まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹おまけ6発目 黄獅子と白き牙の宣言

どうも!


魚が食べたい、かかぽまめです。

おまけの続きのおまけですよー!
 
 

 

おまけ6発目 黄獅子と白き牙の宣言

お昼の休憩時間。

私はパトリツィアお姉さまと探偵科、鑑識科の生徒の方々と一緒に、探偵科棟のカフェテリアでエスプレッソを頂いていた。

 

ここはいつ来ても良い雰囲気で、気分が落ち着いていく。

お姉さまを狙う影を内緒で追っている間も、ここを作戦拠点とさせて貰っていた。

 

……狙撃手。

未だにその人物についての情報だけが、何も集まらない。

徹底的にその足跡を、如何なる観点からも探し出せないよう、巧妙に消していったのだ。

 

だが、逃がすつもりはない。必ず見つけ出して、お姉さまの前に差し出してみせる。

 

きっとお姉さまは許すだろう。実力のみを追い続けたお姉さまは初めから恨んでなどいなかったから。

自身の怪我を恨むどころか恥ずかしがっているのは、壊れた心の後遺症なのか。

 

 

「アリーシャ、あなたの番だよ」

「あら、申し訳ありません!では、報告いたしますわ」

 

 

お姉さまに促されて、鑑識科の同級生と共に、担当していた仕事の報告を行う。

先日の事件に関する写真を元に、現場に残された弾痕、抉られた壁、の鑑識結果を伝えた。

 

 

(……言うまでもなく、これはあの方ですわ)

 

 

ここまであからさまに足跡を残されると、逆に罠なんじゃないかと疑いたくなる。

どうして第三装備科の中で戦闘が行われたのかは不明だが、彼女の事だ。今更何に疑問を思えばいいというのか?

 

 

「……また、クロさん絡みか」

「はい、またですわ」

 

 

彼女はわざと問題を起こしているのかな?と、お姉さまが呆れて呟き、探偵科の先輩がまあまあと肩を叩く。強襲科に所属していた頃のお姉さまより頻度が高いのは、フォローのしようがないだろう。

教務科から直々に私達へ話が回ってきた時点で、ある程度の予想はついていた。

これをどうにかしろ、って事だ。

 

 

「目撃者は数名だったんだけどね」

「銃声も訓練の一環って事になったけど……なぁ?」

 

 

探偵科側での根回しは既に終了し、残すは現場の証拠隠滅。

これまた綺麗に足型を残してくれたものだから、床は張替え。壁は小さな傷だし、パテでも詰めてコーキング剤で固め、塗装しておこう。

無かったことにする、今回は簡単で助かった。

 

以前、休日に窓が割られた時には、強襲科棟でランがあったことにして、アリバイの人数調整までやらされた。

始末書も人数分書いたし、弾頭をバラまいて証拠写真を撮った後に回収する不毛な行為も辛かった。

 

 

「パオラ様に協力を仰ぎ、あの部屋は早急に空白と致しますわ」

「頼むよ。私は彼女の時間に空白を作らないといけないからね」

「終わりましたら、猫の手もお借りしたいところですわ」

「いいよ、すぐに犯人を差し出そう」

 

 

笑顔で立ち上がるお姉さまの左手がぷるぷる震えている。ちょっとだけ、怒っているサインだ。

 

事情聴取とアリバイ作り。

クロ様には申し訳ありませんが、本日は帰しませんわよ?

 

 

「ここでクロさんの話をすると、決闘を思い出すよ」

「あんな伝説、目撃した幸運な誰もが忘れられませんわ。……尤も伝承の恐れはありませんが」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

私は今、人生のピンチに立たされている。いや、座らされている。

 

カッコ良く啖呵を切って、少女の味方をしてあげようと思っただけなのだ。

その為には、彼女の相棒が私でも務められると証明しなければならない。

 

ここまでは間違っていなかった、そのはずだ。

 

 

テーブルには私が宣言した通り、5人の人間が着席し、すっかり冷えた緑茶と湯気を上げているエスプレッソを囲んで、笑顔の咲かない荒れ地の様相だ。

 

