まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹34話 茜空の決闘

茜空の決闘マダーレッド・デュエル

 

 

「まだですか?」

「ふむ、よもや此様な事態になるとはの……」

 

 

だだっ広い草原の中、4つの人影が2対2に分かれて相談をするように向かい合う事15分。

全方位を1辺100mも無い正方形の柵に囲まれた場所にて、2つの派閥は割と深刻な問題を共有しているのだ。

 

その内容は『この辺の植物は枯れちゃって土が露出してますね』なんて環境問題を取り上げた物でも、『柵の向こうは草ボーボー伸び放題ですね』なんて管理者責任問題に発展する様な物でもなく、単純に今から行うイベントの参加者が不足しているという目先の話。

 

3人足りない。

流石にこれは偶然とは考え辛いぞ。

 

間違いなく、何者かが裏で動いている。

私達に友好的な誰か、はたまた日本に敵対するどこか。

 

「ヒナさんが遅刻するなんて考えられません。彼女の身に何かがあった筈です!」

 

公明正大を掲げるフィオナは敵ながら交友のある陽菜に対しても正当な評価を下していて、これから戦う相手の身を案じてすらいる。

 

その頭にバスクベレーはなく、代わりに灰白色の触覚が1束、天に向かって聳立していた。

毎日女子寮を出発する時には被り物で圧し潰されているだろうに、あの軍属の兵隊の様な見事なまでの姿勢の良さは、並の根性では成し得ないな。

何という不屈の精神!

 

それで、なぜ普段から隠している……ぶっちゃけるとアホ毛を外界に解き放っているかと言うと、あれが彼女の狙撃能力――特に遠距離狙撃と速射には必須な身体的特徴だからだ。

 

決闘が始まる前から慣らせる目的で帽子を外しているが、風で揺れ動く度に極わずかなディレイを置かぬまま、彼女の目が痛ましく細められている。

今も、先端の反りがほんの少し右へ会釈程度に傾けただけで、連動する表情が微かに変化した。

 

「兎狗狸と三松も、時間を決めれば、守る奴ら。思念も届かない。イヅ、あなたの予想通り」

 

両の目を横一文字に閉じた、白髪で小学生並みの身長しかない少女は、この肌寒い気候でも半たこと素肌にさらしを巻き、その上にいつ時代の服だよという感じの干し草で編まれた法被を羽織って、頭には小さな山伏の頭巾がチョコンと載せられている。

ふむ?あの子の頭の上にもアホ毛が隠されていたりして……なんちゃってね。

 

 

