まめの創作活動

創作したいだけ

黒金の戦姉妹5話 月下の夜想曲

どうも!

これ、いつになったら原作行くんだ?ぷじゃけるな!
とはお思いでしょうが、

時が経てばその時は来る…としか言えないので、お付き合いいただければと。
では、始まります!


あ、微ホラー注意です。ちょっと怖いです。
私にホラー耐性がないだけかも……




月下の夜想曲ナイトメア・ノクターン

 

 

 

「で、あるからして――」

 

 

温かな日差し、心地よい風、綺麗な鳥の囀り……もさすがにこんな危険地帯には近付かない。

連日銃声の絶えない場所に誰が好き好んで寄ってくるというのだろうか。現にそこへ通う私がそう思うのだから間違いないだろう。説得力はないけどね。

 

(自然の居場所を奪ってますなぁ)

 

ここは教室、ただいま歴史の授業中だ。

 

なんでかな私は昨晩見たドラマの影響で、ちょっと感傷的になっていた。センチメンタルって言葉カッコいくない?……ふぅ。

 

 

「おーい、クロちゃーん。帰ってこーい」

「私は今、夜想曲を聞いているんです――」

 

 

スパーン!

 

叩かれた。先生、体罰はいかんのではないですか?

 

この歴史の授業、担任は高校の殲魔科にあるとされる地下教会の秘密組織から来ているという噂がある。それを裏付けるように彼の肉体はよく鍛えられていた。スーツの上からでも私の目は誤魔化せない。

 

正直関わりたくないが、気分が乗らないんだから仕方ない。

今日の私はセンチメンタルなのだ。

 

 

「だいじょーぶか?」

「はい……鑑賞会は後にします……」

 

 

これ以上、セットメニューにタンコブの数を増やされても食べきれないので、渋々グループ討論会の輪に入る。入れてくださいお願いします。

 

メンバーは私と一菜、それとパオラとパトリツィアだ。

 

 

「"ク……クロさん、大丈夫なの?その……頭"」

 

この、心配して声を掛けてくれたのがパトリツィア。

大丈夫、「頭大丈夫ですか~」って馬鹿にしてるんじゃないのは分かってるから。

 

 

マリーゴールドタンポポのような明るい黄色デンテ・ディ・レオーネの髪が伸び、ブルーの瞳に少しだけ掛かっている。

私よりも身長は若干低いが、同学年の中では少しふくよかな胸は、隣の二人と比べてはいけない。

女は胸じゃないよ。ドンマイッ!

 

例に漏れず、透き通るような白い美脚は、端にお洒落なフリルが入った、純白のニーソックスでほとんど隠されている。

 

彼女は生粋の隠れ日本オタクだ。

趣味の充実に向けた日本語勉強中の身なので、だからさっきも話し方も少しぎこちなかったってわけ。

 

 

「はい、大丈夫ですよ。こんな傷、日本にいたころは良く付けられてましたから」

 

 

(お兄さんとか、お父さんとか、お爺様とか)

 

あれ?なんで私女の子なのに、こんなに打たれてる記憶があるんだろ…

遠山家に常識は通じないのか。

 

 

「慣れている、というのがいかにもクロさんらしいです」

「だね」

 

疑問もなしに肯定する一菜とパオラに続いてパトリツィアも頷く。

そうか、私には常識が通じないと思われているのか。

 

「諦念とともに、私は世を儚んで――」

「せんせーい!クロちゃんが…もごもご」

「何でもありませんよ!ちょっと頭が痛んだだけです!」

 

 

裏切り者を無力化しつつ、強引に討論へと舵を切る。

内容は過去にあった、魔女による人間への侵攻と災厄について、だったけど。正直、魔女なんてヨーロッパ中にいるんでしょ?先日、校内でチームメンバーと戦った疫病の矢――フラヴィアと名乗ったらしいが偽名だろう――も魔女だった。

 

話に聞く魔女ってもんはどいつもこいつも常識を逸脱した能力を持ってるし、鉛玉も効かないし、変身するし、卑怯だよね?

