まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹7話 二人の戦姉妹(前半)

どうも!


切り所がなかったので、少し短くなってしまいました。

文字数のわりに進行しません。


今回は俗に言う伏線回ですので、いっぱいキーワードが入ってます。

推理が好きな方は、怪しい単語を探してみてください!



では、始めましょう!




二人の戦姉妹ダブル・コンダクター(前半)

 

 

 

ギイィィィィ……パタン

 

 

トットトットッ……

 

 

 

「ただいまー……」

 

 

分かっていたが、誰もいない。

 

最近の姉さんは、ずっと忙しそうだ。

 

 

そんなことを考える自分に、また嫌気が差す。この気持ちを誰かに癒してもらおうなんて。

 

 

 

昨日の一件、あれから一度も言葉を交わしていない。

 

お互いが避けていた訳では無い。お互いがお互いを全く意識していなかった。

 

……私は意識しないフリをした。

 

こんな喧嘩の仕方は初めてだな。殴り合いよりも低次元だ。

 

 

最初の頃、一菜は何かにつけて私に突っかかって来た。今思えば、トゲトゲしてた彼女なりの、私へのコミュニケーションだったんだろう。

 

別に最初からウマが合ったわけじゃない。そもそも私は"女"というものが怖かった。

神奈川に居た頃の記憶が傷を残す。女子生徒は、私を騙して、利用して、陰では気持ち悪いとまで言われてたっけ。

イジメではない。けど、確実に私の事を同格の存在として扱っていなかった。

 

 

でもこの学校に来て、パオラやパトリツィアと出会って、少しずつ変われたんだと思う。

本当に感謝してる。今の私があるのは2人がスタート地点だったんだ。

 

 

自然に女子を避けてたから、必然、一菜と言葉を交わしたのも何日か経ってから。

 

しかもその第一声が

 

 

「"三浦いちゅっ……"」

「……」

 

 

これだった。

 

今思い出しても、恥ずかしい。けど、笑い話には最適だよね。

 

 

いつもピリピリしてた一菜は、その日もずっと仏頂面だった。

 

……けど、ちょっと口の端を上げてくれて、それが凄く可愛くて。今でも鮮明に思い出せる。

 

 

「"ん、んんっ!………みゅっ……"」

「"……ぷふっ!"」

 

 

1回目より酷いところで噛んだら、ついに噴き出した。

 

ごめんね、「んっ、んんっ!」とか仕切り直しといてそれだもん。

 

 

でも、私は凄く嬉しかった。一菜の笑顔を見た事が無かったから。

 

釣られて私も笑ったら、一菜は怒った。

 

 

「"な、何を笑うておる。目障りじゃ、用が無いなら消え去れ!"」

 

 

目が点になったよ。

 

タイムスリップしてきたみたいな喋り方。それで、他にも五か国語も話せるんだもんね。

伊・英・独・仏・羅。不思議だよ。

 

何で?って、日を重ねて、しつこく聞いたら、

 

「"余計な首を突っ込むでない!たわけが!"」

 

って追い返された。

 

 

少し経って、会話をしてくれるようになったからって、調子に乗った私が付けたあだ名が"コンちゃん"。

 

キツい目と、ポニーテールがキツネの尻尾みたいで、金髪だったもん。

 

ブチ切れて……あ、そういえばこの時も口利いてくれなかったんだっけ!じゃあ2回目だ。

髪もダークブラウンに染めて来るし。あれって染めても黒くならなかったんだよね。

 

折角のあだ名は取り消されて、

人生で一番長い時間、土下座したっけなぁ――

 

本当に不思議ちゃん。でも放っておけなかったんだよ。

 

 

 

 

色々思い出してると、泣きそうになってきた。我ながら情けない。

 

 

~~♪

 

 

電話だ。誰だろう。……一菜かな?

