黒金の戦姉妹26話 本当の仲間
「どうしますか、一菜さん」
「もちろん、受けるよねクロちゃん!」
「フィオナさんも構いませんか?」
「当然です!こんな機会、ふいにするなんてありえません!」
放課後に行われた
その内容を一目見た時、自分の目を疑った。そんなバカなと。
しかし、隣にいた一菜も吊り上がった目を丸くして驚いていたし、後ろから顔を出したフィオナからは唾を飲む音が聞こえた。
3人同時に見間違えるとは思えないのだから、この紙に書かれている文面は見間違えではないと確信する。
宝導師班での合同任務。
それも2つの班が選抜されての大きな任務となるらしい。
つまり、私達3人とカナ、加えて同じ学年の生徒で構成されたチームとその宝導師である武偵高の生徒が、力を合わせて1つの任務に当たるという事。
それって、すっごいわくわくする。
この手の任務の受諾は宝導師の意向に委ねられており、少しでも下級生チームにとって荷が重いと感じれば、それを理由に拒否することが可能である。
相談は可能で、基本的に下級生に拒否は出来ないシステムとなっているのだが、姉さんは私に判断を仰ぐことにしたらしい。
その意図は想像する限り、"私達にとって確実にこなすことが出来ると言い切れないギリギリのライン"と考えたからだと思われる。
「Bランクの任務。フィオナさんも実際に受注したことはありませんよね」
「はい、中学の内は特例を除いてCランクが最高です。過去にBランク以上の失敗率が高過ぎるとの理由で、高校側からの指名以外の方法で任務が回って来なくなったんです」
「正しい判断だと思うけどね。あたしとクロちゃんもそうだけど、CからBへの壁は高いよねー」
嘘吐け。
筆記の試験も好成績で、実戦形式の試験だってBランクを越えてるだろ。
人の話を聞かないから、アホ減点でそんな判定を喰らってるんでしょうが。
私も人のことを言えた立場ではないが、転入して暫くはスイッチの制御が出来ていなかったのだから仕方が無いだろう。
「お2人がCランクというのは到底理解出来るものではありませんが、これまでの任務のようにはいかないでしょう」
「どんな任務なんだろー?カナ先輩、チラッとでも言ってなかったの?」
「姉さんがそんなことする訳ないですよ。ですが、今日の演習中、少し不安そうな顔つきだったので、相応のレベルではあるのかと」
いくら指名任務といえどあくまで指名先は姉さんであり、軍隊での一兵卒に過ぎない私達にその情報は渡されない。
姉さんが任務を正式に受注した段階で、初めて任務の詳細を知ることが認可される。
「相手のチームも気になるよね!」
「それは確かに!誰だろう、強襲科のCランクならマルタさんとか、Bランクならルーチェさんとかのチームですかね?」
「うんうん!ルーチェぁん良いよね!ワルサーP99を構える姿、痺れちゃうなー」
2人は強襲科の中でも優良株。
マルタは徒手格闘で一菜を投げ飛ばした剛の者だし、ルーチェは銃撃あり鬼ごっこの最中でも冷静さを失わない肝の据わったガンナーだ。
どちらも仮チームに所属していたから可能性はある。
……まあ、ルーチェのチームは探偵科、鑑識科、救護科、情報科だけどね。宝導師は情報科。
「知り合いの狙撃手がいたら良いのですが……」
「狙撃手は2人も要らないんじゃなーい?」
「無くは無いでしょうが、相当レアなケースだと考えられますよ」
監視、狙撃対象が相当数に達すれば狙撃手2人という選抜もありえない話では無さそうだが、このランク帯で複数人が必要となると、中学生には無理ゲーな難易度になるだろうな。
もし本当に300を……うーん、やっぱり400を超える高難易度の任務であれば、このチームでは引き受けない。
