まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹 おまけ9発目 天体の記法

おまけ9発目 天体の記法テレスコープ・エアノート

 

「"ふんふんふふーん♪"」

 

 

地下洞窟を思わせる静かで暗がりの続く道に、いたくご機嫌な少女の鼻歌がその小さな歩幅のステップに合わせて、深くかぶったフードの中から聞こえている。

壁も天井も存在する人工の廊下には仄かなオレンジ色のランタンのみが、広い間隔を持って片壁に掛けられているだけで、紺色のマフラーを身に着けた随伴者が左手に提げるランタンが無ければ、足元に番犬が眠っていても気付かずにその尻尾を踏ん付けてしまっただろう。

 

まるで洞窟のように底冷えする石造りの廊下に風はなく、その通り道は扉か何かで厳重に遮られていて、鼻歌が良く響くこの場所に吸音体となる人間はほとんどいないことが分かった。

秘密の取り引きを行うには向いていない場所だ。所々に小さな穴があけられて、怪しい行動を取る者には常に監視の目が当てられている。

 

「"パオラよ、随分と上機嫌な様子、何ぞ嬉しき廉でも有ったか?"」

 

2度と同じフレーズを奏でることは出来ない延々とループを続ける無意味な鼻歌が、3度目のサビらしき盛り上がりを終えた所で、ようやく空気を読めた黒髪の少女は紺藍色の瞳をにこやかに細めると、マフラーで隠された口から前を歩く小柄な少女に問い掛けた。

すると、軽い足取りで進んでいた少女は待ってましたとばかりに、片足を軸にして多少オーバー気味な動きで振り返り、一片の曇りもない笑顔をフードに隠して、ふざけた声色で話題に乗っかった。

 

「"ふっふっふ……よくぞ聞いてくれたね!ニコーレ。今日はスペシャルゲストが一緒なんだよ"」

「"ゲスト……うむ、其は楽しみにしておこう"」

 

 

露骨にテンションの高い彼女の様子やその語り口は聞き慣れているようで、普段の真面目さとのギャップに驚きをみせることも無い。ついでに言うとそのスペシャルゲストとやらにも見当は付いているのだが、敢えてその得意げな笑みを奪う必要もないと判断したらしい。

ただ、背負ったリュックごとぴょんぴょん跳ねる行動には、少しだけ身を案じる表情を見せた。

 

 

「"相構えて歩まれよ。気上げたるはこと戦において力となれど、静心なくば万事を仕損じる危うし有り様也"」

「"??……えと、気分を盛り上げると戦力が上がるけど、焦ると失敗して危ないってことであってる?"」

「1つだけ間違っている。静心とは落ち着きを持つという事だ」

「な、なるほど……ニコーレの日本語は難しいよ」

「"我は忍び故に、致し方なし。ほれ、歩みが止まっておるぞ"」

 

 

上がり過ぎたテンションは図らずとも落ち着きを取り戻し、BGMの消えた通路を進む2人の前に大きな扉が見える。

重厚な鉄扉には窓口となるポストの投函口に似た穴が設けられ、少女たちの到着を見張りから伝えられていた守衛がギラつく攻撃的な目で迎えた。

 

「……どこのモンだ?ガキの来るとこじゃねーぞ」

 

脅しを掛けようとドスを利かせた声が、前に進み出ていたフード姿のパオラに浴びせられた。

強面な顔と白兵戦の能力を買われて守衛に割り当てられた知り合いの男性を見て、失礼ながら強盗犯みたいだなと思った少女は、自分に話し掛けて来たその窓口の先にドライフルーツの詰め合わせと通行証を差し入れる。

 

「――ッ!!"こ、これはこれは"」

 

通行証と共に渡された好物の袋に嫌な感じはしていたらしく、ラミネート加工済みの四角い紙に記載されたサインを一目見た男は先程までの態度を一変させた。

言葉も日本語を用い親し気な目に変えたその顔は、それでもまだ到底親しみやすいとは言い難いものだが。

 

 

「"いやー、酷いですよパオラさん。いらっしゃるなら事前に……それに、そんなフードまで被っちゃって"」

「"しーっ!お忍びですよ。今日は賓客がおいでになるのですが、その前に新商品と市場の見学をしに来ました"」

「"はぁー、相変わらずですね。分かりました、上には伝えませんがバレないでくださいよ?絞られるのはこっちなんですから"」

 

 

金庫のように電子制御されて、窓の付いていない側の扉がゆっくりとした動きで開かれる。

向こうからは嗅ぎ慣れた金属や油の匂い、眠気も覚めるような薬剤の刺激臭、金属を叩き合わせたりグラインダーが火花を散らす音などが、心地よいとは言えない温い風と共に飛び掛かって来た。

