黒金の戦姉妹36話 謀者の小塊
私は人間である。
そう語る以上、当然獣の様な耳は生えてないし、尻尾も無い、ついでに触覚も暗視ゴーグルの様な眼だって付いていないのです。
人並みの寿命で得た記憶を保存した頭部は丸く、尖った角は持ち合わせておりません。
手品は好きだけど超能力はごめんなさいと、ここまで語った口の端からキバをはみ出させる心配をする必要だってないのですよ。
赤い木の実を咥えて、青く澄んだ空を自由に飛び回る雀の小さな翼にすら憧れる、ちょっとした暗がりを怖がるような普通の中学生。
それなのに……
「まだじゃ~、クロ~……」
「クロさん、あれは……」
「……トロヤ・ドラキュリア」
私と手を繋ぐ少女はキツネのような金毛の尖り耳と稲穂の様な尻尾を生やしていて、すぐそばに立ち膝状態で構えた少女の頭には触覚のような灰白色のアホ毛。
もっと言うと、大妖怪さんは人並み以上の記憶を持ち、狙撃手様は怒ると鬼の様な角を幻視する程怖い。
述べ連ねると、イヅナの力は最早エスパーに近しいものと言えそうだし、フィオナとの約束を破ると説教の合間に牙まで見える気がする。
おまけについ先ほど、真っ赤に燃える炎の様な熱視線を向け、真っ青に凍り付きそうな殺気を放ち、完全な闇を思わせる大きな翼を背負った少女が舞い降りてきた。
なんだ、普通なのは私だけか。
そんな普通な私は、地面に寝転んでいる。
好きで寝てるわけじゃない、よりによってこんな草の生えていない所に。
一件落着して、時代劇ならもう後日談に移っている頃合いなのだが、今日は数話連続再放送の日だったみたいだよ。
今頃、続投のキャストは次の舞台に向けて大忙しだね。私も含めて。
トツトツトツと人間と変わりない歩法で接近する彼女は、悪魔と言うより小悪魔。
前に戦った時と同じ、全体の半分くらいの妖気を纏っている。
それでも、場を支配し誰もが動きを止めてしまうほど、その殺気は強烈だ。
軽く開かれた彼女の口の端から、被せ物ではない星銀製のキバがちらりと。
キバモロじゃないからセーフ。
だけどどうしてそんなに殺意全開で迫ってくるの?
怖いです。
『警戒しないで? お話があるのよ、クロ』
キンキンと響く超音波が頭に……おっ?
なんと、さっきまで感じていた頭痛が治まっていくではありませんか!
……代わりに超音波で頭が痛いんだけど。発信源も頭痛の種だしね。
なんで付きまとわられてるの、私。
「抵抗はよしなさい? 人工森林の秘め木から降りた片耳のお嬢さんも、破れかぶれになる必要はないわ」
私に話し掛けているのを誤魔化すためだろう、その真紅の唇からは
(あなたも秘密の話、大好きだね。私に気を遣っての事なんだろうけどさ。トロヤやヒルダみたいな吸血鬼と接点を持っているなんて知れたら、ローマでの生活は終わりを告げちゃうよ)
表向きの口調は感情が薄い人間離れしたもので、超然とした雰囲気をより強調し、反抗の意思を埋めて行く。
しかし、超音波で伝わってくる裏側の感情は……荒れてるぞ。
元々感情の制御が苦手な彼女はギリギリみたいで、今にも爆発してしまいそうだな。
あの夜みたいに。
ここは私も手を貸そう。
事を荒立てられたくない。
となると、最後の仕事は一菜に一任して、私は次の収録に向かわなくてはならない。
力の抜けたイヅナの手を離し、その温かな手の平に残された中身を御守りの元に戻して強く握らせる。
両脚が笑っていて立ち上がれそうもないから視線だけをトロヤに向けた。
一時的に跳ね橋をあげて、一菜エンジニアのメンテナンス業務だよ。
遠山相談所もゆっくり眠っていたかったけど、起きなきゃね。
閉店間際の駆け込み客がいるらしい。なんて迷惑な。
「フィオナ、私の後ろに。一菜を介抱して下さい」
「私、無茶をするなと――」
「おねがい、フィオナ。一菜の傍にいてあげて」
「……バール、後で。絶対ですからね」
「一杯位なら奢りますよ」
納得はしてなさそうだが、状況は理解しているのだろう。
そんな彼女は親の仇のように睨み付けたトロヤが意に返さない事で痺れを切らしたか、それとも格の違いを悟ったか。袖から何かを取り出す動作をキャンセルさせ、晒されていた触角のような髪を隠すようにベレー帽を被り直し、一菜の横に留まっている。
戦闘は避けたい。いや、戦闘にならない。
戦いの体裁も取れやしないと考えるも、それは彼女の発言で杞憂で終わりそうだ。
お話ってのは文化的なもので、血吹き肉裂ける肉体言語ではないらしい。
『一緒に来てちょうだい、私達の仲間――』
私……達の、仲間?