400を越えれば学生の領分ではなくなり、社会に出た新人の武偵が受けるレベルという事。私達ではどう足掻いても力不足なのだ。
「チーム単位で動くだろうけど、同じ場所に居れば組んで行動するタイミングもあるかもね」
「そこが不安ですよ。このチームって意外とバランスは取れていますから、メンバーの増減で波長が乱されるかもとか」
こと戦闘に限った話で言えば一菜の戦闘力は頼りになる。だが元来協調性の低い彼女は、私以外の人間と組んだ場合に先走って全員を危機に晒す可能性が高く、近くで適切な指示を行える司令塔、あるいは迅速な判断を下せる通信士を必要とする。
フィオナの狙撃は正確であり、どんな任務の達成にも貢献してくれそうだ。しかし反面、武器の性能上前線寄りな立ち位置を確保する上に近接格闘戦のスキルが皆無なので、一菜のような暴れ馬みたいなのが前線に居なければ自己防衛に窮するだろう。
私の能力は強力無比なものである自覚はあるが、残念ながら未だスイッチは不安定だ。だからここぞという場面で不調を起こした際、即座にカバーに走ってくれる身軽な前衛と後衛の存在が欲しい。正に2人が理想のチームメイト。
……姉さんや裏返したチュラのみと組むのであれば、その心配は必要なくなるのだが。
「後衛1人ではカバーの限界があります」
「姉さんともう1人の宝導師を頭として、その指示を受けて全体をまとめる司令塔が務まる人材がいれば」
「フィオナちゃんも無駄なく動けるね!」
「1人では厳しいと思いますが……」
相変わらず自信の無い彼女は微苦笑でささやかな抗議を口にするが、何も全体の援護を任されるわけも無し、あの実力なら問題はないはずだ。
宝導師の存在を思えば気負い過ぎる事は寧ろマイナスで、私達が直面する並大抵の困難には対処法を示してくれるだろう。
あくまで私達はサポート役、一つ一つの行動に全力を尽くしてやっとこさ付いて行けると考えておかなければ、その大きすぎる壁に前が見えなくなってしまう。
「少なくともこのチーム内で不条理な指示は出ませんよ」
「……そうですね、カナさんならそんな心配は杞憂でした」
「じゃ、受けちゃおうよ!クロちゃん、カナ先輩によろしくね!」
顔を曇らせていたフィオナは心強い宝導師の姿を思い浮かべ、幾分か気分が上向きに戻った。
こうなってしまえば受注を妨げる障害は残っていない。一菜も彼女の状態を確認すると間を置かずに、聞いてもいない回答でもう一押しする。
決定だ。
この任務、どうにも嫌な予感がする。それには姉さんも勘付いているはずだし、だからこそ私の覚悟を確認した。
きっと、姉さんだけでは手が打てない、強さだけじゃない、大きな敵。
(何があっても、2人は守り切りますよ。……何があっても。覚悟は、決めましたから)
「分かりました。私達のチームは任務を受けると、そう姉さんに申請します。情報についてはいつかのタイミングにまたミーティング形式を取りますので、くれぐれも周囲へ漏らす事の無いように気を付けてください」
「りょーかいっ!」
「よろしくお願いします。……あ!クロさん、今日の演習中、気になる事がありました」
「……?どうしましたか?」
反省会から引き継いでいたコーヒーカップはとっくに全て空になっていて、相談が終わる頃には良い時間になった。
解散の流れが出来上がり、早く帰って夕飯の支度をしなきゃと考えながら、私、一菜、フィオナの順で席を立ちあがると、返事から自然な形でお呼ばれされる。
心配事の次は伝え忘れた指摘事項だろうか。
常に何かを考え続けていて、脳の疲労が狙撃に影響を与えたりはしないのかな?
一菜も混ざりたそうにこちらを見ているが、フィオナがプニプニした謎素材のバスクベレーを右手で押さえて深々と礼をすると、諦めきれない表情ながらも渋々引き下がった。
2人きりでの話?どう切り出されるか予想出来ないぞ?
