まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹25話 自覚の開示

自覚の開示ディス・クローズド

校内に点在する食堂の1つ、『BASE拠点』の一角で、チームメイトの1人である三浦一菜は不敵な笑みを浮かべた。

笑っているのに睨まれているように感じるのは、元々キツイ彼女の目元が原因であろう。

 

 

「……やるじゃん、クロんも。ヒルダが敵国の代表戦士ってところまでは調べてたんだね。ヒルダとの戦闘はクロんに持ってかれちゃったんだよなー」

「……」

「フラヴィアの方はヒナナんに調査してもらってるんだけど、正直分かんないんだよー。情報が無いし、追跡しても消えちゃうんだってさ、跡形もなく。イタリアかバチカンの隠し玉なのかなーとか勝手に予想してるんだけど、何か知ってる?」

「いえ、良くは……」

 

 

色素の薄い茶色カフェ・ラテの目は鋭く細められ、小さく開いた口元を隠すように添えられた手は、傍目にも分かり易くナイショ話である事を表現している。

彼女の発言と態度に、小さな違和感を感じながらも仕草に大きな変化はない。

 

フィオナの訝しむ視線も気にはなるが、それ以上に――

 

(呼び捨て、してる)

 

それは敵であると表すことに他ならない。好敵手ではなく、自分とは係わりのない倒すべき敵対者と認識しているのだ。

フラヴィアもヒルダも、彼女が関係を持ちたいがために名前を聞く程であったのに……

 

 

「日本も旗色が悪いなぁ~。ねえ、フィオナちゃん、誕生日迎えたら日本人にならなーい?」

「??」

 

 

ちーちゃんさんとは違って積極的にリクルートしていくスタイルの一菜も、無関係のフィオナを巻き込むのはさすがに冗談だったらしく、怪しむフィオナの反応を見るために、わざと意味不明な部分を切り取って質問形式の話を振ったみたいだ。

 

フィオナは不意の移籍勧誘を受けて考え込んだかと思うと、私の方に何事の話であるかを確認するつもりで視線を飛ばしてきた。

本人に聞いてよ、一菜用の翻訳機が欲しいのはみんな一緒ですって。

 

 

「なーんちゃって、規約違反で捕まったら困っちゃうや」

「??」

 

 

ポニーテールごと首を傾げ、頬を掻きながらの発言には私も疑問を持ってしまう。規約とやらに違反したらまずいのかとか、無かったら本気で誘うんかいとか。

 

もちろん言われた本人が一番疑問だらけなのだろうことは、大好きなオペラを食べる手が止まっていることからも良く分かる。

言った本人は平然と、カラメルがたっぷりかかったプリンをパクついているが、甘いチョコラータ・カルダを飲みながらプリンとは、正真正銘のスイーツモンスター系女子ですなあ。食べた分だけ下山しなきゃとか考えないんだろうか?

 

 

「あーあー、誰かさんが手伝ってくれたらなー」

「そんな好き者、いないでしょうね」

「クロちゃんつれない態度なんだー。酷いよね、あたしという相棒がいながら、快諾じゃないなんてさー」

 

 

 

謙虚さが足りない。

 

 

 

それもそうだが一菜さんやい、箱庭の話ってこんな公共の場で堂々として良いものなの?武偵は耳敏いし、一般の生徒にも聞こえちゃってるよ。

この話は私もあまりしたくない上、私達だけが共有する話題だとフィオナが蚊帳の外で機嫌を損ねてしまう。いや、オペラ食べてるから問題ないとは思うんだけども、ともかく流れを戻そうか。

 

 

――――気掛かりだったことは、確認できてしまったのだ。

彼女はフラヴィアやヒルダとの出会い、その記憶の中から戦闘以外のものを著しく喪失している。……もしかしたら他にも誰か、もし私が敵対すると分かれば、私の記憶も御守りの中に消してしまうつもりなのだろうか?

 

 

嫌な想像から声が暗くならないように努め、一声かけてから横のプリンを手持ちのスプーンで掬い盗る。

 

 

「隙を見せましたね?いただきです!」

「"ああーっ!!なにしてんだー!"」

Waaas!?ちょ!?Du Kuro!クロさん!Du solltest damit aufhören?!何してるんですか!?

