まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹18話 確信の生長

確信の生長グロウ・トゥルース
 

コツコツ、カツーン

 

 

「……と、こんな結末でしたわ」

 

 

わざとらしく鳴らされた靴の音や大鍋の蓋を閉める音が聞こえ、アリーシャの話は一旦終了する。

どうやら貸し切りタイムはここまで。周囲の席にもぼちぼちお客様が来るようだ。

 

 

「場所を変えましょうか?」

「いいえ、お話はここまでですの。それにしても……」

 

 

そっか、報告が終わりならお開きか、と席を立とうとした所で呼び止められる。吸血鬼トロヤとの戦いの事だろうか?それとも吸血鬼ヒルを助けようとした理由が知りたいとか?

前者は記憶が正確ではない内はあまり口外しないよう、姉さんに釘を刺されているし、後者は一菜が助けようとしたから助けたに過ぎない。

もし一菜が正直にならず、助けたいと言わなければ、何が目的か知らないがヴィオラの元に持ち去られていたのだろう。

 

あ、そうだった。すっかり忘れてた。

 

ヒルダってどうなったんだろ。

いっか、後で葬儀場班にでも聞きに行けばいい。同じクラスだし、そのチャンスはいくらでもある。

 

一瞬だけスイッチを入れ、窓枠の1つに、1日の活動予定として新しい項目を書き加えていると、アリーシャが質問の途中だったこと思い出す。

 

 

「……クロ様は、なぜチュラ様に作戦の詳細を教えなかったんですの?」

「メーヤさんの事ですか」

 

 

彼女は姉と同じ蒲公英色の髪を振り、私の言葉を肯定する。

チュラの事を騙した、と言うには足りないが、共有すべき情報であることは間違いなかった。

 

 

「あくまで噂話ですよ?」

 

 

一応前置きをしてアリーシャに話す。

これはメーヤさんを城へと誘導してきたヴィオラから聞いた話だ。

直接メーヤさんを動かしたのではなく、仲介者を利用したようなのだが、過去にその相手から聞き出していたとか。

 

 

地下教会に所属し素質のある聖女様達には、超能力の付与――御加護による恩恵が授けられている。その力の源は神の御加護であり、数々の奇跡をもたらすと同時に試練を与えるものとされているのだとか。神の奇跡は無償で万能なんてものではない。

 

"幸運の聖女"様であるメーヤさんは、とりあえず運が良いらしい。その代わりに言い方は悪いがを強要されている。

神の奇跡の典型で、信じる者は救われるをそのまま形にしたような能力だ。

 

そんな彼女を協力者として選んだのは知り合いな事も理由の1つではあるものの、ある程度の発言力があって確実に味方に付けられるのは彼女しかいなかったから。

というのも……

 

 

「チュラさんを交渉役として選んだのは、彼女が知っていること以上の情報を推理しようとしないからです」

「確かに彼女に学習意欲は感じられませんが……聖女様にそんな噂、ありましたの?」

 

今度は首を振るのではなく、捻ることで記憶を探っている。

そんな噂は出回っていないから、思い出そうとしても無駄な事なんだけど。

 

「事実は確かめられないですが、うまくいったからいいじゃないですか。メーヤさんは信じてくれたんですよね?3人の事を」

「ええ、信じてくださいましたわ。何も知らないチュラ様が事前に『棺に吸血鬼が入っている』と話していたことを。確実に疑ってはいましたけれど」

 

 

作戦勝ちなんだから、もういいじゃないか!

それに、彼女はとても大事なことを間違えている。

 

 

「アリーシャさん。今のは失言ですよ?」

「っ!私、何か失礼を申し上げましたの?」

 

 

元々白い肌を更に青くさせてビクッとし、窺うような顔付きで視線だけをこちらに向けた。

 

(心当たりは無さそう。ま、仕方ないよね、あの成績じゃあねぇ……)

 

アリーシャは多分、一週間前の事を思い出そうとしているのだろうが、そこじゃない。

もっともっと大事な、未来につながる部分の話なのだ。

 

 

「チュラさんは努力家です。ああ見えて、毎日の勉強は欠かさない、いい子なんですよ」

「ええっ!?チュラ様が?」

 

