黒金の戦姉妹 不可視3発目 少女の名前
「こんばんはー……」
「……」
「む?リンマよりも先に目覚めおったか。タフな奴よのう」
「2人して別々に、一体何してるんです?」
「占星術じゃ、魔術は科学とは違うて、日々を漫然と過ごしていれば勝手に進化するものではなくての、個人の鍛錬によってのみ進歩を望めるものなのぢゃ」
「い、意外と真面目な事を言うんですね、傲岸不遜な態度の割に」
「
「いえいえ、滅相も無い。是非とも私めをその鍛錬とやらにご協力させて頂けませんかね」
「……調子の良い事を。よかろう、一度だけ好きなことを占ってやっても良いぞ」
「名誉の大役を与り、至極光栄に存じます!」
「占いと言えば恋占いですが――」
「ほう?」
「――全く興味が無いので、金運――」
「みみっちいのう」
「――は、たぶん知らない方が良いと思うので、健康運――」
「……」
「――も、地味ですよねぇ……」
「お前、占星術を星座占いか何かと勘違いしておらんか」
「え、違うんですか?」
「……もうよい、この日の丸国家めが。水晶を見つめ、何か欲しいものでも思い浮かべてみよ。探し物でもなんでも良いぞ」
「探しもの、ですか……」
「!!」
「トオヤマクロ、本来聞くべきでは無い事ではあるがの……何を望んだ?」
「聞かなければ分からないものなんですか?」
「占いを行う身として、視えてしまうものを視えなくすることは初歩の初歩。当然、覗こうと思えばいくらでも覗ける領域ぢゃがな」
「先に結果を聞いても良いですよね」
「がっかりするでないぞ……『
「相手?いえ、私は恋愛に興味はありません。ですが……黙秘させて頂きます」
「そうぢゃろうな、話さんでも良い。どれ、少し助言をやろうかの。齢16を迎えたら、もう一度妾に会いに来るとよい。それまでは己の身を守ることに徹し、決して不貞を働くでないぞ」
「御心配には及びません。自分の事は自分で……。いえ、助けを、求める、かも、しれません、ね」
「……恐れておるのか。心配せずともお前の星は眩しいくらいに輝いておった。そのまま好きなように生きるが良い、
「
「あら?クロ、いつからそこにいたのかしら」
「……えっ、あっ、と……少し前からですよヒルダ。全然気づいてくれないし、何を見て――」
「――待って、私に近付く前に、その見るに堪えない根暗な表情を何とかなさい。闇は暗く激しい負の感情を好むけれど、ジメジメと陰気くさい者は歓迎しないのよ」
「はははー……あなたは鋭いですね。すみません、もう少し休んできます……」
「そうするといいわ。キッチンにローズヒップティーもコーヒーもある、ワインは地下牢の階段をさらに降りたところよ」
「えへへ……心配してくれてありがとうございます。でも、お酒なんて飲みませんよ…………あれ?なんでだろ、ヒルダが歪んで良く見えないや、あはは……」
「う……わ、分かったわよ。あなたはさっさと部屋に戻っていなさい」
「え?……あ!うんっ!お部屋で待ってますね、ブラックコーヒー」
「ぐっ……随分と、変わり身が早いのね」
「気分が変わったんです。ヒルダのおかげで。自分の分も持ってきてくださいね?ゆっくりとお話しをしたいですから」
「前にも同じことを言っていたし、仕方がないから付き合ってあげる」
「客人は置いてけぼりかの?」
「あなた達の結界には感謝しているわ。バラの浴槽でも用意しておくわね」
「ほほほ、それは悪くない話ぢゃ。どれ、金を運ばせるとしよう、席を外すぞ」
「好奇心には勝てないのう、つい覗いてしもうた」
「探しものが自分自身……それが本来存在しないとは、難儀なものよ。あやつの行く末に、興味が湧いてきたぞ」
「ところでヒルダよ」
「なにかしら?私、急ぐのだけど」
「ずっと同じ本を開いておるな?何を読んでおるのぢゃ、妾にも見せい」
「!!……いやよ」
「ええい!ケチケチするでないぞ。見た所結構な厚みがありそうではないか」
「……そうね。これは確かに、濃厚な蜜のようで短い時間だったわ」
「なんぢゃ、自叙伝か?」
「馬鹿おっしゃい」
「まあ何でもよいわ。奴の辛気臭い占いで興が削がれた。ひまぢゃ、よこせ」
「駄々をこねる時間があるのなら、チェスの棋譜でも読んでなさいな。じゃあね」
「……ちぃっとは妾も誘ってみればよいではないか……フンッ!ちっとも寂しくなんかないわ!」
左手で扇状に広げた紙の束を見て、私は勝利を確信するとともにニヤリとした。
内心ガッツポーズを決めているが、そんな分かりやすい反応はこの真剣勝負の場にはそぐわない。
私が有利だと知られてしまえば、全員の標的にされてしまう事は分かりきっているからだ。
地上階と呼ばれる0階よりも下層、地下の一室に集った面々は互いの腹の探り合いに神経をすり減らしていた。
丸テーブルに十字で腰掛けた4人の目はテーブルの一点を見つめ、睨み合いの中、皆一様に己の最善手を導き出そうと努めている。
しかしだ。
最善手は自身の強さが反映される。
いくら全力を尽くそうと、それが必ずしも実を結ぶとは限らないので――
「へくちっ!……むぅ、少し冷えて来ておらんか?ヒルダよ」
「その格好で言わないでくれるかしら?」
――まあ、うん。
なんだっけ、とにかく真剣勝負をしているんですよ。
私の対面に座るパトラから始まり、時の巡り行く先(時計回り)で理子が続くと、2枚のカードが戦いの場に赴いた。
弱い。弱すぎる。それがあなた方の実力。
シュパッ!
