まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹17話 荏苒の覆滅

荏苒の覆滅チェンジ・アズユーウィッシュ!

 

「クロ様!」

「?……え?ええっ!?ア、アリーシャ?」

 

サンタンジェロ城の屋上へ登っている途中、明かりの点いている部屋を見付けてこっそり覗いてみると、そこには探していた人物がいた。

欧州人とは異なるほんの少しだけ黄味を持った肌、多くの光を称えて意思の強さを表す黒い瞳、サラサラと流れた艶のある黒いロングヘアーは1本1本に芯が通っていて……同性から見ても、非常に魅力的な方だ。

お姉さまよりも少し高い身長からスラリと伸びるスレンダーな両脚は、真っ黒なストッキングで引き締められていて、意識していないのだろうが彼女の蹴り技の直後、残心のポーズはモデル雑誌の様に、その綺麗なプロポーションをこれでもかと見せ付けてくる。

 

彼女のお姉さまであるカナ様共々、親譲りの美人ではあるのだろうが……お2人の身体的特徴に共通点は少ない。

ただしその超人的な強さは、どちらも絶えず噂として有名なものである。主に裏で。

 

 

「あれれ?アリーシャちゃんがどうしてここにいるの?」

「あっ……。……イチナ様、夜分遅くに失礼いたしますわ」

「ああっ!なんか誤魔化したっ!騙されないぞー、に夜散歩なんて来ないでしょ!」

 

 

彼女の顔を見て、心が痛む。

別にここに来た理由を誤魔化すために挨拶をしたわけではない。

 

『こんな所まで一菜さんを捕まえに来たんだから』

 

お姉さまが仕事を失敗し、その上断念してしまうことなどまず無い事だ。

イチナ様が今ここにいるのは、偶然なんて都合の良い物では無く、明らかに外部からの影響を受けているはずで。

 

そうでなければ、彼女はもう学校に姿を出すこともなく。

 

 

「アリーシャちゃん?どうしたの、具合が悪いの?」

「一菜、私達がここに来ることは皆知っていますよ」

「えっ!そうなの!?」

「はあ、フラヴィアの時もそうでしたけど、途中参加したらまず作戦と周囲の状況をですね……」

 

 

クロ様がイチナ様にお小言をするいつもの光景。

ローリアクションで要点を伝えるのに対し、オーバーリアクションで話を広げる為、苦労しているみたいだ。

任務中でもアレをやっているというのだから、イチナ様の実力も推して知るべしである。

 

あの信頼し合う2人を身近で過ごしていたお姉さまが引き裂こうとしていた。

 

(救う。それが"何から"かはおっしゃいませんでしたが、3つの勢力の内の1つ……強者の1人が、この場に現れるのですわね)

 

罪滅ぼしなんて勝手だが、頭数くらいには入ることが許されるだろう。

もし相手がであれば、反射して使い捨ての盾にならなれる。

 

その為にまで来たのだ。

雲だって少しくらい掴んでも、構わない。

 

 

後ろ手でハンドサインを出すと、どうしてもと付いてきていたカルミーネ様が、パトリツィアお姉さまの元に戻っていく。

流石の追跡能力であり、その隠形の気配は知っていてさえ微かなものだ。

 

 

「クロ様にご用がありましたの」

「"だから……カレーが入っている容器はランプじゃなくてグレイビーヤー"……ん?アリーシャ、クラーラから報告は行っていると思いますが、私にどんなご用が?」

「何のお話でしたの?」

 

 

ヒートアップした討論会は、とうとう彼女達の母国語で交わされていた。

イチナ様もほとんど話す機会が無かっただろうに、良くここまでスラスラと会話出来るものだと思う。

 

 

日本食の話です。あ、イギリスから渡ってきたものですが」

「こっちでは馴染みないよねー。たまーに食べたくてさー、カレー」

「良い時間ですものね」

 

 