「お集まりいただき感謝いたします……」

 

まず、一連の原因となった私。

 

「いたしまーす」

 

左には、今回の主役のチュラ。

 

「……」

 

その隣には先生が座っている。

 

ここまでは間違っていなかった、たぶん。

 

 

「58、59、60点…あれ?1、2、3……」

 

私の右に座るのは、ターコイズブルーの髪、珍しいエメラルドの瞳の少女。

やる気があまり感じられない無気力な表情で、フランス語でエスプレッソの泡を数えているが60で止まる。また1から数え直していくのだが、果たして60まで到達した回数を覚えているのかな?

 

(よくもまぁ、そんなに余裕でいられるね。あなたも関係者でしょ?)

 

このキラキラと輝く宝石の様な少女は武偵ではなさそうだが、纏う気配はカタギではない。

お人形さんみたいな可愛らしさが、余計にホラー映画を彷彿とさせる。

 

先生にはチュラの保護者を召喚してもらったんだけど、瞳・髪・肌、何一つ共通点がない。

どう考えても文字通り保護した人です、本当にありがとうございました。

 

 

……はあ、見たくはないが、その少女の隣を見なくてはいけない。

何でここにいるのさ、今日はって言ってたじゃん。

 

「……こうなることは、予想してなかったよ。クロさん」

 

 

 

 

 

 

パトリツィア・フォンターナ

 

  

 ローマ武偵中2年、専攻は強襲科から探偵科に転科している。強襲科ではAランク、現在の探偵科はBランクで、穴埋め屋さんとしての依頼を多く受けている。

 

 家は有力企業のフォンターナ・トランスポートで、三姉妹の長女。最も有力な跡継ぎの立場であり、才能と実績も併せ持っていたが、現在は跡取り候補から一歩引いている。

 

 タンポポのような明るい黄色デンテ・ディ・レオーネの髪が伸び、ブルーの瞳に少しだけ掛かっていて、透き通るような白い美脚は、端にお洒落なフリルが入った、純白のニーソックスでほとんど隠されている。

私よりも身長は低いが、同学年の中では少しふくよかな胸を持ち、優しさを見せながらも強気な口調と、キリっと引き締まった表情は、溢れる自信を表す。

 

 眉目秀麗、才色兼備。彼女の周りには多種多様な人間が集まり、大きなコミュニティを形成していて、諜報学部、探偵学部、通信学部、衛生学部とどこにでもパイプを持っている。

それがとあるグループとすこぶる仲が悪いのだが、パトリツィアというストッパーが存在する為、小競り合い程度に納まっているのだとか。

私もそのコミュニティに入っているだろうな。近々、通信科とロジロジの同級生を紹介してもらう予定だった。

 

 使用武装は全体的に角が立ったベレッタM92FSVertecと両刃のカランビットナイフ。

片手で射撃と近接が出来るという、実に元強襲科らしい理由から、指通しの付いたこのナイフをセレクト。

銃のアンダーマウントレールにはガス式のスライド助走機構が増設され、小さい銃剣が飛び出したり、投擲を行ったりと、探偵科に必要無さそうな機能が詰まっている。

 

 第七装備科のお得意様と聞いたことがある。武器の改造はそこに頼んでいるのだろう。

変装して入室し、退室時には不審物を抱えて帰る。そんな噂もあったが、その情報自体が瞬く間に消されてしまうので、真偽の程は分からない。

 

 

 

 

 

 

(私だって思わなかったよ。チュラの相棒がパトリツィアだったなんてさ!)