扇から引き抜かれた1枚が、風を孕んで降臨し、低レベルな争いを繰り広げていた戦場を圧倒する。
これが私の最高戦力。
さあ、ヒルダ。
勝てるものなら勝ってみせ……
ぺしっ。
「あ!ちょっとヒルダ、まだクローバーは一巡目です!ホントにクローバースートを持ってないんですか?!」
「見苦しいわよ、クロ。ほーら、あなたの絵札を寄越しなさい」
絶対的な力を持つはずの台札最強カードが、吸血鬼の手元から放たれた切り札スートによって無残にも斬り捨てられる。
三日天下ならぬ三秒天下、しかも最弱数字の4で斬られた。
私が勿体ぶっていた分、苦笑いしている理子が出した数字の7の方がまだ長く天下を取っていたよ。
「あああ!私のエースがぁッ!」
「クロさん手札見えちゃってるよー」
連行されていく我が軍の将は、ズゥウン……と沈む私を見てサディスティックな笑みを露わにする、歪んだ性癖の貴族の旗本に収まった。
横に座る理子から、今日何度目かの注意を受けて、心なしか隊列の崩れた扇を持ち上げる。
その際、すっごく同情的な声色を感じ取ったんだけど、気のせいだと思いたい。
だって私の手札には、もう絵札も切り札スートも、ジョーカーもいないんだもの。
残りは搾取される側ですわよ。
搾取される物もないけどね!
最善手ってなに?
無理ゲーなんですけど。
その後、上機嫌で絵札をコレクトしていくヒルダを見守りつつ、開き直って手札をポイポイ捨てていたら、
「こーんばーんはー!しゃぴー、理子ちゃん起きてるー?」
部屋の外から騒々しい物音がした。
どうやら私の可愛い理子を愛でにリンマが来たっぽい。
「はーっい!起きてますよー」
トランプで遊んでいた少女が、手札を自分の席に伏せ、お迎えに駆けて行き、
「時間ぢゃな、妾は帰るぞ」
防寒用にマシコットカラーのショールで肩を覆ったパトラが、勝負を放棄して帰り支度を始めた。
ワンポイントにあしらわれた猫の刺繍は、彼女の趣味ではなさそうだけど、貰い物かもしれないね。
「次はいつ顔を出すんですか?」
今でこそ、同じ卓でカードゲームを嗜んでいられるが、理子とヒルダの関係が回復したとは口が裂けても言えない。現在進行形でリハビリ中だ。
ヒルダは未だ眩しい光を見るようで、遠慮がちなコミュニケーションしか取りに行かないし、理子は積極的に近付こうとするものの、ビクビクと腫物を触るようなヒルダが、険のある怖い眼をするから逃げ出してしまう。
どっちかがキッカケを作ればいいのに、意固地なとこが似てるんだもん。
意外と面倒見の良いパトラや、空気の悪さを払拭出来るリンマが2人のクッションになってくれて助かっていた。
だから、また来てほしいな~、と考えてみたんだけど。
「暢気な奴よのう……」
しらけた表情で、半眼のまま質問自体を人格ごと否定された。
同じトランプで遊んでた人に暢気って言われる筋合いはないのでは?
