まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹 おまけ8発目 引籠りの通信者

今回はおまけ。
題名通りクラーラ回……と見せかけて、取り留めのないおまけです。



おまけ8発目 引籠りの通信者

 

私は幼い頃から耳が悪かった。

 

ううん、そうじゃない。耳は良かった。

神経か脳に異常があるらしい。治療は不可、経過観察なんて意味の無い事だと分かっている。

 

ただなにも聞き分けることが出来なかった。

公園で読書していると聞こえてくる木々のそよぐ音も、湖に浮かんで私に寄ってきた白鳥の鳴き声も、会話をする人々の声も、真後ろでエンジンをふかす車の音も。

 

全部同じ"音"なのに、皆はどうしてその違いが判るのだろう?

9才までの私はその疑問に悩み、自分より優れた他人を勝手に怖がって本へと逃げた。

 

あの頃は音が聞こえただけで、周囲をこわごわと観察し、安堵していた。

 

 

その日の夜も眠れそうになかった。

外から小さな"音"が聞こえてくるから。

 

もしかしたら、本で読んだお化けの声かもしれない。

それとも、ただの降り始めた雨音だった?

 

布団に潜り込んで耳を塞いで、朝が来るのを待つ。

音はまだ聞こえている。

 

こんな時はいつも決まって2人の幼馴染の顔が思い浮かんだ。

私を励ましてくれて、守ってくれて。

 

 

「2人は……もう寝てるかな」

 

 

夜はまだまだ長い。

星を1つ残らず隠した分厚い雲が現れて。

 

 

雨はまだ、降り始めたばかりだ。

 

 

 


 

 

 

満月の夜、悪鬼とのゲームが原因で昏睡状態に陥り、目覚めてから数日経ったとある休日。

 

「むー!むむー!むむむむむー!」

「"噛むな、離れろ、暴れるな。悪かったって、お前を置いて行ったんじゃない"」

「むーむむー!む、むむっ!むーむむむむー!」

 

見ての通り、俺は人間に腕を噛まれてる。そして、不本意ながらそのまま歩いているところだ。

公園で昼寝してて散歩中の犬に襲われるならまだしも、人間にガブガブと噛みつかれていれば道行く先々で注目の的になる。

 

 

なにやらクロがチュラと新発売の菓子パンを買いに行く約束をしていたらしく、すっかり忘れて繰り出した先の公園で焼きたてのパンを食べていたら、空いていた左手を噛まれた。

 

説得も聞かないし、無理矢理剥がそうとしても……

 

「"はーなーれーろー!"」

「"む!むむむぅ……かうっ!いやーっ!離れないで!おね……"」

フェルマーッタ!ストーップ!!」

 

おい、てめぇ!何言い掛けやがった!

俺を社会的に殺す気か!?

 

大体武偵なんだったら相手の事は名前で呼ぶもんだろ。

このままじゃいつヤバい発言が飛び出すのか分かったもんじゃない、夢の中では言い聞かせるのに苦労していたようだが、現実にまで飛び火してきたぞ。

 

 

空腹による異常行動かとも考えたが、過去にも同じことがあったことに思い当たる。

その時も確か、約束をすっぽかして置いて行ったんだっけな。

だから仕方なしにパンの完食を諦め、元来た道を戻って再びパン屋へと足を運ぶことにした。

 

「"チュラ!"」

「むむむむー!」

 

(噛み直しかよ!) 

 

左前腕部に与えられる咬合力は甘噛みで、強くはないので痛くない。痛くはないのだが気になるだろ、周囲から向けられる好奇の視線が。

腕を高めに上げてみると背伸びをしてまで口を離す気は無いようだ。噛みついているチュラからの抵抗もないので自由に腕を動かすとストラップみたいに付いて来る。

 

(……案外、おもしろいな)

 

 

試しにもっと高く腕を上げてみる。

 

「むっ!?むむむむっ!むーむむむむーむーむー!」

 

既につま先立ちを越え、バレリーナの如きトゥでの立ち姿勢で必死に倒れまいと前後左右の平衡を保っている。懸命に頑張ってる所にこう言うのもなんだが、力を込め過ぎて目を閉じ切ったお前が噛んでるのは袖だ。腕まで届いてない。

数秒後には徐々に震えが大きくなり始め、顔色も声色……唸り声?も焦りと共に抗議の色を含み始めたが、そこまでして噛みつく必要性を問い質したいのは俺の方だって。パン食い競争やってんじゃねーんだぞ?