 

 

「奇遇ですね。私も予想していませんでした」

 

 

だが、話の流れは予想できる。

この子の存在は、相当に重要なものなのだ。

パトリツィアが出て来た時点で、裏側に深く係わる内容だと理解できたし、右の人は武偵ですらないし。

 

それを野放しにするのはリスクがあり過ぎる。

だから実力者の庇護を必要としていた、と。

 

いくら本人が望もうが、力不足な相手にチュラは預けられないのだ。

 

 

「クロさん、あなたの実力を私は知らないよ?一生懸命に隠している事を、探りたくは無かったから。……でも」

 

 

教室で話す彼女とは違う。

刺さるような凄み、元Aランク強襲科のプレッシャーを感じさせられる。

 

僅かな期待は崩れ去り、彼女はが敵方であることは明白だった。

任務を中断してまでここに現れたのだ、事の重大さを計り損ねてしまったのかもしれない。

 

 

「トオヤマクロ、お前が忘れるというなら、今日は優雅なお茶会で済むんだぞ?」

 

 

先生は私やパトリツィアの事を歯牙にも掛けていない。

元より争うつもりもないのだろうし、面倒事は避けたい考えのようだ。

 

 

「トオヤマ……?遠山?んー?とーやま?」

 

 

右の少女はそもそも会話に参加していない。

頭の中いっぱいにハテナを詰め込んでいるが、もはや泡の数を数える作業に戻るのは絶望的だろう。

数字を数える声も鬱陶しかったので、大人しく座っていて欲しいなぁ。

 

 

「お互い、人目のない場所が良いですね」

 

 

……やるしかないわけだ。パトリツィアとの決闘を。

 

 

「クロさん、やめないかな?で、あなたとは戦いたくないんだ」

「棄権するのはあなたですよ?パトリツィア。逃げも隠れもしません」

「……そうか、トリガーがあるタイプ。私も手は抜けそうにないね」

 

 

立ち上がる彼女の左手が震えている。

怒っている……?あんなパトリツィアを初めて見た。

 

 

「殺すなよ?」

「縁起でもないことを言わないで下さい」

「この学校に来て1年、校内で事故は起こしていませんよ、先生」

「物騒なことを言わないで下さい」

 

 

 

 

カフェテリアで会計を済ませ、鑑識科棟にあるプレハブ型の現場再現用モデルハウスの1つに移動した。

普段は脱出ゲームや捜査の訓練、現場の再現によるジオラマ的な使い方をされているが、今は決闘場。

内装は全て取り払い、外装は防音のシートが被せられ、物々しい状態だ。

 

向かい合うのは黒色と黄色の髪。

その間には水色の髪が立って、一応、審判をやってくれるつもりみたい。

 

観客は橙金色の少女と銅色の男性。

不安そうに決闘の行く末を見守っている。正直審判より、あっちの方がやる気がありそうだ。

 

 

「先に抜くといい。その気があるのなら」

「お言葉に甘えますよ」

 

 

余裕を見せてくれる内に、一気に押し込んだ方が良い。

彼女とは圧倒的な経験の差がある。

 

そう思って、内ポケットから銃を取り――

 

 

パシュゥッ!

 

 

――出すフリをして、思いっきり踏み込んだ蹴りを放つ。

 

時速百キロの移動に膝の伸張を加えた高速の脚は、目を見張ったパトリツィアの鳩尾を的確に捉え――

 

 

ドッカァ!

 

 

プレハブの壁2枚に穴を空けて、シートごと彼女を隣のプレハブの中まで吹っ飛ばした。

 

蹴り飛ばした脚を下ろし、自然に真っ直ぐに立つ。

先生やチュラは驚いているが、審判は技あり判定すらしてくれない。

 

一番嬉しいのはこれで終わってくれること。

せめてピヨらせるか、脚の一本でも負傷しておいてくれれば有利になるのだが。

 

 

「おっどろいた。それがクロさんの本気か」

 

 

隣のプレハブから姿を現したパトリツィアは、蹴られた場所を押さえながらも、しっかりとした足取りで歩いて来る。

壁に打ち付けた背中にダメージは無いようだ。

 

 

いや?そもそも壁に衝突した音はしなかった。

なんか、やったのか?

