まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹 不可視1発目 空白塗の三姉妹

 これはアリーシャがクロに話さなかった、言うなればクロの知り得ないストーリーなので、不可視と銘打っております。

一貫してアリーシャ目線で語られるパトリツィア救出作戦。

 

 


不可視1発目 空白塗の三姉妹ノーフェイス・ノーバディ

 

 

「クラーラ様! お姉さまが見つかりましたのっ!?」

 

校内の情報科棟。誰もいない廊下で声を張り上げた。

通信機を通して達される待望の報告が、私の青い目を輝かせる。

 

より一層の望みを得る為に、詳細を欲した私は問いを続けた。

必死ゆえの割入りをクラーラ様は咎める事なく、冷静に情報を並べてくれる。

 

 

『落ち着いてください、アリーシャさん。パトリツィアさんの無事は確認され、現在ニコーレさんの班が潜入を行っています。その後の報告で、ファビオラさんも援護に駆け付ける予定ですので、問題ないでしょう』

「……ッ! ファビオラ様が……?」

 

 

お姉さまの無事に高まった気持ちが冷たく凍り付く。

大きな喜びは小さな疑心をありありと浮かび上がらせた。

 

心臓が止まるかと思った。

そのお名前を聞くとは思っていなかったから。

 

『……深くは聞きませんが、警戒する必要があるのですか?』

 

驚きの感情もそうだが、それ以上に警戒を促すような反応も表に出てしまっていたらしい。

チームメイトの名を出せば安心すると思っての追加情報なのだろう。

それなのに私の呟きはクラーラ様へ、協力者に対しての否定的な印象を与えたようだった。

 

「いえ……その方なら心配はいらないと、思っただけですわ」

『分かりました。また折に、連絡します』

「よろしくお願いいたします」

 

なぜ、いるのか?

彼女が地下教会に行って以来、話に聞いたことも無かったのに。

 

 

 

――なぜ、このタイミングなのか?

 

 

――何が、目的なのか?

 

 

 

「お姉さま……」

 

 

あの方が動いた。

人喰花のメンバーが。

  

私の感性では彼女の考動理念には及ばない。

しかし、その理由は限られるだろう。

 

(お姉さまのお身体が危ないッ!)

 

  

「一体……どなたにご依頼すれば……」

 

  

ファビオラ様は何よりも戦闘能力に重点を置いていたお姉さまのお気に入りだった。

  

実力の劣る者に自ら声を掛ける事はなく、敵意を向ける相手には容赦がない。

そんなお姉さまが彼女をそばに置き、あまつさえ仮チームまで組んでいる。

 

真っ先に期待を寄せたクロ様は、仕組まれたように正反対の目的地に向かってしまった。

他に、ファビオラ様に対抗できそうな方は……

 

 

「おねーさまっ!」

「キャッ!」

 

 

突如、廊下の窓から眺めていた外の景色が塗り潰され、視界が青のモノクロームに覆われる。さらに驚く間もなく後ろから両腕で強めに抱き着かれた。

 

無遠慮にウエストを巻く華奢な腕、背中を叩く小さな頭。

私をお姉さまと呼ぶ存在は1人しかいない。

 

 

「スパッツィア? ビックリさせないで」

「おねえさまが隙だらけだったから」

 

 

こんなことで驚いていてはいけない。

……お、驚いてなんていませんわよ。

 

 

「こんな時間にまだ学校にいたの?」

「むー……。たまにはいいの! おねーさま達だけ自由なんだもん! 芸術にも自由な画風が必要なのーっ!」

 

 

初等部の防弾服、お揃いであるフリルがあしらわれた薄桃色のソックスが脚を覆い、マリーゴールドの髪色とブルーの瞳は、私達3姉妹に共通する特徴だ。

少し吊り目な私とお姉さまに比べ、スパッツィアはちょっとだけタレ気味で、いつも悪戯っぽい笑顔を向けてくれる……私達だけには。

 

左目を隠すように、前髪の左半分だけを長く伸ばして斜めに切り揃え、頭の上部、その左右にふわふわな髪を無造作に結んでいる。

 

 

「連絡は取った?ここにいることは誰かが知っているの?」

「ううう、おねえさまはいつも質問ばっかり! もっとお話ししようよ! お話はたのしいんだよ! 芸術はみんなからひょうかされて初めてかちができるの!」

 

