まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹21話 親愛の徽徴(前半)

日常編も佳境に入って……日常の佳境ってなんだ?
闘いの日々が近付いてまいりました。

残り少ない平和な日々、お楽しみください。

因みに今回は平和じゃないです。




親愛の徽徴ラヴ・コール(前半)

 

 

――ガチャァンッ!

 

金属性の格子を力強く叩き付けた音が、狭く暗い空間に反響する。

続けて鍵を閉める音が鳴っているのだから、牢屋なのだろう。

 

その牢の両隣にも、正面にも、同じ形の鉄格子が並び、複数の罪人を同時に収容可能な施設であることが分かった。

岩肌がむき出しでヒンヤリした壁と床、一切の雑音もなく照明も灯されたランタンの火明かりのみ。この場所は、廃棄された地下牢もしくは山中の牢獄だと思われる。

 

鉄格子の中に押し込まれた少女は両腕を後ろ手に、首と両手首を鎖で縛られたまま、床に渋々腰を下ろした。

その視線の先には、闇の中でも全てを見通すような鮮血の色をした瞳が、彼女の出方を窺うように見つめている。

 

てっきり直接床に座らされると思っていたのだろう、牢屋の中にバラの刺繍があしらわれた絨毯が敷かれた区画を見付けた少女は、遠慮なくその場所に陣取って、どうしようもないし、とばかりにリラックスし始める。

 

 

「……なんてふてぶてしい客人なのかしら……?」

「客人は牢屋には案内されません」

 

 

暫く囚人の姿を観察していた金髪の少女も、彼女の淑女らしからぬ振る舞いに多少の戸惑いを見せた。

人間が吸血鬼たる自分の命令に従わない事は自然の摂理に逆らっている。

そう考えての指摘であったのに、常識が異なる彼女にとってはどこ吹く風、捕虜に礼儀を求めるなとでも言いたげだ。

 

まだ何か用?みたいな視線をひしひしと感じ、腹立たしさは隠し切れていなかったが、今日のところは目こぼしする事としたらしい。

 

 

「今はそれでいいわ。そこで大人しくしておきなさい?」

「約束したら拘束を解いてくれますか?」

「おほほ。そんな口約束、信じるわけがないでしょう?おバカさんね」

 

 

ちぇーっ、と頬を膨らませたまま放置され、扉の鍵を持った吸血鬼を恨みがましい目で追いかける。

しかし、奥まで歩いて行くと角を曲がってしまい、もうその姿を追うことは出来なくなった。

 

 

「あーあ……今日はお家でゆっくりする予定だったのに」

 

 

そんな少女の呟きも、闇の中に吸い込まれ、誰に聞こえることも無いのだろう。

 

 

「……」

 

 

その牢の隣に、誰も捕らえられていなければの話ではあるが……

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

黄色い太陽が沈みかけている。

こんなに遅くなるつもりじゃなかったのに、強襲科の補講が行われるなんて思ってもみなかった。

 

試験がシビアなローマ武偵中では、事情もなしに受験しないことは不合格に直結する。

だから私が休んでいる間に実施された試験を受けられるのはありがたい事、迷わず参加させてもらった。

 

尤も、実技試験だけでこんなに遅くなるわけがなく、その前に筆記試験、更にその筆記試験の内容も授業で受けていなかった為、その受講も同時に行われたのだ。

 

 

我が相棒、三浦の一菜さんは「先帰ってるよー」の一言で帰ってしまった。

いや、別に残って待たれても困るんだけど、淡泊過ぎませんかね。ガンバの一言も付けて欲しかったところ。

 

それと、帰った後に気付いた。昼休みに思い出せなかったものは彼女のお守りの件であり、今日の返却は諦めて持ち帰ることにしたのだけれども……

 

(命に係わる物だろうに、杜撰な管理ですね)

 

これは後で言い聞かせなければ!

 

 

「なんにせよ、急いで帰りますよ!マイスウィートホーム!」

 

 

復帰初日から、あの学校は容赦がなかった。

自業自得な所もあっただろうけど、朝のは絶対被害者ですからね!

 

掲示板で私の復帰記事さえ上がらなければ、玄関口の一件にあんな数の目撃者は増えなかったはずだ。

 

(……掲示板?あっ!電話買っとかないと)

 

決して連絡を取る相手がいないから忘れていたわけではない。

私だってプライベートの電話を掛けようと思えば一菜やパオラ、ヤージャもいるしチュラだって……。

 

……さて、新しい電話を見に行こうか。

チュラの方はもう買いに行っていたらしく、パオラへ相談しに行っていた。

予算は考えなくて良いのだが、値の張る物を持っても手に余すし、頑丈そうな奴を選ぶとしよう。

 

(少し遠回りにはなるけど、ケータイショップに寄ってから帰ろうか)

 

ここまで遅くなったのだ、いっその事今日の内に用事を済ませて、明日ゆっくりすればいいじゃないか。

姉さんに今日は早く帰るよ、と話していた訳でもないし、そうしよう。

 

そうと決まれば、善は急げ。

目的地を変更して……あれは?

 

(一菜……?)