……違う。武偵学校の回線、それも郊外活動用の携帯電話からだ。

メールではなく電話。こういう場合は緊急任務か学科担当からの呼び出しのパターンが想定される。つまりは面倒な要件であることが約束されたようなもので、生徒からは『Ricatto脅迫回線』と揶揄されている。

 

応答すれば厄介事に巻き込まれ、応答しなければこの世の責め苦を体験できるステキシステムだが、大した実力もなく、進級を危ぶまれる事の少ない武偵中の生徒に送られることなど稀。 

何事かと慄きつつも、感情を見ないフリするには丁度良いと思ってしまった。

 

通話ボタンを押して電話の先と遣り取りを開始する。

 

 

「クロ様!?今どちらですの!?」

「えっ…?」

 

 

パトリツィアの妹さんの声だ。明らかに焦っている。

走り回った後なのか、荒い呼吸も聞こえるな。

しかも周囲の音から推察するに、学校の外みたいだ。車の音が聞こえる。

 

 

「……今は部屋にいますが」

「お姉さまが――パトリツィアお姉さまが!」

 

 

嫌な予感がする……。嫌な事ってのは大概、続くものだ。

 

 

「パトリツィアさんが、どうしたんですか?」

 

 

きっと、これも。確変中の確定ボーナス演出に違いない。

 

 

「パトリツィアお姉さまが、!」

 

 

ほらやっぱり。確変はまだ、継続するみたいだ。

 

 

 


 

 

 

「最後にパトリツィアさんを見たのは?」

「本日は探偵科の授業をお休みになられていたみたいで……」

「つまり私たちと一緒に受けた授業が、最後の目撃地点という事ですか」

 

私は急いで学校に戻り、大した準備も出来なかった装備でパトリツィアの妹さんアリーシャと合流した。

 

彼女はおそらく企業間抗争に巻き込まれたのだろうと言うが、私はその線は微妙だと思う。

 

 

パトリツィアの実家、フォンターナ家は有力企業であり、男子は生まれず、彼女は3姉妹の長女だ。

狙われる可能性は十分高、だろう。

 

最も有力な跡継ぎの立場であり、また優秀で、実績も併せ持っている。

眉目秀麗、才色兼備。そんな彼女が最も得意としていたのが、戦闘技術だった。

 

元々は私と同じ強襲科の生徒だったらしい。

任務に忠実で、武偵は殺しがタブーだが、人を容赦なく撃てる。そういう裏世界を見た事がある人間。

おそらく入学前からやっていた口で、親が関わっていないとは考えにくい。

 

だがその実力も、企業間抗争に巻き込まれ、利き手側の左肩を撃たれたことでほとんどを失った。

その後は探偵科に転科しており、性格も今のような感じに変わったと聞いている。

 

その上、末妹が生まれ、その妹というのも全ての面に対して高い実力があるらしい。

パトリツィアは、すでに跡継ぎは末妹に決まっている、とまで言っていた。

 

だから、彼女を狙うのはお門違いじゃないだろうか。

 

 

「何か心当たりはあるんですか?」

ワタクシは、あの事件がまだ続いていると思いますの」

「ですが、もう彼女を狙う理由もないでしょう?」

「お姉さまの影響力は未だに残されておりますわ。まだ実権を握ることが可能な存在なのです」

「跡継ぎは末妹で確定だと聞いていましたが」

「お姉さまがその気でなくとも、周囲が勝手に祭り上げます。妹は……少し壊れているの。昔のお姉さまより……」

 

権力に執着しない彼女が自ら嫌がっている面もあるのだとか。

普段のパトリツィアと接していると何となくわかる気がする。なまじ実力があるものだから、権力があろうとなかろうと彼女は自由に生きられるのだろう。

 

「その復権が原因…と」

「はい、おそらくは」

 

彼女の失踪に関しては何も証拠がない。帰ってしまった生徒が大半の中で、今足りないのは足だ。

人を集めよう。時間が経つと、余計に捜査は厳しくなる。

 

 

行動に移す為に電話を掛けようとして、手が止まった。

 

 

「……アリーシャさん、他には誰に声を掛けているんですか?」

「クロ様の他には、情報科のエマ様と通信科のクラーラ様、車輛科のダンテ様と衛生科のミラ様、諜報科のヒナ様と探偵科のルーカ様です」

 