以前に話していた同志じゃなくて、仲間。
その言葉は、十中八九あれを示す。
そういえば、怪盗団の記憶を取り戻してからトロヤに会うのは初めてだな。
話の切り出しからそのワードを使うって事は、ヒルダから色々聞いているのかもしれない。
理解したと返事も出来ないから、ちょっとだけ長く瞬きをしておく。
これで通じるだろう、たぶん。
おい、意思疎通が出来ただけで喜ぶな。
お前がそれ以上破顔したら超音波を使った辺りから全部台無しなんだからな。
こら、翼もパタつかせるな、感情表現豊かな子供か。
『
超音波が止み、歩みも止めた。
……まあ、予想通りだ。
ルーマニアがバチカンに仕掛けたと、カナが話していたのも記憶に新しい。
あと、ヒルダも理子も年上なので私
ヒルダにローマの地下墓地へ拉致されたのが29日前で、そこから箱庭が始まる20日間、彼女はずっと大人しくしていた。
相談役こと遠山クロが仲介役を務めて、とある義姉妹が一応和解……和解? したのが理由だろう。
理子が恨んでいる感じではなかったので、和解というより仲直りとリハビリテーションみたいな様相だったけど、確かに関係修復は時間が掛かりそうだね。
どっちもプライドが高いのを無理して気遣い合ってる感じで笑顔がガチガチ、空気がドロドロの血液みたいに固まっててお見合いより酷い会話だったなあ。
で、箱庭が始まって早々に眠りへ就いた私を余所に、2人に何かがあったのだ。
目覚めた後も一菜との決闘の事もあったし、何よりカナによって告げられた衝撃的な真実から逃げるように会話の一部を切り離してぼやかしてしまっていた。
ヒルダは、気紛れで暴れてもおかしくはないから、何故暴れたかなんて考えてもいなかった。
それでも理子が心配で独りにさせたがらない過保護っぷりだし、宿金の確かな情報がないままに彼女の方から打って出るとは思えない。
もう、考えるだけ無駄だろう。
理子に何かがあった。
それがバチカンに仕掛けた理由で、トロヤがここにいる理由だ。
「戦闘の意思はないんですね? あれだけのモノを準備しておいて」
「あらまあ、怖いのかしら? ごめんなさい、でもそう、そうなのよ。あなたは素直じゃないから交渉の余地を貰えないかもしれないじゃない?」
トロヤも心穏やかではないが計画的に動く癖がついている。
空に浮かんでいるのは、雷雲か。
天気予報は一日中晴れだったぞ、用意周到な奴め。
いつから私の行動を把握してたんだよ。
何気に前回のゲームで私が交渉権を使い潰したことへの意趣返しみたいな発言もして来た。
断れば脅しで済ませるとは限らない。
彼女の怖い所だ。
素直過ぎるが故に冗談か本気かの判別がつき辛くて困る。
だが、これで断れないし、断る理由もない。
その設定が私と……周囲にも定着して来た。
相手が相手なら罠の可能性も考慮して翌日に回すように交渉していただろう。
今回はその必要もない。
なんたって、トロヤは嘘を吐かないしね。
「一緒に遊びましょう? あなた達とのゲームに負けてから、力の行使が面白いように上手くいくの」
「泣きたくなる話ですね。またかくれおにですか? いえ、前回のはどう見ても鬼ごっこでしたが」
ボロ雑巾のように伏したこの姿を見て鬼ごっこしようとか、その発想そのものが鬼なんですけど。
「好きだったでしょう。鬼ごっこ」
「だったでしょう、と言われましても……」
(好きじゃないよ鬼ごっこ。あんたらと一緒に隕石盗もうとして追いかけられてただけだよ)
関連事項だから否が応にも、金星として活動していた頃の事を思い出してしまった。
その最後で最大の
しかし、回想ターンはドルルルルッ……という重たいエンジン音で中断させられた。
大型バイクが近付いてくる。
どこかで聞いたことがあると思ったらこれって、映画『ターミネーター』で未来から来た人型殺人ロボが乗ってたバイクの音に似てる?
