まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹 不可視2発目 目睫の遥遠

どうも!

今回と次回とでアリーシャ回想編は終了!

では、始まります!




不可視2発目 目睫の遥遠ファー・クローズ・ユー

 

 

雨の降りしきる中、水のたまり場を避けて一台のバイクが走行していた。

絶え間なく水面を揺らす雫によって増水した川に掛かるガヴール橋を渡り切る。

穏やかな運転で走るそのバイクには2人の人間が乗っていて、その後部、運転手の背から伸びるタスキ型の防水性、弾力性が優れるナイロンベルトを握りしめた少女は、借り物のレインコートの中から外の景色を確認した後に、クイッと軽く帯を引いた。

 

床の一部が砕かれ、強い力でパイプフェンスが曲げられた公園の前でバイクは止まり、後ろに乗っていた少女が降車して、もう一度目的地を確認する。

その様子を運転手が不安そうな目で見つめていた。

 

 

「ここまでで良いですわ」

「あっ、うん。あの、後で…」

「ええ、お支払いは後日。こんな時間ですもの、多少は色を付けさせてもらいますわよ」

「えっ、うん。ご利用、ありがとう…。コートは、別、いいから。持って、行って」

「何から何まで、感謝いたします、カルミーネ様」

 

 

バイクを降りたその足で、クロ様がいるらしいサンタンジェロ城へと向かおうとした。

人で満たされていない公園は広く感じ、付近に停めてもらったつもりが、意外に距離がある。雨の勢いも増すばかりだ。

 

コートを羽織っていても、足元がビシャビシャになってしまうが仕方がない。

今は一刻を争うのだ。

 

 

「あ、その…あの城に行く…の?…城の前まで、送る…よ」

「……思ったよりも遠いんですわね」

「サービス…だから。で、あ、どうぞ」

 

 

電波の悪いラジオの様に、途切れ途切れの音声で告げるのは、カルミーネ・コロンネッティ様。

 

私より少し高いくらいの身長で、端正に整った美形なものの、どこか素朴な親しみやすい丸い顔立ち。

伏し目がちなその瞳は荒立つ事のない深海のようで、その反面、暗色の強い紅色の髪は、まるでアマリリスの様に華やかだ。

普段の小さな声だと気付かないが、私が入学前にお姉さまへの付き添いで出席したパーティ会場の外で、その透き通った歌声を聞いたことがある。

 

 

「乗…って?」

 

 

ローマ武偵中のに身を包み、その上にドライブジャケットを羽織ったは、シートの空きスペースをタオルで拭いている。

そこまで付き合いは多くないものの、彼女のこういうさり気無い行動は嬉しいものだ。

 

 

「ええ、失礼しますわ」

「折角、だから…。表まで、送る…ね」

 

 

ヴィオラ様の未来予想にの通り、公園北側での戦闘はあったようだが肝心の姿が見えない。

もう終わってしまったのだろう。予想を外れて、たぶん取り逃したのだと思われる。

 

予想が屋上という事は……このお城の内部、もしくは地下に何かがあるのか?

 

 

 

 

――――タァーン…!

 

 

 

(……銃声?)

 

 

少なくとも学校内で、この銃を扱っている者はいなかったと思う。

別段、珍しくもないが、外国の銃だ。

 

この銃声は、名銃として習ったものに良く似ていて、単発で撃たれたことを考えれば――

 

 

(――ドラグノフ狙撃銃SVD…!)

 

 

銃の種類は違うが、警戒を誘うその音にパトリツィアお姉さまの事件を思い出した。

 

――狙撃。

どんなに強い武偵でも、認識の外から攻撃されたのでは対抗のしようも無い。

そして運よく難を逃れ、相手に気付いたとしても、その距離がそのまま狙撃手の優位を証明する。

 

勝てないのだ。

狙撃手に先手を取られた時点で。

 

(クロ様っ!)