 

そこまで驚くかね?……驚くよね。

 

あまりにも教務科に頻繁に呼び出されるものだから、1度だけ彼女のテストを盗み見た事がある。

もしかして、まだ学校の管理から抜け出せていないんじゃないかと不安だったから、成績次第では命懸けで苦情の1本でも入れてやろうと考えての行動。

 

――でも

 

『ウチの戦妹がご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありません』の言葉しか、頭に浮かばなかった。

 

確かにイタリアの理科の授業は日本の物より難しい。

それを自分の考えを深めるような勉強法で進められたら、チュラはお手上げだろう。

 

チュラには日本式の詰め込み教育の方が合っている。

聞いたことは先生の顔を利用して余すことなく記憶できると思う。

 

 

「まあ、でもテストの点数には反映されないというか……」

「いくらクロ様のお話だとしても疑わしいですわよ?」

 

そう言いつつ、アリーシャは私が口を滑らせるのを待っているように見える。

チュラはパトリツィアとも一緒にいたから、一目置いているのかも。

 

私がチュラの肩を強く持つと、若干不服そうに口を尖らせる。

なんだろう、彼女は戦妹と仲良くする私にあらぬ誤解を掛けていないだろうか?

 

「私が試験監督を務められれば変わるんでしょうけど」

「贔屓はいけませんわ。小学校ではありませんの」

「あの子も不憫だなぁ」

 

 

チュラは1人では何も覚えられない。

人の顔と記憶を結び付けて覚える事しか出来ないらしく、普段の勉強は私が一緒に付いてあげている。その結果――

 

――テストが始まって見える顔は試験の先生のみ。つまり、思い出せるのは授業冒頭の説明のみで、クラスメイトとのグループ討論すら思い出せない。

 

それでも諦めない彼女は、まずテスト用紙を模倣観察し始め、それと同時に裏面に書き写していく。

写し終わったら表面を眺め、模倣観察によって数式や図形、象形文字が浮かび上がるまでじっと耐える……らしい。すごく小さい頃の記憶を思い出してる、とはチュラ談だ。

小さい頃も何も今も小さいが、謎発言は聞き慣れている。

 

で、完了次第、浮かび上がってきたものを裏面に写そうとしてタイムアップ、というわけ。

 

(……あれ?最初っから、試験官の先生と勉強すれば良くない?)

 

考えていて気付く、驚きの新事実。

放課後にでも教えてあげないと。

 

アリーシャの疑問にも答えたし、隣の席も埋まったし、さて席を空けるとしましょうか。

 

 

「では、私は教室に……じゃない!アリーシャさん、パトリツィアさんは怪我してないんですよね?」

「――ッ!……皆様のご協力のおかげで、無事でしたわ」

 

 

(うん?反応は芳しくないけど、来た時にちょっと気まずくしちゃった私の責任だよね)

 

だって、アリーシャが人前でヤバい事言いそうだったんだもん。

もし聞いちゃったら、私も知らぬ存ぜぬで通せないし。

 

 

「えへ、良かったです、まだ顔を見ていなかったので。それと……」

「?」

 

ちゃんとお礼は言っておかないとね。

 

「お花、ありがとうございました。起きた時、すごく嬉しかったんです。皆がずっと、寝てる間も一緒に居てくれたんだって」

「クロ様?その……」

 

照れているのだろうか、彼女はとうとう私から視線も横に外した。

 

「あの花瓶は見覚えがありましたから!確か、昔に妹さんが作った花瓶が世間で高い評価を受けて、似た形のものが量産されたんでしたよね?」

「そうですわ。そうですけれど、後ろに」

 

後ろ?ああ、後ろを見てたのか。

誰かいるんだな。そりゃ、突っ立ってたら邪魔にもされるよね。

 

詩的に謝って許しを頂戴しよう。

もしかして、拍手なんかされちゃったりしてっ!

