彼女はそれを盾として真っ直ぐに突っ込んでいく、いわゆる防御を主体とした動きをするが、今は食事中の咄嗟な行動であったので手には何も持っていない。その場合は両手両足のいずれかを常に壁や障害物等に合わせておく事で、四肢の1本1本を使って軌道修正を可能にする、回避モード状態に入ったと言える。

そう、瞬時に軌道修正が出来る。その点を利用するのだ。

 

指を高速で動かして、右手に持ったスプーンを出来るだけ速く、上に遠く高く飛ばす。

 

 

バンッ!

 

 

予想通り、テーブルの形に合わせて少し浮かせていた右手を勢いよく叩き付けて、即座に軌道を上方向に変えてきた。

突進は回避出来たが安心するのはまだ早い。今度はあの足が危険であり、顔面に直撃すればあら不思議、顔の形が某有名なあんパンのヒーローに早変わりするだろう。この国ならピッツァに置き換わるのかな?とか言ってる場合じゃない。

 

足は上体を後ろ向きに倒しておけば大丈夫……だったはずなのに、ポフンとした柔らかい感触によってその動きが阻まれる。な、なんだとぉッ!?

 

 

「あらあら、ごめんなさいね。声を掛けるタイミングを計っていたの」

 

 

背後の壁、声の主はフラヴィアで、ふかふかした布のようなものを持っているらしい。

この人、気配が全然掴めないんだけど、いつからそこにいたのだろうか。しかもどいてくれない鬼の所業、私恨まれるようなことしたっけ?

 

 

「"どうでもいいからどいて下さい!"」 

 

 

一菜はもう目前まで迫っていて、衝突を逃れることは諦めた。

スプーンを投げ放った腕で顔を守って……

 

(耐え切れ、私の身体ッ!)

 

しかし、いつまで身を固めていても衝撃が来ない。

代わりに届くのは聞いたことがあったような無かったような声――

 

 

「"オーラ。顔を合わせるのは2回目かな?遠山クロ。チュラは元気にしてる?"」

 

 

体が持ち上がるような浮遊感を感じて腕を除けると、魚のヒレにも鳥の羽にも見えるターコイズブルーの髪が視界を覆い尽くし、中心ではエメラルドの宝石が2つ、こちらを覗き込んでいた。

フラヴィアと同じ白磁のような白い顔には一文字に塞がれた小さな口が付いていて、無気力な両目に無表情さを相乗的に上乗せしている。

 

 

――ON状態だからこそ思い出せた。この人、転入してすぐやってしまった決闘の審判さんだ!

 

 

なんでこんなに顔が近いのかを疑問に思うまでもなく、彼女の両腕が背と膝裏に回されている事に気が付く。

お姫様抱っこされたまま、体がプリンの欠片や一菜へと追随して宙に浮き、スプーンよりも高く飛んでいたのだ。

 

 

「"……審判さん?"」

 

 

緩やかな下降の間、再会の理由を考えてみたが特に思い当たる節は無く、チュラの保護者として様子を見る目的で会いに来たのだろうと結論付けた。

着地と同時に別の椅子へ優しく座らせながら、ここまでの挙動を恩に着せるわけでもなく振る舞うあたりは紳士。いや、保護するという役割には慣れているんだな。

 

年齢不詳で身長は……確か一菜が自分で147cmって言ってたからそれと同じ位か低め。

凹凸に乏しい体は、ワンポイントで胸元にあしらわれた濃紺のリボン以外は無地の服をピシッと着こなしている。

 

 

「"良かった、覚えてたのか、その件はすまなかったね。保護した時のチュラはこう……未成熟な部分が多かったから、ミラがローマで面倒を看る手筈だったんだけど実力不足でさ。逃げ出したところでドイツの奴らに目を付けられちゃったんだよ。あいつら魔女にも困ったもんだよね、懐古主義のわりに好奇心旺盛で、魔術の進歩と科学の進化に積極的だ"」

「"チュラの力、ですか"」

「"そうだ、君も見ただろ?あの詐欺天使の使途が放った一撃を、チュラがしたところ。あれは思金の共通能力の1つだ"」

「"オモイカネ……!"」

 

 

また、出て来たな。トロヤが高説垂れてくれた内容の一部。

一菜も所属する日本代表も話していた"思金"ってなんなんだ?ヒルダと理子を繋ぐ絆、"宿金"とは根本から違うものなのだろうか。

似た単語に"色金"というものも聞いたし、日本ではそれを目的にイタリアと争うような事を口にしていた。

 

つまり、思金と色金は確実に、宿金も曰く付きのモノであったが箱庭に関連性があるものなのかも。

理子が特別な力を、チュラが不思議な力を使いこなすように、超能力を所有者に与える危険な代物だとすれば……この話の信憑性は高い。

 

(理子の命が狙われているように、チュラの力も狙われてるっていうのか――ッ!?)

 

忘れるわけがない。

私が目覚めた翌朝、チュラも箱庭の単語を口にしていて、内容を少なからず理解しているような口ぶりだったのだ。意味は不明だったが、少し時間を掛ければ今でも一語一句違わず思い出せる。

 

『白よりも黒を選んでくれたんだもん!チュラが絶対に守るからねー』

 

その言葉に紐付けられるように思い出されたのは地下牢でのヘビ目少女、リンマの言葉。

 

『人間は黒を手懐けた。それを白から聞いた』

 

白と黒は個人を指している?

だとすればチュラの発言から、黒は彼女だと考えるのが自然であり……

 

待てよ?

もう1人の私も何か言ってなかったか?

 

『黒とは縁を切れ。白も近付けんな。守るべきは赤と青』

 

 

――チュラとは縁を切れ、だと?