 

ヴィオラ様の予想が当たるなんて奇跡が起こる訳がない。

だが、銃声は確かに高所から伝わってきた。

 

見上げると、煙幕が城の屋上に広がっている。

 

 

「……屋上」

「アリー、シャ?」

 

 

最初から、表に回してもらっていれば良かった。

恐らく彼女は、もう私を送り届けてはくれない。

 

 

「カルミーネ様、ここまでで十分ですわ。依頼は完了と致します。ですから――」

「依頼料も、要らない、だから…。依頼主だった、ら、言えなかった…けど、行かせ…られ、ない」

 

分かっている。

 

苦しむ人間を見捨てない苦しめる人間を見逃さない

 

それが、あなたのお姉さまの信念なら、あなたの信念は――

 

 

「止め…るよ。ねえさん、の、意志、は、ぜっ…たいッ!」

 

 

(――いつまでも変わらず一緒、ですのね)

 

バイクを降り、右手を固く握り右胸に当てているのは、彼女なりの意思表示だ。

このまま一人で走り出したとしても、姉の信念に基づき、危険に向かう私を止めに来るだろう。

 

言葉数が少ない彼女は勘違いされがちだが、決して主体性を欠いてはいない。その真逆だ。

彼女の突き立てられた一本鎗は深々と根差し、折れも曲がりもしない。

 

だから彼女達の信念を反対に利用する。

 

 

「では、がございますわ」

 

 

 

――――タァーン……!

 

 

 

またしても銃声。事態は進み続ける。

未だ交戦中なのだとすれば、射線の通る屋外から逃げ出せない状況に陥っているのだろう。

焦る私とは対照的に、目の前の男装少女は竦みもせず……、でもオロオロしながら問い掛けてきた。

 

 

「えっ…えっ?な、なに、かな?」

友人を、助けて欲しいんですの」

「お友…だち??」

「いいえ、ご心配なさらずとも、彼女はですわ」

 

 

この確認は彼女にとって死活問題で、お姉さまから伝え聞いた話では、何らかの病気の影響により普段から男性を遠ざけて行動しているらしい。

それが原因で、もちろん異性との浮いた話はなく、常に伏し目がちな彼女は、ローマ武偵中2年の男子生徒から"tristeトリステ splendidoスプレンディド――華やかな根暗"と称されているとか。

 

姉であるカルメーラ様が長期の任務で旅立つ前ならば、姉妹セットで歩く彼女達には誰も近寄らなかったが、1人になった今、外では男装で誤魔化したいという意図があるのだろう。

確かに見事な変装だ。しっかりと中性的な男子に見えるが、まず立ち振る舞いをどうにかするべきなのでは?

 

 

「…いい、よ。あっ、でも、離…れ、ないで?」

「申し訳ありませんわ。この穴埋めは必ず」

 

 

手を下ろした彼女はバイクに向き直り、シートを拭き直して再び乗り込む。

不穏な気配が満ちる先の見えない真っ暗な道程に、心強い味方が出来た。

 

私が続けて乗り込もうとした所、「待って」と言い三度シートの後ろ側を丁寧に拭いていく。

 

 

「どうぞ…」

「ありがとうございますわ」

 

 

私がしっかりベルトを握っているのを確認してから、バイクは走り出す。

 

 

 

クロ様は屋上にいるのだろうか。

 

 

 

――――タァーン……!

 

 

 

繰り返し放たれる狙撃音は、一体誰が誰を撃っているのだろうか。

 

 

 

――タァーン……!

 

 

 

星が見えないあの空に、私の手は届くのだろうか――

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

4度目の狙撃音が聞こえてから、次の音が続かない。

城の入り口に辿り着いたが、すでに遅かったのか。

 

狙撃手は目的を達成したのかもしれないし、見失ったのかもしれない。

尤も、私が出会うだろうと考えているのは人間ではないのだし、ヴィオラ様の話では棺桶がその予想を裏付けている。

 

――吸血鬼。

 

、という単語の意味は未だに不明だが、棺桶は明らかにこれを指している。

心当たりがあった。オモイカネを持つ闇色の翼の正体に。

 

白思金の超々能力ハイパーステルスを奪った超常の悪魔が、元の不死性を増していてもおかしくない。

最悪のケースを覚悟しなければならないだろう。

 

 

「お待た、せ。その、行こう…」

「ええ、急ぎますわよ」

 

 

バイクを停め、任務遂行中の掛け札を丁寧に掛けたカルミーネ様が戻ってくる。

ジャケットは脱ぎ、戦闘への備えは万全なようだ。

 

彼女との口約束で交戦は最終手段になった。

私としてもお姉さまのチームメイトに無茶をさせるつもりはない。

 

 

エンジン音が雨音の中でも私達の接近を知らせている。

地上から注意深く観察した屋上や窓に人影はないからと、無謀な進攻に踏み切るのはご法度だ。気付かれていない訳がない。より慎重な立ち回りが求められるだろう。

 

先行するカルミーネ様と僅かな距離を取り、周囲を探りながらサンタンジェロ城へと歩を向ける。

 

 

 

ドサッ!