 

 

道中、戦姉呼びをやめろと指摘したり、とりあえず今あるパンで引き離そうとして失敗したり、スッポンチュラは噛むこと自体は止めたものの、今度は腕に抱き着いて離れない。コバンザメならぬコバンチュラ、多様性のある生き物だなこいつは。

そうしてやっと目的地に有事到着。常に噛まれてるから無事とは到底言えないだろう。

しかし以前なら堪え切れずに逃げ出していたが、この光景は夢の中で思い出しヒスし掛ける程に経験済み。俺はカナの目論見通り多少の女子耐性は得られているようだ。

……匂いさえ嗅がなければな。

 

「"おね……キンジ、ここ、ここー!"」

「"知ってるって、今朝というより十数分前に来たばっかだ"」

「"あれ、あれー!"」

「"それも分かってる、ほら、店に入るには狭いから腕を離せ"」

 

公園を出て十分ほど、店の中に新発売の菓子パンを発見した途端、人の腕をブランコみたいに揺らしまくるという暴動事件発生。

 

目的のブツが残っていたのが嬉しかったようで、早く早くと騒ぎ出した。

すみませんね、うちの戦妹が店先で。

 

――その時だった。

 

  

「あっ、おはようござ……ッ!?」

「んっ?」

「あー、クラーラだー。おはよー」

  

気分上々ではしゃぐ戦妹を宥めていると、後ろから「ボンジョゥ……おはようござ……」と、中途半端な挨拶をされた。

やけに聞き馴染みのある声だと思って振り返れば、顔も馴染みのある少女が顔面蒼白で佇んでいた。

 

「お、おはようございます……チュラさん……と、キンジさん」

「クラーラか。おはよう、お前も新発売のパンを買いに来たのか?」

「え、ええと、そう……ですね。そんな感じです」 

 

パンを買う感じってなんだ、買えよ。

それとも見て決めるつもりなのか?

 

 

 

クラーラ・リッツォ

 

ローマ武偵中2年、専攻は通信科でDランク。状況判断や適格な指示が得意な一方、無線機の扱いはあまり得意ではないらしく簡易メンテナンスが出来る程度。軽微の修理にも時間が掛かってしまうため、緩い基準の仮ランクでも低い評価を受けている。

 

暗緑色オリーヴァの瞳、ちょっとだけくすんだ茶色ビスコットカラーで左右の両端を少しだけ外側に跳ね上げた髪は後ろ下部で結わえられている。

授業中だろうが任務中だろうが休日だろうがいつもマイク付きヘッドホンを装着しており、「これは私の武装ですから、外したら校則違反なんです」などと話していて、これが無いと彼女には話し掛けられない。詳しくは知らないが、聴覚に障害があるのだそうだ。

 

また、聴覚の異常を補う為にか視神経が発達しており、かなり目が良い。

過去にとあるチームと任務を共にする際には、自身も作戦エリア内にて索敵や戦況を集めて奔走していたとか。

 

使用武装は……なんだ?こいつが武器を持っているところは見た事が無い。普通は戦場に立つ役割じゃないしな。

体力は低いが、パオラよりは体格の関係で勝っている。

 

大抵はガイアとセットで動いていて、あまり積極的ではないが個人でも任務を受ける事があるらしい。その場合は引き籠りモードで、通信室から一切出ようとしない。

 

夢の中のクロも何度か任務を共にしているが、学校では高難易度の任務を受ける訳でもないので、目立った活躍は見られていない。

そういや、この間の夜の事件では依頼主であるアリーシャの司令塔代理として動いていたな。俺は正直それどころではなかったが、スムーズに解決へ導いたのは確かな功績と言えるだろう。

 

ガイア同様パオラの幼馴染らしく、通常時の俺では米屋でたむろしている所で初めて知り合った。同年代の女子って感じで近寄りがたい感じがあるかと思っていたものの、これも夢によるショック療法によりだいぶ軽減されていて、会話も支障なくこなせていた。