そんな話、聞けるわけ……

 

 

「"箱庭については聞いているよね?君のお姉さんからは色よい返事を頂けなかったんだ"」

 

 

その内容に意識を現実に引き戻される。

カナも知らない所で、色々交渉していたのか。

 

 

「"カナに?"」

「正式には私が何度かお願いをしてみたのだけど」

 

 

考えてみればそれが普通だろう。

私ですら同盟の話が来ているのだ、カナにその話がいかない訳がない。

 

 

「"フラヴィア、頼み事をするなら相手の言語に合わせなよ。そんなんだからカナさんにお断りされちゃうんだ"」

「"日本語って難しいんだもん……"」

「イタリア語で構いませんよ、。そのカワイイ子供言葉の日本語は、オリヴァの友達である理子から得た知識だったんですね」

 

 

瞬間的にフラヴィアのやる気のない目が驚愕に見開かれ、店に飾られたマネキンみたいに一切の挙動を放棄した。

顔に暗い陰が差し、意思を取り戻した彼女は不穏な気配を発して、睨み付けるように不機嫌な表情へと変わる。

 

 

「――あらあら、あなた、誰だったかしら?私やオリヴァの名前を、理子ちゃんの事も知っているなんて、おかしいわよね、レジデュオドロ?」

「おかしいですか?」

「ええ、とてもおかしい事なの。あの引き籠りとマイペース姉妹から何を吹き込まれたのかは分からないけど、口にした以上、私の反応が見たかったのね?」

 

 

その推測は合っているし、確認はもう取れた。

オリヴァはまだ私の事をフラヴィアに話していないんだ。

 

敵対する可能性を……違うな、あの子の思考はきっと戦う事を確定の未来として予見している。

オリヴァとの戦い、その1回目はまんまと嵌められたし、彼女の伸びしろはまだまだ先がありそうだった。フラヴィアも変な力を使うようになって厄介さに拍車が掛かったもんだから、1人で立ち向かえば次も勝利は覚束ない相手だ。

 

素の強さが増しているのも、この雰囲気から判断できるし。

 

 

「その会話は私情かい?フラヴィア」

 

 

スイッチの入っている私が気圧される程の威圧感が周囲に広がる中、並び立っていた水色の髪の少女は身構える事もなく、自然体で話し掛ける。

 

 

「ええ、そうよ」

「それなら後にしてくれ、私はやむを得ず教室で主を1人にしているんだ。君にもこの心細くて急かされる気持ちが分かるだろうし、最低限の会話に留めて欲しいな」

「……従うわ。あなた達には感謝しているもの」

「すまないね」

 

 

好戦的ではないフラヴィアは、素直に気配を空気と同化させていく。

よくよく考えればジャミングみたいなこの能力も、一瞬の隙を突かれかねない警戒が必要なものだったよ。

 

人形のように気配のないフラヴィアは後ろへ引いていき、敵対心満々で睨みながら人のスプーンをモグモグしている一菜の方には笑顔を、一連の流れを見て即座に距離を取り、銃を組み上げていたフィオナの方には、テーブルから取った白いナプキンををヒラヒラさせて戦意が無い事をアピールしている。

 

 

「こんばんは、一菜。あの怖い狙撃手さんも一緒だったのね」

「あたし達に何の用?クロんを奪いに来たみたいな感じだけど」

「それだけじゃないの、日本の大将であるあなたに同盟の交渉をしに来たのよ?」

「悪いけど、イタリアと組む気は無い。ついでにクロんも渡さないよ」

「早合点しないで?私は……フランスの代表戦士レフェレンテ、レジデュオドロをあなた達から奪う気もないのよ」

「フランスも保有国だ。その時点で敵対関係は成立しちゃってるんだよね!」

 

 

あっちの会話はヒートアップしている、というよりフラヴィアの存在を警戒した一菜の方が全面拒絶態勢で聞く耳を持っていない。

フィオナは組んだ銃をそのまま肩に掛け、会話の聞こえる範囲内にあるテーブルの向こう側から様子を見る姿勢を取っている。

 

 

対してこっちの会話はローテンション。

プルミャと名乗った少女と確認事項だけを繰り返し、認識のすり合わせを行う事で、交渉の余地をエサとしながら、出来るだけ情報を得る事に努めていく。

だが、相手も頭が回る交渉上手で、まるでヴィオラみたいに情報を小出しに、時には大胆に、意図的に勘違いを促すような話し方をして来た。

 

 

「"そろそろ率直に話そう、ボク達と同盟を組んでくれ、遠山クロ。互いにこの箱庭を生き延びなければならないのは同じはずだ"」

「"根底から認識が違います。私には箱庭に参加する理由がないんですよ?"」

 

 

本当の事を言えば、今の私には十分過ぎる理由がある。

理子の宿金を別離させる方法を探さなくてはならないし、チュラの身の安全も脅かされるのであれば、全力で守り切るつもりだ。

そもそも元より一菜が参加すると知った時点で守りたいという意思は膨らみ始めていたのだから、とっくに私の参戦は約束されたものだったとも言えるだろう。

 

しかし、なぜ外部の者達からもマークされているのかを知りたい。

カナの短期留学も、ただの留学じゃなかった可能性があるのだ。

 

 

――初めから、この箱庭と呼ばれる戦いが起こることを知っていた……?

 

 

「"理由って……彼女を守りに来たんだろう?"」

「"彼女……?"」

 

 

誰の事だ?

少なくとも私はこれまで海外旅行の経験は記憶に無いし、そんな約束をした友人もいなかったと思う。

 

人違いであれば構わないが、どうにもその人物が気になって頭から離れない。

その辺りも聞き出せないかな?

