まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹22話 親愛の徽徴(後半)

 

親愛の徽徴(後半)

 

 

「"お待たせしました。初めまして、私はクロです。あなたのお名前を伺っても?"」

「"クロ、さん?……あなたは、どうしてここに……"」

 

 

牢の中に閉じ込められていたのは、予想通り少女だった。

しかも、小さな子供。

 

奴隷のようなボロ布を、骨の浮き出ている痩せこけた身体に纏い、弱り切った表情が彼女の顔の形になってしまったかのように、怯えている。

 

私が特別に怖い訳ではないだろう、違うはずだ。たぶん、違う……と、思う。

看守を散らせた所はここからでは見えていないのだし、首の鎖も解いて外に置いてきた。こんなに親しみを込めて接する私が怖いわけがないのだ。

 

 

……まあ、確かに?

入る時に鉄の棒が邪魔だったから、再度斧をお借りして一発かました後ですけど、てこの原理ってのは遥か昔から体系化された人類の技であって、私が代表して恐れられる謂われはないんです。

 

(他人自体が怖いのかな?)

 

 

「"答えても構いませんが、今のあなたには教えられません"」

「"……っ!ごめんなさい……"」

 

 

ほら、謝った。

おまけに沈み込んじゃって、居た堪れない空気に……

 

(しゃーないなぁ、ヒントをあげましょう)

 

 

「"名前を、教えて頂けませんか?"」

「"…………"」

 

 

あら、誤った?

名前を聞くことがタブーワードになるの?

 

迷うような気配を感じないことも無い。

ただ、警戒して隠しているのではなく、口にしていいのかを真剣に悩んでいるみたいだ。

 

(……何を迷う必要があるんだ?)

 

身分?キラキラネーム?

……誰かに聞かれたくない?

 

 

「"無理に答えろとは言いませんよ"」

「"あの、ごめんなさい"」

 

 

また、謝った。

酷いな、これは重症かもしれない。

 

このまま気を遣って会話していても、互いに得るものは無いだろう。

仲良くしたかったけど、方針を変えようか。

 

 

「"ですが、それならあなたは、私の名前を呼ばないでください"」

「"……え?"」

「"私とあなたは、所詮牢で出会っただけの他人。仲間かどうかも分からないんです"」

「"ごめ、なさい……"」

 

 

他人という言葉に反応を示したが、名前を呼ばないでくださいと言われた時の方が動揺は大きかった。

ふむ、脈はあるようだし、もうちょっとだけ、彼女の心情を探るとしようか。

 

探りの用件はヴィオラが向いていると思う。

手伝ってもらおうかなとケータイを取り出してみたら、購入直後の電撃で、ものの見事にぶっ壊されてて無理だったけどね。

マジですかい。これ初期不良いけるかなぁ?

 

 

電源ボタンを長押しするも、画面に変化はない。

真っ黒で明かりにもならない画面に、深いため息を吐いて閉じる。

 

……そういえば、ヴィオラは私の窓枠の1つを自由に使いこなしていた。

 

私はON/OFFのみが可能で、1つだけは自由に中身を扱える。英会話教材CDを聞いたり、音楽を再生してみたり。

残りの窓枠は時間や距離等の計測や計算なんかで、窓枠の表面に落書きをするような感覚なのだ。セルヴィーレなしでは他の窓枠の内側には入り込めない。

 

それと私には窓枠の向こう側が見えない。

だから、その先に何かが潜んでいても、気付くことは出来ないのである。

 

対して、ヴィオラは窓枠の内側にまで計算を展開していた。

0と1の羅列が雨の様に、窓枠の世界を上から下へ、結合と分離を繰り返して消えていき、また新たな2進数が降り注ぐ。

 

あの窓枠は無色だったから私にはハッキリと見渡せなかったが、そこにもがいたのかもしれない。

で、誰か――セルヴィーレの人格の1人が。

 

そこから侵入を果たしたヴィオラとやらは、窓枠を通過し、窓枠の世界を自由に伸び進んで行って、別の窓枠に入り込んだ。

その世界には同じように雨が降り始め、枝をケーブル代わりとして、データの送受信と計算を行っていた。

 

彼女の能力は、私以上に私の能力を知っていたという事になる。

……少しだけ、怖い。

 

 

「"あなたはなぜ、捕まっているんですか?"」

「"私は……"」

「"あー……いえ、これは私が不躾でしたね。事情があるのでしょう"」

 

またしても辛そうな顔をする。

視線が左上と右上を行き来して、結局下に向き、過去の境遇だけでなく、未来への失意も強く表れていた。

 

秘密の多い子だ。脱走を目論む私と違って、現状をすっかり受け入れてしまっている。

そのくせ、どんな期待を拠り所としているのだか、自暴自棄な態度って訳でもない。

まるで、悪魔に攫われて、英雄の助けを待つお姫様みたいだ。

 

 

悲しいかな面会にやって来たのは武装探偵。

リアルじゃあ、行方不明者を見付けるのはそれを生業とする探偵が妥当だってこと。リアルの王子様は画面の向こうで大忙しさ、時間とスタッフに追われてね。

 