 

え、私?やだなー魔女じゃないですよ。ちょっとだけ物理は苦手だし、銃弾も回避できなくはないし、いつでもスイッチ切り替えられるけど、人間ですから。

 

 

一体何を話し合うっていうんだ?こんな普通の中学生を集めて。

 

 

「クロさんはどうかな?」

「え?何がです?」

「クロさん、これこれ、ここです。この魔女とこの魔女、どっちの方がより罪が重いと思いますか?」

 

 

知らんがな。校門に投票機でもつけとけばいいじゃん。

 

とは思うが、これは授業だ。こうやって少しずつ、魔女に対しての敵対意識を育てていく、長期的な洗脳カリキュラム。

 

あまり宗教に関心がない私にはとても退屈な時間で――

 

 

「こっちこっち!こっちの方が強そうだよ!あーでもこっちの魔女もかっこいいなー」

「一菜さん、これは魔女番付ではないんだよ?」

「だってー、罪の意識なんて曖昧なもん、わかんないじゃんかー」

 

 

あれは乗り気だけど、授業の内容は全く理解してないな。

でも、それなら楽しそうかも。銃とか車のカタログ見てるようなもんだしね。

 

 

「どれどれ、私にも見せてください」

「ほら見てよ!こいつこいつ、かっこよくない?」

 

 

そういって、一菜は自慢の車を見せつけるように、私に教本を向けてくる。

不思議だな。こんなにいっぱい魔女の伝説があって、今も彼女達の子孫は残っているのに。いざ学校の外に出れば、それを知らずに生活している人が溢れているのだ。

これ以上考えると、またしんみりした曲が流れだしそうセットメニューが増えそうなので、教本に目を落とす。

 

びっしりと並んだイタリア語。

綴られた恨み言の数々は大幅な脚色を含みつつも、彼女達が行った悪逆の限りとその危険性を詳らかに説いていた。

大半の参考資料は姿絵ではなく写真であり、尖った爪や耳鼻、深く窪んだ昏い目は悪意すら感じさせるものだが、これが魔女への畏怖の念を形にしたものなのだと思うと、著者を責める気にはなれない。

 

で、肝心の一菜イチ推しの魔女はというと……

 

「これは……トロヤ――悪魔公姫ドラキュリア――!」

「どうどう?クールビューティーって感じがしない?」

 

一気に現実に引き戻されたよ!

何がクールだ!グールの方が近いよ!

 

 

姿絵は比較的綺麗なものではあったが、人間でないことは明確だ。

何故なら彼女には色彩の無い闇色の翼が生えていた。

 

人のものとは思えない真っ白な肌、そしてその先端で十指の爪がナイフよりも鋭く尖る。恐怖を煽る邪悪な嗤いを浮かべた口元には獲物を仕留める為の犬歯が覗き、無機質な銀色の双眸が教本の中から私を睨めつけ身震いさせた。

 

 

「ドラキュリアって…」

「そうだね、たぶんクロさんが想像している通り」

「日本語だと"竜悴公姫吸血鬼"や"悪魔公姫悪鬼"……でしょうか」

 

 

こわいなー。

 

この教本の人は名物""を喰らって、クールな世界に旅立ったようだが、過去に遭遇したもう1人の魔女が頭をよぎる。

 

 

(悪魔公姫――ドラキュリア――)

 

 

あの時は死ぬかと思った。

姉さんのお仕事について行った時だよな――――

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「姉さん。今日の任務は怪盗の身柄を取り押さえることでしたよね?」

「ええ、そうよ。これから怪盗のに潜入するわ」

 

 

夜も更けたころ。私たちは華やかなパリ郊内まで出向いていた。どうにも姉さんの後輩が殲魔科の単位取りに誘い、相手魔女が怪盗を名乗るなら、姉さんにもたっぷりと報酬が入るらしい。

姉さんってそういうのに興味ないけど……天から運が降って来てるな。

 

正直うらやましい。姉さんと2人の任務は、苦労多く実りが少ない。

姉さんは義の為に"込められた思い"とやらで仕事を受ける。

立派なことだし、見習いたいと尊敬するが、中学武偵の収入では出費とトントンなのだ。

 

(姉さんはどうしてるんだろうと疑問でしたが、なるほどこういう所で巡り巡って帰って来てたのか)

 

少し世間での身の振り方を顧みていると、背後から気配。それ以前に普通に誰かが歩いてきている。

姉さんも振り向き親し気な笑みを浮かべる。例の後輩――今日のお仲間さんか。

 

Buona seraこんばんは。本日はよろしくお願いします、カナ先輩」

「ええ、Buona seraこんばんは。今日は私とクロちゃんだけだから、日本語でいいかしら?」

「はい、構いませんよ」

 

(うわぁ……メロンが2つも宙に浮いてる……)

 

何度目を擦ってみても、あれは地球が仕事をサボっていたわけではなく、お空の三日月が頑張ってるわけでもない。

その支点を司る人物がいるらしい。それが近付いて来るもんだから、揺れるメロンも一緒に付いて来る。さらにシュガーミルクの甘ったるい香りも付いて来る。止めになんかお酒の匂いも付いて来る?