 

間違いない、あそこに立っているのは一菜だ。

ダークブラウンの髪を白いリボンで結い上げ、頭から1本の尾をフリフリと揺らしている。

 

なんでまだこんな所にいるんだ?

狙われていると教えたんだから、てっきり黄昏時を迎える前に帰宅を済ませたのだと思っていた。

 

……誰かと話してるな。

 

 

「"……だから、そろそろ良いかなって"」

「"何故なにゆえ、其程に焦っておるで御座るか?"」

 

 

 

相手は2年諜報科の風魔陽菜。

今の時間に会っているのは修行バイト上がりだからなのか。

 

この場所は学校からそれ程離れていない。流れ弾の危険性もあり、一般の人間はあまり近寄りたがらないちょっと危険な道だ。

そこで、道の端の物陰に自然な感じでポニーテールとポニーテールが真剣な顔を突き合わせて、相談でもしてるのかな?

 

 

「"陽菜ちゃんは分かってないなぁ。一緒に任務を受けた事無いんだっけ?"」

「"左様。某は依頼なる形式にて遣り取りを交わしたのみに御座る"」

「"じゃあ仕方ないかー。なんて言ってるあたしも、チュラちゃん程にクロちゃんの本気の戦い方は知らないし"」

 

 

私の話?

でも、私の登場を歓迎する内容っぽくは無いかも、悪いけどここで盗み聞きさせてもらおう。

 

隠れる所はそんなにないから、少し離れた曲がり角に待機する。

しかしこの状況、私の方が怪しい人に見られそう…

 

 

「"あたしだってクロちゃんとは戦いたくないよ。だから敵に回すのは得策じゃないんだよねー"」

「"イヅナ殿が諍いを避けるべしと説く相手なれば、某も不用意に手は出しませぬ"」

「"でもこのままじゃ、クロちゃんはイタリア勢力に味方する。なんたってクロちゃんには学校しか拠り所がないハズだし"」

「"イタリアと同盟は組めないナー。あいつらは思金を抱えただからナー"」

 

 

ん?もう1人、いる?

 

見掛けてからすぐに引っ込んだから、誰かを見落としていたようだ。

聞いたことも無い声な上に日本語だし、学校の生徒とは限らないかもしれないね。

 

 

「"むあー!そこがどうにもならないと……"」

「"敵国は最低でも五つ。皆が徒党を組み大挙する可能性は考え難いで御座るか?"」

「"思金保有国家同士も仲が悪いナー。特にブルガリアの蛇とエジプトの覇王は仲が良くて、イタリアの天使と仲が悪いナー"」

「"ぽぽ!フランスは最初からまともに戦う気は無いんだよね!"」

「"戦闘向きじゃないしナー"」

 

 

(声が増えたーっ!?)

 

しかも聞いたことがある声だ!あの緑髪の子の声。

どうしよう、ものすごく気になる…ちょっとだけ、コソっとだけ見るならバレないよね…?

 

好奇心は猫をも殺す。

でもでも、知りたい事は自分の力で調べなきゃ!

 

こそっと・ちらっと・ピーピング!

 

 

「"あっし思うんだけど、イタリアと一時的に組むのは有効じゃないの?エジプトの覇王は色金に似た力を扱えるんだよね?黄思金と手を組まれたら勝てないよ!"」

「"組むならスペインかな。って言っても、多分思主しか出て来ないだろうけどさー"」

「"地理が判らぬ故、考え至らぬ所で御座るが、イタリアと事を構えるとすると、何れの地に拠を構える意図に御座ろう?"」

「"信用出来ん国だけどナ、思金の獲得に動くイギリスの魔女連中に連絡は付いてるナー"」

「"魔女ねー"」

 

 

おかしいな。

目がおかしい?それとも耳がいかれた?

 

やっぱりそこには2人しか立っていなかった。

一菜が抱えてる、苔だらけで子犬サイズの石は気になるけど。

 

 

「"ううっ、仮想敵国が多いよー"」

「"分かってたことだナー"」

『そこで、何を、見ているの?』

「――ッ!?」

 

 

背後に――敵ッ!

 

振り向きざまに銃を取り出し、声の主に向ける。

そこに立っていたのは、車の屋根から狙撃していた、例の白髪の少女。

つまり、私が覗いていた一菜達の仲間だ。

 

目の前に姿勢よく佇む姿は古雅で落ち着き払っている……と続けようとしたが、ユラユラと前後左右に揺れる挙動は見た目通り子供っぽい。

わざわざ確認のために声を掛けてくれたのは、単に疑われていないのか、それとも自信からくる余裕なのか。

 

彼女の閉じたままの両目は、口ほどにも物を言わない。

 

全く怯えた風も無いし、銃はしまって、出来れば穏便に済ませたいな。

 

 

「"いえ、ちょっと道を通ろうとしたところで――"」

「"良い機会。あなたの同盟、知らなければ、ならなかった"」

 

そのまま来た道に立つ少女の横を通り過ぎようとするが、たった1歩の移動で、当然のごとく通せん坊されてしまった。

終始目を閉じたままなのに、動きを感知されたようだ。

 

「"ちーは槌野子。あなたの事、イヅから聞いてる"」

 

槌野子の指が、一菜のお守りをしまっていた胸ポケットを差した。

 