……が、最近クロが思いっきり抱き着きやがったせいで、なんとなく……意識してしまう。今までは彼女のミルラ製油のような独特な匂いは気分が落ち着いたのに、痺れるような感覚が残る様になってしまった。

 

なんでかは知らないがカナが俺に米を買いに行かせたがるから、もう数回パオラの店で顔を合わせている。しかしまあ、クラーラと街中で会うのは稀だな。

原因はこいつが引き籠りだからなのと、遠くに見掛けても話し掛けるほど親しくもないからだ。

 

 

 

「キンジ!早く入ろうよー!売り切れちゃう!」

「手を放せって、2人並んで入るには入り口が狭いだろ。大丈夫だ、もうお前を置いて行ったりしないから安心しろ」

「ほんとー?……うん、分かった!ずっと一緒だよー?チュラはキンジから離れないからねー」

「はいはい、分かったから。いくぞ」

 

説得完了。やれやれ、ようやく離れたか。

腕に抱き着かれたまま、顔を合わせて、頭まで撫でながら。数か月前じゃ考えられないな。

 

やっとの思いでコバンチュラの吸盤から解放されたし俺も1つ買ってみるか。クロには悪いが新作のパンは夢の中で食ってくれ。

 

 

……

 

…………

 

………………まあその、なんだ、お土産に2個買っておくか。いや、違うぞ、これは……そう、一応の予備だ。カナが食べてるのを見たら、また俺が食べたくなるかもしれないからな、うん。

 

それで、入り口の詰まりを解消したのにもう1人がなかなか入店しようとしない。レディファーストなんて柄じゃないから先に行ってもいいんだが、考え込む様子でチュラの方を見ているのが妙に引っ掛かり、目的を探ろうとしてしまった。

 

「お前は入らないのか?まだ数はあるから売り切れの心配はないだろうが、混む前に済ませた方が良いぞ」

「お構いなく、ちょっとした用事を思い出しましたので、家に戻らなくてはならなくなりました」

 

なんじゃそりゃ、パンを買う時間すらない用事があるならなぜ立ち止まっていたんだ。

これは誤魔化している、財布を忘れたとか、そんなん。

 

「そうか、じゃあ俺はもう行くぞ」

「はい、またパオラのお店で」

 

そう言いつつ帰る挙動を装ってまだ見ている。店内をくまなく、俺まで見られてるんだがほんと何なんだよ、監視されてるみたいで気が休まらん。

けど、やっている事といえば子供と一緒にパンを買っているだけ。正体を見抜かれる心配もないし、通報されることもしてない。サッと済ませてしまおう。

 

……っておい、なにしてんだ!

 

 

「"チュラ、4個も買って食べ切れるのか?"」

「"チュ~ラ、戦~姉おね~ちゃん、キ~ンジ、カ~ナ戦姉おね~ちゃん、みんなで4ぶんこ~♪"」

 

 

……不覚にも、こいつを可愛いと思ってしまった、子供としてだが。

歌は音程がオムレツの如くふわふわしていて、まさしく新作の未完成品ではあったが、俺もカウントしてくれるのは正直じーんと来た。

 

つまり、クロの分はチュラが買ってくれるらしい。いや、元々買う気は無かったけど。

なぜか俺の分まで買ってくれるつもりらしいな。

じゃあ、俺は買わなくていいか?何かそれも釈然としないし、誰かに手土産として渡せれば……

 

「"ふわふわオムレツのタルト……。中には何が入ってんだ?"」

「"コンニチハ。Ah...ソレハ、Baconト、A few kind of...ヤサイ、ハイッテテマス"」

 

おっと、日本語で呟いていたら、男性店員がわざわざ説明に来てくれた。

親切な事に日本語と英語を交えて解説を試みてくれているが、やっぱりローマは観光客への対応力が高いな。

 

「ベーコンと野菜か、おいしそうだな」

「お客さん、イタリア語お上手ですね。ローマは初めてではないんですか?」

 

最近は日本語訛りが出ることも無くなってきたし、いよいよもってイタリア語は制覇できたと言えるのではなかろうか?

