黒金の戦姉妹32話 首尾の一行
雲一つない青空の下、日本のように四季のあるローマは私が寝ている間に秋へと姿を変えていた。
季節が切り替わり冷え込む朝の気温、予備の新品制服に袖を通して気分を一新させると、不安で浮足立った気持ちがきゅっと引き締められる。
カナやチュラが普通に登校していたという話を聞いた私は2人が出て行くのを見守り、疲れや怪我なんて知ったものかとバラトナの制止を振り切って、脚で覚え込んだ学校までの道のりをのんびりと歩いていた。
……ここまでは。
「おひさー、クロちゃん」
「……待ち伏せですか。お久しぶりです、一菜さん。呼び捨てでなくて安心しましたよ」
三浦一菜。
1週間と1日前、私が参加した箱庭で喧嘩を吹っ掛けた国々の代表戦士がいたが、その内の1人、日本の戦士だ。
そして私に対して一番最初に宣戦布告――果し状を送り付けてきたクラスメイトでチームメイト。
黄味の強い茶髪の尻尾を白いリボンで結わえた少女は、カフェ・ラテのツリ目をゆるゆるに脱力させて、ビューティともプリティとも言い表せない不思議な笑顔を見せている。
一度彼女の魅力に気付いてしまえば、性差は関係ない。もっと見たいと心が収着され、自然と視線を向けてしまう。
歌って戦う武偵アイドルが向いてるんじゃない?
歌声を聞いたことはないし、本人の性格を考えれば総合格闘技に出場している方がまだ想像可能な範囲という点を除けば、の話だけど。
「クロちゃんを呼び捨てにするわけないじゃーん! それとも、なになに? もう一歩上の段階に行こっていうお誘いなの?」
「言っている意味が分かりませんが、上の段階とやらに行けば街中で出会った時に抱き
上の段階に進む、とは?
上とか高いとか高度を連想させる言葉を、一菜の口から聞くとそこはかとなく不安になる。
(大抵の被害者は私ですし。いや、他の人が被害に遭うのは危険過ぎるから私にぶつけるのは構わないんですけど。ベアハッグの回数が減るなら一考の価値はあるのかな?)
被害者になる前提の考え方は割と末期だとは思うけど、きっと地域の平和に貢献できている事案だと思うのだ。
さあ、三浦家の一菜さん。一体どんな事を想像しているのかは知りませんが、妄想を振り切るように首をブォンブォン横に振ってないでお答えくださいな。
それとも、横に振る反応はやめないって意味なんですかい。
「えっ……えーと? そ、それはあたしも詳しくないけど……むしろずっと抱き締める感じじゃない、のかな――」
「お断りします」
なにその地獄の責め苦。誰が進みたがるんですか、そんな死への近道に。
異次元の段差を登らせようとするんじゃないよ。期待して損した。損するほども期待してないけどさ。
「も、もー!クロちゃんったらー、朝から変な事言わせないでよー」
朱く色付いた頬を手で覆い、体を左右にブンブン旋回させる一菜。恥じらう乙女の数段上を行くオーバーリアクションには際限がない。ひとりでに盛り上がって興奮してるよ。
「話を始めたのも広げたのも一菜ですよ。変な事言ってないで前見て歩いてください。姉さん達を送り出してから内緒で家を出たので、登校時間を過ぎてしまいます――」
チームメイトとジャレ合っていて遅刻などリーダーの沽券に関わる。
狙撃手の怒りを買いたくないので、ポニーテールの片腕でんでん太鼓を止めようとした。
「――ッ!」
頭で理解するより早く危険を察知した脳がスローモーションの世界を作り出した。
肩を触れられた一菜がビクンと跳ね、人間の身体の一部が風切り音と共に迫るのが見えた。正確には左裏拳。
彼女を押す腕を引っ込めて、でんでん太鼓に増設された白制服の軌道上から身をよじる。
ヒュバォゥッ!