すごいセット販売だ!でも…お高いんでしょう?

 

「こんばんは。あなたがトオヤマクロさんですね?カナ先輩の妹さんの」

「は、はい!そうです。こんばんは!」

 

いくら女性同士とはいえ、あまりじろじろ見ていたのは失礼だったかな。視線って分かるものだし。

 

「すみません、メロンが2つセットだったもので」

「???」

 

あっ、フォローしようと思ったのに考えていたことが口を突いて出ちゃった。

幸い目の前のふわふわした女性は言葉の意味が分かっていないらしい。カナは気付いたみたいでちょっと笑ってるけどね。

 

「いいの、気にしないで。2人とも自己紹介なさい」

「「は、はい!」」

 

私とWメロンカルーアミルクさんはほぼ同時に気を付けの姿勢をとる。

少し和やかな雰囲気が流れ、うまくやって行けそうな感じだ。

 

カナと組んだことがあるなんて話だったから、見返りに執着しない仕事熱心なキャリアウーマンを予想していたのだが、良い意味で裏切られた。任務中ではなく普段のカナに同調した似た者同士なのだろう。

もっとも、任務に同行するくらいなのだから、相当な実力者であることは疑いようもない。

 

相手は先輩だし先に挨拶をと思っていたが、

 

「うふふっ……私はメーヤ・ロマーノ、と申します。。ローマ武偵高校に通っていて、専攻は殲魔科。あなたの先輩ですよ?」

 

上下関係には厳しくないのかな?

ご丁寧に、しかも日本式に頭を下げて挨拶してくれた。

 

「そしてなんと!父が日本人でして、実はハーフなんです!」

 

日本語がスラスラと流れて行く。おそらく彼女の目論見通り、私は日本人の血が流れる穏和な振舞いに親近感を感じてしまう。

彼女は初対面なのに私的株式市場での株は高騰の一途を辿っていった。

 

「えへへっ……私は遠山ク……えっ?」

 

辿っていたんだけど。

 

「??どうかしましたか?」

 

ちょっと待って……今この人、自分の事メーヤ・ロマーノって言った?メロン・マロンの聞き間違いじゃないよね?

いや、手を差し出してくれるのはいいんだ。それは引っ込めなくていい。

 

とりあえず、引っ込みかけた手を掴み、挨拶を返す。

礼を欠いてはいけないと本能が告げている。

 

「わ、わたっ、私は、とと、遠山クロと、申します!」

 

一気に言い切った。驚いて逆に力を入れ過ぎてしまった気がする。ぎゅーってなって、手、白くなってるよ。

 

「あら、すごく力強いですね。さすがカナ先輩の妹さんです!とても頼りになりそうです」

「そ、そんな!私なんて姉さんに比べたら…」

 

なんで私がテンパってるかって?だってこの人"祝光の聖女"様ですよ!?

 

噂が絶えない、。あのふざけた殲魔科地下教会のヤバい人グループの筆頭だ。

 

魔女を三枚おろしにしたとか(あくまで噂)、使い魔を逆剥ぎにしたとか(たぶん噂)、

サバトに強襲をかけたとか(きっと噂)、その勲章しるし(噂であって欲しい)は数えきれない。

 

 

なんでそんな人が単位なんて欲してるんだ?なんでここにいるの?

 

……そうか!カナの運の良さはこの人が原因なんだろう。

つまりカナにお金が入るためにこの人は単位を落としそうなのでは?

そういう向きに運が流れる機構が、お空の上で仕組まれてるぞ!と推理した。

 

そう思ったら不憫で、ちょっとだけ彼女の苦労を共感できた。

調子も戻ってきた感じがするし、よしフランクに行こう!

私は仲間です。アイ・アム・フレンドリー!

 

「メーヤ先輩、とお呼びしてもいいですか?」

「もちろん。呼び捨てでも構いませんよ?」

 

それは遠慮しておきます。聞こえてない。アイ・アム・ア・ペン!

 

「失礼ですが、どうして今回の任務に?メーヤ先輩なら、単位を落とす心配なんてないような」

「そ、それは……」

 

言いにくいことなのか。魔女の三枚おろしの芸術点が足りなかった、とか言われても困る。

 

「いえ、大変失礼しました。任務には関係ありませんでしたね」

「いえいえ、私こそ、答えられなくてすみません。お恥ずかしい限りで……」

 

頬を染めているが、どうせ碌なもんじゃないことだろう。藪蛇になる気がする。

早めに切り上げて、仕事の話に移ってしまえ!