でも、私は王子どころか貴族でもないけど、こんな子供を牢に独り置いていく事は出来そうもない。

事情が判明しないまま、本人が離れる意思を顕わにするまでは、無理矢理に連れ出す事もしない。彼女自身が出たいと思わなければ、私が彼女を『物』扱いして盗むのと変わらないから。

 

なんとか外に出たいと思わせたいのだ。会いたい人でも、食べたい物でも、行きたい所でもいい。

狭窄な暗闇で心を潰す少女に、自由が広がる世界への1歩を進ませる。

 

 

その為には、私が手を繋がなくてはならないのだけど……初対面の人間に、そうそう手なんて見せてくれないよ。

こういう時はあの話題が無難ですかね。

 

 

「"好きなお花とか、ありませんか?"」

 

 

これはトロヤにも通用した(と思う)会話のツールキット。

吸血鬼に効果ありなんだし、花も恥じらう少女には効果絶大なはず!

 

 

「"お花?"」

「"そう、お花です。色とりどり、形さまざま。可愛く、美しく、儚く、艶やかに咲く、この星が世界中に芽吹かせる奇跡の魔法。興味ない…かな?"」

「"……ある。あります"」

 

 

彼女はしきりに辺りをキョロキョロと見回す。

2人しかいないはずの空間で、私ではない誰かを警戒しているのだ。

その正体が私には分からず、不自然な影が無いかを一緒にぐるりと探してみる。

 

「"……大丈夫そう"」

 

安全を確認できた様子だが、その顔には焦りが見える。

好きな花を聞いただけでどうしてそこまで気を回さなければならないのか。

 

「"ヒマワリ、です"」

「"ヒマワリですか!太陽の様に明るくて、元気の出る良い花ですよね"」

「"しーっ……聞かれてしまいます"」

 

 

相槌を打った私の声が大きかったので、注意されてしまった。

ごめんなさい、一瞬、楽しそうな顔をしたから、もっと気分を盛り上げようと思って……

 

 

年下だろうに、しっかりしてるなー。

こんな状況だからこそお互いを鼓舞し合う、お祭り大好き強襲科と違い、状況の悪さを鑑みて、騒ぐ事の危険性を理解している。

そういう訓練を受けて来たわけじゃないだろうに、筋が良さそうな子だ。

 

大人しくしていろと言われた数分後に、つい出来心で脱獄したのは私。

派手な金属音が反響しただろうし、勘付かれるのも時間の問題かもしれない。

 

 

「"ヒマワリ好きな子が私の友達にいるんです。素直で優しいですし、日本語も話せます。彼女をあなたに会わせたいですね"」

「"お友だち……"」

 

あからさまに気落ちした感じで視線を逸らしたかと思うと、直後にはあの諦め顔。

……ダメだな、モヤっとする。

 

(これが姉さんの言う、時折私が見せる表情ってヤツなのか)

 

その辺は同じ感情を持つ者同士で分かってしまうが、あれは無意識に出てしまうもので、隠そうと思っても取り繕えない。

今は無理だと評価しても、"いつかはどうにかなる"。そんな希望があれば、あそこまで顔にべっとりと張り付いたりはしないのだ、

 

 

――

 

 

未来永劫。成し得る事はない。

そう思ってしまうから、ああなる。

 

私の顔にも、同じ心情の人間や親しい人間など、見る人が見ればあの泥のような表情が張り付いているのだろう。

相対する少女の様に。

 

 

私は嫌いだ。この不可能という言葉が。逆もまた然り、碌なモノじゃない。

100パーセントの確率ほど、人間の可能性を否定するモノは無いから。

 

特に倹約心に凝った訳ではないけれど、100%失敗するなら私はそこには手を付けない。それは非合理的だから。

別に向上心の塊って訳ではないけれど、100%成功するなら私はそれ以上手を加えない。それは非効率的だから。

 

するとどうだろう、結果は100%だが、私は全ての力を出したと言えるだろうか?

100%を出し切らなかった、私の残りはどこに行ってしまったのだろうか?

 

少しずつ、本当に少しずつだけど、私が削れて行っている。

そんな妄想が、追い詰めるのだ。

 

 

という存在が、ような。

一種の強迫観念。

 

それが……窓枠の向こうに現れた別のの存在が、余計に拍車を掛けて――

 

 

 

 

――私が主人格で、窓枠の向こうの自分がもう1人の人格だと……

 

 

 

 

……『誰が、言った?』

 

 

 


 

 

 

「"うっ、うぅっ……お姉さま、どこに行っちゃったの……"」

「"……"」

「"お姉さま……"」

「"……おい"」

「"ううぅー……"」

「"おい、無視すんなよ!変なフリフリ着てるな、お前"」

「"う?……誰?"」

「"なんだよ、金髪だから迷子の外国人かと思ったら、日本語喋れるじゃん。ほら、行くぞ"」

「"えっ……どこに行くの?はぐれたら動いちゃいけないんだよ?"」

「"ただ泣いててもつまんないだろ。歩くぞ、フリフリ。迷子センターまでついてってやる"」

「"あなた、さっきから失礼だよ!私の名前はフリフリじゃない、理子って言うの!それに、言葉遣いが荒くて、折角浴衣を可愛く仕立てられてるのに、もったいないよ!"」

「"は?何言って……"」

 