顔を合わせた彼女は、確証はないけどと前置きをしてから、ここにはいないチームメイトの話題を持ち出す。
「ここ数日、彼女の動き方に差異が見られませんか?」
「……へっ?」
(動き方?どゆこと?)
「遠目から見ていて、ふと気になったんです。クロさんをカバーする回数が減っている代わりに、カナさんとの接近回数、標的回数が共に増え、驚くべき事に防御精度が格段に上がっているんですよ。逆にクロさんは距離の関係上、銃撃での援護が増えたので弾の消費が増えていますよね?」
「確かに……微妙に遠いなと思ってカバーしていましたが、姉さんと一菜の格闘戦が激化している事が多かったような」
狙撃手様は良く見てるなぁ。
つまり、一菜は更なる特攻隊員に昇華しつつあると。
(違うか……戻り始めてるんだ。最初の頃に)
彼女はアホの子で科学全般は苦手だが頭は悪くない。
カナという強者相手には、2人掛かりで連携を取った所で優位に立つことが出来なかった。銃弾は銃弾射ちで弾かれ、打撃は片割れが受け流されて体勢を崩し、もう片割れは防がれて反撃を受ける。
以前、一菜がダメ元で後方から低姿勢のまま襲い掛かってみたが、足元を撃たれて進路を変えた一瞬で、身を躱した方向から回し蹴りを喰らった。ついでにその時の私は、ほぼ同時に放たれた不可視の銃弾によって、初期型の防弾脛当て越しに弁慶の泣き所を撃たれて転倒、すごく痛くて蹲りながら、「足癖を直しなさい」と注意喚起されている。
だから前々から、前衛のみでの戦法は無意味として作戦立案を行ってきたのだ。3on3はその環境で作り上げられた作戦である。
現在は各々が試行錯誤を繰り返している段階、そこで一菜はターゲットを自分に向ける事で援護射撃――このチームであればフィオナの攻撃を確実にヒットさせる状況を作り出すことを優先しているのかもしれない。
フィオナがわざわざ別途時間を取ってまで話す内容とは思えないが……
「それって彼女なりの作戦だと思うのですが、どうして反省会の場で取り上げなかったんですか?」
「イチナさん様子がおかしいと思いました。私達のチームはフロントが2人いるんですから、あそこまで突出して最前線を張り続ける必要はありません」
「姉さんの目を引くことで仲間に攻撃のチャンスを――」
「自分の身を犠牲にしてもですか!?」
「それは……」
それは……
姉さんが宝導師の実戦演習で一番最初に一菜を本気で怒った理由だった。
今と変わらずツートップで仕掛けて、手も足も出ずにあしらわれた私達は実力の差を深く記憶に刻み込まれたのだ。
姉さんには銃弾が効かないことに、私以外は完全に混乱へと陥れられる。
後衛のフィオナは実戦中の狙撃を許可された時にもかなり驚いた様子だったが、実際に遠くから数発の射撃を行い、目の前の不可解な現象を目前にした時には顔面蒼白で、その後は1発も放つことが出来ず仕舞い。
前衛の一菜も連携など考えず、ただ単に私がカバーするお粗末なフォーメーションの為、私は最後には弾切れとなり不安定な波で受けも満足に行えないまま、一方的に叩きのめされた。
しかし残り1人で食いつき続けようとした一菜は、あろうことか持ち技の中でも最も危険な自爆技で相打ちを狙おうとして、これが姉さんの怒りに触れてしまった。
――――『
殺生石の能力の一端。
普段は触れることで対象の生命力を奪い取るが、一気に自身の力を注ぎこむ事で急激に活性化させ、広範囲に存在する全ての生き物から生命力を奪う荒業となっている。
