まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹 おまけ7発目 黒黄の茶会

時間軸は月下の夜想曲以降で、不可視の存在の前、ですね。

 


おまけ7発目 黒黄の茶会ファントム・パーティー

 

「チュラさん、私、そういうの良くないと思います」

「チュラ、知らないもん」

 

「部屋から出て来てみたら、いきなり何が始まったのかしら……?」

 

「あ!姉さんからも一言お願いします」

「……私には話が見えないのだけれど」

 

「チュラさんが私の大切に取っておいたパンナコッタを食べちゃったんです」

「知らなかったんだもん!名前も書いてなかったもん!」

「自分の分は昨日食べましたよね?なんで今日も食べちゃうんですか!残ってるわけないでしょう!」

 

「ありがとう、今ので大体掴めたわ」

 

「食べられないのは別に良しとしますが、世の中には暗黙の了解というものがあります。あなたはもう少しそれを知るべきですよ。3個セットのスイーツを買って来たら、自然と3人で分ける流れが出来上がって然るべきなんです!」

「そんなルール聞いたことない!」

「確かに確立されたルールではありませんが、なんとなくそんな考えが過ったりしませんでしたか?」

 

「しない!」

 

「します!」

 

「しないもん!」

 

「しますもん!」

 

「ハーイ、ストップストップ。2人とも、落ち着きなさい」

 

 

 

「なんですか、姉さん。私はチュラさんの事を思って――」

「冷静に考えてみて。あなたの考えはあなたの主観でしかなかった。相手の価値観に合わせてあげないと、伝わるものも伝わらないものよ」

「価値観って言われましても……」

 

「じゃあ……そうね、私が6個入りのナッツ風味の強い高級チョコジャンドゥーヤを買って来たとしましょう」

「私はパンナコッタが良いです」

「チュラもー」

 

「……微笑ましいわ。それなら、パンナコッタにしましょうか」

「はい!」

「わーい!」

 

「クロちゃん、あなたは何個食べられると思う?」

「え?そんなの6個あるんですから2個食べられますよね」

「チュラも2個?」

 

「そう。そしてそれがあなたの価値観で求められた答えだけど、その日に1個、翌日のお昼に1個食べた後に私がお客様を3人お迎えしたら……何となく分かるかしら」

「あ……」

「……?なにかが起こるのー?」

 

「確かに"お客様用"という紙を用意していなかったのだから、私の落ち度ね。けれど、あなたは少し考え方に閉鎖的な部分があるから、心配なの」

「……自分でも内向的だと、思い当たる節が、無くは、ない、です……」

 

「他を鎖し、私と一緒に過ごしてきたクロちゃんが家族単位として考えたように、1人で暮らしてきたチュラちゃんには個人単位で考える癖が付いている。彼女が慣れない内は私達がゆっくり教えてあげなければならないのよ」

「……姉さんの言わんとする事は分かりました。でも、価値観なんて分かりませんよ」

「難しく考えないで、私の真似をすればいいんじゃない?」

「……!考え及ばないことは聞くのが一番早いですね」

 

「ええ、可愛い戦妹いもうとの為よ。ただし、全てを強制してはダメ。彼女にも譲れない領域というものは存在するのだから、あなたの歩み寄りも惜しまないようにね?」

「はい!」

 

 

「チュラさん、頭ごなしに怒ってすみません。今回は私があなたに話しておくべきでした。3個あるおやつは皆で1個ずつですよ、と」

「え……う、うん」

 

「チュラちゃん?ごめんなさいはしないの?あなたもいけないのよ」

「チュラも……?」

「だって、戦姉おねえちゃんのおやつも食べてしまったのでしょう?」

「それは知らなかったからだもん!チュラは……悪く……」

 

「?私の顔を見てどうしたんですか、チュラさん?」

「……チュラ、間違ってた?なんで?どうして怒られたの?……教えて。チュラに教えて!カナお姉ちゃん!」

「うふふ、あなたも歩み寄ろう知ろうとしてくれるのね。素直なのはクロちゃんに似て来ているわ。チュラちゃんは何も間違っていないの、決まりはないのだから絶対的な価値観なんてものも存在しない」

 

「例えば、チュラちゃんがおいしいチュロスを見付けたとするわね」

「ややこしいですね」

「ややこしー」

「クロちゃん?」

「ごめんなさい、なんでもないです」

 

「そしたら戦姉おねえちゃんにも教えてあげたい!って思ったりはする?」

「うん、カナお姉ちゃんにも、皆にも教えたい!」

「……驚いた。私ももっとあなたの事を近くで見ているべきなのね」

 

「私の教育のおかげで――」

「クロちゃん?」

「ごめんなさい!チュラさんの成長が誇らしくって」

「ううん、あなたの与えた影響が想像以上で……私もあなたが誇らしいわ……」

「……姉さん?」

 