 

 

刹那、テーブルには伊、日、独の三か国語が入り乱れる。

 

(あ、やっばい、忘れてた)

 

箱庭の話題にノリノリな人を釣る目的で、なめらかなスイーツを奪おうとしたが、すっかり失念していた。

糖分の過剰摂取中の彼女にちょっかいを出すなんて、勇敢を通り越してただの愚物でしかないんだったね。

 

 

「"返さんか!このうつけもんがーッ!"」

「"飛んで来たーッ!"」

 

 

比喩ではなく、ダークブラウンの尾を引いた普通じゃ無い女子中学生が、獣の如き動きで飛び掛かってくる。

目論み通り、プリンをエサに一菜が釣れたのだが。釣るって漁業的な意味じゃないんだけど!

 

その目はキャトルミューティレーションされたプリンのひと欠片のみを捉えていて、向こう側の私など見えていないかのように速度が止まることを考慮していない。

このままではサンドバックを爆発四散させた実績を持つ殺人的な突進を、無防備な腹部へとモロに喰らってしまうぞ!

 

 

(――スイッチが入ったままで助かった)

 

 

銃を持った彼女はそれを盾として真っ直ぐに突っ込んでいく、いわゆる防御を主体とした動きをするが、今は食事中の咄嗟な行動であったので手には何も持っていない。その場合は両手両足のいずれかを常に壁や障害物等に合わせておく事で、四肢の1本1本を使って軌道修正を可能にする、回避モード状態に入ったと言える。

そう、瞬時に軌道修正が出来る。その点を利用するのだ。

 

指を高速で動かして、右手に持ったスプーンを出来るだけ速く、上に遠く高く飛ばす。

 

 

バンッ!

 

 

予想通り、テーブルの形に合わせて少し浮かせていた右手を勢いよく叩き付けて、即座に軌道を上方向に変えてきた。

突進は回避出来たが安心するのはまだ早い。今度はあの足が危険であり、顔面に直撃すればあら不思議、顔の形が某有名なあんパンのヒーローに早変わりするだろう。この国ならピッツァに置き換わるのかな?とか言ってる場合じゃない。

 

足は上体を後ろ向きに倒しておけば大丈夫……だったはずなのに、ポフンとした柔らかい感触によってその動きが阻まれる。な、なんだとぉッ!?

 

 

「あらあら、ごめんなさいね。声を掛けるタイミングを計っていたの」

 

 

背後の壁、声の主はフラヴィアで、ふかふかした布のようなものを持っているらしい。

この人、気配が全然掴めないんだけど、いつからそこにいたのだろうか。しかもどいてくれない鬼の所業、私恨まれるようなことしたっけ?

 

 

「"どうでもいいからどいて下さい!"」 

 

 

一菜はもう目前まで迫っていて、衝突を逃れることは諦めた。

スプーンを投げ放った腕で顔を守って……

 

(耐え切れ、私の身体ッ!)

 

しかし、いつまで身を固めていても衝撃が来ない。

代わりに届くのは聞いたことがあったような無かったような声――

 

 

「"オーラ。顔を合わせるのは2回目かな?遠山クロ。チュラは元気にしてる?"」

 

 

体が持ち上がるような浮遊感を感じて腕を除けると、魚のヒレにも鳥の羽にも見えるターコイズブルーの髪が視界を覆い尽くし、中心ではエメラルドの宝石が2つ、こちらを覗き込んでいた。

フラヴィアと同じ白磁のような白い顔には一文字に塞がれた小さな口が付いていて、無気力な両目に無表情さを相乗的に上乗せしている。

 

 

――ON状態だからこそ思い出せた。この人、転入してすぐやってしまった決闘の審判さんだ!