 

 

「すみません、ちょっと綺麗な花と別れるのは惜しく……て……ッ!!」

「あらそう、それは良い御身分ね。遠・山・ク・ロさん?」

 

 

背後に立っていたのは、今朝は2人一緒には会いたくないから……じゃない、時間が掛かりそうだから後回しにしていたあの人だ。

 

(なぜ……ここがバレたし……!っていうか)

 

 

「ほ、本日の交流会は、随分と、その、compactだったんですね?ベレッタさん。すっごいショートリコイル~、みたいな?」

「あなたのつまらないジョークは求めてないわ。日本人らしく"わび‐さび"とやらを見せなさいよ」

 

 

ベレッタ・ベレッタ。

我が愛銃達、ベレッタシリーズを開発して世界的に流通させるまでに至った大企業、ベレッタ社の跡取り娘……ロゼッタ先輩の妹さんだ。

クラスは違うが、である。

 

パオラのような市場取引に重点を置いて鍛冶仕事も引き受けるサポート体制ではなく、その幼……若さで、経営者原理や大量生産のノウハウも理解し、何より開発や改造方面に突出した才能がある正に小さな会社と工場そのもの。

第七装備科に巣食う、将来を約束された学校一番のガンスミス。値は張るけど。

 

……こんなもんでどうでっしゃろか?

 

 

 

そんな彼女はご立腹な感じではない。青碧色リヴィエラのツリ目は冗談めかして睨んでいるが口元は柔らかく、その端はにこやかに持ち上げられていた。

交流会の後だし、パトリツィアと2人で結構盛り上がったのだろう。

 

だが、彼女の使った日本語に、今度は私の口がニヤリとする番だ。

 

 

「ベレッタさん、勉強不足ですよ?おそらく"奥ゆかしさ"や"慎しみ深さ"という意味で使おうとしたのでしょうが、"侘び寂び"は日本固有の概念に近いものです」

「へ?そうなのね、ふむふむ……概念、ね。興味深いわ。クロ、"わび‐さび"を活用するならどうすればいいの?」

「それなら"侘しさ"という言葉と"寂しさ"という言葉でイメージを掴んでみてください。ついでに"茶道"について調べてみるといいかもしれませんよ?基本、日常会話には登場しないですが」

「"サドウ"!この前、パトリツィアが"サドウ"の漫画を読んでたわ!ねえ、"サドウ"してるとシスターになるの?マッチャは凄く苦かったんだけど、ここのリョクチャとは違う葉っぱを使っているのかしら?」

「お、お姉さまが…漫画を……?」

 

 

出た出た、出ましたよ。

無限質問タイム。

 

彼女の溢れる好奇心は1個の質問から2個、2個から4個。ネズミ算式に増えていく。ここにパトリツィアが混ざると、補足説明ならぬ補足質問がプラスされて、1重の質問が2重に、2重が4重。雪だるま式に増えていく。

だから、2人が揃った時にはあんなに長い昼休みが全て潰れることもあり、私が避けるのは誰にも責めることは出来ないはずだ。

 

でも最近は、ぎこちなさはあるものの、2人が日本語で会話できるようになってきてて楽しいのも事実。今度、優雅にお食事なんかは……あの2人が行くようなお店って、やっぱりすごい所なのかな?私には無理だ。

 

その時は庶民兼日本語仲間として一菜を招きたい所だったが、残念ながら一菜とベレッタは第一印象で距離が開いてしまったとの事。

まあ、私が来るまでは仏頂面でキツイ性格な上にあの喋り方だったから、避ける気持ちも良く分かる。今なら仲良くなれそうな気がするし、パトリツィアにも手伝ってもらって和解させよう。

上手くいけば日本文明調査の負担が半減するかもしれない。

 

 

彼女は「さあ、答えろ」と言わんばかりにメモ帳にペンを走らせる態勢を取っているが、待って欲しい。

別にキラキラした瞳で見つめられるのは悪い気はしないし、日本語の勉強を手伝うのはやぶさかではない。しかし、病み上がりであることを忘れていませんか?

 

ほら、あれあれ。不在中の勉強もしなきゃだし!後で第七装備科には行くから。

 

 

早急にパトリツィアを探さないと――――!