クロ様は夕食を食べていないのだろうし、まんまと誘導されたみたいだ。

 

だが、この緩い空気はなんだろう。

てっきりヴィオラ様から何かしらの形で干渉されて、緊張で張り詰めているのではないかと危惧していたのに、まるでそんな素振りがない。

多少、そうイチナ様の笑顔には多少の緊張の色が伺えるが、クロ様はそれ以上にウキウキしているような感じまで纏っている。

 

 

「それより、私は――」

戦姉おねえちゃーん!」

 

 

隣の部屋から聞こえたのはチュラ様の声だ。教室での彼女と変わりのない間延びした声。

学校からずっと行動を共にしていたのだし、話にも聞いていたのだから、実力不明な彼女がここにいるのは驚くことではない。

 

そしてお呼びの掛かったクロ様は「すみません、ちょっとだけお待ちください」と言い残し、この場を去る。

 

――チャンスだ。

全員と同時に話すのは得策ではない。

イチナ様が1人になったところで、まずは……お互いがここに来た理由を知るべきだ。

 

出会い頭に少し疑われていた節もあり、今も、こちらを見る目はちょっとキツイ。

変装したお姉さまに襲われたばかりなのだ、当然の危機管理体制と言える。

 

 

「それでー?アリーシャちゃんはここに、何をしに来たの?言える事なら、クロちゃんにはあたしから伝えておくよ」

「帰るつもりはありませんの。……これは、クロ様にはヒミツですわよ」

 

 

私はイチナ様に、大きな空ほんとうの話小さな雲うその話を、掴ませた。

 

 

私が浮かべられるのはこれだけだ。

足りない星はクロ様が、集めて繋ぎ合わせてくれるだろう。

 

 

 

 


 

 

 

まるで悪夢。いえ、悪夢そのもの。

 

屋上の景色は激しく燃え上がる炎に丸々遮られ、空にはおかしな歪みが生じている。

 

クロ様が棺桶の中ではなく、上に乗って旅立って行くという暴挙に出た後、銀の吸血鬼はその後を追い霧となって消えた。

 

 

ここ屋上には、私とイチナ様と武偵高1年のフラヴィア様に加え、緑の髪でお洒落な服を着た少女――イチナ様と知己の日本の方のようだ――がいる。

城の内部にはニコーレ様とフィオナ様、チュラ様とヒナ様が尚も作戦を実行していて、あのチュラ様がバチカンのシスター様を捕らえ、彼女らの小隊長たる"祝光の聖女様"との対話を行っているらしい。

やはり、実力を隠していたのか。

 

 

「"ふんうん。……ふぁーあーふんうんふんうんふーんうーん、ん?ふぉうふぉうそうそう……ふぁふぉんふぁふぁんふぃそんな感じ"」

 

 

イチナ様はキャラメルを3つ同時に舐めながらフランスのお友達兼先生とやらに連絡をとっているが、相槌はフランス語ではなく、日本語だ。と思う。

どんな人なのだろう。そこには魔の手が潜んでいないのだろうか。

それ以前に食べながら夜遅くに電話って失礼の度を越している。自由人過ぎるのでは?

 

 

「"じゃあ、あっし行ってくるよ、イヅ!"」

 

 

緑髪の少女がイチナ様に何事か告げ、互いに手を左右に振り合う動作を取ると城の中へ走って行く。

彼女の身長は小学生の中でも小さい方だが、そんな少女もイチナ様のお仲間で、ここに援護に来た様子だった。

スパッツィアを見ていて麻痺しているものの、十に満たない年齢で戦えるとなれば相当な訓練を積んで来たのだろう。

 

 

「"んくっ。えーと、ちゅうだい脳動脈って何?どんな漢字?……うん、ごめん聞いてもどこか分かんないや。えと、どこからも血は出てない。焼かれちゃってて、うげっ……脳みそ見える?って、怖いこと言わないで……"」

 

 

イチナ様は救護科の生徒が到着するまで、フラヴィア様への応急処置を施そうとしていたが、「絶対衝撃を与えるな」と釘を刺されたらしく、為す術がない。

せめて状況を伝えてスムーズに治療をと考えて、詳細を知ろうと会話を続けても、重大欠損過ぎてビクビクしている。

先程から、電話しながら気休め程度に頭部を撫でるような動きをしているのは危なくないのか…?