「それでチュラちゃん、チュロスを半分こしたら綺麗に割れなかったの、片方が長くなっちゃって。あなたならどっちを渡す?」

「え……」

「ちょうどクロちゃんは余所見をしてたから、見てなかった。長い方と短い方、戦姉おねえちゃんにはどちらをあげるの?」

「それ……は……」

 

「聞くだけ無駄だと思うけど、クロちゃんならどうする?」

「包丁を使います」

「バッサリね。そうだと思った」

「それほどでもー。こういうのは後々に禍根を残してしまわないように手を尽くすものですから。食べ物の恨みはふかぁーいのですよ」

 

「チュラは……」

「うん」

「長い方を……」

「…どうする?」

「でも……」

「……」 

 

「きっと戦姉おねえちゃんなら……」

 

 

「それでいいのよ」

「……?それ……って?」

「この問題の答えは必ず導かれるものじゃない。導くまでの過程が全て、だからチュラちゃんが戦姉おねえちゃんの事も真剣に考えてくれただけで、私達は嬉しいの」

「……チュラ、やっぱりわかんない。チュラにはわからないこと。わかんない……」

 

「自分を責めないで。いい?チュラちゃんは今、考えた。自分から私達を知る為に、分かり合おうとしてくれた」

「でも、わからなかった!チュラには、戦姉おねえちゃん達の気持ちがわかんない!」

「焦らなくていいの、今は分からなくても……」

「それじゃ、だめなの!早く戦姉おねえちゃんを知らないと誰かにとられちゃう!それは、だめ!渡さないの!チュラは――」

 

「――チュラ、少し落ち着きましょう」 

「……うん」

「……」

 

「私の顔を見てください。カナの言葉の意味、それが分からない訳ではないですよね?」

「うん。考える事が大切で、チュラは考えたからそれでいい、でしょ?」

「当たってます。それなら、チュラはカナが最初に言った言葉を忘れたんでしょうか?」

 

「チュラがチュロス?」

「もうちょっと前です」

 

「例えば?」 

「刻みが細かいですね!もう少し前です」

 

「……絶対的な価値観?」

「そうです、更に言えばチュラは自身の価値観の中では何も間違っていなかったとも言われましたね」

「それは、戦姉おねえちゃんとは違うから……」

 

「今のあなたならどう考えますか?」 

「今のチュラ?」

「私とカナの話を聞いた今のあなたなら、あと1つ残っているパンナコッタを食べてしまいますか?」

 

「……食べない。最後の1個は、戦姉おねえちゃん達の分だから……でも、1個足りない。チュラが食べちゃったから」

「ふふっ、それがカナの言っていた歩み寄ろうとした、という事なんです。チュラは今、確実に価値観を変えました、私達と分かり合うために」

「でも、わかんな――」

「あなたは分かってくれた。さっき自分で答えたでしょう?戦姉おねえちゃん達の分だって。そこに私達の名前は書いていないのに、どうしてそう考えたのか……チュラが私達の価値観を少しでも理解してくれたからなんです」

「……」

 

「私達は……そう、家族なんですから、いつも一緒なんです。焦らないで、毎日1歩ずつ、もっとお互いを好きになっていきましょう!」

「家族……」

 

 

 

 

「チュラ。戦姉おねえちゃん達に付き合ってくれますか?」

 

「……わかった。チュラも、戦姉おねえちゃん達が好きだもん。だから……」

 

「……」「……」

 

 

 

 

「ごめんなさい!戦姉おねえちゃん

 

 

 

 

「えへへー」「うふふ……」

 

「許して……くれる――っ!」

 

「可愛い!可愛いですよチュラさん!私も大好きです!」

 

「本当に、可愛い妹が増えて嬉しい。いつでも遊びに来てね?家族なんだもの」

 

 

 

「……えへへー。チュラ……幸せだよ。探し続けた戦姉おねえちゃんが、こんなに――」

 

 

 

「チュラさん、私の右腕を通して、何を見てるんですか?」 

「…小さい頃の記憶ー。すごく、小さい頃の、お姉ちゃんがチュラと一つだった頃の、大事な記憶なんだー。戦姉おねえちゃんの右手を見てると……思い出すんだよ?不思議だよねー」

「小さい頃に私とチュラさんが一つだった……?」

 

「違うよー?チュラのお姉ちゃんが置いていっちゃったの。だからチュラは暴れちゃってー、気が付いたら赤い樹の森で迷子になっちゃった」

「……あなたの言う事は、まだ良く分かりませんね。でも、それもいつか分かり合える時が来ますよ!」

「うん!」

 

 

「2人とも、午後にはお買い物に行きましょう。チュラちゃん、3つのおやつは?」

「みんなで3分こーっ!」

 

「はい、よくできました。クロちゃん、1つのお菓子は?」

「みんなで3分こーっ!」

 

「うふふ、残ったパンナコッタも仲良く食べよっか――」

「わひゃー!パンナコッタだー!私が一番のりだー!」

「――チュラちゃんも、もちろん一緒に、ね?」

「……いいの?どうしてチュラの分が残ってるの……?」

「そうね、あなたも思いっきり悩みなさい。クロちゃんみたいに、大きな壁に当たったら休んだっていいの。あの子はいつか超えていくから、その時はチュラちゃんも付き合ってあげてね?」

