黒金の戦姉妹28話 箱庭の宣戦(後半)
箱庭の宣戦(後半)
「もう……お姉さまもリンマさんも、どうして私を置いて行っちゃうのかなーっ?」
「当然……の、判断、かも。私が、呼ばれた、のは、驚いた……けど、ね」
「ミーネちゃんも大変だね。メーラさんの事もあるのに、私のお守りだなんて」
「ううん、理子ちゃん、と、会える……のは、嬉しい、から。最近は、ヒルダ、さんも……優しい、し」
「うわはぁ~……嬉しいっ!ミーネちゃん大好きだよぉー!久しぶりに再会したときは身長もこーんなに高くなってて緊張したけど、優しくて頼れるところは変わってないね!」
「……理子ちゃんも、変わって、なくて、良かった。見た目も、あんまり……」
「あーっ!ひっどーいっ!私の方が年上だよ?これでも少しは身長も伸びたんだから!それに、む……」
「む……何?何を、言い、掛けたの……かな?」
「ふ、ふっふーん!怖くないもんねー!今のミーネちゃんだったら私の本気でチョチョイのパーだもん!」
「あはは、そう……かもね。でも、そうじゃ、ない、かも」
「う?どういう意味?」
「宿金、の、力、って……すごい、と思う、よ?これも、最近……実感、したんだ」
「え?!う、うっう~?ちょ~っと私には分かんないかも?うん!話を変えようじゃあないですか!ミーネさん!」
「姉さん、には、及ばない、けど、それは、私が、未熟、だから」
「話が変わってなーいッ!」
「……その話が本当なら、ミーネも人間をやめたのか。メーラといいオリヴァといい怪盗団には私しか人間が残ってないんだな」
「あなた、は、人間、だと、言い張る、の?」
「当然だ」
「私、は……宿金、と、色金、の、同時、使用、の方が……よっぽど、反則、だと、思う、けど」
「今はヒルダお姉さまにチャージしてもらう必要もないからな。言っとくが、一発一発の疲労はでかいし、並列起動には狂いそうなくらい集中が必要になるし、まだまだ実戦では使えない」
「マルチ、タスク、脳。考え、た……だけで、頭が、痛いね」
「でも、クロは使いこなしたんだそうだ。私から奪った"宿金"の『
「なに……それ…………」
「簡単に言えば『歩く閃光爆雷雲』だ。それと比べれば、まだ私達は人間の分類からは外れないだろうな」
「クロさん、て……ステルシー、だった?」
「疑いようがない。間違いなく魔女、それも
「……学校、での、姿、は……全部、仮の、姿……か」
「日本には吸血鬼の代わりに鬼がいるらしい。人かどうかの方が疑わしいぞ」
「怖いのはアグニの耳にクロの話が入ってしまう事だ。リンマはボケた所があるし、竜人の配下共は本人同様神出鬼没」
「姉さん、以外、は……顔も、知ら、ない」
「恩人が毒牙にかかるのは気分が悪い、奪われるのも癪だしな。幸い、話によればまとまって箱庭には参加しないようだが……」
「散った、内の、誰か、が……」
「そうだ、いる可能性も否定できない」
「興味、持たれ、たら……どう、しよう」
「敵に回るのだけは論外、一緒に死ぬだけだ。これまではリンマとの繋がりで気にしてなかったが、先手を打っておかないと詰むぞ」
コツン……コツン……
「――ッ!」
「……足、音?」
「ロザリオに反応はない、ミーネの方はどうだ?」
「……ない、よ」
「あなたは客人だ、そこで待っていろ」
「信念、に、基づ、いて……依頼、主の、指示は、絶対」
「……そこも変わってないんだな、お人好し姉妹は」
雲の切れ間から覗いた明かり。
総勢14人の人型の者たちが輪になり、あるいはその一員のように聳えた大木の上に位置取って、その中央に主を迎え入れた。
葉の1枚も残さず枯れ切ったにもかかわらず力強く地に立つ老獪な大木の枝には、変わらず人魚座りで地上の一点を見下ろした少女が萱で編まれた法被姿で飾り物のように鎮座している。
更にもう1人、ゴールデンオーカーのツインテールを体格に合わない大きな中折れ帽の下から飛び出させたブレザーの少女が、自分の真横に落下してきた花柄の女性を流し目で認識した後、額に汗を浮かべながらもその目を逸らさずに同じ場所を睨み付けていた。
2つだけではない。
この場で意思を持つ14の視線が自分たちを死へと追いやろうとした深淵の髪を持つ名も無き魔女へと殺到する。
箱庭の主――自らが名乗ったその名は、この小さな戦争の発起人であることの何よりの証拠であるが、風貌は肥え太った主権者でもなく、大柄で屈強な将校でもない。
名工のガラス細工のように細緻な飾りを施された、
外見だけで判断するならその女性は20代前半にしか見えないが、その超然とした風格を漂わせる本質は……測れないだろう。人間に見える程浅い所には存在していないのだ。
「お初にお目に掛かる方が多数でしょう。各々方の自己紹介をお聞きしたい所ではありますが、まず初めに……」
彼女の発言が間延びして話が途切れると自分が瞬きをしていなかったことを思い出し、彼女の視線が宙を闊歩する度に周囲の誰かが息を呑む。
意識しなければ呼吸が止まり、その息苦しささえも今だけは生の実感を与えてくれる安らぎだと感じられた。
「御覧の通り、残念ながら
たった今、自身の力で打ちのめした代表者の紹介を始める。
国の代表が斃れたというのに、学校の担任が出席を取る際に欠席の生徒を公言する場面を彷彿とさせるその光景がどうしようもなく滑稽で、顔が、無意識に歪む。
(あいつは……何なんだ、招待状を送ってまで参加を促して、あんまりな仕打ちじゃないか!)