 

さすがに豪華なメンバーだ、中学1年から高校1年まで。優秀な人材を、しかもこの状況に理想的な技能を持つ者を選んでいる。

 

尖ったメンツなのはアレだが、任務の成功に貪欲なメンバーだ、信頼できるな。

 

クラーラに連絡が行けばガイアにも繋がるように、自身が縦の軸となることで、横の軸でも追加人員を期待できる。

 

そのガイアが苦手とする空の運転を、ダンテ先輩が担うように、徐々に網目状の枠を作り出していく。

 

(さすがにこういうのには慣れてるな)

 

 

「では、私の助手も呼んでしまいますね」

「お願いしますわ。イチナ様の体力は、頼りになりますもの」

「……」

 

 

 

電話を、かける……

 

 

 

カチャ

 

 

 

「も」

「もしもしを縮めないで下さい、さん」

戦姉おねえちゃんどーしたの?声がすこーし低いよー?」

「何でもありません、仕事です。来られそうならで中庭に来てください」

「?分かったー」

 

 

ガチャン

 

 

 

 

――私は腰抜けだ

 

 

 

 

でも、今大事なのは早期解決。

チーム内で衝突しかねない相手は避けなければならない。

 

そうだ、セオリー通りだ。

そう言い聞かせなければ、私はきっと動くことが出来なかっただろう。

 

 

「それで、強襲科の私を呼んだのは、如何な理由で?」

「それは、クロ様が一番お姉さまの事を理解していらっしゃるからですわ」

「買い被りです。現に私は何の情報も持っていませんから」

「たまにはを信じることも、成功者の必須項目ですの」

……ね」

 

 

良いことを思い出した。

経緯は夢のように曖昧だが、私にはがいる。

表向きは違うんだけど、相互協力のような関係だと思えばいい。

 

昨日手紙をもらって、今夜に会いに行きますとだけ書いてあったけど、正直それどころじゃなくて、向こうが現れるまで忘れてた。

 

エサとなる情報が圧倒的に欠如した状況で、特定の情報を釣り上げる任務。

初めての仕事っぷりを、見せてもらうとしよう。

 

 

~~~♪

 

 

 

~~~♪

 

 

 

あれ?出ないな?

お取込み中だったのかも。

 

 

 

~♪ カチャ

 

 

 

「お待たせしました、遠山さん。雑務を片付けていましたので。どうしましたか?」

 

出た。ヴィオラだ。

彼女の声の印象はとても良好。お澄まし声で少し早口なアナウンサーみたいにハキハキと聞き心地が良い。

昨夜はこの美声に一本取られたのだが、協力体制を敷くのであれば心強いというものである。

 

「少し情報収集を手伝ってもらいたくて」

「私はあなた方の戦妹です。敬語は不要ですよ」

 

……聞き間違いかな?

あなた方って聞こえた気がする。

 

「他人行儀は癖みたいなものですから」

「……そうですか。あなたの敬語には……いえ、それならば構いません。それで、仕事内容を」

 

ヴィオラは即座に切り替えると、エサとなる情報の提供を促した。

問題はそこなんだよね。目撃証言が極端に少なすぎて足取りが全く掴めていない。

 

「行方不明者の捜索です」

「名前を」

「報酬の話は後でいいんですか?」

「はい、時間がある時に」

 

急ぎの用件だと伝えていないのに、ヴィオラは暗に時間がない事を理解し仄めかしている。

私の声から焦燥感が滲み出てしまっていたのかもしれない。

 

「ありがとう。……名前はパトリツィア・フォンターナ。ローマ武…」

「大丈夫です。次に発生時間を」

「今日の15:00以降から。探偵科の授業に出席をしていなかったそうです」

 

 

ガサゴソ…ピーッ、ピピッ!……(チッ

 

 

……なんだ?電話の向こうが騒がしくなってきたぞ?

 

「クロさん、腐れタンクの残り容量が少ないので、少しお借りしますね?」

 

ん?またなんか、変な事言わなかった?