 

「"あなたは、ワイルドカード。手に入れた国は、圧倒的に有利になる"」

「"……箱庭、というやつですか"」

 

薄々そうじゃないかと思い至っていた。一菜達の会話も、この話だろう。

槌野子は淡々としていて、余計な言葉の飾りがない。聞きに回っても過分な情報は寄越さないのであれば、彼女の発言に先回り、主導権を奪いに行った方が良い。

 

 

私が立ち去らないと分かり、槌野子は風上に正面を向け、温い風を気持ちよさそうに浴び始める。

 

「"それ以外に、無い。色々な国から、オファーは来ている、でしょ?"」

「"誠に嬉しい事に、今の今まで勧誘を受けたことはありませんでしたね"」

「"そう……。お姉さんの方も?"」

 

調べられてる。

カナの事は詳しくは知らないみたいだけど。

 

それに結構ガツガツ食いついて来るな。

問う側に回るのも簡単じゃないかもしれない。

この話の流れは断ち切りたい。こんな普通とかけ離れた世界に引き込まれるのは勘弁だ。

 

何個も国の名前が挙がっていたし、かなり大規模な抗争問題なのかも。

そうなれば超戦士が次々現れて、いつかは私が散ることになる。

 

―――フラヴィアやトロヤみたいなのと戦わされるのは命に係わるんだよ!

 

一種の賭けだが、味方の可能性を残しながらも、すぐには引き入れられないようにしないと。

 

 

「"何も聞いていません。だからどこに味方するのかも……まだ、分かっていませんよ"」

「"遠山家は、私達の味方。一時は敵対した時期も、あったけど"」

「"私達は義に生きる。過去の歴史がどうあろうと、自分が信じる正義を貫き通します"」

「"それで構わない。そうでなければ、あなた達は敵だから"」

 

 

なんだそれ、正義は自分たちにあるとでも言うつもりか?

パトリツィアじゃないけど、それは傲慢というものだよ。

 

だが、そうか。積極的にリクルートしてくる姿勢でも無いらしい。

どこに肩入れするか以前に、私は箱庭とやらに参加するつもりは毛頭ない。

 

 

「"見逃してくれますかね?"」

「"兎狗狸が騒いで、五月蝿くなる。私とイヅが気付けば、それでいい。違う道、使う事"」

「"助かります"」

 

 

あら、バレてるのね。

 

イヅ――以前は勘違いしていたが、イヅとは一菜の事を指しているらしい。山の上で自分の事を三浦一菜イヅナと名乗っていたし。

名は体を表す。オカルト的に名前が個人にもたらす力は大きいそうで、名付けとしてはイヅナの名が必要だったのだろう。その後に、同じ漢字で違う読み仮名を当ててイチナと名乗るようになった。そんなところだと思う。

 

この場は見逃してくれるみたいだけど、一菜と陽菜も関わってんのね、この箱庭ってもんは。

いわゆる日本代表みたいな括りと仮定しよう。遠路はるばるごくろうさまです。

 

(私とは一番近しいグループと言えるだろうな。全く関わりたいとは思わないけどね!絶対嫌だからね!)

 

誰に対してでもない抗議の声とフラグを心の中で立てながら、来た道を戻る。

ふと見下ろすと、太陽を背にしている私の影が長く伸びて少し離れた建物の影と交差していた。

 

 

「"そうだ、遠山"」

「"……なんかその呼ばれ方は慣れないですね"」

「"名前を知らない"」

 

いや、そこは説明しろよ。

 

「"早く帰った方が良い。最近、良い事あった?"」

 

(えっ、何?早く帰らせたいの?世間話がしたいの?)

 

唐突に振られた話題を頭の中で反芻し、結論が出る。

 

「"とても良い事が起こりました。皆が無事にあの夜を生き延びた事です"」

「"成程、それが原因。あなた、持ち運は凄いけど、今は借運状態。不幸と不運が、風によって運ばれてくる。長期間"」

「"えっ……"」

「"それは、あなたを守る為。分散して、徐々に返済、それで解決"」

 

 

オカルト用語の中では分かり易い部類かな?

私はしばらく運気の借金取りに幸運を取り立てられる。その借金取りが風……つまり自然の動きという訳である、みたいな。

 

長期間って…どのくらいなんだろね?

まあ、いいさ。さっさとケータイ買ってかーえろっと!

 

 

「"覚えておきます。あなた達は私の事を忘れていいですからね"」

「"よく考えて、立ち回る。大事なことだから"」

 

 

軽くスルーされた。悔しいぞ。

 

悔しさでお腹がすいた…事にして、ちょっとだけつまみ食いして帰ろう。

途中の売店でいつものチーズ入りライスコロッケスプリを買って――

 

 

 

槌野子と別れて道をまがり、背に風を受けながら道を歩く。

さっきまで伸び切っていた影は、既に沈んだ太陽と共に、地面と一体化したようにその姿を隠していた。

 

足取り軽くスキップを決め込む私に、当然、私の影も連れ従って、薄暗い世界を抜けていくのだ。

 

 

 


 

 

 

――で、こうなった。

 