混乱が理性を支配する中、沸々とした苛立ちの感情、じくじくと心の傷口が開くような憐情だけが、萎縮する防衛本能を振り切って行動を起こさせようと訴えかける。
このままではあの女性を見殺しに、ここにいる全ての人間が人殺しになるのだ。
「止まりなさい、クロ。動けば撃つわ」
「……っ!」
しかし、初動を起こす前に牽制される。精神を落ち着けて前方を再度見直すと、主がこっちを見ている……気がした。顔はこちらに向いていないのに……
カナは振り返りもせず、崩れかけた平静をギリギリのラインで保ったまま、絞め殺されそうな僅かな喉の隙間から残り少ない胸の空気を震わせた。腰回りには一早く私の心情を読んだチュラが死地に向かう私に付き添うのではなく、頑として行かせまいと押さえ込んでいる。私の意思に逆らってまで止めるのは、彼女にとってどんなに不愉快な事だろうか。それでも止めたのだ。
(そうだ、私が動けばチュラも動くしカナも見捨てない。勝手な行動で2人まで危険に晒す所だったんだ……)
それにカナが止めた、という事は、あの女性はすぐに死んでしまうようなことはないのだろう。私の症状を間近で看ていた彼女はこの能力の性質をよく知っているのだし。
「大人しくするのよ、その状態のあなた自身の能力は低いのでしょう?」
「……間違いではありませんが、2人同時に動かす感覚って容易に掴めるものではないんですよ?姉様」
簡潔にまとめれば"思金の共鳴を用いた意思疎通方法"が
チュラの未熟な射撃なんかもこの能力を用いれば、同時に狙った場所を撃つ事だってできるのだ。……有益な使い方は模索中だけど。
また、チュラからの報告も逐一送られてくるので、挟み撃ちなんかを仕掛けられても彼女の模倣観察による報告から敵の動きすらも予測して返り討ちに出来る。
能力は便利だが、処理に用いる脳への負担が大きすぎて、体は通常時とは異なり思うように動いてはくれない。
必然、私は後衛の司令塔に従事している。頭と体を同時に、それを2人分で計4つ……目下修行中なのだ。
私が冷静さを取り戻したことを察したのか、腰の重りからは解放された。
なんとなくだが、場を支配していた重圧も緩んで来ている気がする。
「……今回の戦いも、面白いものになりそうで大変喜ばしい限り。ワタクシも待ちきれませんし、気を急くようですが開催の
問い掛けるような物言いも、返答はない。
そもそも参加国の代表として来た者たちの間からは特に異論の出ようもないだろう。
沈黙を肯定と受け取ったか、ただの確認であったのかは知りようもないが、主の中では次のステップへ物語が進んだらしい。
自身を囲む代表戦士達に無防備な背を向けて優雅な歩みを2歩、3歩、4歩……裾が幾層にも重ねられた青いドレスが合わせて小さく波立ち、長い髪は名のある貴族が式典で用意するトレーンのように後方へと伸びていく。そして武器の一つも持った事が無いようなその美しい手を大木にかざした。
「人は生まれながらにして名を与えられる。それは特別な事で、極めて異な物。強く興味を惹かれたワタクシは遥か昔、人類へとコンタクトを取ることにしたのです。しかし、共存するには人間という生き物は脆弱過ぎました。多くの者は死に絶えましたが、その経緯からワタクシにもいつしか名が与えられたのです、他でもない人間によって。………失礼、関係のない話でしたね。この地に銘を刻みましょう、貴殿達の名――今日まで生きてきた名を、今日から残されて行く名を、読み上げます」
主は、敬意を込めた一礼を世界へと。
それは生きとし生ける者への敬礼なのか、それとも……まるで墓標のように立ち尽くすあの枯れ木への敬弔なのか。
すると、パラティーノの丘全体に蔓延していたのではないかと思うほどに拡散されていた息苦しさが、数段和らいだ。
原因は彼女が別の事に集中し始めたからだろう。
「思金の生誕地――ジャポンからの賓客もいらっしゃいますので、今宵は招待状の通り極東の言語にて執り行いましょう。敬称は省略、また過去の参加者は既に銘を刻まれていますから、口上のみにて……"ルーマニア"の代表戦士『ヒルダ・ドラキュリア』、前々回の戦いはお見事でした。貴殿達姉妹の無差別破壊によって、一月足らずで3国が戦力を失い、攻め込んだ者は残らずブラド・ドラキュラの手で制圧されました。惜しむらくはアーちゃ……いえ、アグニ・ズメイツァの参戦が大きな障害だったのでしょう」