 

 

「おっと、そういえば今日は用事があるんでした!また、お昼に会いに行きますね」

「へえー。……ねえ、クロ?なんであたしがここに来たか分かる?」

「ここに来た理由ですか?カフェラテを飲みに来た、訳ではないですよね?」

 

 

分からないけど、こんなことでスイッチはONにしない。朝の事ずつきなんて知らない。

でも、なんでだろ?ここに来る理由に飲食以外なんて……そういえば、私も食事目的じゃなくてパトリツィアを探しに来たんだっけか。

とはいえ、パトリツィアは一緒だったんだし、他に誰か知り合いがここに?

 

 

――あ。私か。

 

 

「あちゃー。いつからでした?」

「玄関で写真がアップされてから、だったかしらね?」

 

 

(ここにも1BENE……)

 

なにこれ、超人気掲示板なの?人様の個人情報を延々垂れ流すだけの観察日記がこの学校ではウケてるの?私はアサガオなの?アリなの?カブトエビなの?

 

 

「スタート地点じゃないですか……。あの子ですよね、パトリツィアさんの」

「そうそう、パトリツィアの戦妹。あの子便利よ?パトリツィア経由だと極端に安くなるのよねー」

 

 

はい、私も良くお世話になっています。主に、情報操作方面で。

パトリツィアにゾッコンだから大体なんでも引き受けてくれるけど、やられる側はたまったもんじゃない。

 

つまりは私がパトリツィアを探しに来た事も3人組との会話で知られている訳で、第七装備科を避けた事にも勘付かれたか。ってか、そんな事で依頼すんな!

交友の少ない私がまだ会っていない仲間って誰だ?その人の元に逃げ去ろう!

 

 

「あはー……朝にフィオナさんと会わないといけなくて」

「あっそう、なら会いに行ったら?今日は登校出来てればいいわね」

「―ッ!」

 

 

ベレッタの発言にぞわっとした。

 

まるで先週は休んでいたみたいな言い方で、未だに何かを引きずっているような含みがある。振り向いて確認しようとしても、アリーシャも黙ってしまっている。

家庭の事情、病気、任務なんかでも学校を休む可能性は考えられるが、真っ先に思い浮かんだのは……

 

 

「フィオナさん、怪我をしているんですか!?学校まで休むような大怪我を……!」

 

 

声を荒げ、振り返った勢いのまま、ベレッタに問い掛けてしまった。

はたと気付くも手遅れのようで、口から出た言霊はもう戻りはせず、焦りに焦った思考はまんまと嵌められたらしい。

 

興奮で上り始めていた血の気が、サーっと引いていくのが分かるほど頭が真っ白になった。

イタズラな笑みを浮かべた青碧色の瞳が近付いてきて、その小さなお手手で制服の腕を掴んでしまう。

 

 

「あははっ、あたしフィオナって人は良く知らないわ。嘘を吐くならもうちょっと練っておきなさいよ、クロ」

「え、えへへー……」

 

 

チェックメイトはい、つんだー

 

 

「……ベレッタさん、銃とお花、ありがとうございました。光を前進させる様に撃ち出す銃なんて凝った意匠で、感激しましたよ」

「喜んでくれて嬉しいわ。パトリツィアからあなたは花が好きだと聞いていたの。じゃあ、お返しに日本の"奥ゆかしさ"を見せて頂こうかしら?」

「はい……喜んで……」

 

 

情に訴えるなけなしの抵抗はあっさりと流されてしまった。

覚えたての日本語を織り交ぜて、さもどうでもいい、当り前の受け答えの様に。

 

――頬が緩む。

 

だって、そういうことだ。

彼女にとって私に花を送ってくれることは、特別でもなんでもなく、当り前の事だと言ってくれているんだから。

 

仕方ないなぁ、親しみを込めて、ご奉仕させていただきますよ。

 

 

後悔するだろうことは目に見えていても、これは断れませんわ。

 

 

 

 

 

――――あーあ、なんで気付かなかったんだろう。

 

 

ベレッタは交流会が終わったなんて一言も言ってなかったんだよね……

 

 

後悔。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

時間は進み、午前の授業が終了する。

 

今日は私の復帰祝いという事で、昼休みを早めに取ってくれた。

嬉しいけどさ、嬉しいけども、もうちょっと勉強しません?教科書、1見開きも終わってないんですけど。

 

元々教科書なんて全てのページを解説するわけでもなければ、内容以外のお話も多い。

自主勉強やたくさんある宿題を終わらせるための道具みたいな側面の方が強い。

 

じゃあ、帰って勉強すればいいね!