 

「あんれーっ!?冷蔵庫の中に無いぞーっ!?姉さんどこに隠したんですかー!!」

 

「えへへー、大丈夫だよ、カナお姉ちゃん。チュラの持ち主は戦姉おねえちゃんしか許さないから。絶対に守るし、死んじゃったって地獄の鬼には渡さないよー」

「……お姉さんによく似てるわね、一途な所とか」

 

「姉さーん!パンナコッタはどこですかー?」

「スプーンを持って早く戻ってきなさい。私が持ってるわ」

「戻ってきなさーい、ビリっけつさーん」

「あ、あんだってーっ!?」

 

 

「ふふ、おかえりなさい」「えへー、チュラは2位だよー」

 

「うー!認めません!これよりパンナコッタ争奪戦を………

 

 

…………始めないので、チュラさん、姉さんの顔を見てから戦闘態勢に入らないでください」

 

 

 


 

 

 

ここって本当に個人の家かね?

その疑問が消えることはない。だって広いんだもの。でかいんだもの。

 

有力企業のお嬢様だとは聞いていたから、大きいとは考えていた。

でも、言ってもローマ市内に構えた拠。建築制限もあるだろうし、その範囲内に収めたとしてもこんな詰めっ詰めな土地によく建てられたものだ。

 

 

青々とした芝生が茂る庭付きの邸宅は4階建て。

門からエントランスまで続く道は石畳で、ローマ街道みたいに表層面は厚く大きな石同士が隙間を埋めて敷かれており、奥の方には唐松の木が天を衝いて伸びている。

築年数も長いようで、レンガ塀のヒビ、鉄柵の錆び、外観は何度も塗り変えたのだろう塗料が少し剥がれた所もあるが、周辺の建物と比べても手入れは行き届いている方だと思う。

 

そう思うのは自然環境が整っているからかもしれない。

長さが刈り揃えられた芝や悠々自適に咲き匂う花々によって、清々しい空気が作り出されている。この庭でランチを頂いたらとっても優雅な時間を過ごせそうだ。

 

「クロさん、そっちはアトリエだよ。危ないから近寄らない方が良い」

「へ?アトリエ?この大きな建物が全部……ですか?」

「私達の芸術は空間を大切にしているからね。雰囲気の違う部屋がいくつも用意されているんだ」

 

相変わらずのパトリツィア節。危ないアトリエって何だ?

でもあなたの言う芸術の恐ろしさはよく知っていますよ。トラウマになる程にね。

 

 

芸術で思い出したあの決闘。

後日、さほど日を跨がずに満月の吸血鬼と出くわしたからこそ隔意は薄れ、交流が続けられているが、彼女の能力には常識が通用しなかった。体に穴が……いや、体の存在が失われる感覚は本能的な恐怖よりも理解しようとする理性を壊しに掛かってきた。

今でもあの技は謎のまま、次に戦う事があってもその対策は出来ない。それどころか、私の乗能力の方が知られてしまっているから奇襲も通用しないし、その奇襲を無駄にさせた衝撃吸収の能力も判明していない。

つまり、次も勝てる見込みは圧倒的に少ないという事だ。

 

……一応対策も考えてはあるのだが、不確定要素が多すぎて効果の程は定かではないのが現状。いずれはリベンジを果たしたいと感じているけど、あの空間を貫く音は一生忘れる事はないだろう。

 

 

「おかえりなさい、パトリツィア様」

 

使用人だろうか?マリーゴールドが植えられた花壇の土をとてもラフな格好でいじっていた女性が、パトリツィアの姿を見るなり弾かれたように立ち上がって深く頭を下げている。

膝下までカバーするロングガーデンエプロンも、両手に着用した軍手も、ニードルブローチの髪飾りもお花柄という出で立ちは、『お花が好きなんですか?』と質問する手間を省いてくれる。

 

「ああ、ただいま。今日は良い天気だ、スパティフィラムを一輪と出来るだけ淡く色づいた土耳古桔梗ユーストマを2色アトリエに運んでおいてくれ、色はあなたに任せる。ふむ、そうだった!スパッツィアの彫刻刀が刃毀れしていた。折角の作品が台無しになったら可哀想だし、話を聞いてあげてくれないかな?」

「お任せ下さい。昼過ぎに届いた画材一式は分類ごとに2回の倉庫へ――」 

 

テキパキと指示を飛ばすパトリツィアと土の匂いがする女性の会話速度は速く、単語と単語の間で発音を分けないから、全部がくっついて聞こえる。

常日頃から、会話1つ取っても私は気遣われていたようだ。

 

「それにしても、直々にご案内するなんて。あのお嬢様に再びお友達が出来て嬉しいですよ。本日はアトリエに?」

「いいや。彼女は特別だけど、完成品しか見せたくない。どうしてか中途半端な所は見せたくなくてね。あなたも試合えば、言葉に出来ないその魅力もこの気持ちも分かるだろう」

「まあ!端麗なお顔に負けず劣らず腕の立つご武人ですのね!」

 

イタリア語が不自由な私の代わりに紹介してくれているんだろう。感極まる様子だった女性が、軽く会釈をした私に手を叩いて黄色い声を上げる。

目が合ったので多少ぎこちなくも挨拶したし、お澄まし顔しておけば失敗はないよね?