まあいいか、借りるって何をだろ。

 

「借りるって何のことでしょうか?」

「少しだけ算数のお手伝いを。大丈夫です、クロさんには無理はさせませんから」

 

(算数?)

 

算数は得意だ。なんたって30窓あるからね、どんと来いや! 

カッコいい所を見せようとスイッチをONにする。これで、どんな問題だって即答できるはずだ。

 

「開始しますよ?初めてはちょっとだけ、痛いかもしれません」

「えっ?痛い?」

「少しだけ、倦怠感を伴います。戦闘に入る際は事前にお知らせください」

「えっ?えっ?倦怠感?」

 

言っていることが分からないが、質問は終了なのだろうか?

名前と発生時間しか説明してないんだけど。

 

 

バチィッ!

 

 

ほんとに一瞬、頭に刺激があり、瞬間的にちょっとだけ仰け反ってしまった。

さらに続けて、左頬がだんだん熱くなってくる。その熱が顔中に、次に体に広がって、厚化粧と着物を着付けた様な重さを感じる。

 

(何が起こっているんだろう……)

 

算数の問題とやらは来ないし、すっかり黙ってしまった電話先は、さっきからずっと騒々しい。

一体どこにいるんだ?何してるんだ?

 

カタカタカタカタって音が聞こえる。

――これはキーボードの打鍵音。

 

パラパラ、シャッ!

――これは紙をめくる音。

 

イタリア語で会話している人、フランス語で会話している人、英語で会話している人。

 

どこかのスタジオにでもいるのだろうか。

大体、勝手に情報科だと思っていたが、彼女が何科なのかも知らない。

今は雑務とやらで情報科棟にいるのかもしれないな。

 

 

パチッ!パチッ!

 

 

(なんだ?)

 

頭の片隅に、妙なイメージが流れ込んでいる。チラチラして鬱陶しい。

 

映っているものを確認しようと窓枠の1枚に近づくが……

 

(ま、窓枠が……1枚丸々占領されてる……!)

 

流れ込む、怒涛の2進数ラッシュ。それが指し示す所は分からない。

 

あまりにも早い切り替わりに、見ていると目が回る……。とても人間が意識して処理できそうな代物ではないな。

これは彼女の仕業なのか?

 

とりあえず、今は時間が惜しい。電話はつないだまま、チュラと合流しておこう。

 

「アリーシャ。私はチュラと合流後、作戦を開始します。はありますが、私の電話は使用中ですので、チュラの方から電話させますね」

「っ!当て…ですわね、分かりましたわ。どうか、お姉さまをよろしくお願い致します!」

 

私を見るアリーシャの目が変わった。スイッチのON/OFFって分かり易いのかな?

 

 

 

 

 

 

中庭で戦妹の到着を待つ。

昼休みは騒がしいこの場所も、放課後は人もまばらで、夜にもなればほとんど貸し切り状態だ。

 

突然な電話にもかかわらず、チュラは一言で引き受けてくれた。

私は人間関係に恵まれているな、と改めて思う。変人が多いけど。

 

 

ぴょいーん、ぴょいーん

 

 

そんな効果音が似合いそうな、独特な走り方でチュラが走ってくる。

可愛い戦姉妹だと色目を使ってもやっぱり変人だ。

 

その格好はローマ武偵中の制服に足首までのレギンス、パオラから購入した黒い手袋を着用している。

ベージュ掛かったオレンジゴールドの髪と、暗黄色の瞳は日が沈み始めた屋外でも、すぐに見つけられた。

 

 

戦姉おねえちゃんお待たせー」

「突然の呼び出し、すみません。緊急事態です」

「でも表なんでしょー?」

「はい、多くの協力者がいますので。チュラの電話をお借りしますよ?」

「?いいよー」

 

 

理由も聞かずに差し出される携帯電話は自前の物だ。生徒に年単位に渡って有償で貸し出される傷だらけのボロボロ携帯ではない。

個人情報を大切にして欲しいなと思いつつ、快く応じてくれたチュラから電話を借り、任務に参加しているクラーラへ連絡を入れる。

 

 

彼女はワンコールで出て、

 

「通信機をお届けします」

 

それだけ言って電話を切ってしまった。

 

 

「"クロ殿、クラーラ殿からお届け物でござる"」

 

 

突然後ろに気配が!