 

 

「"なぜあなたが彼女の事を知っているんですか?"」

「"知り合いだよ。恩人でもある"」

「"私の事はなんと?"」

「"この世で最も信頼できる仲間だった、そうだ"」

 

 

……か。

深い意味を探りたくなる、嫌な話の締め方だよ。

 

 

「"ごめんなさい、実は覚えていないんです"」

「"……だろうね、そんな反応だった。だが待ってくれ、それなら君はヨーロッパに何をしに来たんだ?よりによってこんな危険なタイミングで"」

「"ただの留学、私はずっとそう思っていましたよ"」

「"そっか、そうなるとボク達の交渉も成り立たないんだね?"」

 

 

怒るでもなく、落ち込むでもなく、敵意を向けることもなく、彼女は意外なほどあっさりと手を引いた。

更に、こちらを気遣うように数枚の紙を置き土産に残していくのだが、指を立てて話す姿もまた、誰かを脳裏に浮かび上がらせる。

 

 

「"心から悔やむよ、もっと早く、君達に出会えていたらと思うとさ。これは対話に応じてくれたお礼として受け取って欲しいんだけど、箱庭の宣戦リトル・バンディーレへの参加国を調査した結果をまとめたものなんだ。元々渡すつもりで持ってきたしね"」

 

 

参加しないと表明した手前、受け取り辛いとは思いつつも、ここに記された情報は宿金の事を調べる上で有用なものとなるに違いない。

飛び付きたい心を我慢の重りで縛り付けて、事も無げに紙面に視線を落とす。

 

そこには参加予想国の組織一覧と過去の相互関係、要注意危険人物の名前なんかが掲載され、ルーマニアにはトロヤ・ドラキュリアの名前の隣に5色の丸印が付けられていた。他の人物と比較してみると丸の数が多い、超危険人物って意味だろうな、この丸の数。

漠然と眺めていて分かったのは、どうやら5個が一番多いらしく、丸がゼロの人物は掲載されていないという事。1人だけ名前の横にバツが付けられた子供がいるが、死んでしまったのだろうか……?

 

(アグニちゃんか……こんな幼いまま、可愛そうに……)

 

ブルガリア国籍のミステリアスな雰囲気を纏った、チュラよりもずっと幼い少女。

代表戦士に選ばれるくらいだから実力はあったのだろうが、これが箱庭の実態か。

 

横からのぞき込んで来ていた一菜にその少女の顔を指差して示すと、顔を真っ青にして恐怖からか無意識に抱き着いてきた。

その震え方が尋常ではなく、死という現実をまざまざと見せ付けられて、山で大蛇を見た子狐みたいに怯えている。

 

 

(こんなの、許されるわけがない!)

 

 

「"一菜……これが、箱庭なんですね…………"」

「"……そうだよ、クロん。絶対的強者には誰も逆らえない、こいつは……まさにその悪夢を顕著にしたもの。あたしにしたって、人の身には限界があるんだよ"」

「あらあら、プルミャ。あなたも酷いものを見せたわね」

「…………仕方ないだろう、ゆっくり話す時間が無いんだ」

 

 

フラヴィアとプルミャの会話は、すぐ近くなのにぼやけて聞こえる。

2人は私達の反応を観察し終えると、食堂の出口に向かって行ってしまった。

 

貴重な資料をくれたお礼を言おうかと、その背中に声を掛ける。

 

 

「"……こんな重要な機密情報、もらってしまっても良いんですか?"」

「"構わないよ。対価に見合っていればいいけど"」

 

 

一度だけ振り返って不思議なことを言いながら、初めて笑顔を見せた。にっこりとした、明らかな作り笑い。

その表情が何を写したものかは、最後まで分からなかった。

黒金の戦姉妹24話 還元の短絡

還元の短絡ショート・リピーター

 

『クロさん、右方向にターゲットの車を発見しました。少し離れた場所にさらに2台。おそらく罠でしょうが、攻め込みますか?』

「一菜、陽動はカンペキ?」

『もちろんだよ!もう、みーんなあたしに釘付けだってー!』

「分かりました。フィオナ、私が一度接近します。そのまま押さえられれば良いのですが、仕損じればあなたの出番ですよ」

『ええ、お任せください。思う存分かましてくださいね』

「言われなくても」

 

 

現在、作戦行動中。

内容は単純明快で、裏取引の現場を押さえ、身柄を拘束すればいいだけの簡単なお仕事。

 

短機関銃が放たれる音が遠方から聞こえてくるが、恐らくその目標であるポニーテールの少女には届かないだろう。

両手に拳銃という名前の鈍器を構えた小柄な仲間は、その体格からは想像もつかない程のポテンシャルがあり、持ち合わせた野生の勘と前線に立ち続けた経験を生かした射線の予測と反射神経で、銃弾を銃で弾くという荒業をやってのける。

避けるという方法を極力排除した彼女の立ち回りを私は『ブレーキと装甲の無い人間武装車両あたまがおかしいひと』と称しているが、その通りだろう。

 

 

『うっらぁぁああーー!!』

 

 

うるさい。

叫ぶのであれば通信機の発信ボタンをオフにして欲しいものだ。

クラーラから借りたこの通信機は、ボタン1つで常に受信と発信を同時に行える電話のような役割を果たしてくれるので、便利は便利なのだが、こんな風にうるさい人に持たせるとしょっちゅううるさい。

こちとら建物の影から車確認しようとしてんだから、音でバレるでしょーが!

 

 

「フィオナ、個人回線でお願いします」

『もう切り替えてますよ。一菜さんのサポートも私にお任せ下さい』

「助かります。……こちらもターゲットの車輛を目視出来ました。確認しますが、連続確中範囲ですね?」

 

 

連続確中範囲リコイルフルバーストレンジとは、フィオナがマークスマンライフルのフルオート射撃を全て狙った場所に放てる範囲。

自分では400m弱であると説明しているが、最近の彼女は440m程まで伸びてきている。

自信のない彼女らしいが、リーダーである私への虚偽の報告は減点対象ですよ?