スイッチが入った所で知識量は増えないから車種は知らないけども。
ガイアなら分かったかもしれないな。
ドルドルドルドル……
そして、目の前で乱暴なターン、からの排気ガス噴射。
ちょ……やめ、やめて、制服が汚れちゃう! 煤けちゃう!
誰だお前。
顔はスカーフで全面的に隠しちゃってるし、服装も黒い革ジャン&革パンだし、サングラスはしてないけどますますターミネーターっぽい。
違いは殺人機械には必要ないほど豪華に飾り付けられた装飾品の数々か。
「早う乗れ、道すがらバチカンの使い魔共とすれ違った。じきに武偵高からもバチカンの修道女が送り込まれてくるぢゃろう」
あ、この声と話し方、なーんだパトラか。
意外だね、そんなのに乗るんだ。
てっきり時代錯誤な籠に乗って移動するもんかと思ってたけど、身長もあって片足立ちの体勢も様になってるよ。
んん? もう一台来た?
あっちはずいぶん静音なエンジンで、安全運転だ。
パトラは服装が男性らしくても前髪が伸びてたから女性かなと思ったけど、向こうはフルフェイスのヘルメットで顔を隠していて分からない。
中世の騎兵が使っていた
「覚えておきなさい、クロ? 次から決闘をする時は立会人を用意する事ね。疲弊したあなた達が他国に襲われてしまえば、キバも翼も出ないでしょう?」
そんなの最初から出ないよ。
「たった今、確かに襲われましたね」
「あらまあ、酷いわ。でも、そうね、そういう事」
――ヒョイッ。
「へっ?」
「あなたは賞品よ、クロ」
トロヤさん、力あるんですね。
身長差もあるのに、私の事を結構軽々と持ち上げられるんだー。
――ところで、賞品ってなんです?
「ここは頼んだわよ? 特にミウライチナは絶対に必要になるわ」
「すぐに出すぞ、妾の使い魔が交戦状態に入ったようぢゃ。どうせ他の魔女を目の敵にしておる眠土の魔女か祝光の魔女のいずれかであろう」
「それなら眠土の方ね、祝光は市街に行っているわ。あの女嫌いだもの、近くに寄れば太陽光のように眩しくて苦しくなるからすぐに分かるのよ」
「トロヤ、お前も加勢せい。妾とマルティーナの魔法は相性が悪い」
トロヤに話し掛けられたフルフェイスの人間がコクリと無言で頷き、バイクを降りて槍の石突きを地面に付き立てて仁王立ちすると、フリーハンドな右手は握った状態で右胸に当てられた。
誓いを立てるような動作だが、隙が無い。
槍を軸にして如何様にも初動を取れ、体の中心に据えられた右手で咄嗟の防御も可能な実戦的な構えだと言える。
銃弾には無防備だけど。
その様子を見ながらバイクに乗せられた私にパトラが体を固定しろと促すが……
もうちょっと前に行けません?
後ろ狭いです。
「山洞で待ってるわ」
「お前とは異なるお前がの」
トロヤが霧となって夜闇に消え、パトラと私を乗せたバイクが大排気量の機関を駆動させて走り出した。
ターンした先頭を戻し、やって来た方角から真っ直ぐ前に。
なんでターンさせたし。排気被り損なんですけど。
「あの、柵が……」
「壊せばよかろう」
ビシュッ!