 

「"どうしたの?"」

「"い、いやいやいや、ななな、何でもない。悪い、お……あたし、兄さ……姉さんを探してたんだった。迷子センターは屋台に沿ってけばある。じ、じゃあな!"」

「"待って!"」

「"な、なんだよ。急いでるんだ"」

「"声を掛けてくれて、ありがとう!"」

「"――っ!お、おう"」

 

 

「"ねえ、あなたの名前、教えて?"」――――

 

 

 


 

 

 

「"…で…すかッ!?"」

「"……ん…ッ!"」

 

 

ハッとした時には彼女の顔がすぐ近くにあった。

スイッチが入っているからって長く考え込み過ぎたみたいで、ずっと黙ったままの私を心配してくれたみたいだ。

 

元々はパッチリだっただろう二重の瞳は、うまく入らない力で瞼を懸命に開き、心ここに在らずで虚無な私の瞳を見つめている。

接近して気付いたが、パサパサに乾燥した髪の毛は毛先で枝分かれし、衣・食・住の基本的で最低限の生活も送れていない事が窺い知れる。

 

 

 

――ぴり……

 

 

 

(ん?今、何か?)

 

 

一瞬、何かが気になった。

しかし、その追求よりも彼女の心を晴らす方が先決だろう。

 

 

「"クロさん、大丈夫ですか!?"」

「"……はい、ご心配をお掛けしたようで"」

「"顔が悪いですよ"」

 

 

(失敬なッ!)

 

あ、顔色か。

最近、パトリツィアが同じような日本語の誤用による失言をしなくなったから、久しぶりな感じがする。

すぐ思い出せるだけで「"手が早いね仕事が早いね"」とか「"カモノハシみたいな足だね羚羊のような足だね"」とか。

 

可愛らしい暴言だけを挙げてみたが、酷い時はホント酷い。

「"大変そうだね、骨折ってあげようか?"」はマジでビビったからね?あの人シャレになってないからね?

手伝うでいいよ!身の危険を感じたよ!

 

懐かしくて、ちょっと笑っちゃった。

 

 

「"もう、問題ありません。それより……"」

「"?"」

 

先程の暴言は聞き流そう、ただの言い間違いだろうし。

でも、これは聞き咎めざるを得ない。決着を付けなければならないだろう。

 

少女は自身の発言や仕草に問題があったのかと顧みているところだが、暴言問題には思い至らない模様。

まあ、そっちはどうでも良いんだけどね。

 

 

「"名前……呼びましたね?"」

「"ッ!"」

 

 

一際びっくりしたように全身を不随意的に跳ねさせた少女は、もうビックビクになって……ちょ、涙まで出て来てるんだけど!?

そりゃちょっと威圧を込めて声を発したよ?でもここまで怯えるか?

 

何かを想起している。

子供がお説教やお仕置を嫌って、親に同情と許しを乞うのと同じように。

これは防衛本能の1つなのだ。……きっと。

 

しかし、そう簡単に絆されるのも彼女の為にならない。

心を鬼にして少しきつく当たってでも、性根の修正が必要になるはずだ。

 

 

「"怒っていませんよ?でも、許しません"」

「"ご、ごめんなさい!"」

「"謝ったって駄目です!"」

「"本当にごめんなさい!"」

「"だめだめ"」

「"ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――"」

「"えっ、ちょっと……"」

 

 

謝り続ける彼女の姿には、ほんの少しの理性も感じない。

本能で、ただただ生き残る為だけに、この方法しか許されていなかったかのように。

 

ただただ、謝り続ける。

その姿は――

 

 

 

(――チュラを思い出す)

 

 

 

パトリツィアとの決闘で、私が空白による負傷で意識を手放しそうになった時、駆け寄ってきたチュラもそうだった。

 

一生懸命に謝って、次には……何をしていいのか分からない。だからまた、謝る。

 

その光景と瓜二つだ。

 

 

だが、あの時とは確実に違う。

この少女は私と出会ってから、端々に知性を感じた。

振る舞いも崩れかけてはいるが、親の教育はあったのだと思わせる影を感じられたし、ここに閉じ込められるまでは普通の人間として生きてきたのだと思う。

 

という事は、今の彼女の振る舞いは――

 

(――思考の放棄か)

 

こりゃよっぽど酷い環境だったんだね。

 

あの吸血鬼はこんな少女にも容赦はないのか。

貴族っぽい立ち振る舞いだし、サディストだしだけど、根は良い人なのかもって期待してたのに……

 

 

これは、あれだな。

脱走計画は放棄しよう。

 

 

オシオキが必要なのはこの少女じゃなくて、夜だか闇だか知らんがあっちの眷属様の方だからね。

 

 

 

勝てるか?

――知らんがな。

 

 

後の事は考えてるのか?

――知らんがな。

 

 

お前に利益はあるのか?

――少し考えたら?そんなの……

 

 

 

 

 

……知らんがな!

 

 

 

 

 

屋上での一菜との会話が完全にブーメランになっているが、私だって助けたい人間が目の前にいたら手を差し伸べたいんだ!