 

胸に手を当てて一生懸命に芸術の価値を訴える妹の姿は微笑ましいものだ。

実際、その表現力は確かな実績を手にするまでに至った。

 

けれど制作に打ち込む彼女はのめり込み、芸術、芸術と、そればかりを考えている。

芯が固くて実直で、周囲との歪みが不安定さを生む。本当に昔のお姉さまみたいだ。

 

 

「ごめんね、スパッツィア。後で一緒にお話ししましょう? 今は……忙しいの」

「芸術よりたいせつなもの?」

「そうなの、芸術よりも大切なもの」

「…………ないよ」

 

ムキになって怒るところは、小さい頃から変わらないとお姉さまは言うが――

 

「ほら、お父さまが心配するわ、急いでかえ……」

 

――壊れているんだ。この子は。

 

「あんなやつ! しらねーよ!」

 

お父さまは、与え過ぎたのだ。

この子に、大きな、力を。

 

「スパッツィアっ!」

「かってに心配してればいい! げーじゅつもわかんねー奴には、なに言ってもむだなんだよ!」

 

私達は作品だ。

人間の作り出した、を糧に結び付く超常の力。

 

完成したその力は、生まれたばかりだったスパッツィアも含め、私達全員に与えられた。

当時5才のパトリツィアお姉さまには50%の濃度で。

私は25%、スパッツィアに至っては75%で、それぞれの体内に、実験的に投与されたのだ。

 

……いや、実験的ではないのだろう。

これが失敗すれば、とっくに会社は裏側から潰され、この力の源も色々な者たちに奪われていた。

 

私達は一縷の望みを掛けて、生み出された芸術作品。

キャンバスから現実世界へと生を受けた、人工の疑似的

 

 

2年間。3人とも、1人も欠けることなく、その力は定着していった。 

でも、パトリツィアお姉さまは、7才になった日に、欠け始める。

 

思い出すことを躊躇うほど、空っぽが溢れる空間。

全てがそのままに、部屋は空白で作り替えられた。

 

脚の無いテーブル、半分だけ背もたれの無い椅子、空中に浮く電球、長針と奇数の無い時計、左目だけがない歌唱隊の人形達、窓枠の無い窓、ドアノブの無い扉。

あらゆるものが欠如する部屋には、欠けた主がいた。

 

悍ましい笑顔を浮かべて、左腕にいくつも開けられた穴を満足そうに見つめる、左目の無いお姉さま。

右手に持つ鏡は、何も映していない。ただ光を素通りさせていた。

 

 

今ならこの不可解な現象、その正体は分かっている。

 

 

『空疎』だ。

 

 

 

「……」

 

濃度の一番低かった私は、他の2人よりも正常な理性を獲得していた。

だから、目の前の光景を理解できず、この部屋を元に戻そうと、お姉さまに近付きかけて……止めた。

 

床がない。

近付こうにも、私には飛び越えられなかった。

 

――その空白が……お姉さまとの距離が、途方もなく遠かったから。

 

私は妹の制御棒として育てられていた。

お父さまは、異常な存在にしか従える事のできないこの力を、同じ力を持つ者で従えようとしていたのだ。

 

お姉さまを止めなければいけない。

人工の力は、人工の力によって破壊される。

 

偶然聞いてしまったのだ。

私達は互いを助け合う存在ではなく、互いを牽制し合う存在だと。

 

 

お姉さまの理性と力の前に、私は勝つことは出来ない。

単純に2倍以上の能力の開きがあるのだ。

 

私の理性の前に、希薄な理性しか持たない妹は従順になった。

たった25%の力しか持っていなくても、彼女は私をの仲間だと認識する。

 

妹の圧倒的な力の前に、お姉さまはしきれない。

力の差は歴然だ。今も、私がお姉さまを止めろと命令すれば、2才の妹は姉を消しに掛かるだろう。

そして、それは2人の力を合わせれば成功し得る。

 

 

「お姉さま……」

 

そんな事はさせない。

大切な家族を、得体のしれない力に奪わせたりしない!