 

「個人的にも、彼女には嫌われたくない。くれぐれも粗相の無いように」

「すぐに触れ回ります。良い一日を」

 

恭しく礼をされている事から、ド平民な身空でも歓迎はされているらしい。

あの女性は予想通り使用人だとパトリツィアは教えてくれた。仲が良さそうなのは、彼女が使用人達の中でも庭の管理責任者だったり、アトリエの備品管理を担っていたりと打ち合わせの機会が多いからだそう。

 

 

脱いだエプロンや軍手を庭に設置されていたバスケットに収めて、花壇の奥へと消えていくのを見送っていると、微風にふわりと甘い匂いが混じる。お茶会の準備が進んでいるのかもしれない。

 

今日のお茶会には2人の妹さんも出席するんだっけ?

長女がちょっとネジの飛んだ武偵の模範生だし、妙ちきりんな雰囲気に気圧されて呑まれないようにしないと。

 

「お待ちしておりましたわ、トオヤマクロ様。わたくし、フォンターナ家次女のアリーシャ・フォンターナと申します」

「えっ?あ、はい。どうも、遠山クロです。パトリツィアさんにはいつもお世話になってますー……」

 

明るい黄色の髪に澄んだ青色の瞳。癖のある毛先を長く伸ばし、横に結い上げた髪はその眼と同じブルーのシュシュで留められていた。

姉とは反対の目尻に小さなホクロがある少女は、平民の私と違って所作も良くできている。

 

失礼な事を考えていたら本人が来たもんだから、咄嗟に出た返事は私から見ても不合格な、親戚との挨拶みたいな実に気の抜けたものになってしまった。

 

(この子が前に聞いていた妹さんか)

 

決闘の後始末を手伝ってくれたらしいが、この子も普通の子じゃないのだろうか?

印象を挙げるとすると、姉と違い謙虚で礼儀正しいお嬢様なイメージだ。つまり私のイメージしていた妹像とは違う。

 

 

「お姉さまがご迷惑をお掛け致しましたようで、本日はしっかりとおもてなしさせていただきますわ」

「ちょっと、アリーシャ。さっそく私をこき下ろす気かな?あの決闘は合意の上、むしろ私は巻き込まれた側で……」

「その後、クロ様が諜報科のサマンタ様に拉致されたとの噂を伺ったのですが?」

「う……それは、その……どこから?」

「教えませんわよ」

 

 

え、妹さん強い!

あのパトリツィアを情報戦で圧しているぞ。

 

 

「でも、それも同意の上で……」

「お姉さま?私の目をご覧くださいませ?」

「……ごめんよ、アリーシャ。私が悪かった」

「ええ、とてもよく分かっておりましたわ」

 

 

完封。

まさに電撃戦だった、被害者である私の目にパトリツィアが可哀想に映る程。最後の一言も地味に刺さっていそうだ。

余裕の態度を崩すことがほとんど無い彼女は、妹さんには頭が上がらないらしい。

 

 

「さて、クロ様。お姉さまからのお誘いをお受けいただけて、喜ばしい限りですの。こちらにおいでくださいませ、お茶会の準備は整っておりますわ」

「は、はい。お手柔らかに、よろしくです」

 

 

ただ、パトリツィアとは違う意味で、一筋縄ではいかない相手だと認識させられるのだった。

 

 

 

 

 

 

驚いた事に、大きかったのはアトリエだけ。

彼女達が住んでいる家の方が離れの家屋みたいで、外観はシンプルな薄黄褐色の立方体。

ドアを抜けた先の玄関は広く、正面に続く廊下は8m程。淡く黄味がかった生成色エクリュカラーの壁と床にはネモフィラの花のような空色の絨毯が敷かれ、内装も最低限のオシャレな飾りつけにとどめられていた。

なぜか入り口の天井は2階層まで吹き抜けになっていて、玄関に吊り下げられた小さなシャンデリアでは天井まで光が届いていないのが気になる。

 

それで、入った直後から感じていた事だが、入り口付近はなかなか強烈な花の匂いがしているなぁ……

 

「その部屋はお姉さまの寝室ですわ」

「この部屋……?――っ!?」

 

入ってすぐ脇の部屋を覗こうとしたら妹さんが口を挟む。

そのポジションって警備員とかが待機する場所なんじゃないですかね?でもって……

 

(なにここ、植物園?)