 

 

「"頭部はおーけー。体は擦過傷があるけど、こっちも血は出てない。大丈夫だよ、濫用はしないって!……心配し過ぎ~、クロんじゃないんだから。え?あ、知らないっけか"」

 

 

ずっと見守っていたが、大した対処も無かったと思う。

しかし、手は尽くしたのかフラヴィア様の元を離れ、身振りを交えながら会話をしている。

 

専門医でもなければあんな傷、触る方が危険なことは一目瞭然だ。

 

 

吸血鬼は出た。同じ吸血鬼が。

 

フラヴィア様の傷も、あの炎も、空の歪みも全て彼女の仕業で、いつ落ちるかも分からない自然の暴威に、ローマは晒されている。

 

あれは彼女の固有の能力であって、私が反射することは出来ない。

反射はを利用した防御方法なのだ。

 

痛感させられた。

通常の戦闘において私は無力。

クロ様の力になるどころか、守られる立場になってしまっている。

 

そんな後ろ向きな考えがよぎり、頭を振っていると、視界の端に誰かが映った。

 

 

「あら、アリーシャさんもいらっしゃったんですね?皆さん夜更かしして…イケない後輩たちです」

「あなたは……」

「おまたせー」

 

 

ほんわかした雰囲気で屋上に姿を現したのは、素肌を晒す面積を極端に減らした服装――金糸の刺繍が施された純白のローブと同じく白いグローブを身に着け、首からは小さなロザリオを見せ付けるように下げている女性。

その服装を見て分からない武偵はイタリアにはいないであろう、ファビオラ様が所属する殲魔科の――

 

 

「こんばんは、メーヤ・ロマーノ様」

「はい、こんばんは。……ッ!フラヴィアさんッ!?」

 

 

ほわほわした態度から一変、驚きに顔を歪めた彼女はそれでも懸命なのか、とってってってっとふわふわ駆け寄っていく。

そしてフラヴィア様の横に座り込み、その惨状を目の当たりにして……十字架を握りながら体を震わせている。

彼女の口が……祈りを捧げた。

 

 

「左目が……。ヒドすぎます、一体誰がこんな事を。――ッ!」

「どうされましたの?」

 

 

損傷を確認していた彼女の震えが止まった。

何かを見付け、今度は黒いオーラを放ち始める!

 

 

「――"生前埋葬ベリアリナライブ"……。案の定、見せ掛けの移動だった、という事ですね」

「どういう意味ですの?」

「アリーシャさん」

「は、はい」

 

 

こちらを向いたメーヤ様の顔は鬼気迫る表情で、目が吊り上がっていた。

その顔は、ただの噂だと思っていた数々の逸話も、嘘ではないと信じさせる迫力を伴っている。

 

 

「ここに、吸血鬼が来たはずです。銀の双眸を持つ、本物のバケモノが!」

「え、ええ。確かに、吸血鬼は現れましたわ。トロヤと名乗る銀の効かないバケモノが」

 

 

それを聞いた彼女は機敏に周囲を見渡し、イチナ様には目を留めず、誰かを探し始めた。

たぶん焦っている。早く見つけなければ手遅れになる事なのだ。

 

 

「チュラさん、クロさんがいらっしゃると伺いましたが、彼女はどこに?」

「えーっとー、チュラも分かんなーい。アリーシャは知ってるー?」

 

 

吸血鬼の話を聞いてから、慌てて探していたのはクロ様のようだ。

 

(……まさか、彼女は知っているんですの?異常点と白思金の事を)

 

勝手な思い込みだとは思う。

でも、一度疑い始めればキリがない。

 

(私達の事も、フォンターナ家の事も……知っている?)