 

パオラが前に進むのに合わせて投函口にの男に挨拶をしたニコーレも、暫く振りに持ち出した通行証を懐から取り出してポストインする。

 

 

「"我は脇さしにて、実検お頼み申す"」

「"はいはい、えー、ニコーレ・ノートさんね。……って!ニコーレさん!?"」

 

 

この会場において国際権力よりも発言力を持つパオラの出現で気力を失いかけていた男は、彼女に付き添う護衛なら問題ないだろうと、適当な監査で通行許可を出そうとして再度目を剥いた。

ノート家は東洋発明家の末裔。この市場の一区画を牛耳る元締めで、日本人の参入を最初に提言し取り纏めるオーソリティだ。ご息女であるニコーレ自身に数年間の出入り記録がなかった事が余計に男を困惑させる原因となったのだ。

 

 

「"鳴り高し!声高に我の名を挙げるでないぞ"」

「"す、すいません、あまりにお久しぶりで驚いちゃって。持ち込みの商品が無いのであれば問題ありません、急いで通って下さい"」

 

 

これで通るのだからザル警備と言えそうだが、実際はもっと面倒な書類もあり、紹介制のため通行証も容易には手に入らない。

さらに商品の持ち込みには厳重な態勢が敷かれ、扉の裏には数名の手練れと雇われの人間が、表舞台に公表されない兵器を携えて待機している。

 

大体、扉も時間で管理されるものを、お忍びですの一言で開放させていた。

今回のようなものは特例であり、一重に彼女達の影響力が要因なのだ。

 

 

「"ありがとうございます。お菓子は痛まない内に食べてくださいね"」

「"干したものはそうそう腐りませんよ――っ!……分かりました"」

 

 

冗談が上手いですねとお世辞を続けようと裏面を確認したその視点が一点に留められ、普段から近寄り難い顔を、より一層険しいものに変化させた。

 

 

「"彼女が到着したら一報を"」

「"はい、よい一日を"」

 

 

扉をくぐると室温が10度以上は上がっただろう。

じめっとした空気を感じ取った小柄な少女がフードをパタパタとさせて、急激な温度変化で汗が流れ始めた体表面に風を送る。

 

ここまで続いた道に比べ、広大なスペースには多くの人々が行き来していた。

道行く先々の露天商で契約や交渉が行われていて、中には大きな店を構える企業も存在している。

そして活気付く内部と比例するように、天井からは大きな球状のライトが至る所からぶら下げられて、人間の顔をよく識別できるように照らし出していく。

 

また床面は唐突にフローリングに変わる訳でもなく変わらず石造りのままではあったが、運搬時の負担を軽減するために凹凸は一切排除され、歩行の妨げや傷害等のトラブルが発生する事を防ぐ為に安全通路を区画したペイント表示がなされている。

それでもトラブルが絶えることはないのだろう、ハチの巣のような球状の光源からは周囲を警戒するハチの代わりに、監視カメラが顔を出して警戒に当たっているのが分かった。

 

銃器や防具、刀剣なんかの装備品から、治療薬、化学薬品、電子部品といった材料の他に、一角には衣類、食料品と車輛まで。

商品を求めて一周すれば一日、目的もなく彷徨えば数日は余裕で潰せそうなくらい、多種多様な店が軒を連ねているのだ。

 

「"時間に結構余裕があるね"」

 

パオラは電波の届かない携帯ではなく、ヒマワリがプリントされた懐中時計を取り出す。

どうしよっか?との相談であると理解し、この蒸し蒸しした場所でも平気な顔をして長袖を脱ぐことはないニコーレは道すがら考えていた事を口にした。

 

 

「"少ししたら昼食ひるげに参ろう。我も久方ぶりで挨拶したき朋友、行かま欲しき場所が在る"」

「"レストラン『ジェメリ』だっけ?和食も置いているとか"」

「"是。ぬしと日ノ本にて食した『すものも』が用意されておる"」

「"『しめ鯖キュウリ』だよ、ニコーレ"」

 

 

スペシャルゲストこと商人仲間兼・発明家仲間の到着予定まで、市場の調査を行う2人の武偵。

自然とその会話内容は日本のホームステイ先である天才というにふさわしい発明家の物へとすり替わって行った。

 

 

「"幾年ぶりであろうか。アヤヤに会うのは"」

「"アヤさん、もう5年も経つんだよ。ニコーレの打ち上げ花火装置を一緒に修理したのが懐かしいなぁ……"」

「"すでに5年。片生いのパオラは然程変わらねど、如何な生い成りを見られるものか"」

「"一言多いっ!き、きっと私の方が身長も伸びてるはず……だってあの時より15cmも伸びたもん!"」

「"5年で5寸……"」

 