 

それなりに広い異様な室内は花に埋め尽くされていた。

そしてその多くが見た事もない花で、わかるのは葉蘭とか烏瓜とか日本の変わった植物くらいだ。月下美人みたいな花もあるけど……時期も環境も全然違うのに、どうなってるんだ?造花?

驚くべきことに中には羽音の1つも、壁床を這う影も、蜘蛛の巣すらも無い。

萎れず、瑞々しく、自らの最盛期を保ち続ける花達だけが生の気配を漂わせる。

 

「あまりジロジロ見ないでくれるかな?」

「すみません。どこに寝てるんですか?」

「この中だよ」

「中のどこですか」

「昨日はフォックスフェイスの隣に寝たよ」

「……隙間がないですよ」

 

これ以上の有益な情報は得られそうにないし、見過ぎるのも失礼だ。

妹さんが奥に進んでいるし、遅れずについていこう。

 

(チュラも良く分からないことを言うけど、パトリツィアに似たのかな?)

 

もしそうなら、はた迷惑な話で――っ!

 

(なんだっ!体が沈む!?)

 

床板が腐り落ちたのかと思ったが違う。

私の体重を喰らうように、床が私の脚をズブズブと沈下させていく。

 

「こちらですわ。……あら、クロ様、そこの床はスパッツィアのいたずらで単色モノクロームの沼になっていますの、お気を付けくださいませ」

「……遅いです、妹さん……」

 

落ち着いてくださいませと言うアリーシャの説明通り、茶色の沼には底があって、片脚の膝までいかれた。

 

一人で抜けられたけど、いたずらで良かった。

うちも大概だけど、ここも普通の家とは……程遠いや。

 

 

 

 

 

お茶会の準備が整えられていた部屋は12畳程のそこそこ広めのダイニング、入って左側にはカウンターで仕切られたキッチンが独立している。

部屋の中央付近には円卓と4つの椅子が用意され、そのテーブルの真ん中には甘い香りを漂わせたケーキスタンドにカーテンみたいなカバーが掛けられていた。

 

壁のあちこちには彼女達の作品であろう風景画や抽象画、正面と右側の窓には花瓶やカラフルな動物型のガラス細工が並べられて色鮮やかな光を室内に反射している。

あまり生活感を感じないのは、アトリエの存在が大きいのだろう。おそらくこの姉妹は大半をあの場所で過ごすのだと思われるが、それでも時計ぐらいは置いておけばいいのに。

 

 

「アリーシャ、スパッツィアはどうしたんだい?」

「アトリエから戻りませんわ、お姉さまの新作に刺激を受けたみたいで……」

 

スパッツィアという名前は、パトリツィアから聞いていた末妹の名前。アリーシャとも年が離れた天才児だと説明されたが、落とし沼の犯人という認識が私の中では一番強い。

それで、その子がアトリエから帰って来ないと。反応を見る限り、それ自体はさして珍しくもないのか。

 

「新作?…………ッ!?ちょっと待ってくれないか!?それは私が――」

「行儀が悪いですわよ。寝室に隠していたようですが、もう見られてしまったのですから手遅れですわ」

 

音を立てて立ち上がる姉を叱る妹も、彼女の慌てっぷりに少し同情気味だ。

 

「あれは……その、アリーシャは見たのかな?」

「いいえ、スパッツィアが感動して語っていたのを聞いただけですの。楽しみですわ、帰ってきたら見せてくれる約束をしていますのよ?」

 

そんな話をしながら、ケーキスタンドのカバーを取り外し、湧いたお湯とポットを取りに行っている。

用意されたカップは金の縁取りがされた真っ白でシンプルな造形、ケーキスタンドは2段になっていて、上段にはクッキーとマカロンのような焼き菓子、下段にはハムとチーズ、オリーブオイル漬けにしたトマトが挟まれたフォカッチャが入っている。……おいしそう。

 

「だ、だめっ!あれは誰かに見せるものじゃなくて……」

「御心配無く、見ても見なかったことに致しますわ」

「なにも良くないよッ!」

 

取り乱したパトリツィアが騒ぎ立て、それを妹さんが完全に受け流す。

羞恥で真っ赤に染まり立ち上がったパトリツィアは……なんだろうちょっとこの光景、クルものがある……

 

普段弱みを出さず、優位に立っている彼女が余裕を失って、徐々に声も上擦ってきたのは学校では絶対に見られない、特別感。

写真を撮りたいが、私はハチの巣にされたくないのでテレーザさんの真似事はしない。

 

……つもり。

 

 

「その新作、私も見たいです」

「……クロさん?」

 

 

 

――カシャッ!

 

 

 

いやー、我慢できなかった☆

てへぺろ

 

 

「今、何と言ったのかな?」

「あのお菓子おいしそうだなー☆って」

「……ぷふっ!」

「あなたの強かさが、チュラに移らないといいんだけど」

 

紅茶の入ったポットを載せた台を押して来る妹さんが噴き出したからか、パトリツィアもちょっとだけ怒りの勢いを弱めたみたいで、呆れ苦笑い。

妹が笑顔を私に向ける姿を複雑な顔をして見ているが、嫉妬かね?