前方に差し出したパトラの右手から金色の弾丸が飛んで、柵の固定部分を破壊する。
続けて2発、3発。
然程強く固定されていなかった柵はふらふらと揺れ、一枚を打ち破って囲いを脱出する。
バイクは北西、ローマ市街と武偵学校の反対方向へ走り出した。
このワンシーンもターミネーター2っぽい。
いやー、まさか実体験できるとはね。
弁償3倍は辛いなぁ……
「クロよ! トロヤからどこまで聞いておる?」
「どこまでも何も、理子の身に何かあったんですか?」
「そうか、何も知らぬのぢゃな。ならば妾からは何も言わぬ。話は変わるがお前はブラドについても聞いておらぬのぢゃろう」
「ブラド……?」
「妾やお前の敵ぢゃ。詳しい事はヒルダに直接聞くが良い。あやつ以上にあの男を知る者はおらんからの」
私が誘拐される一連のキーパーソンはヒルダが良く知る人物……か。
うん、会いたくない。
いや、でも一周回って普通の人かも?
理子とどう係わって来る人なのか、なんにせよ話を聞かなきゃ始まらないね。
パトラの反応が苦々しい時点で普通の人説はほぼ否定されているが、希望は捨てない。
いい人過ぎて鬱陶しいと思ってる可能性もある。
そうだ、希望は――
――――ない。
ここまでの道中、狼に襲われた。
あれがブラドとやらの部下らしい。
全く話を聞く気がなかった……まあ、狼なんだけど。
なんで襲ってくるの?
バイクの部品に変形させていたらしい砂鉄の砲弾で弾き飛ばしたパトラ曰く。
「妾からヒルダの匂いを嗅ぎ分けたんぢゃろ。対象が何であれ、主人の下に引き摺って行くように調教されておる」
「ろくでもない芸を仕込む人なんですね。ヒルダは吸血鬼で珍しいから、サーカスにでも勧誘されてるんですか?」
「見てくれは調教師側ぢゃがの」
「えへへ、それ言えてますね、パトラさん」
バイクを車通りの全くない車道に停め、軽くハイキング。
ついつい口も軽くなってしまったが、眠気が凄まじくて膝も笑ってるし、早く休みたい。
洞窟の入り口は垂れ下がった枝や茂みによって隠され、枝葉や草の中にはコガネムシの形をした宝石が所々に紛れていた。
狼に臭いでバレるんじゃないの? と尋ねたら、その宝石――スカラベのお守りが結界みたいになってこの周辺に張り巡らされてるんだとか。
他国の使い魔も中の私達が薄ぼやけて見えなくなるらしい。
まるで箱庭で感じた薄い膜みたいだ。
いやはや、高性能な魔術ですのう。
山洞を進んでいくと最初の小部屋に到着。
明らかに目を欺く目的で自然の洞窟ありのままの形をした行き止まりには、岩に隠された錆色の鉄輪が鎖と繋がって壁から伸びている。
「引け」
「え」
「お前のお仲間の身柄を守る為に妾の魔力が使い魔の使役に出払っておるのぢゃ。扉を開く役割はお前しかおらんぢゃろ」
「……はい」
そういうことなら、文句はない。
あれだけ多くの目があっては、決闘が終わった後に漁夫の利を狙われてもおかしくなかった。私が不注意だったのは弁解の余地も無いのだから、従おうっと。
パトラさんも高圧的でちょっと怖いし。
しかし力が出ない。
全体重を掛けて「んーしょっ!」と倒れ込んでも、たりなーいっ。
「開きません」
「……しょうがないのう」
一緒に引いてくれた。ありがとう。
人遣いは荒いけど、困った人には優しいんだ。
錆を触りたくないからか私の手を握ってるところは減点対象だけどね。
グイィ……
鎖が引かれる感覚があり、今度はいきなりパトラが手を離した。
もちろん掴んだままの私は戻ろうとする鎖によって壁に向かって引かれ、すんでの所で手をつく。
(あ、あっぶな! 引っ張られた反動でゴッチィン行くよ!?)