「ええ、覚えているわ。無所属の一国が全ての同盟国を敗戦に追い込むなんて、あなたも予想外だったのではないかしら?」
「とても素晴らしい誤算。あの頃は黒と白が手を組んで猛威を振るっていましたから、それをどちらも止められたのは彼女の活躍あってこそです」
名を呼ばれ、経歴というか戦歴を紹介されたヒルダは普段と変わらない態度を装って会話をしている。
だが、その表情は固い。貴族生まれのプライドの塊みたいな彼女も言いようのない緊張感を振り切ることは出来ていないのだ。
「"ブルガリア"の代表戦士『リンマ・ズメイツァスカヤ』、貴殿は前回、4回の間隔が開いての参加でしたが調子は戻りましたか?」
「じゅー、前回よりはマシかなー……有とも無とも言えない感じ」
こちらも同じだ。
口調こそ平然としたものではあるが、槍を抱く腕に力が入り抹茶色の頭部にツノ状のトサカが逆立つように張って、彼女の張り詰めた気持ちを露呈している。
「ここからは銘を刻む者たち。"イギリス"の代表戦士『アルバ・アルバトロス』、"エジプト"の代表戦士『ハトホル』、"オーストリア"の代表戦士『マリアネリー・シュミット』……」
「……」
「じゃぁ……」
「ZZ……ん?くぁ、ふぅうう~ん……!ふはぁー、なんだっけ?誰か、ネールの事を呼んだ気がするんだって」
木の上の少女は沈黙を守り、地に座す少女は声にならない呻きを返し、立ち寝の女性は欠伸からの半覚醒状態で独り言を溢した。
木の表面には次々と銘とやらが刻まれていくが、その文面は読み取れない。一体いつ時代のどこの文字なのだろうか。
「"ドイツ"の代表戦士……あら?」
名前を読み上げようとした主が人間と同じように首を傾げて振り返った気がする。
実際には木に触れたまま微動だにしてはいないのだが、視線を感じた時みたいに何となくそんな気がした。
「お初にお目に掛かる。オレはフランク。代表戦士はオレの主人だ。人体実験中にくしゃみをして
「あの子……いないと思ったらそういう事だったのね。実力は認めるけれど、自称する"科学の魔女"は遠いのではないかしら?」
「みはーはははっ!ホント面白い子だって!天然入ってるよ、なんで麻酔にエーテル吸ってんだろっきゃ……みはぁッ!舌噛んだァッ!み、みひひひひ……」
継ぎ接ぎの怪人という見た目からは想像できない知性的な男性、その口から告げられる同盟国の醜態を耳にしたヒルダがため息とともに傘を一回転させ、霧色の髪をした露出の多い
(笑う箇所がおかしくないですか?)
笑いのツボは人それぞれだが、天然どうこうはあの人が言えたことじゃなさそうだ。あのポンコツっぽさはリンマ2号と名付けよう。
「……貴殿の出で立ち。このファミリーネームはあの家系の崩れなのですね、狂気に囚われた曾祖父に似たのでしょう。あまり特例は作りたくないのですが……よろしい。フランク、貴殿の銘を刻むことを望みますか?」
「折角の名誉だ。しかしオレの生きる時代は過去にある。この戦いは主人の物。主よ、刻む銘は我が主人であることを望む」
緑がかった肌の怪人は右手を胸に左手を腰の後ろに、その巨躯を折り曲げて頭を下げる。
その人間より人間らしい紳士を心得た仕草の終始に心を打たれ、第一印象のみで判断した自分を恥じてしまう。
「初代への忠誠は永劫変わることはない――貴殿のような戦士は稀有なモノ。その望みを受け入れましょう。ですが、今宵の代表は貴殿。その役目を全うし、敬愛する今代の主人を勝利へと導く助けとなる事を誓えますか?」
「オレが誓うのは逆卍徽章とオレを造った神だけだ」
「不足ありません。その誓い、主人の銘と共に刻みましょう」
「……ありが……が……。ダメだ、言えない、まだ。……感謝する」
知性を持った怪人は、紛れもない戦士。
彼もまた、誓いを果たすために箱庭を戦い抜くのだろう。その剛腕に鋼の意志と鉄の拳をのせて。
「さて、"スペイン"の代表戦士『チュラ・ハポン・ロボ』、この名で間違いありませんね?」
「チュラの名前はチュラだよ。"ウケツギシココロ"はチュラの名前じゃない」
私が不可視の存在を使う時に着用する黒いロングコート、それとお揃いのロングコートをチュラは着込んで来ていた。普段から愛用している黒いグローブとレギンスも標準装備だ。
加えて頭にも黒い帽子をかぶって黒のロングブーツを履き黒いネックウォーマーも首に巻いて、露出した顔を除き頭の先から真っ黒な衣に覆われている。