 

 

「"教えてください、あなたの名前を。私はあなたの友達になりたい!"」

「"――ッ!"」

 

 

うわごとの様に謝罪の定型文を繰り返していた少女は、今までで一番大きく瞳を開け、その瞳には微かに光が――

 

 

 

――消えた。

 

 

 

 

「"そいつに名前なんてないのよ、クロ?"」

 

 

 

生気を失った少女の視線は、私の顔から背後へと移っていき……

その背後から、ご丁寧に日本語で、闇の眷属様私の敵が、そう伝えてきた。

 

 

ヒルダ……!」

 

 

ああ、そうかい。

あなたは本気でそんなことを言う人だったのか。

 

肩がガックリと落ちる。

一菜には悪いが、私はこいつとは仲良く出来そうにない。

 

「そこで何をしているのかしら。外のゴレムは、あなたの仕業?」

「死んではいませんよ?しばらくは安静にした方が良いでしょうが」

「おほほほっ!あなたって魔術に疎いのねぇ。使い魔の正体も見極められないなんて」

「正体?」

 

外の看守――ゴレムさん?――は確実に制圧した。

かなり頑丈だったから『徒花』を3セットもぶつけたが、人じゃないし死んではいないだろう。

 

それより使い魔ってのは、アレだよね?魔女の使役する烏とか蛇とか狼とか。

人っぽかったけど顔はジャッカルだった、ハイブリットな生物。悪趣味な使い魔だよ。

……そういえば体が鉄みたいに固かったなぁ。

 

 

「そのおかげであなたの脱走に気付けたのだけど。もう少し賢いかと思っていたわよ?」

「それは使い魔を取り逃がしたことについてですか?」

「ええ、でもそれ以上に……逃げ出そうとするその愚かしさについて、かしら」

 

 

ヒルダが殺気にも似た強い威圧感を放ち始める。

脱走を認めた時点で、ジャッカル男同様私を引き入れるつもりはないのかもしれないが、それで構わない。

 

あんな奴の仲間になんかなってたまるか!

 

 

 

ヒルダ・ドラキュリア」

「何かしら?」

 

 

自分よりも強い相手に啖呵を切るのだ。覚悟は……もう決まってる。

 

 

勝って、彼女を救い出す覚悟が!

 

 

「私はあなたが嫌いです!」

「――っ!」

 

 

 

元々白い顔を、更に青白くさせたヒルダは、優雅に揺らしていた蝙蝠の翼をピタリと止めた。

怒っている訳ではないようだが、その顔はすぐさまキッ!と私を睨み付ける形に変わる。

 

どうやらムキになってるみたいで、青くなった肌は今度は一転して、赤くなっていく。

色白だと色の変化が激しく、分かり易くていい。

 

 

「私はあなたが、もしかして良い人なのかもと勘違いしていたみたいですね」

「……そんなわけがないでしょう。お前達、弱き人間の様に互いを助け合うなんて傷のなめ合いはしないわ。大いなる自然の中では強者が絶対なのよ」

 

 

 

もう彼女と繋ぎかけた手は離れる。

それでいい、いいんだ。

 

彼女は……敵だ。

 

 

「私はリトル・バンディーレには参加しません。当然あなた達との同盟も組みません」

「お前に選択肢を与えた覚えはない。逃げることも死ぬことも許さないわ。お前は私達のになるの、絶対にね」

 

 

ここまでやって、尚も仲間か……

単なる同盟ではないんだな。

 

戦力だけじゃない、私には何かが求められている。

彼女達の同盟にとって、リトルは通過点に過ぎないのかもしれない。

ただ、こうして欲しいものを手に入れる、契機のような認識……

 

余計に従うわけにはいかない。

私が欲されているなら、私の力で止められるかもしれないのだから!

 

 

「いいえ、敵です!あなた達が平和を……人間を脅かすような事があれば、私は止めに行きますからね」

「く……っ!この無礼者ッ!再三の赦免を無下にするつもりなら、お前の四肢を捥いででも――」

 

叫喚に頭の中が痺れるほどに震わされる中、鋭敏になった私の耳が甲高い音のとは別の、こちらに接近する靴音を察知する。ヒールが地を叩く音はだんだんと大きくなり、踏み込みに合わせて、時折シャランと金属の鳴る音がした。

 

視界の通らない獄中からその姿は確認できないものの、廊下の光源と影の長さから、身長は高く、かなりほっそりとした体形。

遅れて登場したもう1つの影も同様に細身だがこっちはスカートを履いていて……頭の左右から髪が2束、天を衝くように逆立っている。

 

「"そこまでにしておくのぢゃ、ヒルダよ。ほほっ、フラれたからと自棄になる事もあるまいて"」

「"ヒルダ。仲間は大切にね?彼女は私達の待ち続けた存在……の可能性が、あるとかないとか"」

 

 

正に一触即発の場面の私達を制止する声が2つ。

吸血鬼が殺気を引っ込めたので、こちらも解かざるを得ない。

 

――日本語で話し掛けて来たのは、件の同盟者だろう。気配が只者ではない。

 

敵対した吸血鬼と同等か……それ以上かもしれないぞ。

ここに来て、絶望的な戦力差となり、なるほど確かに、私に選択肢など与えられていないことが理解できた。

 

 