 

 

 

「!?」

「アリーシャ!下がって!」

 

 

……上から何かが……いや、落ちてきた。

 

 

藍色のコートを着込み、顔から髪まで白い布で覆われた謎の包帯人間。

怪しすぎるその見た目も、空から落ちて来る奇行も、一般人とは程遠い。

 

それは呻き声と共にユラリと立ち上がる。

性別こそ不明だが、感じる……あの人間は私よりも強い、の気配を放っているのだ!

 

 

「パトリツィアお姉さま……?」

 

 

馬鹿げている。

口をついて出たのは、ここにいるはずの無い私の上位とも呼べる存在。

 

ただ単に、彼女以外に私の上位の存在を知らないだけ。

だから、そう思ってしまったのだろう。

 

 

Whyなぜ,are you hereあなた達はここにいるのかな?」

 

 

世界の標準言語である英語を男性らしい低い声で返される。

正しい返答が返って来なかったことを考えれば、彼はイタリア語が分からないのかもしれない。

 

 

Working仕事ですわ,and youそういうあなたは?」

Me too仕事だよ,but mind your own businessでもあなたには関係ない.」

 

 

彼はすぐにでもこの場を去りたそうにしているものの、会話の合間にカルミーネ様の方を警戒しながらゆっくりと後退るだけだ。

彼我の戦力差はハッキリと理解している様子で、不用意に武器を取り出そうともしない。

瞳すら隠したその状態で周囲を正確に把握し、川に向かって移動する。

 

額を流れる冷たい水が時の経過を感じさせる。

 

「カルミーネ様――」

「…だめ。離れ…ない、それ、が…条件」

 

考えていたことは瞬時に見抜かれた。

 

一目散にクロ様へ迫る凶禍を伝えに行きたい。

一方で、私と同じ力……思金の力を持つ危険を放ってはおけない。

 

「――分かっていますわ」

 

自分でも分かっている。ここで二手に分かれるのは悪手だ。

仮に、私が彼女と同じ強襲科の生徒で高い実力があったとしても、その方法が選択肢に入るかは怪しい所だろう。

 

相手の能力は未知数。反射出来る私だけでも、戦闘技術に秀でたカルミーネ様だけでも勝ちの目は薄い。屋上に至っては狙撃手が待ち構えている可能性すらある。

 

 

どちらかを取る。

選択肢はそれしかない。

 

それなら、私は……

 

「……実力は不明。彼は堡塁から飛び降りて来たにも拘らず、かのように無傷ですわ」

 

(クロ様、少々お待ちくださいませ)

 

「うん…見て、た」

「その上……男性。戦えますの?」

 

 

私の問い掛けに対し、彼女は静止の合図を出して考え込む。

右手が握られ、その発育の良くない右胸に擦る様に当てられていた。

 

 

「…本当、に、男性なら、戦…えた。でも…は…女性…!」

「女性っ!?」

 

 

その発言は前半の言葉を忘れてしまうほど衝撃的なもので、言った彼女自身も驚いている様子だ。

 

同時に、頭にあの言葉が思い出され、ある種の確信を以て包帯の下に隠された瞳を直視する。

 

 

――『各国のシェフが喧嘩をしていました』

 

 

重要な単語ではないと聞き流していた。いや、聞き流させたんだろう、意図的に。

同時に視覚を占領したパステル調の絵。ひっそりと置かれた黒い点は、絶妙に見付け辛く、私の視線と興味を一点に引き受ける役割を果たした。

 

 

私の解釈はこうだった。

その後の流れから遡って考えた時、シェフ達はクロ様にとっての敵にも味方にもなりうる表現の仕方で、『役者が足りないんだ!』と訴える様子は同盟を求める国を表していると思った。

 

各国は3つの勢力に纏まり、クロ様は孤立してしまう。

だから、あの話はヨーロッパ周辺の国々の争い……箱庭の縮図なのだと思い込んだ。

 

