まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹11話 星々の道標

どうも!


「次回でサンタンジェロ城は終了だと言ったが、3話仕立てにしないとは誰も言っていない」、かかぽまめです。

原作キャラの一人が新キャラに置き換わっておりますが、これ以上後半の展開を改変したくないという自分勝手な理由で似た感じの立ち位置での登場となります。
 
そしてごめんなさい、ドロテを復帰させて置き換えようとしたのですが無理でした。
理子は使わせてください。

では、はじまります!





星々の道標シャイン・ゴーサイン・タームセンチュー

 

焦る心、縺れる脚。

 

喉が渇き、耳が遠くなる。

 

 

もはや城の内装など目にも映らない。ここがどの辺りかも定かではない。

 

ただ、逸る気持ちに促されるまま、暗闇の中を鋭敏になった感覚に任せて走り続けている。

 

 

登る、登る、坂を登る。

 

彼女がいる場所へと、登る。

 

 

外に出た。

 

まだだ、ここは屋上ではない。もっと上に、もっと高く。

 

 

登る、登る、階段を登る。

 

空に最も近付く場所へと、登る。

 

いくつかの扉をくぐり、ホールを抜け、鉄格子の突き当りを右に曲がり、最後の階段を登り切った。

 

視界が開け、雨が当たる。

 

ここだ、ここが屋上だ。彼女はどこだ、どこにいる?

 

 

 

目の前にはただの一人もおらず、平和の象徴ハトもいない。閑散としたテラスに夜が広がっているだけだ。

そのテラスの中心に向かって歩いていき……振り返る。

 

 

城の上に建てられた礼拝堂。

その屋上には本来、ミカエルの青銅像があるはずだが――

 

 

「……何も、無い」

「成功?」

 

何もない。

 

像も無ければ、ルーカさんとミラ先輩の姿もない、どうやら無事に2人の救出は成功したようだ。

 

一菜は2人と一緒にバチカンへと向かったんだろう。

ルーカさんとミラ先輩と一緒に。

 

さっきの狙撃音もきっと、不安な気持ちが雷の音を聞き間違えさせたんだ。

……そのはずだ。

 

 

 

――――礼拝堂に明かりが灯る。

 

 

誰かがいた?

 

 

「……一菜?」

 

 

中が暗かったから、誰かがいたのに気付かなかったのかもしれないと、屋上の入り口に戻る。

 

 

「伏せろーー!」

「!」

 

 

突然の警告に反応し、前方に飛び込むように伏せる。

 

 

ビシッ!

 

 

倒れ込んだ頭の上を何かが通過した気がする。たぶん左側に着弾した銃弾だろうが、間一髪のタイミングだった。

 

 

――タァーン……!

 

 

狙撃音。

 

屋上まで登ったことにより、私もターゲットになっているようだ。

 

 

「クロん!こっちこっち!早く戻ってこーい!」

 

 

声のする方へ顔を向けても姿が見えないのは、狙撃手を警戒しての事だろう。

 

後方のチュラに目配せし、急いで礼拝堂内へと駆け戻る。

 

 

そこにいたのは。

 

「クロん、チュラん、2人共無事でよかった」

「無事ではなかったんですが、こちらも無事とは言いづらい状況のようですね」

「ろーじょー?」

「そー。嫌んなっちゃうよね、今は威嚇射撃で済んでるけど」

 

一菜は撃たれていなかったようだ。ただの威嚇にしては殺意のこもった弾道だったと思うけど。

 

「色々聞きたいことはありますが、まずは2人についてです」

 

狙撃手の姿や射撃能力、現状に至るまでの過程も気になるが、第一にこれを尋ねる。

ここに来たのはそれが目的だし、担ぐにしろ、肩を貸すにしろ、往復では急いでも40分以上かかると踏んでいた。

早すぎる。まだ、ここに残っているのかもしれない。

 

だが、余りにも予想外な返答を受けることになった。

 

「……いなかった」

「――え?」

「いなかった?」

 

いなかったのはヒルダって事ではないだろう。

彼女は私やチュラと地下で戦闘を繰り広げていた。分身が出来るならその可能性もなくはないが、一菜は首を振ってその予想を否定する。

 

「ここに来た時にはもういなかったんだよ、ルーカんもミラ先輩も。代わりに待ち受けてたのが……」

「あの狙撃手、ですか」

「そう」

 

一難去ってまた一難。牢獄監禁を逃れたと思ったら、今度は狙撃監禁ですか。

 