 

「姉さん」

「どうしたの?」

「今夜の私の立ち回りについてです。私はメーヤ先輩のことを(噂以外)何も知りません。武装も、射程距離も、戦闘スタイルも…能力ステルスも」

「私じゃなくて、彼女に聞いたら?」

 

(メーヤ先輩が私に開示できる情報を直接聞いて、立ち回りは自分で判断しろってことか)

 

ちらっと、メーヤ先輩の方に向き直る。特別な武器は持ってなさそうだし、RPGとかで良くある"光魔法"でも使うんだろう。"ライト!"とか"ホーリー!"とか"かっこいいポーズ!"とか。

 

でも一応聞かないとね。三枚おろしってことはダガーの一本でも持った、狩猟民族の可能性も捨て切れない。

 

 

「メーヤ先輩の事について、教えていただけますか?」

「はい、えーっと…」

 

トテテテ……と何か茂みの方にバランス悪そうにゆっくり駆けていく。

ほんわかするなぁ。お姉さんっぽい色気があるのにあどけなさが残ってて、一粒で2度おいしい感じだ。

 

うわさなんて当てにならないね。きっと彼女は良い人だよ!そうだよ……

 

……だからさ、その……茂みで"うーんしょっ!"って持ち上げようとしてるのは、何なのかな?かな?ねえ、姉さんカナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実は非情だ。

 

うわさは尾ひれが付くものだけど、火の無いところに煙は立たない。

 

 

怪盗さんには申し訳ないが、さっさと降伏することをお勧めする。

 

 

おーい、怪盗!  今すぐ出てこーい!

 

   お前は完全に積んでいるー!  

 

これはー勧告ではないぞー!  同情だぞー!

 

 

脳内警察ごっこをしている私の隣に立つ敬虔なシスター様は、一体何の儀式に必要なんですか?と聞きたくなるような大剣を担いでいる。

 

一菜もおかしいけど、この人の武装は見た目からしておかしい。

つくづく人間ではない者を相手しているのだと思い知らされるね。だって、仮に人間を斬るだけならナイフで十分、あんな重装備は必要ないでしょうに。

 

光り輝くパリの景色にそんな物騒なものは似合わないよ。潜入にはもっと向いてないよ……

 

 

「……時間よ。予定通り、私とクロが潜入する。メーヤはこのまま建物を迂回し、第一展示場のBブロック側。ここからならA,B,Cのすべての天窓が見えるわ。

今までの手口から、天窓からの潜入、裏側勝手口に繋がる手洗い場からの潜入、どちらかに絞られるから、クロは第二展示場の受付横をベースポイントにしなさい。

発砲の許可は下りているけれど、出来るだけ抑えて、見失う前に取り押さえること。一度入り込まれたら、発見・確保は困難になるわ」

 

作戦の打ち合わせは短時間で済まし、メーヤ先輩が魔術的な索敵を終えたところで私達は別々のポイントに移動を始める。どうやら魔力反応――要は敵影は見付からないそうだ。

 

「分かりましたカナ先輩。では私は一足先に向かいますね。神のご加護があらんことを」

 

メーヤ先輩は大剣の重量に多少ふらつく様子を見せたが、ほんとに大丈夫なのか。

なんてね、仲間は信じないと!私は自分の仕事をこなさないとだめだ。

 

「それと、クロ、万が一正面玄関を抜けられるようなら、特別展示室のレーザーで信号を送りなさい」

 

的確な判断のみ提示するカナにしては妙な指示だ。

いい予感はしない。だって私よりも遥かに強いカナが推し量れないと言っているようなものなのである。

 

「カナ、何らかの力に思い当たることはない?」

「今はまだ、何も言えないわ。任務に当たりましょう」

 

含みはあるが、隠してる感じではない。推理の途中か何かだろう。今はおとなしく任務に向かうしかない。

 

「準備は出来ました。いつでも行けます」

「ええ、行きましょう」

 

 

 

 

カナに続き、館内へと潜入する。予め渡されていたカードキーと管理者の虹彩データの承認を用い、何の問題もなく入り込めた。あとはベースポイントで待機しつつ、怪盗の出方を見る。

 

