まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹16話 希望の萌芽

どうも!

久々の日常パートを書くのが楽しすぎた、かかぽまめです!


新章突入!
というわけで、新たな戦いに向けて、色々な人たちとの関係性も変化してきます。

一話ごとに過去話を挟む、サンドイッチ的な構成にしていますので、時間軸の把握にお気を付けください。


ではではぁ、おまけ的本編、始まります!





希望の萌芽ニュー・ホープ

 

 

 

「あーーーだりぃ……」

 

 

見上げた天井は、もう何時間そこにいるんだろうか。

久々の睡眠期は明けると同時に、全身が悲鳴を上げた。

気怠いなんて生易しいものではなく、感触のない手足が付いているか不安に思えるまでに神経系が衰弱しているのだ。おかげで痛めつけられた体中の痛覚すらも感じないのは、不幸中の幸いといえる。

 

「あんな無茶苦茶な戦い方してたら……こうもなるよな」

 

 

夢の中の俺は自由過ぎるが、せめて人間と戦って欲しい。

なんであんなことになるのだろうか、生きてたのが奇跡だ。

 

あの夜は吸血鬼とひとしきり話した後、帰宅する前には意識を失った。

波に飲まれたのではなく、どう考えても疲労の蓄積が限界を超えていた。それからは体の事もあるから、入院処置でなくカナに看病してもらっていたのだろう。

 

俺のヒステリアモードによる睡眠期間は大体2、3日で、前後に1日の意識混濁期間がある。この間は一切の記憶が残らないから、目覚めた後、しばらくは誰かにバレてはいないかと不安になる。

今回も例に漏れず記憶がない。

あの後、トロヤがどうなったのかも、俺達がどうやって帰ったのかも思い出すことは出来なかった。

 

呼吸器系が弱り、浅い呼吸しか行えない。

一度で肺に取り込める空気が減少しているせいで、胸に掛かった布団が忙しなく上下する。

息苦しさを押して顔を横に倒すと、室内に見慣れない物が置かれている事に気が付いた。

 

「花と……ビー玉?」

 

 

自室の枕元にあるサイドテーブルには、色んな花が芸術も何もなく、それぞれの個性を主張しまくりな花瓶が飾られていた。

 

(お見舞い……だと?おい、誰に家バレしてるんだよ!学校で知ってるのはチュラくらいだろ)

 

花を見るだけで、差出人達の予想は大体付く。

まず、花瓶に造果のイチゴを飾り付けるような奴はアイツしかいないし、白い差し色のエーデルワイスはフィオナか?変わり種を選ぶタイプでは無いしな。

小さな向日葵、ピンクと白が混ざった紫陽花とアルストロメリアはあの3人組。

3輪のマリーゴールドはたぶんフォンターナの姉妹からだ。お茶会に行ったときにも飾ってあった。末妹には……会った事、無いよな?おまけで奇数にしただけか。

イチゴを除けば丁度7本、明るい色でまとめられている。

 

(みんな無事だったんだな)

 

その隣には銃が飾られていて……

 

(って、これ、夢の中でぶっ壊されたベレッタじゃねーか!)

 

銃口から黄色いガーベラの造花を撃ち出しているのは、ベレッタM92F

新しいものを用意してくれたのか、ベレッタが。

 

(あとで支払いに行かないと)

 

これは呼び出しみたいなものだ。

早めに行かないと校内で捕まるぞ。

 

銃のその更に隣には、もう1つの花瓶があり、薄ピンク色をした何かしらのイングリッシュローズと少し濃いピンクのネリネが多めに差され、補色であるグリーンカラーのポコロコが所々から顔を出している。

 

(やばいな、思考が毒されてきてる)

 

感性は生活習慣によって後天的に左右される。

前ならキレイなもんだ、で終わっていただろうが、花の一つ一つを観察するようになってしまった。

今ならここにある花の花言葉を諳んじることも出来そうだぞ。

 

 

「あー、やめやめ」

 

 

思考を振り払い、最後の見舞い品を見る。

ビー玉位の大きさだが、小型の水晶の様な高価そうな感じもする紫色の球体。

 

……どこかで見た事がある色のような……?