「チュラ達が狙われてるー?」

「チュラん達が来る前に勧告があった。あいつは国が組織立てた軍隊に所属してる」

「……また、やばい相手が絡んできましたね。要求は?私たちは相手が欲しがるような手札は持っていないと思うんです」

 

他国からの干渉と来たか。ものすごくきな臭い。

市街の観光地に武力突入なんて外交問題に踏み切ってまで、一体何を要求するというのか。

 

「英文モールスで、大人しく身柄を寄越せ、とだけ。その直後に発砲されてさ。髪結いのリボンの結び目だけを撃ち抜かれたや」

 

そう言う一菜の髪は、確かに自然に垂らしている。物足りない、尻尾がないなぁ。

リボンの結び目だけ、ってだけで相手の力量を思い知らされた。その狙いを額や心臓に変更するのは造作もないことなのだろう。

 

牢獄なら出たいと思うが、これは出たくない。心理的にも捕らえられていく。

 

「身柄……というと、誰の事なんでしょう。何か聞きませんでしたか?」

「あたしはここに来てから5発、同じ狙撃音を聞いた。撃ち損じはゼロ。全て狙った場所に当たってる」

 

こんな雨の中、リボンの結び目レベルの狙撃を全て一発の弾丸で済ませているなんて、とても人間技とは思えない。

 

超能力者ステルシーですか?」

「そう思いたいけど……分かんないやー。分かってるのは」

「全て当たる、それだけ分かればいいですね。どうせ対抗手段もありませんし、音響弾とか閃光弾があれば違ったかもしれないですが」

「ねー、身柄って誰の事?」

 

ズレ始めていた会話がチュラによって修正される。

こういう時のチュラは大体、相手の挙動や言動から、嘘もしくは誤魔化しを感知しているのだ。

かなり高性能なウソ発見器で、1度やられれば分かるが、この時のジト目はかなり効く。

 

(一菜が誤魔化そうとしている?)

 

「一菜?」

「あー……おっけー、説明する。って言ってもこれについては2人の方が良く分かってるでしょ?」

 

一菜の案内で、礼拝堂の屋上から少し戻った場所に連れられる。

壮大な天井画が描かれた白い部屋の先、少しだけ出っ張ったスペースがあり、薄いカーテンがかかった窓と女性の胸像の脇に、ソレはいた。

 

「――!」

「この人……」

「2人が消えてから何があったんだ?いくら何でもやり過ぎだろ、コレは」

 

この奥まったスペースに隠されるように安置されていたのは――

 

 

ヒルダ……」

 

 

銀の矢により大怪我を負った血まみれのヒルダ・ドラキュリアだった。

 

 

 


 

 

 

 

【はぁ、はぁ、はぁ。折角の観光地なのに、夜だとまっくらだよー。おまけに川の臭いも凄いし……】

「ただいナー」

【うぇっ!?もう終わったの?】

「何もしてナー。フーマの嬢ちゃんはやる子だナー」

【観光案内はダメダメだったよ?】

「隠密と戦闘以外はどこか抜けてるナー」

 

【あれあれ?ちーちゃんは?】

「良い子は寝る時間だナ~」

【ひ、ひどい!ひどいよ!あっしに走らせておいて!】

「起こしたら後が怖いんだナー」

 

「まだ着かナー?」

【もう少し、もう少しだから!】

 

 

――――タァーン……!

 

 

「後どれくらいナ?」

【もう少し急ぐよ】

『発砲確認。現時刻を以て対象への敵対行動を開始する』

【うわぁッ!起きてた……】

「静かにナ。巻き込まれるナ」

【……うん】

『距離5里、現在地より地上との高度差16間3尺30m。攻撃可能範囲へ到達までの所要時間は17分』

「キレてるナー」

【あっし、巻き込まれないよね?】

「礼拝堂で祈っとけナー」

【うっ、うっ。いいもん!やるもん!玉藻様に褒めてもらうもん!】

「その意気ナー」

 

 

 

 


 

 

 

 

「なんで彼女がここに?」

「あたしがここまで運んだ」

戦姉おねえちゃん、傷が少しだけ塞がってるー」 

 

チュラの発言通り、銀の矢によって抉られた傷はちょっとだけ再生していた。

だが、今は再生していないように見えるほど極端に遅くなっている。完治しているわけでもないのに。

 