 

 

――さて、建前はこれぐらいにして、と。

 

 

Alla Saluteかんぱーい!」「Cin Cinかんぱーい !」

 

 

学校の近くにある、『CASA家庭』という名の食堂に一番乗り……したかと思ったら、もう武偵高の先輩がいたので、一礼して入店した。休講かな?

ここのパスタはおいしいと評判なので、わくわくしている。私が注文したカルボナーラは、さぞかし濃厚なチーズの香りがするのだろう。ちなみに、麺はスパゲッティにしてもらった。

 

当然、私達は食前酒など頼んでいないので、濃厚な料理に合わせて炭酸水サンペレグリノを頼み、それで乾杯をした。

私は未だに抵抗があり、長めの単語で乾杯と言わせてもらっているが、ちょっと……言い辛いよ。流石に長年住んでいるだけあって一菜は平気みたいだけどさ。Cin Cin。

 

同じテーブルにはクラスのグループと同じ、右に一菜、左にパオラ、正面にパトリツィアが座っているが、クラスの皆12人全員で食事なんてそうそうない事だから……ちょっとだけ交流しておこうか。

こんな時でなければ、自分から話しかけることは稀で、特に男子生徒とは親しくなり過ぎないように気を遣っている。

 

理由は単純。

下手に波を乱されるようなことがあれば、スイッチのON/OFFに支障をきたすから。

苦手なのは確かだが、それ以上に親しい男性との交流は波を荒立たせる事が判明している。

経験則であり、その理由の解明は出来ていないものの、自分から危険に突っ込む必要もあるまい。

 

隣のテーブルに座っているラウルシストさんは同じ強襲科の男子生徒で、入学当初は一菜とも仲良くなかったから、彼に色々と学んでいた。

しばらく経って私が学校に慣れ始めた頃、一菜が自身の能力を隠して病欠をしていた時に2回だけ任務に付いてきてくれて……まあ、やり辛かったのだけれど、その時だった。

 

彼が戦う姿を見ていた時に、波が揺れるのを感じたのだ。

あわやスイッチが切れる寸前まで波が荒れていて、このままだとまずいと思い、その原因を探ろうと窓枠を覗いた。

 

 

そこで見たのは黄金の窓枠。

 

 

と言えば聞こえはいいが、うっすらと黄味掛かっただけの窓枠。

まるで怒っているみたいにガタガタと震え、訳も分からず不気味だったからすぐに逃げ出した。

今、考えてみれば、あの窓枠にも不思議な力が宿っていたのだろうか?ちょっと惜しいことをしたかもしれない。

 

結局スイッチはギリギリで踏み止まり、それ以降、彼と組むことも無くなった。

彼が特別な可能性もあったが、どうにもダメで、男性と親密な関係になる事は、そのまま私の力の喪失につながってしまうような危機感を感じている。

 

 

「クロちゃーん!掲示板すごいことになってるよー!」

「もう、やーです!見たくありません。見なければ不確定要素として誤魔化せますもん」

「クロさん、これはどうしようもないよ。ヒートアップし過ぎて、校外の掲示板ですらクロさんの話で持ちきりだったからね」

 

 

一菜が現実を見せ付け、パトリツィアが要らぬ情報を追記する。校外の掲示板って初耳なんですけど。

いじめだよ?パーティの主役が乾杯直後に沈んでるよ?

 

朝のお返しか?と思い、一菜の方をチラリと見てみると、メッチャにこにこ顔で掲示板を見てるよ、小さくて可愛らしい見た目のブルスケッタつまみながら。心から楽しむのは勝手だが、まさか、書き込んでいないだろうな?

パトリツィアの方は多分事実を述べただけだろうし、責めたところで意に介さないのは目に見えている。振るだけ無駄な労力だ。

 

 

ならば、八つ当たりを考えずに癒しを求めるべき――!