 

……とでも言うと思いましたか?

私の嗅覚は、結構優秀なんです。ヘリの音も聞こえてますしね。

 

(匂いが空から来たってことは……乗ってきたのか、あれに)

 

上空には一機のヘリコプターがホバリング飛行をしている。

"ベル206Lロングレンジャー"。民間向けの小型ヘリ…を武偵の任務に特化して改造した物。ダンテ先輩だ。

 

あれ以上、降下してこないってことは、すぐ次の目的地に移動を開始するつもりなのだろう。

 

(もう、動いてるのか。仕事人の集まりは進行が本当に早い。捜索と同時に協力者を探してるんだな)

 

協力者を募れば、その分だけ全体としての資金や時間等の消費総消費資産は上がっていく。

 

既に通信科のクラーラ、車輛科のダンテ先輩、諜報科の陽菜が動いてしまっている。

 

それほど彼女パトリツィアの繋がりは広く、深い。

 

 

「"ありがとうございます、陽菜。相変わらず気配を感じませんね、あなたは"」

「"お褒めに預かり、光栄にござる。……では、某はこれにて!"」

「"あ、でも書面ならまだしも口頭で"殿"は――"」

 

 

ボフンッ!という音と共に煙の中に消えていく。

 

 

……うん、視界からは消えた。たぶん今頃、上の方に吊られて行ってるんだろうな。

 

あまり話したことはないけど、一菜とは違った不思議ちゃんだよ。イタリア語も苦手みたいだし。英語もカンペ持ってギリギリ通じるレベル。

 

そういえば、あの子通信機付けて無かったよね?なんでだろ。

 

 

『クロさん、聞こえますか?』

 

クラーラの声が、通信機から聞こえてくる。

 

「はい、聞こえています」

受動型音響機器マウス能動型音響機器イヤーは別々の周波数の物を利用していますが、片方を設定すればもう片方は自動で設定されますので――』

「あ、はい」

 

 

これはクラーラのマニュアル説明だ。何度も聞いているが、最初に必ず説明を挟む。

 

敢えて聞く必要もないので、今の内にチュラにもマイクとイヤホンを渡しておいた。

 

『――以上になります』

 

説明が終わったみたいだな。

 

 

「了解しました。何か情報は入ってきましたか?」

『まだ、有力なものはありませんが、ダンテさんの班が怪しい動きをする車列を発見している模様です』

「怪しい動き?」

『5台ほどが隊列を組むように、ローマ市内から移動を開始しています。目的地は特定できませんが、その追跡をルーカさんの班が担当し、ダンテさんの班は引き続き上空捜査を行っています』

「車種なんかは特定できますか?」

マセラティ3200GT。ですがパーツを弄っているようです。暗いため色の情報は曖昧ですが、黒や濃紺のような遅い時間に識別しにくい色、ですね』

 

足の特定はどうにかなりそうだ。……ちょっと聞きたいことがある。

 

「通信機は何名の方に渡っていますか?」

『現在、クロさん達も含めて、9名。予定では後5名ほどに繋がります』

「私の方に各班の情報をダイレクトに接続することは可能ですか?」

『……可能、ではありますが推奨はしません。いくらあなたでも、同時に10人近くの情報が錯綜するのは難しいでしょう?』

「出来るのであればお願いします。があるので」

 

(確実じゃないけど、この手が使えれば……)

 

『……分かりました。少し待ってください。設定は私の戦妹が担当します』

 

とりあえずは対応してくれそうだ。

そうなるとこちらも準備をしておかなければ。

 

 

ずっとカタカタパラパラ言っている、自分の電話の先に聞くことがある。

 

ヴィオラ、聞こえてますか?」

「はい、聞こえています。どうしましたか?」

 