「パトラは一時の間、国に戻るのよ」
「3日後には海の中ぢゃがの」
不満がありありと顔に出ていたらしく、大雑把な説明はしてくれた。
もちろん納得しないので、更なる説明を求めたところ、箱庭関係だと判明する。
自国の優秀な
「パトラさんって国に帰れば、ちゃんとお友達いたんですね、意外です」
「そういうお前は、帰ってもいなさそうぢゃ」
"も"って言うな!い、いるもん!
イタリアにも友達が出来たし、日本にだって……小学生の時にもいた。幼馴染もいる。
「いる、ますですよ……」
「嘘を吐けい、異端者に居場所なぞ与えぬのが人間よのう」
自己暗示によって辛うじて動揺を隠し通し、勝ち誇る様が良く似合うプライドの高そうな顔にベーっと舌先を出してやる。
そのまま、扉が閉まる音がするまで待ってから、椅子に座り直した。
「いるもん……」
不意にこぼれそうになるため息を飲み込む。
すると2人しかいない部屋で熱い視線を感じ、何度見ても変わらない最弱の手札から視線の主へと意識を向けた。
もちろん、
「な、なにかしら?」
つい―っと目を逸らされた。こっちの台詞だよ。
(ヒルダはなにをソワソワしているんでしょうか?)
考える事、約2秒。
ははーん、友達が少ないから話題が時間の巡り行く先(時計回り)に自分の所へ来ないかって不安なんですね。
吸血鬼にとっては力が全て。群れるのは弱者のすることだと、弱い人間を釣り合わないから見下してきたんだろうな。
それが彼女の考え方なら闇雲に否定しないよ。
理子と仲良くしたいなら直してもらうけど、不安がらなくてもいいのに。
「ヒルダには大切な人がいるじゃないですか、こ・こ・に!」
理子が。
「……!!わ、分かっているのならいいのよ。誰にも渡さない、あなたも胸に刻んでおきなさい」
だらしなくキバチラしていた口元を引き締め、胸を張って強気な態度をとり始める。
赤いマニキュアが塗された爪先で私を指差し、珍しく控えめに笑う彼女の左手には、駝鳥の羽根の代わりにトランプで出来たお揃いの扇が広げられている。
私が理子を誰かに渡すとお思いのようで?
ありえんでしょ。やれやれ、独占欲は強いし、理子がいないと素直なんだから。
「ですが、このままの関係ではいけません。もっとヒルダの方から攻めても良いと思いますよ?それを望んでいますから」
理子が。
「……これでも攻めているつもりよ。けれど、全然気付いてくれないじゃない……」
上機嫌に前後していた蝙蝠の翼がパタタ……と拗ねるヒルダの両腕に巻付く。
え、あれで攻めてるの?トランプしてる時も一切、理子が座る正面を見てなかったでしょ。
仲直りの実現には、もっと背中を押す必要がありそうだ。
「まったく足りません。昔みたいに、手を繋いで夜の散歩に出てはどうですか?後は……そうです!お買い物なんかに誘えればエクセレントですよ!メイクの練習に化粧品とか、冬時期に近付けば着膨れも気になっちゃいますから、ファー付きのアウターとか、スカートもハイウエストな物を探しましょう!オシャレしたい盛りですし」
理子が。
「す、すぐには無理ね。……参考にさせてもらうわ」
「はい、是非に」
つい、白熱してグイグイ迫ってしまった。
熱弁で揮われるアイデアは、まるでデートプランのようだったけど、ヒルダは感心しているみたい。
星が良く見える日が良いのよね、とか呟いている。真面目に取り組んでくれるようでなによりだ。
「日々、親交を深めていきましょう。だって好きなんですよね?」
理子が。
「す、すす……すっ――――」
「好きなら好きと、口に出すだけで自覚は変わりますよ。私は大好きです!」
理子が。
「――あなたの積極さには敵わないわ……。私もちょっとは……好き、かもしれないわ」
「はいはい」
顔を隠し脱力するヒルダの手を取ってエールを送る。
理子にも聞かせてあげたいけど、直接本人に言わないと、ね。
「応援してますから!それと、私も友人は量より質だと思います」
「……は?」
決して、私の友達が少ないからではなく!
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずという秀逸な諺がありましてですね――
「引け目を感じる必要はないということです!なんなら私がともだ――いだだだだぁッ?!」
繋いだ手と手に弾ける友情!
照れ隠しにしては刺激が強すぎませんか?!