治癒速度は場所によっても異なるのか、左脇腹から臍の下あたりまで届いた傷と、右太腿の傷は治りが悪い。

 

「効果があるとはいえ、時間を掛ければ元通りですか」

「クロん、銀弾を持ってたのか?あれって物凄く高かった気が……」

「おねーさんが持ってたー」

「おねーさん?カナ先輩のこと?」

「いいえ、私達を助けてくれたのは、疫病の矢フラヴィアですよ」

 

一菜は目を見開いて私の顔を確認している。失礼な、そんなどうでもいい嘘つきませんよ。

 

次第に少しだけ鋭い顔つきになり、下を向く。

慎重になっているようだ。今考えていることを私達に話すことで、どんな反応をされるか、不安になっている。

 

「一菜、私はあなたの話をちゃんと聞きます、だからあなたの思ったことを話してください」

「……」

 

尚も渋る一菜ではあるが、ここで焦っても仕方ない。

 

手持無沙汰で周囲を見回すと、来るときには映っていなかった礼拝堂の内装が目に入る。

ちょっと無料鑑賞しちゃおっかな?と視線を向けようとするものの……どうしてもヒルダに目が行ってしまうな。

 

意識はないが、縛る訳でもなく、自然に横たわらせてある。

不用心すぎ……あれ?こんなところに銃創なんてあったっけ?そもそも銃創っておかしくないか?

 

ヒルダの左太腿に銃創なんてありましたっけ?」

「ッ!」

「……無かったと思うー」

 

(そうだよね。銀の矢は受けたけど、私の銃弾は全部再生されちゃったんだよ)

 

咄嗟の判断だったとはいえ、人型の存在の心臓部を撃った感覚が、未だに尾を引いている。

殺人犯にならずにこの感覚を持てる人ってそうそういないだろう。貴重な経験だが、気分は良くない。

 

「……われた……」

「?どうしました?」

「庇われた」

 

俯いたまま呟くように。ひどく、消耗したような声が絞り出された。

この狭い空間では、そんな小さな声も、はっきりと響いてしまう。

 

ヒルダ……で合ってるんだよね、その吸血鬼さん」

「はい、合っています。そう自分で名乗りましたし、フラヴィアも呼んでいました」

 

(そうか、一菜は私が会話中に出した名前しか知らないんだ)

 

そして知ることが彼女にとって重要な事。疫病の矢にも尋ねていたように、繋がりを持ちたい人物の名を知りたがる。

 

ヒルダ・ドラキュリア。正真正銘の吸血鬼です」

「……そうだよね」

 

その確認をして意気消沈するのはなぜなのか。

 

大体予想はつく。つまりは……

 

 

「相手はヒルダの身柄を寄越せ、と」

「……うん」

「一菜は渡したくないんですね?」

「うん」

「それで、その後どうするつもりなんですか?仮に逃げ出せたとして、彼女をどこに匿うつもりで?」

「それは……」

 

無計画とは彼女らしいけど、それでは危う過ぎる。綺麗なバラの周りには棘の筵が広がる様に、この状況が如何に不安定な針の筵であるのか、まずは知ってもらわねばなるまい。

選ぶ道は一国と……殲魔科と深いつながりを持つバチカンをも敵に回す行為なのだ。

 

「いいですか、彼女は危険で、敵対する魔女。あなたの事を間接的にでも狙っていたんです」

「あたしを?」

「詳しくは聞いていません。しかし、事実彼女は一菜の前に現れた」

 

庇ったとはいっても、一菜にコンタクトを取ろうとしたときに、偶然居合わせたんだろう。

死なれては困る理由があるはずだ。

 

視線を逸らし、考える素振りをしたものの、自分の考えていたことと合点が行ったようだ。

こちらには向き直らず、虚空を見つめながら、思い出すように話す。

 

「突然だったからあんまり覚えてないけど、後ろから撃たれて……あ、これは狙撃じゃないよ。屋上で待ち伏せしている奴がいたんだよ」

「他にも敵がいたんですね」

「そ。で、警告もなしに、ズドン、と」

 

彼女のジェスチャーは腕を後ろに回して心臓部を撃つ動き。まさか、警告もなしにいきなりそんなところを撃つとは思えない。

初めから一菜を撃つ、その気だったんだろう。

 

「でも、誰かに突き飛ばされた。射線に入り込んで来て」

「……」

「慌てて振り返ったら……弱って、血まみれのヒルダが、あたしのいた場所に立ってた。背中を向けて」

「かばったー?」

 