「"ふ、フラれたですってッ!?違うわ!私は自棄になんかなっていないわよ!"」

「"焦って否定する。そんなところも恋心が、有とか無とか。とってもヒルダらしくって、怪しいね?"」

「"どれ、お前が相手とやらの顔を、妾にも見せてみよ"」

 

三者の反応は、どことなくあの3人組を思い出させる。

互いを知り合って親睦を深めてきた、ただの同盟相手とは思えない関係。

恐ろしい想像だが、戦いの中でも連携が取れるほどに繋がりが深いのだとすると……カナでも勝てないかもしれない、あの3人には。

 

ここに最低でも、後2人は超戦士が増えるわけだ。

世界征服が出来るんじゃないか?ここまで揃えばそう考えても、突飛のない話だとは言い切れないぞ。

 

そんな中、蛇に睨まれたカエルの如く動くことを封じられた私は、牢の中を覗く視線から逃れることは出来ない。

姿を見せた2人の人間?は……最悪だ。

 

 

 

先に現れたのは前情報通り、スラっとした身長が少し高めの女性。相当な美人に成長するだろう。今のままでも十分に美人なのだ、2、3年後には妖艶さも増し、傾国の美女と言われる程の存在となっているに違いない。

彼女のプライドをそのまま表現したような顔は、切れ長の目で私を見下せないからか、少しだけ身を反らせた状態で見下ろしている。

 

「"これはこれは!少し我が強そうな顔をしておるが、東洋人の戦士メジャイも悪くないかもしれんのう"」

 

ハイヒールのサンダルで仁王立ちをし、肌も露わな水着姿の上には帯を一本、脚の間に垂らしているだけの煽情的な恰好。見た目から年上だと思う。

バラが好きなのだろうか、彼女の身体からは甘さを多分に含んだ官能的なローズの香りが漂ってくる。香水だけではなく、彼女の身体自体から香っている。不思議。

 

メジャイって何?日本語で話すなら、全部日本語にしてよ。

ハムナプトラなの?守護者なの?お強いアーデスさんなの?

 

 

「"パトラッ!横取りは許さないわよ?"」

「"心配せずとも、弱き者はいらん。強さも美しき女の審査基準に入るでの。こやつは魔女でも無し、精々がCランク程度ぢゃろう"」

 

ちょっと!無茶苦茶言われてるんですけど!

しかもそのランク、リアル武偵ランクと同じ位置づけで、反論のしようも無い!

 

 

評論会でいらない子宣言された私を興味深そうに眺めているのは、隣の女性よりは低い身長で痩せているというより細く儚い印象を受ける少女。

抹茶色の頭の上には……見間違えじゃない、角みたいな2本のトサカが立っている。髪の毛の一部に見えなくも無いが、ヘアスプレーやワックスで固めた物よりもツンツンとしていて、良く刺さりそうな感じがするな。

パトラと呼ばれた女性とは反対に、垂れた目と陽菜並みのロングなゆるふわローポニーテールで、落ち着いた可愛らしさがある。

 

 

「"……この子、ホントに強い?トロヤに勝てるような気がしないよ。有無も必要ないくらい弱そう"」

 

辛辣な事を言いながら蛇のような瞳孔の目を細めたこちらも、ローズが主流な香りではあるがベースは違う、甘さは控えめで暖かくエキゾチックなふんわりとした、さり気無い香り。

オシャレなロングブーツの下には、私と同じようにおそらく防刃性のストッキングを着用していて、両手にはチュラ同様、黒いグローブを嵌めている。

そして最悪なのがこの少女の服装――ローマ武偵中の制服だ。殲魔科が好んで着用する旧型の物を丈の短いスカートに変えているが、別に珍しい事でもない。

 

イタリアには既に、この少女が潜入済みだという事。

そして――

 

 

「"パトラー。こんなのに邪魔されたの?私達の作戦って"」

「"……失敗したのはパトリツィアぢゃ。それも、のうヒルダ"」

「"あなた達の方で計画があったのなら先に話しておくべきだったのよ。おかげで私も捕らえ損ねたのだし"」

 

 

(――1週間前の事件に関わっていた……って、パトリツィア?)

 

確かに聞いた。

あのおかっぱ頭の女性の口から出たのはパトリツィアの名前。

 

偶然、同名の別人か?

だってパトリツィアは事件に巻き込まれていたんだし。

 

 

いや、待て。

 

考えてみたら、あのパトリツィアがどうして捕まるようなヘマを犯した?

彼女は狙撃対策も立てたとか意味不明な事を言っていたし、相手に超能力者がいた可能性が高いだろう。

だとしたら、なぜニコーレと陽菜は2人だけの潜入にも関わらず短時間で制圧できた?

 

超能力者が目標を捕らえた時点で契約満了となり、地下に入らなかった可能性もある。

裏の人間は雇った人間を口封じの為にすぐに裏切るから、必要以上の面倒を避けたというのが自然かもしれない。

 

これで一応筋は通る。

 

 

でも、もしも。もしもだ。

 

パトリツィアの誘拐自体が、彼女達の作戦の一部だったとしたら?

パトリツィアが彼女達の協力者の1人だったとしたら?

 

邪魔されたというのは一菜の確保の事だ。謎の男がその実行犯を担い、殺し屋に弾かれて逃走……あれ?