 

そんな記憶があった気がするが、思い出せそうもない。

手に取ってみようと動かした鈍重な体が軋みをあげた時だった。

 

 

「キンジ……っ!」

「!」

 

 

名前を呼ばれ、我に返る。

声の主は…

 

 

「カナ」

「キンジ、体は動く?どこも痛まない?」

「無理をして睡眠期になったのは初めてじゃないだろ。そんなに騒ぐことじゃ――」

「不安だった。あなたは1週間も寝ていたのよ」

「……1週間っ!?」

 

 

それは確かに長い。

カナの10日に比べればそこまで長くないが、これまでにない長期間だ。

脳への負担も、かなり大きかったんだな。

 

 

「記憶は安定してる?あなたは誰と戦っていたの?」

「誰って……」

 

 

あの夜は、2人の吸血鬼と戦った。

電撃を使い、影を操る紅い瞳の吸血鬼――ヒルダ。

霧となり、金属の身体を持つ満月の瞳をした吸血鬼――トロヤ。

結局どっちの戦いも歯が立たず、救われた。危うくだったのだ。

 

 

「ああ、覚えてる。ヒルダとトロヤって吸血鬼だ」

「そう、合っているわ」

 

 

問題ないだろう。夢の中の出来事は全てとして、俺にもされている。

 

 

「じゃあ、もう1つ。セルヴィーレという単語に聞き覚えは?」

「セルヴィ……なんだって?」

 

 

なんだそれ?新種のピザか?

聞いた事もないし、見た事もない。単純な引っ掛け問題にしては前後の会話と脈絡がなさすぎる。

しばしの間記憶を探るが、やはり答えは出てこない。

じっくりと俺の様子を見守っていたカナには、その旨を正直に伝える他にないだろう。

 

 

「いや、ないな。何なんだ、それは?」

「そっか……入ってきて」

 

 

カナは質問には答えず頷いた。

そしてその返答を予想していたのか、開いた扉の先に待機させていた何者かを招き入れる。

 

 

(誰を呼んだ?)

 

開け放たれた扉から、ひょっこりと1人の人物が顔を出した。

橙金色の髪、暗黄色の瞳をした小柄な少女は、恐る恐る室内を覗いて俺と目が合うと、駆け寄ってきて抱き着いてくる。

 

 

戦姉おねえちゃん!良かったよー!しん……死んじゃったかと思って……チュラ……!」

「お前……」

 

 

驚きで固まる俺を両手で捕まえ、涙でぐずぐずになった顔をぐりぐりと押し付けてくる。

意地でも離すまいと密着する戦妹に、何と声を掛けていいのかが分からなかった。

 

だって今の俺はクロじゃない。全くの別人だろう。

だが、こいつは……チュラは、俺の事を戦姉おねえちゃんと呼び、心配してくれていた。

 

 

「カナ、どういうことだよ、これ」

「チュラちゃんはとっくに気付いていたわ。私たちの秘密も、あなたの能力も」

 

 

そう、なのか。それなのにずっとクロを慕って付いて来ていたのか。

なら、俺も少しだけ、ほんの少しだけ、優しくしてやる。この真実を知ることが出来ないクロの分もな。

 

 

「キンジ、チュラちゃんから聞いたの。あなたの能力、ヒステリア・セルヴィーレについて」

「ッ!?」

 

(ヒステリア……セルヴィーレ……?)

 

あの質問はそういうことだったのか。

記憶は曖昧だ。別のヒステリアモードを、いつの間にか発現してたのが原因で過重負荷になってたんだな。

どうやら生き延びられたのは、新しい能力が大きく寄与していたらしい。

 

 

「カナ、俺にも教えてくれないか?今回みたいになりたくないし、発動条件ぐらいは知っておきたい」

「分からない、のね?いいわ、試してみましょう。じゃあ……チュラちゃんを思いっきり抱き締めて、匂いを嗅ぎなさい」

「……は?」

 

カナの突拍子もない提案に、まずは自分の耳を疑った。

匂いを嗅げ?女の子の?