薄暗い照明に照らされたこの部屋は、一言でいえば割と快適。

岩肌もこの時期なら涼しいし、向かいの牢には敷かれていない絨毯も、年代物みたいだが綺麗に手入れされていて、刺繍も豪華だし生地も結構な厚みがあって床の固さを感じさせない。

客人用というのもあながち嘘ではないかもしれないな。サンタンジェロ城の地下での落とし穴的おもてなしに引き続き、明らかに文化の違いカルチャーショックを思い知らされた。

 

それにしても、こうもあっさり再会するとはね。

傷も完全に治ってるし、お得意の電撃もバッチバチだったし。

ちょっとだけど、心配して損した気分。

 

 

捕まった理由を考えてみる。

復讐するならフラヴィアにすればいいんだし、一菜をおびき寄せる罠という線が妥当だろう。

 

ついでに屈服させて従属させるつもりかもしれない。

前に話してた、専属メイドさんとか、それともペットの方?

どちらにせよ、あの飼い主の可愛がりには耐えられる自信がない。だってサディスティックの申し子みたいなイメージなんだもん。

 

運気の話を決して軽んじてたわけじゃない。

でも不幸と不運がこんなに早く来るなんてねぇ……

 

予想出来ない、仕方ない。

 

 

「Vous etes qui...?」

「……?」

 

 

人の声……

隣の牢屋から、話し掛けられたのか?

 

少女の声で合ってると思う。

なぜ断定できないのか。というのも少女は普段から会話をしないのか、それとも枯れるほど叫んでいるのだろうか、掠れた声は耳に届くギリギリの大きさだったからだ。

喉がどうこうではなく、発声する力さえも微弱で、絞り出すように、それでもやっと漏れ出したくらいの大きさ。

思ったように自分の声が出せないことにも、もう違和感を覚えて無さそうな……

 

(本物の捕虜……?どこ語?フラヴィアの発音に似てる?)

 

フラヴィアって元々どこの人だっけか。

聞いたことなかったな。上級生だから会うこともないし、カナ程に仲がいいわけでもないしね。

 

パレルモ武偵高の前はどこの高校にいたんだ?)

 

余計な考えは不要なので、頭を振ってその思考を振り払う。

とりあえずお隣さんに通じないのは承知で、返事はしておこう。

無視はいけんよ、無視は。

 

 

看守さんが一人、明らかに私を見張る目的で武器を持ったまま突っ立っているが、反応も薄いし、必要以上に警戒を顕わにはしてこない。

脱走しなければ何をしても咎める気もなさそうだ。

 

buonaseraこんばんは,Chi sei tu ?あなたは誰ですか?

「……?」

 

返事がない。

つまりはそういう事だ。

 

(あちゃー、意思疎通不可かー……)

 

折角、対話の可能性を見出したというのに、残念ながらお隣の方はイタリア人ではないらしい。ちなみにイタリア語を優先して習得した私の英語力は、お世辞にも良好ではなかった。

 

会ってみたかったが、言葉が通じないとなると下手なことは出来ないな。

大人しく、牢の主を待つか。

 

 

「"ヒルダは一体何のつもりなんでしょう"」

 

独り言でも言ってないと寂しくて仕方ない。

最早、絨毯に寝っ転がった私は、次にヒルダが来たらどうやって逃げ出そうかとか考え始める。

 

 

 

 

 

 

 

今日の帰りの事である。

 

ケータイショップから出ると生憎の曇り空、雨は降っていないが不吉な気配がした。

さっきまで晴れてたのに、不幸の風がどっから持ってきたんだか、雲は厚く、月明かりも星の輝きも綺麗に消してしまっている。

 

帰路に就いたその矢先、空から地上に視線を移した私の足元、自分の影の形が変わったのが見えた。

ヤバいと思った時には手遅れで、あのスタンガンみたいな攻撃が全身を襲い、膝をついた時点で彼女がその姿を現したのだ。

 

 

――ヒルダ・ドラキュリア。

 

 

金髪のツインテール、真っ赤な唇。

真紅のマニキュアをした真っ白な手は、ドレスと同じ黒色の傘を差していて、自由な振舞いのトロヤと違い、優雅な所作もまた彼女の魅力を引き立てる材料となっている。

 

華やかなローズと微かなパチュリの甘い香りが鼻腔をくすぐり……

 

 

 

――ピリリィッ!

 

 

 

頭の奥に、痺れるような刺激が……!

やはり、気のせいじゃなかった。

 

 

 

彼女の――香水も含めた深みのある甘い匂いに……反応してるぞ!

 

 

 

こんな状況でも、一応窓枠を覗いてみる。

けど……大きな変化は見られないね。

 

彼女の力を借りて(奪って?)逃げられるかも、なんて考えは通用しなかった。

そう都合良くはいかないものなのか。

 

 

「トオヤマクロ、お久しぶりね」

「ええ、本当に。待ち遠しかったですよ、ヒルダ。早くあなたに会いたかった。出来ればもっとで、、改めてゆっくり語り合いたいです」

 

 

 

(トロヤが2人いる理由も知っているだろうし、ヒルダが逃げ出すまでの経緯を聞き出さないと、次に戦う時にも停止した魔臓を瞬時に回復されたら敵わない!情緒纏綿な表現ですが、に会いたかった……)

 

彼女は強い。スイッチを入れたとて、そう簡単には逃がしてくれないだろう。

現に、もう敗色濃厚で逃亡も出来ない。襲われた理由も不明だし、本日は口先だけでお帰り頂けないかな?