 

天に伸び悩む高山植物並みの成長速度は彼女のコンプレックス。

初夏の連休中、学年末の成績報告と進級報告で実家の近所に住む祖父を訪問する際、彼の営む養蜂場のヒマワリ達に次々と身長を追い越されると、太陽の当たる顔も陰っていたほどだ。

気まずい空気を流すまいと顔を逸らしたニコーレであったが、空気の読めるパオラは既に勘付いている。そしてその気遣いが余計に彼女を傷付ける事になるとは、無念ニコーレには理解出来ないのであった。

 

 

「彼女の発明品が待ち遠しいな、パオラ」

「……そうだね、せっかくの時間を無駄にしたくないし、行こっか」

「ああ、そうしよう。我も少し、血が騒いできた」

 

 

予定よりも早く内部への入場を果たした2人は少しの時間を潰すために、さっそく数々の発明品や発掘品が集まる小さな穴場のブースへと向かう。

そこには件の発明者が世に送り出した道具の数々が、とある人物によって取り扱われているのだ。

 

 

 


 

 

 

目覚まし時計より10分早く起き、ボサボサの長い灰白色の髪を、鏡を覗きながらドライヤーとブラシで梳かす。頭上の一束は本日も好調のようで、気を付けつつも時折襲来する温風に揺られる動きが弾道計算のデータとしてインプットされていた。

 

「どうしましょう。ヘアサロンの注文なんてした事がないです」

 

最近のちょっとした悩みの1つだ。義母に褒められてから伸ばし続けた髪が邪魔になってきた。前髪は自分の顔とにらめっこして鋏で切ればいいが、後髪はそうもいかない。

まあ、そんな事をしたからクシャミと同時に私のレフトサイドは無惨に散ってしまったのだけど。

 

狙撃科の演習中に髪留めで縛ると変なクセがなかなか取れなくて面倒だし、自力でブラッシングするにも手が届かなくて時間が無駄になる。

同室の生徒にも毛先の乱れくらい整えたら?って言われたものの、伸ばしてるんです、で誤魔化してきた。とうとう観念して教えを乞うべきなのだろうか?

 

「私も前髪を上げてみたら……いえ、それは少し恥ずかしい」

 

いっそレフトサイドに合わせてサッパリさせてしまおうか等とぼやきつつ、ドライヤーの温風どころか送風音も意に介さない寝坊の常習犯を見やる。

シーツの上には寝る間も緩めのヘアゴムで優しく結われた濃茶の艶髪が、体を丸めて横寝する彼女の背後へ松の小枝のように幾筋も伸び伸びとしている。

 

「朝ですよ、マルタさん。これ以上遅刻して出席日数が足りないと本当に留年ですからね」

 

形式的な声掛けをしておく。

空砲を発射しても良いのだが、隣の部屋の生徒や寮長に迷惑だろう。返事はないがもぞもぞと蠢いていたし、今日は起きてくるかもしれない。

 

 

今朝の朝食はカカオ粉末とドライフルーツの入ったシリアルだ。

冷蔵庫から取り出した牛乳をボウルに注ぎ、食事を取りながら一日の予定を決める。

 

「うーん……放課後は3年生の授業があって、ココとココは使えない……。遠隔狙撃の練習をしたかったのですが、今日の所は座学にしましょう」

 

予定とはいっても実技練習をするか勉強するかの二択。

仮チームのメンバー探しを理由にバールへ入り浸る生徒もいるようだが、私には関係のない話である。

 

「おはよ、フィオナ!ウチにもカフェとクッキー下さいな」

「おはようございます。私に用意できるのはテーブルの空きスペースだけですよ。寝惚けるのも大概にしてください」

「愛情の数だけ空けておいてよね!」

 

モカエキスプレス――直火式のエスプレッソメーカーを専用のコンロにかけ、投げキッスをして去っていくルームメイトは起きたら起きたで起動待機時間は無いに等しい。

起床と同時に目は全開。ベッドを転がり出たかと思えば洗面台へ直行。戻って来るなり温めておいた45mmコテと呼ぶヘアアイロンでクルクルと毛先を巻き始める。

 

もっと早起きすれば目まぐるしく働く必要もないと思うのに。

適切な愛情表現の為に、一度空けたスペースを適度に埋めつつ荷物の確認をしていると、放課後の予定が1つ出来た。装備科に弾倉を注文しておかないと。

 

 

「ただいまー、ってせまッ?!」

「先行きますよ。一応、登校時間には着いておきたいので」

 

 

授業始まりそうだったら待ってもらっててー、と戯言を背に受けつつ、私は登校を開始した。

 

 

「案の定誰も来ていないんですけどね」

 

 

カコッ!