日本で、英語ですら碌に出来なかった俺が、先にイタリア語の方を覚えるとは、人生何があるか分からんもんだ。

 

「ローマは初めてだが、始めてから住み込みさ」

「なるほど、どうりで慣れていらっしゃる。商品についてはご理解いただけましたか?」

「ああ、伝わったよ。ありがとな」

「どういたしまして」

 

店員は軽く会釈をするとカウンターの向こうへと戻って行った。

まさか、その所作も日本人向けだったりするんだろうか。

 

「"オムレツ、タルト、ベーコン。完璧だな、あいつらへの土産にするには"」

 

 

チュラが4つも買った為にショーケースにはぽっかりと穴が空いている。

更に3つも買ったら、少ししか残らないな。お試しとなれば、たぶん大量には作らないだろうから、朝はここに並んでいる分で締めかもしれない。

 

……このパンって、結構子供も好きそうだよな。

楽しみに来る親子連れもいるか。

 

「ちょっといいか、このパンって在庫はまだあるか?」

「?違う、そこに並んでいるもので全て――」

「お客様!」

 

カウンターで焼き立てのパンを運んで来た女性店員を掴まえてみたところ、カウンターで会計をしていた別の店員が割り込んだ。

ジェスチャーによって厨房へ戻って行ったのは、あくまで作る専門の人間って事か。可愛らしい顔が台無しな、ツンとした不愛想だったし。

 

「すぐに新しいものを焼き始めておりますので、気になさらずとも」

「そうか、なら3つくれ」

 

注文の品が用意され会計を済ませる間、店の奥が気になった。

正確にはそこで働く店員の事をだが。

 

(さっきの人間、大人には見えなかったが正社員か?まさか不法就労者じゃないだろうな?)

 

不法就労者はそこまで珍しく無いだろうが、この国では不当な扱いを取り締まる為に、非正社員は働くことは出来ない。日本のような正社員ではないアルバイトなんて存在しないのだ。

 

武偵は任務次第で報酬を得られるし、装備科や調理科の生徒は成績によって更なるインセンティブを得られるとあって、そのお手伝いをする武偵も結構存在している。

同学年の日本人留学生である風魔陽菜なんかは、それこそ毎日のように調理科の生徒に交ざって修行という名のバイトに勤しんでいるようだ。

実は多忙期には任務という名目でバイトをしている生徒もいるとかいないとか。うちもかなりグレーゾーンだな。しかも手練れが多く検挙率はゼロ、もはや癒着を疑うぞ。

 

「"キーンジー!はーやーくー!"」

「"はいよ、今行くから先に店出てろ"」

 

もう1回奥を覗くが、あの店員の姿を見ることは出来なかった。

気にしすぎか。摘発する程のものでもないし、冷める前に届けたい。今日は引き上げるとしよう。

 

 

店の戸をくぐると、チュラとカナがパン屋の袋の中身を見ながらワイキャイ盛り上がっていた。

偶然通りかかったのだろう、カナの隣にはただ者では無い気配の武偵らしき女性が並び立って、盛り上がる二人を微笑ましそうに眺めている。

 

丁度いい、チュラの相手を押し付け……もとい、預かっていてもらおう。

 

 

「"カナ、俺これから――"」

 

 

あの3人組はお米屋に集まっているだろうか。

どんな顔をしてくれるか、ちょっとだけ楽しみだな。

 

 

 


 

 

 

「パオラ、緊急事態だよ」

「……?いつになく真剣だね、通信機器の損害金が足りてなかった?」

「そんなことどうでもいい」

 

「全く良くねーだろ。お前が適当にチェックするからあたしとお前の戦妹ノエディナが苦労したんだぞ」

「機械はあの子がいないと良く分かんないし、ガイアには感謝してる」

「ったく、メンテぐらいは授業でやってるだろ」

「メンテより先は無理、私達の無線機って改造され過ぎてるから」

 

「クラーラ、何が緊急事態なの?ガイアまで私の家に呼び出してきて」

「暇だったから別にいいけどな」

「!そう、緊急。パオラがもたもたしてるから、ピンチなんだよ!」

 

「わ、私のせいで?どういう意味なの?」

「ライバル出現」

「らいばる……?」

「……マジかよ」

 

「相手はかなり上手だった」

「……私の実家のお米は、いくら相手が安さを売りにしたって、そこいらのお店には負けないよ。最近は地域限定の宅配サービスだって……」

「パオラ、考え方が日本的になり過ぎ……じゃなくて、商売がたきの話とは違う」

 