 

 

『当然です。何発必要ですか?』

「2+6発下さい」

『……分かりました。その後の状況次第では、一菜さんの補給に動きます』

「あ、ついでに私にも1つください」

『400m四方でしたら割増料金でお届けしますよ』

「お願いします。少し一菜と一緒にはしゃぎ過ぎました」

 

 

今でこそ一菜がたった1人で敵勢力の陽動を引き受けているが、最初は私も影からこっそり参加しており、夜ではない上、カナも一緒じゃないから、不可視の存在は発動出来ないものの、はぐれ者を間引く程度の事はしておいた。

1人に大体2~3発、フィオナがターゲットを発見して報告が届くまでに8人間引くことにより20発の銃弾を消耗していて、ちょっとだけ残弾が心もとなかったのだ。

 

これで弾切れという後顧の憂いも断った。

フィオナの支援は一菜と組んだ時の心強さとは違い、見守られているという安心感が大きい。一菜はフォローが必要だが、彼女はフォローをしてくれる側である為、私も全力で事に当たることが出来る。

 

後方に仲間が控えているというのは、それだけで心に余裕を与え、思考を安定させる。

その仲間が有能であればあるほど、前衛はその力を意識せずに底上げされるのだ。

 

 

「私が1歩踏み込むタイミングに合わせて下さい。一瞬ですよ」

『クロさんが数え間違えなければ、機を逸することはありません』

「えへへ、あなたの言葉は安心します。私はフィオナのそういう所が好きなんですよ」

『……8秒時間をください』

「?どうぞ?」

 

 

あれ?通信切られちゃった。向こうで何かあったのか?

不安で彼女が潜んでいるであろう廃屋の方を見るが、彼女は顔を出していない。

通信が切れる直前に『Sag du es jetzt...?それを今言いますか……?Unfassbarばか......……』って聞こえてたけど、ドイツ語の意味は分からない。一菜から連絡があったのかもしれないけど、任務での焦った彼女は珍しいぞ。

 

 

「フィオナー?何かありましたか?」

『……』

 

 

受信が切られているのかそれどころでは無いのか、返事は返って来ないな。

唐突に1人であることを思い知らされて、心細くなる。ぽつーんって感じで。

 

 

『クロさん、お待たせしました。準備が整いましたよ』

「一菜の方で何かあったんですか?」

『いえ?私に連絡は来ていませんね。受信してませんから』

 

 

あ、そっかフィオナも個人回線につないでるんだった。

どうやら1人ぼっちなのは私ではなく一菜の側だったようで、自業自得とは言え少し気の毒に感じるなぁ。

 

 

「よし!行きますよフィオナ。あなたの力を貸してください!」

『いつでも行けます』

「1...2...3...GO!」

 

 

私は地面を蹴って駆け出す。

今日は飛ばない。いつも飛んでるように感じていたのはそれほど毎日がおかしかっただけで、あの加速は体への負担が意外と大きいのだから、使用を控えるのはごく普通の帰結だ。

 

 

 

――――ダダダダーンッ!

 

 

 

フィオナの銃弾が正面の車に浴びせかけられた。

最初の1発は後輪タイヤに、残り3発は全てが助手席の窓ガラスの同じ場所に着弾し、防弾ガラスを割ってしまう。

 

 

「くそっ!いきなり撃って来やがった!」

「車を走らせろ。後ろから走ってくる奴がいる」

 

 

(相変わらず精密な射撃ですね)

 

狙撃を受けたことで逃亡を図るつもりのようだが、無理だろう。こちらに銃を向けようとしているがそれも無駄。

我らが狙撃手様は良く見てらっしゃるからね。

 

 

 

――――ダダダダーンッ!

 

 

 

今度の銃弾は初撃が前輪タイヤに、残りの3発は……

 

 

「ぐあっ!」

「どっからだ…!」

 

 

運転手の両腕と助手席で銃を構えようとしていた男の短機関銃を持つ右手首を撃ち抜いた。

 

(そして、どこまでも無慈悲だよ)

 

狙撃手と言うのはストイックな存在で、武偵における殺人の禁止とはすこぶる相性が悪い。

しかしながら、当然必要とされる場面が多いからこそ存在する訳で、その射程・威力は認識の外から一撃で相手を再起不能にできる魅力的なものだ。

 

だから、武偵の狙撃科は如何に相手を殺さずに、確実に無力化できるかを重視する。

言葉にすればそのまますぎるが、簡単な事ではない。

 

須く武偵は人を殺してはならない。これは私だって変わらない、絶対的な制約だ。急所を避け、それでも相手の機動力を削ぐことが出来る箇所を撃ち抜く必要がある。

でも、狙撃手は私たち以上に、身体の欠損による生命活動への影響を知らなくてはならない。

 

例えば、狙撃手は強襲科と違い、敵陣の真っ只中に突っ込むことはしない。遠くから重要人物や拠点、物資の無力化や破壊が主だったものにある。

現場に特攻した強襲科は逮捕という手立てで相手を拘束し任務を終えることが出来るが、遠くからでは声も手錠も届かない。届くのは彼らの放つ銃弾だけなのだ。

 

狙撃目標を観察し、どのタイミングでどの箇所を撃つのか。

その判断を誤れば相手の無力化を、ひいては任務の失敗を招き、逆に救命処置が間に合わない傷を負わせてしまえば殺したことと同意義となる。

彼らはそのプレッシャーに、常に挑み続けるのだ。とても、私には耐えがたい世界だと思う。

 

 

『クロさん、進行方向に落とします』

 

 

 

チュンッ!

 

 

 

――――ダーンッ!

 

 

 

空から小さなポーチが落ちてくる。

このまま走れば……ちょっと間に合わないな、少し速度を上げよう。

 

 

ポスッ!