「さもありなん。これだからクロとは諍いを起こしとう無かったのじゃ。如何にして我は決闘などと言う方法に思い至ったのやら」

「ちょっと! 私のせいですか⁉ 言い掛かりにも限度ってもんが――」

 

~~~♪

 

電話だ。

ポップなこの曲、昨日CMで流れてたな。

 

聞こえてくるのは前方、と言うより目の前。

相変わらず流行に敏感だよね、一菜は。喋り方のイメージとかけ離れてるよ。

 

 

「あ、どうぞ。先に出てください」

「すまぬな、陽菜じゃ。"――おうい、陽菜よ! 遅れ馳せるとは何業なる理由かぁ! ちいとばかり心配したじゃろうが!"」

 

 

怒ってる……のには違いないようだが、口調が荒いだけで攻め立てるような声色ではない。

ってか、二言目には迷子ちゃんの親みたいなこと言い出したし、日本のリーダーらしいけど完全に保護者目線だよね。

 

「"ん?なんじゃ、言いたいことがあるなら――そ、それはまことか⁉ ならば致し方なし、今日は帰って安静にするのじゃ。――うむ、構わぬ。我に任せておくが良い。――うむ、ではの"……ふむ、そうか」

 

なんかうんうん唸って1人で納得してる。

受け答えを聞いた感じだと来れなさそうなんだけど、陽菜はどうしたんだろ?

 

「ヒナさんは何と言っていたんですか?」

 

日本語が分からないフィオナが一菜に説明を求め、私も気になっていたからうんうんと首を振って尋ねてみる。

特に秘匿事項も含まれていないようで、一菜も快く説明をしてくれた所によると……

 

 

「陽菜は拾い食いの後に保健室へ向かったそうじゃ」

 

 

ひっどい!

 

予想をしていたその数倍、酷い理由だ。

んで、あんたはそれで納得するんかい!

 

そんなに飢えていたの?あの子。

それとも大好きなタリオリーニアラピアストラサンドウィッチ――要するにただの焼きそばパン――が道端にでも落ちてたのかな?

 

 

「あ、ありえ、ない……で、です……」

 

 

自信無いんかい。

 

いつも正当な評価を下す彼女が明確な答えを下せていない。

きっとそこには友情が壁となって、親愛なる友の威信を守ろうと必死に立ちはだかっているのだろう。

 

そんなに悪食のイメージが無いのは私だけ?

それとも大好物のタリオリーニ(略)サンドウィッチ――しかしただの焼きそばパン――が枝からぶら下がってたのかな?

 

 

「罠に、掛かったのかも」

 

 

遠回しにあんたも認めるんかい。

 

目を閉じたままでメンタリズム的に心は読めない。

淡々とした口調で話すものだからそこも感情は感じ取れないけど、それって絶対パンに釣られた彼女を想像してるよね?

 

敵がいるようなことを仄めかして『くっ、策士か……っ!』みたいな話に持って行ってるけど、つまりは拾い食いを認める形だよね?

それともタ(略)ッチ――如何なる名称を得ようとも結局の所ただの焼きそばパン――を使えば彼女を容易に謀れるの?

 

 

三者一様の反応を示したことに戸惑いそうになったが、可哀想だねとピリオドを付けておく。

今度お見舞いに、ヤージャの店の絶品焼きそばパンを買って行ってあげよう。

 

着目すべきは、私が苦手な搦め手戦法を主体とする陽菜が欠員になるのであれば、勝率は数十パーセント上がった点。

……無論、兎狗狸と三松猫が接近戦を出来ないことが前提の概算ではあるが。

 

 

「理由はどうでもよい。つまりは、この決闘に陽菜は来られぬ、という事じゃ」

「良いんですか、そんなにさらっと欠員を流してしまって。数は力、強い力は多数と同義、まとめて束ねた数は掛け算ですよ。陽菜が抜けた戦略の穴は大きいでしょう?」

 

 

一菜は「尤もだ」と返し、しかし「それがどうした」と言いたげにフンと鼻を鳴らした。

 

いざ戦闘が始まれば負けはないと誇張し、私達を見下しているみたいだ。

このチクチクと喧嘩を売ってくる感じはまんま出会った頃の彼女とそっくりで、あの頃の煮えたぎる敗北の悔しさが私の神経を逆撫でする。

 

日が落ち始め、見る見るうちに色が変わって行く茜色の空を見ていると、焦燥感が増幅して時間の経過を早く感じてしまう。

待機しているだけなのに苦痛を覚えるのは時間に追われる日本で暮らしていた名残みたい。

 