 

 

狙撃されて……無事だった?

 

 

 

『私は狙撃対策を立てたんだよ。"供え物は売れないし"だっけ?』。

……まず、単語として成り立っていない。お供え物を売ろうとしてんじゃないよ、罰当たりが。"備えあれば憂いなし"だから。

 

 

パトリツィア。もしかして、あなたは……

 

 

 

あの夜、偽物はミラとルーカだけじゃなく、パトリツィアの偽物もいたのか?

その偽物を最高のデコイとして……謎の男――本物のパトリツィアは一菜を狙って動いていた?

 

でも、なぜ屋上に先回りできたんだ?

私達だってあそこに向かったのはヴィオラの根回しで急遽決まったことだったし、一菜との電話の部分も合わせてどこからか情報が漏れたはずだ。

 

ここからは予想になるが、

 

1つ目『偽物のミラかルーカが仲間であり、情報をリークした』。でも、これでは電話の内容が漏れるはずがない。通信機の方に一菜の移動は伝えていないのだから。

2つ目『本物のミラかルーカが協力者であり、そこから情報が漏れた』。しかし、これも同様電話の内容は漏れない。それに、屋上でバッティングした段階で戦闘になるなら分かるが、わざわざ敵対していないヒルダに、パトリツィアの仲間が先駆けて仕掛ける必要は無かった。最初からパトリツィアと合流すれば済んだ話なのだ。

 

この2つから、ミラとルーカはパトリツィアと積極的な協力関係ではないか、そもそも敵対していた可能性すらあり得る。

2人が偽物を使ってまで暗躍しヒルダに仕掛けた理由、それはヴィオラ関係の線が太い。パオラたちを襲った奴らの仲間という事だ。

 

3つ目は『ずっと何者かに見張られていた』これが有力だ。その人物は私達の動きを把握する立場にあり、私と一菜の関係も知っている。パトリツィアとの関りもあって、近くでずっと、追跡してきた。

導き出されるのは親しい間柄の誰かという結果。

 

 

(アリーシャ?)

 

 

思えば不自然だった。

城に彼女が姿を現すのは早過ぎたのだ。

 

連絡手段も無かった私達が再びそのチャンスを得たのは、地下を脱出した後。

その時には近くまで来ていなければ、あのタイミングで顔を出せる訳がない。情報が鎖されていたのだから。

 

彼女がずっと追跡してきていたのであれば、色々と説明がつく。

電話の内容を聞かれていれば、それはそのままパトリツィアの下に情報が送られる。

そして、私達の目的地を知っている彼女は、その先導まで行えた。

 

仕事として受けたのであれば、あの姉妹は手段を選ばないだろう。

非殺さえ守れば、後は破壊活動でも平然とやってのけるかもしれない。

 

 

これは後でこっそり調べてみようか。

だからここで果てることは出来なくなった……所だったのだが。

 

 

「"でも、さすがにトロヤに勝ったのは嘘でしょ?それとも、このうっすーい水みたいな気配は、わざと薄くしてる?"」

「"ほほほっ!そんなに気になるのなら試せば良い。妾も見てみたいしのう"」

「"トロヤお姉様との戦いは直接見ていないわ。……私も疑っていたの、余りにも弱すぎたから"」

「――ッ!」

 

不味い、非常に。

話の流れが不穏だ。

 

珍獣のいる動物園で、目玉動物の檻の前みたいに勝手に盛り上がってる。

こら!檻の中に入っていいのは飼育員さんだけだぞ!こっちには小さい子供もいるんだ、表出ろや!

 

もはや安全柵に見えていた牢の中に侵入し、その距離を縮めて来たのは、こんなの呼ばわりをしてきたローポニーの制服少女。

3人の中では一番マシかなー、なんて思ってたからちょっとだけ安心しまし――

 

 

「"人間、精いっぱい足掻け"」

「"――はぇ?"」

 

 

無意識。

もう何も考えずに姿勢を下げた、その頭上を鼠色で粘性のあるモルタルのようなドロッとした物体が通過し、背後の壁に当たって飛び散る。

 

飛散物はそれぞれがその場所で固まり、大小バラバラの大きさのスパイクみたいに鋭利で尖った三角錐となって残った。

檻の中にいた少女は部屋の隅で膝を抱え、丸くなったままガタガタと震えている。

そのまま、大人しくしててくれ。自分の事で手一杯だ。

 

制服少女の方は尚も変わらず、表情一つ変えない。

鷲掴みにするような格好の左手を腕ごと真っ直ぐに伸ばし、こちらに向けただけ。

 

溜めの動作は無かった。何かを取り出す挙動も。

今の攻撃はどっから出した?

 

無から有は作り出せない。

ヒルダの様にエネルギーをそのまま放出させるような技ならまだしも、この攻撃は

どこかから元となる物質を取り込んだハズ……

 

 

「"何を探してる?人間、余所見をするな"」

「"うわッ!"」

 

 

左腕を下げたと思ったら、今度は右腕を上げる。

同じように鷲掴みの形をした手からは、粘性の物体が勢いよく放たれた。

 

飛散した物はまたしてもスパイクとなって、地面にその数を増やし、足場が減っていく。

狭い場所は不利だ……!