照れたような困ったような笑顔から放たれるジャレた拳はスローモーションですら避けるのがギリギリで、当たればただでは済まない一撃だ。
狙いが正確で直線的だった為、射線のように見えてさえいれば私には当たらない。おそらくは反射行動による過剰防衛だったのだろう。スイッチが無ければ即入院だった。
パンチ一撃とか、格ゲーならチートの域を超えてるだろ。
「それです!それをやめろと言ってるんですよ、いち――」
名前を呼ぼうとして声が詰まってしまう。
理由は体の不調ではない。
原因は背後にある。
「ああっ!ごめん、クロちゃん!まだ制御しきれてなくて」
「……!」
背後から音がしたのだ。
岩が砕かれるような重い破壊音。こんな街中で落石?と思ったが、違う。だってこちらを向いている一菜は驚いていない。
ゆっくりと、振り返った。
「……うっ……」
しかし、状況が把握できても正常な言葉が出なかった。
岩が落ちたんじゃなくて地面が割れている。後方、2m先の地面が。
偶然の地割れではない。あれは――
「たくさん取り込んだから上限値が高くって……つい、いつもの感覚で動いちゃってさ」
――――
ガラスの上に砲丸を落とした時みたいな、それを拡大コピーして貼り付けた破壊の痕。
目の前の少女は細腕の一振りだけでその砲丸投げを為し、見えない空気の拳は人間なんて容易に蹴散らしてしまう。
こればっかりはバカ力なんて一言で括れない、そう片付けるには脅威度合がサバ折とは桁違いなのだ。
さらに彼女の振る舞いを見ていれば分かるだろう。
普通なのだ。いつも通りの彼女のまま、その力は以前なら頂上付近まで登っていた時よりも……強くなっている。
「……一菜、今のあなたにはどんな風景が見えていますか?」
確か中腹6合目くらいまでなら正気を保って行動していたな。
それなら考えたくも無いがまだまだ上があることになる。
私の質問にトントンとつま先で地面をつついた一菜は、継いで左足で右足のふくらはぎを、右手で左上腕をまたトントンと叩くと、首をひねって答えた。
「んーと……正直風景が見えないから正確なとこは分かんないけど……道を開拓してないから登るのに時間が掛かってるんだよね。2合目には到着したんじゃない?藪漕ぎは楽じゃないよ」
「2ごッ……!?」
(これで……2合…………?)
山裾の森の中であれだけの力を出せるとなれば、中腹に辿り着く頃にはどんな超人が出来上がるっていうんだ?
一菜の乗能力は私の
単純な話、私は30倍の神経伝達を用い集中力を消費して攻撃力に変換させているのに対し、相手はその腕を振るうだけで同等以上の破壊をもたらす。私は衝撃吸収の為に、または移動速度の向上の為に関節を、筋力をコンマ秒のズレも無く制御しているのに、彼女は立っているだけで私より頑健で、普通に走るだけで私を追い越せる。
身体的な部分に着目すれば完全な上位互換。普通に戦うだけでは、勝ち目は無くなるのだ。
「箱庭が終わるまで下山するつもりもない。頂上に到達したって下山してる暇はない。思金はこの瞬間も、人間の理性を糧にして進化を続けているんだよ」
目の前に聳える少女が大きく見えて、まるで自分を公園の砂場に崩落していく砂山に錯覚してしまう。
超能力が使えないのがハンデ?
じゃあ生半可な超能力者がコレを止められるのか?
殺生石の存在を警戒している場合じゃなかった。
一菜はその存在自体が危険なものに変わっているんだ!
「クロちゃん。あたしの果し状、受け取ってくれた?」
「ええ、カナから受け取りましたよ。折り返し用の果させろ状を」
日付も場所も空欄の果し状。
しっかり埋めさせていただきましたよ。
一菜は「あはは……」と乾いた笑いを返してきたかと思うと、表情をすぐに引っ込めて感情を律した口調を作り出した。
「箱庭の宣戦で自分が何をしたか、分かってる?」
「あなたの言いたいことは分かっています。私は箱庭の全てを敵に回しました、一菜、あなたの事も、箱庭の主の事も」
誰も私に味方
ルールを反故にした私と協力関係になれば、諸共追放の危険がある。
「分かってて、それでも、やったんだよね?」
「はい、そうで――」
「なんで?」
なんで、か。
理由は何個もある。
守りたい人達がいる。
助けたい人達がいる。
だから、参加して。
だから、宣言して。
だから、こう答える。
私には、目標がある。
越えるべき壁がある。
そしてその為には絶対的なルールがあることを知っているから。
宣言なんてものよりずっと大事な私の
「"義"の為に」