 

 

左手でキャッチしたポーチは少し重い。それもそのはず、この中には弾倉が入っているのだ。

 

私と一菜で共通の9x19mmパラベラム弾を彼女は常に数個持ち歩いてくれている。

自分も結構動き回るくせに、後衛の仕事もしっかりこなしてくれるのはさすがだと思う。

いや、さすがなのは重量のあるポーチを銃弾で飛ばしておきながら、ニアピンの位置に飛ばせる彼女の技術の方でもあるだろう。

 

 

『残り2人と片腕、お任せしました。私は一菜さんのサポートに回ります』

「はい、よろしくお願いします。結構じゃんじゃか撃ってたので、もうホールドオープンしてるかもしれませんね」

『継戦なんて考えない人ですからね。何かあれば連絡を』

 

 

そんな勝手な想像の話で通信が終了する。終了と言っても通信機を切った訳では無いので、話そうと思えば話し掛けられるのだが。

 

 

「こっちもさっさと終わらせてしまいましょう」

 

正直仕事らしい仕事は全部フィオナに持っていかれた。

車はパンクして速度を出し切れないだろうし、4人中1人は負傷、1人は無力化されているのだ。

援軍がもう2台駆け付けるとして、7人位か多くても10人前後。

 

(ま、普通の人間なんてこんなもんか)

 

その思考は完全に常人を逸脱していることに、悲しいかな本人は気付かないものなのだ。

 

 

「止まれ――ガッ!?」

 

「まずは1台制圧ですね」

 

 

歯ごたえがない。

残りは援軍を待つのみだし、暇だからパオラ先生の新商品を試してみよう。

まだ袋から出してすらいないけど、時間があるし。

 

 

「えっとー…?气球爆チーチウパオね……専用の空気入れを……うわ、小っちゃ!すごく小型化されてる。ま、いっかセットしてみよっと」

 

 

パオラが販売元で助かった、試供品だけど。

中国語は全て彼女によって日本語化されている。ちょっと意訳も多く、ですます口調なのが気になるが、一番の疑問はこれが爆発物らしいという事。

先生は弱点を克服されたのでしょうか?怖くないの?

 

 

「えとえと、このチップを嵌めると作動して……お、動き出した!」

 

 

静かにしていればウィーーンというモーターの作動音が聞えるが、会話をしていれば聞こえ無さそうな小さな音。

これなら潜入中にこっそりと使用することも出来そうだ。

 

(膨らんだ膨らんだ!おもしろいなぁ~)

 

出来上がったのは水風船よりも小さくゴルフボールより大きい、風船。中には粒状の何かが入ってるみたいだが、これはなんだ?火薬か?

説明書によると取り外す時にはコツがいるそうで、『慣れない内はぱちゅんッて音がしますが、慌てて手を放さないでください』と記されている。先生、やらかしたんだろうな。

 

 

バシュンッ!!

 

 

「ひっ!」

 

 

(ちょい待て!ぱちゅんなんて生易しい音じゃなかったし、手が風船ごと弾かれたんだけど!?私が悪いの?下手なの?)

 

だがセーフ、手は離さなかったし、怪我もしていない。

爆発物との事ではあるが、起爆の原理はまだ分かって……

 

 

 

 

『※空気入れから排出された気体は風船内部の粒状物質と化学変化を起こし、空気に触れると爆発します』

 

 

 

 

(あぶなぁぁぁああああーーーーーーいぃッ!?)

 

 

 

 

待って待って!?

なんでそんな重要な話をこんな中途半端な場所に書きましたの!?

 

説明書の頭か末尾に書くもんでしょーがぁ!!

 

 

「"あぶあぶ!あばばばっ、ばばばぁーっ!"」

 

 

(いけない!手が震えてきた。怖い暑い寒い、もう訳分からん!)

 

結べ、慎重に。

なーに、こんなこと、小学生の頃に良くやったじゃないか。

 

そうだ、爆発するからって緊張する必要はない。いつも通りにやればいい。それだけ。それだけを考えろ。

 

(そういえば風船をポンポン跳ねさせてバレーボールの真似事してたっけ。あー、懐かしい)

 

風船を結び終えると、つい子供の頃の記憶が蘇って、空にポイっと放ってみる。

落ちてきた風船を手の平で優しく跳ねさせて遊んでいると、なんだか怖かった奴が実はいい奴だったみたいに、友達になれそうな気がしてき――

 

 

 

――ピシュンッ!

 

 

 

私が何とか端を結び作り上げた气球爆ともだちの真横を銃弾が掠める。

 

 

 

(アッブナァァァアアアーーーイッ!!)

 

 

 

「"うわぁぁあああーー!!"」

 

 

さっきから思ってた。

これ、完全に私の敵だわ。だめだわ。爆弾とは友情を結べないわ。リア充爆発するわ。

どっかの兵士が言ってたもん。手榴弾はピンを抜いた時点で我々の仲間ではありませんって。

 

(援軍が来たのか……もう許さないぞ……)

 

もう許さないも何も向こうは来たばかりだし、完全に遊んでいた私の落ち度なのだが、こちらは(勝手に)命の危機にさらされたのだ。

その(理不尽な)怒りを思い知らせてやる!

 

 

「"聞きなさい!私は怒りました!手加減なんてしませんからね!"」

 

 

そう言い終わるが早いか、私は思いっきり踏み込んだ。

瞬間的に移動速度は80キロを超え、すぐに100キロへと到達する。

2歩、3歩、4歩と飛ぶように駆け抜けたまま一台目の車を無視して、あっという間に二台目の車へと到達した。

 

 

「鉄沓ッ!」

 

 

それを身を思いきり下げた状態から、車の底に足裏を当てて、掬い上げるように放つ。

 

 

「な、なんだぁ!」

「車がひっくり返るぞ!」

 

 

さらに右手に構えたベレッタで、一台目の車の上に投げておいた气球爆てきを撃ち抜く。

 

 

――バチィッ!

 

 

しかしその爆発は実に小さなもので。なんだそんなにビビる程のモノじゃなかったんだね。

あくまで持ち運びに特化させ、奇襲や破壊工作に利用する程度の装備だったわけだ。

 

あーあ、ビクビクして損し――

 

 

バチバチバチバチィィッ――!!

 

 

「えっ」

 

 

時間差で連鎖反応の様に車が火花に包まれた。

どーいうこと?

 

火花は開かれた窓から車内にまで侵入していたらしく、その熱さに耐え切れないのが人間。どこぞの人外どもと違って、大人しく降車してくれた。

 

 

 

援軍に来たみたいだけどね。

折角の移動手段を全部失っちゃうなんて。

 

――抜けた連中だなぁ。

 

 

「これじゃあ物足りないよね」

 

 

――あれ……?

私、今なんて……?