 

 

 

――ガガゥン!

 

 

 

Oh?おおっ?

 

 

二丁のベレッタで不可視の銃弾を放ち、相手を外に追い出そうと試みる。

武偵中の制服を着ているのだし、胴体を撃っても大丈夫だろう。

 

 

 

キュキュィンッ!

 

 

 

……?音、おかしくない?

 

まるで牢の鉄格子に銃弾が当たって滑ったかのような音が響き、的外れにも顔を両腕で守っていた彼女の両脇腹を滑った銃弾が後方の2人に流れていく。

 

 

「"ぬおぅッ!?お、お前ッ!後ろに流れ弾を飛ばすでないわ!危ないぢゃろうが!"」

「"ごめんね、ビックリしちゃって、有無を言う暇がなかったよ"」

 

 

水着みたいな女性はジャッカル人間のように、動物的で滑らかな動きをみせて回避し、文句を垂れているが、吸血鬼は避ける動作を取ることもなく、傷を再生させていた。

この人たち、1人にも銃弾が効かなそうなのは、もう何も言うまい。

 

大切なのはここから。

防御の姿勢と会話で隙だらけの身体に、思いっきり叩き込んでやる!

 

 

「鉄沓ッ!」

 

 

もはや説明は要るまい。

馬の後ろ蹴りからインスピレーションを受け、人力で馬力を再現しようとした、私の攻撃技。

 

外にふっ飛ばしたら、彼女が咄嗟に守った弱点であろう頭部への牽制射撃を中心に、攻めて攻めて、攻めまくる!

 

(喰らえっ――!)

 

 

 

ガッ……グニュンッ――

 

 

 

(な、なんだ、この感触?)

 

腹部にヒットした足の裏が異常に強い抵抗を感じた。で、水面のハスの葉を指で押した時に感じる浮力に近いと表現できる。

衝撃が吸収されて、押し出すどころか、押し返される!

 

 

「"うぅ……っ!"」

 

 

押し返された先にはスパイクが敷き詰められている。

倒れ込んだら無事では済まないぞ!

 

とりあえず、不安定な体勢から地面を蹴って落下地点の調整をするが、無理な体勢を通り越して、受け身は取れそうにない。

制服少女が再度、左腕を上げているのが見えた。追撃の構え。

 

直接喰らえばどうなるのか。

発射速度から考えればふっ飛ばされて、そのまま硬化して身動きが出来なくなると考えられる。

 

でも、それだけだろうか?

跳ねた物体がスパイク型へと成形されるように、着弾後の挙動にいまいち確信が持てない。下手をしたら硬化どころか、体に突き立てられる可能性も無くはないのだ。

 

(不確定要素の塊に当たる訳には……あっ!)

 

右腕の負傷はもう諦めよう。

どうせちゃんとした受け身は取れないし、それよりも左手で反撃する事を選んだ。

 

 

タイミングを計る。

 

 

彼女の攻撃には溜めの動作もない。

……が、ヒステリアモードの集中力があれば、彼女が腕を突き出してから、発射するまでの時間をコンマコンマ秒で把握できている。

 

だから次の瞬間には撃たれることも、分かっている。

 

それともう1つの事も分かっているのだ。

 

 

 

――ガゥンッ!

 

 

 

1発だけの不可視の銃弾。

狙いはどこだって良かったが、念のために彼女の左頬を掠めるように打った。

 

ほぼ同時に私は地面に右腕を強く打ち付けて転がり、壁に衝突して止まる。背中への衝撃で息は吐き出されるし、右腕は肩まで電撃が走ったように麻痺してしまった。

そして追撃の攻撃が――

 

 

 

――来ない。

 

 

「"ひぅんッ!?お、お、お前ーッ!こちらに飛ばすでないわ、たわけがッ!危ないと言うておるであろうがッ!"」

「"ご、ごめーん。ビックリしちゃって、咄嗟にね?ね?"」

「"……ホント、危なっかしいわ。『造流ゾウリ』が掛かったらどうするつもりなのかしら"」

 

 

作戦は成功したようだ。

ざまぁ。

 

ヘビ目少女は反射的な行動が恐ろしく速い。速いなんてもんじゃない。

それこそ、不可視の銃弾で攻撃したのに、左腕で顔をしっかりとガードしていた。

 

しかしその反面、早過ぎる反射行動は彼女の意思を全く無視して動いてしまう。

本能に忠実な動きだが、攻撃を中断させる動作も間に合っていないのでは、言い合いになっている通り、2次災害を引き起こす。

 

謎の液状攻撃、見破ったり!

 

 

思いの外うまくいった作戦に満足し、次からはもう何も怖くないと立ち上がった。

 

(……?体のバランスが悪いな)

 

片腕の怪我で感覚が違うのは当然なのだが、それだけじゃない。全身のバランスが場所ごと不均一に違う。

違和感を感じて関節を動かしてみたりするが、原因は不明。

全身が徐々に重くなっていく気もしてきた。

 

 

「"人間。私怒ったよ?でも、気に入った。だから仲間に入れてあげる"」

「"聞き間違いでしょうか、私は入りたくありません。人を巻き込まないで、勝手にやっててくださいよ"」

「"強い人間は仲間に入れる。お母さんは人間を。みんな私達上位種族より強い、人智を超えた化物たち"」

 

 

……勧誘のつもりだろうか?