 

 

「体が頑丈なわけでは無いんですね?どんなトリックなんでしょうか」

「あんな速度で動くあなたには言われたくないよ。……謝ろう、舐めていた」

 

 

パトリツィアは私に深く礼をする。

そして……ああ、やだなぁ。

 

 

――途轍もなく、嫌な予感がする。

 

 

彼女は鳩尾を押さえていた左手を胸ポケットに入れ、一発の銃弾を取り出した。何の変哲もない、普通の9mm弾に見える。

それを右手に持った銃に1発だけ込めてこちらの体の中心に狙いを付けた。

 

 

「1発だけにしておくよ。下手に避けない方が良い」

「大人しく撃たれるとでも?」

「事故は望まない」

 

 

本心から言っているみたいだが、たった1発の銃弾で殺さずに、どこを撃つのか。

 

 

「宣言しよう。私が撃つのは、トオヤマクロ、脚、腿、左、膝上10cm、背面180度、非貫通10cm、時間にして1時間の侵食、空白が生まれる」

「呪文ですか?」

「ただのおまじないだよ。心配しなくていい、私は――」

 

 

彼女の銃口は、まだ体の中心に据えられている。

撃たれる場所は太腿らしいが、瞬間的に合わせるつもりのようだ。

 

 

「――外さない」

 

 

ギィィイイウゥゥンッ!

 

 

銃声がおかしい、何を撃った?

 

そう思った時にはもう、脚に激痛が走っていた。

 

 

「――ッ!?」

「動かないでくれて助かったよ。瞬時の制御は難しいんだ」

 

 

(痛いッ!)

 

何かが体に刺さった。彼女の銃弾だ。

 

痛みが治まらない、痛みで体が麻痺もしない。

いつまでも何かが刺さり続けている。

 

でも異物感がない、そこは空っぽだ。ただ脚に穴が空いている。

痛みだけが永遠に繰り返されて、血の一滴も流れ出さない。

 

いや、解釈の違いだ。脚に穴など空いていない。

初めからその空間に、私の脚など

 

 

 

――が生まれた。

 

 

 

「何を……ッ?」

「痛むだろう?意識を手放すんだ。空白は夢の中までは追いかけないよ」

 

 

本当はそうしたい、一通り転げまわって眠ってしまいたい。でも――

 

 

「あの子を……あの子が……やりたい、ように……」

 

 

こんな所で引くくらいなら、とっくに引き下がっていた。

まだ立てるなら、引く必要などない。

 

出会ったばかりのチュラに私が体を張る義理はないのだけど。

じゃあ、どうして私は引かないのだろう。負けず嫌いな性根が意地になってしまっただけなのか。頭は正確に状況を把握しているのに、心が倒れる事を許してくれない。

 

 

「……両脚か。ただの任務ならこんなことしないよ。これは……だ」

 

 

胸ポケットからもう1発の銃弾を取り出し、銃に込めた。

 

 

「やれるものなら……」

 

 

まずい、1発目は完全に意識の外から攻撃された。

全く対策が出来ない、正体不明の攻撃。

 

不可視の銃弾だって、速いから避けられないが、後ろからは飛んでこない。

あの宣言を受けて、一体どうすれば避けられるのか?

 

 

「宣言しよう。私が撃つのは……」

 

 

(させるかッ!)

 

長い準備をしている間に妨害に動く。

強襲の基本だ。

 

右足だけで思いっきり踏み込む。

左足は神経系が空白に飲まれている為、蹴りを出すことが出来ない。

 

(なら、押さえつけてでも!)

 

彼女の銃口を避けるように低く飛んだ。スピードは落ちたが、それでも避けられまい。

そのまま組み技戦グラップリングに持ち込めば、容易に発砲出来なくなる。

 

「……時間にして1時間、貫通50cm……」

 

パトリツィアは避ける挙動を取れていないし、銃口を向け直すのも間に合わない。

 

(取った!)

 

彼女の左腕を掴み、抱き付いて引っ張り込んだ……引っ張りこもうとした。

 

 

「……左手中心、空白が生まれる」

 

 

 

ギィィイイウゥゥンッ!