 

へ、変態だ!

出来るかッ!そんな事!

 

 

「やる訳ないだろ!俺にそんな趣味は――」

「キンジ?思いっきり吸い込みなさい」

 

その行動に何の意味が?と聞くまでもない。

俺の身を案じるカナが、この状況下で無意味な行動を強要するわけがなかった。とすれば、俺がチュラの匂いを嗅ぐことが、恐らく先の問いに対する答えなのだ。

 

「おい、カナ…本気か……?」

「頭に顔を埋めればそれでいいわ」

 

理解出来ていても、実行するのはなかなかに勇気がいる。

チュラがクロの指示を拒絶する事はまずないが、良い様に託けて彼女が嫌がるような事をしてしまっていいのか?

 

「チュラちゃんも合意の上よ」

「……」

 

 

くそっ!逆らえない。

それに初めて女装させられた時に比べたら、こんな事……こんな、事……

 

(なんでコイツの頭はこんなに甘ったるいんだ!)

 

 

ピリピリピリ……

 

 

頭の奥が痒い。

この感覚は初めてじゃないが、こんなに刺激は強くなかったと思う。

 

(確か、どっかの公園で……似た様な事が……)

 

悔しいが、やたらと多幸感が溢れて来るぞ。手放したくなくなる。

目の前がチカチカし始め、徐々に脳が痺れて行って――

 

 

 

 

 

 

「おお?ここはどこでしょう?」

 

 

意識が戻った。

一瞬だったが、現在地の認識に時間が掛かる。

 

最後の記憶はトロヤ、カナ、チュラと共に会話をしている光景。

3対1であるにも関わらず、結果は辛勝。そもそもトロヤは本調子ではなかったのだと思う。

 

(それから睡眠期に陥った私は――)

 

そこまで思い出した私の耳に、最愛の戦妹の声が流れ込む。

すぐ近く、すぐ真下から、彼女の気配を感じ取った。

 

「ありゃ?チュラちゃんじゃないですか……!ど、どどど、どうして泣いているんですかッ!?」

 

 

私の胸にはチュラが抱き着いていて、えぐえぐと嗚咽を上げている。

 

(え、え?私、なんかやっちゃった?記憶にないんだけど……)

 

普段被っている、『出来る人間』口調も忘れ、オロオロしていると――

 

 

「……あなたはキンジ?それとも……クロなの?」

 

 

――カナに声を掛けられた。

なんでそんなことを聞くのか、少し戸惑ってしまう。

 

私の顔から機微を覗く彼女は、緊迫した表情だ。何かを恐れているようにも見える。

心を落ち着けて、出来る人間を演じなければ!

 

 

「姉様、何を言っているんですか?私は私。クロですよ」

「そうね……。ねえ、眠る前の事を覚えている?」

 

 

カナもベットに腰を下ろした、サイドチェアではなくベットに。

それで気付いたが、サイドチェアには殺生石が入ったが置いてあった。

そういえば、緊急用として預かってたんだっけ?結局使けど。

 

 

「もちろん!覚えていますよ。ヒステリアモードの記憶力は高い、それは姉様も一緒なはずです」

「セルヴィーレという単語に聞き覚えは?」

 

卒然な問いにポカンと呆けてしまった。

トロヤと食べ物の話をしていたから――

 

「せ、セルヴァーナ?え、ええと……な、何でしょう、街に出来た新しいピッツェリアの名前ですか?……ご、ごめんなさい!覚えてませんッ!」

 

――いや、それはないか。

 

謝る私にカナは小さく身を乗り出した。

自分で結い上げた後ろ髪は、近くで見るとちょっとだけ乱れていて、綺麗に結び直したくてうずうずしてしまう。

 

「ついさっき、全く同じ質問をしたのに?」

「……へっ?」

 

 

ついさっき?

それって、どれくらい前?

あれ?私っていつからここにいるんだっけ……いつ起きたんだっけ?