ヒルダの様子を観察していたチュラが戻ってくる。応急処置のしようも無いしね。

 

おや?手に扇を持っている。

武装解除だと信じたいが、黒い扇になにか惹かれるものがあるらしく、広げたり閉じたり。撃たないでね?ニードルガン。

 

一菜も笑ってはいるものの、どこかぎこちない。

もう完全に思い出したのか、こちらをしっかりと見据え、話を続ける。

 

「そこで1発目。煙幕弾スモークが地面に着弾した」

「相手はプロ武偵ですか。何のプロかは分かりませんが、武偵弾DAL持ちなんですね」

 

私の相槌に頷きで答え、さらに続ける。

 

「2発目。あたしを撃った男が弾かれた」

「――えっ?」

 

(仲間じゃ……ないのか!?)

 

「外した、訳では?」

「煙幕の中にいる男の眉間を後ろから。偶然だといいけど、たぶん違う」

「そう……ですか」

 

私達とフラヴィアとヒルダ、謎の狙撃手に謎の男。すでに5つの勢力が衝突していた事になる。

内、フラヴィアは消え、ヒルダは意識不明、男は射殺された。

 

こんな複雑怪奇な絵を1人で描けるか?無理だろうし、無駄も多い。

 

「男は逃げてったよ。顔は覆って隠してたし、英語を話してたから国籍は不詳。余り筋肉質じゃ無かったと思う」

「その人、生きてたんですか?!」

 

頭を撃ち抜かれて生きていた?そんなバカな話はないぞ。

当たっていなかったんだろう。謎の男は逃げ延びたと窓枠のメモ帳に書き直す。

 

「当たってたと思うんだけどなー。吹っ飛んでたし。そういうとこ、クロんみたいな奴だね」

「ほんとだー」

「ちょっと!どういう意味ですか!」

 

ここは強く否定させてもらおう。撃たれても大丈夫かもしれないが、当たったら大丈夫じゃない。

あくまで手品師マジシャンであって妖術師ソーサラーではないのだ。

 

チュラも、こんな時だけ乗ってこないの!全く、今度は一体何やってるの?

 

……それ一菜の電話じゃないか!ヒルダが盗んで城の中に隠してたのかな?

チュラはどこに電話してるんだろう?

 

「冗談冗談、んで3発目。これが銀弾だった」

「あの銃創はその弾丸によるものですね。弾は?」

「銀弾だと体外排出も遅いみたいだから、自分で引っ張り出してた」

「ゔっ……」

 

その光景が容易に想像でき、手の力が抜けそうになった。

やめやめ、そーいうのはやめ!

 

「左太腿を撃った理由は確かじゃないけど、あのタトゥーを狙ってたのかも」

「タトゥー……?この目玉模様みたいな」

「それそれ、そこを撃たれたら倒れちゃった。あたし、反射的に急いで駆け寄ってて、気が付いたら礼拝堂に引き摺って行こうとしてて……」

「4発目ですか」

「警告。あたしのリボンが撃たれた。おかげで我に返ったから、次弾発射までの間に担いで逃げ込めたよ」

 

男は容赦なく撃ったのに、一菜は警告を受けた。

男が先に発砲したからなのだろうか。

 

それで5発目は誰が撃たれたんだ?

一菜の話なら屋上にはもう誰もいないはずだけど。

 

「5発目。クロん、首襟の裏、確認しといたほうがいいよ」

「へっ?私には当たっていませんよ」

「言ったでしょー。5発とも狙った場所に当ててるって」

 

うん?言われてみれば軽い気もする。マイエンジェルベレッタは羽根のように軽いなぁ。

……じゃないよ!軽すぎる!そ……そんな……まさか!

 

「あ……ああ!なんてことですか――っ!」

「クロんが倒れ込むまでに、銃弾が掻っ攫っていったみたい」

 

ない!ないないない!

首襟のリボンに取り付けてた隠しホルスターに、私の……私のベレッタが……!

 

リボンをほどけば、ホルスターが腰裏まで下りてくる仕様だったのに、リボンもホルスターもそのまま。

ベレッタだけが攫われた。

 

倒れ込んだ時のわずかに翻った隙間から見えた、ほんの数瞬に狙いを定めたって言うのか!