 

 

「さ、さて、さっさと全員縛っちゃいましょう。抵抗したら痛いですよー」

 

「く、来るな……化け物め――」

 

 

ガゥン、ガゥン――

 

 

 

 

 

本日の任務は、滞りなく終了した。

特筆すべき点としては、フィオナが着弾地点のミスを謝罪してきて通常料金で良いとの事。ホント律儀、拾えたから別にいいんだけど。

後はパオラ先生にクーリングオフしました。あれはだめだ、改良を提案した方が良い。安全性をね?

 

そんなわけで3人でお食事中。

私が復帰してから最初の任務、フィオナはずっと体調を心配してくれていた。

一菜はいつもの"クロちゃんなら大丈夫だって"の一点張り。私を一体何だと思っているのか。

 

 

「クロさんは以前にも増して冷静さが身に付いたような……何があったんですか?この短期間に」

「色々あったんです」

「まあ、クロちゃんだし」

 

 

そんな一菜は……様子がおかしい気がする。

てっきりヒルダに捕まったあの日、私が覗いていたのが原因かと考えていたのだが、そういう問題では無さそうなのだ。

 

 

「……色々、ですか」

「はい」

「もぐもぐ」

 

 

なんだろう、違和感が凄い。そこに一菜がいるというのに、とても遠くにいるような気がする。

登山で登った時の彼女とは違い、振る舞いはいつも通りなのに、彼女自身が薄れている感じがして気まずい。

 

で、私と一菜がギクシャクしてるとフィオナも空気を読んで、積極的に共通の話題を振ろうとはせず、交互に話し掛けて探ろうとしてるみたいだ。

その結果。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

(空気が……重いよ)

 

考えてみれば、私達のチームは元々仲良しな訳でもなく、プライベートの付き合いも少ない。

だから、こうなった時に共有できる雑談が、分からない。彼女達の好きなものが、分からないのだ。

 

任務が失敗したわけでもないのに、このお通夜ムードはなぜなのか。

我慢ならない……なにかないか?良い話題、話題……っ!

 

(……良いものが、ありましたね)

 

突如降って湧いたこの話題、これなら3人で共有出来て、尚且つ関係を深める一助となるに違いない。

 

 

「フィオナさん、これは私達にとって大事な話なんですが、一菜さんもちゃんと聞いてくださいね?」

「大事な話…?」

「んー?チームに関係する事?」

 

 

良かった。2人とも興味を持ってくれたみたいだ。

 

 

「そうです、これはチームとして逃す訳にはいかない一大イベントとなるでしょう!」

「そ、それはどんな……?もしや上級生との決闘とか」

「!クロちゃんも仕上げに入るって事かー」

 

 

ちょっと何言ってるか分からない。

そんな殺伐とした仲直り方法は私の望むところではないし、上級生に挑む前に宝導師である姉さんに認められる方が先だろう。

そんなのまだ早過ぎるというものさ。急ぐと転ぶって誰かが言ってた。そして誰かが実行してた。

 

 

「ぶーです。違うんですよ、フィオナさん。私、あなたの手作りケーキが食べたいなぁ…なんて思ってみたり?」

「!!」

「あ、そうだよね!フィオナちゃんもうすぐ誕生日じゃん!」

「お、お2人共……私の誕生日なんか覚えて……?」

 

 

驚きと喜びで泣き出しそうなフィオナ。

……そこまで感動されると、私だって、サプライズの用意のし甲斐があるってもんですよ!

 

フライング気味ではあったが、おめでとうは言ってないし問題ない。

 

 

「当日はどうやって過ごすんですか?学校は当然休むのでしょう?」

「はい、前日に実家に帰って、朝からお昼に向けて大忙しですよ」

「あははー、そりゃ大変そうだね」

「皆様には感謝してもしきれませんから。そんなに料理は得意でもないですけど」

 

 

(実家……ね。ふふふ……)

 

 

「フィオナさん、私達もお邪魔して良いでしょうか?」

「…へ?お邪魔って……わ、私の実家に、ですか?」

「それ以外にないでしょう」

「えっ、あの、でも……」

「フィオナさんのご家族にもお会いしてみたいですし」

「あ、あにゃっ!?お、おとうしゃまにッ!?」

「落ち着けフィオナちゃん、クロちゃんの発言に深い意味はないぞー!」

 

 

(ナイスフォローです、一菜)

 

そりゃプライベートの付き合いも無かったチームメイトが、突然家に押し掛けるなんて警戒しても仕方ない。何か企んでいるんじゃないかと。

しかし、目的はチームの親密度を上げる事。そこで疑われてしまえば何の効果も得られないのだ。

 

フィオナも素っ頓狂な反応を見せたが、容易にイエスとは言わなかった。警戒されているのだ、それが私単体か2人共なのかは不明だが。

 

 

「う、嬉しいのは、本心です。クロさんと一菜さんが私を支えてくれたのは間違いないんですから、感謝を伝えたいのも本当です……が、それでも……お2人を招くわけには……いかないんです。ごめんなさい」

「フィオナちゃん真面目に考え過ぎー。都合があるんだったらしょーがないって」

「そうですよ、突然提案したのはこちらなんですから。あなたの都合を考慮していませんでした」

 

 

ザンネン!

もしかしてお部屋にお邪魔出来たら、彼女の趣味とかわかるかなーとか思ったんだけど。

彼女の寮部屋にはこれといった一貫した趣味が見られなかった。挙げるとしたらレコードが目立ってたし、それくらいかな。

 

今の遣り取りで、私と一菜がテンションを上げた一方で、今度はフィオナがしょんぼりしてしまった。

彼女の方が断られた側に見えちゃうよ。

 

 

「しかしですよ、フィオナさん。私、こんなこともあろうかと代替案まで用意していたのです!」

「おおー!さっすがクロちゃん!ナンパは1回の失敗じゃへこたれないタフさが必要だもんね」

 

 

なにがさっすがクロちゃんか!