 

 

無人の教室から中庭へ足を向ける途中、自動販売機の前で踏み潰されていたカップを拾い上げて捨てる。どうやら昨日は清掃の無い日だった模様。

中庭にほど近いバールの扉は鎖で縛られ、鎖にはChiuso閉店の看板が吊られている。予約が無ければようやくパン生地を捏ねて形成を始める時間だ。

私としては2度目の朝食に丁度良い時間なのだけど、ここではあまりパンは売れないらしく、供給量が少なくて売り切れの危険がある。そんな日は持ち込みのチョコレートでお腹を満たしていた。

 

 

中庭の空気はマットの代わりに敷かれた砂が混じっていて、風が吹くと喉がイガイガしてくる。

遠くに聞こえる声は昨日のテレビの話だったり、スポーツ選手の話題ばかりで戦術論に花を咲かせる者などいない。週末の予定を相談する生徒も、それは遊びに行く打ち合わせだ。

 

「今日も中庭は平常運転ですか」

 

私は回れ右をして校舎内に戻り、もう1つの目的地へと向かう。

由緒正しき武偵学校の始祖、イタリアに来たのはこの学校へ入学する事が目的だった。

 

基礎学校のグレード4を終え、1年だけ母国ドイツの武偵中へ通った後、入学時に作ったパスポートを利用してイタリアへ、そして2度目の入学を迎えた。

私の住んでいた州は4年間の基礎学校修了から武偵中への編入が認められていたのに、イタリアは初等部が5年もあるらしい。

 

このジメジメとした暗がりの廊下は、栄えあるローマ武偵高校付属中学校。

世界各地に数ある武偵高の中でも世界で最初という肩書きを持てるのはローマ武偵高だけで、実力のある者は更なる実力を身に付けられる名門校として有名……だと聞いていた。

しかし実態は良い面だけではない。

 

確かに実力者は多いのだろうが、気分屋が多くて決まり事にルーズ、特に時間なんかは適当の極みでこれで良く学校としての体裁を保てているなと感じたのは忘れない。

将来はこの中からチームメイトを探すのかと、本音を言ってしまえば幻滅してしまった。

 

いざという時には、では困るのだ。

そのいざという時に実力を効率よく発揮させるためには普段の活動から正義の味方、武偵である意識を……

 

 

Hopplaホプラ?誰かいますね」

 

 

(この時間帯に既に演習場に人が……?)

 

入学当初、私は中庭にて朝の無駄な時間を潰していた。

授業が始まらないからだ。これがドイツなら生徒と教師の集団ボイコットとしてニュースにでも上がるのではないだろうか?

 

しかし、中庭は占領されてしまったのだ。

1年生が使用可能な範囲などたかが知れていて、その中でも武力を用いた縄張り争いが行われていた。そんな所でやる気を出してくれなくていいと何度思った事か。

 

結局、私は武偵としての一年間をドイツで過ごしていたけれども、狙撃科では接近戦を習っていない為決闘に向いておらず、3ヶ月程経った頃、この庭に君臨する女子生徒が誕生するのに合わせて足を運ぶことは無くなっていた。

 

代わりに見つけた穴場がこの演習場。

発砲禁止区域だが、基礎体力作り用の設備が何種類か用意されている。

2年生のニコーレ・ノート先輩が1年生のヒナ・フウマさんを戦妹として迎え入れた際に、一緒に居た私も教えてもらったのである。

 

2人は日本にゆかりがあるらしく、ヒナさんに至っては日本からはるばるイタリアまで海を渡って来たとの事。

小学校という基礎学校の様なものから編入していて、知識が偏っているのが特徴だ。

しかし、彼女の言葉はたまに真理を突いており、今でも私の心に残り、光っている。

 

『フィオナ殿は国を移してまで、何を学びに来たでござるか?』(※メチャクチャ片言のイタリア語)

 

気の毒に、この学校の内側を見てさぞかしガックリしたでしょうね。

そう話したら、見事に返された。

 

 

ここは普通じゃない、そのはずだ。これが世界の武偵の普通であるのなら、違う意味で私は付いて行けない。

 

最初の授業は朝のミーティングに遅刻者など……まあ、1人はいたけど、道が混んでいたらしいし、仕方ない。

翌日、2人の生徒が遅刻をして、しかし教師はそれを咎める事もなく周囲の雑談も絶えず、何故か授業が始まらない。

 

 

この時点で、おかしいぞ、とは思っていたのだ。

 

 

一月経つか経たないか、初めて教師が時間通りに来なかった。理由は忙しかったとの事で、詳細は不明。

だが、悲しいかなその時間には、生徒の数も半数の6人。うち、時間通りに来ていたのは私とヒナさんの2人だけ。…………だけ。

 

 

こんなの絶対おかしいです!