もうこれ以上待たされるのは精神的にも辛いし、まだ2人も来てないけど、そっちがその気なら今すぐにだって始めても良いんだからな?

 

 

「しかし、兎狗狸の奴め、我が愛弟子と可愛がっておれば付け上がりおってからに……」

「イヅ、その認識は変。兎狗狸、イヅの鬼の説教に、いつも怯えてる」

「そうかの? 最近はかなり手加減してやっておるのじゃが」

 

 

その会話の最後に、槌野子の法被の背面側、丁度人間の尾てい骨がある位置がちょっとだけムクッと膨らみ、常時前後左右にユラユラと揺れる風鈴の様な動作もピタッと止まる。

ビックリ……してるのか、あれは?

 

彼女は意外と感情豊かなのかもしれない。

無表情で眉一つ、口の端を動かすこともしないが、その代わりに衣服の中に仕舞われた尻尾や、挙動へと顕著に表れている。

 

これは戦いの中でも有用な情報かもしれないぞ。

感情を隠すのも技術の一つとして扱われるように、感情の読み合いに勝つだけで有利になる局面がある。

焦った時、怒った時には感情の昂ぶりによって行動が精細を欠いたり、思考が一辺倒になり易く、相手がその状態に陥ったと知ることが出来れば駆け引きを一方的に掌握できるのだ。

 

トロヤの翼みたいに分かり易い特徴があれば苦は無いのだが、ヒトの癖を見るのは武偵の基礎、見せないのは基礎の基礎。

なるほど、全てを信じてはいないが年齢は私より圧倒的に長生きらしい日本代表の共通の弱点。

それは自身の経験に頼り切った自信の傍らで欠如している基礎の無さかもしれない。

 

彼女達の生み出してきた技術の数々は、一見太刀打ち出来ない激甚な力を発揮する。

しかし、それと同等以上のものを無力な人間は長い年月をかけて作り上げて来た。

目的を達成させるために新たな技術を作り出すのは間違いではないが、基礎から順序良く組み立てて行けば必要な労力は少なくて済むものだ。

 

風圧で地面を破壊したからと、勝ち目がないなんて諦める必要はない。

基礎を組み上げる……力と技術を組み合わせれば、彼女達の領域に届くことも可能なのだから。

 

「フィオナ、あなたがどう思うのかは分かりませんが、私はこの状態で決闘を始めたいと思っています。異存があれば聞きますよ」

 

正義の味方は卑怯なことをしないだろうし、フィオナの正義像は私の想像よりも余程崇高な人間。準備が整わない相手を攻撃するのはダメですとか言われちゃいそうだ。

私の正義像、カナなら相手を待ったりしないけどね。

武偵の世界では準備の出来ていない方が悪い。

 

「異存ありません。私は武偵ですから、ターゲットの用意が出来ていないからという理由で射線をずらすようなことはしないですよ」

 

と、ここには柔軟な発想をもってくれたな。

気に掛かったのは『私は』と意図的にか無意識にか区別したように聞こえた部分だけど、気が立ってて敏感になっただけかもしれない。

 

一菜の事となると私は少しだけ精神のコントロールを失いやすい。

喧嘩ばっかりしてたから、ある種イノシシが赤い色に興奮するみたいに、一菜イコール闘争心の数式が適用されているのか?

 

しかし、今は考えるな。

考えれば考える程ドツボにはまる、答えの出ない問いなんてそんなもんなんだからな。

 

 

 

一菜との戦いが、始まる。

波が……荒れる。

 

 

 

「そういうわけだし、どうする、一菜? もう、始めない?」

「……久しく見なかった顔じゃ、最後に見たのは一月と七日前かの? 我はその採れたてのイチゴの様に瑞々しく潤む目が……熟れた濃厚なイチゴの様に意思が凝縮された瞳が……大好きじゃ、クロ」

 

 

 

一菜の熱情が込められ燃え盛るような赤い瞳が、悦びを糧とすることでさらに見開かれる。

彼女が言うように、私の瞳に意思が凝縮されているというのなら、彼女の大きく開かれた両目からは激しい感情が止め処なく、地平線の彼方の夕陽のように茜色の煌きを思わせる眩い光として放たれていた。

 

コキコキと鳴らされた両手がレッグホルスターに……合わせて12kgの鈍器となる手甲銃に伸びる。

どうやら、荒れているのは私の方だけではないようだ。

 

そりゃそうか、あの頃の喧嘩とは違う。

この草原で巻き起こされるのは真剣勝負であり、意思と意思とのぶつかり合い。