夜空に浮かぶ月が綺麗だったし、夜想曲でも流そうかなと、ヒステリアモードの窓枠の1つにレコードをセットする。

記憶で構成された架空のレコードは、私の憶えたそのままに、頭の中に美しい旋律を響かせた。

 

しばらく音楽に身を委ね、怪盗の影を外に探してみる。

正面玄関には噴水があって、今は止まっているが、そこに美しい月が映っている。

 

たまには夜更かしして、こういう景色を楽しむのもいいことだと思う。

百害あって一利なしとは言われるが、そこでしか見つからないものがあるんだ。

 

(本当に綺麗なだ……まるで目が吸いつけられたように、そこから離せない)

 

微かな違和感。背筋に走る冷たい感覚。

唐突に嫌な予感がしてきた。おかしい、何かが異常だぞ。

 

"月下の夜想曲"――私の記憶に逆らって、旋律が徐々にテンポを上げていく。美しい音色は、いつの間にか闇を纏い、狂ったように跳ね回る。

 

「――っ!――っ!はっ―――っ!―――っ!」

 

声が出ない。胸の鼓動が曲に合わせるように動悸を速めていく。心臓を握りしめて無理やり動かされているみたいで気持ちが悪い。

 

(うご……けない?)

 

視線がずらせなくなり、首が回らなくなり、肩が上がらなくなり……今、膝から上は完全に動かない。

瞳から徐々に石化していくように、あの満月から目を離せない……!

 

 

「あらまぁ!今回の獲物は随分と可愛らしいじゃない?」

 

 

声がする、だが私の首も瞳もそちらを向いてはくれない。悪夢を見た後の目覚めのように、ただ茫然と、前を見ることだけが許される。

 

「ねぇ、あなた?お名前は何て言うのかしら」

「っ!―――!――っ!」

 

口をパクパクさせる事すら出来ない私を、その何者かは値踏みするように眺めている。熱烈な視線そのものが毒のように、肌が焼けそうなほど熱い。

 

「?あぁ、そう、そういう事なのね。すっかり忘れていたわ」

 

彼女が私の瞳の前に手をかざす。それだけで魔法が解けたように体に自由が戻ってきた。

 

 

バッ!ババッ!

 

 

距離を取り、怪盗と思しき人物を探すが、周囲はおろか、室内にはもう見る影もない。

 

(なんだ!どこ、どこだ!どこにいる!!)

 

上を見ても後ろを見ても、誰もいない。さっきのは幻覚だったのか?

 

(カナが言っていた。入り込まれたら発見・確保は困難だと。が、もしこの事を言ってるとしたら……手遅れになる!)

 

最早、証拠や痕跡探しどころではない。正面玄関は突破されてしまったのだ。

レーザーの操作を行うセキュリティ室は2箇所。私のいる第二展示場はBブロックにある。

 

(迷っている暇はない。すぐ向かわないと!)

 

受付からBブロックに行くならAブロックを通過するのが一番早い。

――Aブロックに入った。

Aブロックに入ったら直進し、抜けた先のT字路を右に曲がる。

――Aブロックを抜けた。

 

続いてT字路に……!いた!人影がいる。

月明かりが窓からこの廊下を照らしている、直射の日光による展示物の損耗を抑えるためにここには何も展示されていない。

廊下の左右に気持ちばかりのベンチが設置されているだけだ。撃ち合うならここしかないぞ。

 

 

「あなたが怪盗さんで間違いありませんか?」

「?あらぁ?あぁ、そう、そうよね。あなたは私を探しているんだもの」

「答えなさい!」

 

威嚇のために銃を構え、照準を合わせて銃口を向ける。が――

 

(まただ、また…体が動かない!)

 

今度は徐々になんて生易しいモノじゃない。頭のてっぺんから足の爪先まで、金縛りのように動かなくなった。

目の前には怪盗がいる。それなのに私の目は照準を合わせたまま動かせない。

 

 

「なぁーんてお間抜けさんなのかしら?こう何度も引っ掛かっちゃうと、つまらないわぁ」

 

 

後ろから声が聞こえる。訳が分からない。何かが私の首筋に触れる。

ゾッとするほど冷たいソレは。たぶん……手だ。

 

グローブをはめているんじゃない、これが彼女の体温。まるで血が通っていないようだ。

 

 

      コワイ―――

 

 

本能的な恐怖に、縮こまることも出来ない、ただそのまま怯えるだけ。

 

徐々に上に、徐々に前に…

 

 

「次に私を見付けたら、ご褒美をあげるわ。ふふっ、頑張りなさい。這いつくばってでも見付けるのよ?」

 

 

彼女の手が私の目を包み、夜の闇を連想させる。

 

 

閉じた瞼の向こうで彼女はまた消えたのだろう。でも、恐怖はまだそこにいる。

 

首から目まで、滑るように辿ったあの手の感触が、まだ残っている。

 

射殺すような視線の傷跡がまだ熱を持っている。

 

怖くて目が開けられない。

 

 

 

もしまだ彼女がいたら?