 

「面白いお方ですのね。お姉さまと決闘沙汰とのお話でしたので、てっきり今春の男子生徒のような身の程知らずかと思っていましたの。どうりでお姉さまがお招きするはずですわ」

「……あいつはアリーシャを侮辱した。事故のギリギリまで痛めつけてやったよ」

 

それは事故ではなく事件です。

妹離れが遅れて拗らせたクラスメイトは妹さん絡みに容赦がない模様。私も気を付けよう。

 

「お姉さまは過保護ですのよ」

「過保護の枠組みを超えてるんじゃ……」

「それでクロさん」

「…なーんでしょうか?私分かりませーん」

 

くそ、有耶無耶に出来るかと思ったのに!

 

「まずは消そうか、その写真を」

「この、大切な思い出を……消せと?」

 

口元に手を当てて、ショーック!みたいな顔で、一応抵抗。

本気で来られたらその時は大人しく消すとしようか。

 

「……ぷっ!ぷくく……」

「ふ、ふく……やめてくれないか、その顔。ポーズも、似てる……ふふっ」

 

……お?パトリツィアの自然な笑顔、これは……激レアなのでは?

何がツボに入ったのか、オスカーかな?

 

ま、いいや。

すごく、良い物が見れたし、消しちゃおっと!

 

「ほら、パトリツィア、あなたの手で消してください。気になるなら中の写真を確認しても良いですよ」

「……それなら遠慮なく消させてもらうよ。ただし、中は見ない、クロさんを信じるとしよう」

「素敵なご友人が増えたのですね、お姉さま」

「うん。私は彼女の人となりが気に入っている。……はい、これで消えた。クロさんには何かでお返しをしないとね」

 

椅子に座り直した彼女がそんな事を呟くものだから、そりゃ私も良い事を思いついちゃうわけで、それをつい口にも出しちゃうわけですよ。

  

「でしたら!写真をください!」

「写真なら今消したばかりじゃないか」

「そうではないと思いますわよ」

「どういう事かな?」

 

立ち上がった妹さんが蒸らしたティーポットからカップへと紅茶を注いでいくと、甘みのある、でもやっぱり渋そうな匂い。見た目だけなら赤味があって暗さはないから、味が濃くて渋みが控えてありそうだな、という感想が浮かぶ。

紅茶は午後ティーしか知らないので、細かい所は私には難しい。カフェならこの国に来て分かるようになったんだけどね。

 

 

「みんなが写った写真が欲しいんです。妹さんも、ここにはいない方も一緒に」

 

 

私は写真が好きではない。極力写らないように努めてきたし、記憶を自由に引き出せれば写真を撮る必要なんてないんだから。

でも、なぜか今日は、記念が欲しくなった。その心境の変化の原因は自分でも分からない。

 

「……?何のために?証明写真やジャストとは違うのかな」

「世間ではご友人同士で写真を撮る文化があるみたいですわ」

「意味もなく、衝動的に撮りたくなるのは不思議だね」

 

行為に意味を求めると価値は薄い様に思えるが、そもそも記念撮影は遊びの一種だろう。

私も慣れないものの遊びは人生を豊かにする。人はパンのみにて生きるに非ず、だ。

 

「日本には"プリクラ"と言う文化が――」

「クロさん!それはすぐに用意できるものなのかい!?」

 

食いつきが良過ぎます。

座ったと思ったら心ごと弾んだかのように、飛び掛からんばかりの体勢で目を輝かせてる。

 

「――あるんですが、特別な用意は必要ありませんよ。要するに友達同士で気軽に写真を撮るだけなんですから」

「それだけなの?」

「それだけです」

「変わった文化ですわ」

「今ほどカメラ付きケータイが普及していませんでしたから、Club di stampaプリクラと言うのは一種のノスタルジアですね」

 

 

内容を聞いて興味を失うかなとも思ったものの、その心配は不要だったようだ。

パトリツィアは今にも実行したそうにウズウズしている様子で、口の形が猫みたいになってる。うーんギャップがいい。

 

「お姉さま、お写真はお茶会の後で。まずは心からクロ様をおもてなし致しましょう」

「ああ、そうだね!クロさんとはこれからもでいたいものだし、本当はスパッツィアにも紹介したかったんだけど」

「アトリエにお伺いは出来ないんですか?」

 

いる場所が分かっているなら、こっちから会いに行けばいいじゃないか。

だが、その反応は芳しくない。

 

 

「クロさんには無理だろうね」

「私もおすすめは致しませんわ。責任を持てませんもの」

「すごく行きたくないですね。止めておきましょっか」

 

(危ないアトリエには、一体なにがあるんですか……?)

 

供された紅茶を笑顔で勧められるままに一口。

――ストレートでも甘みがあるもんだなぁ、それと渋みがほとんどない。

 

私が飲み慣れないと予め伝えていたから、特に優しいものを用意してくれたのかもしれない。そう思い、右手側に座る気が利く妹さんを見やると……

 

「角砂糖、クロ様はいかがですか?」

 

(……この甘めの紅茶に3個、入れますか)

 

「お1つ頂きます」

「どうぞ、やっぱり紅茶は渋みが強いですわね」

 

どこが?