「ストレートに言ってやれ。奥手なやつは少し火を点けるくらいで良いんだよ」

「だね……パオラ、心して聞いて?」

「う、うん。……なに?」

 

 

「キンジさんに彼女がいるかもしれない――――」

 

 

「…………」

「あ、倒れた」

「刺激が強すぎたか。運ぶぞ、戸を開けといてくれ」

「オッケー」

 

「で、どんな相手だったんだ?」

「気になる?」

「もったいぶんなよ、確証はまだないんだろ?そいつも武偵ならただの協力者かもしれないしな、パオラにもチャンスがある」

「……その可能性は、低そう」

 

「東洋人か?」

「スペイン人」

「随分細かく出身地を見抜いたもんだ。スペイン語ででも話してたのか」

「途中までは日本語で、私と会ってからはイタリア語で話してたけど……」

 

「おいおい、知り合いかよ。あたしも知ってそうか?」

「知ってる。よーく知ってるよ、一緒に仕事もしたことあるし」

「……スペイン人……か」

 

「パティと組んで探偵科の仕事を引き受けてた時期もあった」

「……あー、もういい」

「疑ってる?」

「疑うのは信じてないからじゃない、信じ難いからだ」

「それは仕方ない、気持ちはわかるけど」

 

「保護者じゃなく」

「そう見えなくも無かったけど」

「懐いてるんでもなく」

「キンジさんも満更でもなさそうだった」

 

「難敵出現だな」

「パオラ次第、なんて言ってられないかも」

「パオラに、チュラか。子供好きなだけだとしたら」

「それはそれで……もっとピンチだよ、ガイア。恋愛対象として見られてない」

 

 

「客、来っかねぇ」

「さあ、来るんじゃない?」

 

「そんじゃ、やるか。ほいッと」

「ウラ」

「うしっ、変更なしだな?」

「そのまま」

 

「……はっ!しっかり店番しろよ?オモテだ」

「この前のバール代は?」

「通信機器の管理を代わってやったな」

「……お願い、せめて店の裏方にいて」

「隣にいてやるよ、まあ、客が来たら下がるけどな、はははっ」

「……けち。でも、それでいい」

 

「しっかし、チュラの奴と色恋沙汰が結び付かねーな。どんな話をしてたんだよ」

「『ずっと一緒だよ。チュラはキンジから離れないから』……だって」

「おまッ?!それは空耳だろ!」

「そうだったらいいのに」

 

 

カランカラン……

 

 

「ほら、さっそく客だ、あたしは裏で見守ってるぞ」

「見えてないよね、それ」

「ああ、心は目に見えないからな」

「雑。深そうだけど実の無い言葉」

 

 

「いらっしゃいま……うげッ!?」

 

(噂をすれば影が差す、だなこりゃ)

 

「おい、人の顔見てゲェッは無いだろ」

「き、キンジさん……いらっしゃいませ」

「ああ、邪魔するぞ。ここがお前の家だとは知らなかったが、不法就労は3倍刑だからバレんなよ?」

「地域社会への貢献は国民の権利、無償ボランティアは趣味です」

 

(どの口が言うんだよ)

 

「初耳だ、いい趣味してるな。丁度いい、市街で移民や難民の支援ボランティア募集が張り出されてた」

「ボランティアには興味ありません」

「知ってる。1人か?パオラは出掛けてるのか」

「今日は体調が優れないので、裏で休んでいます」

 

(原因はクラーラとキンジお前らだけどな)

 

「……病院に行かなくても大丈夫なのか?あいつ、幼少の頃の知り合いに似てるから不安なんだ。真面目で無理をしやすい所とか、黒髪だしな」

「御心配には及びませんよ。熱がある訳でもありませんし、少し疲れが出ただけです」

 

(あいつ元々心労に弱いんだよ)

 

「別に深い意味は無いが色々と世話になってるんだ。疲労はバカにならないから、お前達が一緒なら心強いけど、何かあったらと思うと俺も……依頼主も気が気じゃない」

「パオラを叩き起こして来るので、今の言葉をもう1回お願いします」

「おい?!」

「冗談です。パオラが聞けば飛び上がって喜びますよ。今度直接言ってあげて下さい」

 

(意外と脈ありなんじゃねーのか、これ)