 

 

隣の席に座る綺麗な黒髪の女子は黙々と"図説!絵で分かる世界の危険な毒草・毒虫"を読んでいるが、日本語は読めないので何を読んでいるのかは謎。

時々、彼女の代名詞たるポニーテールが直立するくらい、跳ね上がって驚くのが気になって教本を読む手が止まってしまう。ああ……ダメですね、チョコレートが進む。

 

 

 

今ではそれが当たり前に、もう私も何も感じない。考えない。

そう、結局私は私が何をするかを考える事が一番の成長につながる。彼女の言う通りだった。

 

正にその通りだと、目の前が切り開かれ頭がすっきりした気がして、私は周りの悪い点を探すことを止めた。

それでも目に入ってしまう事が往々にしてあるのはどうしようもないと諦める事にしよう。

 

やがて私は逆に自分の悪い点を探す方に方針を転換した。

 

「おはようございます、ヒナさん、ニコーレさん。今日も不思議な訓練をしていますね」

 

木の枝を太腿と脹脛で挟み込み、蝙蝠のようにぶら下がっている。一切の揺れが無く、無音だ。

私は目を閉じたまま逆さ吊りとなった2人に声を掛けた。

 

「む?フィオナ殿!今日も共に修行へ励むでござるか?」

 

赤いマフラーの少女が目を開いて声の聞こえた方向――私の方に首を回して、腕を組んだまま左右に揺れる。

……ちょっとだけ、他人のフリをしたくなる光景だが、本人達はいたって真面目だ。

それと、一緒に修行などしたことはない。

 

「おお、フィオナよ。主もやたらに生真面目な人柄にて、時には肩の力を抜くべきぞ」

 

片足だけで枝にぶら下がっている紺のマフラーのニコーレ先輩は目を閉じたまま身じろぎもせず、少し太い鉛筆ような鋭利で棒状の武器を隣の木に向かって構えている。

そこには黒いドーナツ状の輪とその内側に小さな赤い円が描かれた布を巻き付けられた的が何個か吊られている。微風で揺れる事からかなり軽いものであるのだろう。

 

 

「この国の緩さで、さらに肩の力を抜いたら関節が外れてしまいますよ。それに、お2人も訓練を欠かさないのは同じでしょう?」

「是。研鑽を怠った者から消えて行く、我が一族はその話を先祖代々言い聞かされて育ったのだ。個人も企業も村も変わらず、と」

「……然り。それは一族という存在そのものを汚す行為なり。某は忍であるに足る実力を得る為なら、この身を削る如何なる努力も惜しみませぬ」

 

 

その発言通り、修行内容の効果のほどは甚だ疑問だが、2人はとても真剣に毎日を生きている。

一族の誇りを持つその姿勢は、私も見習うべきなのかもしれなかったな。

 

 

 

ごう!」

「ほッ!」

 

 

ヒュッ――ザスッ!

 

 

ニコーレ先輩が目を開け、瞬時に見極めて放った棒状の武器は、風でそよぐ的の中心を正確に捉えて深々と突き刺さった。

一瞬で的の場所を把握し精密に投擲する能力はさすがの一言、あの軽そうな物体を弾くことなく真っ直ぐに刺さった点も、そうそう再現できる芸当ではない。

そして、何より速い。彼女は的に命中するかの確認を行うより早く、次の武器を構えてピタリと静止した。枝は終始、全く動いていない。

 

 

 

「お見事」

「ヒナよ、次は参の的の紐を切り号令を」

「御意」

 

 

しかし、彼女のカッコよさや優れた技能よりもマフラーとスカートがズレないその技術の方が気になって仕方ない。

 

彼女達はニンジャを自称しているし、その極東の怪しい戦闘術は未だに遠く理解の及ばないものだ。

そういう技術も……あるのかもしれない。

 

 

――ストンッ!