 

そう考えた時、より一層、お姉様との距離が開いた気がした。

手の届かない高空に彼女が攫われてしまうと、感情がざわついた。

 

 

「『アリーシャ、あなたは今、何を考えていた?』」

 

 

視線を左腕から私に移し、不機嫌そうな声色で、"誰かが"話し掛けて来る。

 

その姿に変化はない。

この時、初めて人工の力に人並み以上の理性があることが発覚した。

 

 

――乗っ取られた、何者かに。

 

 

「パトリツィア……おねえさま……?」

 

隣から聞こえる声は、天使を見た修道女の如く。

魅せられている。

 

彼女もまた、心が奪われかけている。

 

「スパッツィア……!」

「すごいよ、げいじゅつ! これも! あの時計も! ねえ、そのうでの穴はどうやって開けたの? いたい? きもちいい? おしえて! おねえさま!」

 

 

駆け出していった、その後ろ姿は 自由を手 に入れ た小鳥の様 に。

欠け落ちていった、その床を 家 具を 部屋を空 間を。

掛け併せていった、その芸術 と自分 の 求める 完成 形を 。

 

「止まりなさい、スパッツィア!」

「おねえさまも早くきてよ! すっごくきれいなの! おもしろいの! ほら、あの花びん! 花びらだけが浮かんでる!」

 

制御が切られてる。

当然、制御に使っていた能力も人工の力。

 

何者かは、私達3姉妹を、思い通りに動かせる。

きっとそれは何時でも出来た。それを敢えてこの日を選んだ理由は……

 

 

「『アリーシャ、こちらに来るといい。あなたたちは姉妹。今日はパトリツィアの……いえ、あなた達全員の再誕日になるんだ』」

 

 

このままでは、全員、虜にされる!

 

彼女達の語る芸術は、少なからず私の心にも響いている。

同じ血を分け、同じ力を持ち、同じ種族に生まれ変わる存在として。

 

その気持ちが、その素晴らしさが、その秘めたる美しさと感動が。

分からない訳がないのだ。

 

 

「『宣言しよう。パトリツィア・フォンターナ、アリーシャ・フォンターナ、スパッツィア・フォンターナ、永遠の刻限に、空白に染まれ、愛しき我が使途達よ!』」

 

 

真っ白に染まる世界。

ああ、終わったんだな、と思った。

 

私達は暴走して、世界のあちこちに芸術を残すだろう。

でも人間だから、どこかで野垂れ死んで。

 

「たす、け……て――」

 

私達もまた空白の中に消えていく。

自分が自分でいられる最期の声があまりにも情けないなと、後悔する暇も無くて。

 

 

 

「 リー ャお えさ !」

 

 

 

最後の最後に、背中が見えた。

 

空白の光を遮ったその背中は。

床に落ちている鏡とは違っていて、光を通さずにした。

 

でも、光は凄く強くて、その小さな背中は……

 

 

 


 

 

 

『アリーシャさん』

「く、クラーラ様、です……の?」

 

待ちに待った連絡が入る。

だが、期待よりも不安が大きい。だって彼女が動いていると聞いていたから。

 

『どうしましたか? 具合が悪そうですが』

「なんでも、ありませんわ。報告を、お願い……しますの」

『……はい。ニコーレさんの班は無事にパトリツィアさんの救出を成功させました。アリーシャさんが心配なさっていた、ファビオラさんに付きましては、任務の終了を伝えておきましたので』

「あり、がとう、ございましたわ」

 

そうか、お姉さまは無事だったのか。

痛む脚も、その吉報により、格段に楽になった気がした。

 

『今はどちらに?』

「……校舎、からは、動いていま……せんわ」

『無理をせずに、救護科に行って下さいね。治療道具くらいなら置いてあるはずですから』

「お気遣い、感謝、いたします……」

 

その気持ちだけで十分だ。

どうせこの傷を治すことは叶わない。

 

「おねえさま、ごめんなさい、わたしのせいで」

「いいのよ、あなたは、悪く……ないわ、スパッツィア」

 

右足を伸ばし座り込んだ私の隣で、お姉さまと同じ髪色、瞳の色をした少女が顔を伏せている。

数分前とは別人のように、その声は弱々しい。

 

「スパッツィア、芸術はあなたの物。でも、あなたは芸術の物ではないの」

「……うん」

「筆を奪い返しなさい。例え、筆を絵画の中に持ち去られたとしても、その筆を手放してはいけないわ」

「……はい」

「自分の描きたいモノだけを描くの。あなたの絵は評価されるためにある訳じゃない、あなたが好きだから存在するのよ」

「でも……」

「何を恐れているの? あなたの絵は……私達姉妹の中で、一番綺麗なのに」

「そ、そんなことない! おねえさま達の絵のほうが、ずっと芸術的だよ!」

「あなた程、自分の気持ちに、素直に向き合えないわ。あなたの気持ちに、あなたの作品は応えてくれる」

「ううう」

 