その中から。最初に話しかけたシェフだ。

初めから孤立していたそのシェフは国を表してはおらず、クロ様の立場と彼女にを表していて、イチナ様やチュラ様、カナ様のいずれかが該当すると

 

『ダンスの相手が決まらない!』と、共に同盟を結ぶ国を決め兼ね、何故か最後にそのシェフを拒否し、。決別、裏切り、はたまた永遠の別れがその存在を引き裂くという結末。

 

 

 

だが、違った。未来予想は直近であり遠望である。

あの紙芝居は、もっと先を見据えた、大きな大きな未来予想も含んでいる。

 

絵の中にあった黒い点は太陽の黒点を示し、その黒点周期は10年弱~12年強と言われる。

あの黒点が周期のどの辺りのものかは確かめようもないが、には確実に起こるであろう、世界規模の争いの予想だったのだ。

 

そして忘れてはいけないのが、聞き流してしまった部分。、シェフは

、1つないし複数の思想を元に、作り出す組織が3つ。

 

その、動きを表していたと、そう捉えることも出来る。

 

 

 

「お尋ねしますわ。……あなたは」

 

 

もう一度、イタリア語で質問をする。

次の言葉につなげるのが怖い。心臓がバクバク鳴って、さっきまでの思考が緊張に持っていかれてしまった。

しかし、恐らく正解だ。彼ではない彼女は――

 

 

「パトリツィアお姉さまは……どこに行くおつもりでしたの?」

「……」

 

 

舌が渇き、もう唾を飲み込むことも出来ない。

隣に立つカルミーネ様も、二度もその名前を聞いた事に驚き、固まっている。

 

1秒1秒が、1分にも2分にも引き延ばされ、空白時間が心に侵食してくるようだ。

 

やがて、雨が少し弱くなり始めると、彼女は頭を覆う白い布を取り払いながら答えた、綺麗な声で、少し変わった話し方のイタリア語で。

 

 

「……仕事は失敗するし、あなた達には見付かるし、今日は厄日だよ。本当に」

「――あ……」

 

 

その声も、その顔も、その仕草も、その話し方も。

間違えようがない。

 

 

「酷い絵だ。私が完全に弄ばれていたのかな?」

「お姉、さま」

「パトリツィア、さん」

 

 

雨の中に現れた大地に咲くタンポポのような黄色の髪と、遥か上空にあるような青色の瞳。

そのどちらもが私と同じ色。

透き通る程に白い色の肌をした顔、その右目尻の下にある泣きボクロは丁度私と対称の位置にあって、鏡を覗いた錯覚さえ覚えた。

 

彼女が取り払った布からは、おおよそ隙間から入り込んだとは思えない程の量の砂が零れ落ちていく。あの砂で顔を成形して、覆い隠していたのだろう。

 

 

「これは自分の意思ですのね?」

「誓って言おう。今回の行動に、私は芸術を感じていないよ」

 

 

仕事は失敗した言った。

芸術では無いと言った。

 

なら――

 

 

「これからどうしますの?」

が手に入らなかったんだ。には申し訳ないけど、少しの間苦しんでもらう事になるよ」

 

左目を閉じる姉の仕草は、空白を覗く天空の眼の発動を表している。

お姉さまは『空白』を使い、そして空白から世界を視認する。

 

「『空晶』……本当に、私事ではありませんのね」

「誰に、撃った、の?」

「知る必要などないよ、カルミーネ」

 

 

2人の気配が変わる。

互いに互いの強さを良く知り合っているのだから当然だ。

 

だが、勝てない。

強襲科であるカルミーネ様のランクはB。

中学武偵ではトップクラスだが、お姉さまの強さは強襲科を転科した今も尚、普通ではない!

 

 

「仕事であなたとやり合うのは初めてだね。でも、トリガータイプは波がある。今のあなたは相手にならないよ」

「信念に…基づいて、いる、内、依頼、主の…指示は、ぜっ…たい…!」

 

 

会話の間も、お姉さまの左手が胸ポケットに伸びる。右手にはM92FSVertecを持ち、着々と準備を整えていく。

周囲が無人の高原ならまだしも、あの行為を中断させるのは一番のだ。

 

最悪、この場で空白のコントロールを失い、『空疎』が発生して周囲に影響を及ぼす。

だから自身の命を脅かす銃弾が込められるのをただ眺める事しか出来ない。

 

 

(2、3発ならで威力の減衰が出来るかもしれない……)

 