彼女はもう、私の記憶の大半も、仕舞い込んでしまったんだ。

 

 

 

――敵として、向かい合う。

 

 

 

「今一度、戯れてやろう。子供の遊びじゃ」

「体育の授業では私に一本勝ちを取られたくせに、よく言うね。それとも負けを認められない程、小さな器量しかないのかな? 一菜には」

 

 

……でも、なんでだろう。

 

 

「ぐっ……後半の事を思い出させるでないっ! クロが気を違えたことを申したのが悪いのじゃ!」

「一菜、覚えてたんだ? だけど私が覚えてないんだよね」

「……この、放蕩者めが…………」

 

 

なぜ、まだ記憶の一部を残してる?

 

 

「今度勝ったら、一菜に何をお願いしよっかなー? ね、一菜。良い案、ない?」

「あ……あ、あ、あ……ある訳無いじゃろうがぁッ! 妄語ばかり並べおって、今生の我のみならずの全てを欲するか!」

 

 

戦いには必要のない情報なのに、の流れを覚えていて。

 

 

「一菜、あの時はごめん。一菜の気持ちを考えなかった私を許してくれてありがとう」

「……?何の事じゃったか思い出せん」

「でも、一菜に引き摺り回されたのは忘れないよ。一菜にお願いしたのに、結局一菜に土下座してもらってないし」

「訳の分からんことを……」

 

 

それなのに、その後の保健室での会話も、サンタンジェロ城で仲直りした記憶も、無いみたいだ。

 

 

「山の上の一菜は素直だったのに」

「共に山登りなぞしとらんぞ、槌野子でもあるまい」

 

 

すると、これも当然知らない訳か。

ずっと私が渡しそびれて、預かったままだったしね。

 

知らなくても、おかしくはないのだ。

 

 

「問答が好きじゃのう。らしくないぞ」

 

 

しかも、これだけ名前を呼んでるのに突っ込みもない。

自分の名前を呼ばれても代理人みたいな反応を返してくるんだもんな。

 

 

 

 

 

ここまでの会話で確信した。

 

 

 

だから、私も気が楽になったよ…………三浦、イヅナ……!

 

 

 

 

 

そっちがその気なら。

 

 

こっちだって、最初っから―――裏返すっ!

 

 

 

「"三浦イヅナ、実力を隠してきたのはあなただけじゃない。ここにはフィオナの目もある以上、あんまり見せたくはないんだけどね"」

「"ふん、勿体ぶりおってからに。いくら人の身に縛られた大妖怪の残滓と成り果てようとも、たかだか女子おなご1人に後れを取ろうはずも"――」

 

 

 

 

――――パパパパァン!

 

 

 

光と音。

それが決闘開始の合図となった。

 

裏の私に正々堂々等という甘い言葉はない。手段も選ばない。

利用できるものを利用して、勝つことを主眼に置いた徹底、だからお父さんに学んだ防御寄りの技の大半は封印する。

 

相手が2人だけなら。

攻め手で押し切れると、そう、踏んだのに……

 

 

「"――早いのう……気が"」

「"速いですね、反応が"」

 

 

甘かった。

この戦いがどうしようもなく困難である事を思い知らされたのだ。

 

私のコルトから放たれた不可視の銃弾は、一菜の手甲銃によって2発が防がれ、残りの2発は見えない何かと衝突し軌道を変えられた。

また衝撃波だ。その技の発動理論は分からない。

 

しかし、分かったこともある。

それこそが、初登山者が山を舐めて遭難するが如く、イヅナが待ち構えている山を登り始めた私の認識の甘さを深い谷底まで貶めた原因となった。

 

 

(冗談じゃないぞ、お前……その技は……!)

 

 

「"……聞いてもいい? イヅナ"」

 

 

こっちが謹厳な態度で威圧してやってるってのに、まるで意味がない。

それどころか、ちょっとだけ口の端を上げて挑戦的な笑みを……浮かべて喜悦の感情を押し隠した感じがする。そんなに戦いが好きかい?

 

 

「"人を撃っておいて、平然と問答を始めようとは、身勝手の限りじゃな"」

「"どこで見た?"」

 

 

不可視の銃弾を看破されて気を落としている場合ではなく、聞かなければならないぞ。

その技は……

 

 