 

 

「そ、そう……」

「……なんで顔が引き攣ってるんですか、そっちから会いに来ておいてあんまりですよね?」

 

 

(挨拶も刺激が強すぎますよ……)

 

紅寶玉色の瞳はこちらを直視せず、その赤味が顔全体に伝播していっている。

しかも、ただ引き攣らせた苦笑いではなく、ちょっとだけ嬉しそうな表情も覗かせてるし、そのせいで形の良い唇の端から"キバチラ"してて不気味なんですが。

 

あ、ちょっと羽がパタパタしてる。私が地面に転がる様はそんなに面白かったのか?

そういう癖はトロヤと一緒なのね。くそぅ、触ってみたくなるじゃん!

 

 

「私以外の前では(キバチラが不気味だから)その(変な)笑顔を出さないでくださいね?(羽はパタパタしてて)可愛いけど(あなたの品行を思うと)誰にも見せたくないんです。私は(その変わった挙動は)特別なモノだと思いたいんですよ」

「ッ?!あ、あなたは誰にでもそんな事を言うのかしら……?」

 

 

何その顔色を窺うような仕草。薄ピンクだった顔がより赤くなって……怒ってるのか?

そんなに酷い事言った?こっちにはもっと訴えたい事はあるんだぞ!

 

怒ってるか怒ってないかで言えば100%怒ってるし、腹這いで寝っ転がったままだけど腹は立ってるんだよ!

私はスタンガンを笑顔で許容する、スタンガン菩薩になった覚えは無い。

 

ガッツリ言い返したるわ!

覚悟しぃや?あぁんこるるぁっ!

 

 

「あなたにしか言うわけないでしょうが!言わなくても分かる事ですよ!あなた以外にあり得ないですからね!!」

 

人間にはキバも翼も無いからね。

 

「――ッ!?」

 

 

あ、発言してから思い出したけど、トロヤも"キバモロ"+羽ピヨピヨしてたわ。

いやでも、あっちは元からお高く振る舞ってないし……

 

 

またしても余計なことを考えていた頭を、ガスッ!と地面にぶつけて雑念を追い払う。

仕切り直して、首を少し無理な角度まで上げると、ヒルダは口をパクパクさせて、何も言い返せないでいた。

 

語気を強めた私の発言に、電撃が落ちたみたいな反応してるぞ?お顔真っ赤で怯みまくりだ。

ビビったのかね?ねえビックリした?あんまり威嚇とかしないから、ちょっとだけ不安だったんですよー。

 

でも、その反応……聞くまでもないね。

ふふんっ!どんなもんですか?私だって怒鳴ることもありますし、すごい威力!私すごいッ!

 

ちょっとくらい調子に乗っちゃうよね?やっちゃうよね?いいんだよね?

 

 

「おほほ、今日の所は見逃して差し上げますよ?」

「……地を這う芋虫が、随分大きく出たものね?」

「……あれ?あれれ?」

 

 

おっやー?

立ち直ってるなー。

 

彼女の顔は未だに朱みは抜けきっていないが、目に力が戻ってる。

差していた傘を閉じ、地面の影に沈み込めていくと、傘は闇の中に溶けるように影に隠された。

 

(え、なに?効果時間終了?戦闘終了までAこうげきが1段階減少じゃないの?)

 

そうだなぁ、体は動くかな?

 

 

……無理。

 

 

「あ、あはは?今日の所は見逃して頂けませんか?」

「おほほほ……本当に、おバカなのね、あなたは」

 

 

立ったままのヒルダに見下され、馬鹿にしたようにって言うかバカしたんだけど、笑われた。

恥ずかしさでいっぱいだから、お顔真っ赤で何も言い返せない。

 

見ないで!こんな私を見ないでぇっ!

 

そして、悔しい。

あの人、羞恥心で悶える私を見て満足げだよ。

鬼!悪魔!吸血鬼!

 

限られた駆動可能範囲で顔を隠し、固い地面と二度目のでこタッチ。

私は地面私は地面私は地面……

 

 

「トオヤマクロ、そのまま聞きない」

 

 

 

 

 

ヤダ。

 

 

 

 

 

……嫌だけど、動けんしなぁ。

 

 

「光栄に思う事ね。私はお前を招待しに来たのよ」

「……」

 

 

 

 

 

ヤダ。

 

 

 

 

 

……嫌だけど、逆らえんしなぁ。

 

 

「何度か耳にしているのではなくて?――リトル・バンディーレ、と呼ばれる戦いを」

「――ッ!」

 

 

 

 

 

ヤダヤダ。イヤだ。

 

とうとう来た、こっちの方からも勧誘が。

 

箱庭からも勧誘されかけたのに、今度はパオラが話してたリトル・バンディーレの戦士さんがご登場ですかい。

私は1人しかいないんだよ?トロヤみたいに増えないんだからね?