 

でも、そう考えるとそんなに遠くないのかもしれない。

射撃から到達までの遅延がほとんど無いことになる。

 

(銃弾の着弾位置から方向を推測すると……狙撃手はご近所の最高裁の上か。距離は450~550m位になるのかな)

 

狙撃銃としては遠い距離ではないが、記憶が正しければ銃声はSVDドラグノフ。ロシアで生まれた銃だ。

携行性と信頼性に優れた銃で、有効射程は600~800m。1kmも可能らしいが、状況が限られるだろう。

増してこの雨だ。相手の技術は神がかっているぞ。

 

丁度いい距離を陣取っているみたいだね。どこもかしこも出待ちさんばっかだよ。

 

 

「……ベレッタは今まで頑張ってくれました。それで、一菜。あなたはヒルダに救われた。だから助けたい、と」

「うん。分かってる。ここでヒルダを差し出せば、脅威が2つとも消えることになるんだよね。あたしたちはに戻れる」

 

そう言い放つ一菜は、微塵もそんなことを考えていない、情けない顔をしている。

やれやれ、こういう時だけ押しが弱いんだから。

 

「違うでしょう?色々間違えすぎです」

「しっかりー」

「……そうだよね。あたし、2人のこと信じてる!ついて来てくれるって信じてるから!」

 

屋上で再会してから、やっと心から笑ってくれた。いやー、この笑顔は何時ぶりだろう、2日前かな?

私も元気が湧いて来る。彼女の声は、笑顔は、それだけで周囲を明るくさせる。

 

(――でも、ね?)

 

「おやおや?信じるのは2人だけでいいんですかな?」

「的当てゲームするの?」

はえ?」

 

キョトンとする一菜。チュラの電話先は何となく予想出来ていた。

 

『どうも、お邪魔してます』

「うげっ!」

 

スピーカーに設定された電話口からは、我がチームの狙撃手様の声が聞こえる。

 

『状況はお聞きしました。幸運なことに、今日はとある人物と食事を取っていましたので、周辺にいます』

「ホント!?来てくれるの!」

『……一菜さんが信じてくれるなら、すぐにでも駆け付けたいところです』

 

一菜は苦笑いをして、ため息を一つ。

そこにいるわけでもない電話を正面に据えて――

 

「当たり前だよ、信じてる。お願い、力を貸して!」

『はい!当然です。私が戦えるのは、一菜さんたちが信じてくれるからなんですから!』

 

そこで電話は切られる。移動を開始したようだ。

 

こうなれば、もっと手を打たなくてはいけない。

今回はメンバー総動員ですよ!

 

「チュラ、電話を貸してください。一菜、電話を借りますよ」

「え、良いけど、どこに掛けるつもり?」

「受信履歴のあるところです」

 

電話の受信履歴をあさり、上から4件目の電話番号に接続する。

 

 

~~~~♪

 

~~~~♪

 

 

(お願い!出て!)

 

 

~~♪ カチャッ

 

 

「"こんばんは、どうしましたか?"」

「"電子音は要りませんよ、また雑務でも片付けていたんですか?"」

「……クロさん……」

 

接続先はヴィオラだ。私の声で一菜に掛けた時のものだろう。

 

ヴィオラ、あなたとはいつかゆっくり話さなくてはいけません。ですが、今は私を信じて力を貸してくれませんか?」

「クロさんは、まだ私の事を信じてくれるんですか?何重にも偽りを重ねた私の事を」

 

ヴィオラの声はいつもと変わらないように聞こえる。

でも、そう聞こえるだけだ。声の震えは隠せても、気持ちの発現ってのは隠しきれるものじゃないよ。

知識だけじゃ分からないこともある。それはあなたが一番わかっているハズなのに。

 

「信じていますよ。それとも、私にも懺悔をさせたいんですか?全く、サドっ気のある子ですね。……そうです、私は何度もあなたを疑いました。最初は犯人なんじゃないかって、次には協力者なんじゃないかって、遂にはあなたが全て裏で操ってるんじゃないかって」

「……」

「信じる事はとても難しい事です。私を信じろなんて勝手すぎるのは承知の上なんですよ。ただでさえ私自身があなたを疑っていたくせに」

「……」

 

(ちょっと、追い詰めてみるか)

 

「あなたは隠し事が多すぎます。なんでも1人で済ませようとする」

「そんな……ことは」

「軍属狙撃手の雇い主」

「――ッ!」

「吸血鬼を憎む魔女」

「……」

 