「"……どこ、とは異な事を。幾度も見たものじゃ、一度は打ち合い、この身に受けもした技じゃしな"」

「"じゃあ、質問を変えるよ。誰のを見た?"」

「"知ってどうするのじゃ?"」

「"技の出所を確認したいだけ"」

 

 

イヅナはそうかそうかと頷き、キツく吊ったキツネ目を意地悪く細めると、染めた茶色の髪を隆起させ、金色の稲穂の様な体毛で覆われた尖り耳2つを頭の上からひょっこんと露わにした。

しまいにはその両耳を私の方へとひけらかすように傾けて……

 

 

「"聞こえんのう~?"」

 

 

(ぶん殴るっ!)

 

 

非常に腹立たしい仕草に心をささくれ立たせてはいるが、頭の中では答えが見付かっている。

イヅナという存在は先程自身でも言っていたし、一菜の話を聞くところでも同じ見解、仮死状態となった大妖怪の最後の姿――殺生石に込められた意思の塊らしい。

 

兎狗狸が尾ひれ付けて熱く語っていた伝説の数々は今尚続き、彼女の現師匠……かもしれない玉藻の前は生きている。

では、那須野で討たれた九尾の妖狐は玉藻の前ではなく、その影武者――影狐?――の役割を引き受けた忠実な配下であったのではなかろうか。

 

それがイヅナという名の大妖怪の正体だと思う。

彼女が受けたその一撃ってのは、恐らく過去の戦いで敵対した私のご先祖様が使った技だ。

 

 

大人数で射掛けられた矢、そのでの攻撃を全て避け通した動きは、一菜の回避モードに通ずるものがある。

オリジナルは更に高精度で回避を続けたのだろう、そこへ巧みに紛れた――『扇覇』が叩き込まれた。

 

そして、考えたくもないがその一撃で技を盗み、二度と当たらなかった。

今生のイヅナこと三浦家の一菜が、回避よりも防御を優先させるのはそんな過去の教訓も含まれているのかもしれない。

 

 

「"痛かった?遠山家うちの技は"」

「"あの程度、大木すらも尾で断ち切る我の身体には効かんぞ。……わんつっこばり驚いたけんど"」

 

 

動揺して目が泳いでる。強情な奴め。

 

 

しかしまいった、確証してしまったな。

イヅナはなんらかの方法を用い、片手での扇覇を使用可能。

人間の身体能力を凌駕した重さと速さから放出される衝撃波の威力は、離れた位置でさえもあの威力となる。

 

(1対1でも、勝利は危うい)

 

推測のタブは強制終了し、戦闘に向けて30の集中力を集結させた。

こうなれば作戦通りに動くしかないか?私だけで必勝をシミュレート出来ないなら2対1に持ち込む必要がある。

 

タンッタンッと後方へ引きつつ、無形の構えを取る。

金毛の耳と尻尾を風に躍らせる少女を漠然と視界に捉え、同時に周囲の状況も把握しに掛かる。

 

槌野子の方は私が発砲した瞬間には中央から思いっきり距離を取っていて、法被の内側から取り出したパーツを次々と組み立てている。

いや、大半が落下の衝撃を皮切りにして自動的に組み上げられていたから、彼女は組み上がった物を1つにまとめるだけ、厄介な発明品だな。

 

フィオナは予め組んでいたHK33SG1の銃口を私の背後で持ち上げて、私が意図を伝えるまでもなく立ったまま肩と頬を支点とし、照準を合わせた。

揺れる触覚が寸分の狂いもなく、痛痒の刺激へと変換させた風向と風力を彼女の脳にダイレクトで響かせている。

 

 

……それと他にもこの戦いを見物している奴らがいるな。

 

茜色の空と同化しかけていたが、赤いトンボが2匹。

柵の上を対角線でグルグルとあからさまに監視目的で回り続けている。

柵の外にある木の枝には鳩が、草の隙間からはネズミが、遠くにはカメラや人影すらも視認出来た。

夕陽の光を裂くような鋭い刃に似た銀髪の少女は、こちらが気付いたことに気が付くと、下げていた眉を持ち上げ、団栗色の目を見開いて驚きの顔をしながら背の高い草の中に身を屈めた。

 

見られたくはないけど、敵は手を隠して勝てる中小規模のギャングの子分共とは違う。

それにイヅナは手の内を晒してでも、手に入れるべき価値のある強者だ。

 

 

「フィオナ、私に合わせて。タイムオーバーまで速攻を仕掛ける」

「タイムオーバー……いえ、情状の判断には証拠があるのですね、お任せください!」

 

 

フィオナは見えていなかったようだが、時間は掛けられなさそうである。

 