 

お姉さまに勝つには空白を反射させるか、空白の苦痛に耐え、即座に反撃をするしかない。

私が空白の一撃を受け、カルミーネ様が一撃を返すことが出来れば、勝機はある。

 

――だが、直後にこの作戦は無理だと悟った。

右手に持った銃に、空白の弾が込められる。

 

 

 

1弾倉ワンマガジン15発――それを、セットした。

 

 

 

「宣言しよう。私が撃つのは、カルミーネ・コロンネッティ、胸、右、正面、貫通は……20cmで余裕があるね、相変わらずのまな板だ。肋骨を抜け肺と肩甲骨を通過、時間にして1時間の侵食、空白が生まれる」

「……余計、な、お世話」

 

 

長いのは、それだけカルミーネ様を警戒しての事。

自分の身体を強く認識し、空白を深く想像してしまう程、その痛みは増していく。

 

 

「アリーシャ、反射してみるかな?痛くて苦しいよ?反射しきれなかった空白は……そうだね、あなたの右膝から侵入して、踵まで一気に貫通するだろう。きっと今あなたが想像している以上に、痛くて痛くて……それでも耐えられる?」

「――ッ!」

 

 

牽制だ。名前を呼ばれ、つい聞き入ってしまった。

一度想像してしまえば、もう事実を覆すことは出来ない。お姉さまの宣言は、1発の銃弾で、二重にも三重にも射線を取り、彼女の意思1つで選択することが出来る。

 

撃たれた後も、苦痛が思考を支配するまで、誰のどこが撃たれたのかを認識できない。

 

 

「私…を、撃て、パトリツィア」

「最初からそのつもりさ」

 

 

カルミーネ様が庇うように私の前に出る。 

実在しない銃弾は鋼鉄の鎧でも意味を為さず、これは彼女の守るという意思表示でしかない。

 

お姉さまにとっても脅威は自身を取り押さえられるカルミーネ様の方。

私を撃つ間に隙をさらせば、その瞬間に勝負がつく。

 

(カルミーネ様には申し訳ありませんが、彼女にはお姉さまを止めて頂かなくてはなりません。ですから……空白は私が受けますわ!)

 

反射して空白を受けたら、後はカルミーネ様が口と手を封じてしまえばいい。

、どこにも当たらないのだから。

 

一時の――空白の痛みなど、大切なスパッツィアの背負う苦しみに比べれば、なんてことはない!

 

 

「パトリツィアッ!」

 

 

お姉さまの能力に対し、ある程度の知識があるカルミーネ様は、撃たれた直後に反撃するためだろう、相打ち覚悟で駆け抜けていく。

その手には何も持たず、格闘戦で制圧するようだ。

 

お姉さまの銃口はカルミーネ様に向けられたまま。

しかし、視線を向けないまでも、発せられた威圧感が私を捉える。

 

 

「ただの保険だよ。心配しなくていい、私は――」

 

 

右脚が痛む気がする。

まだ撃たれていない。

 

焼き付くような痛みの想像だけが……膨らんでいくッ!

 

 

カルミーネ様の脚が、地面を離れた。

 

 

それを見た、お姉さまの指が……!

 

 

 

 

 

「たとえ仕事でも、大切な妹を傷付けるつもりはない……んだ」

 

 

 

 

 

…………動かなかった。

 

 

顔を伏せ、自身の仕事の続行を放棄する。

 

銃はそんなお姉さまに愛想をつかしたか、それとも彼女の意思を汲んでか、その手を離れ地面に落ちていって――

 

 

「と、とまれ…ないッ!」

 

 

――カルミーネ様が勢いのままその体に飛び付き、銃に続いて2人一緒に地面を転がった。

 

 

「お姉さまっ!」

 

盛大に倒れ込みつつも、そこは優秀な武偵の2人。

互いの頭部を守ろうと腕を回し合っていたようで、外傷は大きくなさそうだ。

 

「いったた……。痛いよカルミーネ、私はケガ人なんだ。手加減してくれないかな?」

「キミに、手加減、出来る、のは、姉…さん、位、だよ」

「……悔しいが認めよう。今の私では彼女に勝つ想像が出来ないよ」

 

その後も、終始むすっとしたお姉さまの文句を、笑顔で躱すアマリリスの少女。

明け透けなお姉さまも、声を出して笑うカルミーネ様も、心を許しているからこそ、楽しそうに見える。

 

「でも、姉さん、も…喜、ぶ。キミは、ホントに…変わっ、た」

「ふむ、それは嬉しくないね。彼女は何より……喧しい」

「あはは…確か、に」

 

 

(うっ……!)