(予想通りの反応。あの狙撃手も、フラヴィアも、彼女の手引きで動いていた。私や一菜を守るついでに、ヒルダを手に入れてどうするつもりだか知らないけど、ターゲットとやらに接触する糸なのだろう)

 

「あれもこれも、全て。あなたの絵は壮大です。でも、その絵の中に不協和な色を見付けた。そのインクは徐々に広がって、あなたの絵を別物へと変えていく。棄てるか、塗り潰すか。その選択肢を迫られて、あなたは……」

「……私は塗り潰す事にしました。棄てるわけにはいかない。描き直しているうちに、あの子は加速度的に狂っていくかもしれない……それだけは何としても阻止したかった!」

 

(それがヴィオラの枝葉の部分か)

 

「あの子、とは」

「私達の一族は、過去に素晴らしい紳士に救われました。代々、短命な血筋ではあるのですが、丁度私の3代前、曾お婆様がその紳士に出会い、陰謀と事件の渦中にいた所を救い出されたのです。影から援助を申し出ましたが、彼は何一つ……いえ、たった一つだけ、受け取って頂けました」

「何を差し上げたんですか?」

「幼きたくさんの思い出が詰まり、ただ一度だけのデートを行った、1つの世界です」

「世界……?」

 

(随分と大きなプレゼントだな、SFか何か?それともパノラマとかスノードーム的な)

 

「まあ、普通には受け取って貰えなかったらしいですけどね。普段は実に紳士的に紳士なのに、謙虚な方ですよ。……その御子孫様を私が救い出したいんです。彼女は今も恐ろしい世界に囚われていますから」

「恩義に報いるために、今回の絵を描いた」

「私には戦う力がない。一生懸命に絵をかいても、私には絵の具が与えられていなかったんです。だから出来るだけ、可能な限り、限界まで調達しました。白・桃・赤・橙・黄・萌・緑・水・青・紫・茶……そしてクロさん、あなたの色は私の絵画せかいに欠かせないものです」

 

(こんなものかな。今回の件はこれぐらいで不問にしてあげよう)

 

「それは、私を信じてくれると受け取っていいんですね?」

「はい!私は……クロさんを信じます!あの子の事も救ってくれるんですよね?」

ヴィオラの計画を壊しますよ?」

「出来るものなら。私にはもう止められません。多くの人間の欲望や願望を刺激し、彼らは自らの意思で計画を成功させます」

「望むところ!では改めて、あなたに初めてのをお願いします――」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…………」

『あなた、気付いてた。なぜ気付いたかは分からない』

「…………」

『色金の気配を感じる。あなたは巫女?』

「……いいえ、私には巫女の素養が足りません」

『そう』

「ですが、風のお傍に仕えていた時間は他の姉妹より長いものでした。風はあなたを恐れてはいない」

 

『折角来たし、夜更かしする。となり、いい?』

「……どうぞ」

『風の音はいい。草木を揺らし、波音を立てて、風鈴を鳴らす』

「…………」

『あなたは風が好き?』

「……風。風は私を導いてくれる。好きという感情ではないでしょうが、私は一方的に風を必要としている」

『大丈夫、風はあなたを嫌っていない』

「そうですか、喜ばしい事です」

 

 

 

 

「あなたは、なぜここにいらしたのですか?」

『夜風もたまにはいい物、覚えておく』

「…………」

『風は、何て言ってる?』

「……ちりーん、ちりーん、と言っています」

『素敵な音色、ありがとう』

「あなたは風と仲が良いのですか?」

『そう見える?風は私のお友達』

「友達……」

 

『これ、あげる』

「羽織物ですか?」

『法被、と言う』

「はっぴー……」

『女の子は、体冷やしちゃダメ』

「体調管理なら問題ありません。どんな環境でも体調を崩さない様に鍛えられましたので」

『いいから。1度、着てみて?雨を弾いてくれる。気に入ったら、いつでも作ってあげる』

「お返し出来る物がありません」

『盲点。これはお礼、私に風の声は聞こえない』

「……頂きます」

『ちなみに、下は半たこと言――』

「そちらは要りません」

『……そう』

「暖かいですね。素敵な服、ありがとうございます」

『……今日は、ほんとに良い風』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

打てる手はすべて打った。

 

不安要素が無いわけではないが、その為の備えは十二分に行っている。

 

 

この城は今、見せかけの処刑場に変わりつつある。観衆にまざまざと見せつけ、その嘘を史実へと変えていく。キャストが揃うまでもう少し掛かりそうだ。

 

さあ、始まるぞ!みんなで勢揃いの大団円に向けて!