「それは失礼なことを。『黒匚』――完全記憶に綻びが生じてしまったのかと、心配してしまいました」
「気にしてない。こっち……見ないで」
「チュラちゃん、怖がらなくても私と姉様がついていますよ」
チュラは委縮していながら、後衛の私を守るその一心で一歩も引くことなく踏ん張っている。
初対面だろうにその怯えようは尋常ではなく、カナと2人で呼びかけるが反応を返してはくれない。いっぱいいっぱいでその余裕もないのか。
「"イタリア"の代表戦士は『マルティーナ・グランディ』『パトリツィア・フォンターナ』、2名。これも特例ですが、思金を持つ者が2人いる場合の措置として、過去にも実施されています。名称は――」
「私共は"バチカン"と名称を改め、神の導きの下に全ての信仰者を安らかな眠りを妨げる悪から守ります」
「私達フォンターナ家は既に天使を戴いているからね。彼女の求めるままに"ローマ"として芸術を広めていく所存だよ」
天使という単語に眉根をひん曲げた粘土器色の髪のシスターからはドス黒いオーラが放たれている。
この場が正式なものでなければとっくに殴りかかっていただろう。怒りで全身を震わせて悪魔も逃げ出す程の鋭利な眼光がパトリツィア側、その同盟国となるであろう全てに向けられた。
(やはりそういう事ですか)
パトリツィアとあのシスター様は敵対関係。
恐らくはパトリツィア側が教会側に反発して、追い出される形で分離してしまったのだと思われる。
もしくは過去から反りが合わないまま手を組んでいたのが、教会側がどこからか思金を手に入れ、その関係を断ち切ることに踏み切ったのかも。
それにしても、超戦士の全員に喧嘩を吹っ掛けるとは、いくら短慮な人間でも出来やしない。
仮に時間を掛けて状況を鑑みた所で彼女の行動に違いは出ないのだろうな。戦況うんぬんではない。
「内部分裂……武偵高はどうなるのかしら?」
「姉様、どうせ私達は休学ですよ。バチカンの地下組織とフォンターナ家のもつコネクションが対立していては、おちおち学校内で昼寝も出来ません」
武偵中は荒れるだろう。
これまで小競り合いで済んでいた2派の争いが表面化し、激化する可能性も否定できない。そうなれば――
(クラスの皆が……クラーラとガイアが……ベレッタが……フィオナが巻き込まれる!)
それを阻止するには取り急ぎどちらかを味方に付け、学校から撤退させるしかない。
全ての争いを止める方法など考え付かないのだから、その種が発芽しない内に別の庭に移植させるのだ。
「承認しましょう。存分に争い、覇を競い、自身の正義と我執に目を眩ませるのですよ」
最悪のケースを考えて苦悩する私とは正反対、無色の髪を持つ魔女にとっては招くべき事態なのか、火に油を注いでけしかけた後に戦いの助長をするように扇動していく。
主義主張を違えた2者も、同じような不敵な笑みで内心を表した。
もう話し合いなんかでは止まりようがない。
取り入るのは容易ではなくなったようだ。
満足したのだろうか、主は次へと意識を向ける。
示されたのは……
「"フランス"の代表戦士『フラヴィア』、貴殿は初参加でしたね。思主は参加の意思を見せているのでしょうか?」
「それってたぶん、なんですけどね」
(フラヴィア……!)
相変わらず気配がないのは厄介だ。そしてその日本語も直っていないのも可愛い声もとても厄介だ。笑えないのに笑いが込み上げて苦しいんだぞ、カナも。
大木の真横、そこには最初からいたのか甚だ疑問なフランス人形が、トパッツィヨに染め上げた髪とエメラルドの
(疲れてる……?確かヒルダとの戦闘を終えた直後もあんな感じになってましたね)
日本語での会話の様子もそうだ。
話し方が変な事は重々承知しているから、いつもならもっと恥ずかしそうにしているのに、その反応も緩慢。
悩み事やら考え事で頭がうまく働いていないみたいに、何もかにもが鈍感になっている。寝不足かな?そんな状態で戦場に来るなんてどうかしてるよ。
その上方、木の上では風が大木の枝を揺らし代表戦士の羽織り物を攫おうと翻させるが、当の狙撃手は必死な風の猛攻に構わず、呼ばれる名に立ち上がって異存なしの意思表示とした。
「"ロシア"の一部、代表戦士は『ズニャ』。ウルスの民はどの時代も傍観ばかりでしたが、貴殿はどうなのでしょう」
「……ウルスは箱庭においては観測者。ですが、巫女様より告げられた風の意思は違いました」