 

しかも、引き入れるだの処理するだの、こっちはかなり過激派が集まってる印象だ。

ヒルダ以外にも多数の化け物が関わっていても何らおかしくはない。

 

断れば恐らくこの場で……

 

 

「トオヤマクロ、これはお前の為なのよ。戦役の中で同盟は3つまでしか作れない。私はトロヤお姉さまの代理としてルーマニア代表戦士レフェレンテを務めるわ」

「……同盟?」

 

 

なんだか用語まで似てるんだな、箱庭とリトル。トロヤも掛け持ち派か。苦労してるなぁ。あっちは増えるけど。

しかも、こっちも国の代表?こっちも世界規模の争いになるんですか?

 

 

「予想される参加国は12ヶ国。その中でルーマニアブルガリア、エジプト、ドイツ、オーストリアは既に同盟を締結している……この意味が分かるでしょう?」

「……」

 

 

3分の1以上はもう一つにまとまってるって事か。

そうなれば、そこに新たな同盟を申し込む国も出てくるかもしれない。

 

もしそうでなくとも、戦力が十分に揃っているから、残りの国が一纏まりにでもならない限り、一番の勢力を持つことになる。

 

……そこに私を匿ってくれるつもりなのか?なぜか参加前提で命を狙われてるみたいだし。

 

 

「理由を、聞かせてください」

 

無償の助けなど容易に信用してはならない。

それは必ず相手にとって有利になる点が、どこかしらに存在するからだ。

 

だから出来るだけ話をさせて、その綻びを見つけ出す。

口を滑らせれば大金星だが、矛盾点を掴めればそれだけで良い。

 

話し掛けるにあたって、真剣な表情で熱が引いた額を持ち上げると、目が合ったヒルダはわたたたっ!と焦ったように目を逸らした。

ははーん。後ろ暗い事を隠してますね?

 

 

「理由は……そ、そう!戦力、戦力の増強よ!」

「あら、ソウデスカー」

 

 

ダメだこりゃ。初手で嘘つかれたっぽい。

 

でも、まて。

仮にも相手は吸血鬼。見た目と年齢は釣り合わないんだろうから、相当な人生経験……してるかな?

トロヤもそうだったけど、箱入り娘って感じがするよね。古めかしくて浮世離れしてるし。

 

だが油断しないぞ。

あのしどろもどろで取り繕うような受け答えも、わざとかもしれない。

 

戦力目的ではないと見せかける為かも。

 

 

「それだけなはずはありませんよ。ヒルダ、あなたの同盟は他を圧倒するはずです。その中に私一人が挑んだ所で、一蹴されてしまうでしょう。敢えて私を誘う理由が知りたいんです」

 

 

これは確認。

もしかしたら、初めに話した同盟が……聞くだに強そうだけど、もしかして弱小国家の集まりなのかもしれないし。

そしたらやっぱり私はガンガン矢面に立たされるわけだ。その線を潰しておきたい。

 

 

「ッ!トロヤお姉様に勝利したお前を欲することに、なんの疑問を持つのかしら」

「トロヤの実力を知るあなたが、戯れ程度であっても彼女に私が敵うと思うんですか?」

 

戯れで幾度となく殺されかけた。

いいかい?人はね、刃物で切り刻まれると死んじゃうんだよ?

再生する吸血鬼には分からないだろうけどさ。

 

「お姉様が負けを認めたのよ!その事実に相違はないわ!」

 

思い通りにいかない私が気に食わない気持ちを、彼女の何らかの感情が押さえ込んでいる。

いや、感情だけじゃない。

 

ヒステリックに叫ぶ彼女は、その裏で常に何かを思考している。ここで私を殺してはいけない事情があるのだと、理性が強い抑止力になっているみたいだ。

 

 

やっぱりおかしい。

彼女がそこまで必死になる本当の理由が分からない。

 

 

「あなたより弱い私を引き入れて、どうするつもりなのかと聞いてるんです!」

 

 

そう言い切り、跳ね起きる。

体の痺れはだいぶ緩和されたし、同盟を組むのはどう考えてもリスクが高い事が分かった。

逃げるなら動揺を誘えている今の内に……

 

……逃げるのは無理だな。

この暗闇の中、闇を支配する吸血鬼からどれくらい逃げられる?お空の天気も芳しくない。

 

ならば、戦って倒していく。

その方がまだ可能性はあるだろう。

 

 

無形の構え。

ヒルダが動けば、私は即座に発砲できる。

 

「リベンジです!ヒルダ。出来る限り手を抜いてくださいね」

「……イヤね、億劫だわ」

 

 

ヒルダが真面目な顔でチラリと右を見たが、そんな古典的なトラップに引っ掛かると思ってるなら、余りにも舐め過ぎである。

……ちょっと気になるけど。

 

(ほら、何も起きないじゃないですか。ヒルダもこっちに向き直ってニコッとしてるし、いやはや、騙し合いではトロヤにも圧勝だったんですからね)

 

彼女はじっと動かないで向かい合い、ニコニコ顔から、してやったりなニヤリ顔。

紅寶玉色の瞳も吸い寄せられるような色目遣いで、私の視線を奪い……前にもこんなことがあったような……ッ!

 

(しまった!)

 

あのトラップはブラフ。

本命は姉妹揃って面倒臭いあの能力。

 

(催眠術か……っ!)