 

 

なんでこんなに顔が近いのかを疑問に思うまでもなく、彼女の両腕が背と膝裏に回されている事に気が付く。

お姫様抱っこされたまま、体がプリンの欠片や一菜へと追随して宙に浮き、スプーンよりも高く飛んでいたのだ。

 

 

「"……審判さん?"」

 

 

緩やかな下降の間、再会の理由を考えてみたが特に思い当たる節は無く、チュラの保護者として様子を見る目的で会いに来たのだろうと結論付けた。

着地と同時に別の椅子へ優しく座らせながら、ここまでの挙動を恩に着せるわけでもなく振る舞うあたりは紳士。いや、保護するという役割には慣れているんだな。

 

年齢不詳で身長は……確か一菜が自分で147cmって言ってたからそれと同じ位か低め。

凹凸に乏しい体は、ワンポイントで胸元にあしらわれた濃紺のリボン以外は無地の服をピシッと着こなしている。

 

 

「"良かった、覚えてたのか、その件はすまなかったね。保護した時のチュラはこう……未成熟な部分が多かったから、ミラがローマで面倒を看る手筈だったんだけど実力不足でさ。逃げ出したところでドイツの奴らに目を付けられちゃったんだよ。あいつら魔女にも困ったもんだよね、懐古主義のわりに好奇心旺盛で、魔術の進歩と科学の進化に積極的だ"」

「"チュラの力、ですか"」

「"そうだ、君も見ただろ?あの詐欺天使の使途が放った一撃を、チュラがしたところ。あれは思金の共通能力の1つだ"」

「"オモイカネ……!"」

 

 

また、出て来たな。トロヤが高説垂れてくれた内容の一部。

一菜も所属する日本代表も話していた"思金"ってなんなんだ?ヒルダと理子を繋ぐ絆、"宿金"とは根本から違うものなのだろうか。

似た単語に"色金"というものも聞いたし、日本ではそれを目的にイタリアと争うような事を口にしていた。

 

つまり、思金と色金は確実に、宿金も曰く付きのモノであったが箱庭に関連性があるものなのかも。

理子が特別な力を、チュラが不思議な力を使いこなすように、超能力を所有者に与える危険な代物だとすれば……この話の信憑性は高い。

 

(理子の命が狙われているように、チュラの力も狙われてるっていうのか――ッ!?)

 

忘れるわけがない。

私が目覚めた翌朝、チュラも箱庭の単語を口にしていて、内容を少なからず理解しているような口ぶりだったのだ。意味は不明だったが、少し時間を掛ければ今でも一語一句違わず思い出せる。

 

『白よりも黒を選んでくれたんだもん!チュラが絶対に守るからねー』

 

その言葉に紐付けられるように思い出されたのは地下牢でのヘビ目少女、リンマの言葉。

 

『人間は黒を手懐けた。それを白から聞いた』

 

白と黒は個人を指している?

だとすればチュラの発言から、黒は彼女だと考えるのが自然であり……

 

待てよ?

もう1人の私も何か言ってなかったか?

 

『黒とは縁を切れ。白も近付けんな。守るべきは赤と青』

 

 

――チュラとは縁を切れ、だと?

そんな話、聞けるわけ……

 

 

「"箱庭については聞いているよね?君のお姉さんからは色よい返事を頂けなかったんだ"」

 

 

その内容に意識を現実に引き戻される。

カナも知らない所で、色々交渉していたのか。

 

 

「"カナに?"」

「正式には私が何度かお願いをしてみたのだけど」

 

 

考えてみればそれが普通だろう。

私ですら同盟の話が来ているのだ、カナにその話がいかない訳がない。

 

 

「"フラヴィア、頼み事をするなら相手の言語に合わせなよ。そんなんだからカナさんにお断りされちゃうんだ"」

「"日本語って難しいんだもん……"」

「イタリア語で構いませんよ、。そのカワイイ子供言葉の日本語は、オリヴァの友達である理子から得た知識だったんですね」

 

 

瞬間的にフラヴィアのやる気のない目が驚愕に見開かれ、店に飾られたマネキンみたいに一切の挙動を放棄した。

顔に暗い陰が差し、意思を取り戻した彼女は不穏な気配を発して、睨み付けるように不機嫌な表情へと変わる。

 

 