 

 

 

「……がふッ!……?!」

「下手に動かない方が、いいんだよ」

 

 

 

私の体はパトリツィアから引き剥がされて、後方へと跳ね返される。

掴んでいた彼女の手を見て、ようやく宣言された意味が分かった。

 

 

――彼女の左手を貫いて、私の腹部に貫通穴が穿たれていた。

 

 

 

「げほっ、ごほっ!」

 

 

普通なら血を吐きそうな痛みだが、体に異状はない。

それ自体が異常なことだ。

痛みは消えない。いつまでも繰り返される身を裂かれる激痛は呼吸さえも阻害した。

 

 

「射撃の妨害。みんなそうだ、止めてしまえばいいと」

 

 

左手の穴を見る表情は、美術品を眺めるような優雅さを醸している。

痛みも何も、感じていないみたいに。

 

 

「芸術ですらキャンバスから飛び出したというのに、人間が更なる高次元に行けない道理はない」

「けほっ、うう……」

 

 

痛みで筋肉が萎縮している。内臓の一部も空白の中だとすれば、不用意に動こうとは思えない。

その様子を見下ろす目は親し気で、彼女の中ではもう終わってしまった事のようだ。

 

 

「それを止めようだなんて、傲慢というものだよ」

 

 

黄色は銃を仕舞い、水色は決闘の終了を宣言する。

銅色は両者を称えて手を打ち、橙金色は……

 

 

タタッ!

 

 

誰かが駆け寄ってきた。

小柄な体を震わせて、小さな手をいっぱいに開き、小ぶりな頭を埋めて。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 

 

精一杯、

 

 

 

こんなこと、誰も喜ばない。

そんな光景、誰も望んでいない。

 

 

それでも、謝る以外の事が分からない。

それが彼女の見てきた相棒の表情だから。

 

 

ごめんはこっちのセリフだ…。

瞼が重い。もう、立てそうにないや。

 

 

薄れる意識で……最後に感じたのは甘い匂い……

甘い甘い……バターと蜂蜜の匂い……

 

 

 

 

ドクン……

 

 

 

 

 

いつも感じる違和感とは違う、不思議な感覚が湧き上がった。

 

何かを求めて心が騒ぎ立てる。

 

 

 

(そっか、それがチュラちゃんが求めるものなのか……)

 

 

叶えてあげたい、力を貸したい、そばで支えたい。

 

彼女との繋がりを持ちたい!

 

 

 

体が冷めていく。

とうとう意識を失ったのかと暗い視界を彷徨わせる。

 

痛みがない。不思議な事に、ここには時間の感覚がなかった。

ぼやけた視界で周りを確認すると、30枚の真っ黒な窓枠に囲まれていた。

 

(ちょっと不気味過ぎませんか?ここ)

 

ドロドロとした液体と固体の中間地点の物質が、上から下へと流れ落ちていく。

真っ黒な液体って重油っぽくて体に悪そうなイメージだ。

 

無臭だがどうにも近づき難く、遠巻きに眺めていた。

 

 

ドスンッ!!

 

 

(なになになに!?)

 

窓枠の中でも一際深そうな漆黒のものから、叩き付けるような音がした。

マジ怖いです。

 

 

ガッ!ゴッ!ガッ!

 

 

何度も、何度も。

その行為に窓を越えようとする明確な意思を感じる。

 

真っ青になって頬をつねっても、跳んでも跳ねても目は覚めない。

無駄な抵抗などどこ吹く風、ついにその時は訪れる。

 

 

 

……バキャッ!

 

 

(えっえっ?)

 

あの窓枠、中から液体が浸水して来たぞ……!

それだけではない、液体自体が意思を持っているかの如く、一直線にこっちに這いずって来る!

 

(に、逃げッ……!)

 

 

――どこに?