紙をめくる音は止まったな。ヴィオラは何かの資料を読んでいたのだろうか、いまだに後ろでは打鍵音と話し声が続いている。

 

「この二進数のようなものはあなたの仕業ですね?」

「――っ!」

 

言葉に詰まったな。ではないと思っていたが、でもなかったみたいだね。

 

「――見えるんですか?私の……が……!」

「見えるのは二進数だけだけど、それは今はいい。先程の話ですが『算数』への協力とは、あなたが私に計算に必要な情報を渡し、その答えとなる情報をあなたが受け取っている――演算能力の貸与だと推理しました」

 

算数の問題が来るぞと身構えてスイッチを入れていなければ、恐らく私は窓枠の異常に気付けなかっただろう。時間を掛けてしまえば脳はそこはそうあるのが当然だと思い込んでしまう。

 

彼女が驚いていたように、偶然ではあるが私の行動は思わぬ幸運を招いていた。

 

「殲魔科の先輩から聞き及んでいた思念会話テレパシーと呼ばれる超能力は一方通行だそうです。しかし

あなたの力は相互的に情報共有できるように思えます」

「……この情報は安くないですよ。答えは可能です。ただし、今のように、文字や記号、絵や音楽といった簡易的な情報素子の遣り取りは可能ですが、複雑な記憶素子までは踏み込めません」

「つまり?」

「クロさんが今見ている光景を暗号化して受け取り、私が時間差で得ることは可能ですが、過去にあなたが見た景色は、そもそも脳から見つけ出すことも出来ません」

 

小難しい言い方をしおってからに。

私なりに例えるなら、保存ディスクのない監視カメラ。

 

なら現在の考えはどうなるのだろう。

 

「思考を読み取ったりは……」

「人間が刺激として得るものは、その元となるものがあります。怪我をして痛いとか、夜景が綺麗とか、ケーキが甘いとか。しかし人間の思考は脳の中で生み出され、処理され、保管される。暗号化に重要なのは誰にでも容易に想像できること。人の考えることなど千差万別で、知り得ないものなのです」

「なーるほど」

 

これは大きな情報だ。かなり大きな見返りを要求されそうだよ。

だがこれで作戦が実現できる。

 

「見返りは今度のに返します」

「楽しみにしています!それで何かをさせるつもりなんですね」

「これから私が受ける刺激情報を全てそちらで受けてもらいたいんです」

「!」

「これから私の脳には、10人以上の様々な情報が入ってきます。私はそれを捌き、記憶し、思い出すことは出来るんですが、情報から情報を得ることが出来ません。得た情報の中から推理するしかないんです」

「私なら、その情報をエサに、延長線を釣り上げられると」

「そういう事です」

 

これは我ながら、名案だと思う。限られた情報から次々と情報を得られれば、捜査の進行は飛躍的に早くなるだろう。

後は彼女が応じてくれるかどうか……

 

「1.8倍」

「え?」

「クロさんの脳がトンでも性能なのは驚きですが、私は違います。通常の人間と変わりません。そんなに情報を与えられても、パンクしてしまいます」

「そ、そっか」

 

当たり前な指摘に自分の浅慮を嘆く。

そもそもの話、それが出来るならヴィオラに通信機を渡した方が早いのだ。私という時差を生み出すだけの中継は必要ない。

 

「なので、あなたの脳にさせてもらいます」

「そんなことも出来るの!?」

「ただし、常に情報を受け付ける分の容量と、再送信された情報を保管する容量、情報処理の容量も今より多く必要になります」

「ん?う、うん」

「クロさんが情報を扱うのに必要な容量は約1.8倍まで大きくなりますので、10人の情報は18人の情報を捌くのと同じ性能が必要と考えてください」

 

……とりあえず、頭疲れるよってことかな?