 

 

的を貫いた武器が木に刺さった。

ヒナさんが放った、矢じりや槍の先端のような形をした握りこぶし2つ大の武器――"クナイ"と教わった――が紐を切って、吊られていた的は風に乗ってふわふわと不規則に落下していた。それを一つ前と同じ様に、ニコーレ先輩は目を開けるのとほぼ同時に攻撃したのだ。

 

彼女達のこれらの技能は、狙撃手としても見習う点が多いと感じる。照準を当てる早さや精密さ、状況によってはその悪条件の姿勢も役立つかもしれない。

狙撃手にとって、不測の事態に適応できる彼女達のスキルは天敵と言っても過言ではない。私はこの2人とは戦いたくないとつくづく思う。

 

 

 

ニコーレ・ノート

 

ローマ武偵中では私やヒナさんの1つ上の学年で、現在は諜報科のBランク。

ニンジュツという戦闘と隠密に特化した技術を日本で習得し、潜入強襲と調査を中心としてボディガードや監視といった任務も幅広くこなしているそうだ。

ただし、単身任務が多く、安価で簡単な任務も予定が空いていれば受けてしまう為、その点の評価があまり良い印象を得られていないらしい。

 

紺藍色の瞳に、日本人のヒナさんと同じようなサラサラで純粋な黒髪を、ヒナさんよりはボリュームの少ないポニーテールに結っている。

赤黒い指ぬきグローブと紺色のマフラーを常時着用し、自作の忍具なる道具をいくつも持ち歩いて、膝下まで締め付けるサンダルのような指の露出した靴を履いているのだが、これも不安全による減点対象だったりしないのだろうか。

 

使用武装はおそらく量産品ではない。

かなり古めかしい作りの物で完全自主製作なのかは不明、その銃口から銃弾を撃ち出したのは見た事が無い。基本的には音の出る銃器を使う事は好きでは無いらしく、武装も趣味の範囲だと話していた。

銃を使わないでBランクに上がるって……

 

学年の違いから任務を一緒にという事もなく、実力の高さは相当なのだろうがそれも小耳に挟んだ程度。

私と同学年の装備科、パオラ・ガッロと仲が良いようだが、2人の共通点とは何なのだろうか。彼女は校内で装備の調達はしないらしいので、そういう繋がりも無さそうなのだ……

 

 

 

「誠に見事なりっ!」

「うむ、次は主の番ぞ」

 

 

どうやら交代の様だ。

ニコーレ先輩が右腕を振るとくしゃくしゃの布が袖からその手に移され、グッっと握った布はみるみる内に隣の木の的と同じ大きさまで膨らんだ。

それを髪の中から引き出したワイヤーに繋いで、重りがついている端を隣の枝に投げて巻き付けると、的も続けて空中に放たれる。

 

その間約3秒の早業。

お見事!

 

 

「ヒナ、しばし黙祷を続けよ。我はフィオナに目言がある」

「御意」

 

 

蝙蝠状態から片足だけで体を持ち上げて枝へ登ると、2階層よりも高そうな位置からワイヤーもなしに飛び降りてきて、僅かな砂埃だけを立てて当然のように着地した。

これもニンジュツなのか?

 

 

「私にお話とは?」

「なに、そう構える事では無し。ただ、主の身を案じておるだけの事、承知しているな?」

「ええ、まあ……」

 

 

初めてここに来た時から、彼女は何かと私にも気を回してくれる。

どうやらヒナさんにとって、クラスメイトである私は気の許せる数少ない人物らしい。

 

 

そこからクラスでの話を聞いて私にも興味を持ってくれたようだ。

プライベートでの交流は互いに苦手とする者同士、こういった学校での絡みで徐々に親睦を深めてきた。

 

 

それで、話の内容は多分……

 

 

「仮部隊の申請は強制されておらぬが、よもやそのつもりではなかろうな?」

「私の意思は変わりません。私はヒナさんと仮チームを組むつもりだと、そう何度も言っているではないですか」

 

 

……やっぱり仮チームの話か。

 

促されるままに歩かされたが、ヒナさんの耳に入らないようにするためだろう。

別に聞いたところで彼女が私とチームを組むことはないと思うが、聞かせたくないのだ。私も、ニコーレ先輩も。

 

 

「……其の様にはいかぬ。あれは素晴らしき一族の技術と弛まぬ努力の賜物たる身体能力を持つ。なれども、心が未だ半人前故に到らぬ。部隊への参名なぞ心疾しき事ぞ」

「私には理解出来ないですよ。彼女ほど強くて約束を守る生徒は同学年に数えるくらいしかいません」

「然らば其の者共を尋ねるべし、今のヒナに、主は過ぎた同士よ」

 

 

私だって譲らないし、ニコーレ先輩もまだ自身の戦妹を不出来と称し、快く応じてくれない。

この話は以前から平行線で一向に進まず、ニコーレ先輩的に有望株な他クラスの生徒を教えてくれるのだが、実力はともかく性格に難のある生徒しかいない。

 

 