 

 

「トオヤマクロ、そのまま、そのままよ、いい子ね。両腕を後ろに回して、大人しくするのよ?」

「卑怯……者ォ……」

 

 

 

 

 

 

 

思い出すだけで悔しい。悔しい悔しい悔しーいーっ!

 

ヒルダの思惑は私に露払いでもさせる事なんだ。

彼女がサンタンジェロ城に私を幽閉しようとしたのも、リトルが始まった後にローマ市内で暴れさせるつもりだったんだろう。

 

こうして連行、監禁された牢屋も、ローマ市内のどこかだと思う。たぶん……地下。

鎖で拘束された後は、半裸で全身真っ黒な、これもたぶん男性?いや、オス?のジャッカル人間に袋に突っ込まれた。そこの斧を持ったおっかない看守さんだ。

躾がなっていないのか、客人の扱いが雑で、偶に思いっきり壁とか段差にぶつけやがりましたよ、御輿持ってこいや!

 

おかげで体は今も痛み、ムチ打ちとあちこちに打撲の傷が量産されている。

はぁー、朝から晩までどん底だ。

 

 

「"……あなた、日本人……?"」

「"……えっ?"」

 

 

さっきと同じ少女の声が隣の牢から届く。

 

……返事、返ってきたぞ?まさかの日本語で。

 

とはいえ、日本人ではないだろう。そこまで流暢な発音でもない。

過去に話す機会があったのかもしれないが、日常会話が出来るレベルなのかは分からないな。

 

 

――良し、決めた!顔が見たい。

 

 

会話が可能ならどうにかできる。

お隣さんだよね、だったらすぐ近くにいるのと同じだ。

 

痛む全身を動かし、リラックス状態から体を起こす。

スイッチの調子は……いけそうだぞ。

 

 

「"今、そちらに伺います。少しお待ちください"」

「"……えっ?えぇっ?"」

 

 

ヒルダは私の武装を解除しなかった。

人間ってだけで甘く見てる節があるし、その考え方は改善した方が良いと思う。

 

しかし、流石に脱走や自殺を防ぐ為だろう、金属の類は牢の中に置いていない。

 

 

(――まさかね、もう使う事態になるとは思ってもいなかったわけなんですが、パオラ様ありがとうございます!)

 

 

私が取り出したのは"アンコウナイフ"。

別にこれで両手首を切り落とすなんてことはしない。体勢的に出来ないし。

 

厄介な縛り方をしてくれたもんだよ。

首と繋がってるから腕を下にも下げれないし、脚も潜らせられない。

 

このままでは何をするにも一苦労。

脱走前にどうにかしないと。

 

 

(看守の強さは分からないけど、腰布だけ身に付けた下僕っぽいのが、ヒルダより強い訳ないよね)

 

 

シミュレーションは完了。

あいつも、あいつの得物も利用して、脱走したる!

 

覚悟を決めて、圧力弾倉とアルミ弾倉を手の感覚だけで識別すると、順番にアンコウナイフのグリップの中に詰め込んだ。セット完了。

後ろ手で良かった。前で縛られてたら詰んでた。

 

鉄格子に背を向けて立ち、左手に鞘に入った刃の方を握ったまま、右手でグリップの起爆スイッチを押し込む。

 

 

――さあ、準備は出来た!確実に決めろ!

 

 

右手を放すとワイヤーが伸びて、グリップは地面に向かって落下していく。

それを右足の裏で一回トス、さらに振り向きざまに、少しだけ強めに蹴り飛ばす!

 

 

 

ヒュンッ――!カッ

 

 

 

蹴ったグリップ改め閃光弾は、鉄格子に掠って方向を変え、看守の方へ……

 

 

「……?」

 

 

伸びたワイヤーが3mを超えて回路が作動し、ジャッカル男の武器――半月型の斧に巻付いて停止する。

 

 

「?…??……ウォン?」

 

 

見慣れない物体に釘付けになった看守さん。

大丈夫、火傷するけど、死にはしないから。

 

 

 

カッッッ――――!!

 

 

 

流石に暗闇専用で安全性に留意したものだけあって、学校で扱うマグネシウム混合の閃光手榴弾程の強い光ではないが、闇に慣れた目には太陽よりも眩しい十分な威力!

直接見えていないのに、視界に残光が残る程には強力である。

ジャッカルさんも突然の光に驚き、咄嗟に防御態勢を取った。

 

 

――今ですッ!

 

 

斧から伸びるワイヤーは、私の左手のグリップに繋がっている。

それを頂くぞ!

 

残念ながらアンコウナイフにはワイヤーを巻き付ける機構は無い。弾倉を詰めて電子回路を搭載するだけでいっぱいいっぱいだからだ。

だから自分の腕で引き寄せるしかないのだが、私は腕が使えない。

 

しかし方法がない訳ではないよ?

過去に似たような光景を見たからね。

 

 

 

(廻れ廻れ、廻れぇーッ!)

 

 

 

自身の左脚を軸に、右足で思いっきり地面を蹴って全身を回転方向に加速させる。

 

トロヤとの戦闘でフラヴィアが使った人間ウィンチ。

あそこまでの速度は出ないけど、斧の1本くらい引き寄せられる!