 

 

「……吸血鬼と戦いに行きましたわ」

「ッ!クロさんお1人でですか!?」

「チュラー、おいてかれたの?」

 

 

絶句するメーヤ様は純粋にクロ様を心配しているだけ。

それだけだと、そう思おうとしても、もう止まらない。

 

「クロ様は……」

 

(どこまで話すべきですの?屋上で見た事、それだけを伝えてしまえばそれで――)

 

余計な考えが錯綜して、言葉が上手くまとまらない。

私は……なにがしたいんだ?

 

 

「クロんはだいじょーぶ!何があったって、どんな時だって、クロんは何とかしてくれる!」

 

 

沈黙を破り、横から元気いっぱいな声が耳に響く。

荒々しく燃え上がる炎を背景にしても、爛々と輝く彼女の表情は陰りを打ち消すように強い光を放っている。

 

 

「いつだって自信は無いくせにさ、『何とかして見せますよ』って言って、やり切っちゃうんだよ。

 

 

どうしてそこまで、底抜けに明るく振る舞えるのか、私には真似できそうにない。あれも才能の1つだと言えるだろう。

 

 

「クロんは人を惹き付けるんだ!そして引き寄せる、どんなに遠くに居ても、喧嘩してる時だって、寝てたって関係ない!クロんにはカリスマを超えた、運命をも手玉に取る、そんなが備わってる!それにね――」

 

 

信じる力も才能の1つ。そして――

 

 

信拠と衆望と恩愛をなんかいろいろ持ってて、どんな人間にも!」

 

 

信じさせる力は、全ての才能を操りうる、最高の才能だ!

 

 

 

言い切ったイチナ様はメーヤ様の前に進み出て、正面から堂々と相対する。

 

 

「あなたは……どなたですか?」

「あたしはローマ武偵中学2年強襲科、三浦一菜。クロんのチームメンバーで、クロんの相棒パートナーだよ!」

 

 

胸を張る(比喩表現)彼女は誇らしげで、カフェラテの瞳にはクロ様と同じ意志の強さが、より輝きの増したその中に含まれている。

 

――パートナー、か。

きっと彼女ならなれるだろう。

 

納得させた理性の奥底で、心が異音を発した気がした。

 

 

「パートナーを名乗るのでしたら、どうして彼女と一緒ではないのでしょう」

「ふふーん!離れていても一緒!クロんには皆がちゃんとついてる!」

「心は一緒、という事なのですか?」

「違うよ。クロんは必要な人間だけを呼び寄せる。丁度チュラんみたいにね!」

 

 

(えっ?)

 

反射的にメーヤ様の隣へ振り返ると、言葉通りそこにはもう彼女はいなかった。

驚いているという事は、最も近くにいたメーヤ様にすら気付かれない内に、消えたことになる。

 

 

「チュラんだけじゃない。きっと他にも誰かが向かってるし、クロんは吸血鬼だって繋いじゃうよ」

 

 

彼女のその言葉に『お友達になって下さい!』という宣言を思い出して、思わず笑ってしまった。イチナ様も笑っている。

 

(そうでしたのね。私も、もう彼女と繋がっていた)

 

心の異音は……もう聞こえない。

 

 

「私もクロ様を信じていますわ。そして、彼女は私達を信じてくれていますの」

「だから、あたしたちはここで自分の役目を果たす!」

「……」

 

 

メーヤ様は黙った。

吊り上げた両目は元の穏やかな、凪の海に似た青く潤んだ瞳に戻っている。

再びその手にロザリオを握り、私達の顔をニコニコと眺めまわして……

 

 

聖乙女おとめの皆さん、出て来なさい。彼女達を取り押さえ、あの汚らわしい炎すらも浄化する聖なる火種を起こすのです」

 