範囲は身長の4倍、直上直下も含む全方位球体形状半径6m程度が安全係数を考慮した限界だそうで、壁も天井も関係ないらしい。
直接触れるよりも効力は低いが、その範囲内に数秒いるだけで一時的に意識を失い、覚醒後暫くの虚脱感と思考能力の低下を引き起こす。
基本的に接近戦ばかりしている彼女からしてみれば、常に相手を攻撃圏内に捕らえているのだ。
範囲を広げると加速度的に必要な生命力が増えて彼女の命に係わるし、対象の生命力が大き過ぎれば、余剰に消費している一菜が先にバテてしまう。
また、仲間を巻き添えにする危険性も無くはない等、利点に比べて欠点が多い。
「あたしが……何とかしなきゃ……!」
大量のエネルギーを注ぎこまれた御守りの殺生石は熱を持って茜色に染まり、その光が球状に広がって、手始めに苦し気な表情の一菜が赤い光に包まれる。
その光景に初めて余裕を失った姉さんは、一菜の正拳突きを払った右手が一瞬光に触れながらも完全な圏外にいる私の隣までまで逃げ延びた。
弾の切れたベレッタにゴム弾を1発装填し、左側頭部を跳ねるように弾丸を撃ち込んで失神させたのだが……
一菜が目覚めると、その身を気遣うより先に責めるように問い詰めた。
「三浦一菜、最後のあれはなんだったの?」
普段の演習中でも優しく指導してくれていた、普段のほんわかした姉さんからは想像も出来ない刺すような威圧に、名指しで尋ねられた彼女はあらゆる仕草にビクつきながらも正直に答えて、
「あれは、あた……わたしの技の1つで……」
「違う、どういうつもりであんな危険な技を使ったのかを聞いているの」
「それは、その……一矢報いたくて、1人になったから、もういっかなー……って」
あくまで姉さんをどうにかしてしまおうなんて魂胆は無かったと言い張る一菜に、さらに表情が鋭さを増して恐怖心へと突き立てられていく。
近くで同席していた私も、思わずここから逃げ出したくなるくらい、怒ってる。でも、一菜にそこを責めてるんじゃないぞ、と伝えることも出来ない。
「聞き方を変えよっか。もし、戦場だったとしても、あなたは同じことをする?」
「……します。逃げられると、思えないから。せめて……」
「せめて?」
「チームとして、2人が生き残って……相手を斃せさえすれば、戦術的勝利かなー?……って」
あらま、模範的なハズレ回答、ありがとうございます。
では、私はこの辺で……
「姉さん。私――」
「座りなさい」
「――はい……」
コワイ!
逆らおうなんてコンマコンマ1ミリも頭に浮かばない。
とっても従順にお行儀よく、音も立てず椅子に座り直して全身に走る緊張感に苛まれる。
姉さんは絶対の存在。早く隣に並び立ちたいと夢を掲げたのに、既に諦めモードへと移行し始めていた。
どんな命令でも従う。
そう、自分でも思っていた。のに……
「遠山クロ、三浦一菜。あなた達は早々にこのチームを解消しなさい」
「!!」
「ッ!」
あまりに予想を飛び越え、遥か先にある最後の一線を命令されて。
思考が。
止まった。
緊張感も置き去りに、命令通りに一線を越えかけた私は……
「絶対に、ヤダ!!」
全身全霊、心を込めたワガママで、引き留められる。
踏み出そうとした右足が宙ぶらりんで、後にも先にも着地地点を見出せない。
もう前には進みたくないし、でも後ろを振り返ればその先にいるであろう姉さんには、失望されるかもしれない。
どうしよう、どうすれば、どうしたい?