「…………」

 

少し前から槌野子の揺れが定期的に短時間、ピタリと動きを止めていたのだ。

正面のイヅナは堂々と不自然な挙動を表に出すことはないが、2人はお得意の思念とやらで会話をしているに違いない。

日本の戦士に連絡がついたのだ。

来るぞ、誰かが。

 

私の判断では、駆け付けられる前に倒すならイヅナだ。

フィオナと槌野子の直線上に立って射線を切っているし、退かすくらいなら先に全力で以てリタイアさせる。

 

扇覇を盗み、挙句改良により片手で使用可能になっているとなると、フィオナを守るにはそれこそ私が防風壁になるしかない。

援護を受けられない内にあの大妖怪を戦線離脱させておかなければ、私の身体が持たないんだ!

 

 

「覚悟を決めたのじゃな?」

「覚悟なんてとっくに決めてから来てるよっ!」

 

 

出し惜しみはナシだ。

槌野子の準備が整う前にイヅナを……

 

「フィオナ! 走れっ!」

 

 

ヒュバッ!

 

 

私が叫びフィオナが動いた。2丁構えた相手には開手方向も何もないが、イヅナの利き手である右手と逆方向である右側面へと走っている。

わずかに遅れたタイミングで軽いジャブの様なモーションを行ったイヅナは、前進を止めて大きく横に飛び、小さな衝撃波を避けた私を恨めしそうに睨んだ。

 

 

vier4発!」

 

 

ダダダダァーン!

 

 

次いでフィオナの狙撃銃が火を噴いて、計四発の5.56x45mm NATO弾が空振ったその右手の手甲銃を外側へ開かせる様に弾いた。

 

「あぐぁッ……! げに恐ろしき腕じゃのう、フィオナ!」

 

いくら力が強いと言っても人の身体では越えられない壁があると言っていたように、4発全てをに受けた右腕ごと、車に撥ねられた一般人のように宙を舞っている。

腕が千切れないその頑丈さは人並みを越えてるけどね。

 

末恐ろしい命中率だ。

距離が10mも離れていない範囲でのフィオナの射撃は正に神業。

 

 

以前、一菜と一緒に中庭で西部劇の真似事をして、空き缶を落とさないように撃ち続ける勝負をした事があった。

徐々に変形し破片を飛び散らせて、遂には真っ二つとなった空き缶を落とすまいと二人で1つずつパキュパキュ撃って落とした方が負けだーとかやってたのだ。

 

そこに現れた、おこなチームメイト。

彼女は……

 

 

「ゴミを散らかすんじゃありませんッ!!」

 

 

と一喝した後――

 

 

 

ダダダダダダダダァーーーン!!

 

 

 

私達が熱く燃えていた遊び道具を、言う事を聞かない子供の玩具を取り上げるように。

 

 

 

カキン! カン、カカンッ! カッ、カキン! カッ! カコーンッ!

 

 

 

1度きりの連射で2つを同時に弾いていき、最後の8発目で一直線に並べた玩具ゴミ自動販売機横のゴミ籠に弾き飛ばしたのだ。

 

 

――――Acht Schuss8発撃ち

 

 

アレを見てからは彼女に逆らう事を止めようと誓った。

フラヴィアとの戦闘では真似させて貰ったが、1mも離れていなかったから出来ただけ。

 

怒りの原因は熱中しすぎてミーティングの時間を過ぎた事と空き缶の破片が散らかった事らしく、中庭全体を掃除させられた。上級生の方まで。 

まあ、フィオナも手伝ってくれたし、その直前の神業を見ていた先輩たちも、むしろ距離を離して中庭から去って行ったから、絡まれることも無くすぐに終わったけどね。

 

 

「クロさん!」

「4発だけ槌野子への牽制を!すぐにイヅナも体勢を……ッ⁉」

 

 

イヅナへの追撃の為に再び急接近していたのだが……ギラつく真っ赤な双眸と視線が交差する。

その目は……笑った!

 

(止まれないっ!)

 

さっきのダッシュはフェイントで、全力に見せ掛ける軽い踏み込みだった。

しかし、今は本気で踏み込んでしまったのだ。

 

イヅナが笑い、その場所に!

 

 

「クロよ、忘れておったのじゃな? 我は殺生石そのもの。今は力は失っておるが、力の使い方は良く知っておるのじゃ。回転力も衝撃力も重力も、あらゆるエネルギーは我の遊山の兵糧となる」

「聞いてませんよ……そんな驚愕な事実」

 

 