 

 

カツカツと統率のとれた動きで、5人のシスターが礼拝堂から現れた。

その手には銀剣が握られ、その中から2人がこちらに近付いて来て私とイチナ様の身柄を押さえる。

 

 

「チュラさんから聞きましたよ。そこの棺には魔臓を破壊された吸血鬼――紫電の魔女が眠っていると。合っていますね、お2人とも?」

 

 

キロッと鋭い目で睨み、問い掛けてきた。

だが、その棺には魔女など入っていない。そこに入っているのは――

 

 

「はい、そこに眠るのは吸血鬼ですわ」

「よろしい。ミウイチナ、あなたも証言しなさい。私はあなたを

「……うん、その通りだよ。そこには魔女、ヒルダ・ドラキュリアが眠ってる」

「よろしい。火の用意を急ぎなさい、時間が経てば魔臓は復活してしまいます」

「「「はいっ!」」」

 

 

火を起こしていた3人のシスターはテキパキと準備を整え、処刑場は瞬く間に火刑場へと変えられていく。

しかし、完全に場面遷移させるには、最後の仕上げが必要なのだ。

 

処刑の後の検死。

すなわち銃殺後の刀剣による刺突、死刑執行人エストロ・チッタの最後の役目だ。

 

 

「あなた達がここで待っていてくれて助かりました。おかげで、心から信じることが出来そうです」

 

 

炎に包まれた屋上に、また1つ火柱が上がる。

準備は、整った。

 

 

「よい……しょっと!聖乙女おとめの皆さん、今日、私達が討つのは悪名高き紫電の魔女。しかし、この魔を滅することが出来たのは、主のみもとに召され永遠の安らぎを与えられた友の存在があっての事です。『汝、この栄誉を誇るな、誇る者は主を誇れ』。決して驕ってはなりませんし、吹聴すべきでもありません。教会への報告だけで処理します、良いですね?」

「「「「「はい!」」」」」

「それで良いのです」

 

 

バカみたいにデカい大剣を振りかぶったメーヤ様は、遠回しに今夜の件を自分の報告書以外で口伝する事を禁じた。

隊員の反応を良しとし、その剣は最初はゆっくりと頭上を越え、直後には一気に加速して重苦しい風切り音と共に、垂直に振り降ろされる。

 

 

神罰代行ォー!!」

 

 

バキャアァッ!!

 

 

剣が突き立てられた棺は軽々と破壊され、中からドバッ!と、真っ赤な血が噴き出した。

「キャアッ!」と叫んだシスターも、すぐに平静を取り戻し、私達を取り押さえていたシスターも棺の周りに集まる。

 

 

「……鼓動を感じません。魔は滅しましたっ!焼きなさい、その不浄の身体に触れることなく、棺ごと炎の中へ投げ込むのですっ!」

「「「「「はいッ!」」」」」

 

 

ガスッ!と引き抜いた大剣には、まだべっとりと赤い液体が付着している。

シスター達は5人掛かりで赤い液体の滴る棺を持ち上げ、声を掛け合いながら慎重に運んで行き炎の中へと投げ込むと、炎は一層勢いを増して、中は全く見えなくなった。

 

 

 


 

 

 

「食紅と麻袋……グロいねぇ」

「子供だましとはいえ、結構リアルな飛び散り方でしたわ……」

 

 

炎の勢いはとどまることを知らず、シスター2人が火の始末係として待機している。

火が消えれば後片付けとして、不浄な灰や遺骨を回収するのだろう。

残りの3人はフラヴィア様を連れて、城を後にした。

 

「さってと、そろそろ?」

 

緊張感がさっぱり抜けたイチナ様の声にクロ様の苦労が理解できた気がする。

彼女が監修したぶっつけ本番の劇場は、ハラハラしつつも有事閉幕。だが安心するのはちょっとばかり早計だ。

このままでは、吸血鬼の骨が無いことに気付かれる。

高温の窯ならまだしも、ただの炎程度では骨は変質すらしない。

完全な焼却を実行する為に、"渡火の聖女"様の元に持ち帰られることだろう。

 

 

「ライトが赤に変わりますわ」

「いやー、楽しみだなー。花火だよ、花火!」

「……1発だけですわよ?」

「それでも!スカッとするじゃん!」

 

この期に及んでこの反応。

ホント、お祭り好きというか、大物過ぎませんの?