 

 

記憶が飛んでる。

もう少しで記憶が飛んでることも気付かない所だった。

 

 

「姉様、何かが、おかしいです」

「そうみたい。それが能力の後遺症か…か。それは分からないけど」

 

 

だけど、なぜ。

なぜ、カナは私の異常を事前に察知できたのか?

 

カナは立ち上がり、部屋の入り口に歩いていく。

鏡に映るその顔は浮かない。それでも、こちらに振り返る前に、不安にさせまいと笑顔を作ってくれている。

 

 

「今はチュラちゃんに譲るわ。明日は体を引きずってでも学校に行くでしょう?夜ご飯までもう少し休んでいなさい」

「夕方、だったんですか」

 

 

カーテンの隙間から入る外の光はまだ明るい。

あの窓枠の向こうには、皆がいつもの日常の中にいるんだろう。

 

(早く、会いたい)

 

 

【でも今は、眠い……なぁ】

 

 

「もう少し休む……心配してくれてありがとな、カナ」

「ええ、お休み。キンジ」

 

 

――頭の中に誰かの声が聞こえた気がした。

一瞬、夢の中のクロかと思ったが、そんなわけないよな。睡眠期が明けたばかりの俺はヒステリア・フェロモーネを使えない。

幻聴が聞こえるほど疲れてるんだろうか。

 

ベットに横になり…って、ちょっと待て。こいつチュラはどうするんだ?

 

 

「なあ、カナ」

「ずっと泣いていたの。大目に見てあげるから、キンジも優しくしてあげるのよ?……分かってると思うけど、子供に手を出したら……」

「分かった、分かったから。その構えを止めてくれ」

 

 

上半身の片側を軽く引き、掌底の構えをしたカナを慌てて止める。

あれはトロヤの魔臓を止めた、羅刹とか言う一撃必殺の構えだ。止めなきゃ俺の心臓が止められちまう。

 

チュラに優しくしろ、だそうだ。

いいだろう、いつぞやピッツァを食いに行った日と一緒だ。相棒はバックツーバックで勘弁してください。

 

 

「キンジ?」

「いいだろ、それとも抱き枕にしろってのか?」

「ううん、そのままでいいわ。1つ聞きたいの」

「……なんだ?」

 

チュラに背を向けた俺に与えられた、なんてことない質問。

日常会話の様にカナは尋ねてきた。

 

「セルヴィーレという単語に聞き覚えは?」

「そんなの………聞いたこともないぞ」

「そう、ならいいわ。お休みなさい」

「?」

 

 

カナの最後の言葉は良く分からなかったが、明日からはまた学校なのだ。

ゆっくり休まないと、あいつらと仲良く……いや、あいつらに振り回されるからな。

 

電気を消し目を閉じた。

もう、恐ろしい夢を見ることは無い。

 

 

俺の首裏からは、生前埋葬ベリアリナライブ

 

 

 

銀の棺に包まれた安全な土の中から、生身のまま危険が蔓延る地上へと放り出された。それが意味するものは……

 

 

紫の果実、緑の葉を付けた赤茶の木の枝が。

 

黒と金の世界を求めて。

 

 

 

 

その窓を叩くのだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

朝、大慌てでを行う。

面倒なこの作業も、少しでもウィッグが傾いていると、気になって仕方がない。

当初、30分も40分も掛かっていたのに、今日日、10分と掛からなくなった。頑張れば5分切ることも可能では無いだろうか?

 

(誰にも自慢できない、我ながら何とも虚しい特技だ……)

 

昨晩は俺、カナ、チュラの3人で夕飯をとったのだが、「チュラが知っているならこのままでもいいだろ」と、女装をせずに過ごしていた。

結局、チュラは寮には帰らず、家で泊って行く事になり、夜遅くまで3人で話してたり、ゲームやら勉強会やらをしている内に寝てしまったみたいだ。

 

 

「クロちゃん、遅刻するよ」

「俺はまだキンジだ、それにあの学校で遅刻なんてそうそうしない」

「それならいいけど、みんなと話す時間が減っちゃうよ?」

「……」

 

 

(なんでなんだろうな、ワクワクするのは。学校に行ったって会うのは女子ばっかだってのに)

 

そんな事を考えて、シリコン入りのボディスキンを着込むのは……考えるなキンジ、死にたいのか!