 

 

 

 

~キャスト~

 

「いいですか、一菜。今回の一連の事件は全て、2人の人物によって引き起こされています」

「2人?黒幕には協力者がいるの?」

「いいえ、その逆です。最初に立ち上げた人物の計画の中に、不協和を紛れ込ませた人物がいて、現段階ではドミノの倒し合いの様相を呈しています」

「んー、ん?で、どっちが味方?」

「どちらも敵でした」

「ええ!?」

「片方の親玉だけは、仲間になりましたが」

「??」

 

親玉ことヴィオラにも手伝ってもらい、キャストに出演を取り付けたところで、チュラと一菜に情報共有をしている。

フィオナも到着し、指定ポイントにて、この話を聞いているはずだ。

 

「どちらの計画にも犠牲者が出ます。片方はヒルダを狙い、もう片方は……一菜、あなたを狙っている」

「……うん」

「だからどちらにも倒しません。このバランスを取って、双方が手を離した隙に頂いちゃいましょう」

「とりあえず、あれだよね?クロんの言う通りに動けばいいんだよね?」

 

うーん、一から説明してるわけじゃないし、仕方ないんだけど。

なんか釈然としない。

 

「……出来れば内容を理解して欲しいのですが。でもそうです、あなたの仕事が最も重要です。その成否によってはどちらか、もしくは2人共死ぬことになりますから」

「そこはクロん曰く、何とかしてみせるよ!心配するなら他の皆をお願い」

「はい、なんたって私は総監督ですからね!」

 

本当は怖い。

個々が完璧にこなしてくれても、私がタイミング1つ間違えた時点で失敗する。ギリギリの力調節が肝心なのだ。

 

 

顔に出てたかな?震えてたかな?

 

一菜は笑顔で見送ってくれる。その両手には殺生石の入ったお守りがそれぞれ握られていた。

 

精一杯の笑顔。うん、最高のおまじないだよ!

 

 

 

~美術スタッフ~

 

「クロー着いたぞー」

「クロさん、今度は何をするつもりですか?」

「クロさん!依頼の品をお持ちしましたよ!」

 

ガイアの運転する車で、クラーラとパオラも到着したみたいだ。3人とも、深くは追及せずに動いてくれた。

 

「ガイア、無事で良かったです」

「あー?」

「ミラ先輩のことです」

「ああ、そのことか。怪しい動きしたからな、ケイボーでシバいといたぞ」

 

(ケイボーってスタンガンじゃなかった?痛そう。私も似た様なの喰らってたけどさ)

 

「それで、あたしらは待機だな?」

「このスピーカーはどこに?」

「スピーカーは私が預かります。お城の中に設置しますので」

 

小型のスピーカーと中型のスピーカーを受け取り、チュラに手渡す。

 

「ご注文のワイヤーと……あとフックと木箱、バケツと食紅と……麻袋とクロロプレンゴムです」

「ありがとうございます。お支払いはまた後で」

「いいですよ、無事に帰って来てくれる、ってことですよね?」

「はい、必ず!」

 

ちょっとだけ駄弁…世間話をしてから、3人は待機地点へと車を走らせていった。

 

 

 

~舞台スタッフ~

 

「"クロ"」

「"クロ殿"」

 

突然後ろに気配が!

 

……って、前にもやったなこれ。私の嗅覚を云々かんぬん。

 

ニコーレ先輩と陽菜さんの到着ですね。

よいしゃ!いっちょ決めますか!

 

「"よくぞお集まりくださいました、お二方!今宵お集まりいただきましたのは、とある危険な任務を極秘裏に進めて頂きたくあればこそお呼びした次第――"」

 

馬鹿っぽいでしょ?でもニコーレ先輩を動かすにはこの口調が手っ取り早い。

極度の日本時代劇マニアで、色々チャンポンな喋り方をする。

となりの陽菜さんもその毒牙に掛かり……元々なのかな?初めて会った時には、ああだったからなぁ。

 

2人して制服にプラスして、ニンジャ装備なるものを着用しているが、ふざけている訳ではなく、その実力は高い。

電話で聞いたが、潜入後はこの2人だけで、待ち伏せ含め10人以上を完全制圧したらしい。

 

「"クロ、多くは語りますまい。我らの仕事は隠密と抹殺。この力、如何様にも発揮しましょうぞ!"」

 

あんたらの為に長々と話してるんだよ!あと抹殺は受けちゃダメでしょ!