あなたチームメイトに対して失礼過ぎません?堪忍袋の緒で締め上げますよ?

 

 

「代替案?」

「そう!あなたが帰って来てから、私が日本風の誕生会を開催させて頂こうかと」

「つまりは"おもてなし"ってわけだ!和風じゃないからね?」

「2度もパーティの準備をしてもらうのは忍びないですから、私達は私達なりの祝い方をしたっていいじゃないですか」

 

 

まあ、問題は開催場所なんだけど。

 

フィオナも日本風の誕生会――誕生日を迎えた側が主賓となって祝われる――を私達から聞いた事があるので、目がキラキラしてきた。

こっちの反応は好感触だし、この線で話を進められそうだな。

 

 

「で、どこで開くつもり?」

 

 

うぐ、いきなり核心を突いて来おった!

着眼点がよろしいですね……

 

 

「実はうちも、人を呼ぶことが許されてないんですよね…」

 

 

(主に兄さんとカナの問題で)

 

 

「あたしの家ならたぶん大丈夫だけど、パオラちゃんも呼ぶ気でしょ?」

 

 

(なぜバレたし)

 

パオラの料理は本当においしい。

フィオナとの仲も良好なので、是非とも誕生会に呼びたかったのだ。これを機に少しでも彼女の料理を学ばせて頂こうなんて考えもあったり。

 

 

「良く分かりましたね、パーティですから何人かは呼ぼっかなって」

「他にも誰か呼ぶんだと……うちだと手狭かな?」

 

 

フィオナの交友関係は私とはほとんど被らない。

クラスは違うし、ベレッタやパトリツィアのグループとはそこまで仲良くないのだ。

だからクラーラやガイアなら私経由で互いを知っているからまだ問題なさそうだが、パトリツィア、アリーシャ、チュラなんかは呼べず、逆に私がそこまで交友を築いていない陽菜やニコーレ先輩なんかは呼べる。私なら呼ばないけど。

 

 

「フィオナさんは招待したい方はいませんか?」

「………誰でも、いいんでしょうか?」

「もちろんじゃん!祝ってもらいたい人に招待状を出すもんなんだよー」

 

 

誰だろ?フィオナが誰かと一緒に歩いてるところなんて見た事無いから、どんな人が来るか気になる。

 

 

「どなたですか?私が知っている方なら連絡を取りますよ」

「いえ、自分で取ります。受けて頂けるかも分かりませんし」

「ねーねー、それだーれ?強い人?」

 

 

(…一菜?)

 

気のせいかもしれない。本当にごくごく僅かだが、彼女の仕草に違和感を覚えた。

何が?と聞かれても答えられない、そんな微妙な変化。

 

 

「ええ、強い方です。私よりもずっと」

「はっはーん、狙撃手かー」

「狙撃科の先輩ですかね?でしたら、確かにお任せした方が良さそうです」

 

 

(狙撃手の方って変わり者が多いからなぁ)

 

変な所にこだわる人が多く、それが狙撃手の強さに関わるのかもしれないが、強襲科に慣れるとどうしても異端に感じてしまう。

フィオナのチョコ好きもその一端に含まれるかな?いつも食べてるし、そんなにポリフェノールを補給して何に使うんだか。太らないのは羨ましいよね、ずるい。

 

 

「あと、もう1人。クラスの友人も」

「どうぞどうぞ、それで一菜さん、6人はセーフ?」

「うーん、む、ムムム…アウトォー!」

「入らんかー……」

 

 

じゃあどうしよう。

6人、いや余裕を持って8人は入れる場所を確保したい。

黙ってレストランに予約を入れるべきなのだろうか。

 

 

「パオラちゃん家ってどうだっけ?」

「お店と連結した小さなお家ですよ」

「そっかー」

「え?パオラさんの家はかなり大きかった記憶があるのですが……?」

「えっ?」「へ?」

 

 

パオラの家ってあのお米屋さんだよね?

日本のコンビニよりも小さい店構えに、小さい家屋がくっついてる建物。

 

裏手には水稲は無くて、離れた場所にあるとか――っ!

 

 

「フィオナさん、それってどこのお家でした?」

「どこ?と聞かれましても、彼女が女子寮から出るまではロンバルディア州の実家に度々帰っていましたよ」

「そーなんだよ、遠いから一度も行った事が無いんだよね」

 

 

そっか、ローマのお店はただの販売店だったのか。

え、じゃあクラーラとかガイアもミラノ方面の人たちなのね。知らんかった、勝手にローマの生まれかと。

 

 

「そうだったんですね、私てっきりローマの販売店が彼女の実家なのかと」

「ローマの販売店……?」

「?そんな事、言ってたっけ?」

「え?」

 

 

今度は2人が首を傾げる。

その動きから、本当に知らないことは良く分かったが。

 

(不味いぞ、話の本筋がズレてきた)

 

逆に何で知らないのさ、彼女は毎日そこから通ってるんじゃないの?

 

 

「この話は止めましょう。本人もいませんし、大きな実家は遠い北の方ですもんね」

「困りましたね、私も女子寮暮らしですし」

 

 

手立てはないのか、そんな私達の間に1つの声が……

 

 

「こーなったら、あたしが一肌脱ぐしかないね!任せといてよ、良い所知ってるからさ!」

「良い所?」

「あなたがオシャレなお店を知っているとは思えませんが」

「クロちゃんは黙らっしゃいっ!隠れ家的な場所だけど、うまく丸め込んで見せるから!」

 

 

"隠れ家"の単語はあの日の光景を思い出させた。

 

 

箱庭に挑む日本の代表として集まっていた。

一菜と陽菜、そして両目を閉じた白髪の少女と電話で聞いたテンションの高い子供の声、語尾に間延びしたナーを付けるやる気のない声。

 

 

まさか、このアホはその重要拠点の1つを惜しげもなく提供しようというのか?個人の私的流用で。

ってか丸め込まれるのはあなたの方じゃないのか?