 

カナが最初に用意してくれた、高級で、質感のリアルなこの肌着は……

 

(桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり!桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり!桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜ありッ!)

 

頭の中で早口言葉をリピートする。

 

(うおおおおおおぉぉぉぉぉ!キツツキ木突き中きつく木に頭突きし傷つき気絶し木突き続けられず!キツツキ木突き中きつく木に頭突きし傷つき気絶し木突き続けられず…)

 

「終わったァッ!」

 

ここからは自殺の名所とも言っていいだろう。

自分の現在状況を一切関知することなく、何も考えず、感じず。動かせッ、腕を!着込めッ、制服を!

 

(うおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおお!!今日の狂言師が京から今日来て狂言を今日して京の故郷へ今日帰る!今日の狂言師が京から今日来て狂言を今日して京の故郷へ今日帰る!今日の狂言師が京から今日来て狂言を今日して京の故郷へ今日帰るッ!)

 

 

シュッ、シュッ。

 

 

命がけの変装劇も、ラストはなんとも締まらない効果音で終了し、黄金の花の香りが鼻腔をくすぐる。

それを合図に、ゆっくりと、目を……開ける。

 

 

 

ドクン……ッ!

 

 

 

来たぞ。1週間ぶりだ。

精々健全で安全な学校生活を送ってくれよ。俺の為に。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

うーんっ!

久し振りの外は良い物です!

 

1週間の眠りから目覚め、カナに心配されながらも、楽しい1日が始まるんですね!

天気が曇りなのは頂けないですが、そんなの関係ないよ!

 

 

朝からテンションMAXなのは言うまでもない。

チュラと一緒に家を出てから、ずっとワクワクが止まらなかったのだ。

 

(まずはクラスに顔を出してー、一菜とフィオナ、パオラとパトリツィアに会わないと。朝の内にクラーラとガイアにも会いたいし、お昼になったらベレッタの所に行かないとね)

 

誰と会って、何を話すか。

それが今日1日でやることだ。のんびりは出来そうにない。

 

(……ほんとは、もっと知りたいこともあるんだけど)

 

記憶の混濁。

それが残っているらしい。

 

自分でも分かっていないのだから、少しずつ摺り合わせていくしかない。

 

思い出話を楽しみながら、ちょっとずつで良いんだ。

何も怖がることは無い。

 

 

戦姉おねえちゃん、笑おー?」

「いいですよ、渾身の笑顔を見せてあげます!」

 

だって、皆がそばにいてくれるから。

 

「行きますよ……せーのっ!」

 

「「ニィ~~!」」

 

 

(プフッ!なーにその顔、変顔じゃないか!)

 

 

「チュラさんッ……くふっ!わ、笑わせないで、くださいよ」

戦姉おねえちゃんのマネー」

 

 

(あ、あんだってー!?)

 

 

「待って!私はそんな顔していません!」

「ホントだよー」

「くっ……」

 

 

最近のチュラは、どんどん人間らしくなってきた。

私の顔をずっと見ているからかな、僅かばかり生意気な所も、私に似ているとでもいうのだろうか?

 

 

「チュラさんッ!」

「えへへー」

 

 

自然な笑みを浮かべながら、腕に絡みつく。

いくら可愛い戦妹だからって、そんなんじゃ誤魔化されないんですからね!