この照れた表情も懐かしいな。お姉さまにそっくりだ。

以前、お姉さまが描いていた……これは言ったら怒られてしまいますわ。

 

「お帰りなさい、スパッツィア。あなたの大好きな、あのお部屋へ」

「…………分かりました、おねえさま」

 

悲しそうな顔で去っていく妹を、胸を突き刺す痛みに耐えながら見送る。

我ながら、最低な事をしている自覚はあるのだ。

 

(どちらかが死ぬまで、続くのでしょうね……)

 

制御の方法は3つある。

今使ったのは、共鳴による意図的な弱い暴走。

 

彼女の気持ちを無理やり荒立たせて、思考を負の方向に傾かせる。

今回使ったのは"芸術よりも大切なもの"という言葉と、彼女が大嫌いな"お父さま"という単語。

 

たったその2つの単語で彼女の思考はオーバーフローし始める。

これだけならまだ押さえが効くが、加えて力の共鳴により弱い暴走を促した。

 

その最初の一撃は、私が力を発した左脚に向けられ、放たれる。

 

 

直後、彼女は気付く、仲間を傷付けたと。

 

弱い暴走はその事実を知ったショックで簡単に解けた。

青ざめる、妹に。私は……

 

 

『いいのよ、あなたは、悪く……ないわ、スパッツィア』

 

 

詐欺師の様に、彼女を騙した。

何度も何度も繰り返す内に、今では顔色1つ変えることもない。

 

そして、罪悪感でくずおれそうな心に付け込んで、いいなりにする。

命令をして、ただ、従わせるだけ。

 

これが最も犠牲の少ない制御方法であり、穏便に済ませる唯一の手段。

 

ただ、私が慣れていくのとは反比例して、妹の理性が欠けていく気がする。

力の無い私には……どうしようもない。

 

 

願うのは、ただ――

 

 

 

――私達を従えられる存在が、本当に実在する事だけだ。

 

 

 

 

消えてしまった左脚を、

空白から少しずつ、私の脚が姿を現し始めた。

 

「ッ!」

 

重要なのはイメージ、ここに何があったか。

それはどんな生物も無機物も、液体も気体も、潜在的に記憶している。

 

私の脚が消えた場所には、同時に空気も微生物も存在しない。

その空白を感覚的に捉えることが出来れば、絶対に死ぬことはなし体に傷が残ることもない、実は無害な攻撃なのだ。

 

これは、あの欠けていた部屋のテーブルや電球を、予め見ていたから思いついたもので。

無いはずの脚に支えられたテーブルは、きっと自分の脚を認識していた。

宙に浮いた電球は、自分の笠を、シーリングを、レセプタクルを空白に飲まれてもその場に留まった。

 

焼けるような痛み、刺すような痛みは、音響・運動・色彩を用いたトリック。

それを感じる事が無い無機物は、トリックに惑わされることもなく、周囲の生き物を騙す有能な助手になるのだ。

 

だから、伝える。

自分と相手に、これから起きる事を、事細かく宣言する。

 

理解できるように、確実に誤認させるために。

周囲を自分が作り出した、4次元のキャンバスに招待する。

 

『空白』という名は総称だ。

 

様々なトリックで、手を変え品を変え、必ず何かが相手を騙す。

私達の能力の根底は『空に浮かぶ白い雲をもつかむ嘘』だ。

 

それを昇華させたお姉さまの技は、その限りではないのだろうけど……

 

 

「……よし、治りましたわ」

 

スパッツィアの能力は確かに高い。

だが、力の扱いに関しては私の方に一日の長がある。

 

(姉として、まだ、負けるわけにはいけませんもの!)

 

 

~~♪

 

 

電話だ。

通信機を使わないという事は、今回の任務に関わっていない誰か。

 

「……クロ様?」

 

なぜ?

彼女は通信機を受け取っていたはず。

お姉さまと反対方向を捜索していたのに、、何かに巻き込まれたのだろうか?