 

「18人は厳しいかなー……?」

「それなら人数を減らしてください。あとここからが重要です!」

「まだあるの!?」

「情報の送信容量の大きさです」

「う、うん」

「同時に送れる容量には限界があって、その間にクロさんの刺激が新鮮でなくなれば、当然私に送ることは出来なくなります」

「あー!それなら大丈夫です。があります」

「アテ?……分かりました。今から増設します」

「お願いしますね」

「それに伴い、激痛と眩暈や失禁等の恐れがありますので、先に済ませておいてくださいね?」

「ええっ!!?激痛!?聞いてない!聞いてないよ!?」

 

返事がない、有無は言わせないようだ。

しかも、最後笑ってなかった?この子…Sっ気があるのかも……

 

 

「チュラ、私は行くところがあります。あなたにも頼みたいことが…」

「分かってるよ戦姉おねえちゃん。この無線の内容ないよーを一人一人全部まねすればいーんでしょ?」

「さすが!私のカワイイ戦妹です!あなたが最後のですよ」

「えっへーん!もっと頼ってもいーんだよー?」

 

音質の悪い音響記録媒体を用いるよりも彼女の方が確実に覚えてくれる、車のエンジン音まで。そのモノマネが驚く程にうまいのだ。

素の戦闘はからっきしだけど、多芸な子だよね。強襲科なのに。

 

「いつも頼りにしてますよ」

 

 

膨大な情報を記憶して再現するチュラ、必要な情報だけを捌き選別する私、与えられた情報から新たな情報を生み出すヴィオラ

 

 

私と、戦妹チュラと、戦妹2ヴィオラ

この3人、情報戦闘に強いぞ?

 

 

 

戦姉おねえちゃん、まだトイレ行かなくていーの?」

 

恥ずかしいからやめて!向こうのSッ子が見てるかもしれないから!笑う様子が思い浮かんじゃうから!

 

 

決まらないなぁ~、もうっ!

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「カナ先輩、あの汚らわしい存在の潜伏先が分かりました。すでにフランスを離れ、ルーマニアへと向かっているようですね」

「元いた場所に帰った、ということかしら」

「それはおかしな話ですよ。あの地はそこまで産出量が多くなかったはず…バチカン教会の輸入先リストにも記録がないんです」

「無いわけではないのでしょう?」

「それはそうですが……それならフランスまで出て来た理由が説明できません」

「そうね……」

 

「そもそも、違う目的で来ていた。というのはどう?」

「否定はできません。それにあいつら害虫共は、コソコソ這い回るのが得意な、腐った脳みそを持つ腐敗物の様ですが、間抜けではないのです」

「目的が別にあるとすれば……この移動も、罠。と言いたいのかしら」

「その可能性も大いにあるかと」

 

「そもそも、なぜこのタイミングで動くのかも、理解に苦しみます」

「その話はやめましょう」

 

 

「カナ先輩……どうしても、なのですか?」

「……ええ」

「カナ先輩…………私はカナ先輩は大切な方で、信じられる仲間だと思っています」

「ええ、ありがとう」

「でも、教会の仲間の事も信じています」

「分かってるわ」

「………カナ先輩は、誰に味方するつもりなんですか?」

「………そうね」

 

「私の相棒は、あの子しかいない。私はあの子の味方よ」

 

 

「それならあの子も一緒に……」

「それを決めるのは私じゃない」

 

「――それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい」

新約聖書。ペテロ様のお言葉ですね」

「あの子はきっとやり遂げられる。あの子はもう動き出したのよ、多くの宝に恵まれて。だから、あの子がどんな答えを出したとしても私の大義を持って支えると誓うわ」

 

 

「たとえ……それが箱庭の全てを敵に回す事になっても、ですか?」

「私は自分を信じている、義を通すとはそういう事。他の有象無象なんて関係ないの」

「…………」

「あなたも覚えておきなさい?自分を信じるというのは、他人を信じるよりもずっと難しいのよ」

 

 

 

 





クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございました。



事件発生!今回は違うチームで作戦実行です。



どうでしょうか、先の展開は読めてきましたか?

箱庭は何回か出てきていますが、重要な単語です。

”題名”すらも疑って掛かって頂けたのなら、こちらも参りましたと言わざるを得ません。