 

「クロさんも驚き顔じゃないか、あなたはいつも入れ過ぎだよ」

「……そうなのでしょうか」

「外では気を付けているからいいけど、慣れないものだね」

「お砂糖、ありがとうございます」

「あら、ご丁寧に。足りなければまた、お伝えくださいませ」

「……はい」

 

 

そして、角砂糖を溶かし終え、一口味わったカップをソーサーに戻したところで、パトリツィアがケーキの無いケーキスタンドを促した。

妹さんがその指示に従い私の方に寄せると、砕いたナッツのココアクッキー、厚みがあってベリーソースの掛かったホワイトクッキー、これまた細かいドライベリーがクリームに混ざった赤いマカロンとスライスされたオレンジピールの入った黄色いマカロンがカラフルで目に楽しい。下段のフォカッチャは青い包み紙に包まれて、こちらも食欲をそそる良い匂いを漂わせている。

 

――これ、全部取っていいの?

 

 

「あの……アリーシャ、さん?」

「やっと名前で呼んでくださいましたわね、どう致しましたの?」

「これって、全部とっても良いんでしょうか?」

「もちろん、構いませんわよ」

「ホントですか!?」

 

一個いくらとか気にしない。聞きたくない。

高級料理は価値を食べるというけど、庶民は味を食べたいのだ。 

 

「ただ、ケーキのご用意も出来ておりますの。熱を冷まして、クロ様のいらっしゃる5分前に丁度出来上がったところですわ」

「アリーシャは料理は嫌いだけど、ケーキを作るのだけは大好きでね。今じゃお店のケーキよりも美味しいものを作ってくれるんだ」

 

くっ……なんてこった。

まさかケーキが載って無かったのは初めから別途提供するためだったのか……!

 

「今日は何を作ったのかな?私はあなたのキルシュトルテが好きなんだけど」

「ご用意できてますわよ。シャルロッテとミルクレープも、昨日スパッツィアがお話ししながら手伝ってくれましたの」

「それは楽しみだ!」

 

3つ?3種のケーキが来るというのか?

シャルロッテ……ってのは見た事が無いが、食べない手はない。どうしよう……

 

……どうしよう?何を迷ってるんだ、私は。

そんなの――

 

「――全部いただきます!」

「嬉しいですわ。ぜひクロ様の感想もお聞かせくださいませ」

「太らないように気を付けるんだよ?生憎、私達姉妹はいくら食べても太らない体質でね」

 

イラァ……

 

えーえー、さっきの角砂糖で予想出来てましたとも。

私だってそこそこ太り辛い体質なんです、ついでにスイーツならいくらでも食べられるんですからね!

 

 

ケーキスタンドから一通りのメニューを頂いた私はそれをパトリツィアの方に差し出して不敵な笑みを浮かべた。

 

「私のこの食べっぷり……見忘れたとは言わせませんからね?」

「――ほほう!」

「え……?」

 

ノリ悪ッ!

 

恥ずかしい、私、超恥ずかしいよ!?

なんか言ってよ、なんで本気で感心してるのさ!アリーシャに至っては『こいつ何言ってんの?』とか言いたげな呆然とした反応だし。

 

くっそ、大体、私の周りにはクールな子が多すぎるんですよ!

一菜だってまだちょっとだけ人見知りであんまりふざけないし、パオラはテンションアゲアゲなキャラじゃないし、ベレッタはそれこそ『何言ってんの?あんた』って面と向かって言ってくるし!それに加えてこの姉妹のこの反応!

辛い!世間の風当たりは強すぎるよ!

 

「……今のは聞かなかったことにしてください、いえ、無かったことにしてください」

「…ふふっ、出来ない相談だね。忘れたとは言わせてくれないんだからさ」

「い、いじわる!そのセリフごと忘れてくださ――」

「クロさん」

 

とうとうセリフまで遮られた。

勘弁してつかぁさい……

 

「な、なんですか?」

 

パトリツィアは自分の皿に2種類のクッキーを取り分け、アリーシャへと渡しながら口を開く。

 

「いや、末永く仲良くしたいものだと思ってね。ケーキの登場を楽しみにしているといい」

「私の方こそ、あなたとは二度と敵対したくありませんよ」

 

 

アリーシャがホワイトクッキーとマカロンを取り分けてスタンドを中央に戻すと、パトリツィアは続けて話す。

うっ、あの手の動きは、前にも見たメモをとる体勢。ベレッタとの質問タイムはそれはもう忙しなくあの左手が走り回っていたものだ。

 

「そうだ、クロさん!日本にもお茶会の文化はあるんだよね。グリーンティー、"リョクチャ"って飲み物がカフェテリアに……そういえば前に飲んでいたか」

「日本にもお茶を用いておもてなしをする、それどころかそれ自体を主目的とした催しがあります」

「私達が過ごすこの時間とは、全く違うものですの?」

「ううーん……なにせ私も茶道が良く分かっていないので、あやふやな説明になりそうですが」

「構わないよ、あなたの感じたままを聞かせて欲し――」

 

『アリーシャおねえさまー!』

 

 

(アリーシャ、おねえさま?)