「――あらあら、あなた、誰だったかしら?私やオリヴァの名前を、理子ちゃんの事も知っているなんて、おかしいわよね、レジデュオドロ?」

「おかしいですか?」

「ええ、とてもおかしい事なの。あの引き籠りとマイペース姉妹から何を吹き込まれたのかは分からないけど、口にした以上、私の反応が見たかったのね?」

 

 

その推測は合っているし、確認はもう取れた。

オリヴァはまだ私の事をフラヴィアに話していないんだ。

 

敵対する可能性を……違うな、あの子の思考はきっと戦う事を確定の未来として予見している。

オリヴァとの戦い、その1回目はまんまと嵌められたし、彼女の伸びしろはまだまだ先がありそうだった。フラヴィアも変な力を使うようになって厄介さに拍車が掛かったもんだから、1人で立ち向かえば次も勝利は覚束ない相手だ。

 

素の強さが増しているのも、この雰囲気から判断できるし。

 

 

「その会話は私情かい?フラヴィア」

 

 

スイッチの入っている私が気圧される程の威圧感が周囲に広がる中、並び立っていた水色の髪の少女は身構える事もなく、自然体で話し掛ける。

 

 

「ええ、そうよ」

「それなら後にしてくれ、私はやむを得ず教室で主を1人にしているんだ。君にもこの心細くて急かされる気持ちが分かるだろうし、最低限の会話に留めて欲しいな」

「……従うわ。あなた達には感謝しているもの」

「すまないね」

 

 

好戦的ではないフラヴィアは、素直に気配を空気と同化させていく。

よくよく考えればジャミングみたいなこの能力も、一瞬の隙を突かれかねない警戒が必要なものだったよ。

 

人形のように気配のないフラヴィアは後ろへ引いていき、敵対心満々で睨みながら人のスプーンをモグモグしている一菜の方には笑顔を、一連の流れを見て即座に距離を取り、銃を組み上げていたフィオナの方には、テーブルから取った白いナプキンををヒラヒラさせて戦意が無い事をアピールしている。

 

 

「こんばんは、一菜。あの怖い狙撃手さんも一緒だったのね」

「あたし達に何の用?クロんを奪いに来たみたいな感じだけど」

「それだけじゃないの、日本の大将であるあなたに同盟の交渉をしに来たのよ?」

「悪いけど、イタリアと組む気は無い。ついでにクロんも渡さないよ」

「早合点しないで?私は……フランスの代表戦士レフェレンテ、レジデュオドロをあなた達から奪う気もないのよ」

「フランスも保有国だ。その時点で敵対関係は成立しちゃってるんだよね!」

 

 

あっちの会話はヒートアップしている、というよりフラヴィアの存在を警戒した一菜の方が全面拒絶態勢で聞く耳を持っていない。

フィオナは組んだ銃をそのまま肩に掛け、会話の聞こえる範囲内にあるテーブルの向こう側から様子を見る姿勢を取っている。

 

 

対してこっちの会話はローテンション。

プルミャと名乗った少女と確認事項だけを繰り返し、認識のすり合わせを行う事で、交渉の余地をエサとしながら、出来るだけ情報を得る事に努めていく。

だが、相手も頭が回る交渉上手で、まるでヴィオラみたいに情報を小出しに、時には大胆に、意図的に勘違いを促すような話し方をして来た。

 

 

「"そろそろ率直に話そう、ボク達と同盟を組んでくれ、遠山クロ。互いにこの箱庭を生き延びなければならないのは同じはずだ"」

「"根底から認識が違います。私には箱庭に参加する理由がないんですよ?"」

 

 

本当の事を言えば、今の私には十分過ぎる理由がある。

理子の宿金を別離させる方法を探さなくてはならないし、チュラの身の安全も脅かされるのであれば、全力で守り切るつもりだ。

そもそも元より一菜が参加すると知った時点で守りたいという意思は膨らみ始めていたのだから、とっくに私の参戦は約束されたものだったとも言えるだろう。

 

しかし、なぜ外部の者達からもマークされているのかを知りたい。

カナの短期留学も、ただの留学じゃなかった可能性があるのだ。

 

 

――初めから、この箱庭と呼ばれる戦いが起こることを知っていた……?