「ちょっと、一声かけてから――」
「戻ったぞケケット、ハトホル」
抗議の訴えなどどこ吹く風。
傲岸不遜のターミネーターは壁に話し掛け始めた。
プログラムがバグったのかね? 未来に帰ったらどうだい?
何してるんだか、彼女の奇行を内心白けた顔で見つめていると……
「お帰りなさい、パトラ」
「お帰りなさいませなのじゃー! パトラ様ー!」
壁から返事が!?
*いしのなかにいる*
ロストした過去の英雄の霊魂か!?
マロールッ! マロールッ!
「うむ。ハトホルよ、結界は上手く機能しておるようぢゃの」
「当然ですじゃ! わしはパトラ様の母君から直接ご指導賜った身、これぐらい朝飯前なのじゃ!」
マロー……――
ハト……ホル?
それって箱庭参加者の……ああ!
パトラと同じエジプトの代表戦士の名前じゃないか!
寒い暗いと弱音を吐いてるイメージしかないけど、元気ハツラツな感じだね。
「クロを連れて来た。とりあえずは開けてたもれ」
「クロって……"ラブリコ"のリーダーさん?」
「只今開けますじゃー!」
あまりに普通に会話するもので、つい音の反響を気にしてしまうがそれも気にする必要がないって事だろう。
結界ってのは便利で、相当に自信を持っているらしい。
……"ラブリコ"ってなんぞ?
扉とは名ばかり、ただ大きくて扉くらいの厚さの岩が胸の辺りまで持ち上がっただけで、その隙間を落ちて来ないかビクビクしながら通過する。
その先では、あ、ジャッカル人間のゴレムさんが私がさっき引いていたのと同じ鎖を1人で引いているよ。すっごいぱわーだ。
奥から明かりが漏れてるし、会話していた人物達はそこにいるのだと思う。
現にパトラは革ジャンを脱ぎかけながら何も言わないでそっち行ってしまう。
労いの言葉くらい掛けてあげればいいのにさ。
「お疲れ様です、ゴレムさん」
「……ウォン?」
「あれ、ゴレミさんでしたか?」
「…………」
「トロヤさんが戻ってきたらよろしくお願いしますね!」
「ウォウォンっ」
なんとなく、心が通じた気がした。
気がした……
……ことにしよう。
トロヤの名前に反応しただけかもしれないけど。
明かりの下に遅れて入室。
岩扉をくぐってから私の食欲を刺激していた香ばしい良い匂いが広がる岩壁の室内には、燭台の置かれたクロス敷きの長テーブルが設えられていた。
まばらな間隔を空けて、取り皿とナイフ、フォーク、スプーンがセットになって準備されている。箸は置いていない。
(――椅子の数と同じ10セット。偶然じゃなく意図的に揃えてるのか……)
上座のお誕生日席で脚を組むパトラは、既にいつもの半すっぽんぽん状態で寛いでるよ。
重そうな装飾品も外せばいいのにね、最悪あれが武装にもなるみたいだけど。
「ヒルダはどうしておる?」
「まだ暴れ足りないみたい。トロヤさんが押さえてるよ」
彼女と同じテーブル――うちの食卓テーブルよりずっと立派なのには、えも言われぬ感想を抱きそうになった――には、他にも2人の少女が腰掛けている。
1人は箱庭でも見た、袖の無い巫女服と金色の扇を持った人物、ハトホルだ。
震えてないし、笑顔。印象がガラッと変わるね。
パトラを様付けで呼ぶあたり上下関係が存在するのかも。
(エジプトの組織形態は不明だけど、もう1人は呼び捨てだった)
白いケープを黄褐色のチュニックの上に羽織った少女はパトラと同格なのか、それとも友人か何か?