初めてその小さな口が開かれて紡がれる声を聞いた。
良く通る声ではないのだが、雑音を一切含まない風のような澄んだ声は風そのものに成り切って私の下にまで届いている。
暴れていた風は中和されるように穏やかに、彼女の無造作な髪を静かに撫で上げて、称えているようだ。
「私達は草原を駆ける駿馬を繰り、射かける一矢に身を写す。全ては風の意のままに。委譲された観測者の役割も、我ら姉妹が代役となりましょう」
その狙撃手がチラリとこっちに視線を飛ばす。
力強く疾駆するしなやかな鹿毛の馬が映り込んだ艶のある紫檀色の瞳が、スコープを介さずにじっくりと私を観測している。
(フィオナもそうだけど、狙撃手って事が分かってると構えてもいないのに視線が怖いなぁ)
いつもは傍観しているけど今回は違うみたいな話だった。それと例の風。
風の意思は巫女の神託。なんか昔の、平安時代の日本のように、霊的な物と交信できる人物が大きな立場を持つ集団のようだね。
やがて馬上の狩人は新たな獲物を求め、風を纏って走り去った。
次にあれが私を捕らえたら、急襲される。拳銃しか持たない私は反撃も敵わず、高原の中を逃げ惑うウサギと同様の運命を辿るぞ……
「"ジパング"……"ジャポン"の代表戦士『イチナ・ミウラ』、貴殿はなぜ参加するのですか?泉の妖精がワタクシに会いに来た時は驚いたものでした」
「説明せねば分からんかの?我は我らに仇成す脅威に身をもて成すのみ。そもそも思金とは色金封じを主眼として妖の祖たる者に生み出された金属を、人間が至宝として奪いあるいは盗み、武具の素材として用いようとしたのが根源じゃ。ついにはそのことごとくが姿を消し、異国の地にてようやく完成した様じゃがの。……人を狂わせ、人を従わせる道具として」
一菜の口調は元々の時代を逆行した喋り方で、未来に先駆けた危機感を募らせていた。
殺生石伝説に所縁のある彼女も陰陽師と関わりのある時代の戦士という共通点があったね。
名を語らない魔女をそのキツネのように吊り上がった両目で睨み付け、緩い雰囲気など今はどこかにしまい込んでいる。
「大元の目的はどうあれ、思金狙いと考えても良いのでしょう?」
「違いない。我は要らぬ破壊活動などを楽しむのは好みではない」
そこな吸血鬼共とは違うての。なんて副音声が聞こえたのは私だけではないはずだ。
ボルテージが上がっていく。あっちでもこっちでもバチバチと敵対感情が弾けてスパークし、畏怖で抑圧された闘争心が再び表面化し始めた。そのうちの何個かは、ときたま名前紹介すらされていない私に理不尽にぶつかって痺れさせていく。ひどい。
「参加国は以上。続けて個人への招待状なのですが……」
聞かれるよりも早く、ヘビ目をしたリンマ1号ことリンマが先回りをして答えた。
……カンペをカサカサと開いている。
「アグニ・ズメイツァ及び彼女の配下7名は不参加。私、リンマ・ズメイツァスカヤは一時的な独立を表明。直属の配下である3名と共に、この戦いに挑むものである」
(短っ!)
要らないだろ、その紙きれ。
地球資源無駄にすんな。
カンニングペーパーからたったの一度も目を逸らさず、しかしスラスラと読めた事が嬉しいのか、どや顔で紙面を畳んで仕舞った。
その様子がまたしてもリンマ2号のツボに入ったらしく、陰でこっそりと爆笑している。この状況下でぶっ飛んでるな、2号。
「そうですか。口惜しいものですが、それも仕様がない事なのでしょう」
(明らかに落胆しましたね。誰なんでしょう、そのアグニって……?アグニ?……アグニちゃん?)
どっかで聞いた、いや、見た。
リンマとの繋がりが有るとするとブルガリア……ッ!
(あのミステリアスな幼い女の子?)
名前の横にバツが付けられていて、てっきり戦いの中で死んでしまったのかと思っていた、ブルガリア国籍の元代表戦士。それが不参加を表明――生きているって事だ。
なら、丸印がチェックせよって意味だとしたら、バツにはどんな意味があるんだろう?
分からないままうんうん唸っていると、カナの4本の指が同時に別々のテンポを取って肩を叩いた。
4倍速のモールス信号を受け、人差し指から単語を順に並べる。
"メヲ ハナスナ アルジ ミテル"
次は私達の番か。
あんな大木に名前を書かれたって良い事なんてないんでしょ?
観光記念としてはポイント高そうだけど、器物損壊罪の3倍刑で気絶するほどの額を請求されるのは勘弁ですからね!