 

「はい、アリーシャ・フォンターナですわ」

「アリーシャ、まだ学校にいますか?」

 

クロ様の声で間違いない。

やはり、何かに巻き込まれたのだろう。通信機を介さないその質問は私への依頼があるからだと考えられる。

 

難事の予感は拭えないが、彼女が他人を頼るなどそう多くない。

私だけに相談を持ち掛けた事実に少しだけ充足感を覚える。

 

 

「ええ、移動しておりませんわ」

「実は、お仕事をお願いしたいのです」

「……仕事……ですの?」

 

 

任務の依頼ではなく、仕事。

それは私達姉妹の本性を知る者が軽々しく出していい言葉ではない。 

 

クロ様がもし、その意味を知っているのであれば。

つまりは……そういう事になる。

 

  

「一体、どのようなものでしょう」

「……」

 

沈黙が続き…………10秒経つ。

 

「分かりましたわ、お聞きいたします。内容をどうぞ」

「……」

 

仕事内容を催促するが、またしても沈黙…………

正解だ。彼女はフォンターナの裏事情を少なからず知っている。

 

――一体、どこまで知っている? 

 

気持ちは急くが焦ってはいけない。

彼女の理解の深さを段階的に確かめればいいだけなのだ。

 

「……切りますわよ?」

「宣言が必要ですか?」

「できるものなら」

 

答えのない問答が始まる。

辿り着く答えは全部で2万7千通り。途中で選択肢以外の回答があれば辿り着く事さえない。

 

「芸術」

「違いますわ」

 

「鳥の囀り」

「足りませんわね」

 

「何が足りない?」

「4本ありますわ」

「1つも要らない」

 

「どちらを選びますの?」

「私は偶数を」

 

「その理由は?」

「知る必要などない」 

 

「傲慢ですわね」

「知る必要などない」

  

「横暴ですわね」

「知る必要などない」

 

「一にして全、全にして一」

「素晴らしき、武装

 

「……ッ!……何を見に来ましたの?」

「あなたの左目を」

 

 

信じられない。

認証されるべきこの回答は……深度5の内の1つ。私が独断で扱える最深部だ。

一言で言えば空白を含む、あらゆる能力の行使が認められる領域。 

 

私が知る限り、過去に1人しか出会った事がない。

かつて、全幅の信頼を預けていた私の希望。

 

 

「――あなたは何者ですの?」

「お久しぶりね、アリーシャ」

 

  

電話口のクロ様がそう言って親し気に笑う。

変声術?

この……声は!

 

 

ヴィオラ様、ですの……?」

「その通り! 覚えていてくれて嬉しいです」

 

 

脳裏に浮かぶのは、疑念と信頼。

矛盾した感情が、彼女との繋がりを持ったたる証。

 

 

「……! まさか、あの電話もッ! あなたは……お姉さまの事件に、どこまで関わっておりますの?」

「日の出から日没まで。泉に咲く3輪の花も、求めるままに浮かべただけですよ」

 

 

この喋り方も懐かしい。

聞いている側がどれほど追い詰められ、焦れていたとしても、彼女の話し方は変わらない。

遠回しで回りくどい、そしてどこか尊大さを出そうとして失敗している、探偵の卵。

 

彼女がコンタクトを取って来た。なら、私はすでに動かされている。

話を聞くべきではないが、もはや耳を背ける事は出来ない。彼女が存在を現した時には手遅れなのだ。

 

 

――彼女は確実に勝利を納める手札を揃えている。

 

 

「私は何も求めておりませんわよ?」

 

例え無意味でも、従うつもりはない意思を表明する。

しかし、ヴィオラ様の持ち出した情報は、崖際の意地ですらたちまち奪い去った。

  

 

「あなた達のご主人様が見つかった。そう聞いても、動かずにいられますか?」

「――ッ!?」

 

 

ご主人様――。

 

(それは他ならない、ヴィオラ様に教えていただいた、異常点と呼ばれる方の事!)

 

私達の異常な能力を御し、理性を与える存在。

あの頃はヴィオラ様も見付けられず苦労していたのに、必ず姿を現すと断言していた。

 

「私も、心配なんですよ。あなた達の運用は適用者のリスクが考慮されていない。暴走に関しての管理が杜撰すぎました」

 

私を利用する口実だったのかもしれないと思っていた。

だから今も、もしかしたら……

 

  

「し、信用しきれませんわッ! 大体、この事件の話はまだ終わっていませんわよ!」

「それはそうです。日没が来たら月が昇る、まだ事件は終わっていませんから」

「どういう意味ですの?」

「あなたのご主人さまを助けて欲しいんですよ。他ならない、あなたの手で」

  

助ける? 私が?