 

彼女達は3姉妹でアリーシャは次女なのだから、姉と呼ぶのはスパッツィアと言う名の末妹だけである。

声はすれども姿は見えず、反響する幼い少女の声は完全なる沈黙からの第一声だったのか、地声迷子で音階が上下していた。

 

「スパッツィア?お姉さますみません、少し席を立たせていただきますわ。ご友人への聴取も程々に致しますのよ?」

「……うん、わかったよ、アリーシャ。クロさん、また今度にしようか。今はお茶会を楽しもう」

「私は最初からそのつもりだったんですが……」

「私も最初はそのつもりだったよ」

 

あわやお茶会が記者会見に早変わりする未来が見えかけたが、妹さんのお心遣いにより回避、ギリギリセーフだった。

 

 

アリーシャは私に一礼して立ち上がると、部屋を出て玄関とは反対側に歩いていく。

外から見た時、アトリエに向かう道は渡り廊下みたいなもので繋がっていたし、そこを通っていくのだろう。

 

(折角の紅茶が冷めちゃう……)

 

Mottainaiモッタイナイ精神的にはNGだが、甘すぎるお紅茶もNG。ミルクティーにすれば甘さも気にならなくなりそうだけど、この紅茶葉だと今度は風味が残らないか。

 

「クロさん、チュラはあなたと仲良くできてる?」

「?はい、とても良い子ですよ。たまに変な事は言いますが、妹がいたらこんな感じなのかなーって」

 

元相棒、というより保護者のパトリツィアもチュラの事を心配してくれている。

そもそも、どんな経緯で知り合ったんだろう、やっぱり先生から直々に仕事として頼まれたのかな?

 

「暴れたりしてないかい?」

「そんな前触れも見せませんよ」

「クロさんの利き手は右手だったよね?右腕にいつも抱き着いて来たりは」

 

構って欲しいネコかっ!

 

「どちらかと言うと左腕が狙われますね。あ、それで思い出しました!この前一緒に帰る約束を忘れてスーパーに向かったら噛みつかれたんですよ!ガブーッて!制服の上からだったから歯形は残りませんでしたけど、ビックリしました!」

 

それ以前に両利きみたいなものだし、片方塞がれたところで生活に不便はないのだが、あの時の買い物は不便だった。

腕が重いし、片腕しか使えないといちいちカートから手を放さないといけないし、お会計の時には離れてくれたものの、そのままだったらお金も満足に支払えない所だったしね。

 

「それは災難だったね、今後は気を付けた方が良い。に駆られて暴れ出すから、何かで埋め合わせをしないと私みたいに襲われかねないよ」

「ふぇっ!?襲われたんですか!?チュラに?」

「ううん、チュラと知り合ったのはそんなに前じゃないんだ。あの子には懐かれなかったし」

 

はて?チュラの話じゃなかったのか。

 

「激しく体を求められてね、持ち主と一つになろうとするんだ」

「――――えっ?……っ!?"あっ、それ、は、そのあのっ!あれですかっ?あなたと合体したいとか、ゆうべはおたのしみでしたねとか、そういう――ッ!――ぴうっ!ぴ、ぷ、ぷ健全な……私、良くないと思いますぅっ!"」

 

 

パトリツィアさん、中学生の内からそんな爛れた人間関係を……?

彼女の余裕は、そういう事なの?人生の先輩になっちゃってるの?

 

だめ!だめだめっ!そんなのだめですッ!!

 

 

「クロさん」

「"私達には、まだ早いです!おいしくないですッ!"」

「日本語はほとんど聞き取れなかったし、真っ赤っかだよ。……変な想像をしたね?」

「ち、ちがうもんっ!私、何もしらないもんっ!」

「あなたがチュラに似てきてどうするのさ。でも、その反応を見る限り、不安だね。迫られたら断れない感じがするよ」

 

 

 

迫られる……?

チュラに……私が…………?

 

 

 

…………ないわー。

 

 

 

「冷静に考えたら、ありえない話ですね」

「コロッと態度を変えた。今度は何を想像したんだか」

「だってチュラさんですよ?」

「うん、言いたいことは伝わったけど、私もそうやって彼女を舐めていたんだ。気を付けるに越したことはない」

 

 

そうだった、前回は吸血鬼で痛い目を見たんだし、油断大敵。

ま、相手がチュラだと判明している時点で怖かーないんですけど?

 

 

「記憶に留めておきます」

「紅茶のおかわりはいかがかな?私のおすすめがあるんだけど」

「初心者向けでお願いします」

「……アリーシャと同じものを淹れようか」