 

「どこで打ち上げるんだろ?」

「聞いていませんでしたのね。礼拝堂の上ですわ」

「えっ、そんな事言ってたっけー?」

 

 

(……まあ、いいですわ。イチナ様には信じさせてもらいましたもの)

 

目を見開いて礼拝堂の屋上を見上げている。隠す気が微塵も感じられないが、大目に見よう。

身長も私より低いし、こういう振る舞いをしているとお姉さまやクロ様のような先輩の威厳を感じない。

 

 

打ち上げ地点に待機している諜報科の同輩と鑑識科の先輩に、ボディサインを送る。

パトリツィアお姉さまの戦妹、今回の一連のは彼女が手に入れてくれた。

 

シスター兵は自分たちの頭上で花火が打ち上げられるなんて、夢にも思っていないだろう。

その導火線に火が点されている。

 

 

「この花火ってなんの合図だっけ?」

「何も聞いて……いえ、覚えていませんのね」

「だってー、クロんの話、難しいんだよー?」

 

 

何も難しい事ではなかったと思う。

この花火は2台の車に、進行が滞りなく終わったことを伝え、ニコーレ様とヒナ様が『ニンポウ』?だったかを使う合図。

 

詳しい詳細は……あら?そういえば私も聞いていない。

彼女達はどこで待機しているのか。

 

 

 

 

ヒュゥゥウウウーーーーーン……

 

 

 

ドォォォオオオオオオーーーーン!

 

 

 

 

真っ赤な花火が打ち上げられた。

真下にいるとここまで爆音がするものなのか、爆発の振動が耳からも胸からも伝わって、頭の中から胸腔内まで響き、内側から全身を揺らす。

咄嗟に身を縮めてしまうのは、防衛本能なのだから仕方ない。

 

 

「……なにも起こりませんわね」

「すっごい音!どーんって!ね、アリーシャん、でっかかったね!」

 

 

その話は後で付き合おう。

ニンポウとやらは失敗したのだろうか、周囲を見渡しても変化らしき変化が分からない。

 

 

「"なかなか消えないで御座るなー"」

「"ヒナよ今は耐え忍ぶ時ぞ。我らの仕事は全てを成したも同然なれど、如何なる者も気を急いていては仕損じるものよ"」

「"……然り。丹甲愁にこうれ殿、某、久々の大きな任務故、少しばかり浮足立っていたのやもしれませぬ"」

 

 

……シスター兵達が、未知の言語で会話をし始めた。

洗脳術を掛けたのかもしれない。

お姉さまから聞いたことはあったが、ニンポウとは恐ろしき闇の魔術らしい。

 

 

「あれ?アレってヒナナんとニコリんじゃない?」

「ですわよね……」

 

 

適当に誤魔化そうとしてみたが、変に訛った名前だけはなんとなく、本当になんとなーく聞き取れていた。

単に入れ替わっている、花火に気を取られている内に。

 

(ふたりのしすたーへいを、いったいどこにやったんですのー?……よし!)