褐色肌のおさげ髪でこちらを意味有り気に見つめる姿には強者のオーラがなく、雰囲気だけは一般人と変わらない。
それを言えばチュラだって雰囲気は一般の小学生と大差なかったっけ。
あの子の場合はあえて紛れ込んでる疑惑があるけどね。
「困ったもんぢゃの」
「冷静さが足りんのじゃー」
「お前が言うでない」「ハトちゃんがそれを言うの?」
おっと、総ツッコミ入りましたー。
さあ、一体どんな反論を返すのかー?
「やれやれ、焦ると失敗するのじゃー」
あぁーっと、強い! 凄いメンタルだぁーっ!
総ツッコミをまさかのノータッチ! こいつは大物だぞー!
「まあ、妾は冷酷で合理主義者なお前よりも、少々茶目っ気のあるお前の方が気が楽ぢゃがの」
「わたしも!ホルちゃんもカッコイイけどね」
仲が良さそうで何より、ところで……
「ヒルダはどこですか?噂ではローマで大暴れしていたそうですが」
私がここに召集され、応じた理由。
本題の彼女がいない。
トロヤが押さえているとは一体……?
その問いかけに立ち上がり、進み出たのは初顔合わせの褐色少女。
紫色の小さなリボンを揺らして、さり気無く奥に続きそうな出口の前に陣取った。
進ませたくないらしいな。
「初めまして、リーダーさん。焦る気持ちは分かりますが、今は我慢を」
リーダーってなんですか。
勝手に変な団体のリーダーに祭り上げられても困るんで――
「クロさんって、あの"
――あ、私言い出しっぺだったわ。
LRD計画とは別名"ラブリー理子りんダイスキー計画"。
理子の宿金を分離させたい私とヒルダ、思金を手に入れたいパトラ。
思惑の異なる私達が箱庭の同盟とは別に、目標を明確にしつつ志を共にしようと考えたのだ。
しかし、ヒルダに「理子りんダイスキ」と言わせたいだけの作戦名は甚く不評だったね。
だって会議の場が殺伐としてたんだもの。ちょっとしたお茶目心だよ。
そうか、
「はい、そうですが……あなたは?」
「ニィッ! "わたしは新人のケケット、名前です"」
「"わぁ、日本語お上手ですね。私は遠山クロ、よろしくお願いします"」
「"はいっ! 良きにはからえ"」
花の妖精みたいなすっごい良い笑顔だけど、なんか違う!
せめてよろしくお願いしますを真似して!
すぐさま、高慢ちきな誤用を広めた犯人の方を向いたが、テーブルに肘を付く怠惰な格好のまま意に介さない。
ここでは私の方がアウェイだ。
まあ、スイッチが切れた私なんて瞬殺されるだろう。
クタクタの身体では木の椅子がふかふかのソファみたいに恋しいのだ。
自己紹介が終わっても動かないケケットも決まりが悪そうだし、休める暇があるなら休むべきかな。
相手が時間を設けてくれてるんだ、ケケットの言う通り焦ったって仕方ない。
「"どこに座っても良いのでしょうか?"」
「"椅子にどうぞ"」
違う、そうじゃない。
席の話であって、床に座るとかそういう話じゃないよ。
椅子は全部で10脚用意されている。
3人が奥に固まり、空席は残りの7箇所。
様子を見たいし、手前に座って少し距離を取ろうか……
「こっちに座るのじゃー! いま、茹でたてのひよこ豆と揚げたてのコロッ……あああーーーッ!? 火を点けっぱなしなのじゃーッ!」
人を強引に自分の隣に座らせたかと思ったら、走り去っていった。
焦ってたな、失敗しないといいけど。
「大丈夫かなぁ……」
同じ心配をしたのだろう、ケケットがハトホルの駆けて行ったキッチンのあるらしき方へ向かう。
それを横目で見送ったパトラが身を乗り出して顔を近づけて来た。
改めて、この人もホント綺麗顔。
体から汗に混じってフワッと香る甘いローズのフレグランスはあらゆる男を虜にするだろうな。
クンクン……
私が排気臭いのはあなたのせいだからね?