 

あの構図はちょっと宜しくない。

男装したカルミーネ様が覆いかぶさって、首の後ろに腕を回したままなのだ。

密着したお姉さまの大きめな胸が潰れている……!

 

「降りてくれないか?あなたは胸は無いけど、身長はあるんだ」

「…ッ!さっき、から…余計、な、お世話…ッ!」

 

カ、カルミーネ様の顔が怒りで赤く……

睨み突っぱねるお姉さまを、涙目で拗ねるカルミーネ様がムリヤリ押し倒した。

……ように見える。

 

(これ以上いけませんわっ!)

 

 

「ほら、カルミーネ様、私の手をお取りくださいな」

「あっ……。う、うん、ありがとう」

「私の妹に手を出すのは許さないよ?あなたは優しくされるとすぐにする。悪い癖だ」

「えっ…!そ、そんな、つもりじゃ…」

「お姉さま!余計なことを言わないでくださいませ!」

 

 

せっかく取り掛けた手を引っ込めてしまったので、強引に手を引っ張って立たせる。

ぜっぺ…スレンダーな体型の為、身長の割には軽い。

 

重りの無くなったお姉さまも上体を起こし、長座のまま薄い目をカルミーネ様に向けていた。

 

 

「やれやれだよ」

「こちらのセリフですわ!一体何をしようとしていたのか、お教えいただけますわよね?」

 

 

座ったままのお姉さまに詰め寄り、目の前に膝を折って聞き出しにかかる。

この事件の主犯、もしくは協力者の中に彼女も一枚噛んでいるのは確実だ。

 

 

「……ふむ、あなた達がここに来た理由、それを与えた相手の情報を交換条件としてなら話してもいいよ?」

「っ……」

「いくら考えても予想できないんだ。いつからか、その存在も目的も空白のまま」

 

 

勘付いていて、けれどその一歩は踏み超えずに、目を光らせていた。

それにヴィオラ様が気付かない訳がなく、しばらく連絡がなかったのは、リスクを避けるのが目的か。

だから、今日の連絡は……

 

(言える訳、ありませんわ)

 

言葉に詰まった私を見て、四つん這いになって逆に距離を詰めてくる。

適当を言った所でボロが出るし、戦いに勝ったとは言い難いのだ。

 

……今夜の件は、互いに踏み込まない領域として、考えるべきなのかもしれない。

 

 

「話せませんわ。でも、1つだけ、お願いがございますの」

「言ってみるといい。それから答えを用意しよう」

「犠牲を出すような事は…どうか、ご自身の事も含めて、人間を大切にしていただきたいのです」

「それ、は…私、からも、お願…い」

「出来ない、無理な相談だよ」

 

 

考える素振りもなくバッサリと、一切の妥協点もなく断られた。

曖昧な返答で誤魔化すことも出来たはずなのに。

 

 

「お願いですの……っ!いなく、ならないで……」

「悪いね、アリーシャ。それも約束できない」

 

 

止めるなら……この話をするのはこれが最初で最後になるだろう。

でも、この話をするのはのだ。互いに引き返せない程の秘密を持ってしまったから。

 

頭の隅では分かってて、それでも心のどこかで違う答えを期待していた。

空白が心を支配し、無力感と虚脱感でいっぱいになって、それ以上の思考を拒否してしまう。

 

 

「パトリツィアっ!」

「私達の副リーダーも突然消えた。なぜそんなに熱くなるのか、分からないよ」

「チームと、家族、は…違う…っ!」

「違わないよ。家族である妹達は掛け値なしの仲間だけど、集団は有益な関係で成り立つ仲間だ。仲間とは必ずしも一緒にいるわけではないよね?それとも、あなた達の中でははもう仲間じゃないのかな?」

「違う!…仲間、には、必ず…別れる、時が、来る。そして…新たな、仲間も、出来る。…でも、家族は、ずっ、と…一緒。離れて、いても、ずっと、支え、合う!」

「カルミーネ様……」

 

 