口調が元に戻った。何周かして、冷静になったみたいだ。

おかげで頭の中で色々と繋がって来たよ。感謝はしないけどね。

 

 

 

扇覇を片手で使える理由、素手でも戦えそうなイヅナが銃弾を防ぐ為に手甲銃を使う理由、そして彼女の弱点も。

 

 

 

宙に留まったイヅナが重力を受けて自然落下を始める、その間際。

 

 

「ほれ、お返しじゃ。死ぬでないぞ? 我はクロが大好きなのじゃからな」

 

 

 

パパパパーン!

 

 

 

彼女の両手から銃声が上がり、左右から2発ずつ――なるほど、私とフィオナが4発ずつ撃ったからね――銃弾が防弾制服越しに腹部へ迫っている。

 

(死ぬなだって? 当たれば激痛だろうけどこんな銃弾モノ撃ち落として……)

 

咄嗟の判断で銃弾射ちを中断する。

その代わりに、不可視の銃弾を別の場所に放った。

 

 

 

パパパパァン!

 

 

 

同時に訪れる着弾の衝撃に意識が飛びかけた。

むせて吐き出した咳には赤い血が混じっている。

 

「おっと、気付かれてしもうたか。流石じゃのう」

 

その言葉を読唇で読み取る。

耳が遠い。

腹部に命中した銃弾は私の加速の分だけ威力を増して、ホントに体を貫通したんじゃないかと思うほどの痛みをもたらし、五感を著しく鈍らせたのだ。

 

苦悶の表情を浮かべ、それでも不可視の銃弾によりイヅナの攻撃、その初動を阻んだことに安堵する。

 

 

「……させませんよ、ゴホッ! ……殺生球陣キリングスフィア、その直前には必ず赤熱化された殺生石の光が掌から漏れますからね……」

「知覚速度、思考速度、反射速度。どれも人の物とは思えん、良いぞ良いぞ……! 我も昂る、クロとの闘争は最高のエネルギー源じゃ!」

 

 

集中力を削いだことで中断させられたが、もし発動されていたとすれば終わっていた。

止まれないまま範囲内に突っ込んで、瞬時に卒倒させられるところだったのだ。

 

対して、満足気に頬を染めたイヅナに向かっていたハズの私の銃撃は、事もあろうに彼女の背後から伸びた尻尾に防がれた。

それも私が撃つ場所を知っていたかのように配置されたモフモフの毛玉に包まれて。

 

 

最初の不意打ち、フィオナの射撃、私の攻撃、その全てが無力化された。

唯一、彼女に隙を作ることが出来たのはフィオナの攻撃のみ。

 

その攻撃だけには、彼女は反応できなかった。

 

それはきっと経験の差だろう。

一菜と私は良く撃ち合っていたが、一菜はフィオナの攻撃をほとんど受けた事が無い。

だから狙われる場所も、射撃タイミングや前後の癖も、防御するために必要な前情報から判断できていないのだ。

 

 

一菜にとって……イヅナにとっての脅威は私じゃなくてフィオナの方なんだ!

 

 

なら、彼女のこの後の行動は?

フィオナは槌野子への牽制よりも私への援護を優先し、次の攻撃準備を終えている。

 

そうするようにイヅナがわざと私を痛めつけたから。

 

狙撃手は警戒心が高い。

五感に優れ、張り詰めた空気がセンサーとなり、異物の侵入に敏感なんだとかなんとか。

 

それが最も低くなるのが射撃の直後。

銃声で聴覚を、マズルフラッシュで視覚を、薬莢の匂いで嗅覚を、射撃の衝撃で触覚を強く刺激されることが要因らしい。

その後は逆に警戒心が一気に上昇し、周囲をくまなく探るのだとか。

 

 

私がもし狙撃手を襲うなら、そこを狙う。

そして、撃たせるためには的が必要なのだ。

 

 

 

――そうだ、彼女イヅナは……囮だッ!

 

 

 

ダダダダダダダダァーーンッ!

 

 

 

フィオナが、私にトドメを刺そうとするイヅナに、撃った。

 

 

撃って、しまった……ッ!

 

 

「フィオナーーーッ!」

 

 

背後に迫る影。

閃く残光。

 

崩れ行く姿を見守る事しか出来ない。

遅かったのだ、何もかにもが。

 

初めから、ずっと。

私達は……

 

 

 

「切り捨て御免、でござる。某の電話を盗まれ、遅れ申した」

「誰かがあっし達の思念を妨害してたんだもん!遅刻も仕方ないんだもーん」

 

 

 

化かされていたのだ。

何者かに張り巡らされた大禍、その術中に。