 

 

「"理由って……彼女を守りに来たんだろう?"」

「"彼女……?"」

 

 

誰の事だ?

少なくとも私はこれまで海外旅行の経験は記憶に無いし、そんな約束をした友人もいなかったと思う。

 

人違いであれば構わないが、どうにもその人物が気になって頭から離れない。

その辺りも聞き出せないかな?

 

 

「"なぜあなたが彼女の事を知っているんですか?"」

「"知り合いだよ。恩人でもある"」

「"私の事はなんと?"」

「"この世で最も信頼できる仲間だった、そうだ"」

 

 

……か。

深い意味を探りたくなる、嫌な話の締め方だよ。

 

 

「"ごめんなさい、実は覚えていないんです"」

「"……だろうね、そんな反応だった。だが待ってくれ、それなら君はヨーロッパに何をしに来たんだ?よりによってこんな危険なタイミングで"」

「"ただの留学、私はずっとそう思っていましたよ"」

「"そっか、そうなるとボク達の交渉も成り立たないんだね?"」

 

 

怒るでもなく、落ち込むでもなく、敵意を向けることもなく、彼女は意外なほどあっさりと手を引いた。

更に、こちらを気遣うように数枚の紙を置き土産に残していくのだが、指を立てて話す姿もまた、誰かを脳裏に浮かび上がらせる。

 

 

「"心から悔やむよ、もっと早く、君達に出会えていたらと思うとさ。これは対話に応じてくれたお礼として受け取って欲しいんだけど、箱庭の宣戦リトル・バンディーレへの参加国を調査した結果をまとめたものなんだ。元々渡すつもりで持ってきたしね"」

 

 

参加しないと表明した手前、受け取り辛いとは思いつつも、ここに記された情報は宿金の事を調べる上で有用なものとなるに違いない。

飛び付きたい心を我慢の重りで縛り付けて、事も無げに紙面に視線を落とす。

 

そこには参加予想国の組織一覧と過去の相互関係、要注意危険人物の名前なんかが掲載され、ルーマニアにはトロヤ・ドラキュリアの名前の隣に5色の丸印が付けられていた。他の人物と比較してみると丸の数が多い、超危険人物って意味だろうな、この丸の数。

漠然と眺めていて分かったのは、どうやら5個が一番多いらしく、丸がゼロの人物は掲載されていないという事。1人だけ名前の横にバツが付けられた子供がいるが、死んでしまったのだろうか……?

 

(アグニちゃんか……こんな幼いまま、可愛そうに……)

 

ブルガリア国籍のミステリアスな雰囲気を纏った、チュラよりもずっと幼い少女。

代表戦士に選ばれるくらいだから実力はあったのだろうが、これが箱庭の実態か。

 

横からのぞき込んで来ていた一菜にその少女の顔を指差して示すと、顔を真っ青にして恐怖からか無意識に抱き着いてきた。

その震え方が尋常ではなく、死という現実をまざまざと見せ付けられて、山で大蛇を見た子狐みたいに怯えている。

 

 

(こんなの、許されるわけがない!)

 

 

「"一菜……これが、箱庭なんですね…………"」

「"……そうだよ、クロん。絶対的強者には誰も逆らえない、こいつは……まさにその悪夢を顕著にしたもの。あたしにしたって、人の身には限界があるんだよ"」

「あらあら、プルミャ。あなたも酷いものを見せたわね」

「…………仕方ないだろう、ゆっくり話す時間が無いんだ」

 

 

フラヴィアとプルミャの会話は、すぐ近くなのにぼやけて聞こえる。

2人は私達の反応を観察し終えると、食堂の出口に向かって行ってしまった。

 

貴重な資料をくれたお礼を言おうかと、その背中に声を掛ける。

 

 

「"……こんな重要な機密情報、もらってしまっても良いんですか?"」

「"構わないよ。対価に見合っていればいいけど"」

 

 

一度だけ振り返って不思議なことを言いながら、初めて笑顔を見せた。にっこりとした、明らかな作り笑い。

その表情が何を写したものかは、最後まで分からなかった。