どっちかと言うと脅し文句っぽいけど。

 

 

「"人間は2人目。私はもう少しで生まれ変わって、そしたらお母さんのお母さんになる。でもその為には力が必要になるから"」

「"私を引き入れる、と?そこの吸血鬼もそうですが、何が目的で、自分より弱い相手を欲しがるんですかね?"」

「"人間はを手懐けた。それをから聞いた時、が暴走し出した"」

「"黒と白?"」

 

 

最近どこかで似た様なセリフを聞いた。

どこだ?どこだっけ?考えど思い出せど、意味が分からない言葉は容易に思い出せないものだ。

 

然るに、また魔術的なアレコレの話か。

私にはそんなに関係なくない?なんで話題に出したのさ。

 

 

「"試す"」

「"ため――がぅッ!"」

 

 

突然の重力に耐え切れず、地面に倒れ伏す。

スパイクが刺さったらと冷や冷やものだったが、良く見るとさっきまで所狭しと並べられていた凶器は、その姿を消し去っていた。

 

 

「"体が……重い……!"」

「"今、人間の上には、大きなシャランが80匹乗ってる感じ。めでたい"」

 

 

(意味不ッ……!)

 

例えが下手くそ過ぎて余計わからん。キロで言ってくれ、ポンドでも構わん。

体感的には80キロ。スイッチが入っていても、自分の体重よりも重いのはかなりきつい。

 

めでたさも分からないから、元凶の集中を切らせようと抜銃の構えをとるが……

 

 

「"足掻け、人間、見せてみろ。私が放った『造流』はまだ残ってる。力めば筋が切れるぞ、黙っていれば骨が折れるぞ。抗って、抜け出して、やり返して見せろ"」

「"うっ……ぐぅううッ!"」

 

 

ダメだ、力を入れたらその場所が膨らんで破裂しそうな感覚がある。

どんどん……重く……なる…………

 

「"クロ――ッ!"」

「"手を出すでないぞ。ここからが良い所ぢゃからの"」

 

焦るヒルダの声が聞こえた気がしたが、目が開けられない。開けたら目玉が飛び出してきそうだ。

臓器へのダメージも大きい。血が上ってくる……!

 

「"クロさんッ!"」

「"ッ?!危ない、邪魔しないで!"」

 

なんだ?体の重みが和らいだ?

 

「"……さん…………ロさんっ!"」

「"……りな……ッ!……世っ!"」

 

 

朧げな意識に声が聞こえてる……ような。

僅かに身体が揺すられている……ような。

仄かに脳内へ刺激が送られる……ような。

 

 

ぴりっ!ぴりぴりっ!

 

 

ああ、これはあの感覚。

でも、弱い。信号が微弱過ぎて……足りない。

 

 

 

このままじゃ、私は成ることが出来ない。

 

 

もっと早い内から研究しておけばなぁ……

 

はは……まあ、いいさ。

救い出す覚悟をした時に、負ける覚悟もしてたんだから……

 

全身の力を抜いて、瞑想を始める。

少しでも痛みが和らげばなぁ、なんて思ってみたり。

 

 

……やっぱり痛いや。

集中なんて出来ない。

 

 

「"クロさんッ!私は……"」

 

 

だってさ、瞑想なんてしてたら。

こんなに頑張って、私に話し掛けてくれた彼女の気持ちを、真正面から受け止められないじゃないか!

 

 

 

「"私の名前は――理子!だよ!"」

 

 

 

 

――来たッ!

 

 

ピリピリ……ピリ、ビリビリビリビリ、ビリリィッ!!

 

 

脳への刺激が膨らみ上がって、どんどんどんどん大きくなってきた。

 

これならいける!

 

成れるぞ!

 

 

 

 

好きな花はヒマワリだっけか。

 

 

ふふ……あなたの香りはあなたが望むものじゃなかったみたいだけど。

 

 

理子。

 

 

愛しい理子。

 

 

可愛らしいあたしの理子を傷付けた借りは……しっかり返却させてもらうぞ?

 

 

 

 

――――ふっざけんじゃねーよッ!

 

 

 

 

理子は数字じゃねえ!理子は理子だッ!

 

 

 

 

お前は……ヒルダ!お前だけは…………ッ!

 

 

 

 

 

 

 

なんで……

 

 

 

 

 

 

どうして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで裏切ったッ!お前を慕っていた理子をッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






語彙力の無さが響いてきた今日この頃。
接続詞の連投が気になって、修正回数がえらい事に……。

「~が、ー」の接続詞、気付くとあちこちにいるんですよね。
まあ、大した修正にはならないんですが。3つ4つ並んでるとげんなりします。


本編の内容です。

とりあえず、皆さんの予想通り、エジプトのトップはパトラ。
しかし、種族上においてパトラは人間ですので、本当ならちょっと幼いんですよね。
うーん、うまく表現できない。口調がなぁ……

それと、隣に囚われていた少女は理子。これも予想通りだったでしょうか?
第3次プロットまでは別人だったのですが、第4次プロットでリストラされた、『ドロテ』というキャラも有とか無とか。裏話ー。