 

 

「チュラは、嬉しいんだー」

「何がですか?」

 

 

まだ、話し方がたまーにパトリツィアに似ている時があるけど、笑っている時間が増えた。

からしてみれば、そっちの方がチュラらしい。

 

 

戦姉おねえちゃんが、やっとから」

「私が、1人?」

 

 

チュラは更に身を寄せてくる。

その視線は背後に向いていて、どこを見ているのかまでは分からない。

 

 

「それに、戦姉おねえちゃんは、よりもを選んでくれたんだもん!チュラが絶対に守るからねー」

「うーん、あなたの言う事はいつも分かり辛いですよ」

 

 

今に始まったことじゃない。

出会った頃から、彼女の言葉は理解出来ない物の方が多いのだ。

 

もう学校に着くし、チュラとはここでお別れして、各々の生活をしよう。

 

 

「チュラさん、また放課後に会いましょう」

戦姉おねえちゃん……気を付けてね?もうすぐ、箱庭が始まるから」

「……箱庭」

 

 

初めて聞く単語ではない。

トロヤもヴィオラも話していた。

 

その内容は聞いていないが、関わっている人物からして碌な物では無いだろう。

 

 

戦姉おねえちゃんは、もう悪魔に庇護されてないから」

「チュラ、さん?」

 

 

確認を取るように、事実のみを述べるような喋り方だ。

 

(悪魔の庇護……)

 

首の裏、チュラはそこを見ていたんだ。

消えた、消してもらったのだ。勝利の報酬として、挙げていた通りに。

 

 

「おーいっ!クロちゃーん!」

 

 

元気いっぱいな、少女の声が聞こえる。

 

丁度、登校中の一菜と出くわしたみたいだ。

 

 

「一菜さん!おはようございます」

「おっはよー!おお、チュラちゃんも一緒だったのかー。安心安心」

「一菜、おはよー」

「あっれー?あたし、まだお姉ちゃんには昇格出来ないのかなぁ」

 

 

貞淑さが足りない。

 

 

黄味が戻りつつあるダークブラウンのポニーテールは、予備があったのか、前と同じ白いリボンでまとめ直され、キツく吊ったカフェラテの瞳が緩められた元気印の表情も、一段と輝いている。

 

……っていうか。

 

 

「一菜さん、なんであなたも抱き着いて来るんですか?」

「いいじゃん、減るものでもないでしょ?」

 

 

空いていた右腕側を、例の一菜力いちなりきでガッチリホールドされる。

ちょっとだけ、不機嫌そう?

 

 

「一菜、手を放してー」

「うっ……。チュラちゃんこそ離さないと、クロちゃんが教室に行けないよー」

「2人とも離してください。チュラさん、一菜さんの顔を見ないで……馬鹿力が……両腕が、と、とれる……」

 

 

一菜力(バカ力)VS一チュラ力(馬鹿力コピー)。

 

その結末は、おそらくスプラッター映画の如くだ。

 

 

ざわざわ……

 

 

「あれって、2年のクロか?」

「あ、掲示板に載ってたー。クロさん快復したんだね」

「復活だ!俺たちのクロ様が復活なされたぞ!」

 

パシャッ

 

「とりあえず、第一報挙げとこー」

「両手に花だ」

「いや、真ん中も花だぞ」

「継枝か」

 

「修羅場っぽいよな」

「あらあら、二股の人間関係ね」

「クロ様って子供っぽい娘が好きなのかなー」

 

「同性愛は尊い…」

「男嫌いって噂もあるし」

「何て凶悪な花喰花なんだッ!」

 

 

(ああああああ!!)

 

なんで!なんなの!なんでなの!

 

学校に来て早々、校舎に入った直後には心身ともに限界なんですけどッ!

 

 

 

――スイッチON。

 

 

 

「"この、あほんだらがーッ!"」

「"なんであたしだけーッ!?"」

 

 

ゴッチィインッ!

 

 

我が頭突きによって、一撃の下に沈む。

 

バカモノは去った。さて、左はどうかな?