ずっと手をかざしたままの主がミテルのかどうかは不明。
それでも意識は明確に、少し分かり辛かったのはカナに向けられていたからだ。
「『カナ・トオヤマ』、『クロ・トオヤマ』。急な招待にも関わらず、尚且つこの場に到る実力を見せて頂けて……心が躍ります。強さを知る者よ、大いに歓迎致しましょう」
銘が刻まれる。でも、別段実感することも無い。
ただ出席簿にチェックを付けられたのと大差ないんじゃなかろうか。カナだって礼をするわけでもなく警戒を強めてその行動を眺めるだけだし。
「個人の参加者は2名だけ。これより、三色の同盟締結を始めますが、箱庭には大原則がございます」
銘を刻み終えた手を放し、体ごと視線を全体に向けた。
(大原則……ルールみたいなものですか)
「貴殿らが生きている人間社会にも規則やルールがあるのでしょう?人類保護のために、戦いは小規模でなくてはなりません。また、文明の退化を引き起こしてはいけない、箱庭は魔術の歴史――人類史の影であり、闘争による優劣を決定付け、間引き、繁栄させていくものでなくてはならないのです」
人類保護、ね。認識は間違っていなかったようだ。
そりゃ、ここに集った化け物が好き勝手に暴れ出したら小国はおろか、手を組んだ者が大国をも潰しかねない。管理者としてそこは定義を徹底周知させる必要があるだろう。
「『戦闘の目的は必ず代表戦士もしくはそれに準ずる存在か思主でなくてはならない、ただし戦場の選択は自由とする』――いかなる破壊活動も認めるものとはしていますが、主目的は強者同士の優劣、思金の奪い合いであることを忘れてはなりません。不要な大量殺戮や著しい国力の削弱行為は『文明の退化を引き起こす』ものとし、即座に箱庭からの追放を命じます。
『戦闘の参戦は代表戦士と思主を除き自由意志とする』『力無き者や他戦力の参戦は推奨しない、また悪質な戦用を禁止とする』――代表戦士以外の参加表明は必要としていませんが、弱者は参加資格を持っていない事を重々承知した上で運用致しましょう。自爆行為や人壁等の死を前提とした戦用は『人類保護』に、武具や薬物等を用いた総力戦への発展は『戦いの小規模』に抵触し、前述と同様の処分を命じます。
『同盟内における裏切り行為は禁じないが、同盟外との協力や不可侵等の秘密同盟は一切許容されぬ行為である』――同盟相手は良く選ぶことです。慣例通りと流されてしまえば、そのまま滝壺へと落とされてしまうでしょう。秘密同盟は『優劣の決定付け』『間引き』という面を曖昧なものにしてしまいますので、前述同様追放を命じます。
『敗戦国は勝戦国との協定を結び声明を発することで、同国の一員として再び参戦することが定められ、勝戦国はみだりに略奪行為を行う事を禁ずる。ただし、一度敗北した国は勝戦国として名乗りを上げることは認められない』――これは当然の事ですね?各位誇りを持って臨んでいただきます」
ルールは全部で5つ。
まとめると、国の強者同士が戦うのだから無関係な者を巻き込まず、勝敗をはっきりさせようぜ!ってこと。
(追放が文字通りなのか、それとも……)
目線は自然と木にぶら下げられた女性の方へと持ち上げられてしまう。
ピクリとも動かず、とっくに生を手放していたとしても不思議ではない。
(……そういう事なのでしょうか?)
鳥肌が立つのは寒いからではない。
彼女が掲げた大原則には明らかな欠陥があることに、気付いてしまったから。
(大原則には曖昧で主観的な要素が多すぎる。それこそずっと何者かが見張り続けなければならないような……!)
そして違反者に与えられる罰は箱庭の主による追放。
大勢の部下がいるのだろうか?1人でヨーロッパ一帯を監視なんて出来ようもない。
……イヤな……予感がする。
「ご理解いただけましたか?良くお考えの上で、自らが生き残る道をお探しくださいませ」
「おい、箱庭の魔女。
ゴミをポイ捨てするかのように上から投げつけられた雑な言葉遣いは、ここまで進行してきて初めて聞いた鼻にかかった低めの少女の声。
消去法で考えると、アルバと銘の刻まれたイギリスの代表戦士だ。
紳士淑女のイメージ例から見事に漏れた我の強そうで不愛想な印象をキャッチしたが、あの顔、どこかで見た様な気がしなくもない。
「焦らずとも決まっています。橙・緑・金の三色を頭三国とし、同盟の起点としましょう。具体的には……」
「わちらだろ?」
――――は?
「んふっ!」
「わち?」(チュラ)
「わっちじゃろ?」(一菜)
「わし、じゃぁ……」(ハトホル)
「みひ、みひひひ……も、限か……ひひひ……」(マリアネリー)
「ヒルダー、あの人間アホっぽーい」(リンマ)
「……とことん興を削いでいくのね、今回の参加者は」(ヒルダ)
「珍しい日本語だ」(パトリツィア)
噛んだのかな?
「な、なんさ、わちにもんかっかー!」(わちらさん)
――――へ?
だ、だめだ。喋らせちゃ。
犬歯を立てて威嚇しているあの子は無自覚だ。箱庭の為に独学で日本語を覚えたんだろう。イントネーションがヘンだから「文句あっかー」の"く"と"あ"がくっついて、「かっかー」が汽笛のポッポーみたいな……解説してる側が恥ずかしいんですけど。
でも言っている事は間違っていない。彼女の瞳は赤みが強く茶色に近いオレンジだ。
挙げられた三色の1つに入っているぞ。
「あらあら、文句なんかないですよ。うふふ……緑は私達で良いんでしょうか?」
「……あの子、なんだか嬉しそうね」
「同類と出会えて嬉しいんでしょう」
同類の存在に気分の盛り上がったお人形さんは肘を曲げた両腕を前に出して小さくVサイン。
緑の目であることをついでで言ったんじゃないのかと疑惑を抱いてしまう。
さて、これで2枠埋まった訳だが、もう1色は金だったよね?