彼女の声は聞き取り辛い断続的なものだが、余裕を失った私の心には、その断片的な言葉のリズムと一言一言に秘められた彼女の情熱の1つ1つがじんわりと沁み込んでいって、心の空白を満たしていく。

 

彼女の誇りが私に勇気を与えてくれる。

 

 

「あなたの言い分なら、私が勝手に離れようと問題ないだろう?」

「全然…違うッ!キミの、やり方、は…彼女を、傷、付ける。その、傷は…一生、埋まら、ない!どんどん、大きく、なって…2人は……」

「もういいのですわ。私も、決心が付きましたもの」

 

 

もう、止められないのは、分かっていたのだ。

ただ、離れたくない一心で、自分が動こうとせず、お姉さまを縛り付けようと駄々をこねていただけだという事も。

 

 

――離れていてもずっと支え合う。

 

 

(そうですわね。少しだけ、私達姉妹は過保護だったのかもしれませんわ)

 

2人の間に割って入ると、カルミーネ様は少しビクッとして、不思議そうな顔をした後、

 

「私の、方が…余計な、お世話、だね」

 

そう言って、言葉を切られたにも関わらず、ぎこちない笑顔で後ろに下がってくれた。

少しだけ表情に陰を感じたのは、いつかお姉さまがいなくなることを憂いてだろう。

 

そのお姉さまは私の瞳を一瞥して、苦笑い。

体勢を立て直して立ち上がるのに合わせて、私も立ち上がる。

そして――

 

 

 

(ええ、受けますわよ。今は、まだ。お姉さまとの空白は遠すぎるんですもの)

 

 

 

2つの作品が、それぞれの意思を持って、同じ動作をする。

伸びた腕が、2つの間で触れ合って、どちらからともなく。

 

 

 

 

――右手人差し指を絡ませて、繋いだ――

 

 

 

 

――絡指ラク

 

これはただの別れの挨拶ではない。

 

パートナーではないし、共に戦ったこともほとんどない。

また会える保証もないし、すぐにいなくなるわけでもない。

 

 

それでも私達の別れには決別の意味も込めて、これが必要だと思ったのだ。

 

 

「宣言しよう。私は戻らない。会いたければあなたが私に会いに来るんだよ、アリーシャ」

「宣言しますわ。私は待ちませんの。あなたの空白は私が埋めてみせますわ、パトリツィアお姉さま」

 

 

指が離れれば、またその距離は一段と離れて行くだろう。

だが、もう大丈夫だ。

 

お姉さまが、私の覚悟を支えてくれるから。

 

 

「私、も」

「いいよ。でも、カルメーラには黙っていてくれないかな?」

「……」

 

カルミーネ様はうんともすんとも言わずに、無言の圧力を飛ばす。

 

「即答が欲しい所だけど、どうせバレてしまうか。うん、ほら指を出すといい、その気があるのなら」

「うん。姉さん…帰って、来たら、一番に、キミを、探す…と、思う」

 

 

元チームメンバーの2人も、別れを惜しんでその指を繋ぐ。

なんだかんだ、チームの仲間と離れるのは、名残惜しいのだろうな。

 

 

「事故は起こしてないと、そう伝えてくれるかな?」

「自分で、伝え、たら?」

「……聞かなかった事にしたいけど、それは……いつ?」

「教え、たら…逃げる、でしょ?」

 

 

あ、お姉さまの苦笑いにヒビが入っている。

左手がガクガクと震えているのは……嫌な記憶を思い出しているサインだ。

 

その左手を見て、カルミーネ様が姉譲りのちょっと悪い顔をしている。

意趣返しだろう。『まな板だ』とか『胸は無い』とか『絶壁』……とは言っていなかったか。

 

固まってしまったお姉さまの右手人差し指を放置して、スルリと指を引き抜いたカルミーネ様は私の手を引いた。

 

 

「行こっ…か、屋上、お友、だち…いる、でしょ?」

「え、ええ。行きますわ。お姉さまもご一緒に――」

「アリーシャ」

 

 

 

――タァーン!

 

 

 

「!」

「!?」

 

 

 

――同じ銃声だ。

まだ、終わっていなかった。

 

 

「アリーシャ、私は協力者の1人。分かっているんだよね?」

「はい。もう1人のお姉さまの救出に、私は携わっていましたもの」

「救出した後、は聞いているのかな?」

「――ッ!」

 

 

そうだ、ここにいるはずの無いお姉さま。

もう1人の影武者となったお姉さまと協力者関係にあるのは自明の理。

 

彼女の身柄は?