 

 

戦姉おねえちゃんまたねー!」

 

 

危険を察知、即退散。

チュラはバイバーイと手を振ると、一目散に駆けていく。

それでいい、犠牲は彼女1人で十分だ。

 

 

空いた両腕で、目を回した一菜を近くのソファーに眠らせた。

御守りを返すのは目を覚ましてからにしよう。

 

 

止まない野次馬の囁き声を無視してその場を去る。

教室へと歩く、その犠牲は……なんともしょうもないものだった……

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「あ、クロさん!」

「本当にクロさんですね」

「心配したぞ、クロ」

 

 

教室の中には、パオラを中心として幼馴染の3人組が集まって同じ携帯を覗いていた。

ほっとした顔のパオラに続いて、クラーラが視線を寄越して一言。携帯の持ち主であるガイアは腰に手を当てて爽やかに笑っている。

どうしてかな、2人は別のクラスだよね。

 

 

「どうしてここに揃っているんですか?」

「クロ、たまには情報収集しとけよ?」

「病み上がりの友人にご挨拶をとこの教室に集まったんです。有名人は大変ですね」

「クロさん……一菜さんとのは、その、知っていましたが、戦妹に手を出すのは……」

 

 

酷い誤解だ。

知ってたって何?何を知ってたのさ!

 

情報収集とはその携帯画面に映っているであろう校内掲示板がソース元だな?

あの犯罪紛いのプライバシー侵害チャットに、復帰した私の書き込みが上がるのは時間の問題だと思っていたが。

 

 

「ガイアさん!私にも見せてください!」

「いいぞ。ほら、見てみろ」

 

ガイアは簡単に言ってくれたが、現実を受け止めるのは全くもって容易ではなかった。

新規スレッドの秒間書き込み件数がヤバい。写真の枚数がヤバい。こんだけアクセスが殺到したらサーバーが落ちるんじゃなかろうか。てか落ちろ。

 

さらに内容を見ていくと――

 

 

『本日復活!クロ様の登校風景』

 

この写真、学校よりかなり手前で撮られてるぞ……

だから玄関にあんなに人がいたのか!

 

 

『クロちゃん快復だってー!微笑ましい1枚を♡』

 

全然微笑ましくないから!

両腕を万力に挟まれた真ん中の人、悶えてるじゃん!痛そうだよ、痛かったよ!

 

 

『ここはパライゾか?夢なら覚めないでくれ!』

 

同時にアップされた同じ写真だぁ!

どこが天国なんじゃ!この場面は引き裂き地獄だったでしょ!?

あんたはもう起きてくんな!一生床で夢でも見てろ!

 

 

『うわ、やっばぃ!公衆の面前で愛の囁き、キッス勃発!?』

 

してねぇぇぇええ!!

角度が、角度が悪い!頭突きしただけじゃんか!

日本語聞き取れないからって、勝手に愛の囁きとか言ってんじゃないよッ!

 

 

『あまりの刺激に気を失う生徒、手厚い看護で幸せを噛み締める…!』

 

ポイ捨てだったよ!?

保健室にすら運んでないし。

前半部分しか合ってないから!一菜が噛み締めたのは臍だから!

 

 

――こんな感じの書き込みが延々と続いている。現在進行形で。

 

 

「……パオラさん、クラーラさん、ガイアさん。まさか、信じてませんよね……?」

 

念の為。本当に念の為、親愛なる友人達の認識を尋ねる。

 

「パオラを守ってやらねーとな」

「違います!私に小っちゃい子好き趣味はありません!」

「クロさん、否定する場所が違います」

「ち、小っちゃい子……」

 

ガイアの悪ノリにすかさず反論する。

小っちゃい子という言葉にショックを受けるパオラには申し訳ないが、私はそういう誤解を大勢の人間に与えているそうなので、強く否定しないといけないのだ。

 

「じゃあ、誰でもいいのか?」

「え?言い方が悪くないですか?ええと……確かに年上は苦手ですが……」

「なら、私達も気を付けなくてはいけませんね」

「ち、ちがっ……!」

 

 

(くっそぉ、完全にからかわれてる…)

 

疑惑の眼差しを向けるパオラも信じ掛けてる感じだし、早めに情報規制をしないとBENEいいね!の数がヤバすぎる。

 

 

「パ、パトリツィアはどこか分かりますか?」

「誤魔化しましたね」

「パトリツィアなら……探偵科か?あいつに借りを作り過ぎんなよ?」

「もしかしたら第七装備科7°ARかもしれませんよ」

「最近のパティは、見ているとモヤモヤします。何か企んでいますよ……尤も怪しいのは前からですが」

 