とてもじゃないが、無理だろう。

 

お姉さまやスパッツィアと違って、私には強い力はない。元々低かった能力は、吸血鬼によって奪われている。

いや、救われたとも言えるかもしれない。

 

「関わっていらっしゃるんですの? その、ご主人様も?」

 

彼女は少し笑った。

悪戯が成功した子供みたいに、口を押えて笑っているのが目に浮かぶようだ。

 

 

「あなたが呼んだじゃないですか」

「――えっ?」

 

 

私が……呼んだ。

真っ白なキャンバスにピースが散らかった。この中から探し出す、そう思った矢先に、ピタリと嵌るピースがある。

 

今まで気付かなかったのが不思議なくらい、納得した。

ずっといたのか、そこに。

 

「どうかな? 分かりました?」

 

彼女がまた笑っている。

不快感は感じないが、いくらか文句を付けたところでバチは当たるまい。

 

 

ヴィオラ様にしては、上手なヒントの出し方ですわね」

「余計なお世話です!」

 

 

ウズウズする。

居てもたってもいられなくなり、大事なことを確認しに掛かった。

 

ヴィオラ様、彼女を奪っても良いのかな?」

「おっ! 目の色、声の質が変わりましたね。パトリツィアさんそっくりです!」

「あなた程は変わらない。それで、私を動かす理由が聞きたい」

「……あなたも大変ですね。今は大人しくしておきましょう」

 

電話の先の彼女は、わざとらしくカップの音を立てた。

その一言、正式には言葉と額に走る電流のような刺激で我に返る。

 

(……ッ! 乗っ取られかけた……!)

 

私がご主人様を探しているように、私の力もまた、自身を扱える人間を求めている。

今や濃度が5%を切っている私ですらこの有様。お姉さま達には教えられない。

 

 

「申し訳ありません、取り乱しましたわ」

「いえ、いいんですよ。その反応が見られれば、十分ですから」

 

 

彼女が飲んでいる、淹れたてのアップルティーの甘酸っぱい香りが、金の縁取り以外に飾りのない真っ白なカップとソーサーが、口に広がるほのかな甘みと癖のない渋みが、喉を通って喫する感覚が。

 

温かい紅茶を楽しむ情報子が、心を落ち着けてくれる。

 

 

「優雅な音楽でも流しましょうか?」

「もう少し甘い方が好みですわね」

「では、次は砂糖を入れておきますよ」

「3つですわ」

「それは紅茶ではありません」

 

 

彼女との会話はいつもはぐらかされる。

今回は「まだ、奪うな」と言われ、動かす理由も、もう話すつもりが無いと考えて良い。

 

よくよく先を見据えるその思考は、極端すぎて理解出来ない物だ。

 

 

「ここから先は予想ですよ?」

「どうぞ、是非お聞かせ下さい」

 

 

虚脱感が増し、彼女の未来予想が始まる。

紙芝居的にへったくそな絵で作り出された予想図、その的中率は……驚異の0%。彼女の予想は絶対に外れ、当たった試しがない。

 

 

「まず、クロさんは今、吸血鬼に襲われていますが、単身これを退けます」

「ぶふっ!! ま、待って待ってッ! 待って下さいませッ!」

「何でしょうか?」

 

 

何でしょうか? ではない。

思いっきり吹いてしまった。紅茶を実際に飲んでいたら、大惨事だっただろう。

 

ビックリもした、むしろビックリしたのが大きな要因なのだが、頭に浮かぶ絵が酷過ぎる。

なんで吸血鬼の絵は頑張ったのに、クロ様は落書き(本人は真面目)のままなのだろうか。

 

 

「続き、いいですか?」

「ど、どうぞ」

 

 

正直、この紙芝居を最後まで聞く自信が無くなってきた。

下手な自覚はあるのだろう、ムッとしているのは完全に逆切れだと言い返したい。

 

 

「んんっ! そしたら、悪魔城に登ります」

「……はぁ」

 

 

これは何となく分かった。

五稜郭の公園、サンタンジェロ城だ。あれは聖天使城だけれども。この絵はプリン城だけども。

 

 

「屋上では各国のシェフが喧嘩をしていました」

「どのような理由で?」

 

 

……絵の中に黒い染みがある。

何の暗示だ?