いつの間にか足元は、真っ黒な液体で沈んでいた。

 

そして、視線を足元に移した1秒に満たない間隙に、液体が肩に乗っていた。

 

 

 

 

――弱った私の意思は、いとも簡単に、漆黒の窓枠に引きずり込まれてしまった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「パトリツィア。この攻撃があなたの最大?」

「……っ!」

 

 

私が起き上がるとは思っていなかったのか、水色の少女も含めた全員が驚いている。

実際、気力だけで動いている。あと5分も立っていられない。

 

 

「……なんで起きたのかな?クロさんがそんなに頑張る理由が、分からないよ」

「本当に分かりませんか?」

「……ふむ、そう聞かれると、思い当たる節がない訳ではないさ」

 

 

ああ、そうだろう。

分かってもらわなければ困る。

 

 

「もし、少しでもチュラちゃんの事を想ってくれるなら、1回だけチャンスをください」

「決着はついた。あなたにしては、なかなか横暴だね。うん、考えてもいい。でも条件がある」

「何でしょうか?」

「まず、この件には二度と関わらない事。もう1つは……」

 

 

(なんだろう、重要な案件かな?)

 

少し身構えてしまう。

途方もない条件だったとしたら?そんなの関係ない!当たって砕けろ!

 

 

「私と一緒に第七装備科に来て欲しい」

「……ん?」

 

 

 

 

 

(なんだろう、重要な案件かな?)

 

少し身構えてしまう。

途方もない条件だったと……って、驚きで時間巻き戻っとるがな!

 

 

とんだ破格条件だ。

絶対裏があるが、時間も何も説明がない以上、交渉次第ではどうにかできる。

 

 

「それでいいんですね?」

「それ以上の望みは無いよ。きっと彼女も喜ぶ」

 

 

(彼女?)

 

やっぱり裏はありそうだ。

最初から勝つつもりだから関係ないけど。

 

 

「初めの質問に答えよう。あなたはこう尋ねた。『この攻撃があなたの最大?』と」

「はい、そうです」

「つまり、私との戦いを、短時間で済ませたいわけだね?体は限界で、トリガータイプは、しばしば継戦能力に弱点を持つ」

「ええ、認めます」

「私の最大の1発を止めるつもりだと、それがあなたの勝利条件」

「やってくれるんですね?」

 

 

彼女の雰囲気が変わる。

親し気だった視線も、刺すような凄みに変わっていく。

 

 

「もちろんだよ。そして質問の答えだ」

 

 

彼女は胸ポケットから1発の銃弾を取り出した。

今までの通常弾ではなく、色付きの銃弾だ。

 

 

「答えはNO。この銃弾は掠めただけで、獅子の意識さえ一瞬で刈り取る」

「それが最大ですか?」

「うん、これが私の最大。動かないでね?もし当たったりしたら……体が無くなっちゃうよ?」

 

 

動くな、か。

それって決闘的にどうなんだろう。

 

 

「宣言しよう。私が撃つのは、トオヤマクロ、頭、眉間、中心、正面、貫通20cm、時間にして24時間の侵食、空白が喰らい尽くす」

「――ッ!」

 

 

彼女の意図が読めなくなった。

てっきり掠めて撃つのかと思ったが、ド直球に殺す射線だ。

 

だが、彼女は動くなと言ったし、度胸試しのようなものかもしれない。

 

不確定要素が頭の中を駆け巡り、不安と絶望と恐怖が押し寄せる。

 

 

(どう……すれば?)

 

 

確実に避ける方法などない。

もう2敗もしているのに、その正体は掴めない。

 

引き金が、ゆっくりと……

 

 

「クロさん、さようならだ。ごめんね」

「パトリツィア……」

 

 

……引かれた。

 

 

 

ギギィギギギィィイイウィイイウゥゥンッ!!

 

 

 

――撃たれる瞬間、やっと彼女の意図が読めた。

騙すなんて本当に酷い。こんなの躱せないよ……

 

 

 

バチチチチィィィイイイイ!!