黄色みが強い程度ならまだしも金の瞳なんて数えるほどしかいないだろう。知っている人ではトロヤくらいしかいないんじゃ……
……いた。
「ハトホル。金の瞳はオマエしかいない。同盟の起点はオマエになる」
「……わしが、頭三国じゃあ。主よ」
3枠目はエジプトの代表戦士か。
寒い寒いとミモザカラーのサイドテールをぶるぶる震わせ、黄金の扇をパチィっと鳴らし、辛うじて自分だと証明している。
そんな3者の様相を一通り視界に収め、主は最後の忠告を、と――
「頭三国の変更は認められていません。同盟は3色を中心として3つ、もしくは無所属であることを宣誓しなくてはなりません。またパワーバランスの考慮はなされていませんし、無所属である内は同盟を結ぶことは出来ません。以上です。どうぞ、自らの繁栄を求め、生き延びることをすべてに優先されますように――」
――――無色の髪は無色のままに、世界のいずこへと消えて行く。
箱庭に残されたのは高くそびえる老木と。
「ねえ、クロ。お前は一体どうするつもりなの?そろそろ教えてくれるかしら」
鮮血を想起させる深い
「クロは私達の仲間だもんね、ほらほら、こっちにおいでよ」
メラメラと燃える炎のような
「クロさんとは仲間でいたいんだけどね」
彼方から地上を見下ろす
「私は……」
カナを見て……
「あなたの思うように。私があなたの背中を守るわ」
チュラを見て……
「
(可能か不可能かなんて、私らしくないですよ。任せて下さい!)
……決めた。
初めから気に入らなかったんだ。
皆を守る方法も思い浮かばないままモヤモヤしてて。
「私はここに宣言します」
だから良い考えなんてない、また行き当たりばったりになっちゃうけど。
私は、この箱庭を――――
「第4色目の同盟――『クロ同盟』を設立し、全ての代表戦士を倒します。そして、箱庭を統一させましょう」
――――主の手から奪うことにする。
超人だろうが、魔女だろうが、吸血鬼だろうが。
かかってくるなら、その全てに受けて立ってやりますよ!
「こんばんは……おや?今夜は3人いると予想していたんですど、理子さんとカルミーネさんだけでしたね」
「あなたは誰だ?随分と流麗な日本語を話せるみたいだが、外で私達の話を盗み聞きでもしていたのか?」
「えと、名前、知って、る……なら、もう、1人、の、予想、は……誰?」
「だめだめ、挨拶には挨拶で返さないと、トロヤお姉さまに怒られちゃいますよ」
「あ、そだ、ごめん、なさい。こんば……んは」
「はい、こんばんは。あなたは変わりましたね、敵と思っていてもちゃんと礼儀を持って接することが出来るようになった。素晴らしい成長と言えるでしょう」
「こっちの事情を詳しく知っているみたいだが、
「あなたは変わりませんね理子さん、私は挨拶をしましょうと言っているんです。普段から礼儀正しく、淑女然と振る舞わなければ、ご先祖様に申し訳が立ちませんよ」
「知るか。アポも取らずに訪問してくる奴に言われる筋合いはない」
「これはこれは……痛い所を突かれてしまいました。取らなかったのではなく、取れなかったのですよ」
「質問、にも、答えて……!」
「いいですよ」
「ただの予想ですし軽く聞き流して欲しいのですが、てっきりジャパニーズファイター、ニンジャの1人でも潜んでいるんじゃないかと危惧していまして。例えば
「金星だと!?」
「……誰、なの?理子、ちゃん、の…知り合い?」
「過去に怪盗団に参加していた化け物仲間です。あなたよりは新人で――」
「もう死んだッ!これ以上金星の名を出すようなら彼女への侮辱と捉えるぞ!」
「――なら、どうします?私を……追い払いますか?あの吸血鬼のように」
「ミーネ、出口を固めろ。この箱庭のタイミングも知っていたんだろ。お前は知り過ぎている」
「そうでしょうか?私は私が知っている事しか知りません。あなたの事も、金星さんの事も」
「ふざけるなッ!」
「理子、ちゃん、落ち、着いて。あれは、ただの、挑発」
「邪魔者は荒れた箱庭で高笑いでもしている事でしょう。傲慢な彼女の事です、自分が宝物を失うなんて思ってもみないんでしょうから」
「あの……あなたの、目的、は…なに?」
「大事な計画の一端ですよ。ヒルダ・ドラキュリア、あの吸血鬼を捕らえ損ねたのは大きな痛手でした。ブラド公と戦うのは出来るだけ避けなくてはなりませんし、彼の部下である狼達は各地に潜んでいますから、こちらの動きも一定程度は把握されていると考えなくてはなりません。そして、その部下は箱庭に向かった。ご主人様の娘を連れ戻すために、彼を呼ぶ、でしょうね」
「――っ!ブラド……」
「ヒルダ、さん……の、お父、さん?」
「理子さん、あなたならその強さと危険性を理解できますよね?牢屋に監禁されたまま1年間育ったあなたなら」
「……8ヶ月だ。トロヤお姉さまが無理を言って外に連れ出してから、私は彼女専用のペットとして部屋に放し飼いにされていた。錠も首輪も掛けずに、だ」
「ぺっと……!?」