                        

 

次に彼女を見付けたら?

 

 

 

このまま眠りに就いてしまえたら、どれだけ幸せな事か!

 

 

 

 

          「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」

   「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」           「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」       「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」    

       「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」            「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」

 「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」       「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」

               「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」  

        「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」      「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」   「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」       

「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」        「あらまぁ!目を開けなくていいのかしら?」

 

 

 

 

 

気が狂う!頭の中に声が響いてる!

 

 

やめて!来ないで!こわいこわいこわいこわい!

 

 

 

「あ、ああ、あ、あ…」

 

 

「あらぁ、残念、あなたの負けよ。でも、その恐怖に怯える顔、最高よ!とても楽しかったわ、また会いましょう?あはっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロ!しっかりしなさい!」

「うっ」

 

(呼ばれている、誰に?彼女に?)

 

「起きなさい、少しずつでいいから目を開けるの」

「ねえ…さん?」

 

この声は姉さんの声だ。聞き慣れたはずの声も、今は数年越しの再会の懐かしささえ感じる。

――目を少しずつ開ける?ああ、そっか私目を瞑ってたんだ。

 

「何があったか覚えている?それを、言葉に出来る?」

「何……言って」

『あらぁ、目が覚めたのかしら。いえ、目は開かないのよね?ごめんなさい』

 

「ッ!!」

 

何この声、姉さん誰かいるの?目が開かない。

 

「ねえさ…」

『そういえば、口も利けないんだったわね。あなたは何も出来ないの、そうでしょう?』

「――ッ!」

 

息が詰まったように声が出ない。

話そうとすると空気を吐き出すことも出来ず、呼吸すら止まってしまう。

 

「クロ?……メーヤ!私の傷はいいわ。クロを見てあげて」

「カナ先輩!?でもこの傷では――」

「いいから!クロの様子がおかしい、呼気の乱れも激しくなってきた。手遅れになるかもしれない!」

「っ……分かりました。…………」

「……どうにか、なりそうかしら」

「――これはっ?!両眼の無い悪魔と燃える鉄串のマーク、"生前埋葬ベリアリナライブ"。生き埋めの紋章です」

「説明は後で聞く、お願い、クロを助けて!」

「大丈夫です、カナ先輩。ほとんどの力を戦闘に回したおかげで、命を奪うほどの強制力は失って――」

 

 

 

 

体がどんどん切り分けられていく、そんな感覚。

少しずつ少しずつ、奪われていく。私の体の支配権が。

 

『……邪魔が入ったわ、興醒めね。罰ゲームはこれぐらいにしてあげる』

 

不満で拗ねた子供のように、声のトーンがストンと落ちる。

もう用は無いとばかりに遠ざかる彼女は、最後に一度だけ振り返った。

 

初めて見えた、彼女の顔が。

美しかった、すべての人を魅了させる満月の瞳が。あらゆる者を従わせる真紅で蠱惑的な唇が。

人ならざる者の明るき白ビアンコの肌のキャンバスに、インクのようなダークのドレスがヒラヒラと零れている。

鮮やかな金髪は、ザクロ色の紐で飾られていて、闇の翼が全ての調和を司る。

 

目が離せなくなる。ただそこにいるだけなのに、存在感の厚みが桁違いだ。

 

 

 

 

『でも、あなたとはまた会う、箱庭で。可愛い従妹にも伝えておくわ』

 

 

 

 

  『はもう、わたしのおもちゃよ―――』 

 

 

 

 



>



クロガネノアミカ、読んでいただきありがとうございました!


今回は思い出+ちょっとだけホラー回でした。

色んな能力がありますが、格下相手への精神攻撃以上に強力なものはなかなかありません。

ドキドキしながら読み進んでいるのなら大成功です!


クロが言っていたもう一人の人外(魔女)。戯れ程度で全く手も足も出ませんでした。
"また会う"、と言って消えた彼女は何者なのでしょうか?

次回は違う話になりますので、いま暫く、お待ちください。