これが私の憧れを目標とした形、壁の向こう側へと到る
その道が正しいかなんてのは後世の人間が判断すればいい。だから正義とは言わない、私の導が示すこの道はただの通り道だ。
一菜はどんな決意を持って、この場所へ至ったのだろうか。
ここで私と交差したことは偶然かもしれないが、互いに譲れないから戦いになる。
でも、私に果し状を送ってきたのは、弱いからとか、厄介だからとかではない。
彼女は再会まで私の記憶を捨てなかった。そして、初見では対応できないであろう遠距離技を見せて、自身の力の上昇速度、限界値の目安まで伝えてきた。
彼女は誰も選ばない死への近道に進んでいる私を見捨てていない。
その意図を汲むのであれば今日にでも戦いを行うべきだ。
時間が経てば経つほど、明日になってしまえばどんなに強化されてしまうかなんて予想も出来ない。
登頂速度が遅く不安定なうちに挑まなくては……
「"義"……ね。ちーちゃんから聞いたよ。クロちゃんとカナ先輩が生まれた遠山の血族は何よりも正義を重んじるって」
「その通りです。私の先祖は代々正義の味方として日本を守り続けてきましたし、それはこれからも変わりません」
「じゃあ何を言っても退かないよね?」
「退きませんよ」
「……どうしても?」
「らしくないですね、そんな未練がましい事言わないでください」
どうしてそんなに泣き出しそうな声を出すのさ。言いたいことは言ってくれないと。
でも、曲げないよ。私の道は止まることがあっても、真っ直ぐにしか進まない。
あなたの手を引いて立ち止まった事もありましたが、そのあなたは私を置いて行こうとした。
以前に私があなたを
いえ、あなたはそのずっと前から、私の前に立ち続けようとしてくれていた。
仲間を守る為。
変わらない、きっと変えられない、あなたのスタンス。
「統一なんて、出来ると思ってるの?」
ああ、この刺し貫くようなゾクッと来る表情、これも一緒。
その本気の意思を表す表情も、出会った時から変わらないね、一菜。
「いつも通りです。私1人では心細さに耐えられそうにありませんが……何とかして見せますよ」
「何とかかぁ~……チュラちゃんとは同盟を結んだ?」
あまり自軍の戦力をホイホイと外部に漏らしてしまうのは良くないのだが、分かっていて聞いているのだろうし隠す必要もない。
悔しいが、一菜の考えている事は正解だ。
「まだ、結べていません。昨日目覚めたばかりですから」
「カナ先輩は?」
「当然、まだ結んでいません。無所属の同盟入りは認められていませんし、私の実力では、対等な立場ではありませんから」
現状を静観している主をこれ以上刺激してしまっては動き出してしまう可能性もある。
その為にルールを守るとすれば、クロ同盟(仮)はあくまで無所属。同盟を結ぶ権利は無く、勝利による属国化(無国籍)しか仲間を増やす方法が無いのだ。
……まあ、説明を聞いていた限り、仲間を増やす方法がない訳でもないのだが。
一菜はあからさまにあちゃ~って顔をしている。
口元が「やっぱり」って無音のまま動いてたのは見逃さなかったからな?こんにゃろう。
「じゃあ、ひとり?」
「同情は不要です。元より友達も少ないですし、覚悟の上でした」
友人がいたとして巻き込むつもりもないが、繋がりは戦力に変えられない力となる。
私の場合は直接的に戦力に繋がりうるわけだが、チュラは箱庭参加国、一菜も同じく敵国で、ヒルダもその保護下にある理子も味方には引き入れられない。
ヒステリア・セルヴィーレを発動させる事が出来た仲間達は全て敵に回ってしまっている。
そうだ、クロ同盟は勢力で言えば在籍1名だけの限界集落ならぬ限界同盟なのだ。
クラーラを始めとした数少ない友人に対して命懸けの実験も行ったものの、その成果の程は――ゼロ。
あらぬ誤解を悪化させられ、狙撃銃でいつもの倍以上撃ち込まれ、芸術的じゃないと拒否され、パオラやフィオナで成れなかった時点で諦め半分だったが、変態呼ばわりされる覚悟の上で頑張ったのに報われなかった憐れな武偵もいたのだ。
「クロちゃんの乗能力は脅威だけど、多対一は苦手だよね」
「なるほど、よってたかってボコボコにするつもり。手加減は無しなんですね」
「人聞きが悪いなぁー」
ニヤリと笑う一菜は否定をしないし、そのつもりか。
一対一の決闘でも勝てるのか怪しいってのに。
「良いんだよ?どこからか仲間を連れて来たって。箱庭の魔女も言ってたし、"
「くっ……!」
いないっちゅーに!友達がっ!弱者も強者も関係ないのっ!
いい加減、怒るよ!?