 

「ところで、チュラさんは一緒ではないんですね。それと、どのようなご用件でいらっしゃったのかもお聞きしてもよろしいでしょうか?前回の購入から半月も経っていませんが、購入手続きの方でご案内しても?」

「チュラなら先に帰ったぞ。途中でカ……クロ武偵に会ったから交代してもらったんだよ、パオラに用事があるってな。チュラと新発売のパンを買いに行ったんだが、思った以上に美味かったもんで。ほら、パオラは確かふわふわのオムレツが好きだっただろ?」

 

(おっと、良く覚えてるな)

 

「ええ、はい。確かにそうですね」

「で、お前はベーコンなんかの塩漬け肉、ガイアはサクサク食感のタルトを好んで食ってたから――」

「えっ、えっ?」

 

(……あいつの前でタルトを食ってたことあったか?菓子なら良くここに集まって食べてるけど、そん時に見られてたのか。あたしとそこまで変わらない年齢だろうに、さすがに海外に来るような武偵は油断できないな)

 

「これ、お前が急いで帰って買えなかっただろ?あの後、近くの公園で食い終わった後にもう1回覗いてみたら、残りがほとんど無くなってた。今度買いに行くなら朝早くに行った方が良いぞ、きっとしばらくは売上最高潮だ」

「あり……がとう、ございます」

「具合が良くなったらパオラにも分けてやってくれ。……で、それとなくで、いいんだが……。前に貰った弁当の"だし巻き卵"、あれが美味かったと伝えてくれると助かる」

 

「っ!はい、分かりました。確実に正確に主観を交えて伝えますので、ご安心ください」

「ああ、頼む」

「ありがとうございました!」

 

 

「ガイアぁ~っ!」

「気持ち悪い声出すな。嬉しいのは分かってる」

「想像以上!想像以上にいい感じかも!」

 

「お前なぁ……喜んでる所水を差すようで悪いがあの質問はマズいだろ。親しい間柄でもないのに、人間関係を詮索するもんじゃない」

「必死で、つい」

「無策かよ。おまけにそこまで聞いといて、結局チュラとの関係はどうでも良くなったな?」

 

「だって、子守りしてますらしき発言があったよ」

「そこだクラーラ、良く聞け。その発言の中に、もう1人のアクトレスがいたよな?」

「もう1人……?――――ッ!?」

 

「気付いちまったか」

「こ、今度こそ……」

「新のライバルだ。それもメチャクチャ強い、宿敵だぞ」

「トオヤマ……クロさん」

 

 

 


 

 

 

雨が止んだ。

身の危険を感じていたあまり、キュッと締め付けていた枕を解放する。

 

ホッとして、もぞもぞと布団を這い出る。

良かった、カーテンの隙間から朝日は差しておらず、まだ外は暗い。今からでも十分眠れそうだ。

 

 

音は、怖い。

音が溢れる世界は、もっと怖い。

音を発するありとあらゆるものは――

 

 

――混ざって混ざって、混沌として。

 

 

悍ましいモヤモヤとした感情と意思のわだかまりを作り出している。

 

敵対の意思や憎悪の感情は、激しくモヤモヤを周囲にまき散らす。

哀悼の意思や悲哀の感情は、漏れ出すように全身を、足元を汚していく。

 

 

今なら分かる。

この気持ち悪い力の使い道も。

 

武偵という立場は、実力さえあれば生きていける。

ヘッドホンを付けてても教室から追い出されないし、会話が成り立たなくても除け者にはしない。

 

 

 

でも、未だに分からない。

 

 

大切な幼馴染が、どうしていつも、このモヤモヤに飲み込まれているのかが。

 

 

 

分かりたいことは、いつまで経っても、分からない。

 

 

 

 



クラーラというキャラは3人組の中では一番最後に出来上がったキャラクターでした。
実は当初、メチャクチャアクティブな現場司令塔の設定だったんです。目が良く、聴覚に異常があるのは同じでしたが、引き籠りとは真逆だったんですね。

容姿は初期から変更なし、ただ、目はもうちょっとやる気があったような気がしなくもないですが、ヘッドホンは描くのが面倒臭いという理由から小型Bluetoothヘッドホンがモデルとなっております。マイクにモデルはありません、知識もないし付けただけ。