 

伸びたワイヤーが上半身に巻付いていく。全部で4、5mは伸びただろう。

最初は順調に巻いていたが、

 

(これ、かなりくるじい……)

 

防刃制服と腕に巻付いた鎖があるから、ワイヤーで身を切る心配はないものの、結構締め付けられて、制服がぴっちりと体の線に張り付いていく。

フラヴィアはよくも平気でこんな事出来るな。

 

しかし、その効果は確実にあった。

看守は急に引っ張られた武器を手放し、慌てている。

 

斧が牢の鉄格子の隙間を通過する、その直前、私は回転を止めて両膝を曲げ――

 

 

鉄沓かなぐつ――ッ!」

 

 

左足の爪先、足首、膝、そこから腰を通して右膝、足首を同時に伸ばすことで、最後に右足で放つ後ろ蹴り!

 

それを斧の持ち手の末端に叩き付ける!

 

 

 

ガギィンッ!

 

 

 

鉄格子に挟まる様に引っ掛かった斧は、叩き付けられた衝撃をてこの原理で反対側に伝達し、そこから直径3、4cm程の鉄格子に衝撃が伝わって、2本の鉄柱を手前側に大きく変形させる。

 

ここが脱出経路だ!

 

この機会を逃せば次は無い。

鎖とワイヤーが体を縛り続けたまま、牢の外に抜け出す。

当然斧も後ろから付いて来る。

 

 

「ウオオォォーーンッ!」

 

 

(げっ!)

 

看守さん、もう復活してる。

それ以上に、あの閃光を目の当たりにして、目が普通に見えてるみたいだ。

 

(こうなったら……アレを、やるしかない)

 

動物の如き素早さで接近してきたジャッカル男は、私が引きずっていた斧を拾い上げると、そのまま上方に振り上げるように攻撃してきた。

 

(なんて筋力だよ!斧は振り下ろすもんでしょ!?)

 

ワイヤーが繋がっているせいで、踏み込みで離れることも出来ず、避けられない!

出来る事と言えば後ろに振り返って、鎖で刃を受けるくらいのもの。

 

 

 

ガチャアッ!

 

 

 

しかし、鎖で受けても、その威力を殺すことは出来なかった。

打ち上げられるように天井に叩き付けられた私は、今度は重力に引かれて地面に叩き付けられる……うつ伏せで、使で――。

 

天井に叩き付けられた時は意識が飛ぶかと思ったけど、衝撃を逃がす訳にはいかなかったのだ。

 

 

骨克己こつこくき』――

 

 

自分の身体を自分の力で脱臼、骨折させて、物理的にフニャフニャになる末期的な脱出技。

本来ならば逃げ出せない狭い場所も通れるのだが、修復が自分の力で出来ないというオマケつき。やはり遠山家我が家はイかれてる。

 

そこで、あのジャッカル男を利用させてもらった。

1人で私を軽々持ち上げるくらいの筋力の持ち主だったし、ホントなら斧を返して、適当に振り回したところを利用しようと思っていたのだが、閃光に耐性があるとは。

こんな人外を観察できるほどに、耐性が付いた私も十分アレだけど。

 

 

首には鎖が巻付いたままだが、ワイヤーは切れたし、体は自由に動かせる。

もう、いいよね?

 

 

「ありがとうございました。すっごく痛かったので、これはお礼です」

 

 

脱走したら殺すようにとでも命令されていたのだろう。

起き上がった私に向かって、斧を振り上げたまま駆け寄ってくる。

 

 

「ウガァーッ!」

「……この黒き 闇に浮かびし黄金の 遠山桜は ああ、絶景かな」

 

 

歌と共に構えを取る。

これは私のオリジナル技だ。

 

防御寄りな技ばかりを継承した私は、攻め手に欠けていた。

だから私は鉄沓など、攻撃に特化した技を編み出したのだ。

 

この技もその1つ。

 

 

 

「――いつか散り行くこの花を、その目に焼き付けて下さいね?」

 

 

 

それは散り行く夜桜の様に。

 

華麗で淋しく、豪華で慎ましい。

 

 

まるで表と裏が正反対。

 

そんな表裏が、同時に見える、刹那の瞬撃。

 

 

 

 

 

――――――『徒花あだばな』。

 

 

 

 


 

 


箱庭とリトル・バンディーレ。クロは別物だと勘違いしていますが、この2つは同じものです。参加国の殆ども、その名前が挙がって来ていましたね。いやはや、どの国が思金を保有していて、どんな勢力図になるやら。


本編の内容に移りまして。
クロは捕まってしまいました。その犯人はヒルダとジャッカル人間。

さらに、その会話の中から、彼女がルーマニアの代表戦士としてブルガリア、エジプト、ドイツ、オーストリアと同盟関係であることも明かされていました。
クロも思っていた事ですが、明らかに強そうです。まず、ヒルダが弱い国と同盟を結ぶとは思えませんし、エジプトと言えばあの人もいますから、その時点で強い。

クロを勧誘した理由は何なんでしょうか?
そしてクロはこの同盟を受け入れるのか?

それは次回には明らかに……出来ればいいですけど。