「喧嘩売ってますね?」
「もう買い取ったでしょ、早く支払ってよ。今か今かと郵便受けを覗いてたんだからね…………見張り番の兎狗狸ちゃんが」
兎狗狸っていうと……あー、あのフィオナの誕生会でぎゃんぎゃん騒いでた緑髪の子ね。
お酒を飲もうとしてたから注意したら、『あっしはお主さんよりもよっぽど年上だもーん』とか言って、仲間内にこっそりすり替えられたライムの生絞りジュースをグイッと煽って盛大にひっくり返ってたなあ。
復活した後は一菜に尻尾まで巻き付けて全く動こうとしなかったし、ちょっとチュラっぽいなと感じた。
「子分だからってあんまり強要したらいけませんよ」
「じゃんけんが壊滅的に弱いんだもん。癖とかは無いと思うんだけど……勝率は1%切ってるんじゃない?」
(不幸……!)
何でじゃんけんに応じるんだろうね。
そういえば誕生会でも運気の修行と称してノリノリでじゃんけんしてた。全員に負けてたけど。2回ずつ。
しかも歓喜の初勝利はカナが恐ろしい動体視力と反射神経で脅威の後出し負けをしてあげただけだったよ。
「って、兎狗狸ちゃんは置いといて」
置いといてのモーションが明らかに苔石を抱える体勢だったな。
再現度がいやに高い。
「あたしの手で、一番最初の属国にしてあげる」
「逆ですよ。一菜がクロ同盟の礎になるんです」
例え強がりでも、言ってしまえばやり切る所存だ。
いつも通り、やってやりますよ一菜。花一匁だって最後の1人になるのは怖いですが、なったらなったで勝っても負けても怖くない立場なんです。
負けたら、その戦いは終わりなんですから。
「絶対負けませんよ。あなたは私の全力を知らないでしょう?」
「それはお互い様でしょー。し・か・も、あたしの仲間の能力も知らないし、どっちが不利かなんて……ほらね?」
くっそ、売り言葉に買い言葉の口合戦もここまでか。
あの余裕の笑み、意図的に飲み込んだ語尾もこの場の勝利を確信しているな。イラァッ……!
思いの外白熱していたらしく、外気に晒され続けているというのに体は熱を持ってポカポカしている。
「でも、クロちゃんだから、怖いんだよ」
「え、どういう意味ですか?ま・さ・か、私一人を警戒しているんですか、お山の大将?」
「ぬぬぬ……すっごい腹立つけど、そうだよ、あたしはクロちゃんが怖い。きっと予想は裏切られて、いい勝負になっちゃうんだろーなー」
悲観論で備えるのは良い事だけど、悲観的過ぎるのも問題だね。
私が過大評価されてるのはいつもの事だけどさ、実力者相手に人数差を覆すのは容易じゃないでしょうに。
「……いつにする?」
「今日の放課後」
「どこで?」
「学校近くのスポーツ複合施設なんてどうでしょう」
「おっけー。あの乗馬もブランコもあるとこね」
「そうそう、花火とかライブとかやってる広い所です」
そう、あそこは開けた平地。
ここまで分かり易く対策すれば勘付くか。
「それはちーちゃんを警戒しての事だよね?」
「ええ、もちろん。彼女の狙撃の腕はこの目で、彼女の武装も見たんですよ。正直、驚きました」
「テベレ川で、かぁ~。
一菜はそう言いながら両手を恵方巻きを持つように構えて、右手でビンの蓋を開けるように回す動きをした。
うむ、なかなかの再現度です。
狙撃手の存在を押さえられなければ勝負にすらならない。
徒手格闘の最中に撃たれた時点で対処のしようも無いのだから、撃たれないようにベースポイントを作らせないのが重要だ。
「残念なお知らせなんだけど、ちーちゃんは今日も山に登ってるよ」
「でしょうね。エネルギー切れは初めから考慮していません」
それに、遠くまで見渡せるあの場所なら、陽菜の隠密も活かしづらいはずで、唯一、銃を積極的に使うだろう私の射線を遮るものは無い。
不確定要素は兎狗狸の能力と残りの1人三松猫という名の猫耳お化けの子供の戦闘能力だ。
一菜で手一杯な所を陽菜に不意打ちされてしまうのは避けたい、さらに手間取れば狙撃の対処が間に合わない……
(厳しすぎる……シミュレーションがどう足掻いてもワンクォーターすら持ちこたえられない!)