 

 

「……正解だよ、クロさん。これでだ」

「生きた心地が、しませんでした」

 

 

 

これは……予想以上の、光景だ。

 

 

 

プレハブが消えていた。

隣もその隣も。

 

随分と見晴らしがよくなったが、そこには空白が存在する。

さっきの銃弾は初めて見たが、炸裂弾グレネードだったのだ。

 

爆発した空白は周囲を巻き込んで喰らい尽くした。

24時間後にプレハブは何事もなく出現するだろう。

 

あまりの衝撃に立っていられず、座り込んでいた私が無事なのは……

 

 

「はーっ!はーっ!はーっ…!」

 

 

息も絶え絶えに、泣きじゃくる小柄な少女のお陰だろう。

肩を上下にいっぱいいっぱい動かして、酸素を取り入れている。

 

 

「チュラちゃん」

「お……ねえ、ちゃん……」

 

 

意識を失った彼女は、私の腕の中でスヤスヤと寝息を立て始めた。

お姉ちゃんね、誰かの事を思い出しているんだろうか。

 

 

 

「トオヤマクロ」

「はい、なんでしょうか?」

 

 

先生に呼ばれ、そちらを向くと、今までの厳しい表情が嘘のように笑顔になっていた。

 

 

「悪かったな。可能性があれば全てを試す必要があった」

「もういいですよね。見たい物は見れたのですから」

「ああ、いいだろう。君が彼女を守れ、何があってもな」

 

 

試されていたのは最初から私ではなく……チュラの方だったらしい。

 

怒ってたのも嘘、決闘も嘘、最大の攻撃も嘘。

みんな揃って騙すんだもん!(水色の人以外)

 

 

「チュラが完全にしたのは初めてだったよ。クロさん、あなたが彼女の居場所になってあげて欲しい」

「初めからそのつもりですよ」

「私の力は、彼女にある程度コピーさせているんだ。私たちの力を奪ったを捕まえるためにね」

「吸血鬼?」

「詳細は分からない。でも妹が襲われたんだから、絶対に許しはしない」

 

 

(吸血鬼って……がぶっ!ちゅーっ!て奴だよね?実在するわけないじゃんか)

 

至って真面目な顔をしているが、数分前に殺すフリをした前科がある。

簡単には信じてあげないよーっだ!

 

 

「怖い話ですね」

「おや、他人事かな?クロさんも気を付けるといい。あなたの方がおいしそうに見えるかもしれないよ?」

「ゾッとしますよ」

 

 

そんなに脅しても意味ないですから。

まあ、蝙蝠くらいになら注意しておきますか。

 

 

「そうだ、クロさん」

「はい――ッ?!あれ……?どう……しぃま…したぁ?」

 

 

ヤバい、フラフラしてきた。

気力もそろそろ底を尽くのだろう。

気付くと波も高くなって、睡眠期に飲まれてしまう。

 

 

「引き分けだね?」

「そう……です、ね」

「両者の意見を尊重しよう、それでいいかな?」

「うーん、なんでー……したっけぇ?……なんでも、いいです~」

「うんうん!そうだよね。良し良し、言質は取ったから、もう眠っても大丈夫だよ」

「はーい」

 

 

意識がゆっくりと落ちていく。

ああ、今日は怒涛の1日だったな。

 

起きた後の周囲がどうなっているか、ちょっと怖いなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トオヤマクロ……そうか。彼女がそうなのか。ヴィオラが探していた、は」

 

 

エメラルドの瞳が折り重なって眠る少女たちを見つめる。

その手にはが握られていた。

 

 

「あーあ、忙しくなるよ。大体、イタリアはエマとルーカの担当だし。スペインの仕事は終わったし。ボクはフランスに帰ろうかな」

 

 

救護科に運ばれていく少女たちが、どんな道を歩むのか。

 

今はまだ、誰も分からない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

次に目覚めた時、遠山クロ伝説は始まっていた。

 

「どうして……こんなことに……」

 

アリバイとして作られた『武偵高2年生の先輩を回し蹴りでワンキック事件』が大々的に広まる中、パトリツィアと戦い、引き分けた『黒花の決闘』は、情報規制をやり過ごし、一部の者たちの間で、ひっそりと伝承されていく……

 

 

 

 

 




クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございました!


チュラとの出会い、元Aランクとの決闘、セルヴィーレの片鱗が現れたお話でした。

これ、転校から一月も経たない内に、こんなことしてるんですよ?
この約半月後にはトロヤに出会いますし。

クロは人生がハードスケジュールですね。
…まあ、マネージャーは私なわけですが。