 

 

「パオラさーん、助けてくださーい。あの2人がいじめて来るんですよー……」

「お2人共、程々にしてあげましょうね?クロさんも、その……色々と女性関係のスキャンダルで、苦労しているみたいですから。一菜さんは、えと……分かってますよね?」

「ん?」

 

 

アウトーーッ!

 

トドメの1発入りましたー!

 

分かっているのはあなただけなんですよ!

いや、違う違う、あなただけが分かってないんですよ!

 

 

「私はノーマルで、す……か?」

 

思いっきり否定してやろうと口を開いたが、男子が苦手って言っといて、ノーマルだと言い切る自信は無いぞ。

 

「どーしたクロちゃん?少なくとも、あたしはクロちゃんはフツーじゃないと思うなー」

「やっぱりそうなんですね!?」

 

違う、そうじゃない。

あいつは話を聞いていないだけだぞ。

 

「どしたどした!なんの話?」

「その話、私達にも詳しく!」

「ついに独占取材決行だね!さーさーお答えください、質問はいくらでもありますぞー」

 

くっそ!エマさんを中心としたパパラッチグループがこっち来た。

このままでは無い事無い事無い事、全部書かれるぞ!例の掲示板のプレミアム限定の方で!

 

今日のアンラッキーアイテムはメモ帳に違いない。それともペンの方か?

 

 

「まずはまずはー、ズバリ!好きな女子生徒は?」

「直球ですね!?しかもなんで女子なんですか!」

「真っ直ぐな女性……っと」

 

おい、何書いてるんだ?何も答えてないぞ?

 

「では、クロちゃ…クロさん、好きな髪形と専攻は?」

「え、髪?任務中に邪魔にならなければ個人の自由じゃないですか?」

「なるほど、短髪か結った髪がお好みと」

「それに、専攻なんて別に優劣付けるものでもないでしょう?」

「流石です!元気ッ子も、クール系も、不思議ちゃんも花喰花の前にはさしたる障害ではないんですね!」

「ちょっ、何の話でしたっけ!?」

 

回答と解釈が違った気がする。

でも、突っ込んだらさらに踏み込んだ質問が来そうで怖い。

 

「これはどうですかな?好きなgesto仕草とかparteパーツとか、出来るだけ細かくお願いしますぞー!」

「好きなgestoジェスチャー……?……あー、チュラさんと良く使うのはこれですかね?『私の顔を見ろ』という意味です」

「わッ!わたたッ!?そ、そんな大胆な事を普段からしているんですかな?思わぬ収穫ですぞ……」

「好きなparte役割は、拘りませんよ。一菜とならどこでも大丈夫です。パートナーですから!」

「ブフーッ!」

 

右の人がうるさい。タイミング的に私の発言を聞いて噴き出したのだろうが、げっほごっほとむせながら、甘いドロドロとしたココアのような、チョコラータ・カルダを飲んでまたむせている。

口の中が空っぽで良かったね?なんで噴き出すのさ。恥ずかしいのか?パートナーって言われたのが。

 

「お、おお……!これは、過去最高の記事が書けそうですぞー!」

 

どこに感動したんだか分からないが、私の溢れる友情愛に心打たれた可能性が高い。

最後の最後に、しっかりとイメージ回復できそうで何より。2巡目が来る前に対策を……おや?

 

 

「皆さん、なんで固まっているんでしょうか?」

 

 

今の質問をしてきたコンシリアさんとパトリツィアは特に変化はないが、パパラッチのエマさんとテレーザさんも、隣の席の男子生徒も、一様に固まってこちらを凝視している。隣の一菜とパオラなんて顔まで真っ赤にしてるし、そんな熱くなるほど情熱的だったかな?

 

不可解な現象、不思議な光景。

沈黙を破ったのは、この状況をシラーッと見ていたパトリツィアだった。

 

 

「クロさん、あなたはアリーシャを狙っていないよね?」

「……はい?」

 

 

妙にマジトーンで凄みを込めた問いかけに、OFF状態の私は簡単に気圧されてしまった。

だが、この流れでアリーシャの名前が出るのは何故なんだろう、学年も違うしチュラがいるんだから戦妹枠も埋まってるよ?