先程指摘されたが、私の戦闘スタイルは複数人を相手取るのに向いているとは言えない。
それはそうだろう、お父さんに伝承された遠山家の技はどれもこれも防御寄り、相手の動きを観察することが前提の技ばかりだったのだ。
だから『鉄沓』や『徒花』を自ら生み出したのに、今回の勝負、平然と私の蹴りを止める一菜には鉄沓が、正面から立ち合わない陽菜には徒花の効果が薄い。
もしも逃げに徹したとして、15分耐えられる自信がない。
一菜と陽菜に足止めされて、狙撃される。
その、先が……見えない。
もし、カナがいたら?
一菜は完全に止められるだろう。
その隙に私が槌野子を倒せば勝利を得られるに違いない。
もし、チュラがいたら?
チュラのセルヴィーレならおそらく一菜と陽菜を同時に相手取れる。
早々に前衛を負傷させれば狙撃準備が整ったとしても、あの広いフィールドで2人同時への対処は間に合わないと思う。
でも、仲間は……いない。
それだけで、秋の風で舞い踊る落ち葉の音までもが私を嘲笑っている気がした。
お前1人で勝てるわけがないだろ、って。
「やめる?」
「――!」
シミュレーションの中の一菜に追い詰められて地面に叩き付けられた瞬間とほぼ同時に、現実の一菜にアフレコのようなセリフを突き付けられた。
『もう、やめる?』
思い出す、一菜との喧嘩の数々。
今でこそスイッチを使いこなせるようにはなったが、最初は一菜にあしらわれてばかりだった。
だって一菜が喧嘩を売ってくるんだもの、買わなきゃ武偵の名折れでしょう?
銃無しの
その点はカナという遼遠な壁を意識し過ぎず、捻くれずに真っ直ぐと成長して来られたのに一枚噛んでいたと言える。
何ていうんだろう……良きライバル?みたいな。
……まあ、そんなんだから余計に周囲から遠巻きにされたのかもしれないけどね。
喧嘩の終了合図がその一言で、何故だか2人揃って笑顔になった。そして翌日も喧嘩をする。
いつからか喧嘩という理由付けも必要なくなって、切磋琢磨を重ねるうちに私達はチームになった。
互いの成長は互いが最も知る相手だと、そう断じてもいいのではないか。
「おやぁ?言葉に詰まりましたねー?」
「ムキーっ!だまらっしゃい!やるったらやるの!やめないのっ!」
思い出に浸って笑顔になったなんて悟られたくなかったから、目を閉じて叫んだ。
だってこの一菜は……あの一菜と一緒だって、そう分かってても、やっぱり違うから。
無性に負けたくない。
得体のしれない何者かに大切なチームメイトを、仲間を、ライバルを、友達を奪われて、でもその怒りをぶつける先も友達で。
もう、わけわかんないよ。
「クーロちゃん?」
「なんですか……」
戦うって言ったから、もういいでしょ?
とりあえず距離を取りたいのに、進行方向に立っているから待つしかない。
一菜も笑っていて、どうどうと宥めて来る。
「怒んないでよー、これで最後だから」
そう言って私と同じ方向に振り返ると、振り回された尻尾が目の前を通過して。
また思い出しちゃったよ。
私のみちは、いつだって誰かが隣にいたんだ。
トロヤと戦った時でさえ、一菜はお守りの中であのエネルギーを山の頂上に登って受け止めてくれていた。
「あたし達のチームって、本当に変わったメンバーだよね。あたし、大好きだったよ」
それだけ告げて、一人、前に歩いて行った。
わざとらしいセリフだ。
それなら私もわざとらしく、ちょっとボリュームも上げちゃって。
「あーあ、負けられないなー」
取り残された場所で呟いた。
これは独り言だけど、誰かが聞いてしまったのなら仕方ない。
「……あなたが、一番の変わり者ですよ。私達はそうやって最前線で戦うあなたの尻尾をずっと追って来たんです。あなたが、リーダーである私を差し置いてチームを引っ張ってきたんですから」
追うように歩き出した私の、
そこに後ろから迫る影がいて。
並ぶ影が1つ増えた。
箱庭の宣戦に臨んだ日、こうなるんじゃないかと予想はしてたんだ。
私に向けられた目は、今私が一菜に向けていた目とそっくりだったから。
アンバーの瞳に灰白色の髪。
肩に掛けたケースには、ドイツ国旗とイタリア国旗と日本国旗のステッカーが張り付けてある。
心強い仲間と信頼できるチーム、か――――
「おはようございます、フィオナさん」
「おはようございます、クロさん。私、生まれて初めての遅刻かもしれません」
――――私だって、大好きだ。