「クロよ、この一週間、何処へ消えておった? お前を見つけ出そうと何度も占星術を行ったのぢゃがな。その存在のヒントをこの地球上に糸の一本すらも見掛けられなかったのぢゃ」
「どこに、と言われましても」
普通に寝込んでただけだし、ずっと家にいただけだし。
私としてはその占星術の精度に疑問を持つわけですよ。
言ったら怒るから言わないだけで。
「お前も超能力者ならそういった類の術を持っていてもおかしくはないと、その可能性も握っておったが……どうも違うようぢゃの」
ご自慢の占星術が不調な事が気に入らないパトラは暴論とも言える仮説を立てていたようだ。
超能力者?
アイムナットですよ。
ノーノ―ステルシー、イエスアイアム。センキュー。
「私は超能力者ではありません。あれは理子の技ですよ」
「それではなんぢゃ、お前はその能力を真似したとでも言いふらすつもりか? それこそお前は魔女からも異端視されてしまうぞ。少しは腹の内を隠す事を覚えろ。お前の仲間の為に……」
グサッと来る言葉を、真剣な眼差しで直接斬り込んできた。
その通りだよ、私は人間だ。
だけど、私は……普通なんかじゃない。
トロヤが私の事を異常点と語った。
任務で敵対した人間が私の事を化け物と呼んだ。
カナが――正義の味方が私の事を討つべき敵と言った。
それに……
「あなたが言ったんですよ。『初めからそんな人間はいない』って」
「…………」
彼女は何を言われたか分からないだろう。
だって、私が黙秘した占いの内容を、結果しか知らないハズなんだから。
「私は悩んだんです、私ってなんだろうって。私は誰で、皆は本当に私を見てるのかって……」
彼女は言葉の意味を知り得ないだろう。
だって、私の能力の事なんて一部の人間しか知らないんだから。
「あなたが私の占いを忘れるように、皆、私の存在を忘れて――」
数百、数千、数万と行ってきた数ある占いの中で、私の占いの結果なんて覚えてるわけが……
「何をとぼけたことを抜かしておるんぢゃ?」
ほら、ね?
覚えてない。
私が、あんなに、苦しみを、覚えた、のに……
でもこれは、八つ当たり。
彼女には、関係ないんだ。
だから心を、隠して……
「……いえ、なんでも――ッ!?」
ガタッ! ――ゴッ!
椅子から、固い岩肌の床に胸ぐらを掴んで叩き落された。
スイッチもOFFで顔を下げていた私は反応する隙も無く。為すがままに自然の冷たさを味わう。
気力も、覇気も失った悲愴な気持ちを吐き出した口が潰されて。
顎に掛けられた華奢な手が、私の頭を首が伸びるほど持ち上げる。
痛かった。
けれど、掴み返しに行く手は、パトラの手首を掴んだ所で勢いを失う。
彼女の艶やかな顔は怒りに歪み。高貴な切れ長の目は熱く潤み。
差し込む影が心の傷跡を映し出しているようだったから。
ここまで荒々しい様を知らなかった。ただ事ではない。
そうだった。私は『彼女は私を知らない』なんて自分勝手なことを考えておきながら、『私は彼女を知らない』事を考えなかった。
オモイは誰にだってあるんだ。
「甘えるなッ! お前は思主の事を知らずに、よくも好き放題言いおったのう!」
いつだって言いたい放題の気侭な彼女が、この瞬間は私だけに心を突き合わせている。
それは――私の中に自分と同じ苦しみを見出したからかもしれない。
それが――私のひん曲がった言動と彼女の心の根幹が衝突してしまったんだ。
痛みを伴って。
私の世界に砂嵐が吹きすさび、その中心では砂塵に守られるように薔薇の花畑が咲き始める。
「知っておるのか!? 思主は存在を消される。勝っても、負けても。生き残っても、名誉の死を遂げようとも。何も残らぬ! 妾の友も突然消えた、代わりに現れたのがあやつ――ハトホルぢゃ」
「――えっ……?」
砂嵐は激しさを増す。
オアシスに咲く薔薇を隠すように、私を拒んだ数多の砂粒が舞い上がる。