 

やはりニンポウは闇の魔法なのか……

 

 

「おお?礼拝堂に身包み剥がされた人がいる!」

「ですわよね…………」

 

 

必死に誤魔化そうとしてみたが、普通に見えているし、素肌を晒さないようにご丁寧に風呂敷まで掛けてあげていた。

単に早着替えしている、身包みを剥いだ上で。

 

(もう、誤魔化せそうにないですわ)

 

なんとニンポウは闇が深いのか……

 

 

 

灰の回収はきっとニンポウしてくれる(投げやり)ので、頭の中で報告書の構成を組み立てておく。

時間は有意義に使わなくてはいけない。

 

 

「クロん、もう終わったかなー」

「15分は経ちましたものね。炎は……消えていませんわ」

 

 

ゲームは15分。

1回も捕まらずに逃げ切っていれば、炎は花火の打ち上げとほぼ同時に消える予定だ。

それが消えていないとなればゲームは続行、つまり少なからず1回は遭遇し、捕まったという事である。

 

(分かっていた事、ではありますわ。その気になればクロ様の意識は簡単に埋められてしまう)

 

超々能力者には超々能力者でしか対応できない。

ただの人間にどうこう出来る代物ではないのだ。普通であれば。

 

避ける事も出来ない、防ぐ事も出来ない、認識も出来ない。

元々、大昔にに対応するため、人間が文明の進化を継ぎ込んで、永い時間を架けて作り出した力なのだから。

 

(クロ様であれば、異常点たるあの方であれば、私達の力に対応できるかと思っておりましたが……)

 

、だったのだろうか。

 

 

 

 

ゾクッ……!!

 

 

 

 

(いま……のは……?)

 

殺気や威圧感、凄みや気迫とは違う。

暖かさも寒さも、優しさも恐れも感じない。

心は束縛されず体は委縮しない。

 

視えない波長は、狂った世界を揺るがせ、歪んだ法則を正常化させる。

 

これは――

 

 

 

(――――ッ!)

 

 

 

私達のと同じ、思金のの1つだ!

 

 

あらゆる超能力に干渉し、その力を弱める対超能力者アンチステルシー用の能力。

私は使いこなせなかったが、まさかあの吸血鬼がここまで適応させていたなんて。

 

 

屋上の炎は一瞬で、ほんの小さな火種も残さず消え去った。残ったのはシスターが起こした炎だけ。

空の歪みも、上空で小さな嵐を起こして霧散して…何事もなかったかのように平穏が訪れた。

 

とても強悪な力。

その力の前には操られた自然の暴威ですらも、この有様だ。

 

(でも、炎が消された……)

 

 

「消えた……消えたよ!アリーシャん!やった、やったんだよ、クロんは!あの吸血鬼に勝ったんだよっ!」

「まさか……」

 

 

本当にやってしまったのか?

超々能力どころか超能力すら使えないクロ様が?

 

干渉すらも使いこなす、あの吸血鬼に勝ってしまったのか!?

 

 

「"屋上の炎が消えおったぞ……"」

「"何故かあの炎だけ、綺麗に残ってるで御座るなぁ……"」

「"ヒナよ、主は日ノ本にて、かような忍術を目した経験は?"」

「"人ならざる者は多けれど、世は斯くも広きものに御座る"」

 

 

(これが、異常点の……いえ、クロ様自身の結び付く力ですのね)

 

 

私は雲をつかんで満足したが、あなたは星を繋いでいる。

 

今はまだ、見上げてるだけ。綺麗な星座を、眺めているだけ。

 

いつかあなたが、私を空に掲げてくれた時に。

 

私は星々を隠すあの雲を、掴み取って。

 

そうだ、折角だからその雲をあなたにも分けてあげよう。

 

一緒に夜空を飾り立てて、一緒に光り輝こう。

 

 

どんな星よりも、綺麗な綺麗な、透き通った星になってみせるから!

 

 

 






屋上はこんな感じでしたーってなわけで。
アリーシャ編終了です。

『思金』という存在についてもちょっとずつ判明してきました。
……クロの知らない所で。

人工の力である白思金とソラガミ、反射、芸術、理性、暴走、超々能力。

これまでに登場してきた単語は、是非是非頭に置いておいてください。