「吸血鬼にとって人間はただの愛玩動物。しかも嗜虐嗜好が強い彼らは過去に数えきれない人数を捕らえ、嬲っていたぶり、悲鳴をひとしきり楽しんでは吸い殻のように捨ててきました。トロヤさんは特別、変人なのでしょう」
「初めは屈辱だったが、あの人は嘘か本当か人間が好きらしいからな。口では否定しているくせに変な服は押し付けて来たし、鬱陶しいくらいに話し掛けても来た。けど、今思えば最初に私を牢屋から連れ出してくれたのは彼女だ」
「その彼女は、もうあなた達の傍にいない。彼もそれは知っていて、だから動くんです、あなたを逃がさない為に。その理由は……不明ですが、私もあなたを助け出せるこの最後のタイミングを逃がしません」
「なぜ、私を助けようとする?」
「『助け合うんだよ、友達だからな』」
「――ッ!?金星の声!?」
「微小な……ノイズ。電子、音、だった。小さな、子供、の……」
「言語とは、文字とは、記号とは、寄り集まって意味を持つ。そして、その集まり方によって姿も形も、その存在意義すらも変わる、液体よりも気体よりも不定形な情報体。文明の数だけその種類は増殖し、衰退、混同、変化を繰り返して進化を遂げてきました」
「……」
「文明の始まりこそ火と畑と川がもたらしましたが、その高度な進化を支えたのは宗教でも、建築技術でも、冶金技術でもない。文字こそが、言語こそが民族を1つにまとめ上げ、力を与えたのです」
「文字だけで何が出来るって言うんだ。文字に力なんて宿ってない、それともルーン文字で魔法や儀式でも使うつもりなのか?」
「そんな力は必要ありません。人間社会に最も大きな地位を持ちながら、誰にでも等しく意思を発する力を与えるのが言語。そして、人間は言語によって文字を支配しているつもりのようですが、現代社会において直接他人と話す機会は徐々に減り、メールやネット上の遣り取りが増えている。近い将来、電話の代わりとなるリアルタイムな文面での会話方法が開発され、販売店に行かなくても電子情報で取り寄せができる体制が恒常化、いずれ人間は言語よりも文字を頼るようになるでしょう。さらに情報化が進んだ未来は記号の羅列で操作され、人間社会の基盤や生活の内側にまで浸食します。情報は不完全な感情を撤廃し、正当で平等な文字が人類を支配する日は近いのですよ」
「文字が……世界、を……支配」
「一気に飛躍したな。現代の識字率の低さを知っているのか?4分の1はその力の恩恵を受けられていない。文字と共に進化したのは民衆を支配する人間のトップだけ、植民地を我が物とした強国の文化だけだ。文字は言葉を記録するために発展したんだ、だからこそ全ての文字に読み方が紐付けられている。それともお前が世界征服を目論む魔王にでもなるってなら笑ってやるよ」
「世界征服ではありません、人類の支配です。ですからあなたの考え方は間違っていません。私はそのトップに立って世界に根を張り、世界を見下ろせるほどの幹を育て、世界中に届くように枝葉を伸ばし、世界の全てに同じ花を咲かせ、実を――進化を全ての人間に与える支配者となる」
「支配……具体、的に、何を、する?」
「種の統一。実を得た者は生まれ変わり、新たな実を得る為に他者と助け合う。実を奪おうとする者は花によって排除され、根を通って幹に、枝を伝って実に戻ります。そして進化した実はやがて異物を排除するのです。宇宙にはまだまだ危険な存在が蔓延っていますから」
「なるほど、言いたい事は理想主義者の妄言と変わらないってことか」
「理想では終わりません。私には
私は……あの日のように…………
私が……金星さんを殺した時のように…………
私
「……手段を、選びません。例え、大切な仲間を犠牲にしようとも。終わりません、終わらせません。それが人に作られ、人と共にあった思金のあるべき姿」
「髪の……色が……っ!」
「ロッソの髪……お前、あなたは……」
「ずっと……ずっとずっと、ずぅーっと探してた。
「オリヴァちゃん……」
「オリヴァ……さん」
「
「彼女って、それって、まさか!」
「私にとって、盟友とは仲間であって友ではない。怪盗団の皆も、1つの文字でしかない。そう……そう、割り切らなくては……ならない、から」
「私の友達はずっと、あなただけです、理子さん」
「その瞳は……?あなたに……何があったの?」
「大切な家族を失って覚悟が決まった、それだけ、です。私は……何も変わっていない。オリヴァテータの名を変えたとしても、それはただの文字の羅列でしかなかったことが分かっただけでした」
「名前を……」
「『
「紫の果実って何なの、オリヴァちゃん」
「緋い、逆十字、と……青い、十字架……」
「……お見事。正解です、カルミーネさん。宇宙に対抗するには、思金だけでは足りなかった。色金を止めるには宿金が、色金を封じるには思金が、色金を殺すには色金が必要だったんです」
「色金を……金属を殺すの!?」
「宇宙、の……脅威!」
「紫電の魔女はあなたを今まで守ってくれました。私の代わりに。でも、それも今夜が最後」
「ねえ、迎えに来たよ、理子ちゃん。こっちにおいで?一緒に……文明を盗む
(…………クキキキ……)