 

そんな私の冴えない反応で満足したんだか分からないが、割とすぐに引っ込めてくれた。

代わりにため息を1つした後、こちらには視線を戻さずに一言。

 

 

「なぜ、あなたは律義に答えるのか。私には分からないよ」

「あっ」

 

 

そうだった。

答える必要なんてなかった。

 

答えてしまったら、解釈の違いとか言われて、根も葉もない噂ではなくなってしまうじゃないか!

 

パトリツィアはそれ以上は話さない。

けど、今度は私から話し掛けなくては……

 

 

 

「お願いします……パトリツィアさん……」

「ご指名、嬉しく思うよ。後は私に任せておくといい」

 

 

 

 

 

後日談として、語るのであれば。

 

この日、掲示板のプレミアム限定に記事が載ることは無かった。

 

 

ホント、パトリツィア様様である。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

昼休みの時間は、授業を早めに切り上げてもらったおかげで、散々なパーティが終わった後もまだ時間がある。

なので、パオラに連れられて、第三装備科にお邪魔することにした。言うまでもなく1週間前に起きた事件、そのヒルダ葬儀場班の報告を受ける為に。

 

前を歩くパオラがドアを開け、中を確認してから私を招き入れた。

 

 

「クラーラ、ガイア、お待たせしました」

「思っていたよりも遅かったね、パオラ。あ、クロさんも一緒でしたか」

「っつーことはあれか?報告会か?」

 

 

いつも通り、この2人もここでパオラを待っていたようだ。

お昼はすでに済ませたようで、包み直されたオベントー箱がそれぞれの脇に置いてある。

 

 

「うん、クロさんに、あの場で起きた全てを伝えないとだめだよ。クラーラも、覚えている範囲でいいから、ね?」

「パオラは心配し過ぎ……確かに、もう帰れないかも、とは思ったけど」

「エレナミアは呼ぶか?」

「ううん、彼女は多分ほとんど知らない、最初の衝撃で気絶しちゃったから」

「そうか……」

 

 

……どうやら順調じゃなかったのは逃走班だけじゃなかったみたいだ。

2人の表情は暗い。何があったんだ、あの夜、ヒルダを運んでいた葬儀場班の身に。

 

 

「パオラ、先に教えてください。ヒルダは……吸血鬼は無事に送り届けられたんですか?」

「……」

 

 

(嘘……だっ!)

 

じゃあ、一菜は? 

知らないはずがない。

 

一菜はヒルダの名前を聞いて、助けたいと言っていた。

なら、その安否を知りたがらないはずがないのだ。

 

無理をして笑っていたのか?

それとも……

 

 

「パオラ、そこで黙ったらクロさんが勘違いするよ」

 

 

グルグルと考え込もうとした私の脳内に、微かな希望が差し込む。

クラーラが私の反応を見て即座にフォローを入れてくれて助かったが、もう少しでスイッチを入れてしまう所だった。

 

 

「あっ……ごめんなさい、クロさん。違うんです、ヒルダさんは無事です。彼女は……」

 

 

無事なのに言いにくそうなのは、きっと送り届けられなかったから。

その理由は容易には思いつかないが、ということは思いもよらないことなのだろう。

 

目をキツく閉じたパオラは意を決そうとして、でも言葉が出て来なくて、呼吸を整えながら心を落ち着かせる。

 

 

「覚悟は出来ています。一菜もその事実を受け止めたんですよね?私も負けられません」

 

 

2人は一菜に話す時にも同じ位、いや、もっと苦悩したに違いないのだ。

急いだって、話の内容が変わるわけではないし、彼女達の気持ちの整理が優先。待とうじゃないか、まだ時間はある。

 

 

 

 

――しかし、意外にもその整理は時を待たずに済んだようだ。

 

 

 

パオラが告げた事実に、今度は私が衝撃を受けることになる。

 

 

 

どういう事だ、ありえないじゃないか!

 

 

 

 

彼女はずっと眠っていたのに……!

 

 

 

 

 

「私は……彼女に、