……何も報告に無い。

 

どんな状態だったか、怪我の有無や拘束具、麻酔の使用はされていたのか。

救出後はちゃんとミラ様の診療を受けて、ガイア様の車に乗ったのか。

病院に送られたのか、学校に送られたのか、家に送られたのか。

そういった情報は一切ない。

 

今もまだ、暴れたとか、逃走したとか、再び失踪したという話は上がっていないのは……

大人しく機会をうかがっている?それとも学校内に協力者がいる?

 

 

そもそも連れ去られたという話自体を初めは疑っていた。

探偵科であるルーカ様が、お姉さまを探していると連絡をくれたところから、発覚したのだ。

 

電話にお姉さまは出なかった。

任務中なら仕方がないが、受注の情報もない。

 

目撃情報がないまま、エマ様の運営する匿名掲示板に誘拐の情報が寄せられていた。

限りなく怪しい上に、エマ様が特定できない程の電子情報防御網は、個人のものではなさそうで。

 

そこには、お姉さまが左肩を撃たれた事件当時の写真がセットで添付されていたから――

 

 

「武偵憲章8条。『任務は、その裏の裏まで完遂すべし』だよ。彼女達はアウトローだ。かつての私と同じ、仕事の為なら殺害も厭わない」

「それが、お姉さまの……」

「そうだよ、私はそこに行く。その為に、こんな所までんだから」

イチナ様を?」

「級友、を…売る、の?」

「逆だよ、んだ。それがだった」

「救う?」

 

 

お姉さまはパチンと手を叩いて、口を閉ざした。

顔には笑顔を張り付けている。

 

 

「ここまで!推理はあなたの仕事じゃない、しっかりとを手に入れるんだよ?」

「……なぜ、そんな場所に」

 

小さな呟きに答えは返らない。

それで良かったのかもしれない。答えを聞いていたら、また私の決意が揺らいでしまいそうだったから。

 

「それと……お休み、アリーシャ。カルミーネ、家まで送ってくれないかな?心配しなくても屋上にはクロさんが来ている」

 

パトリツィアお姉さまは私がここに来た理由を知っていた……?

まさか、クロ様が異常点であることも把握しているのか。

 

「…今の、キミを、放って、は…行けな、い、ね。痛む?」

「眉間を撃ち抜かれたんだ。1か月は我慢かな」

「そん、な、状態、で…堡塁から。飛び、降りるから」

「焦っていたんだよ。あの狙撃手は本物だったし、城内には…何かがいた。エメラルドの瞳をした何かが。中も外も逃げられなかった。狙撃は本当に怖いんだよ…本当に…」

 

 

話しながらもお姉さまは後始末を始めた。

空白を…地面に15発撃ち込んで弾倉を取り出すと、それを胸ポケットに仕舞い、代わりの弾倉を内ポケットから装填して銃のセーフティを掛ける。

 

銃声は無い。

弾痕も残らない。

 

カチッカチッという引き金を引く音だけがなっていて、撃鉄が叩いても撃発が行われず、スライドが行われても排莢も行われないのは見慣れない人にとって不思議な光景だろう。

モデルガンか何かだと勘違いしそうだ。

 

 

「一菜さんはクロさんに任せることにしよう。チュラも一緒みたいだし、問題ない……いや、何でもないよ」

「チュラ様が一緒だと、問題ないんですの?」

「話は終わり、だよ。3人が面白い話をしている。アリーシャも手伝いに行くといい……」

 

 

「その気があるのなら」「最初からそのつもりですわ」

 

 

 

 

 

 

星が見えないあの空に、私の手は届かないだろう。

 

それは星を掴もうとしていたから。

 

 

なら、雲を掴めばいい。

 

それならあの空に、私の手は届くだろう。

 

 

だってそれが、私達が最も得意とする『嘘』じゃないか。

 
 


 
 

屋上にいた謎の男性……正体はパトリツィアでした!
その目的は一菜の身柄。つまり、犯人側の一派です。

何故このタイミングで彼女を攫おうとしたのか、偽物とその逃亡を手助けした生徒は誰なのか、そもそもこの事件を起こしたその起点はどこにあるのか。

謎は多いままですが、少しずつ解決させていくつもりです。