『三浦一菜という少女は近接戦に特化しておるぞ』とは言っても、あの人に話し掛けられる人間は肝が据わっている。いつもムスッとしてるし、口調は荒いし、眼つきは怖すぎて犯罪者寄りだし。

ただ、強襲科の彼女は相性だけで言えばバランスは悪くないとは思う。

 

『ファビオラという少女などどうだ?少し得体は知れぬが、確実に伸びる』という紹介文句に自分でおかしいと気付かないのか。

得体の知れないって上級生が言う相手に誰が近付くのか……と思っていたら、男女ともに大人気らしい。性格は良いのだが色々と無防備で、男子生徒が付け込もうとして他の女子生徒に阻まれている。

 

『ルーチェという少女は基礎から叩き込まれておるな、堅実なタイプと見える』って言ってたのに、その人、中庭を征服した人達の1人ですからね?トップではなかったとはいえ。

性格は強襲科の割に物静かで、静かに本を読む場所が欲しいとかで協力したらしい。

 

『カルメーラは止めておけ。あの者は我よりも余程強い、狙っていたのならば妹の方にするが良い』って言われた時は、なんでその名前を出したのか分からなかった。ヒナさんしか狙ってないってば。

自由奔放な性格で、学校の刀剣所持義務でナイフの代わりに槍を持ってくる変人。しかも、妹の方もCランクの私より上、余裕のBランクだった。

 

 

紹介された相手の調査をするも、どの人もこの人も正義の味方には程遠い。

そして、私自身も正義の味方を目指すには実力が足りない事に気付き、仮チームを組むことにさらなる抵抗を持ってしまったのだ。

 

「フリーで構いません。狙撃手がチームを組む利点はそんなにありませんから」

 

教師に聞かれたらかなりの問題発言とされる自覚はありつつも、曲がりなりにもCランク。

多少の目こぼしも期待が出来そうな気はする。

 

ふぅー……とマフラーの中で溜息を吐き、ニコーレ先輩はまた例の調査ノートを取り出して、付箋の挟まれたページに指を差し入れた。

よくもまあ、毎回新しい人材を探し出すもので、この学年には危険人物が集まり過ぎている気がする。

あーあ、今回はどんな人が紹介されるのやら。

 

 

「……フィオナもグローリアを知っておろう?」

「――!ええ、もちろん、同学年で知らない人はいませんよ。黒い噂が絶えないパトリツィアさんと同じ位、彼女も良くない噂が出回っていますからね」

「良くない噂か」

「何でも違法改造を依頼していたり、突然空を撃ったりなんて話ですが、信憑性はありませんし、真に受ける必要もないでしょう。私は彼女を尊敬しています」

「主らしい理を求むる善き習わしよ」

 

 

グローリアさんと言えば武偵中最強の狙撃手との呼び声も高い実力者で。そのランクは入学した時点でAランク。

一部では世界レベルでもAで通じるだろうとまで言われた奇才の持ち主だ。

 

武偵中の入学は筆記試験と体力試験、他に各学科ごとの特別試験を以て判断される。

しかし、昨日まで一般人の生徒たちが碌な成績を取れようはずもなく、大抵はEとなる中で私は狙撃科の特別試験成績を加味されることで入学当初からCランクだった。

世界基準であれば下手をするとEランクまで落とされるかもしれないが、それでも入学時Cランク以上は13人しかおらず、ここではいわゆる優等生の地位を勝ち得ることに成功したのだ。

 

悔しいのは自信を持って臨んだ特別試験の成績が2位だった事。

負けたのはタイガーリリーの花弁のような、少しクリーム掛かったオレンジ色の髪を肩まで伸ばし、右前髪を掻き上げた少女、グローリア・バローネその人である。

 

拠点確保ポジション遠方索敵ディスカバー遠隔狙撃ファラウェイ予測射線フォアサイ精密射撃ミニット通信照準コネクトなど様々な種類の試験がある中、今回選出されたのは遠方索敵と精密射撃と予測射線。

苦手な遠隔狙撃と通信照準が来なかった時点で勝てると踏んでいた分、彼女の驚異的な集中力と射撃能力の高さに驚かされた。

 

確固たる証拠に基づいた情報ではないが、試験官の全員が彼女の位置取りと姿勢に驚いて忙しなく話していたので聞き耳を立てたところ、何度場所を移しても必ず全く同じ位置に戻って、全く同じ姿勢で構えていたらしい。

信じがたい事ではあるが、まるで最適解を保存して読み込むように、微々たるズレも見られなかったそうだ。

 

写真を取っている試験官を見て何をしてるのかと思っていたら、その確認作業だったのだろう。

同時に裏では彼女や他の学科に出現した化け物たちの試験結果で持ちきりになっていた。

 

「彼女がどうかしたのでしょうか?」

 

狙撃手を2人以上組み込んだチームなど過去にほぼ前例もないので、私に紹介するわけではなさそうだ。

また変な噂が出回っているのだろうか?