「妾は思い出せぬ! 友の名も姿も。元より思主として生み出された者共は知らぬがな。思主となった者は、思金を持った存在と入れ替わる様にこの世界から何処かに消えるのぢゃ」
彼女にとって大切な、探し出したい人物がいたのだとしたら。
彼女が占星術の精度にこだわる理由は……
「しかしな、ハトホルと初めて出会った時、懐かしさを感じた。この意味が分かるか?」
「入れ替わって……ない?」
「ただ……消えただけなのぢゃ。思金はヒトのオモイの結晶、それを受け入れる為の殻金で創られた器。色金に神が宿っておる様に、思金も1000年以上の歳月を掛けて
力無く、彼女は腕を落とした。
でも、私の顔はパトラの心に縫い付けられたように、彼女の崩れ出しそうな表情を捉え続けている。
彼女の……彼女達の行動理由はどうやら想像していたより遥かに根深い。
その一部分が掴めてきた。
「生きておる……生きておるかもしれんのぢゃ。オモイの器に、人々の理性が」
「パトラ、さん……」
狂人の虚言と嘲笑われたこともあっただろう。
知り得ぬことを知る力を持ってしまった故に、彼女は……
「……だから、あなたやリンマさんは……」
人の存在が、入れ替わる様に……
それを、私も抱懐させられた事例があったばかりだ。
ちょっとずつ、ほんの少しずつ変わっていっただけでも乱された。
大切な仲間だから。
「目を付けたんですね? 一菜に」
「日本の大妖怪、あやつを誘き寄せたのは恐らくシャーロックという男ぢゃ。それを横から掻っ攫ってやろうと思ったんぢゃが、毎度毎度、何者かの妨害を受けておっての」
しゃーろっく……?
有名な名だが私が授業で習った本人はとっくに亡くなっているのだし、同名の別人だろう。
その人物の目的が何なのかは別として、否定されなかった。
パトラは殺生石とその魂であるイヅナを未だに狙っている。
私の存在は彼女への繋がりにもなるのだ。
理子を救う私やヒルダへの助力はそんな打算も考慮しての事かもしれない。
「一菜さんはあげませんよ。彼女は我がクロ同盟の傘下に加わりましたから」
「ヒルダと同じような事を言うでない。ちぃとばかり力を借りるまでよ」
とある理由で私だってあの石の力には一目置いている。
決闘後に一菜から殺生石の詳しい話を聞こうとは思っていた。
てっきり記憶を封じているものかと思い込んでいただけで、それも絆や思いを
その方法が、思金にも適用可能なら……!
「作戦変更ぢゃ。まずは世界を獲り、ゆくゆくはその法術を得るとしよう」
まずは、の規模がでか過ぎる気もしないでもないけど、私からも一菜にアプローチを掛けてみよう。
その方法が、宿金の別離――理子を救う手段として活用出来る可能性もあるんだからね。
「世界を、獲る……とは具体的に? ギネスブックに名を残すんですか?」
「お前は一々発想が安っぽいのう。全ての思金を支配し、全ての色金を制圧する。その為には、世界を征する必要があるのぢゃ。思金の犠牲となった者達を救う為に、妾は人類を服従させる。妾は……
彼女なりの宣言、それを言い終わっても。
年上のプライドだろうか、彼女は気丈に、柔らかではなく決意を露わにした強気な笑顔で私を抱き締めてくれた。
姉さんとは違う、ちょっと強くて、引っ張りこむような、彼女らしい強引な抱擁。
続く最後の一言は人心地を与え、憂いを鎮める彼女らしからぬ優しい声――でも、少し鼻声で。
「お前が消えたら。その時こそ、妾が探し出してやるわ。安心せい、その頃には占星術の精度はウナギ登りぢゃよ」
「…………はい……。ありがとうございます……」
薔薇のオアシスはココロの雨を嫌ったか、砂嵐と共に去って行った。
立ち上る砂煙に混じった真っ赤な花びらが、私の道の先をゆく。
こりゃまた遠い所まで行ったもんだね、カナとどっちが先に再会できるものやら。
彼女の根幹――砂礫を舞い上げた竜巻は明後日の方向に行っちゃうし、私の世界も騒がしくなってきたな。