 

彼女の予想は外れるが、必ず何かの仕掛けがある。

 

 

「良い質問です!クロさんも同じ質問をしました」

「……」

「シェフの1人はこう答えます『ダンスの相手が決まらない!』と」

「ダンス……」

「他のシェフは首を振って答えます『役者が足りないんだ!』と」

「役者……」

「最初のシェフがもう一度歩み出て、答えます『棺桶が足りない!』と」

「かん、おけ?」

「半分のシェフは『ああ、料理に戻らなきゃ!』と言って去り、残りの内半分のシェフは『ああ、料理に戻らなきゃ!』と言って去り、残りのシェフも『ああ、料理に戻らなきゃ!』と言って去りました」

「3つに別れて同じことをしている。そんなにはっきりと別れるんですのね」

「最後に、また最初のシェフがクルクルと回った後にこう尋ねます」

「……」

「『お前は誰だ?』と」

「クロ様は」

「そのシェフが犯人だったので、その場で捕まえました!」

「何と答えたんですの?」

「……聞かない方が良いですよ?」

「教えてくださいませ」

「『初めからそんな人間はいない』」

「……」

 

(棺桶以外は予測を立てましたが、どうするべき? 逃す訳にはいかないけれど、ヴィオラ様とは敵対したくないですわ)

 

「悩んでいますね?」

「当たり前ですわ」

「だったら、奪ってしまいましょう!」

「え……っ?」

 

(それは、彼女自身が否定していたはず!)

 

ウズウズが再発しそうで、その度に紅茶の香りが送られてくる。それも瀬戸際の抵抗にしかならない。

我慢の仮面が崩壊するのが私だけではなさそうだから。ヴィオラ様と私のは相性が悪い。

 

 

「今の状況は掴めたみたいですね」

「はい。ヴィオラ様は私が奪う事を問題視しない、つまり好都合なのですわ。私がクロ様を得ようとすればあなたが排除したい――1人の障害となる人物がいる。それがヴィオラ様の予想、ですのね」

 

 

彼女が示した深度は5。

私の全力を以て、この仕事を成し遂げよとの依頼だ。

同種族が立ち塞がる可能性も考慮しなければならない。

 

 

「いやー……。それが、私が見付けたのも偶然でして……出遅れてしまいました。あなたが彼女を奪うなら、2つの障害が待ち受けています」

「ッ!?」 

 

 

ヴィオラ様は私を利用してクロ様を動かした。クロ様に繋がる仲間が連動し、そのクロ様を使って、さらに私を動かす。これがサンタンジェロ城で巻き起こるクロ様に仕組まれた未来予想。

 

では、私の障害となる存在とは、果たしてクロ様を狙う者なのか?
それなら、犯人は私と同じ、異常点を求める者だということだ!

 

「この事件の犯人は……?」

 

彼女がにんまりと笑っている表情が、鏡に映って脳に送られてくる。

 

 

作り笑い。

来るぞ、彼女の答え合わせが。 

 

たぶん、私も、耐えられ、ない!

 

 

 

「"クキキキ……が……全部『白思金』の仕業だろ? なぁ、"」

 

「『"その下品な笑いを直せと。分からないのかな、?"』」

 

「"へっ、知るかよ! お前にやるもんはねーぞぉ? はアタシのもんだっ!"」

 

「『"今は預けておくよ。いずれ渡してもらう。今は少しでも駒が欲しいんだ"』」

 

「"門前払いだ、ぶぁっきゃろーがぁあッ!!"」

 

 

 

バチィッ!

 

 

 

「……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」

 

「……ヴィオラ、様」

 

 

繋がっていない、電話は過剰な情報子の熱暴走で破壊されている。

 

向かわなければ、サンタンジェロ城へ。

 

クロ様が出会うのは……を私から奪った存在。

 

 

 

を持った、銀の吸血鬼だ!

 

 



 

この事件に関わっていたのはヒルダとトロヤの組織だけではありません。

この事件に"真の被害者"はいなかった。

全ての人間に思惑があり目的があった為に、様々な場所でいざこざが発生しているのです。