しかしニコーレ先輩がわざわざ取り上げるとすれば、その話は事実である可能性が高い。

 

 

「彼の者が仮部隊を組むそうだ」

「え――?」

 

 

 

――――あの人がチームを?

 

 

 

「相手は……?」

 

 

なんとなく、彼女はずっとフリーでやっていくものかと思い込んでいた。それが出来る力を持つから。

実力がある人間は周囲の人間を足手まといだと切り捨てる傾向があるが、その枠には当てはまらない存在なのだろう。

 

知らず知らずのうちに足元へ向けられていた顔を、恐る恐る上げながら上目遣いで尋ねた。

もし正視していたら、今頃私の表情から心情を読まれてしまっていただろうな。

 

 

「焦るな、気持ちは推し量らずとも解せよう。我でなくともな」

「うー……」

 

 

無駄な抵抗か、言い当てられてしまった。

自分より格上が孤高の道を止めチームを組んだ。

その事実を平常心で受け入れられる豪胆な精神力が欲しい。

 

ニコーレ先輩の顔も決して楽観的ではなく、むしろ私以上に険しいという事は、組む相手は彼女が危険視するレベルの者なのだ。

 

予想は付いている。

それこそ推し量る必要もない。以前に聞いた名前なのだから……

 

 

「カルメーラ・コロンネッティとカルミーネ・コロンネッティ、2人規模の強襲部隊だ」

「やはり、ですか」

 

 

強襲科Sランクの姉と強襲科Bランクの妹、それだけでも武偵中の上級生の間で警戒されていたのに、そこにAランクの狙撃手が加わった。

紛れもない危険因子の融合と認識され、そろそろ何処かしらの上級生チームが新人にお灸を据えようと動き出しても不思議ではない。

 

渋い顔のままノートに落としていた青い瞳が私の顔を見据える。

私がターゲットであれば、この目を見たら手遅れ。赤い円に見立てた急所が刺し貫かれていた。

 

 

「今年の3年は本に因果なり」

「そこまで、強いと」

 

 

近々、武偵高から宝導師の派遣が行われる予定だが、その前に上級生による洗礼を兼ねた仮チームでの決闘が行われると聞いている。

伝統だか知らないが、随分と不毛な行為だと思う。

 

徒手格闘故、下級生武器を持つことが許されぬのだが、それでも大した重荷とはなるまいて。銃器など只の玩具であろうぞ」

 

それは成程とは頷けない話だ。

銃の有無は致命的で、1年生の最強チームは見せしめに一方的に嬲られて……そういう構図が求められている。

 

現在、強襲科のSランクは武偵中には1人しかいない。

なぜなら、Sランクの生徒は大抵そのまま武偵高でもSランクとなる為、1つの学科につき校内で1人しか冠することが出来ないからだ。

 

今年の入学者に1人だけ現れた異才、数年に一度Sランクに批准する生徒が現れる事があるらしいが、その強さを私は想像できない。

Aランクが束になっても勝てない強さ……規格外の力を持つ事だけは理解出来る、出来るけどAランクが束って軍隊の投入と変わらないような気がする。

 

(私は、このままでいいのだろうか……?)

 

 

「主にも人遣りの要らぬ出会いが見付くることを我も願うとしよう」

「……急かされた気がしますよ。今まで背中を押していてくれていたのが、今度は前から引っ張られているような」

「うむ、違いない。心配なのだ、正義なぞ曖昧なもの、何時と無しに希う主は容易に悪へと思い到り兼ねぬ。流類の存在は其を息災の如く守り導く、真に尊きものぞ」

「ニコーレ先輩だって独りではないですか」

 

 

私の指摘は先輩にとって深い傷を負わせるものだったと、そう気付くのはまだ、先の話だ。

彼女の顔色は一切変わらないまま、でも、痛かったのだろうな。

 

 

「我も主と同じであった。遥か先の正義に目を暗ませ、支を違え、おめおめと生き延びしなんと情けなき我が姿よ。友の名を刻む処すら得られぬ、愚か者のくるしひかり也」

「えっ?」

「主は我と同じであってはならぬ、仮に部隊を組みし暁には……」

 

 

それは彼女の、心からの警告だった。

 

 

「同士を、何よりも尊ぶが良い。信ずることは互いの力となり、失することは天命の喪失と同義也。…………行こうか、ヒナが焦れておる頃ぞ」