思考が動き出したのに全く答えを探し出せず、フラフラとその場でバランスを取る事だけに躍起になって、このまま棒倒しみたいに倒れた方向に進んじゃえば、なんて情けない考えが霧となって前後の方角を有耶無耶にさせていく。
そうすると、楽だった。
だって見えもしないなら、いくらでもいい訳が出来るから。
こっちが前だと思ったなんて、そんな戯言を口から出まかせに……
「あたしは、クロちゃんの相棒になって、一緒に強くなるんだ!いくらクロちゃんのお姉さんだからって、そんな横暴な……」
「相棒?あなたは自分を犠牲に、なんて考えを持つ相棒をどう思う?いつ自分から死を選ぶともしれない相手を、どうして信頼出来るの?」
「あ……!」
「自分の力と仲間の力を勝手に足し合わせて計算して、勝てないと決め込んで勝利を諦める仲間なんてチームに必要?」
「ちが……そんな事言ってな……」
「あなたの言う相棒やチームは、そんなに、簡単に捨てられるものでしか無いのよ」
「違うんだよ……クロちゃん。あたしは……」
あー……はいはい、声が聞こえてきます。
そっちが後ろなのね、よーっく分かりました。
でもって、ごめんなさい、私は――
「違うのなら、答えを示しなさい!」
「あたし……は、守りたい、だけ……」
声が震え、目を合わせることも出来ないまでに追い詰められた、紛れもない本心。
だからこそ、姉さんは許さないのだ。その思いを尊重するからこそ、一菜の考えを否定するのだ。
「それだけの答えしか用意できないから、あなたは自分を一番先に捨ててしまうの!」
「そんなこと考えてない!あたし――」
「一菜、あなたの気持ちは理解しました」
これ以上、彼女の悲痛な声を聞いたら、喉が詰まる妄念が押し寄せて来る。
「クロちゃん……」
「丁度良い機会だと思います。まだ未熟で、一緒に任務を行うなんて功を焦っていたんですよね」
「えっ……?」
気のせいだろうが、輝度を失ったポニーテールも重力に負けて力なく垂れさがり、セリフの意味を先読みして呼吸さえも忘れた少女から顔を外す。
頭のあちこちが痛い、こんなのこれっきりにしたいよ。
カフェラテの潤んだ視線から外した私の瞳は、空間を彷徨うことなく、目標へと最短ルートで到達した。
夢の中でだって、こんな高尚な芸術品も霞む美しさを放つ美女には出会えない。
長く伸びた睫毛を持つ両眼は、怒りを表していてさえも人を拒絶せずに惹き付けてしまうのだ。
目が合うだけで心が掴まれる。
彼女の下にいるだけで万能感を得られる程に、その超人的なオーラは私を優しく包んでくれた。
離れるなんて、離れられるなんて、考えたことも無かったな。
……でも、後悔なんてしない。
私の意思は、間違いなくこう言うんだ!
「1度、距離を置きましょう。――――カナ」
――少しだけ、
「時間をください。私達に、まだ可能性が残されているのなら、そのチャンスを捨てるなんて、私には……いえ、私達には出来ないんです!」
私は宙ぶらりんのまま、迷いを捨て切れないまま一歩踏み出すなんて器用な事、出来ません、姉さん。
止まって、なんて図々しい事は言いませんから。
立ち止まって、振り返って、寄り道して、やっと歩みを再開する私を。
絶対に辿り着く、そう決意した、いつかは隣に立つ相棒を思って。
ちょっとくらい、足跡を残して行ってくれても、いいんですよ?
返事は無い。
でも、その両目は閉ざされた。
私が縋り、頼り続けてきた絶対的な存在は、後ろで立ち止まった小さな存在に振り返らない。
ただ見守り続けるだけの事を止めて、前を見据えて、1人歩き出す。
私は1人だ。
なら、当然、必要になるものがあるだろう?
無人島だろうがどこだろうが、代わりが効かないこれだけは、手放さないぞ!