 

舌戦に彼女が勝利する図を思い浮かべられないので、その矛先が私達に向かないのかが不安だ。

体で責任取れよとか言われて戦場に投げ出されるんじゃ……!

 

 

「一菜さん、一応は成功の見込みはあるんですね?」

「どうして失敗前提なのかは気にしない事にするけど、大丈夫。ダメとは言わせないから」

 

 

そんなに自信満々に答えられるあなたの思考が読めない。実はあの中で一番位が高いとか言わないよね?

見た感じ、会話中に力関係みたいなのは感じなかったけど、リーダーは別にいるんだろう。

 

 

「クロさんは知っているんですか、その隠れ家を」

「いえ、ただそこに住んでいる住人に心当たりがありまして。例えばあなたと一緒に車から狙撃していた白髪の少女とか」

「ッ!彼女がそこにいるんですか!?」

 

 

わお。まさかここで食いつかれるとは。

話はもう面倒では済まなくなることが決定した瞬間だ。

 

彼女の反応は興味津々、さらに友好的な嬉々とした問い掛けだった。

狙撃手同士って勝手なイメージで反発し合うものだと思っていたが、そうでもないらしい。

 

 

「白髪ってなるとちーちゃんか。普段はのんびり山に登って日光浴してるけど、一番説得が面倒な相手だよー」

「私の見立てでも彼女が一番厄介そうです」

「そ、そうですか?とても素直な子だと思ったんですが」

「なんというか…欲望に忠実?」

「あなたが言いますか」

 

 

この戦闘狂が!という言葉は引っ込めた。

闘争本能は紛れもなく彼女の本質ではあるのだろうが、暴走による精神への影響の蓄積が原因の可能性も捨てきれない。

そこを責めるのは的確な指摘ではないから。

 

 

「あの…彼女も……」

「ふはは!悪いなフィオナちゃん。あそこを利用するとなると、強制的に4人増えるぞー!」

「ああ、やっぱり……」

 

 

うるさいのが2人になるのか。

それでもまだ、ベレッタとパトリツィアに挟まれるよりは何倍もマシだが。

 

 

「それとクロさん、出来るならで良いのですが」

「はい、なんでしょうか」

「カナさんも呼んでは頂けないでしょうか?」

「……ふふっ。それを聞いたら姉さんも喜びますよ。任務を最速で終わらせて駆けつけてくれるに違いありません」

「ありがとうございます、よろしくお願いしますね!」

 

 

なかなかの大所帯になってきた。

 

 

フィオナ、私、一菜、パオラ、陽菜、カナの武偵メンバー。

 

えと…と、とく…お化けさん、ちーちゃんさん、幽霊さん…あれ、被った?の日本代表メンバー。

 

フィオナが誘う狙撃手さんとクラスメイト。

 

 

総勢11名。

 

 

「こんなに人が入るんですか?」

「まだ余裕かな?いつでも宴会会場を用意するのが従一位の嗜みだって母上が言ってたからねー!」

「随分と飲んだくれな発想で」

「でも、凄いですね。一菜さんの交友は思わぬところで巡り合うものですよ」

「まーね!あたしも結構な年月を……まーね!あたしは色んな人間と関わってきたからね!」

 

 

なんか言い直したな?

しかしそれよりも驚くべきは、玉藻の前と繋がりを持っているであろうあの3人と一菜が行動を共にしている事だ。その関係も良好そのもののようで、彼女も玉藻の前と繋がっているのでは?と疑ってしまうほど。

 

過去に一菜は玉藻の前に会ってみたいと言っていた。

やっぱり生きてるの?って聞いてみたら、分かんないと答えた。

 

あの時の一菜と今の一菜は同じ人間ではないのだろうか。

今の彼女の様子を見るに、トロヤの様に自在に入れ替わる訳ではなく、時間を掛けて徐々に記憶を塗り替えている感じがする。

 

 

だからきっと私は、この微妙な違和感を感じながらもいつまでも気付けないのだ。

そして、その変化の原因は……

 

 

(また、こいつが原因なのか……?)

 

 

胸ポケットの上から、御守りに……一菜の命を救ってきた殺生石の欠片に触れる。

 

全てが謎に包まれた物質。

生命力を吸い、エネルギーを吸収し、挙句私はこれを使って他人の能力すら使いこなしてしまった。

 

そしてこの中には一菜の一部ともいえる存在が息づいている。

トロヤとの戦いに挑む直前に、私は。これが先に挙げた能力を解放する条件だったのかもしれない。

 

 

 

――そうだ、殺生石の中には。異なる記憶を持ったが、いる!

 

――殺生石は……大妖怪は、まだ、生きているのだ!

 

 

 

目の前にいる一菜はあの時の一菜と同一人物で、大切な記憶を殺生石の中に移している最中。

それは彼女が箱庭で死ぬ可能性を示唆しているのだろう。

 

……それだけじゃないかもしれない。

記憶を持ったままだと彼女にとってがある、そんな可能性も考えられるぞ。

 

 

 

失わない為に、自分から消す。

 

怖いんだろうか、悲しいんだろうか。

 

それとも、何も感じないんだろうか。

 

 

「一菜」

 

 

勝手にスイッチが入った。

聞くのか?私よ。本当に聞いても良いのか?

 

お前は絶対に後悔するぞ?

 

 

「ん?呼んだ?」

 

 

予想はついているんだろ? 

それでも確認が必要なのか?

 

  

「一菜」

「どした、クロん」

 

 

 

知ってどうする、お前にはどうすることも出来ないだろ?

 

 

「お尋ねしたいことが……」

 

 

 

分かった。もう、止めない。自ら絶望を求めるお前の考えは、ワタシには分かりかねるぞ。

 

 

 

「あなたはフラヴィアとヒルダを知っていますか?」

 

 

 







クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございます。


今回は戦闘なしでした。
つまりはギャグ回ってやつですね。


内容としては――

・チームで任務に当たった。
・パオラの新商品はお返しした。
・フィオナの誕生日を祝う事にした。
・一菜の変化に気付いた。

という所。