なにするんですかと非難の目を送れば、光の消えた虚ろな瞳がお出迎え。
神経が麻痺し、硬直した私の手はヒルダの手を掴んだまま離せない。
「ねえ、クロ?」
「は、はい。なんでございましょうか……?」
「あなたは当然、私の事は好きよね?」
「へ――ッ?!」
直感で理解した。
これは死ぬ選択肢が混じっている。
「本来なら聞く必要も無いのだけど……ほら、あなたって、すこぉーし素直じゃないから」
握り潰されそうな手、爪が食い込む痛みを忘れるほどの恐怖。
足元の影が鎌首をもたげ、ドス黒い闇の渦が巻き起こる。
この人、照れてない……怒ってるぞ!
っていうか、理子の話だったのに、どこから私がヒルダを好きかどうかの話に派生したんですか!
後ろ盾の無い正論は暴力の前には無力。
体温が激しく上下する中、痙攣する首を小刻みに振り、血走った目でとっても素直な返事をする。
表情筋がやられてるから顔の貌が変更できない。
心よ伝われッ!
「声に出さないと、ダ・メ。じゃない……?」
仰る通りです。
声に出せって教えたの私でしたよね。心が伝わっていたようで何よりです。
「はひ……好きで――」
「お待たせしましたー。リンマちゃんご到着でーす!」
あわや暴力に屈しようとした私の耳に、愛らしい甘い声。太陽と見紛わんばかりの喜色満面な理子が、緑髪ヘビ目の少女を伴って、スキップしながら舞い戻った。
お土産らしき、ヌテラ――ココアとヘーゼルナッツの風味が相性バッチリな甘いペースト状の定番ソース――をたっぷり練り込んだマーブルケーキが山盛りな籠を大事そうに抱えている。
「いらっしゃい。入れ違いだったようね」
「学校に戻るみたーい。あむっ、帰り際にバトンタッチされたんだけど、パトラの席はどっち?」
声が聞こえるが速いか、手を退いたヒルダも平然とリンマに挨拶してるよ。
『なんか焦げ臭い?ケーキ?』と鼻を鳴らす理子の籠から、差し入れた本人が一番最初に手を付けつつ、空席を見回してる。
焦げ臭いのは私です。
「あなたは私の対面、理子が
「わかったよ!強い人間、教えてくれてありがと。ん?あれ?2人合わせて1点?!うじゅ~……ひっどい手札だ、絵詰まりしてる」
「私はクロですってば」
聞いちゃいない。
名前を覚えられないんだか、覚える気がないんだか。ここで強い人間呼ばわりされても皮肉にしか聞こえない。
得点が1点しかないパトラの手札も、私に負けず劣らずだったようだ。
でもそれは思ってても言っちゃいけないヤツでしょ。
なお、人様のエースをパクったヒルダは8点、3点の理子は最初からヒルダのサポートをしてたから両役持ち濃厚、まだジョーカーが控えてる。
ちなみに私はクローバーのエースが取られたので0点である。
マーブルケーキを失敬して一口。
茶色のヌテラ部分を多めに頂くとしっとりしていて、直接塗って焼くより甘みが爽やかになって食べやすいかも。
ただ、みちっとしていて一個が重い。リンマみたいに何個も平らげられはしないね。
「さ、あと3巡。消化試合と行きますか」
「人間、弱い……」
「ドングリの背比べでしょうが」
「
正論を言って負けた直後に正論を言われて負けた。
ぐーの音も出ないってこんな状況で使うのか。
その後、私達が蹂躙されたのは想像に難くないものではあったが、
「わーい!また私達の勝ちだよ!お姉さま」
「ええ、良い援護だったわ」
パチンッ!
「!!」
「まーけたー」
(想・定・外。ですね)
パーフェクトゲーム手前にまで迫っていた理子が勢いで伸ばした手に、ヒルダが手を伸ばし返したのだ。
そして、大きく開くようになった眩く活気ある瞳をパチクリさせる理子に、闇が囁く。
「無邪気で素敵な笑顔、まるで忌々しい太陽の下で生き生きとするヒマワリのようだけど
――あなたの笑顔は好きよ、理子」
姉妹の絆が少しだけ回復……ううん、一歩前進したことを喜ばしく思った。
私だって好きだよ、向かい合う2人の笑顔。ハイタッチまでしちゃって、妬けちゃうくらいにお似合いじゃないか。
光に侵される事のない闇は、光を侵す事もなく並び立つ。闇と並び立つ光は、輝きを増していく。
陰陽には常に境界線に隔てられ、隣り合う。
日が昇る。
夜明けが来るぞ。
闇よ――――
「はい!私も大好きです、ヒルダお姉さま!」
――世に満ち広がる光を見届け、迷わぬようにその
やがて陽が沈み、緋色の闇が訪れるまで。