今一度、後方へと振り返って、そこにいる仲間へ手を伸ばす。
腕2本分の距離は腕1本分の距離となり、歯を見せないように、軽く頬を上げて真剣な眼差しで……って、面接前みたいな確認だな。
「一菜、私にはあなたが必要なんです。嫌だ、って言っても、何回でもお願いしますから」
途中で止めて反応を見ようかとも思ったけど、恥ずかしくなるし、一息で、最後まで言い切ることにした。
「私にも、守らせてください。仲間だからこそ、守られるだけなんて御免です!」
「仲間……」
最後に、腕を伸ばし始めてくれた彼女に一言。
「信じてください。あなたが思っている以上に、私はなんだって突破していきますから。頼りにしてくれてもいいんですよ?」
「……知ってるよ。クロちゃんは、あたしが出会った中で一番……」
「……大きい力を秘めてる気がする、すごく
「ん?一番何ですか?恥ずかしがってボソッと言わないでくださいよ、気になりますから!」
「変わった人だって言ったのー!あたしに話し掛けるなんてパオラちゃんとクロちゃんくらいのモンだよ!」
(んまっ!しっつれいな!)
下を向いてぼそぼそ喋っていたから聞き返してみたら、そんな事かい!
聞かなきゃよかったよ。変わり者だなんて一菜にだけは言われたくないってのに。
「本当、変わった子ばかりが集まったのね」
「ちょっと、姉さん。私の決意にはノーコメントで、ここで一言目がそれですか!?」
「ふふ……だって、ね?」
私と一菜を信じ、怒りを鎮めた姉さんは、再度口を開くと同時にサイドチェアから立ち上がった。
そのまま保険室の扉に無音で近寄り、素早く扉を開け……廊下に手を出して何かを掴んだ?
「うわわわ!カ、カナさん!いつから気付いてたんですか!?」
「最初っから聞いていたでしょ?入ってくれば良かったのに」
「入れるわけ……ないじゃないですか。お2人には合わせる顔も無かったんですから」
腕を引かれ、強制的に入室したのはフィオナ。
演習後、調子が優れないと先に帰ったのだが、ずっと廊下で話を盗み聞きしていたらしい。
自身の不甲斐無さを病んで、顔向けできないとこそこそしてたのか。
「廊下で聞いてたのかー?あたしが注意されてるところー……」
「うっ……すみませんでした、安否確認だけしたら帰ろうと思っていたんです」
「話は全部聞いていたんですね?」
「……はい」
本人は申し訳なさそうに、両手でベレー帽を鷲掴みに顔の前まで降ろして隠してしまう。
それが原因で彼女の頭のてっぺんに存在するピンと立った触覚のような、俗にいうアホ毛が彼女の一挙手一投足に反応してピコピコと揺れている。
「一菜ちゃん、あなたは仲間に恵まれている。大切に守りなさい、そして、その倍だけ守られなさい。皆の前に立って戦うとしても、あなたを守る為に皆も力を尽くしてくれている事を覚えておきなさい」
「カナ……先輩……!はいっ!」
怯えによって震えていた声は、感動によって打ち振るわされる。
光り輝く薄茶色の瞳は、ああ、また姉さんの虜が1人出来上がっちゃったね。
これでチームが揃った。
このチームが、今の私の居場所なのだ。
「後で話そうと思っていましたが、フィオナさん。あなたも協力してくれますか?」
「当然の事です!それに付随いたしまして、定期的な作戦会議を開催する、というのはいかがでしょうか?早朝ミーティングや宝導師演習後の簡易的な反省会を開き、より連携を取れる私達だけのフォーメーションも開発する必要があります」
「え、あ、はい」
よくもまあ、そんな長文がスラスラと話せるね。
まだ無理だよ、イタリア語で長文なんて、どうしても単語の継ぎ接ぎになっちゃう。伝わればいいけどさ。
「特に、一菜さんには連携をとる事の重要性を理解して頂く為に、その効果のほどを実戦で実際に実感してみるのが手っ取り早いのではないかと思いますので、誠に勝手ながらカナさんにも協力をして頂き、ここ数週間の間は宝導師演習の時間を多めに確保して頂けると幸いです」