 

「"クロ殿、丹甲愁にこうれ殿の言う通りでござる。忍とは任務かげに生き、任務かげに死ぬ。世の平和を裏側から――"」

 

だからながーーーいんだって!

ニコーレ先輩の呼び方も、訛ってるだけだろうに、激しくイラっとするのはなんでだろう……。なんかこう、当て字が思い浮かぶような……なんだ、この感じ。

 

 

こんな変わり者だが、仕事はホントにすごい。じゃなきゃ呼ばないよ。

 

「仕事は二口、一に絡繰ラクの仕事也。我らが城を侵し、あまつさえ討ち取ろうなどと宣う不届き者に、忍の極意を諭すべし」

「うむ、それは許しては置けませぬ!忍の恐ろしさ、思い知らせてみせようぞ!」

「このように素晴らしき砦など、そうそうありませぬ。その浅はかさ、身をもって悔い改めてもらうでござる」

 

ノリノリだし、これは期待以上の結果を残してくれそうだ。

 

「二に、隠密の仕事也。故に昏き闇に潜み、機を伺い、空に光明上がりし時を以て、あらゆる目を欺くニンポウを」

「是。我らにおまかせを」

「御意!」

 

 

サササッ、スゥ……

 

ボフゥッ!

 

 

大変見事なお手前で。消え方くらい統一すればいいのに。今消える必要ないし、煙玉って移動用じゃなくて隠遁用だよね?

 

ふぅ……疲れた。

 

 

 

 

~製作・音響・照明スタッフ~

 

ヴィオラー?」

「はい、順調ですよ。クロさん」

「スピーカーの位置は伝えた通り、順番は数字の通りで大丈夫ですよ」

「お気遣いありがとうごさいます」

 

彼女は1人でやるらしいが、普通じゃないから大丈夫なんだろうな。

前から不思議だったが、1人だけの部屋で、どうして複数の作業音が聞こえるんだろうか。

 

……気になる。

 

「……ヴィオラ、今、何をしていますか?」

「?音響の確認と調整。照明のタイミングと緊急用のモールス信号のセッティング、最終盤のフラッシュの打ち合わせと交しょ……」

「ストップストップ!」

「?」

 

脳の処理が早過ぎる。きっと誰かの脳を借りてるんだろうけど、それが彼女にとっての普通なのか。

脅威だよね。命とか狙われてそう。

 

「あなた、早死にしますよ?」

「御心配には及びません。遠山キンジさんという方が、大切な戦妹である私を守ってくれますから」

 

なっ!初耳なんですが……。私も人の事を言えないけどさ、二人目の戦兄ダブルコンダクターとは。

思わぬライバルが出現したものだ。

 

男女で戦徒とは!なんて不純な、戦姉おねえさん許しませんよ!

 

 

 

 

~舞台監督~

 

キャストはメインを残して万全だ。

 

メインキャストには悪いけど、拒否だけはさせるわけにはいかない。

彼女にはヒルダをいけないから。

 

そこはヴィオラの腕前次第。きっとうまく連れてきてくれるさ。

ここに到着してからは私の仕事。死刑執行人エストロ・チッタの役を絶対に引き受けてもらう!

 

「チュラ、行きましょう。最後の仕上げです」

「……戦姉おねえちゃん、大丈夫。チュラがついてる、1人じゃないよ?」

 

 

 

「…………うん!そうだね」

 

 

 

スピーカー――――OK

ライトアップ――OK

フラッシュ――――OK

エフェクト――――I Don't Know(ニンジャ次第)

 

 

残ったもう1人の本物は、どこで観ているんだろうね。

バチカンもそろそろ動くだろうし。

 

高見の場所から、せいぜいお楽しみ下さいよ。私たちの舞台を!

 

 






本日は劇場、クロガネノアミカにご来場くださいまして、ありがとうございます。

開演に先立ちまして、お客様にお願い申し上げます。
ビデオ撮影・録音・フラッシュは固くお断りいたします。
電話はマナーモードにするか電源をお切りください。
劇場内でのたばこ、飲食はご遠慮願います。
演出上の効果のため、上演中は非常口の誘導灯は消灯いたしますが、非常時には点灯いたしますので、ご安心くださいませ。

まもなく舞台「"キャスト・アーツィスコース"」を開演いたします。
どうか最後までごゆっくりお楽しみくださいませ。