 

探偵科棟か第七装備科だな。

両方回る時間は無いか。

 

第七装備科は昼休みに行く予定があったので、探偵科棟の方にお邪魔してみようか。

もし、パトリツィアが第七装備科の方にいたとしても、今は行かない。

入学して一月も経たない内に分かったが、が揃うと質問攻めになって面倒なのだ。

 

 

「ありがとうございました。ちょっと探してきます」

「クロさん!病み上がりなんですから、程々に」

「はい!気を付けます」

「そうだ、アリーシャも会いたがってたぞ」

「そうなんですか、ついでに鑑識科にも顔を出しますね」

「授業に遅れないように」

 

 

ヒルダの件もある。3人組とはまた後でゆっくり話そう。

急がないと、色々と手遅れになる。もう遅い気もするが、やらないよりはマシだ。

校舎を駆けている間も、周囲の目は痛い。たまに熱い視線も感じるが、熱が痛みを増すだけだ。

 

(一菜、絶許ぜったいゆるさないです)

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

探偵科棟に辿り着き、こそこそと侵入する。

私が情報操作を依頼することは間々あるが、誰かに見られるのは不都合だ。

 

知っている人間は最小限にしたい。

パトリツィアは情報科の繋がりや、諜報科の戦妹に依頼し、格安で情報規制をしているが、知ってしまった人間に対するアフターフォローは安くないのだ。

文字通り、桁が変わってしまう。

 

相場が難しいこの業界では、吹っ掛けられても気付かないし、他に当てがなければ受け入れる他ない。

何よりも信頼度が違うのだ。

 

 

「どこだろう」

 

 

(あまり広くはないし、しらみつぶしに回ろうか)

 

そう思って最初に訪れたのがここ――

 

 

「あら!クロ様!掲示板で拝見いたしましたわ。お元気そうで何よりです」

 

 

(ここにも1BENEが1人……)

 

カフェテリアにはアリーシャと先輩同輩を含んだ数人のグループが、朝から甘い匂いを立ち昇らせて、カフェラテを楽しんでいた。

……それは朝食なのか、クッキーやビスケット、オリーブだけが掛かったフォカッチャが並んでいる。

 

 

「アリーシャさん、パトリツィアさんは一緒じゃないんですか?」

「お姉さまでしたら、ベレッタ様との定期こ……なんでもありませんわ」

「……周りに人の目があるから、気を付けてね、アリーシャ」

 

 

一瞬でスイッチが入った。

それだけ、彼女の本性は私の中で危険人物トラウマなのだ。

 

 

「も、申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ、睨み付けちゃって」

 

 

張り詰めた緊張感を緩めていく。

先輩の中には銃に手を掛けている人もいたね。

私も大分、こういうのに慣れて来たんだと改めて思う。

 

 

「アリーシャさんからも事件の結末を聞きたいんです。あの日、屋上はどうなったんですか?」

「ええ、そうでしたわ。お会い出来たらご報告をと、思っておりましたの」

 

 

彼女は調理科の生徒に笑顔を向けて合図を出し、話し始めた。

最初は当たり障りの無いようなものから。

 

テーブルに甘さ控えめなカプチーノと、クリームの入っていないカンノーロが運ばれてくる。

それが彼女たちの決まりなのだろう、同じテーブルに掛けていた生徒たちは、ごくごく自然な流れでカフェを後にしていった。

お支払いは残った人間が、協力料的に行うシステムなのだろう。

 

遂に本題へと踏み込むアリーシャは、談笑の時の微笑みが鳴りを潜め、油断なく周囲を窺い立てた。

 

 

「では、クロ様。これから話すことは全てが秘密です」

「はい、お願いします」

 

 







クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございました!


やっぱりクロちゃんには日常の生活がお似合いですね。
まあ、一刻の休息なんですがねぇ…

誰との掛け合いが一番いいんでしょうか?
個人的にはやっぱり同学年グループが面白いのかな、と思ってます。