「え、ええ。構わないけど」
「よー喋るね、フィオナちゃん」
止まらん。
まだ、止まらない。やばいな、そろそろ何言ってるのか分からなくなってきた。
スイッチ入れちゃえ。
「本番となる任務は毎回同じ状況とは限りませんし、各々が経験した任務での所見も参考にすべきですので、単独もしくはチーム外の生徒と組んで当たった任務の内容も意見交換できる懇親会のようなものも出来れば良いなと――」
「お、おーけー、おーらい。その辺りは徐々に充実させていきましょう」
「"急いては事を仕損じる"、日本にはそんな諺があるの。意味は急ぎ過ぎると失敗するのよ、って事ね」
「す、すみません。少し調子付いていました」
少しかー。あれでかー。
今後ともお手柔らかにお願いしたいものだ。
「私達は全員未熟者です。いいですか、自分の長所と欠点を見直してみましょう!まずは、私から――」
それは……
「彼女の欠点、でしたね」
人間とは、そう簡単に本質を変えられない。
彼女は変わろうとして変わろうとして、見た目も、性格も、話し方も、戦い方も、全てを作り変えて来た。
でも。
記憶を封じた彼女の心の最奥部では、彼女は彼女自身を愛せなかったのだ。
仲間の命と自分の命を勝手に天秤に載せて。
いらないほうを、捨てた。
偶然かもしれないが、フィオナがそれを見付けて拾ってきてくれたのなら――
――もう1回載せてやる!
「一菜の……バカ」
「クロさん?」
なぜ、天秤に自分の思いだけを載せるんだ?
私達の気持ちはあなたの2倍、重みがあるというのに。
彼女は、あの子は、あいつは、一菜は。
自分勝手が過ぎるんだ!
「フィオナ、私、急がないといけません。嫌な予感が……胸騒ぎが、納まらないんです」
「どちらに?」
「分かりません。きっと、恐ろしい場所。そこに、一菜がいる」
「それなら私も――」
私の視線から予想した進行方向にフィオナが立ち塞がる。
ありがとう。私達は、いつもハチャメチャな事ばっかりしてて、あなたには心配を掛けっぱなしだったもんね。
だけど、ダメだ。
あの場所には、あなたを連れて行く事が出来ない。
格闘戦なんか習ってないのに、それでもなんとか止めようとして両腕を広げる真面目で健気な彼女に……
「私を信じて」
別れの一言と共に、彼女の右手へ一菜の御守りを預けた。
「あなた
私達は、いつの間にか足並みを揃えて歩いてたんだね。
フィオナの声は隣からよく聞こえる。
折角待ってあげたのに、先走った奴がいるらしい。
ホント、勘弁してくださいよ、一菜。
行先はパラティーノの丘。
私の覚悟は決まっている。
学校を飛び出し、ポケットから取り出したのは一通の招待状。
差出人の分からないこの紙は、一文字一文字が作品として飾られていそうなほど整った、力強い筆遣いの日本語でしたためられていた。
『"遠山クロ、貴殿の参加を心より楽しみにしている。望むものはいくらでも手に入ろう、宿金の事も、思金の事も、知りたければその源流まで。箱庭は今宵開かれる。パラティヌス、ローマが始まったこの場所で、コロッセオとテベレ川の良く見えるこの場所で、魔女は全てを待っている"』
始まる、『箱庭』が。
大きな世界の片隅で、世界の未来を変えてしまう程の影響を持つ小さな宣戦が。
そこには一菜と――
――世界を支配せんとする強者たちが集い、その時を待ち侘びているのだ。
クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございました!
やっと、やっとこさ箱庭に辿り着けそうです。
キンジと違い、予備知識をもって立ち向かうクロは、気が楽なんやら、逆に重いのやら。
知り合いの参加者も複数名いるでしょうし、原作程も狼狽えないかと。